TINAMIX REVIEW
TINAMIX
青少年のための少女マンガ入門(3)今市子

■癒し系エロティシズム溢れる迷惑系ヒューマン・ドラマ、今市子の世界

世の中には二種類の人間がいます、迷惑をかける人間とかけられる人間と。

迷惑をかけられる人間は仕事の上で日常生活で、あらゆる場所でのべつまくなし24時間、迷惑をかける人間の尻拭いをして回る事になるのであります。たいへん不公平です。

迷惑人間と尻拭い人間は、だいたい二八の割合で混合しているようです(当社比)。それならというので、ここで20%の迷惑人間を全体から取り除いてみますと、あら不思議。残った80%の尻拭い人間のうち、20%が迷惑人間に変身するのでした。ああ蟻の世界よりも不思議な人間世界よ。

人間関係とは流動的なので、大抵の人は迷惑をかけたりかけられたりとその場その場で役割を変化させます。稀に誰が相手であろうと迷惑をかけまくる猛者や、どんな時であろうと他人の尻拭いをする側に回ってしまうしっかり者もいますが。

迷惑をかけられる当事者としては、このような人間関係は疎ましいものでありましょう。しかし、小説や漫画、お芝居といったメディアで戯画化されて描かれるこの関係は大変面白い。その場合、迷惑人間がパワフルなほど、そして尻拭い人間が悲惨なまでに迷惑人間に振り回されるほど、この人間ドラマは面白い

少女マンガの世界でこの迷惑−尻拭い関係の描写を得意としていたのが『動物のお医者さん』『おたんこナース』の佐々木倫子でしたが、この方面の後継者として最近めきめきと頭角を現して来ているのが今回ご紹介する今市子なのです。ふ〜長い前フリだった。

■妖怪のお医者さん

百鬼夜行抄
「百鬼夜行抄」6巻
(c)今市子
朝日ソノラマ
眠れぬ夜の奇妙なコミックス
定価 本体760円+税

今市子の代表作は、やはり何といっても『百鬼夜行抄』、これはホラーといいましょうか、「眠れぬ夜の奇妙な話」略してネムキという雑誌に連載中の、見えないものが見えてしまう少年・律の不思議な体験を描く一話読み切り形式の作品です。見えないものというのはすなわち闇に生きる妖怪たちなわけなんですが、まぁこの妖怪達が主人公に迷惑をかけることかけること。なまじっか妖怪とコミュニケート出来るばっかりに無理難題を持ち込まれ、むりやり一緒に遊ばされたり、従姉をヨメに見込まれたり、人食い鬼に食い殺されそうになったりとお約束どおり散々な目にあうわけです。なんといっても相手は妖怪ですから、その迷惑パワーも文字どおり人一倍、いや十倍はある感じ。

律の死んだ父親の体を住み処にしている妖怪青嵐は、一応律の祖父との約束で彼の身を守っているのですが、大食らいでものぐさ、困った事があれば警察に頼めとか(妖怪のくせに…)、守るというのと命令を聞くというのは微妙にニュアンスが違う、などとへ理屈をこねて律の命令を拒否したり(妖怪のくせに…)と、その役立たずぶりは指数にして50ほど。

他にもちっちゃなカラス(?)天狗二羽がひょんなことから律の家来になるのですが、こいつらがまた結婚したいだの(妖怪のくせに…)、実は律以外にもつかえてる主人がいるだの、すすんでやる仕事は律の従姉でやはり妖怪が見える体質の司をもてなすための酒盛り(実は自分が飲んだり踊ったりしたいだけ)くらいという役立たずぶり、指数にして80。とまぁ、主人公を守る側の妖怪達にしてこの体たらくですから、他の妖怪様たちのパワフルな迷惑ぶりたるや、推して知るべし。

■民俗学的視点における百鬼夜行

百鬼夜行抄
「百鬼夜行抄」1巻
(c)今市子
朝日ソノラマ
眠れぬ夜の奇妙なコミックス
定価 本体757円+税

妖怪を題材とした小説やマンガ作品には、水木しげるや京極堂方面といいましょうか、博物的に多種多様な妖怪を収集し分類する方向と、妖怪を想像で創り出したいにしえの人々の世界観を探る、いわば柳田、諸星大二郎方面民俗学的興味を探る方向性とあるようですが、『百鬼夜行抄』は後者の切り口で物語が語られていきます。

主人公・律のもうひとりの従姉である晶は民俗学を専攻する大学院生という設定なので、いちいち学術的な裏付けのあるイヤンな解説をしてくれます。

「昔は神狩りといって実際いけにえの人間を山に連れていって殺して死体の一部を持ちかえったらしいけど、何百年も前から形式化されて石になったのね」とか祖霊信仰の儀式について説明してくれるんですが…ぎゃーやめろー!コワイじゃないかー!!昔の人って怖い事考え出すのね、そりゃ妖怪がでてくるのも無理ありません

日本各地に残る説話に欠かせない異類婚姻譚のエピソードにも事欠きません。ヨメがキツネだったり蛇だったりして家に富をもたらす、というおなじみのパターンも興味ぶかいのですが、人間の女性をナンパし結婚することを繰り返している一見田村正和風の準レギュラー妖怪の出て来るエピソードがやはり楽しい。

フツー、というかたいていの民話や伝説では、このような人間の女をヨメに望む異界の住人は、着物に針を仕込まれたりうすを背負ったまま川べりの花を取らされたりして、まぁ悲惨な最期を遂げるものなのですが、渋い二枚目なので人間の女性もコロッと騙され、ナンパ結婚を繰り返しています。そんなナンパ妖怪なのに、実は本命は尼さんだったりするところがなんか人間にもいそうなタイプ。

二枚目なので引っ込む時も毎回「さらばだ、また会おう」とカッコつけて去っていくのですが、律は「だからもう会いたくないって」と心でそっと叫んでいます。そりゃ妖怪に何度も会いたくないのが人情というものですから無理もありません。だいいち迷惑だし。

そんな風に妖怪を人間と近しく描きつつ、民俗学の方向からも読み解こうとする今市子の語り口は、神話や伝説を古代人の世界観の表現であると合理的に解釈しつつしかも異界があたりまえのように存在する諸星大二郎の作品世界と共通するものがあり、『妖怪ハンター』あたりが好きな向きには特にお勧めでございます。あ、でも、一応少女マンガなので、諸星先生にくらべると随分絵柄が華麗ですが(いや別に諸星先生の絵を貶してるわけでなくー)。主人公の律も稗田礼次郎と比べると随分女の子受けするルックスではあります。>>次頁

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