「ふーむ」
舞人は地図を広げて呻いていた。地図は漢の領土を現していたもので、至る所に短剣を突き刺している。
「俺たちに味方はなし・・・か」
突き刺された箇所はすべて袁紹が立ちあげた『反董卓連合』軍に参加している諸侯である。許昌の曹操、寿春の袁術、平原の劉備、長沙の孫策、易京の公孫賛、涼州連合軍の馬超・・・そして総帥たる南皮の袁紹。
「動いてへんのは益州の劉璋と漢中の張魯だけか・・・」
「あの2人は同じ穴のむじなよ。お互い牽制し合って動けないだけ」
大陸西方、益州のみ短剣は刺さっていなかった。舞人や詠も出来るだけ味方を作ろうと調略を試みたが、やはり不発だった。
「いずれにせよアホの劉璋と張魯に期待はしない方がよかろ。それよりも目の前の敵をどうするかだ」
詠の予想では敵軍の数は約20万。こちらは15万。数はこちらが下回る。
総帥の力量は?これはこちらの圧勝だ。董卓・織田連合軍総帥は大将軍の舞人。軍功多く、敵味方問わず彼の威光は広まっている。袁紹は策を持たず、ただ数で圧倒するだけ。ただしそれが厄介である時もある。
「どうしたもんかねぇ・・・」
劉備・孫策を先鋒とした連合軍は汜水関の前に布陣していた。
「冥琳、敵軍の旗は?」
「旗は華一文字。華雄の軍だな」
こちらは孫策軍。大将の孫策は劉備と手を組んで先陣を務めていた。
「ふーん・・・それにしてもおかしくない?」
「・・・確かにな」
確かにおかしいのだ。敵である自分達が来襲して2日経過したにもかかわらず、城壁には兵の姿は無く、ただ翩翻と旗が翻るだけ・・・
冥琳、周喩は一人の部下の名を呼んだ。
「明命!明命はいるか!?」
「はっ!」
現れたのは黒髪の少女、明命こと周泰だった。
「汜水関に侵入して来てくれんか」
「はい!」
元気よく返事した周泰は、夜を待って早速汜水関に侵入した。
侵入を果たした周泰だが、すぐに異変に気がついた。
(人の気配がない・・・?)
はじめこそぬき足、差し足で移動していた彼女だったが、あまりにも人の無さに堂々と歩いていた。
「食糧庫が破壊されている・・・」
いや、食糧庫だけではない。汜水関内の建物のほとんどが解体されていたのだ。
「汜水関は放棄されている、という事でしょうか?」
これ以上の捜査は意味がないと判断した彼女は、汜水関から姿を消した。
「かかれっ!」
孫策の号令がかかり、孫策軍は汜水関に突撃した。同じく劉備軍も動き出している。周泰の報告を受けた孫策軍は劉備軍と連絡を取り、翌朝を待って汜水関突撃を敢行した。
敵兵のいない汜水関はあっという間に陥落したものの、「空の汜水関に2日も時を掛けて」と袁紹・袁術から嘲笑された。
「どなたも役に立ちませんわね。次の虎牢関では私が先陣を切って、織田軍の息の根を止めて見せますわ!」
椅子から立ち上がって宣言した袁紹に続いたのは寿春城主にして彼女の従妹である袁術だった。
「待ちやれ麗羽!お主ばかりいい格好はさせん!妾も先陣を切らせてもらうぞ!」
「そうだそうだ~♪」
彼女に追従するのは張勲。袁術の守役である女性だ。
両袁家の当主の主張は曹操の「勝手にすれば?」的オーラで決定し、連合軍は汜水関を通過し、次の戦場へ向かった。
連合軍にとって地獄となる戦場・虎牢関に・・・
織田・董卓軍の主力武将である華雄と霞は、軍勢をある場所に差し向けていた。
「しかし張遼よ!」
霞と同じく馬を駆けさせる華雄が霞の隣に馬を寄せて怒鳴った。ちなみに怒鳴ったのは馬蹄の音がうるさすぎて怒鳴らないと相手に聞こえないからだ。
「よもや袁紹達も思ってもいないだろうな!」
「そやな!ウチらがまさか虎牢関におらんとは連中夢にも思ってないやろ!」
そう、彼女らは虎牢関にいない。先ほども記したが舞人の指示である場所に向かって密かに、そして素早く軍を動かしていたのだった。
彼女らが目指すのは―――?
虎牢関に到着した袁紹は、早速自軍の二枚看板・文醜と顔良を先陣に突撃を命じた。
「さぁ、皆さん!名門袁家の兵として華麗に、雄々しく、突撃なさい!」
『オォォォォォォ!』
雄叫びと共に虎牢関に突撃する袁紹軍―――しかし彼らは壁に取り付く前に織田軍の洗礼を浴びることになる。
即ち、前の虎牢関、そして横の崖から降り注ぐ矢である。
「文ちゃん!気をつけて!」
「分かってるって!斗詩はあたいが守ってやるからな!」
文醜と顔良はお互いに声を掛け合って降り注ぐ矢を己の武器で弾き返す。しかし兵たちはそうもいかず次々と降り注ぐ矢の餌食になった。そしてしばらくすると矢の雨は止んだ。
「終わったのか・・・?」
「た、多分・・・」
2人が戸惑っている間に虎牢関の門が開き―――
最強の2つの紅き矛が姿を現した。
「よぅ逆賊ども!」
連合軍の兵が奏でる死の調べは織田・董卓同盟軍総帥たる大将軍のフランクなあいさつから始まった。黒馬に騎乗した髪の毛と瞳と同じ深紅の鎧を纏った舞人は隣に紅き駿馬―――世に名高き赤兎馬に騎乗した呂布奉先を従えての出陣だった。
「恐れ多くも天下人である劉協陛下に背き、お住まいである洛陽に牙を向けし愚か者どもよ!その勇気だけは評価してやろう!だが―――」
一拍置き、続ける。
「てめぇらのそれは勇気じゃなくて蛮勇だっていう事を、俺たち2人がその身に教えてやろう!冥土の土産をくれてやるよ!」
舞人は恋と目配せすると、舞月の体躯に蹴りを入れて走らせた。恋もまた赤兎馬に鞭を入れてそれぞれ舞人は袁術・曹操・孫策・涼州連合軍に、恋は袁紹・劉備・公孫賛軍に向けて単騎で突撃していった。
「・・・弱い奴は、死ね」
恋は馬上で荒々しく方天画戟を振るい、敵兵の絶叫を奏でていく。槍はもちろん、腕や首が宙を舞い次々と袁紹軍の兵を蹴散らしていく。
「やい呂布!あたいたちと勝負だ!」
「・・・?」
自軍の兵が無残に殺されるのに我慢がならなかったのか、文醜が顔良を引きつれて一騎打ちを申し込んだ。しかし恋はまったく興味を示した様子もなかったようで、赤兎馬の馬首を向けもせずに宣告した。
「・・・お前達、弱い。恋を倒したかったら、もっと連れて来い」
「なんだと―――!」
「文ちゃん!だめ!」
頭に血が上った文醜は顔良が止めるのも聞かずに、単騎で恋に向かって馬を走らせる。しかし―――
「うわぁぁぁぁ!?」
「文ちゃん!」
恋の一閃を受けて文醜の首が飛ばなかったのが奇跡的だった。首目掛けて放たれた一撃を何とか文醜は防いだが、馬から吹き飛ばされて地面にたたき落とされた。
「くっそ~・・・」
「文ちゃん、一回退こう!悔しいけど私たちじゃ敵わないよ」
「そうだな・・・」
文醜は悔しげに己の武器を見やった。彼女自慢の武器は恋の一撃を受けてひびが入っている。これでは戦えなかった。
看板である2人の将軍が敗退した事と恋の圧倒的な武力に恐怖を抱いた袁紹軍は潰走をはじめ、第二陣の劉備・公孫賛軍が姿を現したが彼女にとってはどうでもいい事だった。
「戦いには優雅さも必要だよな」
舞人は普段の刀ではなく、朱色の槍を振り回して優雅に敵兵の絶叫を奏でる。
袁術軍は大将の袁術がすでに戦線離脱し、実質的な指揮官である張勲も逃げてしまった為軍の壊滅は袁紹軍よりも早かった。
「手応えねぇな・・・」
返り血を拭いながら舞人はため息をつく。そんな彼に向けて一閃される殺気!
「ちっ!」
首を逸らして矢の軌道から回避する舞人。飛んできた先には旧知の顔が。
「祭か、久しぶりだな」
「おう!・・・しかし不意打ちの一撃でも倒れてくれんか」
攻撃の主は孫策軍の宿将・黄蓋。以前舞人は孫策の母・孫堅に仕えていた事があり、その頃に彼女と共に戦った事があったのだ。
「蓮華や小蓮達は元気か?」
「ああ、お2人ともお前に会いたがっておったぞ」
「・・・そっか」
舞人の表情は暗い。祭は気遣うような表情を見せた。
「・・・まだ、あの時の事を気にしておるのか?」
「・・・気にしてない・・・っていったら嘘になるな。雪蓮たちから母親を奪ったのは俺だからな」
2年前の事である。『江東の虎』の異名誇る孫堅の軍に部隊長として雇われた舞人は荊州の劉表を討つ軍に従軍していたが、舞人は敵将・黄祖の罠を見抜けず進軍を進言して彼女を討ち死にさせてしまう重傷を負わせてしまったのだ。
「気に病む事はあるまい。あの後お主も矢を受けながら堅殿を救い出してくれたではないか。それだけでも策殿たちは感謝しておったよ」
「そうか・・・ところでひよっこどもは?」
これ以上この話題に触れたくない舞人は話題を変えることにした。
「おお、あいつらも来ておるぞ!思春!明命!」
祭の呼びかけに応じて現れたのは周泰―――明命と甘寧、真名を思春だった。
「お久しぶりです、舞人殿」
「よぅ思春。相変わらず無愛想だな」
「・・・生まれつきです」
思春は師に向かって憮然とした視線を向ける。いっぽう嬉しそうに微笑んでいるのは明命だ。
「舞人様!お久しぶりです!」
「よぅ明命。相変わらず可愛いなぁ」
「えへへ~♪」
こちらは師に褒められてテレテレと頭を掻く明命。隣の思春は面白くなさそうに呟く。
「なんで明命ばっかり・・・舞人殿はいつもそうだ。明命ばっかり可愛がって・・・」
「なんか言ったか、思春?」
「いえ、何も!」
「?・・・まぁいいや。かかってこいよ!2年間で成長した姿を俺に見せてみろ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「すっごく強いのだぁ~」
「うーむ、さすがは飛将軍呂布という訳か・・・」
劉備軍の将である関羽・張飛・趙雲は自軍に単騎突入してきた恋を相手に三人がかりで挑んだのだが―――
「・・・お前たちも、弱い。もうちょっと強くなってから、来い」
恋は馬首を翻して虎牢関に帰って行った。遠巻きに取り囲んだ劉備軍の兵に絶叫を奏でさせながら。
「くそっ・・・!」
なんという実力差。
なんという自らの弱さ。
関羽は拳を地面に叩きつけ、颯爽と去る恋の後ろ姿を見送るしか出来なかった。
一方、舞人はというと―――
「ほいっ」
槍を一閃させて夏候惇の刃の軌跡を逸らせ、
「うおっと」
手甲で秋蘭の矢を弾き、
「惜しいおしい」
死角から迫ってきた思春を殴り飛ばし、
「0点だ」
殴った隙を突いて切り込んできた明命を武器ごと投げ飛ばす―――
4人の各勢力を代表する将を相手に、舞人はまるで遊んでいるかのように手玉に取る。
「きっさまぁ!私をなめているのかぁ!」
激高した夏候惇が切りかかってくる。その真っ直ぐな性根を心の中で称賛しながらも槍を構え―――
(なんだ・・・?)
ふと彼の首筋を襲う違和感。言うならば自分は狩りの対象にされた獣のような気分といったところか。
(後ろかっ!)
幸いにも夏候惇の刃の軌跡の中にまだ自分は入っていない。
舞人は槍の穂先を背後に向けると、自分に向けて矢を放たんとしている弓兵に向けて背を向けたまま槍を投じた。
刹那の差だった。弓兵が矢を放つと同時に、舞人の槍が彼の首を貫いたのは。
すこしずれた矢の向かう先は―――夏候惇の左目!
「ちっ!」
舞人は両足を舞月の背に乗せ―――夏候惇目掛けて飛びかかる!
「はぁぁぁぁぁ――――ぁぁぁあああ!?」
夏候惇の気合の入った声は、後半から驚愕の悲鳴に変わった。それはそうだろう。
敵将が得物の槍を後ろに放り投げたかと思えば、自分に飛びかかってきたのだから。
ともかく夏候惇が振り下ろした刃を手甲で何とか弾き、彼女を押し倒す。その瞬間、
ドスッ
「ぐぅっ」
右肩に衝撃。矢が刺さったようだ。
「け・・・怪我はないか、夏候惇?」
「な、なんのこと・・・あっ!お前、肩に・・・」
夏候惇は突然飛びかかられた事に驚いたようだったが、その原因が分かった夏候惇の瞳に申し訳なさそうな感情が浮かぶ。
さらに舞人の左手から腕には大きな裂傷が。夏候惇の刃を左腕で防いだ時に手甲が割れて負傷したようだった。
「す・・・すまん、織田・・・」
「い、いや・・・気にすんな」
顔をしかめて撤退すべく舞月の手綱を握る。
「じゃな」
「春蘭!」
夏候姉妹が本陣に戻ると、彼女らを出迎えたのは主・曹操だった。
「射られたと聞いたけど・・・怪我はない?」
「はい!華琳様!」
夏候惇は元気に答える。言葉足らずの姉に秋蘭が付け加えた。
「姉者が射られたのは本当ですが・・・舞人殿が姉者を庇ったのです」
「織田が?」
「は、はい。織田が私を庇って射られてしまったのです」
「そ、そう・・・彼には何か礼をしなきゃいけないわね・・・」
2人の紅き矛に全軍を蹂躙された袁紹は、本陣に諸将を集めて当たり散らしていた。
「なんという体たらくですの!そろいもそろってほんっとに役に立ちませ『申し上げます!』なんですの!?」
みんながウンザリとしている演説を遮ったのは、金色の鎧を纏った袁紹軍の兵だった。
「織田軍の将・張遼と華雄を大将とする軍勢が本城の南皮城を攻撃中!我が軍は苦戦、至急救援をお願いいたします!」
静まり返る本陣。その静寂を破ったのは―――
「な・・・なぁんですってぇぇぇぇ!」
袁紹の絶叫だった。
「そうか、作戦は成功か・・・」
「はっ、張遼・華雄の両将軍はすでに南皮城を攻略寸前まで追い込んでいるようです。そこで攻略後の指示を仰ぐよう私が遣わされました」
舞人は左腕に包帯を巻き、上半身をさらして右肩に包帯を兵に巻いてもらっている。
「んじゃ次の指示だ。南皮城を制圧したら袁家の支城を根こそぎ攻め落とさせろ。そしたら―――」
舞人の策略は、さらに袁紹を、連合軍を追い詰めていく――――
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第10弾、『反董卓連合軍』編です!
・・・なんか月の出番まったくなさげな気が・・・
どちらかというと『反織田連合軍』ってところでしょうか。