TINAMIX REVIEW
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藤本由香里「少女マンガのセクシュアリティ 〜レイプからメイドへ〜」(前半)

■男も女も責任をとりたくないのだ

は: 逆に最近は男性向のエロマンガでも、女性から誘惑されるものが増えてきている気がします。性の主体としての責任はとらないけど、自分が性的には満足させられるというもの。

藤: それもけっこう昔からあって、たとえば『サルでも描けるまんが教室』で「回転寿司方式」というのがありましたよね。真ん中の本命の女の子だけはバージンで設定されていて、他の、割とかわいい女の子が回転寿司のように交替でどんどん迫ってくる、みたいなのがあるじゃない。

サ: 戦前のエロ小説でもありますね。戦争未亡人の後家さんが下宿屋をやっていて、寄宿させている学生をいいようにしてどうのこうの。

は: 「性の主体になりたくない」というのは最近のことだけじゃないのか……。

サ: 最近に始まったことじゃないと思います。

藤: でも責任をとりたくない、というのが増えてるっていわれれば、そうだろうなあ、って思うわね。

は: 男の場合は責任の究極的な状態は子どもができるということなんですが、それを回避するためにエロマンガにはいろんな仕掛けがあって、宇宙人で子どもはできませんとか、アンドロイドだとか。

藤: 「私は妊娠しません」ってわざわざ言うの?

は: まあ、メタファーですね。相手が動物だったりアンドロイドだったりして、妊娠しないことを前提に、責任はとれません、とりません。

藤: じゃあどっちもどっちだ。女も「責任とりたくない」と思ってるし男も「責任とりたくない」と思ってるし。それがやっぱりファンタジーの形で入ってくるわけね。「責任」がどうこうってこと自体、現実の話だもんね。

相:それでいうと、90年代は美少女ゲームというかセックスを目的としたゲームが発達した時代なんです。最初の頃はエロマンガがそうであるように、エロの方向をどんどん開発していく、サドもあればマゾもあるし、SMもあれば調教もあるというふうにどんどん過激なエロを開発するというような過程があったんです。

 それが途中から、いわゆるギャルゲーっぽい要素が強くなると、それが責任かどうかはすごく難しいんですけど、むしろ相手の娘に責任を持ちたいと思わせるようなストーリーになっていたりして……、それがまたファンタジーなんでしょうけど。ファンタジーの中でなんだけど、この娘とずっと一緒にいたい、そんなテーマが浮上してくる。

藤: それは「恋愛」のファンタジーだよね。だからセックスのファンタジーとは違う。恋愛のファンタジーは、お互いにそういう絆を確かめ合うみたいなのがいい。お互いに責任とりあう、みたいな。でも人間って、そういう責任ある関係だけで生きていきたいわけじゃない、から。

は: セックスのファンタジーと恋愛のファンタジーは区別されるという。

藤: そうそう。少なくともこれも時代的なもので、今は区別されてる、ってことだと思うよ。で、これから、今のようには区別されない時代っていうのが来るかもしれない。だって今は結婚制度というものがあるわけだから、責任のある関係とそうでない関係を区別するように社会ができているわけ。でもそうじゃないという社会だってあり得るわけだから。

 それこそ生殖が全く人工的なものになってしまったとすれば、結婚している理由なんか何もないわけだから、結婚制度もなくなるだろうし、性的な関係を持つか持たないかというのはかなりそのときそのときのものになっていく。もちろん趣味として夫婦のような関係を続ける人はいるでしょうが、それを社会的、制度的に保護する理由は何もないよね。

相: SFでは結婚制度が全く違ったものとして設定されている場合が多いですね。たとえば最近流行っている『星界の紋章』というSF小説では、母と父が対になる前提がそもそもないらしい。遺伝子を提供するだけで子どもができるから両親がいる必然性がないという話になっている。

藤: 育児は誰がやるの?

相: 少なくとも、ヒロインであるラフィールの場合だと育てたのは男親です。彼らは“アーヴ”という、基本的に遺伝子交配だけで種を残している、宇宙環境に適応した人間というか知的生命体なんですよ。

サ: ?? 女の人は何をしているの?

相: 女性が子どもを育てるケースもあるとは思うんですけど。『星界』は宇宙戦争を描いたスペースオペラなので男女平等に軍隊に所属しているし、平等に労働を分かち合っているから、性差というものがそういう意味では遺伝子的なもの以外にないというか。だから生殖が人工的になったときに、性に関わる問題設定は全く違ってくるだろうと。

藤: そうでしょうね。レイプもどうなんだろう。もしかするとほんとうにセックスなんて大したことじゃないという状況になったら、レイプも実はそうひんぱんに起こらなくなるって可能性もあると思わない? セックスの持つ意味合いが軽くなればなるほど、そういうことをすることの破壊性やカタストロフ性が少なくなるわけでしょ。もちろん演技性も少なくなるけど。そうするとレイプの持つ意味もそこで変わってくる。レイプって、セックスがどういう意味合いを社会の中で持つかということと無関係じゃない。むしろそれと非常に密接に関わってくる。だから今、レイプシーンが少なくなってるんだと思うの。昔のほうが多かった。

相: セックスの幻想がどんどん希薄になっていくと、バタイユで言うなら「禁止と侵犯」になりますが、禁止されているものを侵犯することに快楽というかエロティシズムが生じるわけだけれども、もはやそれが生じえないという話ですよね。生じなくなると、たとえ虚構にせよいろんなものを設定し続けないと、そこに物語的な快楽は宿らないのかもしれません。

藤: そうでしょうね。タブーを破る快楽、乗り越える快楽、「ああ、踏み出してしまった……」という快楽というのが使えなくなる。やっぱりそこには乗り越えるべき何か、侵犯すべき何かがあるというのを象徴していたのがレイプだったわけでしょ。もちろん犯罪としてのレイプは別として、ファンタジーとしてのレイプはそうだと思うんですよ。

相: さきほどアンドロイドは妊娠しないからセックスやり放題、みたいな文脈がありましたが、ぼくはむしろアンドロイドに過剰に物語性を付与してしまうんです。アンドロイドに対して全く何の倫理的設定もなければ、彼らは性奴隷みたいなものになってしまうわけじゃないですか。

 だから未来にアンドロイドみたいなものが誕生する場合にはおそらく、いわゆるクローン人間がそうだろうし、倫理的な設定がなされるだろうと。そういう倫理が設定されたことによってまた「禁止と侵犯」の問題が復活するんじゃないか、みたいに考えているんです。

藤: それでいうと三原ミツカズさんの『DOLL』なんかにもそういうのあるじゃない。セクサロイドね。“ドール”って人間そっくりのよくできたロボットなんだけど、それこそ性のためだけに作られたものもあるわけよ。どんなことをしても死なないからいろいろできるんだけど、ただやられるだけじゃなくて、たとえば涙を流すとか愛着を感じるとか痛みを感じるとか、そういう機能を付与していく。ビジュアル的にはマリスミゼルのお人形さんみたいな格好をした……。

相: マナさんですか?

藤: そうそう。あんな感じ。

相: ギャルゲー、あるいはセックス幻想と恋愛幻想の混交の場でもなんでもいいですけど、そういう場所で普通の人間でなく、たとえばアンドロイドとか動物の化身とか、存在しない人間、生命体がどんどん出てくるというのは、普通の人間という設定だけでは物語が作り難くなっているのかな、と思うんです。人間同士をただおもしろく見せようとすると渋くなっちゃう、だからアンドロイドだと。

藤: そうだね、そういうところもあるかもしれませんね。

『サルでも描けるまんが教室』
相原コージ・竹熊健太郎著。『ビッグコミックスピリッツ』誌(小学館)で1989〜91年まで連載。「ウケるまんが」のノウハウをあらゆるマンガ表現をパロディ的に駆使することで分析・追求した画期的な「まんがの描き方」コミック。ビッグスピリッツ・コミックス版全3巻。1997年に新装版が上下巻で刊行。
ちんぴょろすぽ〜ん
(c)相原コージ
竹熊健太郎
『星界の紋章』
森岡浩之著。<アーヴによる人類帝国>によって故郷の惑星を征服され、星間戦争にその運命を翻弄された少年・ジントの冒険を描いたスペースオペラ大作。該当する内容の記述は第 一巻p.83〜にある。ハヤカワ文庫から全3巻刊行。現在続編にあたる『星界の戦旗』が刊行中であり、メディアミックス展開も行われている。
バタイユ
1897〜1962 フランスの小説家・思想家。カイヨワらと「社会学研究会」を創設、『クッリティック』誌の創刊、編集にあたった。主著に『無神学大全』『呪われた部分』『エロティ シズム』
『DOLL』
三原ミツカズ著。『フィールヤング』1998年6月号〜。人間と見分けがつかないほど巧妙に作られたDOLLをめぐる物語が、人間とは何かを逆照射する。古くは石森正太郎『人造人間キカイダー』や『妖怪人間ベム』、近くはスピルバーグ『A.I.』などに通じるテーマだが、作家によってもちろん料理法は異なる。三原ミツカズの場合、DOLLそのものの人間性というより、DOLLが存在する社会という新しい状況の中で「人間」という概念が再定義されていく過程がスリリングに描かれている。LIST3では暴行によるトラウマがテーマの一つとなっている。 漫画的男子しばたの生涯一読者[第7回]も参照。
(c)三原ミツカズ
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