TINAMIX REVIEW
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藤本由香里「少女マンガのセクシュアリティ 〜レイプからメイドへ〜」(後半)

■運命から契約へ

相: 話は交錯しますが、少女マンガにおけるレイプ表現で重要な点にトラウマ、あるいはトラウマ描写があると思います。そこではレイプによるトラウマが、少女が性と向きあうことの切実さから必然的に生まれていたと感じられるますが、最近の「トラウマ小説」と呼ばれるようなアダルト・チルドレンもの、トラウマから癒しへみたいな作品には、もはや作家の固有のドラマはなく、語りが定式化されているという印象を持っているんですね。

そういう定式化されている感覚を、いま抑圧された主体の物語を語ることに対しても感じてしまうことがあるんです。たとえば軍服ものがいいというのはわかるけれど、世界大戦の残響がまだ耳に残っている世代、親が戦争を体験している世代まではリアルだった何かが、もう残されていないんじゃないか、その規律は本当に規律なの、みたいな感じがするんです。

藤: そのへんはそうかもしれませんね。一種のファンタジーですよね。軍隊や戦争が本当にリアルな痛みをもっては迫ってこない世代、でも痛みの匂いだけは残っていた世代だからこそ、それはファンタジーになりうる。でも、もっと若い世代になると、もう痛みの匂いも残っていなくて、それはただの「設定」にすぎないかもしれない。まだ本当に子供のウィーン少年合唱団と同じように。

相: それは実際に萌える「設定」なわけですから嫌いではないんですけど。でもキャラクター以外のところでも読みたい場合に、そういう定式だけで突っ走っちゃってるものとか、いや突っ走るものは全然いいんです、とりあえず設定だけ○○流ナントカで代々魔物を封じてきたとか。そうなると一方で「ふーん、そうかい」って感じがするじゃないですか。「ふーん、魔物かあ」って。鬼を封じたとかなんでもいいですけど。

藤: 今の話は少女マンガだとうまく描ければ人気マンガになってるパターンじゃないの?

相: いや、だから、人気はあると思いますよ。自分が好きだからって言うのは何ですけど。

藤: 『闇の末裔』とか、そうですよね。「代々」ではないけど。

相: ええ、そういうのは本当に多いんですよ。少女マンガだと詳しくわからないですけど、オタク的なものというか全体的に。

藤: でも相沢くんの場合は、妖魔までいくとエロスは刺激されないんでしょ。

相: エロスの問題よりも、一生懸命な女の子が好きなんです。だから一生懸命さでいった場合、恋人のために料理を作るのも一生懸命さであり、いろんな一生懸命さがあると思いますけど、とりあえずそれはエピソードでしかない。物語としてはこれだけでは厳しいわけで。

藤: だからなにかたいへんな状況を設定しないともたないから妖魔と戦う、と。

相: 最近ではその方向でどんどんどんどん付加を積み重ねていく傾向にあったと思います。たとえばそれが世界の破滅と繋がっているとか。そこまでくるとファンタジーが過剰という印象で、たぶん適度なラインがあると思うんですけど。

は: 『ぼくの地球を守って』はどう?

相: ダメでした。

一同: (笑)

藤: それは主人公の亜梨子がどちらかといえばおとなしくて、あんまり強い女の子じゃないからですか?

相: すみません。『ぼくたま』は個人的に入れなかったなというのがあって。

は: 地球を救う少女マンガって、けっこうあるよ。

藤: 『美少女戦士セーラームーン』とか。

相: だからそうなると地球を救うという大筋はどうでもいいよというか、セーラームーンみたいなのが五人いたら、その中で一番まじめにがんばっていそうな、つまりうさぎちゃんみたいにアッパラパーっていうよりは、自分の中の葛藤と戦っている女の子のほうに一番感情移入するという話です。

藤: なるほど。セーラー・マーキュリーが一番人気があったというのもそこからきてるのか。

相: 竹宮さんが著作の中で仰っている話も、たぶん竹宮さんの思春期と相当強く結びついているはずで。

藤: 竹宮さんは原点は学生運動だって仰ってました。彼女は学生運動のために一年か二年かマンガをお休みしているんですよ。

は: 全共闘世代ですか。

サ: 昭和25年2月生まれですよね。

は: じゃあ大学入ったら1967年だから、入学したらすぐに大学紛争だ!

藤: そのときに竹宮さんは、一見正しく見えるものが正しくなかったり、一見正しくないように見えるものが正しかったり、あるいはセクト同士の意見が一致していても、その賛成している理由が全然違ったり、というようなことを見て、このことを表現したいと思ったのがそれからの創作の原点だと仰ってましたね。だから自分の作品は最終的には、黒と白とがせめぎ合っている話、表と裏がせめぎ合っている話っていうふうになっていく、と。

相: だから竹宮さんの問題設定には濃密さがあると思うんですけど、ぼくたちの世代が受け取れる物語っていうと、問題設定は同じでも、その濃密さっていうのが全部空虚なものだから、その空虚さをどう埋めるのかな、っていうのが難しいんですよ。そもそも埋める必要があるのかという気もしますし。

は: その点でいうと、少女マンガ入門のよしながふみさんの回がおもしろくて、そういうドラマツルギーの世界からやおいが日常へと回帰するというか着地してまったりしていく過程を追ったもので、それがバブル崩壊後の90年代に始まるって話なんですけど。

相: 似たようなことはギャルゲーにもいえて、ただ日常だけがあればよいというものになっていった。たとえば『To Heart』というギャルゲーがブレイクしたのも、物語との連関じゃなくて日常的なエピソードだけでそもそもストーリーが作れるんじゃないかという結果なんですよ。

藤: 宮台真司さんのいう「終わりなき日常をまったりと生きる」というやつですね。今の若い世代にはもう、心を熱くする世代的な盛り上がりとか、葛藤とか事件とかなくて、ただ「日常をまったりと生き抜く」しかない。それはそれまであった規範がいつのまにか消失して、性行動がゆるゆるになっていくということともパラレルなところがある気がするね。

それで思い出したのは、レディースコミックについて今年の春に京大の人文研で話をしたことがあるんだけど、そのときに初めて、90年代はじめまでの、マゾヒズムとナルシシズムが結びついていた大ドラマツルギーというのは時代のものだったんだなあ、とはっきり認識したんです。

そのとき話題にしたのが、95年頃の石川恵子さんの『月夜の仔猫』。マゾヒズムものなんだけど、「運命の男」みたいなそれまでのドラマティックなSMではなくて、男性と女性のクラブみたいなものがあって、一番最初はとにかくされることを全て受け入れる、ということになっているの。一度受け入れてやりかたを覚えたら後は対等、っていう感じなわけよ。

それでいろんなSMの状況が繰り広げられるんだけれど、つまりそれは最初から契約になっているわけなの。それまでのレディースコミックが、最初に見初めの場があって、かっこいい運命の男に選ばれて、それに導かれるままに性の饗宴にの中に入っていく、というものだったとすれば、いまそれは「運命」ではなくて「契約」になってる。

は: ドライとかクールになっているという感じですか?

藤: ドライとかクールじゃないな。女=M、男=SのSMだし、やってることはちょっと見には似たようなものなんだけど、最初の設定と自己意識のあり方が違う。渦の中に巻き込まれていくものじゃなくて……。

相: いわゆる演じられるものになる、選択の中にあるということですか。

藤: 同じSM的な設定の中でも最後に出てきた『月夜の仔猫』だけは主人公に選択性が感じられて、あれだけ年代が違うんですかって会場から質問が出たんです。そのときはあまりちゃんと認識していなくて後から調べたら確かにそうなの。92年頃にピークだったレディースコミックが一回下火になって、一つ時代が変わって、その後の作品なんだよね。

は: じゃ、ぼくが見ていた『amour』とか『manon』は一世代前のものか。

『闇の末裔』
松下容子著。『花とゆめ』1995年17号〜。最初は美形版の『死神くん』(byえんどコイチ)という趣だったが、みるみる絵が発達して多彩なキャラクターたちの魅力が炸裂し、話のスケールも大きくなって一大叙事詩となっている。メガネくんも大活躍。2000年にアニメ化。
(c)松下容子
『ぼくの地球を守って』
日渡早紀著。『花とゆめ』1987年2号〜1994年12号に連載。単行本全21巻。魅力的で多彩なキャラクターたちが宇宙規模の壮大なスケールで織りなすSFストーリー。輪廻転生というネタは多くの少年少女に影響を与えた。1993年にアニメ化。[表紙7]
(c)日渡早紀
『美少女戦士セーラームーン』
武内直子著。『なかよし』1992年2月号〜。単行本全18巻。セーラー服の美少女戦士が大活躍のヒロインアクション。現在でもミュージカルなど根強い人気を誇る。輪廻転生というネタはそれほど多くの少年少女に影響を与えていない。単行本第一巻の「作者の素顔」には「ただいまダンナさま募集中」と書いてあるが、あんな展開になるとはお釈迦様でも気付くまい。
(c)武内直子
『To Heart』
Leaf(→公式サイト)が97年にPC版、99年にPS版でリリースしたギャルゲー。基本的な萌え要素とその巧みな組み合わせでつくられた総勢12人のキャラクターとの日常的なコミュニケーションに重点を置いた点が特徴。そこでは恋愛の達成感(セックス→ハッピーエンド)ばかりではなく恋愛の過程にこそある快楽が描きだされ、以上のような方針は日常フォーマットを模した多数のヴァリアントを生み、需要され、関係性の宙吊り状態は無数の同人制作と結びついて『To Heart』の全体世界を過剰に濃密なものとした。
『月夜の仔猫』
石川恵子著(三和出版)。「レディースコミック・ダブー」の1993年10月号〜1995年1月号に連載されたものをまとめた作品。
『amour』とか『manon』
『Comic Amour』はサン出版のレディース・コミック誌。愛の聖書。1990年代前半には最も過激な性描写を誇るレディコミ誌として知られた。追随する雑誌が跡を絶たなかったが、本家に敵うものはなし。
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