Leaf 高橋&原田 INTERVIEW
TINAMIX
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――まず『雫』を制作した経緯についてお聞かせください。

高橋:その頃僕は入社したばかりでしたが、ノベルという形式がまだパソコンゲームの世界になくて、それをやろうと目をつけたのは下川(アクアプラス専務)の方だったんです。電話で「『かまいたちの夜』みたいなものを書く自信はある」と答えたら「じゃあそれでいこうや」と下川は思ったらしい。実はリーフに入ったときに僕は別の企画を持って行ったんですよ。家庭教師が出てくる育成シミュレーションみたいな企画を。でもすでにノベルをつくるシステムが先に動いてたんです。そこにシナリオライターとして僕が加わったという形でしたね。

――なぜノベルで『雫』のようなゲームを?

高橋:当時、ノベルゲームといったらサスペンスかホラーしかなかったんです。それは単純に言うと、どんどんストーリーが明かされていくギミックみたいなもので。たしかにゲームの快楽としては、サスペンスやホラーが最も向いてたと思います。でも周囲を見るとそればかりしかないので「いい加減アドベンチャーゲームにも新しい風が欲しいな」と個人的にも考えていたんです。それに小さいリーフという会社が名前を売るためには、よそと違うことをやるしかないと思った。それで選んだのが電波系……というか当時の大槻ケンヂさんのテイストです。これは当時まだゲームの世界にはまったく入ってきてなかったんですね。だからやろうと。もうインパクトしか考えてなかったですね。

――それ以前のパソコンのアドベンチャーゲームだと、いきなり秘密捜査官とかが出てきて……。

高橋:だいたい探偵があらわれて、事件を解いて行き、組織の謎が明らかになって最後に黒幕登場みたいな(笑) その構造自体は『雫』でもやっているんですけど、やはり探偵とか組織とかはやりたくなかったですね。

――つまり誰かが探偵「役」を演じるということで。

高橋:構図的には変ってないかもしれないんですけど、ディテールの部分まで探偵だと「ああ……」と思うじゃないですか。それは避けたかったんです。

――精神的なテーマを描くうえで留意したことは何かありますか。

高橋:当時、プロファイリングが海外で流行っていて、日本でも絶対に流行るであろうと言われていたんです。『羊たちの沈黙』とか。それでいわゆる猟奇犯罪や精神障害なんかに注目しました。『別冊宝島』だと精神系の本って多いじゃないですか。そのあたりの資料からいろいろと集めました。

――『雫』は大槻ケンヂの『新興宗教オモイデ教』が下敷きにされていますよね。あの小説のなつみと教祖の関係が、瑠璃子と月島の関係に置き換えられているように感じましたが。

高橋:月島兄妹は同じ大槻ケンジでもどっちかと『くるぐる使い』の方なんですよ。そこに収められている『キラキラと輝くもの』という短編のなかに兄妹が出てきて、兄が妹に手を出して妹がおかしくなるんです。キャラクターはそちらだと思います。どちらも電波が出てくる話です。たしかに戦闘シーンのイメージとしては『オモイデ教』の方が強く入っていると思いますけど。

――同じ精神が崩壊した世界の話でも『オモイデ教』ではLSD、つまりドラッグが要素としてありますが『雫』ではドラッグは出さずに精神的な狂気だけに絞っていますよね。これはどういう判断が働いていたのでしょう。

高橋:ドラッグを入れるとロックぽいイメージになりますし。もっとあからさまにジュブナイル風味にしたほうが受け入れられやすいと思ったので。あとテーマが散漫になってもいけないですから。ドラッグに振る分、展開を速くしていかないと。ただでさえプレイヤーがついてきてくれるか心配でしたから、考えさせる前に、ごり押し、ごり押しで。

――たしかに『オモイデ教』だと主人公の狂気が前景化するのは第四章の「僕の爆弾」からでした。

高橋:そのあたりで物語のテーマが決まってきた感じですよね。

――一方『雫』は冒頭からとばしてます、いきなり主人公の妄想ノートが登場して。

高橋:僕は脚本というよりも企画よりの人間なので、やはりゲームとして見てしまうんです。だから『雫』では「これは違うぞ」というのを最初の一分で示さなければいけない、最初からプレイヤーを引かせるくらいのノリで行こうと考えました。だから「僕は……」といきなり妄想から入って作品のテンションを高めていきましたね。

――『雫』には狂った人間ばかりでなく新城沙織のような明るい活発な少女も出てきますが、このキャラクターを登場させた理由はなぜですか?

高橋:言ってしまっても良いですか? ……キャクター人気が出そうなのを出したかったからです(笑)。

――そうなんですか?(笑)

高橋:みんな狂った方向だと、プレイヤーは完全に引くんですよ。そういう世界に入ってしまえる人は良いですけど、入れない人も当然のようにいるわけですから。今だったら結構通用するかもしれないけど、昔は普通のヒロインは絶対に必要だったんです。もちろん沙織と瑠璃子のギャップを描きたかったというのもありますけど、沙織とか瑞穂みたいな普通のキャラを外してしまうと何が基準なのかわからなくなる。そういう意味でも絶対必要だったんです。でもたぶんプレイヤーは沙織みたいな方向のキャラを好きになるだろう、というのは考えていました。

――沙織を可愛く描こうと、描写にかなり力が入っているのを感じてましたが。

高橋:そのあたりは、人気が出れば良いなーという理由で書いたと思います。僕としては瑠璃子をすごく良く描きたかったんですよ。でも瑠璃子を好きじゃない人は絶対に出てくると思って、その人のために沙織達を用意したんですけど。ああいうスポーティな元気キャラって、当時はあんまり人気が出ないんですよ。そういうキャラだけど人気出るように描こうと努力しました。

――そういう元気な沙織も「私も時々おかしくなりそうなときがある」とこぼしたりして。

高橋:当時、主人公は鬱状態というか拗ね状態に入ってるわけですよね。ああいう時期って絶対にあると思うんですよ、二十歳前後で。裕介とシンクロするとまでは言わないけど、裕介みたいな気分になるときはあると思うんです。未来のことを考えて「所詮この程度なんだろうな」とか。沙織はそういう状態を乗り越えたときのキャラとして書いたんです。ああいう拗ね状態のときの自分って、まわりにすごく迷惑かけるわけじゃないですか。でも「それを乗り越えて明るくやってるよ」というのが沙織だったんです。だから沙織から祐介は学んで欲しかったんですよ。沙織はそれでも元気にやってる、みんなとうまくやってる、楽しくやってるという思想で。

――沙織自身が能天気なキャラだったわけでなく、裕介と同じ問題を抱える立場にあったにもかかわらず、それでも元気にやっている女の子なんだと。

高橋:たとえば街へ行くと、若者たちがバカっぽくワーッとやってますよね。それを見て、たぶん裕介みたいな人は「あいつら何も考えてなくて幸せなんだろうな……」と思うわけです。でも彼らも絶対同じようなことは考えている。それを乗り越えるために楽しくやっているんだ、ということを書きたかった。沙織のコンセプトはそんな感じでしたね。

『かまいたちの夜』
94年チュンソフトから発売されたサウンドノベル・ゲーム。ミステリー作家の我孫子武丸がシナリオを担当、本格的な推理小説としても読ませる。ヒロインの名前入力などで微妙に恋愛要素を楽しむことが出来る。
[→関連サイト1]
[→関連サイト2]

大槻ケンヂ
ロックバンド・筋肉少女帯のヴォーカリスト。パンク黎明期の影響下で培った特異なキャラを活かし、90年代以降、作家・タレントとしても活躍。世界への違和と破壊衝動を綴った内面的な詩作が特徴。コミックバンドと誤解されメジャー化したが、彼の思想に共鳴した層がかなりの数、これを支えていた。『新興宗教オモイデ教』『くるぐる使い』(共に角川文庫)は彼の代表作。現在、筋肉少女帯は解散、大槻は『特撮』を結成し活動中。
[→関連サイト]

新興宗教オモイデ教
(c)大槻ケンヂ

プロファイリング
連続殺人犯の動機や行動パターンを心理的側面から分析、犯人像を割り出していく手法。元FBI特別捜査官ロバート・K・レスラー氏が確立。同著『FBI心理分析官』は94年に翻訳・出版され、130万部を超えるベストセラーに。日本におけるプロファイリングの社会現象化は、凶悪犯罪時代の不安を前触れしたものと言えるが、その不安は95年の地下鉄サリン事件、97年の酒鬼薔薇事件で現実化している。

『羊たちの沈黙』
トマス・ハリス作 菊池光訳(新潮文庫89年)91年に公開された同名の映画は第64回アカデミー主要四賞(作品・監督・主演男優・主演女優)を独占。アンソニー・ホプキンスの怪演とジョディ・フォスター扮する麗しき美人捜査官ぶりが話題に。登場する分析官は上記のレスラー氏がモデル。続編『ハンニバル』(上下巻)が2000年4月発売。

羊達の沈黙
(c)トマス・ハリス

瑠璃子
『雫』のヒロイン・月島瑠璃子。毒電波と呼ばれる謎の精神攻撃の根源だが、その理由を単純にトラウマに求められない点が魅力的。夕陽や月光を背景にした彼女のイベントCGはどれも印象に残る。

新城沙織
『雫』の登場人物。バレー部所属の明朗活発な副ヒロイン。リーフが集計したアンケートで人気投票一位を獲得し、アミューズメントゲーム『さおりんといっしょ!』にその名前を留める。

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