――それは数万年越しのいつか。
地球、ワイルド大陸は、宇宙の深淵より伝播し大地に生息域を広げた金属生命体ゾイドが跋扈し、人々はささやかなコミュニティの中で肩を寄せ合い、かつての栄華を忘れ去って生きていた。
しかしこの時代、帝王を称するある男の暴威の下に多くの人々が集い、この大陸に覇を唱えようとしていた。
デスメタル帝国とその帝王ギャラガー。彼の威に従う者達は技術の復興と研究に着手し、大地のゾイド達すらその支配下に置き始めた。
ゾイドハンターと呼ばれる、ゾイドを友とする冒険者達が徒党を組み暴威に立ち向かうが、散発的な反抗が功を奏する一方で支配に沈む地域も多かった。古き文明の鉄筋コンクリートの街並みを残していたその都市も、その一つ。大陸東部に、いまや燻り火葬されるその街も……。
『総員……ゾイドの隊列と速度を維持……』
隊長ゾイド・トリケラドゴスからの無線を、タロは愛機ガノンタスの操縦ポジションで聞いていた。
タロは『この街』のゾイドライダー隊の一人――そして今はデスメタル帝国に反抗し、『この街』を取り戻そうとする一軍の一人だ。同世代の少年達の中でも小柄で、手先が器用な位しか取り柄の無かったタロがこの戦場に身を置いているのは、ひとえに彼がゾイド……プロガノケリス種ゾイドのガノンタスと絆を結ぶことが出来たのが理由だ。
『この街』のゾイドは、『この街』に残る技術によって強化されている。隊長機からの命令を受け取る無線機も、分厚い甲羅に追加された砲塔も。タロは本来、この手の技術に没頭しているばかりで人と積極的に関わるような者ではなかった。そのままならこのガノンタスと出会うことも無かっただろう。しかし――
『すげえなあタロ! あの建物も道も……畑を耕したみたいになってる!』
無線機にタロが増設した装置から、少年の声がする。タロと共に隊列を組むガノンタス隊の一人、ジャガの声だ。
「やばいよジャガ」
『お前もそう思うかあタロ!』
「そうじゃないよ。隊で動いてるときにこの無線機を使うのはやばいって……」
元々は、訓練の合間などにタロとジャガとで内緒話をするために、タロが装着したのがその装置だ。ガノンタスを改造したエンジニア達は笑って秘密にしてくれたが、この隊の面々はこの無線機の存在を知らない。
「バレたら隊長から大目玉だよ?」
『平気平気! タロが作った機械だろ? 他の誰にもわかんねえって!』
タロの懸念をジャガは一笑。彼はいつもそうだ。タロが怖じ気づく度に、笑って手を引き、『一線』を越えていく……そんな少年だった。
『それにこんな状況だ。誰だってホントは内緒話の一つや二つぐらい……したいはずだぜ?』
あっけらかんと、ジャガは鋭いことを言う。天真爛漫な彼であるが、時折本質を一突きするのがタロにとって恐ろしく……そして彼を尊敬する点であった。
『デスメタルって悪い奴らだってのはわかってたけど、ここまで出来るんだな! 一周回って感心しちまうぐらいだ』
「デスメタルはゾイドを無理矢理ワイルドブラストさせる技術を持っているっていうからね。大きなゾイドを使う優秀なライダーも多いって言うし……」
『前にお前が言ってたデスレックスだっけ? それ以外もいたっけ。このガノンタスだって大きい方だけど、それよりも大きいんだってな!』
タロが懸念することでも、ジャガは素直に感心する。彼よりは多くのことを知っていると自負するタロだが、時折ジャガの素直な価値観の方が正しいのではないかと感じることもある。
「でも……でもだよ? それが敵だとしたら、やっぱりジャガも怖いんじゃ……」
『こ、怖くなんかねえ! なんか感じるとしたら……許せねえってことだ! そんな立派な、こんなこともできるゾイドを使えるなら、もっといいこともできるだろうにさ!』
「そ、それはそうだね……」
無線機越しには見えないジャガの様子を想像し、タロは思わず吹き出す。そしてそれに呼応するように、タロのガノンタスも排気を吹き上げた。
『全軍――停止!』
不意に隊長からの声が割り込み、タロは息を呑んだ。ジャガも流石に雰囲気を察したか、独自チャンネルからの声も止んだ。
『前方の斥候より通信だ。暗視装置を起動、距離五〇〇地点を注視』
指示を受け、タロはガノンタスに増設された装備を立ち上げていく。『この街』に残された技術の一つだ。
崩壊し燃えさかる街道の先に、粉塵が立ちこめている。そしてその中に浮かび上がる眼光を、ガノンタスの操縦ポジションに引かれたモニターが浮かび上がらせる。
『デスメタル帝国の……戦闘ゾイドだ!』
隊長が断じる声が響く。闇の中の巨体は、かつての『この街』を行き交っていたものとは違う。燃え盛るような眼光に、隊列前方のガノンタスが身構えるのがタロの暗視ビジョンにも映っていた。
『部隊番号前半機は俺と共に敵ゾイドを攻撃する! ガンランチャー、弾種AZミサイル!』
隊長の指示に、身構えたガノンタス達はそのまま攻撃態勢に移った。『この街』の技術で操縦スペースに増設された砲塔を、前方の敵に向ける。
『この街』のガノンタスに装備されている武器はガンランチャー。砲弾から、ロケット噴射で敵に向かって飛んでいく『ミサイル』までを発射できる。――その『ミサイル』の威力こそが『この街』がデスメタル帝国に襲われた理由であることを、隊の誰も知らなかった。
砲撃態勢に入ったガノンタスを前に、敵ゾイドが肩に背負った何かから閃光を放った。まばゆい光に暗視モニターが白に染まり、タロはガノンタスの驚く声を聞く。そして同時に、硬い殻の外から響く爆発音も。
『一号機、二号機……爆発炎上!』
『敵ゾイドからの攻撃はAZミサイルの模様!』
『応戦する! 撃て!』
じわじわと回復していく暗視モニターと混乱する無線の中で、タロは前方のガノンタス達が発砲したのを感じた。画面中央……敵ゾイドの部分がホワイトアウトしたモニターの中で、炎上するガノンタスを飛び越えて味方のミサイルが飛んでいくのが見える。
爆発。繋ぎっぱなしのジャガとのチャンネルから「やった!」と声が上がるが、タロは爆炎の中を横切った一瞬の影に気付いていた。
「違う! 敵は避けてるよ!」
『全機装弾しつつ警戒! 敵を見つけ次第方位の報告と同時に攻撃!』
命令しながら、タロ達の隊長が駆るトリケラドゴスがその眼光を強くした。ゾイドと強い……本当に強い絆を結んだライダーだけが発動できる『ワイルドブラスト』の状態。隊長のトリケラドゴスはこの時、機体に埋め込まれた巨砲を展開できる特別なゾイドだった。
『じゅ、十一時方向……!? いや違う、煙……?』
『ど、どこ? どこなの!?』
『落ち着け! 確証が無いまで発言は堪えろ……!』
恐慌状態の隊員達を抑えていた隊長が、不意に押し黙った。タロとガノンタスが振り向くと、トリケラドゴスが顔を上げ、どこかを睨み付けている。
『いたぁ! 二つ向こうの通り! 二時方向!』
同時にジャガの声が響く。そしてトリケラドゴスは同じ向きへと発砲した。
砲弾を追って振り向いたタロが見るのは、爆風とその下に一瞬よぎった眼光だけ。隊長が舌打ちし、
『外した……!』
『隊長! あの通りはここと広い路地で繋がってる……!』
ジャガの指摘に、タロがハッとすると同時に飛来した二発のミサイルが隊のガノンタスを襲った。至近距離からの爆風に、タロも彼のガノンタスも身を縮こまらせる。
「うわっ、うわっ! ジャガ助けて!」
『落ち着けタロ! お前に当たったんじゃない!』
ジャガの声を受けて、タロは炎など無い暗い操縦スペースに気付く。そして暗視モニターの中で隊長のトリケラドゴスが視線を巡らせていることも。
『散……開!』
隊長が声を上げる。同時に、隊が進んでいた街道の横、建物の残骸を吹き飛ばして敵ゾイドが飛び出してきた。
タロは、敵は小さなゾイド……瞬発力に優れたラプトールに自分達と同じ『ミサイル』を積んだものだと思っていた。そうする方がおそらく有効だから……。しかし現れたゾイドは、隊長のトリケラドゴスに匹敵し、あるいは上回る巨体にミサイルのランチャーを担いでいるのが見えた。
しかし敵は、タロが思い浮かべた小型ゾイド以上の速度で襲いかかってくる。
『うおおおおお!?』
隊長の雄叫びと共に、トリケラドゴスが身を捻って砲身を敵に叩き付けようとした。しかしそれよりも先に、敵ゾイドは口内から突き出した何か輝くものをトリケラドゴスに叩き付け、突進力と合わせて吹き飛ばして見せる。
タロは見た。トリケラドゴスが、いとも容易く宙に舞うのを。隊員達との演習で一度も被弾したことが無い身軽なゾイドではあったが、同時にガノンタスよりも巨体で重く……なによりあんなに力なく吹き飛ぶ姿は見たことが無かった。
『た、隊長!』
『そんな! どうすればいいんだよお!』
『が、ガノンタス落ち着け! 今突っかかっても……うわあああ!』
トリケラドゴスが吹き飛び、隊のど真ん中に敵が飛び込んだことで、隊はもはや『隊』としてのまとまりを失っていた。ライダーとゾイド、それぞれの恐れのままに発砲と突撃、逃走が入り乱れる中に敵ゾイドはそびえていた。
その眼光にモニター越しに射貫かれ、タロも背筋を振るわせて身動きできなくなった。跨っているガノンタスの内部機構にも冷たい感触が走る――。しかしその瞬間、声が響いた。
『か、各機、この場を離れ体勢を立て直せ……。敵は強力だが、ガノンタスの武装と……本能を解放できれば――』
隊長の声だった。吹き飛び、建物の残骸に激突したトリケラドゴスがゆらりと立ち上がり、折れた砲身を一振りに吹き飛ばすのがタロにも見えた。そして角の代わりに取り付けられた対空砲を低く構え、敵ゾイドへ掃射しながら突っ込んでいく。
『行け! この街の子供達――!』
『タロ! ボーっとしてんな!』
咆哮する敵ゾイドに向かっていくトリケラドゴスに、タロは魅入っていた。そこへ、隊列では離れていたジャガのガノンタスが横様にぶつかってくる。タロはハッと顔を上げ、無線機に目を向けた。
「ジャ、ジャガ……!?」
『隊長言ってるだろが! ここは離れろって! 俺達のガノンタスじゃどうしようもないぜ!?』
ジャガが言うとおり、周囲では旋回しようとしてガノンタス同士が長い砲を衝突させている。狙いも定めずに砲を乱射している者もいる。紅蓮に彩られた夜景の中、タロのガノンタスはジャガのガノンタスと向き合い、その視線に焦点を合わせていた。
『ぐおおおおお! 皆逃げろぉ! ここで……ここで終わるな! お前達は――!』
隊長のトリケラドゴスが突撃し、その巨大なフリルを敵に叩き付ける。しかし機敏に跳び上がった敵は、トリケラドゴスの背に食らいついていた。
『タロ! お前ならどう思う!? こんなぐちゃぐちゃの中でも、お前にならどうするべきかわかるんじゃないのか!?』
ジャガの叫びに、タロは歯を食いしばる。悔しいが、ジャガの言うとおりだった。急速に首の後ろの方が冷えていく感覚がある。そしてタロはガノンタスの操作パネルを撫で、駆け出すように指示する。
「ごめんジャガ、呆気に取られてた! 一旦逃げよう! 隊長が……時間を稼いでる間に……!」
視界の中で、トリケラドゴスは背中の装甲部位をかじり取られ、もはや骨格にまで歯形を刻まれながら荒れ狂っていた。隊長の声ももう無い。
タロとジャガ以外に、数機のガノンタスが冷静さを取り戻してか、狙い澄ました砲撃や体当たりを仕掛けていく。ライダーか、ゾイドか、どちらの意志かは分からない。しかし上がる爆風の中、タロとジャガ、二体のガノンタスが逃げ延びることが出来たのは……事実だった。
長い夜の中、タロはジャガに引き連れられ、廃墟の中を逃げ回った。
敵のゾイドは隊列を蹂躙し尽くした後、逃げ惑うガノンタス隊に順番に襲いかかっているということがわかった。暗視ビジョン、後ろ備えのゾイドが持つ『レーダー』という機械……。『この街』の力をゾイドに取り込んだタロ達のゾイド隊の力が、敵ゾイドの圧倒的な力を浮き彫りにしてタロ達に伝えてきた。
「あのゾイドは……デスレックスかもしれない」
『おいタロ、お前あのゾイドは一体しかいないって言ってなかったっけ? 帝王ギャラガーがこの街に来てるのか!?』
「いや、そうとは思えない! でも……ゾイドはたまに『そういうもの』を飛び越えていくじゃないか! ジャガだってさっきのを見ただろう?」
悲観的に言うタロの言葉を裏付けるように、無線機を通じて聞こえる声は少しずつ少なくなっていった。隊のガノンタス達が順番に襲われている証拠――。そしてその度に上がる爆風は、離れようとするタロ達を着実に追ってきていた。
闇夜に爆炎が上がる度に、タロは絶望に駆られてジャガと以外の無線を切ろうと思った。しかしジャガに励まされながら暗闇の中をガノンタスと共に這い続ける内に、こんな声を聞いた。
『――諸君! 今しばらく――堪えてくれ! わ――希望、ワイルドライガーがそちらに――!』
隊の誰かの声ではない。かすかに聞いたことがある『この街』のゾイド隊の司令官の声だったと思う。もしかしたら、幻聴だったかも知れない……。
しかしタロは、その声を元に行動するジャガの姿を見て自分の記憶を信じることが出来た。廃墟の街を進むジャガのガノンタスが振り向き、彼の声が無線から聞こえる。
『聞いたかタロ!? あのワイルドライガーが助けに来てくれるってよ! デスメタルと戦って、あの四天王とも互角だって言うぜ!?』
どこかワクワクしたようなジャガの声に、タロはむしろ冷静になった。そしてそのお陰でジャガが示す進路に、自分の知識でアドバイスをすることが出来た。物陰へ進み、足跡を消すよう……。
気付けば夜更けが近付いていた。朝日が差し込む廃墟の街の中、二体のガノンタスが砲塔と迷彩色を背負って這いずる。
「こ、このまま行けば逃げ切れるねジャガ!」
『あ、ああ。そうだなタロ』
呼びかけたタロの声に、珍しく言い淀んだ調子で応じるジャガ。タロが怪訝に思ったその瞬間、背後で瓦礫が崩落する轟音が響いた。
「う、うわっ! 追いかけられてる!?」
『くっそ! やっぱり一筋縄ではいかないみたいだなタロ!』
振り向いたジャガとタロ、二人とガノンタスの視線の先で廃墟を蹴散らして敵ゾイドが立ち上がった。恐るべき巨体の中から、視線だけが的確にこちらを狙っているのがタロにもわかった。冷ややかな手触りを寄越すガノンタスにも、おそらく……。
『タロ! ここでこいつ、足止めしなきゃだぜ!』
「え、ええ!?」
突拍子も無いジャガの発言に、タロは我に返った。見れば、暗視ビジョンが解除されたモニターの中ではジャガのガノンタスが一歩前に出ている。
『タロ、ここまででアイツが撃ったミサイルの数、覚えてるか?』
「え、ええ?」
『俺数えてたんだ。全部で四発……。アイツが背負ってる筒は全部で六つ。これって、ヤバいんじゃないか!?』
ジャガの言葉、そしてモニター越しの情報に、タロの思考は急激に冷めていく。『ミサイル』の力、あのゾイドの力、救援に来るというワイルドライガー……。
「あの筒は、『ミサイルランチャー』だと思う。一本につき一発のミサイルが入ってる……。ワイルドライガーが助けに来てくれても、『ミサイル』が残っていたら確かにマズイかも……」
『じゃあこのままじゃいけないぜ! ミサイルを撃ち尽くさせなきゃ……!』
ジャガがそう言うと、彼が乗るガノンタスは全身で振り向いた。そしてタロのガノンタスと敵ゾイドの間に立ちはだかり、砲塔を敵に向けて射撃を開始する。
『こっちだ! 狙ってこい!』
「ジャガ無理だよ! あのゾイドのスピードからは全力で逃げなきゃ……!」
『それって、ワイルドライガーでもまずいってことじゃねえの!? だったら尚更……どうにかしなきゃだろ!』
ジャガの言葉と共に、彼のガノンタスは敵ゾイドに近付いていく。ミサイルから、榴弾……訓練で言われたとおりの弾種変換に、タロはジャガがしっかりと他人の言葉を聞いていたことに気付き、驚く。
「ジャガ!」
『タロ! お前はそこから助けてくれりゃあいい……。俺思うんだ。俺ってバカだからさ、お前みたいな頭のいい奴を助けられれば、それでいいかなって』
ジャガの言葉に、タロは操縦スペースに吊り下げられたミサイルをガンランチャーに詰め込みながら焦りを覚えていた。ジャガは時に一線を越える……その直前に自分が感じるものと同じ感触がこの場にはあった。
『これから来るワイルドライガーの相棒にも、そうだよな! 俺みたいなバカが役に立てるとしたらさ、こういう時だよな!』
「ダメだよジャガ! 何言ってるのさ! そんなの……!」
叫び、しかしタロは言い淀んだ。そんなのが、なんだろう。続く言葉を言えない間に、ジャガとガノンタスは敵へ接近していた。
『……! そうかガノンタス、今がその時なんだな! 行くぜ!』
次の瞬間、ジャガのガノンタスの砲塔が弾け飛んだ。敵の攻撃を受けたかとタロが目を見張った瞬間、ジャガのガノンタスはその硬い甲羅を分割し、ジャガごと長い砲身を展開する。元の砲塔のものよりも図太いものだ。
『亀光砲――だぁぁぁ!』
ジャガのガノンタスは新たな砲身から光弾を放った。小揺るぎもしていなかった敵ゾイドだが、新たな砲からの射撃を受けると、その打撃力によろめく。
「ワイルドブラストだ……。ジャガ! もう充分だ!」
『いっけえええええ!』
反動と共に蒸気を吹き上げつつ、ジャガとガノンタスは亀甲砲を連射。光弾の圧力で敵ゾイドを後ずらせる。しかしその連打の中で敵が視線をジャガ達に向けるのがタロには見えた。
残り二発。そう目算されたミサイルの一発が飛んだ。ゆるりと曲がったミサイルの軌道がジャガのガノンタスに直撃するまでを、タロはモニター越しに全て目撃した。
「ジャガぁぁぁぁぁ!」
タロが声を上げる中、ジャガのガノンタスは悲鳴を上げながら倒れ、炎上を始める。その姿に憤怒の鼻息を上げながら、敵ゾイドはその脇を抜け、タロ達へと歩みを向ける。
その強い視線に、タロは思った。敵は……デスレックスだ。そうでなければ、あのジャガが……立ち向かって負けるものか。
激昂と反比例するように冷めていく思考の中で、タロは思う。敵がデスレックスだとすれば、その暴威はこれまでの所業からも納得でき……確かにジャガが言うとおりに、これからワイルドライガーがやってくるにしても安心できない。ましてや『この街』のミサイルを積んでいるならば――。
もっと早くわかっていれば、彼を、その相棒を失うことも無かっただろうか?
「ジャガ……。ちくしょう、僕もわかったよ。こういう役回りが、必要なんだって……!」
タロは思う。自分の言うことを聞こうとも聞かずとも、いつも突っ走っていくジャガの先に明日があった……。自分の思ったとおりのものも、思わぬものも。
自分の知識の外にある、本能的な摂理にジャガは従っていたのだろうか。そんな問いを抱きつつも、タロの手は動いていた。操縦スペースに用意されたミサイルや砲弾を矢継ぎ早にガンランチャーに装填し、片っ端から発砲。さらに迫るデスレックスに、ガノンタスごと突っ込んでいく。
普段の、訓練通りなら決してしない行動。自分の身にするための行為なら……。しかしその時タロは、ジャガが気付いた『役目』へと突き進んでいた。その身を投げ打ち、ガノンタスも共に……。
絶叫するタロの鼻面に、手元のパネルから飛び出したものが当たる。はっとしながらそれを手にしたタロが見るのは、短剣様の結晶体――。タロは沸き立つ心のままに理解し、それを振り上げた。
「撃ち壊せガノンタス! ジャガ達と……僕の魂と共に!」
パネルに結晶体……ゾイドキーを叩き付けると、ガノンタスは咆哮を上げながら甲羅を開放。操縦用のパーツや配線が引きちぎられながら、タロは朝日の空の下へその身を晒していく。体を預けるガノンタスの砲身が展開し、大地の上でタロは吠えた。
「亀光砲……!」
タロの知るあらゆる砲よりも野太い、ガノンタス自身の砲が火を噴く。衝撃波を直に感じながら、タロは敵を視線の先に見据えた。巨大な頭部を備えた二足歩行恐竜ゾイド。ジャガのワイルドブラストを受け、よろめいていた巨体がさらに傾ぐ。
「よくもジャガを……! うおおおおお!」
散り際のジャガは、まるで自分を仰ぎ見るようなことを言っていた。しかしタロは思う。仰ぎ見ていたのは自分の側だと。ジャガのような、先を行く誰かを見てばかりの人生だったと。
彼が先に逝った今――、
「うわあああああ!」
思考がまとまらない中、タロはガノンタスを走らせる。その思いに答えるように、ガノンタスも咆哮を上げてデスレックスを威嚇した。
連続する爆炎。そしてその中から、『最後の一発』が飛んだ。最後のミサイル。
「そいつを撃たせればあああぁぁぁ!」
噴射炎を引き連れる円柱状の影を確かに目撃し、タロは叫んだ。これでいい、ジャガが思いついた戦い方はこれで完結した……。短くも密度濃い時間の中で、使命感と達成感を抱くタロ。
その直後、タロのガノンタスは体を揺すった。タロを振り落とすように。小柄なタロはその勢いに耐えきれず、操縦パネルから吹き飛ばされた。
「うわあ!」
宙を舞うタロ。その眼下で、残されたガノンタスが横目にこちらを見ていた。
驚きつつも、今の自分と同じような目だとタロは思った。そして一瞬を置いて、ミサイルがガノンタスを直撃する。
「ガノンタスぅ!」
ワイルドブラストで甲羅を展開していたガノンタスは、ミサイルの威力を一切防ぐことが出来ない。装甲部品が吹き飛ぶ中、ガノンタスは悲鳴を上げながらもその視線をデスレックスへと向けていく。
全てを目撃しながら、タロは廃墟の街に落着した。下敷きになった腕から乾いた音が上がり体が転がる頃、ガノンタスは最期の力でデスレックスに全身をぶつけていく。
しかしデスレックスはガノンタスの体を踏みつけ、その頭に食らいつく。相手がガノンタス相手に牙を振るうことはミサイルを撃ち尽くした証拠だ。しかしそれは……。
「ガノンタス……!」
タロが折れた腕を抱えて立ち上がる様子を、ガノンタスは牙にかかりながら見つめていた。やはりタロと同じ目……託す目だ。役割を負え、自分を継ぐ者を見出した目。だが遅れてやって来る誰かにではなく、今ここにいる誰かに向けた目。乾いたサンドブラウンに塗られた装甲の間から覗くそんな視線に、タロは射すくめられた。
駆け寄ろうとする足を止めたタロに、ガノンタスは満足するように頷いた。そして自身に食らいつくデスレックスへと視線を上げ、
ぶちぃ、と響いた。
首から引きちぎられ、ガノンタスの頭部がデスレックスの口の中に収まる。暗がりの中に、光を失った瞳と共に……。
タロはまた足を踏み出そうとした。暗い臓腑に沈み込んでいこうとする相棒の面影を引き留めるように。しかし、それを留める響きが背後から届く。大地――この世界を踏みしめる力強い音。
振り向いたタロは見た。破壊の荒野に立つ、気高い姿。ドーランを塗ったような薄暗い色を纏いながらも光り輝くようなたてがみ。
「ワイルドライガー……!」
爪先を揃え、破壊の摂理が敷かれた廃墟と、それを支配する敵を睨めつける姿を、タロは見た。そして膝を突き、一瞬の安堵に身を委ねる。
ライガーの姿に、デスレックスは剣呑な視線を向けるとガノンタスの頭部を足下に吐き捨てた。しかしそれは、永遠の喪失の外側だった。乾いた大地の上で、ガノンタスは安らかに目を閉じたようであった。
全身を震わせ、ライガーが咆哮する。引き抜かれるブレードが朝日を反射して煌めく様子に、デスレックスも応じるように吠えた。そして背後に莫大な砂煙を立てながらライガーが突撃する様を見送り、タロは顔を上げる。その先には、ライガーを共に進撃してきた援軍のキャタルガやカブター、グラキオサウルス達が続いている。
「ジャガ、ガノンタス……僕は生き残ったよ」
激しく切り結び、唸り声が上がる戦場を背にタロは友軍へと歩き出した。この悪夢の夜から、命が繋がった朝日の方角へ。
「次は僕の番だ。いつか……いつか!」
命は続く。この場所から、次のいつかどこかへ。
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さて皆さんこのページを見ているということはゾイドファンですね?
「ゾイドワイルドEastern Front」見ましたね?
その時に沸き立った思いをそのまま形にしたらまあこうなるよなという目でお楽しみ下さい。バトスト脳を全力でゾイドワイルド本編に近づけて徹夜ブレインで書きました。
(1/15追記)
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