TINAMIX REVIEW
TINAMIX
青少年のための少女マンガ入門(3)今市子

■ボーイズ作家としての今市子

あしながおじさん達の行方
「あしながおじさん達の行方」1巻
(c)今市子
芳文社
花音コミックス
定価 本体562円+税

で、とりあえずコワイ系以外の今市子の作品ですが、ボーイズ・ラブが多くを占めます。

ボーイズ・ラブというのはですねー、まあ何と申しましょうか、登場人物の殆どが、いわゆるモーホーと申しましょうか、まあそういった類の少女マンガの一ジャンルと思って頂ければ間違いではありません。そのような傾向の作品が多く掲載されている少女誌がいくつかあるようでして、まあそれに載っている作品の事を主にボーイズ・ラブ、と言ったりするわけです。

少女マンガは近親相姦、レイプと並んで同性愛ネタが大好きです(ただし男同士に限る)。遠くは萩尾望都の『トーマの心臓』、竹宮惠子の『風と木の詩』などのいわゆるギムナジウムものの古典にその源を遡る事ができるわけですが、それが同人誌界でアニメのキャラクターをモーホに仕立て上げパロディにするという、いわゆる「やおい」という歴史を経て現在のボーイズ・ラブの隆盛という状況があるのです。このやおいの原点や語源、同じ同性愛ものの少女マンガでもやおいと一線を画す耽美派の存在などそこらへんを語り出すと長くなるし、多分誰も同性愛ものの詳しい歴史など聞きたくないと思うので、とりあえずそのようなジャンルがあるということだけ頭に入れておいてください。

なぜにボーイズ・ラブとホラー?と疑問に思う向きもありましょうが、ボーイズ・ラブでの作品でも前述した人の世の迷惑−尻拭い関係が活き活きと描かれます。そして、今市子のボーイズ・ラブのそこが面白いところなのですが、今作品の同性同志の恋愛はこの迷惑−尻拭い関係から発展していくパターンが繰り返し出てきます。最近完結した『あしながおじさん達の行方』では、酒癖が悪く考えなしの保護者・夏海と共同生活していくうちに、反発しながらも彼に惹かれていく施設で育った少年春日、世間知らずの春日の世話を焼くうちにだんだん春日が可愛くなって来るしっかり者のヤスヒロの、相手に対する感情の変化が非常にリアル(しかしみんなオトコ)。デビュー作の『マイビューティフルグリーンパレス』では、会社サボって山とか行ってたら首になった、というちゃっかり者の橋本に転がり込まれ、そのペースに乗せられているうちに、「腹が立つのにほっとする」と迷惑が愛情に変化していくシゲルの心情が説得力を持って描かれます。

しかし、迷惑−尻拭い関係がそのままで恋愛感情にハッテンするということは、レイプされた相手を好きになるのと同じくらい有り得ないので勘違いしないように。今市子のボーイズ・ラブものでは、登場人物達がホモという理由でだけでは説明がつかないくらいベタベタしてます。それはエロティックであるけれど、けしていやらしい触り方ではなく、傷ついた相手を癒し、甘え甘えられる関係の中で共生しようという意志の現われであって、その接触が相手に嫌がられない時初めて成立する関係なのです。

■失われし時を求めて

もうひとつ今市子の作品によく登場するパターンが「失われた関係の再生」です。

主人公はじめ家族関係に恵まれず不幸な幼年時代を過ごした数人が寄り集まって共同生活を送るうち、疑似家族を形成していく『あしながおじさん達の行方』、同性愛者の兄にボーイフレンドを斡旋する事によって、離婚で離れ離れになった家族をもう一度創り出そうとする妹が出てくる『へんなやつら』(単行本『五つの箱の物語』収録)、『百鬼夜行抄』にも妖怪の力を借りて死んだ家族を生き返らせるというエピソードはいくつか見られます。

あしながおじさん達の行方
「あしながおじさん達の行方」2巻
(c)今市子BR>芳文社
花音コミックス
定価 本体562円+税

現実的に考えれば、なくしたものにこだわるのは死んだ子の年を数えるようなもので、「役に立たない」「無駄な」ことなんですが、今市子の作品世界においては、そんな現実生活では省みられないものがかなりの比重を占めています。異界の住人の妖怪たちも実は無駄で役に立たないもの。しかし作者は、それを役に立たないものとしつつ『百鬼夜行抄』の主人公・律に「そっちの方がはるかに美しく見えるのだから別にいいじゃないか」といわせるのです。

こう書くと誤解されるかもしれませんが、今作品の登場人物達は現実から逃避しているのではありません。律は受験勉強にかまけて妖怪退治がおろそかになったりと、異界と現実世界の折り合いを上手くつけるため苦労しているし、『あしながおじさん達の行方』の春日は、物語の終盤で自分を置いていったまま音信不通の親たちにこだわるのをやめ、夏海たち新しい家族との新しい生活を踏み出します。現実とのバランスを取りつつ、異世界や過去を大切にしている登場人物たちの魅力が、今市子の作品を安心して読めるものにしているのです。

ここまで読んで、今市子の世界に興味を持ったら、ぜひ一度自分自身でその魅力に触れて頂きたい、欄外コラムにあるように作品はコストパフォーマンスが高く、お得です。作風も描く題材も多岐にわたるので、怖いのが苦手でない人は無難に『百鬼夜行抄』、チャレンジャーなあなたは是非ボーイズ・ラブものを手にしてみてね。あなたの知らない世界の扉がそこにある…かも。◆

文:シボンちゃん

今市子
1993年コミックイマージュより『マイビューティフルグリーンパレス』でデビュー。

コミックスリスト
『マイビューティフルグリーンパレス』(白夜書房)現在絶版
『砂の上の楽園』
『懐かしい花の思い出』
『百鬼夜行抄』1〜7以下続巻(以上朝日ソノラマ)
『大人の問題』
『あしながおじさん達の行方』全2巻(以上芳文社)
『GAME』(一水社)
『五つの箱の物語』(雑草社)


萩尾望都に呪われた作家・今市子

今市子の代表作といえばやはり『百鬼夜行抄』だ。しかし、そこへたどり着くまでには長い道のりがあった。投稿時代には架空の砂漠の町を舞台にした、王家の末裔が主人公のドラマ(*2)を、また同人誌時代にはいわゆる“ボーイズラブ”(同性愛)モノを多く描いている。それ以外にも、濡れ場こそないがレディース・コミックにでも掲載されていそうな、男女の三角関係を描いた作品(*3,*4)もある。他に、架空の王族を描いたファンタジーだが、萩尾望都『マージナル』あたりのSFの影響もかいまみえる作品(*5,*6)から、ペットの文鳥を描いたほのぼのエッセイ漫画まで。その作風は実に幅広い。

しかしいずれも「よくできてはいるけど小器用にまとまっている」といった印象があり、節操のない“器用貧乏”な作家に見えなくもなかった。現在は『百鬼夜行抄』に代表されるようなユーモラスで叙情的な怪談や、『大人の問題』(芳文社)『ファミリー・ブルー』(*1)などのホームコメディも得意としている。特に後者が実に活き活きと描かれているのを見ると、ようやく才能を生かせる作風を見つけだしたように見える。実に喜ばしいことである。

さて“器用貧乏”である以上に彼女の特徴なのが、“貧乏性”であるということだ。作品が貧乏くさいという意味ではない、エピソードを詰め込み過ぎるのだ。他の少女漫画作家は1ページに1〜2コマしかなかったり、ヘタすりゃ見開き2ページを一コマで使ったりと、いくら視覚的効果のためとはいえこの手の情報量の少ないページを量産することが多い。例えば“感動の再会”なんてエピソードがあれば、「太郎さんっ……」「花子!!」「会いたかった……!」「あぁ……」なんてやりとりに花と点描を降らしまくって何ページ何十ページも費やしたりするのだ。

しかし今市子は違う。おそらく他の漫画家が60ページから100ページかけて描くようなストーリーを、彼女は平然と40ページ程度にまとめてみせる。全2巻なのに単行本を3〜4冊は読んだ気になるほど入り組んだエピソードを凝縮させた、人間ドラマと謎解きミステリーとコメディの要素が渾然一体となった『あしながおじさん達の行方』(芳文社刊)といい、極貧娘の玉の輿をめぐるスラップスティック・コメディ『ファミリー・ブルー』といい、膨大な情報量を惜しみなく詰め込んでいる作品だ。しかしあまりに惜しみ無さ過ぎるので「もっと薄く引き延ばして長く描けば原稿料や印税が儲かるだろうに」と無責任に思わずにはいられなかったりもする。

なぜそこまでエピソードを詰め込んでしまうのか。今市子はこんなコメントを残している。萩尾望都の『ポーの一族』について、「このシリーズの一編に『グレンスミスの日記』という名作がありまして、私はこれは70ページくらいの作品だとずーっと思っていましたが、ある時、かぞえてみたら実は24ページしかなかった。(中略)以来、私は24ページという数が怖くなってしまった。私にはあれだけの内容を24ページで描く事はとてもできないから。周りの人達から“グレンスミスの呪い”と呼ばれてました」(*7)と。そう、今市子の“貧乏性”は、萩尾望都の呪いが原因だったのである。

いずれにせよ、単行本を買って読む分にはかなりコストパフォーマンスが良い作家であると言えよう。逆に言うと、立ち読みや漫画喫茶での大量読破には向かない作家であったりもするのだが……。(小雪)

*1:雑誌「メロディ」(白泉社)掲載、単行本未収録
*2:「DREAM AWAY」(86年作品。ネムキ99年10月号増刊掲載、単行本未収録)
*3:「Walts」(86年作品。ネムキ99年10月号増刊掲載、単行本未収録)
*4:「木の下闇」(94年作品。ネムキ99年10月号増刊掲載、単行本未収録)
*5:「神々の花」(91年作品。朝日ソノラマ刊「懐かしい花の思い出」収録)
*6:「砂の上の楽園」(96年作品。朝日ソノラマ刊「砂の上の楽園」収録)
*7:ネムキ99年10月号増刊より引用

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