No.987269

夜摩天料理始末 53

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/987094

前半戦闘シーンは、思兼様に影分身付けた時のイメージで書いてます、鈍足高火力系に対して異様に頼もしい。

2019-03-15 20:42:56 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:706   閲覧ユーザー数:701

 豪と唸りを上げる剣が思兼を襲うが、彼女は微動だにせずその剣を見ていた。

 斬られる。

 それを見ていた全ての人がそう思ったが、振り下ろされた都市王の剣は空を切っていた。

 だが、隙を見せる事も無く、そこからの高速の斬り返しが放たれるが、それもまた、彼女を捉える事が出来ない。

 全く動いていない訳では無い、外套の裾、長く豊かな髪が微かに揺れているし、立ち位置も変わっている。

 なのに、彼女は静かに佇んでいるだけにしか見えず、動きという物が全く見て取れない。

「……何て見切りよ」

 彼女の動きが辛うじて見えた閻魔が舌を巻いた。

 それは、体術というより、完璧な見切り。

 都市王の構え、筋肉と骨と神経の流れ、剣術、その全てを把握し、構えの段階から相手の動きを見切り、最少の動きでそれを躱す。

 いかに、都市王の左足がまだ不自由であるにせよ、殺生石の力を得た、冥府屈指の剣士を翻弄する、思兼の持つ途方も無い力量の片鱗。

(卓越した見切り、だが、それだけでは無いですね)

 夜摩天は更に冷徹に二人の動きと実力を見極めていた。

 都市王は確かに力を増している……だが、それは速さや力強さ、そして増えた腕による変則的な攻撃能力だけで、その剣の精妙さや攻めの組み立てに関しては、本来のそれより劣る物になっていた。

 彼の本来の剣技ならば、いかに思兼といえど、あれほど綺麗に見切って躱し続ける事など出来はしないだろう。

 異なる魂に支配され、急激に強化された体という歪さが、思兼という存在の前で露わとなった。

 だが、二人の戦いを見る夜摩天の頭に、一つの疑問が付きまとう。

 なぜ、彼女は……。

 

「閻魔さん、一つ伺います」

 颶風の如く思兼を切りたてる都市王の攻撃を躱しながら、彼女は静かだが良く透る声を閻魔に向けた。

「なーにー?」

 とにかく動けるようになる事を優先して、力を抜いて座り込んでいた閻魔が、戦場には不似合いな返事を返す。

「式姫の庭の主殿の事です」

「彼?」

「ええ、彼の身に何が有ったのです?」

 

 それだけが、どうしても思兼に判らなかった。

 ざっと状況を見て、冥府で何が有ったのか、前後の事情から、あらましは把握できている。

 閻魔は今回の件の証拠を積み重ね、夜摩天と共に都市王の罪を暴いた、だが追い詰められた都市王は、殺生石の力を借り、あのような姿になってしまった。

 細部の異同はあるかもしれないが、大筋ではそんな所だろう。

 だが、彼にだけは、一体何が起きて、今の状態になっているのか把握できない。

 倒れ伏している、今の状況の直接の原因としては、都市王辺りの手に掛かったのだろうとは思うが、それならば、とうに魂が滅んでいる筈。

 だが、彼の魂は現にそこに存在している。

 そして、あらゆる事物の本質を見通す思兼の目にすら、彼が今どういう状態なのか。

 もっと言えば、「彼が、今いかなる存在なのか」が見えない。

 元の彼の魂では無い、だが彼という個が滅んでいる訳でも無い。

 強いて言えば、そう……彼女の目に映る今の彼は。

 

「彼ね」

 閻魔が何と言えば良いか一瞬迷ったような表情をして、一つ頷いた。

 思兼が尋ねるという事は、彼女が彼の現状を把握できなかった事を意味する。

 通常なら、あの全知に等しい女神にとって、それはほぼあり得ない話。

 であれば、自分が彼女に伝えるべき事は、一つしかない。

 

「彼は、夜摩天ちゃんの料理を『食べた』」

 

 それを聞いた夜摩天の表情が強張り、思兼は極めて珍しい事に、驚愕の色をその端正な顔に浮かべた。

「あれを『食べた』、口にしたでは無く!?」

「ええ、自らの意思で咀嚼して飲み下し、味噌汁一椀分、全部をその体に収めた」

 閻魔の言葉に、夜摩天が項垂れる。

 だが、思兼はその閻魔の言葉に、目を輝かせた。

「……何という」

 暴風を思わせる刃風を頭上に流しながら、思兼は賛嘆の視線を倒れたままの彼に向けた。

「どういう事情か知りませんが、あの魂の試練を、人の身でよくぞ」

 そうか、それなら、今の状況も頷ける。

「ねぇ、知恵の女神様?」

 呼びかけた閻魔が言葉を続ける。

「彼は一体どうなるの?」

 何かが起きるのか、それともこのまま滅んでしまうのか。

「私にも判りません……予測も付きません」

 そう口にして、彼女は何とも言えない表情をー彼女すら想像も付かない事態を楽しんでいいのか、嘆くべきか迷うようなそれをー浮かべ、軽く首を振った。

「何しろ、世界で初めての事態ですから」

 コタエヨ。

 

 生死とは、正邪善悪とは、そして生きる意味とは。

 

「俺には判らん」

 開き直りでも無く、無知の知を誇る類の、一種のひねくれた小賢しさからでも無く。

「俺ではその問いに、誰かを満足させられる答えを出せるとは、どうしても思えん」

 散々に考え抜いた後に出した、自分の中の一番誠実な答えとして、彼はそれを口にした。

 

 ソレハ、コタエニアラズ。

 

「いいや、これが俺の答えだ」

 きっぱりとそう口にして、男は首を振って、悲しげに呟いた。

「もし、この世界に、それらの答えが、全ての干渉を離れ、厳然として一つだけ存在しててくれるなら、俺たちは誰も殺しあわずに済むんじゃねぇのかな?」

 もしそんな物が存在してくれているなら、彼女が、自らの心を傷つけながら、冥府の裁判長を続ける必要も無い。

 

 コタエガ、ナイ?

 

「いいや、『答えが無い』は、それはそれで一つの答えだろう……俺にはそうも思えない」

 答えが無いと、この限られた生と知で、そう判断してしまう事こそ傲慢の極みじゃないか?

 

 ……では、どうとも言えない?

 

「……多分それが一番行儀が良い答えみたいな物なんだろう、ちょっと目端が利けば、誰だって世に満ち溢れ、対立しあう多数の正義と正邪善悪に気が付く程度は出来るからな」

 でも、俺はその考えの、収まりが良すぎる事を危険だと思った。

 余りに収まりが良すぎて、それ以上考える事を阻んでしまう、安逸の陥穽。

 その認識そのものは正しいと思うが、それは考え、顧みる事の始まりであって、終わりではない筈なんだ。

 

 では、あなたはそこから何を始めたのですか?

 

 俺が自分から始めた訳じゃない……俺はずっと一人で、あの庭の安逸の中でのらくらしていただけの凡夫。

 ただ、あの庭にこうめが来て、式姫達と共に戦う事を選んだ時に、俺は、その生き方を選んだだけ。

 全部、あいつらが俺にくれた、大事な物。

「判らないという事を受け入れて、それでも先に進む事を」

 俺たちは限られた命と知しか持ち合わせない代物だ……間違ってしまったと思いながら、正しい事をしていると思いながら、やり直しの効かない時の流れの中で生きて死ぬしかない。

 人として生まれた限界もある、己や隣人や社会という、己が生きる為の基盤の為に存在する正しさを受け入れねば、人の大半はそもそも生きられないし、その濁流の中で考える事を放棄する方が普通になっていく。

 たとえ考える事を続けても、論理としては成立し、自明の筈の答えが、実際の生活には全く敷衍できない。

 正しいとはどうしても思えないけど、せざるを得なかった事も山ほどある。

 そんな葛藤を山ほど抱え、けど、その時やらねばならぬと決めた事を全力で貫く。

「生きる覚悟ってのは、そういうもんじゃねぇかと、俺は思う」

 男の言葉に、それが頷く気配があった。

 

 続けて。

 

 そして、その先に進めた生という糸の一筋に、関わったいろんな人の思いを織り込みながら、否応なく自分なりの答えが織り上がっていく。

 時に、その糸を断とうとする相手もいるだろう、共に美しい綾を織り上げてくれる人もいるだろう。

 そして、最後にそこに生じた綾目が、多分、俺が出した生死の、正邪善悪の、生きた意味の答えになる。

 その判断は、それを目にし、関わった大勢の存在が行い、彼らの心の中だけに何かの答えが残る。

 だけど、もし、俺の出した何らかの答えを、誰かが、例えばこうめが拾ってくれて、彼女自身の生を生きて行ってくれるなら。

 俺の生は、さっきの問いに対する、答えの一かけら、砂粒一つ位にはなれるんじゃないかと。

「そんな気がするんだ」

 

 それが、貴方の答えではないのですか?

 

「答えか」

 でも、こんなのは、生き切った結果を答えにしてくれという、投げっぱなしに等しい馬鹿な言い種。 

「そうなるのかな……でもよ」

 男は一瞬口ごもってから、言葉を続けた。

「生きるって事は変わるって事だ……俺も変わる、式姫達も、こうめも、あの領主殿や陰陽師の兄ちゃんも」

 答えは、良いとか悪いとかでは無く、人や世界との関わりで、常に変わり続ける。

 これだって、『今の』俺の答えに過ぎず、どう変わるかなんて俺にも判らないし、変わる事を否定したくない。

「だから、俺はあの問いに対しては、やっぱり『判らない』としか言いたくないんだ」

 

 判らない……けど、生きてる限り、その答えを、大事な人たちと歩きながら、求めて行きたい。

 

 いろんなことを考えていたし、もっと言いたい事も有った気がするけど。

 結局、言葉にしちまうと、たったこれだけの。

 あの問いへの答えですら無い、馬鹿で、どこか陳腐な言い種。

 だけど、どれ程馬鹿でも、陳腐でも、この戦いを始めた時からずっと抱いている、俺の偽らざる想い。

 

「そうですか」

 周囲でぼんやり響いていた声が明瞭になる。

 それを聞く、俺の姿もまた本来の形を取り戻していた。

 そして、俺の前には、彼女の姿があり。

「貴方の答え、確かに伺いました」 

 赤い縁の眼鏡越しに、あの綺麗な浄眼が、こちらを優しく見つめていた。


 
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