No.969236 ヘキサギアFLS4 爆撃評価任務:2048号(下)2018-10-04 03:41:21 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:730 閲覧ユーザー数:730 |
爆撃跡から遠ざかるにつれ、樹海は再び深さを増していった。木の根や地形の凹凸も深まり、スケアクロウの行き足は遅くなっていく。
『そろそろこちらは航続距離の限界ですねえ』
イワオとリガの視線の先、エスコートするように飛行していたシャイアンⅡからフォーカスがそう告げた。
『シングが健在で、こちらに向かってきています。あなた達はシングと合流して撤退を続けて下さいまし』
「待って下さい。どちらか一方だけでも、ピックアップして行ってくれませんか」
無遠慮にリガが問う。平板な声音だが、どちらか一方など字面だけのことだとイワオは理解している。ここまで操縦する間、タンダムシートからリガがなにかしてこないか気が気では無かったが、今がその懸念の時のようだ。
『ほほ、自分だけ楽しようなんて生意気ですねえ。片方だけ残していくことなんてできるわけないでしょう? 面倒くさがってると追っ手に後ろから不意打ちされるのが相場です。精々気をつけることですね』
ひらひらと手を振り、フォーカスは機体を四〇五基地の方角へと飛行させていった。
「……むかつく野郎だ。途中で撃ち落とされるといい」
隠しもせず、リガはそう言った。イワオが振り返ると、彼はタンデムシートから飛び降りている。
「無線機と弾薬だけ降ろせ。機体を放棄する」
淡々とリガは命令する。すでにスケアクロウと徒歩での速度の差も無い密林で、搭載物も往路分は使い切っている状況だ。リガの判断は正しい。しかし、
「君と僕は、同じ階級だろ……」
「ほう。ならば先に正しい判断が出来た方が主導権を握るべきだ」
イワオの指摘に、リガは一歩も譲らない。そして機体の前に回り、前面装甲に取り付けられたネットをハンドアックスで切断し、荷物に手をつけ始める。
そこでイワオは、スケアクロウの上体を旋回させた。リガの手から荷物が離れる。
「マサゴ二等兵」
「……無線機は僕が管理する。無線機にはパラポーンの情報体転送機能もある」
パラポーンにとっては一足飛びに拠点へ帰投する手段であった。すでに撤退行が始まっている中、イワオにとって信頼できないパラポーンであるリガに預けられないものだ。
この相手に、置いて行かれないよう牽制しなければならない痛みに耐え、イワオは視線を向け続ける。すると、リガは初日に見たような傾いだ姿勢を取った。
「……お前みたいな奴のそういう態度が嫌いなんだよ」
一触即発の空気が漂う。そして周囲で風に草木が鳴り、イワオは顔をリガに向けたまま、ヘルメット内で視線だけを動かす。
木々の合間に人影が見えた。距離を目算すると、イワオの感覚内で周囲の草木のざわめきに混じる足音が結びついてくる。
「――敵襲!」
イワオはスケアクロウを反転させ、敵が見えた場所へと向ける。リガも、流石にこんなことをしている場合では無いと理解しているのか、背中合わせにショットガンを構えた。
スケアクロウの機銃はすでに撃ち尽くしている。予備の弾はあるが、ネットの中だ。イワオは機体に腕を構えさせる。
忍び寄ってくるのに有用そうな藪へと、イワオは視線を落とす。その瞬間、頭上で木の枝が折れる乾いた音が響いた。
「上っ……!?」
見上げたイワオの視界に、ナイフを手に飛び降りてくる人影が映る。細身のアーマータイプ、ローズ型に身を包んだ女だ。
咄嗟にハンドルから片手を離し、イワオは背負ったハンドアックスを掴んで振り上げる。女ガバナーは舌打ちすると、ヒール状の足でハンドアックスの側面を蹴って飛び退く。
ヤケクソ気味にイワオはスケアクロウの踵に備えられたチェーンソーを起動して追撃の蹴りを飛ばすが、女ガバナーはその脚も蹴って藪の奥へ着地していく。そして次の瞬間、背後で銃声。
振り向くと、リガの背へ回り込む別の女ガバナーが見えた。リガは反動で跳ね上がったショットガンを抑えこみつつ、女を視線で追っている。
「こいつ……!」
苛立たしげに呟きつつ、リガは突然の後ろ蹴りで女を突き飛ばした。片脚だけが別の生物になったかのような動きだった。
「――こいつはパラポーンだ!」
蹴飛ばされた女がそのまま転がって遠ざかりつつ叫ぶ。そしてリガがショットガンを構え直すよりも早く、立ち上がって木々の奥へ消えていった。
「もういい、やれ!」
樹海の奥からさらに女の声が響く。すると、リガはスケアクロウの背から尾のように伸びるシートのラダーを掴み、人工筋肉の高トルク駆動で一気に引いた。機体は跨るイワオごと後方に倒れ込み、リガの頭上でテントの骨組みのような姿勢になった。
「リガ……!?」
次の瞬間、森の奥から銃撃が、遅れて銃声が届く。機銃掃射だ。シートから転げ落ちていくイワオのセンチネルの端々に衝撃が走る。
「がっ、クソっ……!」
運良く、装甲を貫通した弾は無かった。地に伏せるイワオを、スケアクロウを盾代わりに引き倒したリガは、シートの陰から厭わしげに見下ろしている。
「ジ……」
銃撃の中でも、その舌打ちのようなノイズはイワオの耳に響いた。腹の底から熱のようなものが湧いてきたイワオは、伏せたまま地面に指を立てる。
「お前っ……!」
掃射の中で思わず起き上がりかけたその時、周囲を襲う連射が不意に止んだ。拍子を抜かれ、イワオは銃撃があった方角へと振り返る。
銃声に麻痺しかけていたイワオの聴覚に、聞き慣れた音が染み入る。猟で捕らえた獲物を解体するときのような、肉と骨の接合を断つ音だった。
「おいおい俺だって可愛子ちゃんバラすのは気が引けるんだからあんましゃしゃり出ないで欲しいぜ」
そんなだみ声も聞こえてくる。続けて咳き込むようなショットガンの発砲音が数回。それだけの音が響いて、周囲はやっと静かになった。
「よぉ迷子共。元気そうだな」
数呼吸置いて、藪を掻き分けて無造作に人影が現れる。フェイスガード付きのセンチネルを纏い、刃の分厚いナイフで肩を叩きながら、シングがイワオとリガの元へと歩み寄った。
「追跡にレンジャー部隊みたいなものまで投入されてるとは、アライアンスの連中爆撃のこと全部読み切った上で布陣してやがったんだなあ。腹立つぜ」
そう言って、シングはナイフについた血糊を払って背面ラッチに装着する。そうして振り返り、
「二人無事な奴がいたから連れてきてるぜ。あと、ダヤンも」
シングの視線の先、藪を掻き分けてセンチネルが新たに二人分現れた。その身振りはイワオにも見覚えがあるもので、四〇五七小隊に配属されたパラポーンのものだった。さらに一人が、パラポーンの内蔵記憶媒体を手にして掲げている。
「あれさえあればダヤンはこの任務中の記憶を保って別のセンチネルに入れる。ここから移動したら無線機で飛ばしてやろうぜ」
腰に手を当て、シングはイワオとリガにそう告げる。その言葉に、イワオは銃撃を浴びたスケアクロウを見上げた。
「あ……。無理です。今の戦闘で、無線機が被弾してます」
停止したスケアクロウによじ登るイワオに、リガがはっと顔を上げる。ネット内を覗き込むイワオの姿に、シングも唸った。
「マジかよ。回収のヘリ呼べねえじゃん」
敵の逆襲を受けての撤退の場合、各部隊は追跡を振り切った後回収ポイント付近で輸送ヘリを要請し帰投する手筈だった。それが不可能な場合は、徒歩で帰投するしかない。
「まあ俺が個人携帯用の無線機の強力なの持ってるから全行程歩きってことはないが……。はっ、貧乏くじだな」
シングをして面倒そうな物言いに、イワオは不安げな眼差しを向けた。スケアクロウ上からのその視線を受け、シングは咳払いを一つ。
「ま、そうなっちまったもんは仕方ねえ、移動を支度しろ。弾薬と食糧は持てるだけ持て」
イワオへ指示し、さらに連れてきたパラポーンにはスケアクロウの機銃を外すよう告げるシング。そのやりとりを、リガがじっと見つめていた。
長い逃避行が始まる。
スケアクロウの残骸から離れると、シングが通信機の廃材から作った遠隔起爆装置で爆破処分を行った。機密保持と、陽動のためだ。しかしイワオには、森の彼方で上がる煙が隊員達の火葬のように思えた。
時折遠くから戦闘の音も聞こえる中、一行は一日中歩き詰めて夜を迎える。
「長丁場だぞぉ。良い子はちゃんと寝るんだぜ?」
倒木の陰に野営の場所を作り、シングはイワオに告げた。そしてパラポーンを周囲の警戒に立たせるが、リガが不服そうに問う。
「我々パラポーンは夜通しでも移動できますが?」
「行けばぁ?」
あぐらを掻き、頬杖をつき、シングは含み笑いを込めて返す。その言葉にリガが二人のパラポーンを見るが、彼らは律儀に見張りをしていた。
不承不承リガも背を向けると、倒木に寄り掛かり手脚を投げ出したイワオへとシングは耳打ちした。
「あのクソガキはアレだが、俺が連れてきたパラポーン二人、あれは信用できる奴らだ。俺も夜更かしは得意だし、お前は安心して寝ろ」
シングは大人しく振舞っていたリガの怨恨を見抜いていたようだった。どっしりと構えエナジーバーを頬張るシングの姿に、イワオは瞼を閉じる。
歴戦の兵が共にいる安心感。しかしその感覚を抱くイワオも、告げるシングも生身だ。油断ならぬパラポーンであるリガがそばにいる中での行軍は、徐々にイワオを疲弊させていく。
飲料水や携行糧食の消費を抑え、敵の追跡を振り切るため、翌日以降休憩のペースは減っていく。時間が経つにつれ、その休憩時にシングが面倒そうに首や肩をほぐす様子も見られるようになっていった。
「生身の奴がいるからこんなにペースが遅いんだ」
三日目の休憩中、リガが聞こえるようにそんなことを呟く。イワオは銃撃を受けたときの怒りをゆらりと再燃させるが、疲弊した体にどす黒い感情は負担でしかなかった。
「野郎基地に帰ったらまた泣かしてやる。――イワオ、この蔓からは水が出るぞ。給水しろ」
悪態をつきつつ、シングは木に巻き付いた蔓をナイフで切断してイワオへ差し出した。空になった飲料水パックの飲み口へ、イワオはその蔓を差し込む。
それでも行軍四日目、基地を出てからは五日目、一行はヴァリアントフォースとリバティーアライアンスの勢力境界線に接近した。森は続くとはいえ、一つの峠を越える場所。そしておそらくは、敵が襲撃を仕掛けてくるであろうエリアだ。
樹海を進み続け、イワオら一行の間にはすでに会話も絶えて久しい。
先頭と最後尾にパラポーンを置き、シングは傍らにイワオとリガを並べて行軍を続ける。
イワオは猟をする生活でもここまで長い期間森の中で歩き通したことはなく、もはや視線は足下にばかり向いている。シングは視線を上げ周囲に視線を向けているが、疲れからくる苛立ちを隠しもしない身振りだ。
「あークソ、冷媒がポンコツだからムシムシすんだよなあ。だぁからこの戦線に長居したくねえっつったのによお」
ぶつぶつと呟く声に、リガが視線を向けている。しかしイワオから見ると、シングは周囲を見渡しており、咎められるような油断は見えない。
リガは何故自分より力がある存在を認められないのだろうか。イワオはとりとめも無く思考する。所属するのがこのヴァリアントフォースで、自身がパラポーンだからだろうか。しかし、他のパラポーンはシングと良好な関係を保っている。
イワオは思う。彼個人が、自尊心を優先させるパーソナルの持ち主なのだろうか。そして彼のプライドを揺るがす存在を受け入れられないほど、硬直的な思考をしているのか。
そんな存在が、何もせずにこのまま時間が過ぎていることを許容するだろうか。イワオは自身の視線が揺らぐのを感じ、そして不意に、シングが足を止めた。
「……いるな」
誰にとも無くそう言うシングに、一行は視線を向ける。そして促され周囲に注意を払うと、遠く森の彼方で何か金属的な足音が響いた。
「多足歩行……。この森の中だ、おそらくゾアテックス機。インパルス系列かな?」
「急ぎましょう」
先頭のパラポーンの言葉に、シングは頷く。そして音から遠ざかるルートへ進むよう手振りで指示した。
足早に進行を再開する一行。しかし遠い足音に続いて、背後から重い噴射音も響いてきた。
「偵察機までいるな。この辺りに張ってやがるな?」
そう呟き、シングは頭上を見上げた。機影はまだ見えないが、シングが気にしているのは木立だ。道中でも何度か偵察ヘキサギアを見かけたが、木々の分厚い枝葉の重なりによってやり過ごしてきたのだ。
この周囲も森は深い。シングは一行を特に暗く、木の影が落ちる場所へと誘導した。
身を伏せたイワオ達の頭上を、偵察ヘキサギアが通過する。枝葉の隙間に、イワオはブロックバスター型ヘキサギアのシルエットがよぎるのを見た。
「うん……?」
「どうしたイワオ」
「いや、形に違和感が……」
ブロックバスターは、丸っこい胴体の前方に長大な火器を伸ばした形状をしている。棒付きキャンディーのような機影だが、
「機体前方に伸びている装備が、通常より太かったような……」
「以前、そんなシルエットになるような森林索敵用の改造機種の広報を見たことがあります」
一行の最後尾を担当していたパラポーンが、そんなことを指摘した。そしてシングが耳を澄ませている様子に、イワオも嫌な予感をひしひしと感じながら同じように聴覚に集中する。
遠ざかるエンジン音が小さくなっていくにつれ、森の奥から再び金属の足音が響いてくる。それも、先程までよりも軽快に、追跡の速度で。
「発見された! 迎撃用意!」
シングはそう宣言すると、スケアクロウから外してここまで持ってきた機銃を抱え上げる。
「使える地形はこの辺りには無いな。木を盾に相互に支援しながら戦闘する。イワオ、お前は先に進んで場所を確保したら狙撃支援だ。各員散開! ムーブムーブムーブ!」
早口な指示に、パラポーン達はすぐさま駆け出す。イワオも慌てつつ、前方に潜むべき場所を求めて視線を巡らせながら走り出した。
そしてその視界の片隅、リガが走り出すのも見える。その視線がぎょろりと自分に向けられると、イワオは肩を震わせ一目散に藪へと向かった。
シングとしては、このうんざりするような行軍の時点で最悪な状況であったが、この敵襲に関してはさほど苛立ちを感じてはいなかった。勢力境界線付近だけに、敵がヤマを張っていてもおかしくはない。ここを振り切れば、あとはただただ帰り道だ。
迫り来る敵に関しても、ロード・インパルスであるならばシングにとっては御しやすい相手だ。チェーンガン、グレネードランチャーと対人火器は搭載しているが、それら単体の性能はガバナーが持つ火器とさほど変わりは無い。格闘戦に関しても、自分の身のこなしならなんとかなるだろうという確信がある。むしろ厄介なのは先程のブロックバスターのような追跡者だ。
憂さ晴らしをしてやるかと、シングは機銃に弾帯を装填した。そしてそこへ、一機のヘキサギアが接近してくる。
「湿っぽいのもここまでよ」
木陰から、シングは敵が良い間合いまで近付いてくるのを窺う。現れた機体はやはりロード・インパルス系列機。この森に似合わない白と青のカラーリングだ。
そのヘキサギアはシング達が潜む範囲を前に、脚を揃え、首を巡らせた。早く来い、と舌なめずりをしていたシングだが、その機体が前脚の外側の装備を展開すると首を傾げた。
「……おっ、とぉ……」
次の瞬間、ヘキサギアの片側に向けて鈍い音と共に光が伸びる。二条の青い光は二メートルほど伸長すると、まるで凝り固まるように鋭い形状を確立した。
センチネルが、シングの視界に警告表示を点灯させる。ヘキサグラム瘴気汚染警報と、敵そのものの脅威を示す警報の二つ。
「あれはレイブレード・インパルスか……!」
それはロード・インパルスをベースとして開発された、リバティーアライアンスの旗機とでも言うべきヘキサギアだった。その名でもある武装レイブレードは、永久動力たるヘキサグラムを使い潰し、周囲に汚染をまき散らしながら過剰な破壊力を生む恐るべき兵器である。シングも、実物と相対するのは初めてのことであった。
「話が違うぜおい」
シングは呻く。初めての相手だが、予想スペック自体は資料を通して知っていた。それによれば、敵はレイブレードにより機体左右に長いリーチを持ち、さらに機体自体も全身のヘキサグラムを共振励起させ爆発的な運動性を生み出すことができるという。
その分稼動時間は少ないだろう。だがシングの迎撃のもくろみは、レイブレードという武装が持ち込まれた時点で半壊状態だ。
レイブレード・インパルスはブレードを展開したまま、周囲を見渡している。その光に炙られた枝葉が萎れ落ちていく。そして、獣の形状を取った機体はついに走り出した。
木々の合間を駆け抜けつつ、刃にかかるものは気にせず断ち斬ってくる。巨木が切り倒される轟音が上がり、そして機体自体はそれを置き去りにするような快速だ。
周囲に散ったパラポーン達が注意を引こうと射撃を開始する。その中で、シングも機銃を腰だめに構えると飛び出した。
距離を取ったイワオが見たのは、ここしばらくの緑と茶ばかりの光景と比べるとあまりにも鮮烈なものだった。
木々の合間で青白い光が振り回される度に、巨木の幹が断ち斬られ吹き飛ぶ。破壊力の大渦の縁で、シング達がギリギリの位置から敵へと射撃を繰り返していた。しかし敵ヘキサギアは木々の合間を駆け抜け、時には幹を蹴立てて跳ね返るような挙動すら見せてシング達に捉えられることなく立ち回る。
人とも、獣とも異なり、しかしそのどちらの素養も感じさせるゾアテックスの動きに魅入られ、イワオはしばし呆然としていた。しかしその機体の背にポーンA1のガバナーの姿を認めると、我に返ってマークスマンライフルを構える。
「敵……敵なんだ。くっ……」
イワオはスコープを覗き込む。その中の十字は敵ガバナーの背を捉えていた。しかし次の瞬間には、忽然と敵の姿が消えている。あまりにも挙動が速すぎて、スコープの視界に収められない。
逃げるでもなく、向かって来るでもなく、ましてや油断しているわけでもない。イワオが猟で狙ってきた相手とは異なる動きだ。それに気付いたイワオは、同時に一つのことを思いつく。
「む、無茶をすることになるけど……」
イワオはスコープから視線を外し、敵ヘキサギアの周囲を見る。木から木へ移動するシングを追う、戦場全体の流れだ。
そしてイワオは、飛びかかろうとする敵ヘキサギアの眼前の木を狙った。銃弾が大きく幹を抉ると、流石に敵もそれに気付いて動きを止める。すかさず銃撃するシングへグレネードを放つと、敵の視線はイワオの方向へと向いた。
気付いた敵は、向かってくる。そして、イワオが知っている戦いの場となった。
「これは知ってる……」
イワオは、自身がストンと落ちたような感覚を覚えた。慣れ親しんだ位置に着いたようだ。そして集中し、今度こそスコープを覗き込む。
狙撃手を警戒する敵ヘキサギアは左右に身を振りながら迫ってくるが、意識はこちらに向いている。予想外のことは起きない。イワオは機体の風防越しのガバナーへ狙いを定めた。
集中が極限に達する中、イワオはトリガーを引いた。自身と銃以外の、あらゆる懸念は思考から抜け落ちていた。
風防の端に跳弾し、吹き飛ぶ破片を浴びて敵ガバナーは身をすくめた。その動作によろめきながら突っ込んでくる敵ヘキサギアを、イワオは転がって回避する。起き上がる頃には、イワオはぶり返してきた緊張感に膝を震わせていた。
「うわ、うわ……」
走り出すイワオに、物理的な圧すら感じる視線が向く。一瞬撃たれたかと勘違いしたイワオだが、次の瞬間シングの援護射撃が始まり、全力疾走に切り替える。
手近な木の陰に入ると、敵ヘキサギアは姿勢を低くしてシングの機銃を耐えていた。そして、その機体が展開する光剣が不意に点滅した。ノイズのような音も聞こえてくる。
敵ヘキサギアとガバナーは無念そうに視線を振り、そして後ずさる。距離を取ると、やがて一目散に駆けだしていった。
「に、逃げた……?」
相手の様子に、イワオはへたり込む。極限の状況から生き延びることができたが、実感は湧かない。ただただ震えが残るばかりだ。
そうしてしばらく動けずにいると、難儀そうにシングが歩いてくる。弾切れか機銃は持っておらず、代わりに手の中に何かを握り込んでいた。
「二人やられた。……レイブレード・インパルスに持久力があったら俺達も危なかったかもな」
「レイ……?」
「あのヘキサギアのことだ。……リガは?」
ダヤンから取り出したものと同じ記憶媒体をポーチにしまうシングに対し、イワオはハッと顔を上げる。
「あっ、そういえば……」
「アイツからの援護だけ無かったんだよなぁ……」
シングが不満げに声を漏らしたその時、木立の向こうで空中へと上がっていくものが見えた。それはブロックバスターを改造したヘキサギアのようだったが、先程までイワオ達と交戦していたレイブレード・インパルスを懸架している。
「シング曹長、あれ……」
「あ? ああ、あのヘキサギアは持久力がねえからな。しかし……」
なにか懸念を抱えたようにシングは顎に手を当てる。
「リガは……少なくともあのヘキサギアに殺されてはいない。それが今、合流してこないとなると……?」
シングがイワオに流し目で問いかけた途端、森の彼方から、撤退するレイブレード・インパルスめがけての射撃があった。
軽量なサブマシンガンの銃声。当然、空中の敵には届かないものだ。しかしその銃声に、周囲の森が先程までの戦闘の空気感を取り戻していく。
「……なるほど、考えるじゃねえか」
「どういうことですか、シング曹長?」
「奴は俺達を始末したいみたいだぜ」
そう告げ、シングはイワオを急かす。その促しに、イワオはすぐさま藪へ向けて駆けだした。
シングの指摘は的中していた。
逃走を再開したシングとイワオだが、二人が休息を取ろうとする度に付近での銃声や、通過地点での爆発が起きた。それは本来なら追跡者を撒くための偽装トラップだが、シング達が仕掛けたものではなく、むしろシング達の居場所を曝くようなものだった。
シングの経験と、イワオの勘はそれらの発動と同時に追跡者の気配を感じ取り、休む間もない移動が続く。トラップと追跡者、さらに地形とが合わさり、二人は味方の支配地域へと進めないまま境界線の周囲をさまようこととなった。
「リガは俺達をアライアンスに始末させたいわけよ」
「なぜ……どうやって?」
迷走の逃避行の中で、もはや二人だけになったシングとイワオは言葉を交す。
「なぜって点に答えるなら、奴としては自分を評価しない輩は目の上のタンコブなんだろうよ。そういう感情は誰しも抱くもんだ」
「そんな、彼のすることが正しいって言うんですか?」
「奴がここで俺達を始末して、この作戦の生存者として生き延びていけば『正しい』ことになっちまうだろうな。世の中やったもん勝ちだぜ? 知らないのか?」
シングは、自らに降りかかる危機をそう語った。その状況を共有するイワオへ、シングはさらに続ける。
「方法についてだが、パラポーンの記憶系は明確に電子情報化されるからな。今後を考えると直接俺達を殺すわけにはいかない。そこでパラポーンの強みである持久力を活かして、俺達について回って居場所をアライアンスに通報しようってんだろう。グロッキーな俺達二人じゃ奴を探し出せないだろうし、安全な手だ」
絶句するイワオに、シングは鼻息を漏らす。
「現状ではどうしようもねえ。しかし、環境は変わるもんだ。イワオ、お前も猟師だったってんならそういうチャンスを待つべきだぜ」
「チャンスと言ったって……どんなものを?」
「敵の敵は味方って奴さ」
意味深に、気軽に、シングはそういう。しかしその声音にはあのバーでのような冗談めかしたトーンが混じっていないことにイワオは気付く。
そして、逃走は続き、夜。
日が落ち、シングとイワオは藪に潜んでいた。リガの気配を森の奥に感じながらの小休止だ。
「味方の方に、全然進めないですね」
「奴も知識だけはあるから、そこらへんを加味した動きをしてるんだろう。センスや趣味は最低ではあるが、今は関係ねえ」
フェイスガードを半開きにしたシングはエナジーバーを囓りながらイワオに応じる。そしてヘルメットを閉じ、
「さて、俺の見立てでは昼に追い払ったアライアンスの部隊が戻ってくるのがこの時間帯だ。当然また激しい戦いになるだろう」
「戻ってくるんですか……?」
「連中、あのヘキサギアを投入するからには成果を上げたいだろうからな。俺としては、そこにリガの野郎を巻き込んでやろうと思ってるところだ」
「そんなことを……」
「やられっぱなしはムカつくだろ?」
シングはイワオのヘルメットをべしべしと叩いて問いかける。
「しかしリガもリガだ。敵が現れたら俺達から距離を取って隠れるだろう。だから奴の場所をこちらでコントロールして乱戦に巻き込みたい」
「でもリガはこちらを監視してますよ」
「今は見失ってる。この隙に俺達の移動の痕跡を偽装するのさ」
そう言われ、イワオはこの休止に入る少し前からシングに足跡を消しながら歩くよう言われたことを思い出した、すでにシングの計画は始まっているのだ。
「痕跡を消す方面の細工はもう上手くいっている。次は痕跡を作る細工だ」
「どうやるんですか?」
「それはな……。イワオ、お前の排泄物パックを寄越せ」
イワオは固まった。
「……えっ!?」
「センチネルの排泄物パックだよ。満タンになったら捨てるだろ」
シングが言うとおり、アーマータイプには長時間の着用のための排泄物回収機能がある機種も存在し、彼らのセンチネルもその一つだ。
「ななな、なんのために?」
「行軍ルートの偽装に使うんだよ。ほれ、出せ」
「い、嫌ですよ。汚いなあ……。自分の使って下さいよ」
「俺のは途中参戦で空なんだよ。お前のならパンパンだろ」
「ちょ、やめて下さいよ……」
イワオのメンテナンスハッチに指をかけるシングに対し、イワオは身体を振って逃れる。するとシングは嘆息し、
「戦場でくだらねえこと気にしてんじゃねえ! だいたいお前も男なら小さい頃にウンコだのなんだの下ネタで盛り上がってたクチだろうが! 実践の時なんだよオラ!」
「僕は女です!」
シングは固まった。
「――はっ!?」
「いや、僕だって軍隊に入るにあたってそれなりの覚悟はしてますよ。でも、それにしたって……」
「いやいやいやそこじゃねえよ。イワオ、お前、『巌』なんてゴツイ名前の女がいるかよ?」
「ごつくないですよ!」
そう応じ、イワオは自身の名前を土に指で書いた。
『真砂 祝緒』
「ほら……両親が残してくれた名前ですよ」
「マジかよ! でもお前、センチネルになんの改造もしてないじゃねーか!」
「それは、その……。そのままでもまだ入るからって……」
「おいおいおいガキでもあるのかよ!」
「もう一四ですよ!」
「確定じゃねーか!」
夜闇のそこで声を潜めながら言い合うシングとイワオ。すると、ささやき声に被さるように遠くから何か噴射音が響いてくる。
「……いけね。漫才してたらアライアンスの連中が到着しちまったみたいだな」
「ど、どうするんですか? 結局何の準備もしてないですよね?」
「お前のせいじゃね?」
「どのみちシング曹長が言い出した時点でもう時間無かったじゃないですか! そうじゃないですか!」
泣きそうな声で反論するイワオに対し、シングは顎に手を当てて考え込む姿勢を見せる。傍目にはしらばっくれているようにも見えるその様子に、イワオは握り拳を上下させ不満の意を表わした。
「あーもう、キャンキャン喚くな! はじめっからウンコネタなんて余興みてえなもんなんだよ! 別のアテがあるから、静かにしてねえと捨てておいてくぞ!」
「アテ?」
「ここは勢力圏の境界線だぜ?」
シングはそう言って、口の辺りで人差し指を立てる。イワオは口をつぐんで耳を澄ませてみるが、夜をつんざく航空ヘキサギアのエンジン音や、重たげな着地音が聞こえてくるばかりのようだ。
いや、音が聞こえてくる向きが一方だけではない。イワオは振り返り夜空を仰ぎ見る。
「友軍……!」
「ま、ここまで歩き通してきた甲斐はあったってわけだ。フォーカスの奴を先に帰らせておいたから、前線に動きがあれば即応するのはわかってんだよ」
シングはあぐらを掻き、ふんぞり返る。その言葉を裏付けるように、木立のはるか上から地上へ向けて二つ、サーチライトが灯った。シャイアンⅡの装備だ。
さらにモーターパニッシャーが二体がかりで一機のボルトレックスを空輸してくるV字の機影も、サーチライトの光に幾つかよぎる。飛来する影に、アライアンスの追撃部隊が発砲する音が遠く響いてきていた。
樹海は、瞬時に戦場と化した。モーターパニッシャーから、SANATが好んで利用する女性合成音声がアナウンスされる。
『リバティーアライアンスを称する武装勢力に告ぐ。当該エリアにおいては自然保護のため生物化学兵器他、汚染兵器の運用を制限する規定をMSGが施行している。現在執行部門ヴァリアントフォースは当該エリアにおいて、レイブレードと称される重篤汚染兵器の運用を確認している。直ちに武装を解除し、当該エリアより退去せよ』
高圧的な指示に反抗するように、リバティーアライアンス側からは対空射撃が上がった。モーターパニッシャー達は退避を始め、空輸されてきたボルトレックスは投下され前進していく。
『ハローハローグッドイブニン、シング。ピクニックはいかがですか?』
サーチライトを灯し、速射砲を撃つシャイアンⅡからフォーカスの無線が届く。その声に、シングは指を鳴らした。
「会いたかったぜフォーカス。一つ面白い土産話があってな。あのリガの野郎が直接手を下さずに俺達を殺そうとしてるんだぜ」
『あー……。やらかしそうだとは思ってましたよ。どうするんですか?』
「当然ツケは払わせるさ」
シングの言葉に、イワオはヘルメットの中で目を見開いた。ヴァリアントフォースのガバナー同士、殺し合えば記録に残るということはシング自身が口にしていることだ。
「こっちにも……なにかアテがあるんですか?」
「あるともさ。お前にも付き合って貰うぜ、イワオ」
銃声が近付いてくる中、シングは歩き出す。遠い砲火に照らされるその背中に、イワオは寒気を感じながら続いていった。
「では、私はお手伝いですねえ」
シャイアンⅡの機上、フォーカスは戦闘を俯瞰しながら呟いた。戦闘は時折見える曳光弾の行き交いと、サーチライトが夜闇から切り抜いた空間が見える程度だが、
「しかし、こう盛り上がっているなら堪能していきたいというのも事実」
ハンドルの脇から顔を出すフォーカスは、ぽっかりと空いた観測ユニットの撮影孔で地上を見下ろす。可視光以外の波長も捉えられるフォーカスにとって、この夜はせいぜい薄暗い程度でしかない。さらに木の葉を透視し、地上を行くガバナーの姿も見えていた。
「この僻地に、こんな能力を持って訪れることができる。パラポーン技術様々ですねえ」
フォーカスは独りごちる。彼はその生い立ちにおいて、狭い部屋から出ることもかなわぬ身であった。それが今では、ヘキサギアを駆り戦場を見下ろしている。
「この力をもって何を成すか、であって、この力だけでは意味が無いのですよねえ。さてさて」
見下ろす戦場。降下したリバティアライアンスのヘキサギアやガバナーがフォーカスには見える。地形が複雑なため明確なラインは形成されていないが、代わりに集団がそこかしこに固まっていた。
「こういう状況の方が与しやすいものです」
フォーカスの視覚にリンクした照準レティクルが敵集団を捉える。シャイアンⅡもゾアテックスで制御されたサーチライトをぎょろつかせ、ワイヤーカッターを鳴らして攻撃性を剥き出しにしていく。
そして、速射砲が火を噴いた。ドラムを連打するような撃音と共に、ガトリング機構が回転し砲弾がまき散らされる。ガバナーが用いるライフルよりもよほど巨大な砲弾の掃射で、迂闊に身を晒したガバナーは弾け飛び、華奢な障害物は隠れたガバナーごと粉砕されていく。
暗闇に浮かび上がる砂煙が見えるのは、フォーカスだけだ。弾ける土も、木の破片も。そして土塊に身を隠したガバナー達も。
「ホホホ、まずは一つ目の役割」
フォーカスは自身の視界に映る敵集団をマーキングすると、データをシャイアンⅡへ、さらに地上で活動する友軍へと転送。そして速射砲の掃射を止めると、地上のボルトレックス達が飛び出しアライアンスのガバナー集団へと回り込んでいく。
撃ち込まれるプラズマキャノンに、振るわれるアンクルブレードやテイルアックスの閃きが闇夜を照らす。悲鳴や呻き、反撃の銃火が上がるのはアライアンス側からだ。
「そして観測役。うーん、美味しい役目です」
フォーカスはそう唸り、ハンドルに寄り掛かって地上を見下ろすと、撮影孔に手をかざした。
その瞬間、アライアンス部隊の後方からフラッシュが走る。青白く強い光は鋭い形状を持つと、木々の合間を突っ走ってボルトレックスへと襲いかかった。
「あれがアライアンスの『聖剣』ですか。禍々しい輝きですねえ。……と」
レイブレード・インパルスの乱入により、包囲を仕掛けるボルトレックスが一体、ガバナーごと両断された。ヴァリアントフォース側が退避すると、アライアンス部隊が反撃を始める。
アライアンス部隊を食い止めるべくヴァリアントフォース側のガバナー部隊が射撃を開始するが、猛進するレイブレード・インパルスが火点を潰していく。モーターパニッシャー達がエアカバーに入るが、弾速に劣るグレネードではレイブレード・インパルスの俊敏性は捉えられないようだった。
木々の合間を跳ねるように駆け巡る敵に、フォーカスは排気音を漏らしながらシャイアンⅡを寄せていく。
「さて、シングはどうやら乱戦をご希望のようですからねえ。ちょこちょこと誘導させて頂きますよぉ」
再び速射砲が火を噴き、レイブレード・インパルスの前方に弾幕を張る。鋭い動作が止まり、獣の姿のヘキサギアは刺すような視線を向けてきた。
「おほほ、怖い怖い」
飛びかかろうとするかのように身を縮めるレイブレード・インパルスだが、登場ガバナーが抑えこむ様子がフォーカスには見える。その様子に、笑うようにシャイアンⅡがノイズを上げた。
「よしよし、いい子だよ。お前もあいつも」
フォーカスは肩を揺すり、ハンドルを撫でながら速射砲を放ち続ける。レイブレード・インパルスを、シング達がいる方角へ追いやる照準だ。
混戦の中にリガは潜んでいた。
薄汚い藪に身をかがめながら思うのは、ただひたすらに、こんなはずではなかった、ということだけだ。
パラポーンやSANATというものの存在を知り、その有用性を理解し、その有り様に従う。そうすることで人生に生じる不愉快な軋轢を乗り越え、時代の勝者になれる。いや、すでになっている。そのはずだったのだ。
情報体となり電脳空間で訓練する間に抱いた確信は、この現実に出てきてからは一度も通っていない。シングやイワオ、四〇五七の隊員達……そういった『飛び越えていったはず』のものが周囲には溢れ、自分は主導権を握れずにいる。
この撤退行の中でも、結局シングに主導権を握られていた。そんなことがあっていいはずがないと、この企みを始めることでようやく自分の思い通りにしている実感が湧いてきたが……その途端に、この戦場だ。
自分のような人間がいるのに、世界が自分を疎外して動いている。リガはそのことに苛立ち、思考回路を熱くさせていた。
しかし、この乱戦は好都合でもある。明確な味方殺しは罪を問われるであろうが、この乱戦の中での意図せぬこととすれば、どうだろう。自分のような将来有望な者と、あの愚鈍な連中。この場でも、その後でも、付け入ることができるのではないか。
「――とか考えているんだろう」
戦場の響きに逆らい、背後からそんな見透かすような声が聞こえた。
リガが振り向いた瞬間、砲火に照らされ、樹海に仁王立ちするシングの姿が浮かび上がる。リガは手にしていたショットガンを反射的に発砲しかけたが、それを押さえ込み、
「シング曹長――。ご無事でしたか」
「とぼけてんじゃねえぜクソガキ。ストーキングに嫌がらせ、おまけに人に始末させようたあいい根性してるじゃねえか」
「なんのことでしょう」
思考はとにかく、発言の記録は残る。リガはとぼけた調子で取り繕った。
しかし、シングは武装ポーチから小さな記録媒体を取り出すとそれをリガの足下へと放ってきた。そして腕を組み、ふんぞり返り、
「演技もヘタクソなてめえのために話をシンプルにしてやるよ。そのメモリーの中には俺やフォーカスみたいな破壊工作要員向けの電子ツールが入ってる」
「は?」
「お前みたいなルーキーは知らないだろう。いいか、ツールの中には……パラポーンの記憶ログを操作できるものも含まれてる」
その言葉に、リガは一切の動きを止めた。そしてセンチネルの眼差しで見つめる先、シングは笑って肩を揺する。
「俺達みたいな、生身のガバナーの戦闘記録データを改竄することもできる。……今のお前なら、それが意味するところはわかるだろう?」
そう言って、シングは背部ラッチから分厚いコンバットナイフを引き抜く。
「今のお前には喉から手が出るほど欲しいものだろうからなあ」
瞬間、リガが記憶媒体を掴み上げるのと、シングが駆け出すのは同時だった。
「その必死さをはじめから出してりゃ良かったんだよなあ、てめえ!」
叫びと共にシングが振り下ろすナイフを、リガは前転しすれ違うことで回避した。肩装甲の端が断ち斬られる一方で、リガは転がった先でショットガンをシングへ構える。
「そうだろう、ぶっ殺したいほど憎いよなあ、俺が! そうならそうとはじめっから言ってりゃ良かったんだよ、てめえはよ!」
「……なんのことだか、わかりませんね」
図星を突かれ、しかし痛む部位の無いリガは淡々と告げた。
「あなたが我が軍の機密となるであろう情報を放り出したことで、危険だと判断し――」
「そういう言い訳だよなあ! てめえの悪いとこはよお! あくまでも人が悪いことにしてお高く留まろうって、そういう無駄に複雑な手順を挟むからグダグダになる!」
ナイフを振り下ろしたシングは、その勢いで木の陰に走り込んでいた。散弾の破壊力がほとんど及ばない場所から、シングはリガを笑う。
「侮られたくないなら結果を一つドーンと示せばいいんだよぉ! なのにてめえはいちいち小手先で突っかかる! ダッセエ、超ダッセエよなあ!?」
「黙れ! 見透かすようなことを!」
「言うね! 手に取るようにわかるからな!」
シングは木にもたれかかりながら、背部ラッチから自身のショットガンを引き抜いた。そしてフェイスガードの奥から眼光を向け、
「てめえは空っぽの中身を肩書きだの資格だので取り繕ってばっかりで、本質を責められたときに耐えられるものが無いからそういう転嫁を必死こいて考えやがるんだよ! ホント、ルーキー未満のど素人だぜ。なあ、おい!」
「人を捕まえて説教を垂れる、お前は何様のつもりだ!?」
「俺ぁただのThingさ。ただ在る。それだけあれば充分だ!」
そう言って、シングは木の陰から身を晒し胸板を叩いた。
「お前みたいなヤツなんぞに俺は否定できねえよ! テメーの理屈の土俵なんぞに、俺を縛り付けることはできねえってんだ!」
笑うシングへ、リガは発砲した。しかし散弾が覆う範囲を、シングはひらりと躱して別の木陰へと走り込んでいく。
「さあどうした、俺みたいなヤツが憎いんじゃないのか? 殺しに来いよ。さもないと俺は生き延びて、お前みたいなヤツが雑魚だってことを教えて回っちまうぞ?」
街中へふらりと出かけていくように、シングは手をひらつかせて走って行く。そこへ、リガは追いすがった。
その先は、戦場だ。怒号と銃声、ヘキサギアの作動音が音の波濤となってリガの聴覚センサーにオーバーフローする。
「ユニット1……友軍の撤退、並びに記憶媒体の回収を優先せよ」
「CHOPPER1 FOX1」
「パラポーン野郎どもがあああ!」
「航空部隊、援護求む! 座標X56・Y13! 負傷者多数! 援護求む!」
夜の樹海に蔓延する絶叫の中、シングは砲火の間に飛び込み、気楽に走って行く。そして追うリガには、シングがやり過ごした銃火が次々と襲いかかった。
「邪魔だあああ!」
自身に襲いかかる射線の根元へ、リガはショットガンを乱射した。視界に友軍誤射警報など多数の表示が映るが、それらの間でおちょくるようにシングのシルエットが跳ねている。
「生身の傭兵ごときが! この高位存在たるパラポーンの俺を侮辱するのかああ!」
「お前に落ち度があるから痛いところができちゃうんじゃないのお~?」
両手指さしと腰振りを見せ、シングが太い幹の影に消える。リガはそれを追い、しかし視界の端に光を捉えた。
「!」
転がって姿勢を低くするリガの頭上を薙いだのは、白青のヘキサギア……レイブレード・インパルスだった。シングを追ううちに、リガは二つの勢力の最前線へ誘導されていたのだ。
「邪魔なんだよ……どいつもこいつも!」
リガは立ち上がり、レイブレード・インパルスのガバナーめがけショットガンを撃つ。思わぬ強気な反撃のためか、ヘキサギアの巨体はガバナーを庇った。
「俺は正しい道を選んだ! なのに……邪魔をするなよ!」
「誰が正しいって?」
激昂するリガの背後に忍び寄ったシングが、その腰を蹴飛ばす。レイブレード・インパルスの前に転がされたリガの姿に、敵ガバナーは戸惑いながら機体の爪を立てようとした。
「う……おぉぉぉ!」
転げながら、リガは死に物狂いにショットガンを頭上へと発射した。そしてその一撃は、機体から乗り出していた搭乗ガバナーのヘルメットをかすめる。
突き出したフェイス部に火花を散らし、仰け反ったガバナーを保護するためか、レイブレード・インパルスは飛び退いた。そこへ事情を知らずにリガへ援護射撃をするヴァリアントフォースと、それを迎え撃つリバティーアライアンスとで再び射線が錯綜。白青のヘキサギアはその砲火の彼方へと下がっていく。
「やりゃあできんじゃねえか」
転げるリガに歩み寄り、シングが見下ろしながら告げる。すかさずリガはショットガンを向けた。
「お前ぇ……!」
「その覇気、そしてさっきの動きだよ。正しければ許される? 違うよなあ、自分が正しいことを証明するために、命をかけるべきなんだよなあ? お前だって、土壇場ならできるじゃねえか」
銃口を前にしながら、シングはナイフの峰で自身の肩を叩く。
「正しい側に属せば人生アガリだなんてナメた考え持つより、今のお前の方がよっぽどまともだぜ」
「うるさい! もうご託は充分だ! お前も……みんな、みんな死ね!」
「おほほぉテンパってんなあ」
リガのショットガンは、対アーマータイプ戦も考慮されたものだ。中身が生身のシングにとっては致命的なもののはずだが、彼はあくまで気楽な態度だった。
「折角合格点までこぎ着けたのに人の言葉が気になって仕方がないお前に一つ教えておくけどな」
シングは、リガが指の間に挟んだままの記憶媒体を指差した。
「さっき言ったツールの話はウソだぜ」
「…………!」
「なに後悔してんだよ。俺のように、殺すと決めたら完遂できるようになれよ。授業終わり」
瞬時に手の中でナイフを回転させ、シングは転がるリガへと刃を突き立てていく。そらに対しリガはパラポーンの反応速度で切っ先を脱すると、スピーカーのハウリングのような叫び声を上げながらショットガンの引き金を引く。
銃声が響く。散弾はナイフを突き込む動きで転がるシングの端々で火花を立て、そしてリガの頭部に真横から狙撃が突き込まれる。
「! !? !?」
視覚系が集中する頭部にライフル弾が飛び込み、リガは電流を浴びたかのように仰け反り、そして顔面を掻き毟った。
「お前みたいなパラポーンの強みは、こういう間違いの後も人生続いてることだぜ」
視界を失うどころか、ノイズを流し込まれる中へシングの呟きが響いた。
「出血大サービスで、ここでお前が買った恨みとは無関係な場所に飛ばすよう俺からは陳情してやる。コンティニューしたら、次はミスしないように生きるんだな」
その言葉を理解するよりも先に、リガは四肢に走る衝撃と感覚系断裂、そしてアーマータイプの動力たるヘキサグラムの除去によって、その意識を冷たい記憶媒体の中に封じていった。
MSGヴァリアントフォース極東方面軍第八管区・2048号指令
作戦要綱:試作爆撃戦力部隊による敵戦力排除及び戦術評価
第一目標・森林地帯に展開する敵武装戦力の殲滅
第二目標・爆撃型機動兵器の実戦運用評価
投入戦力:
戦略実験航空団
MSGヴァリアントフォース極東方面軍第八管区・第四師団
成果:敵戦力の地上戦撃破多数。敵拠点への損害は軽微との観測記録多数
新規情報体・一〇五
損害:機動兵器・三八
パラポーン・五六(うち情報体回収三八)
人員・一八一(うち情報体化一二)
総評:爆撃による地上、地下、及び分散拠点への打撃については、回収した旧世紀軍事記録に基づく武装選定では未だ不足を認める。『ミルキーウェイ・エクスプレス』航空団による実戦データ収集を続行されたし。
また、敵勢力にヴァリアントフォースの戦闘計画を予見していると思しき動きが多数見受けられた。物理的、電子的諜報に対する直しを求む。
今回使用した気化弾頭の森林、地表面に対する効果については別紙資料を参照のこと。
その他特記事項無し。
発・第八管区司令部 宛・MSGヴァリアントフォース総司令部
少なくない時間が過ぎた。
四〇五基地は一つの作戦を終え、しかしさほどの戦果は無く、樹海の中において氷ついたように変わらぬ日々を過ごしていた。
しかしその日、基地の片隅では小さな動きがあった。ヘキサギア駐機場の発着ポートに細身のヘキサギアが引き出され、二人の人員が乗り込んでいくのだ。普段の偵察シフトとは異なる時間帯であり、見送りに一人の兵が来ている。
「シング曹長、フォーカス曹長……これまで、ありがとうございました」
「おーおーもっと賞賛の声を寄越してくれ。たっぷり、たぁっぷり時間を食ったもんだからよ、せめてそこに意味を持たせたいもんだなあ?」
「シィング、未練がましくないですかね?」
離陸待ちのシャイアンⅡに乗るシングとフォーカスに対し、野戦服姿のイワオが簡易インカムで話しかけている。すでにシャイアンⅡはフローターを起動し、周囲に風切り音を響かせていた。
「いろんなことを教えてもらって、本当に助かりました。これからも、僕頑張ります……」
「感謝するならもっと具体的なことがいいなあ。お前がリガを狙撃した記録の改竄とかさあ」
「それは、その……!」
あの夜、リガの致命傷となった狙撃はイワオのものだった。イワオはあの乱戦の中、藪に潜んでシングの動きを追い、リガを狙うことを指示されていたのだ。
リガへのブラフに見せかけた改竄ツールも、実在していたのだ。
「俺に命令されてたからかぁ? ま、言い訳のしようはいくらでもあるわな。お前の課題は、結論を出すまで、自分の思い通りになるまで、死なないことだわなあ?」
「…………」
「正直リガの頭が吹っ飛んだときスカッとしただろ。今後はそれをガマンするか、同じように自分でやるか、よーく考えることだな。四〇五七小隊最先任殿?」
四〇五七小隊は、あの戦いの中で損耗しきっていた。イワオ以外の生存者はいない。回収されたパラポーンのうち、ダヤン以外は別の戦地にまわされる予定だという。
シング達も、イワオも、リガの行く先は知らない。再び電子の海に溶けた彼の行く先を決められるのは、ヴァリアントフォースを運用するSANATとその取り巻き達だけだ。能力持つ彼は大いなる、そして恣意的なうねりに運ばれていくつもの戦場を渡り歩くことになるだろう。
「シング曹長、リガに言ったことは、僕にも、その……」
「ああん? なんか自覚があるならてめえ自身で改めりゃいいんじゃねえの? 言っとくが俺は難しいブンガクテキだったりテツガクテキだったりすることを言うつもりはねぇぞ」
「またまたぁ」
タンデムシートで肩を揺するフォーカスを後ろ手に殴りつけると、シングはシャイアンⅡのハンドルを握る。四〇五基地の簡易管制塔から離陸許可が下り、四枚羽に二基フローターを備えたヘキサギアは気楽に浮かび上がった。
「好き勝手に生きることだなあ、イワオ。俺の言葉なんぞも気にならなくなるようにな。人生で出会うもの大なり小なり全部障害物だ。狩れよ、いままでそうしてきたようにさ」
そう告げ、崩した敬礼を飛ばすとシングはシャイアンⅡを反転。樹海に拓かれた基地を背に、一目散に飛び立っていく。
「ふぅ~っ。思わぬ長居になっちまったぜ。自分の好みならともかく、他の要因で人生浪費するなんてたまったもんじゃないぜ」
「そぉんなこと言って、若い子にコナかけてたくせに」
「俺ぁイワオが女だなんて気付いてなかったぞ」
「イワオのことだなんて一言も言ってないんですよねえ」
二発目をフォーカスに叩き込み、シングはシャイアンⅡを水平飛行へと移らせる。どこか笑うように頭部ワイヤーカッターを揺らすシャイアンⅡのハンドルも殴りつけるシングに、フォーカスは懲りずに告げた。
「シング、なんだかんだ言っても、あなたは自分を頼る存在を見捨てることが出来ない。だからこそ、私もイワオも救われた。そういうところを誤魔化すのは、照れ隠しというものではないですかね?」
「人を、どこかの誰かみたいにお優しいヤツみたいにいうんじゃねえよ。振り落としてやろうか?」
「できないくせに」
サムズアップするフォーカスから、シングは視線を外す。そうして黙り込む肩越しに、フォーカスは頷いた。
「助けるべきを助ける。そういうことを掲げている同士なのに、それ以外にまで味方することがあるミスターを貴方が敵視するのは、至極当然なことだと私は思う次第です」
「うるせぇ」
シングがシャイアンⅡにバレルロールを打たせると、樹海の上空にフォーカスの甲高い悲鳴が響き渡った。
飛び去っていくシャイアンⅡを見送り、イワオは自らの人生の中でも最も激しいであろう時間が過ぎ去っていくのを感じていた。
シングとフォーカス、ダヤンやホープス、そういった頼れる者達は、いつか去って行ってしまう。一人で生きてきて、ようやくそういうものを得られたばかりのイワオにとって、その教訓は重たく、もっと遅くに得たいものであった。
ダヤンは、いずれ復帰する。しかしあれよあれよという間にイワオは四〇五七小隊の最先任だ。もはや頼れる者はほとんどおらず、頼られるばかりの時間が待っている。頼りない自分のままなのに。
それを乗り切る方法をイワオはまだ知り得ない。しかし代わりに、その手の中、瞼の裏には、リガの頭を撃ち抜いた時の感触と光景が焼き付いていた。
敵はいる。それこそ、どこにでも、身内にでも。しかし同時に、自分にはそれを撃ち抜く力も、わずかばかりだがある。シングのように自由自在とまでは行かないまでも、ゼロではない力だ。
猟場と同じだ。自身を狩る側に置き続け、獲物を得ていくしかない。
そう決意し俯くイワオは、しかし木立の影に消えていくシャイアンⅡの影に一抹の寂しさを覚える。この雑多な世から離れ、自由に笑い、飛んでいけるような存在。そんな在り方。
「マサゴ・イワオ二等兵……。四〇五七小隊の再編についてミーティングが行われる。出頭せよ」
基地のパラポーンが告げる声に、イワオ顔を上げた。そして表情を引き締めると、その顔を睨め上げる。
「先日の作戦の結果から、僕は上等兵に昇進しました。間違わないで下さい」
「それは失敬」
詫びもそこそこに踵を返すパラポーンのアーマータイプには、伍長の階級章があった。イワオはその色彩を見据えると、一度瞼を閉じる。
シング達の高みに至るには、意志だけでは足りない。力を示し、卑俗であろうと掴まなければならないものもあろう。
イワオは一人頷くと、基地の喧噪の中へと歩いて行く。騒がしい友軍と、その向こうの敵。あらゆる雑多の中――世界の最前線へ。
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大変長らくお待たせしました。ヘキサギア二次創作小説、ヘキサギア・フロントラインシンドローム第4話の完結編でございます。
ただひたすら、難産な話でありました。早い段階で思いついていたキャラクター達と舞台ではありながら、それをまとめあげるはずの話がまとまらなかった。悪い連中ばかりで、話を収めてくれる者がいない。自分にはピカレスクな話は向いてないんだなあと、勉強になったエピソードでした。
さらに私生活の方でも外からの刺激に内面の動きに……まあ、今さら色々言いつくろっても仕方がありませんね。あるがままをご覧下さい。
・ここまでのあらすじ
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