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──高橋さんはTRPGはやられてましたか?
高橋:やります。過去形じゃなく現在も。休日などに暇を見つけて。『AD&D』というのをプレイします。『AD&D』に関してはかなりヘビーなプレイヤーだと思ってます。この世代のゲームクリエイターってコンピュータにしろTRPGにしろ、RPGというものには何らかの影響を受けているのではないかと思います。
──RPGのプリミティブな要素をロールプレイ=役を演じることだとすると、変な話かもしれないですが『To Heart』にもRPGの要素はあると思うんですよ。今いわゆるRPGってレベル上げがあるゲームのことじゃないですか。
高橋:ノベルゲームを物語を読む感覚でプレイするか、ごっこ遊びをしてる感覚でプレイするかで全然変わってくるとは思いますけど。後者ならその要素はあって当然ですよね。『浩之』というキャラクターを演じる楽しさというか。とくにうちの主人公は他社のものと比べてキャラクターが強いですから、そういう感覚も強いかと思います。その辺はある種狙った部分なんです。今となっては当たり前に思われるかも知れませんけど、当時この手のゲームの主人公って無個性タイプが基本で、主人公にキャラクターあるうちの方向性はかなり異質だったんです。
──アドベンチャーゲームなんかでも?
高橋:主にノベル系や恋愛シミュレーション系に関してですけれど、アドベンチャー系でも大多数はそうだったと記憶してます。主人公はほとんど無個性タイプでした。ノベル系でいうと最初に出た『弟切草』の主人公は無個性タイプでしたし、それ以降出たノベル系がみんなそうだったんです。性格は極力当たり障りのない無個性タイプ、行動は選択次第。プレイヤー=主人公、それがセオリーだったんです。うちはあえてそれを破ろうと。物語冒頭から強烈な個性で始まる『雫』はいきなりセオリー違反から始まるんです。
──なぜでしょう。チュンソフトの中村さんがロールプレイをまるで考えなかったとも思えないんですが。
高橋:どっちが良いという話ではないと思います。プレイヤーとの一体感でいえば無個性タイプが最適ですし、主人公が勝手に動くとより読み物としての色が濃くなりますから。ただ、そればかりだと飽きてくる。たまには違った主人公で遊びたくなるんです。さっき出たTRPGで例えると、あれを遊び始めたばかりの初心者は自分自身をキャラクターに投影して遊ぶんです。自分自身がゲームの世界でどう立ち回るか、それを楽しむんです。それに飽きてくると次は自分とは違う人格を演じることに楽しみを見出します。その後はまた最初に戻ったりするんですけど。ノベル系や恋愛系のゲームはその最初の段階で止まっていたので、だったらうちは後者で行こうと。まわりにないものをやっただけで。それでも『雫』や『痕』の頃はプレイヤーとのリンクを意識していました。大多数のプレイヤーはこう行動したいだろうという場所に選択肢を置いたりして。でも『To Heart』ではついに割り切って『浩之』というキャラはこういうやつだから、その性格を楽しんでください、という方向で行きました。
──今でも『To Heart』では主人公に入れない、感情移入できないという意見をよく耳にします。
高橋:キャラクターが薄そうで濃いですからね、『浩之』は。
──浩之を嫌いになった人もいるくらいですから(笑)。
高橋:男性プレイヤーの一部からはそういう意見も頂きました。女性プレイヤーには比較的受けがよかったので、好みの問題もあるとは思いますが。でももっと根本的な原因はノベルゲームの主人公=プレイヤーという構図が拭えなかったことだと思っています。おっしゃるとおり「主人公に入れない」という意見が今まで以上に出たんですよ。当然出るとは思っていた意見だったんですが「ああ、やっぱりゲームは小説とは違うんだな」とその時改めて思いました。小説を読んで「主人公に入れない」などの文句はあまり出ないと思うんですよ。
──私はゲームの主人公問題って、ロールプレイの概念でわりとうまく解決できると思うんです。演じることすら拒否したくなるキャラでは困りますけど。
高橋:『浩之』以上に嫌われた例として『White Album』の『藤井冬弥』がいます。理由は「自分(プレイヤー自身)と考え方が違いすぎるから」なんですが。なりきって楽しむという点で、多くのプレイヤーは『冬弥』に満足できなかった。物語として客観的に見るなら可なんでしょうけど『冬弥』になりきってプレイするとあの境遇は辛すぎるんです。主人公=自分なら、どうせなら魅力的な設定で、と思うのは当然だと思います。でもその設定が都合良すぎるものだったりすると、逆に拒否反応を起こす人も出ます。だから調整が微妙なんですけど。で、びしっとストライクゾーンに入るような魅力的な設定の主人公を演じられたりすると、ストーリーものでしか味わえない娯楽性が発生するんですけど。
──個性のあるキャラをロールプレイする感覚は、ゲーム=遊戯のプリミティヴな部分だとも思います。たとえばごっこ遊びの……。
高橋:作り手としては、どの作品も是非そういう感覚でプレイして欲しいところですけど、ただ、例えばノベルゲームなどについて言えば、単純に物語を読む感覚でプレイするのもありだと思います。ただ読むと言っても、ビジュアルや音楽を使った演出、行動選択によるインタラクティブ性など、コンピュータゲームでしか味わえないものがありますし。
──ある雑誌のなかで、エニックスの本多取締役が「ゲームとはボタンを押すことがおもしろいメディア」だと言ってたんですけど、私はこの考え方が結構好きなんです。ノベルゲームをクリックして読むだけの行為にしても、映像をただ漠然と観るのとは全く違う行為なのだと。
高橋:自分のリズムを刻めますからね。そういうのもポイントのひとつでしょう。あとはパズル的構造を解いたときの達成感とか。要はゲームをクリアしたときにトータルでどのレベルまで感動や満足感を残せるかでしょうね。遊んでいるとき以上に、クリアした後が重要なんです。
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TRPG テーブルトークRPG。人同士の対話によって進行するゲームで、コンピュータを介するものとは特に区別される。数値的な部分よりも、会話や演技、アドリブが重視されるものが多い。
『AD&D』 Advanced Dungeons and Dragons=
アメリカのTSR社から発売されたTRPG。歴史が長く、ファンも多い。TSR社がWIZARDS OF THE COAST社に吸収されてしまったため、現在はWIZARDS社から発売されている。
→[関連サイト]
中村さん チュンソフト代表取締役社長、中村光一氏。2ページ『弟切草』の注参照。最近の代表作に、実写映像を使用したノベルゲーム『街』(98年)がある。
あの境遇 『White Album』ではシステム上、浮気をして、彼女を裏切らなくてはならないことを指している。
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