No.951111

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十七話 後編

ムカミさん

こちらは後編になります。
同日投稿の百五十七話前編を読んでからお読みください。

2018-05-04 10:17:26 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3830   閲覧ユーザー数:3054

「……準備は整ったみたいね?」

 

「はい。頃合いでしょう、華琳様」

 

前方にパックリと開いた連合後方本陣への道。

 

それを視界に収めて会話する華琳と零。

 

今、彼女達は魏軍最前線の中央にいた。

 

周囲には全て騎兵で構成された少数の部隊。

 

その中でもとりわけ目立つ馬が三頭いた。

 

真っ白な毛並みが美しい、一刀の愛馬・アルストロメリア。通称アル。

 

冗談のような真っ赤な毛並みを持つ、恋の愛馬・赤兎馬。

 

そして、その二頭に劣らぬ立派な体躯の黒い毛並み、華琳の愛馬・絶影。

 

この駿馬三頭を筆頭に、魏国内から上質な馬を集めた特製部隊となっていた。

 

「配置はどうするんだ?

 

 一切の抵抗無し、とはいかないぞ?」

 

一刀が零に確認する。零は既に考えていた布陣を口にした。

 

「季衣、流琉。貴女たちが先頭よ。兵も引き連れて前を行き、矢が降りかかるようなら弾きなさい」

 

「はいっ!!」 「分かりましたっ!!」

 

季衣と流琉が威勢よく返答する。

 

二人は華琳の親衛隊長として、この場面で重要な露払いの役目を仰せつかっていた。

 

大事な一戦での大役とあって、二人の気合は十分。

 

逆に気合が空回りしてしまわないかを心配してしまう程だった。

 

「私は二人の後ろに入り、必要に応じて指揮を執ります。

 

 華琳様、一刀、恋の三人はその更に後ろへ。三人が無事に敵陣へと到達することを第一とします。

 

 そういうことで如何でしょうか?」

 

「それで構わないわ」

 

華琳はあっさりと許可を出す。

 

何も連合を嘗めているというわけでは無い。それだけ零を信用している、というだけのことだ。

 

「お二方。今回の策では速度を重視させていただきます。

 

 どうか振り落とされませんよう、お気をつけください」

 

『はい』

 

いざ行動に移るその直前、零は一刀と恋、それぞれの後ろに同乗している二人にそう話しかけた。

 

その華琳に対するものと同等かそれ以上に丁寧な対応から、その二人が誰かは推し測れるというもの。

 

だが、連合からは決して分からない。

 

何故ならば、二人は目深に被ったフードで顔を完全に隠してしまっているからだ。

 

もう出る、という今の段になっても、二人にはやはり残っていて欲しいと思う者の方が多い。

 

しかし、一度決めたことは曲げない二人だったので、結局一刀と恋が手厚くガードすることで妥協したのであった。

 

「さあ、行くわよ!

 

 季衣、流琉!駆けなさい!!」

 

「は~い、行っきま~す!!」

 

「皆さん、前進してください!!」

 

季衣が駆け出し、流琉が指示を出しつつ季衣に倣う。

 

兵達もすぐさま駆け始め、霞の部隊にも迫らんという速度で戦場の中央を切り裂く流星となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~お~、来ましたね~。

 

 ではでは~、鏑矢と花火を二発ずつ、交互に行きましょう~」

 

連合右翼の戦場で、風は華琳達が動き出した瞬間、それを察知して指示を出していた。

 

戦況、敵味方の心情を考慮すればここで出て来ない選択肢は無い、と判断し、常に後方に注意を払っていたが故の初動の速さだった。

 

そして、この合図が戦場に劇的な変化を齎すことになる。

 

 

 

 

 

「っ!!来ました!周倉さん、陣形組み換えを!!」

 

「おうよ!!」

 

鏑矢、花火、鏑矢、花火。それは連合軍の内側に仕込んだ爆弾の起爆スイッチだ。

 

この合図を受け、即座に動いたのが杏、そしてその指示を受けた周倉だった。

 

それまでの戦闘をほっぽり出し、瞬く間に連合右翼の最も中央寄りの位置に壁を形成する。

 

「こっち側の皆さんは壁を作りましょう~。

 

 関羽さんの部隊を通さないように注意してくださいね~」

 

続いて風が壁を補強するように部隊を動かす。

 

そんな二部隊の突然の行動に、関羽隊の者たちは短くない間呆然としてしまう。

 

やがて関羽が我を取り戻すと、敵味方問わず周囲の一般兵が思わず身震いするほどの怒気を放った。

 

「周倉!貴様、何をしているっ!!

 

 杏もだ!!そのような行動に何の意味がある!?

 

 さっさと敵を排除し、態勢を立て直すぞ!!」

 

視線も意識も完全に二人に向けるほど、関羽は意表を突かれていた。

 

この時、もしも菖蒲に関羽を仕留める気があれば一瞬で片は付いただろう。

 

しかし、菖蒲にも出陣前より下っている命がある。

 

それに従い、菖蒲はこれからの一連を見守る姿勢を取っていた。ただし、関羽だけは決してその場を動かさないと決めた上で。

 

「残念ですが、私の役割はつい先ほど切り替わりました。

 

 今、私が為すべきことは、敵を作戦実施地帯に踏み込ませないことです」

 

「……杏?」

 

今まで蜀国内で見せていたものとは全く異なる杏の様子に関羽は戸惑う。

 

しかし、徐々に状況を理解し、先ほど以上の怒気が、まるで関羽周囲の景色を歪めんが如く立ち昇る。

 

「杏。いつからだ?周倉。お前もか?」

 

そうありながら、口調だけが静かなものになるのがより恐ろしさを感じさせる。

 

離れていてもその危険性を肌で感じたのだろう。周倉が身震いする。意図せず、顔中から汗が吹き出る。

 

もし、今の関羽とまともにぶつかろうものなら、一瞬の内に物言わぬ肉塊にされてしまう。そんな予感があった。

 

ところが、そんな関羽を前にしても杏はブレなかった。周倉はそんな杏に対して尊敬度を一段上げることになる。

 

「そうですね。いつから、と言われると、初めから、となります。

 

 私は北郷様にかつての管轄地域の民をお救いいただいた時から、かの方に忠誠を誓っています。

 

 ただ、慰めになるかは分かりませんが、蜀内で行った今日までの策は、全て蜀にとって私が考え得る最良の策を行ったつもりですよ?」

 

しれっと言ってのける杏。

 

これにより、関羽は逆に怒りを通り越してしまった様に見受けられた。

 

「全隊に告ぐ。さっさと目前の魏国兵を打ち倒し、周倉と杏――いや、姜維を捉えろ。殺しても構わん」

 

ほとんど無表情のまま、静かに告げられる。

 

声を張り上げたわけでも無いのによく通ったのは、それだけこの一幕に周囲の兵たちが呆然となり、喧噪が途絶えていたためだ。

 

しかし、関羽の声には異様なほどに強制力があった。

 

関羽の命の直後、関羽隊の兵から鬨の声が上がり、それまで以上の激しさでぶつかり始める。

 

まるで関羽から溢れ出た怒気が拡散して周囲の兵に染み込んだかのように。

 

「……徐晃。貴様もさっさと排除する」

 

「させませんよ?」

 

菖蒲の額につつ、と汗が垂れる。

 

今、関羽の力がかつてなく高まっているのが分かった。

 

一人では止めきれないかも知れない。そう思わせるほどだった。

 

だが、退くという選択肢は無い。

 

菖蒲は知らず切っ先が下がっていた得物を構え直す。

 

互いに一呼吸の間の後、同時に突進。両者は再びぶつかり合った。

 

 

 

 

 

「杏ちゃん……そう、そういうことだったのね……」

 

黄忠も遅ればせながら関羽隊の方の異変に気が付く。

 

そしてその先に広がる光景を目にして全てを察した。

 

更に前方の魏軍から迫って来る一団も視界に捉えている。

 

「仕方ないわね……」

 

黄忠は大きく深呼吸する。そして矢筒から矢を三本、取り出した。

 

それは黄忠が矢の使い惜しみ無しの全力投入を覚悟した証左。

 

対峙する梅は緊張と警戒を一段階引き上げる。

 

次に来る攻撃は今までに無いものになる。それが見た目から、雰囲気から、すぐに分かったからだ。

 

「疾っ!!」

 

黄忠の速射。

 

心構えを済ませていた梅は続けざまに飛来する二本を躱し、叩き落とす。

 

ここまでは先ほどまでにも幾度か受けた攻撃。ここにもう一本来る。これを迎え撃たんとした。

 

しかし、三本目の行方が見えない。

 

焦る梅。

 

直後、梅にとっては嫌な閃きが頭を過ぎる。

 

その予感に従い、バッと華琳達の一団の方へと目を向けた。

 

その梅の視界に、一団に吸い込まれていく一本の矢を確認し、梅は歯噛みする。

 

黄忠は梅への攻撃を囮に、梅の頭越しに本隊を攻撃しに掛かっていたのだ。

 

これを防ごうと思うと、梅から距離を詰めて複数本速射を封じるしか無いのだが――――残念ながら梅にはそこまでの実力はまだなかった。

 

「気付かれたみたいだけれど、あなたではどうしようも無い――――っ!!」

 

黄忠の台詞は途中で途切れる。

 

飛び退いた黄忠の元居た足下に一本の矢が突き立つ。

 

その矢を追うように梅の左後方から声が割って入って来る。

 

「梅でどうしようも無いのであれば、どうにか出来る者が出るしかないだろう?」

 

「秋蘭殿!!」

 

「夏侯淵……っ!!」

 

梅の歓喜の声と黄忠の憎悪の声が上がる。

 

秋蘭は悠然と歩んできて餓狼爪を構えた。

 

「梅、月と詠も来ている。二人は周囲の兵の対処をしているはずだ。

 

 お前は月の護衛に戻って良いぞ――と言いたいところだが、想定通り張飛がこの先まで抜けている。

 

 お前にはあれの足止めを頼みたい。防御に専念すれば、弓相手よりは幾段かマシだろう?

 

 黄忠は私に任せてもらおう」

 

「承知しました!」

 

自分に任せろと言い切った秋蘭に逆らってこの場に残ることに、梅にとってのメリットは無い。

 

故に、梅は即座に黄忠との対峙から離脱した。

 

黄忠はこの場面で張飛まで留められるリスクがどれ程のものか分かっていても、梅に追撃を加えることが出来ない。

 

既に秋蘭が餓狼爪を構えていたからだ。

 

「さて。黄漢升よ。今度こそ、決着を付けようではないか」

 

「こちらにそんな時間は無いのだけれど……仕方が無いわ。

 

 夏侯妙才。あなたは即刻排除させてもらうわよ」

 

脇で行う予定の足止め一騎討ち、その最後の一戦がようやく開幕となる。

 

 

 

 

 

「ちょっと……明命、あの子、何してるのよ……

 

 っ!!夏候惇っ!!あの子に何をしたっ?!」

 

孫策が激昂する。その理由は彼女の視界に飛び込んで来たとある光景が故。

 

その光景とは――――蜀陣の周倉隊と対を為すように、連合の中央ラインに背を向けて壁を作る周泰の部隊だった。

 

ただ、孫策は周泰の苦渋に満ちた雰囲気をも読み取った。

 

周泰の行為自体は確かに裏切りなのだが、それは進んで行ったことでは無いらしい、とそこまで理解した時点で魏に対する憎悪が爆発したのだ。

 

怒声を浴びせられた春蘭は、それを一切意に介さず答えた。

 

「私は何も詳しいことは知らん!

 

 だが、周泰に関してなら、一刀が屈服させたらしい、という程度の事は知っているぞ!」

 

春蘭としてはただ正直に答えただけだった。

 

しかし、その内容が孫策をより激昂させる。

 

「よくもやってくれたわね……っ!!」

 

激昂が過ぎて最早言葉も出ないらしい。

 

そんな状態でも剣が鈍らない辺り、確かな実力を有する武将なのだと良く分かる一幕だった。

 

 

 

 

 

「あいつ、何をやっている!?」

 

呉の前線でもう一人、甘寧が周泰の動きに反応していた。

 

ここまで、甘寧は必死に部隊指揮に尽力し、吶喊を受けて崩れた陣形の立て直しに勤しんでいた。

 

彼女の部隊は呉最強の水軍と呼ばれている。が、名が示すように水上戦は得意でも、陸戦はそれほどでも無かった。

 

勿論、その辺りの小勢力相手であれば問題無い。しかし、魏の部隊相手では差が大きかった。

 

甘寧は個の力も秀でているが、かつては河賊の頭領を張っていただけあって、同時に指揮能力も高い。

 

この場面、個の力で部隊を奮うよりも指揮能力を以て立て直す方が良いと判断していた。

 

しかし、さすがに味方の叛逆のような行動を見過ごすことは出来なかった。

 

「……ちっ!」

 

かと言って、今甘寧が周泰を問い詰めに向かうと、部隊の方が心配である。

 

ここまではどうにか被害自体は少ない。正確に言えば、怪我人は多いが死者は驚くほど少ない。

 

しかし、ここで甘寧が離れれば――――

 

「頭!行ってくだせぇ!!」

 

「何?!だが――――」

 

「なぁに、心配いりやせんぜ!俺らを誰だと思ってるんですかい?

 

 鬼の甘将軍に鍛え上げられた呉最強の部隊ですぜ!」

 

副官に当たる兵が甘寧に対してそう言い切った。その言葉が聞こえていた周囲の兵も、彼と同じ気持ちなのだと瞳に意志を込めて甘寧を見つめる。

 

「……すまない!すぐに戻る!」

 

部下たちに感謝し、甘寧は周泰に問い詰めに行くことを決意した。

 

 

 

 

 

「何と言いますか……稟さんは本当に恐ろしい方ですね……」

 

「……何者だ、貴様?」

 

周泰の所まで駆けようとしていた甘寧だったが、少し進んだ時点でその眼前に立ちはだかる人物が一人現れた。

 

その人物は開口一番、溜め息と共に甘寧の知らない人物の名を口にする。

 

その時点で答えは分かったようなものだったが、儀式的に甘寧は誰何していた。

 

「顔良と申します。今は魏で将を務めさせていただいています」

 

「やはり敵か……このような時に面倒な……」

 

「残念ですが、そちらの行動は全てこちらの手の内です。

 

 大人しく投降していただくのが私としても最も楽なのですが……そうはいかないですよね?」

 

「……」

 

甘寧は斗詩の呼び掛けに応じない。

 

これ以上の会話は不要とばかりに、黙ったまま得物を構えた。

 

斗詩は再び溜め息を吐く。

 

「はぁ。仕方ありません。

 

 では、あなたはここで足止めさせていただきます!」

 

呉で唯一フリーだった――フリーにされていた最後の将も、こうして捕まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうやら正確無比な軌道で狙ってくる矢は一本だけみたいだな。

 

 秋蘭が上手くやってくれたのか」

 

黄忠から放たれた矢は部隊外郭の兵を一撃で仕留めていた。

 

これを受けて急遽警戒態勢を取っていたのだが、第二矢がいつまで経っても飛来しない。

 

それは秋蘭の足止めが成功したことを意味する、と一刀は言った。

 

十分な時間の経過は他の者にも同じ感想を抱かせていた。

 

「そのようね。これでようやく貴方の策が成ったわね。

 

 後は貴方たち二人次第よ」

 

華琳の言葉と視線が一刀と恋に向けられる。

 

そう、華琳が今言った通り、ここまでの一連の作戦行動は全てこの中央を一直線に貫く道を最短で切り拓くためのもの。

 

ここを通り、一刀と恋が突っ込む。言葉にすればただそれだけのこと。

 

そこにはいくつかの思惑があるが、ただ一つ、確実に言えることがある。

 

これからの策が、一刀と恋次第で全てが引っ繰り返る可能性もあるという、異常とも言えるギャンブルということだ。

 

普通であれば実行の許可は出ない、そんな策。

 

しかし、華琳は感じていた。今回こそ、”天の時”までをも己が手中に収めているという漠然とした予感を。

 

かつて”天の時”が満ちていなかったからこそ喫した敗北、そしてとんぼ返り。それを今度こそ覆すのだ、と華琳は息巻いていた。

 

華琳の思惑がどこにあれ、一刀は一刀で一つの大きな目的をこの策によって遂げたいと考えている。そして、恋はそんな一刀に物言わず付き従う。

 

この二人がはっきりと華琳に頷いたことで華琳も最後の肚が座った。

 

「さあ、皆!疾く駆けなさい!」

 

 

 

 

 

「桃香、下がってな。朱里、あんたもだ」

 

「冥琳、あんたも下がりな。さすがにあれ相手は荷が重すぎるさね」

 

急速に近づいてくる魏の小部隊。

 

旗も無いし、はっきりと姿が見えていないが、馬騰と孫堅は確かに感じていた。そこに一刀と恋がいることを。

 

既に諸葛亮と周瑜はどちらも半ば放心気味だった。

 

互いに好く好く信頼していた者が、ここに来て魏に与するような動きをしており、それが全く想像も出来ていなかったことなのだから、当然と言えば当然か。

 

劉備を含め、言われるがに下がる。

 

連合の首脳陣が見つめるその前方で、魏の部隊が割れた。

 

割れた小隊をそれぞれ率いる小さな将に見覚えのある者もいる。

 

季衣と流琉はそのまま連合の最奥、親衛隊の足止めを開始する。

 

そうして遂に無防備に剥き出しとなった連合首脳陣。

 

その目の前まで、三騎五人の人物がやってきて止まった。

 

やって来た人数の少なさ、そしてその行動に馬騰と孫堅は少なからず驚く。

 

馬から三人が降りて来る。一刀、恋、そして華琳。

 

華琳の姿をこの場で目にするとは思っておらず、連合の面々は皆更に驚かされる。

 

その驚愕を齎した当人が声を張る。

 

「劉玄徳。孫文台。この戦、これ以上はただの時間の無駄よ。

 

 ただ、投降しろと言っても素直に首を楯には振らないでしょう。

 

 ならば互いの最高戦力同士の決戦にて勝負を決めましょう」

 

劉備、諸葛亮、周瑜はポカンとしてしまう。

 

それは華琳の言動が予想外に過ぎたからだ。

 

だが、残る二名、馬騰と孫堅は違った。

 

「……何か裏があるのかい?」

 

「裏?そんなもの、ありはしないわ。

 

 どうしてそう思うのかしら?」

 

「そりゃあ、あんたの提案が、私らの想像した中で最もこっちに都合の良い内容だったからさね。

 

 想像した私達自身が切り捨てるほどに、ね」

 

対話する孫堅にもまだ困惑の色は強い。

 

それでも華琳はお構いなしに自論を重ねる。

 

「我が国の力を示す段は赤壁で十分だったでしょう?

 

 まだ戦うというのであれば、より分かりやすく力を示すだけのことよ。

 

 集団での力を見せた後は、個の武。そして戦果と過程。これらを見せつければ、最早誰にも言い訳など出来ないでしょう。

 

 いくら貴女たちが頑固でも、これだけ見せれば十分でしょう?」

 

それは華琳の挑発でもあった。

 

お前たちが見極めると言った相手にいいようにやられているんだぞ、と言外に含んでいた。

 

意識せず、孫堅と馬騰の口元が吊り上がる。

 

「はっ……はっはっは!

 

 いやぁ……こうまでやられるとはねぇ。

 

 赤壁でも十分にあんた達の力は見れたが、他の奴らの納得がいかなかったんでね。

 

 どうせなら北郷か呂布の武でも測りたいと思っちゃあいたが、それがまさかこんな形で為るとはね……」

 

「んならやめるかい、月蓮?」

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!

 

 折角転がり込んで来た機会なんだ、存分に暴れさせてもらおうじゃないか!」

 

「はっ!あんたならそう言うと思ったよ!」

 

孫堅も馬騰も、獰猛な笑みを浮かべて進み出て来る。

 

これに対抗して魏側から出たのが一刀と恋だった。

 

「北郷と呂布、ね。それは予想通りだが、他はいいのかい?

 

 別に私らは相手が何人でも構わないよ?」

 

孫堅がそんなことを言ってのける。

 

それは自棄になったわけでも根拠の無い自信過剰と言うわけでも無い。

 

この場に魏の面々が着いてからの観察の結果、まだまだ自分たちはこの二人にサシで後れを取るとは思っていないからであった。

 

それだけの自信を見せる二人に対し、一刀も恋も不満は抱かない。否、抱けない。

 

元々、少し前まではそれだけの実力差があったのだから、当然のことなのだ。

 

だから、一刀はこう返す。

 

「生憎、他の将は皆、そちらの将の足止めに専念してもらっていてね。

 

 不満かも知れないが、貴女方二人の相手は俺と恋が努めさせてもらおう」

 

一刀もあれから確かに実力を伸ばせた。

 

その実感を糧として、孫堅・馬騰に対峙する自信を沸き立たせる。

 

どうにか、それが言葉にも乗ってくれたらしい。

 

一刀の言葉を聞いた孫堅の笑みがより深まった。

 

「はんっ!不満なんて無いよ。

 

 是非ともあんたらとはサシでやってみたかったんだ。

 

 で?どうするんだい?別に二対二でも一対一でも構やしないが?」

 

「こちらも、どちらでも構わないが……

 

 貴女方は二対二で満足出来るので?」

 

「ふっ……あっはっはっは!

 

 何だい何だい!北郷、あんた、随分と私らのことが分かっているみたいだねぇ!

 

 そうさね、ならサシの勝負と行こうじゃないか!

 

 碧、あんたもそれでいいんだろ?」

 

話を向けられ、馬騰は正面を向いたまま軽く首肯で答えた。

 

その視線の先には馬騰を睨みつける恋の姿がある。

 

「当然だ。では、さっきからあたいに向けて心地よい殺気を飛ばして来る呂布の方は貰うぞ?」

 

「ま、そうなるだろうね。

 

 ならば北郷、あんたの相手はこの私だ。

 

 名乗りなんかはいらないね?いざ、尋常に勝負と行こう!」

 

孫堅が真に最後となる勝負の開幕を宣言する。

 

恋と馬騰は同時に一刀たちから離れるように駆け出す。

 

華琳たち、劉備たちは自然と更に距離を取った。

 

瞬く間に戦闘フィールドが形成される。

 

さて、と得物を構え直した孫堅は一刀の姿を見て眉を顰めた。

 

「どうした?構えないのかい?」

 

孫堅の視線の先、一刀は腰を落としているだけで得物は抜いていない。左腰に佩いたその柄に軽く右手を掛けているだけだった。

 

「いや、既に構えさせてもらっているよ?」

 

「……ほう?」

 

一刀の気配を探り、それが嘘やはったりでは無いことを確認し、孫堅は興味深げに声を漏らす。

 

一体何をする気なのか。そんな興味が孫堅の意識を満たし、身体を動かしていた。

 

一歩、また一歩。徐々に孫堅が距離を詰めて来る。

 

その距離が一定以下になったその時―――― 一瞬の閃き、そして甲高い金属音が鳴り響いた。

 

 

 

刀を鞘に納めたまま腰を落とす構え。言わずもがな、一刀の持つ技、居合の構えだ。

 

一刀が持つ居合の技は、この世界に来たことでレパートリーを増やしている。

 

飛燕。単発の抜き打ち。

 

双燕。二連続の居合技。この辺りから氣による補助が入って来る。

 

驟燕。氣を溜め込んで抜き打つ、驚異の五連撃。

 

これらはいままでの闘いでも実際に使用してきた技だ。

 

特に飛燕と双燕は氣を扱えるようになった一刀にとって使い勝手が良く、重宝していた。

 

ただ、これらはこの世界のチート級と闘うにおいては力不足である。

 

双燕は汜水関において恋に破られている。

 

それを考えれば、驟燕でさえ孫堅には通用しないだろう。

 

では、何故一刀はこの場面で居合を構えているのか。

 

それは開戦前の会話で氣を溜めに溜め込めたからに他ならない。

 

戦闘中の話術による時間稼ぎなど目では無い時間を使って氣を練り込むことが出来た。

 

その氣を使って、一刀はかつて無い速度を己が愛刀・虎鉄に与える。

 

理外の力で加速され、音すら置き去りにする勢いで虎鉄が抜き打たれる。そして次の瞬間には既に鞘に収まっており、またも抜き打ち。

 

それが幾度も繰り返され―――― 一刀の腕が振り切られた状態で止まったのは、実に八回もの抜き打ちを終えた後だった。

 

「くっ……あっはっはっは!

 

 いやぁ……やるねぇ、北郷……!」

 

「……これを止めておいてよく言うよ」

 

二人は獲物を打ち合わせた状態で停止している。

 

そして、孫堅には二筋の傷が浅く付いていた。それだけだった。

 

「二撃貰っちまってるじゃないかい。防げちゃあいないよ」

 

「いやいや、その理屈はおかしい、よっ、と!」

 

組み合った状態では一刀に分が無いため、一刀は孫堅の剣を押しやって一度距離を取る。

 

孫堅は素直に退がってくれたため、一度仕切り直しとなった。のだが。

 

(参ったな……これは、孫堅が想定より強いか、それとも相性が悪いか……)

 

一刀の内心は冷や汗で一杯だった。

 

初撃に予定以上の全力。それも、孫堅は初見の攻撃。

 

最初の数撃は躱すなり防ぐなりされても、最終的にはまともに捉えられるだろうと踏んでいた。

 

それだけで決着を付けられる確率は五分。そこまで行かずとも、これ以降の孫堅の動きを鈍らせるに足る手傷を負わせられる。

 

それらは全て皮算用でしか無かったと知らしめられた結果だった。

 

「さてさて。北郷、あんた、赤壁で碧とやってるだろう?

 

 そん時、あいつはあんたにはまだ切り札があるって言ってたんだが……今のがそれなのかい?それとも、他にあるのかい?」

 

返答次第ではすぐにでも終わらせてやる。そんな裏音声が聞こえた気がした。

 

つまり、今のが一刀の持てる全てなのだとしたら、孫堅は確実に勝てる、と言っているのだ。

 

「そんな、まさか……

 

 ここぞと言う時に切ってこそ、切り札と言えるものでしょう?」

 

「はっ!言うねぇ!

 

 なら、まだまだ楽しめそうだね!!」

 

幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、孫堅は一刀の最大限の力、更なる力を求めている様子。

 

嬉々とした声で告げ、再び孫堅の方から距離を詰めて来た。

 

ここからは一刀のスタイルはいつも通りのカウンター主体とせざるを得ない。

 

確かに、一刀にはまだ、当初用意していた切り札が残っている。

 

但し、それを使用する時は一刀自身も言った通り、ここぞと言う場面で()()()しまわなければならない。

 

「ほらほらほら!どうしたどうした!?受けてばっかりかいっ?!」

 

「くっ!ぐっ……!はっ!」

 

右から左から。上から下から。右からかと思いきや左から連撃。一定の理は感じるのにどうにも奔放にしか思えない、そんな掴みどころの難しい型から攻撃を繰り出して来る孫堅。

 

読み切っていようが読み切れなかろうが、全てを躱すか受け流すかせねばならず、そんな超難易度をどうにかこなしていく一刀。

 

孫堅は一撃一撃が余りにも重い。一つでもまともに受ければ即敗北だろう攻撃の嵐を掻い潜る忍耐の時間が始まってしまった。

 

 

 

 

 

「はあっ!どぉらっ!!」

 

「……んっ!」

 

少し場所を移してから始まった馬騰と恋の闘いは、開幕から今まで一切の会話も無く互いの武器を振るい続けていた。

 

以前、恋は馬騰に瞬殺されてしまった。しかし、今は互角に打ち合っているように見える。

 

短期間の間に恋がこれだけ成長出来たことにも理由があった。

 

西涼の地で馬騰に敗れるまで、恋は本気で強くなろうとはしていなかった。

 

鍛錬には出て来ていても、恋と互角以上に渡り合える相手がいないこと、そもそも恋としては周囲の家族と暮らしていければそれで良かったこと、などが理由だ。

 

馬騰に与えられた敗北が、そんな恋の意識を一新した。

 

恋は考えることが苦手であることを自覚している。武を活かして食べて行くしかないと自身を評価している。

 

ならば、誰にも負けることの無いよう、日ごろから武を磨く――自身の価値を高める――ことが大切なのだと気付いた。

 

今更かと思うかも知れない。だが、まともに渡り合える敵がいなかった恋にとってはそれが当たり前のことでは無かったのだった。

 

「こいつぁどうだい?!」

 

「……平気!」

 

「はんっ!やっぱりね!!」

 

通用しないだろうと思いつつも、馬騰は以前恋を瞬殺した巻き打ちに似た技を放つ。

 

しかし、恋は当然の如くこれをいなし、そのまま反撃へと繋げた。

 

馬騰は獰猛な笑みを更に深くする。

 

「いいねぇ!これだよ!久々に感じるこの高揚!!

 

 さあ!もっと来な!!」

 

歓喜に塗れた声を上げ、恋に迫る。

 

言葉少なながら、恋もどっしりと構えて馬騰を迎え撃った。

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

「はい……とても現実とは…………」

 

凄まじいという言葉を超えるような二つの闘いを目の当たりにして、劉備と諸葛亮は言葉を失っていた。

 

陣営に馬騰はおれども、その本気を見たことが無かったため、この闘いがまるで異次元のように映っているのだ。

 

「月蓮様と張り合うだと……?

 

 北郷……化け物め……!」

 

周瑜もまた、蜀の二人とは異なる理由ながらも驚愕を顕わにしている。

 

「お気に召したかしら?

 

 まあ、私もここまでとは思ってなかったわね」

 

三人の意識が逸れている間に至近距離まで迫った華琳が、そう声を掛ける。

 

途端、劉備、諸葛亮、周瑜の三人はビクッと肩を震わせた。

 

「曹孟徳っ!」

 

周瑜が鞭を構え、前に出る。

 

三人の中では唯一自分だけが闘えるということを理解しているが故に行動だった。

 

「貴様……護衛を置いてくるなど、我等を舐め過ぎてはいないか?」

 

チラと華琳の背後を見やりながらの一言。

 

華琳が元居たところには目元までを隠すフードを被った二人が佇んでいた。

 

その様子からするに一刀対孫堅の闘いに魅入っているようだ。

 

華琳も二人を一度返り見てから周瑜に向かって告げる。

 

「あの二人はあれでいいのよ。それが役目なのだから」

 

「ほう?つまり、我々程度に護衛は必要では無い、と?」

 

「そういう意味では無かったのだけれど、別にそう捉えても構わないわよ?」

 

挑発的な視線を周瑜に飛ばす。

 

あまりの情報過多で色々と限界に近かった周瑜は、この露骨な挑発に乗ってしまう。

 

「上等だ!曹孟徳、覚――っ?!」

 

鞭を振り被り――――しかし、それが振り下ろされる前に弾かれてしまった。

 

「鞭を武器とする者と正面から相対するのは御免こうむるわね。

 

 使われる前に無力化させてもらったわよ?」

 

「くっ……!」

 

遅ればせながら、周瑜は挽回し得ない己の失態に気付いた。

 

最早三人に抗う術は無い。

 

随分呆気なかったな、と内心でがっかりしながらも、華琳は予め決めていた台詞を吐き出そうとした。

 

「さて。それじゃあ貴女達には――――」

 

「おっと。それ以上は某を倒してからにしてもらえますかな?」

 

突如、横合いから割り込んでくる声。

 

そちらに目をやれば、赤い二又の槍を肩に担ぎ、悠然と歩いてくる武人がいた。蜀の武将、趙雲である。

 

「あら、趙子龍じゃない。

 

 どうかしら?今からでも魏に降るつもりはない?貴女の武と智、重用するわ。

 

 それに、流琉ならば貴女も唸るほどのメンマを作ることも出来るわよ?」

 

「ほう?それは確かに魅力的ですなぁ」

 

「せ、星ちゃん?!」 「星さんっ?!」

 

劉備と諸葛亮が同時に驚声を上げる。

 

その様子に趙雲は苦笑を漏らして二人に優しく告げた。

 

「大丈夫ですよ、桃香様。私は魏に降るつもりなどありません。

 

 これはただの言葉遊びです。なあ、そうであろう、曹孟徳殿?」

 

劉備はあからさまにほっとした表情をしている。

 

「あら、私は本気よ?

 

 才ある者を集めて重用するのは私の趣味でもあるし、国内の安定に繋がるのだから」

 

悪戯な笑みを浮かべて華琳はそう返した。

 

すると劉備は焦る様子を見せ始める。

 

背中越しにそれを感じ、趙雲は肩を竦めた。

 

「曹孟徳殿。あまり桃香様をいじめないで頂けますかな?」

 

「あら、残念。折角可愛い顔が見れると言うのに」

 

「ふっ、それには同意しますがな」

 

「せ、星ちゃんっっ!!」

 

二人に遊ばれていると分かって、劉備は抗議の声を上げる。

 

が、残念ながら(或いはわざとか)それは二人には届かなかった。

 

「さて、曹孟徳殿。私が来ても、まだお一人で良いのですかな?」

 

「……私はそれでも構わなかったのだけれどね」

 

目を瞑り、肩を竦めて華琳が返した。

 

その言葉の意味を趙雲は即時理解しかねた。

 

「何を仰って――――っ!」

 

再び横合いから、今度は趙雲に向かって攻撃が、文字通り飛んでくる。

 

趙雲は瞬時に気合を入れて武器を奮うことで飛来したもの――棘付きの鉄球をはじき返した。

 

趙雲が態勢を整えている間に、華琳と趙雲の間に二つの小柄な人影が入り込んでくる。

 

「華琳様には手を出させないよっ!」

 

「趙雲さんですね!お覚悟をっ!」

 

季衣と流琉だ。零に率いられ、連合本陣周辺の親衛隊を抑える役目を担っていたのだが、華琳に常に注意を向けていた零が趙雲に気付き、二人をすぐさま寄越したのだった。

 

「と言うわけで、二対一の闘いとなるわね。逆に問うてあげるわ。貴女一人でいいのかしら?」

 

「ふぅ……駄目だと申しても待ってはくれないのでしょうな」

 

「あら、そんなことは無いわよ?

 

 貴女がどうしても駄目だと言うのであれば、季衣と流琉には攻撃しないように命令もするわ」

 

その返答にはさすがに趙雲も驚いたようだった。

 

「いえいえ、遠慮しておきましょう。

 

 それをしてしまっては、最早武人ではいられますまい」

 

趙雲は一度乱されたペースを取り戻すため、言葉を切って呼吸を一つ置いた。

 

そして、改めて季衣・流琉に向き直り、槍を構える。

 

「典韋に許褚。相手に取って不足無し。

 

 常山が昇り龍、趙子龍、いざ参る!」

 

「趙雲相手でも!」 「私たちは負けませんっ!」

 

簡潔に名乗りを挙げた趙雲と叫んで気合を入れる季衣・流琉。

 

華琳、劉備達が退がったことで生まれたスペースで三人がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一定の距離を開けて無数の矢が飛び交う。

 

それらの矢はしかし、相手を捉えきれずにその背後へと消えて行く。

 

連合の右翼最前線で未だ対峙する秋蘭と黄忠の一騎討ちの様子だ。

 

視界の端に時折映る光景から、菖蒲と梅はまだまだ動けそうに無い。

 

菖蒲は関羽と互角に戦っている。実力は伯仲しているようで、早々に決着は付かないだろう。

 

梅はまたも防御に徹することで張飛を見事に止めている。一向に自ら攻撃を仕掛けて来ない梅に対し、張飛が苛立ちを覚えることで攻撃が雑になっていることも大きな要因だろう。こちらもまた、決着までは長そうだ。

 

さて、では秋蘭と黄忠の闘いはどうか。

 

こちらも菖蒲対関羽の如く、実力は伯仲している。しかし、その組とは決定的に異なる部分が一つある。そう、こちらはどちらも弓使いなのだ。

 

つまり、得物を振るえる限界――矢の数という制限が両者に存在する。

 

そして、長く撃ち合った結果、両者ともに矢の残数は非常に心許ないものとなっていた。

 

「ふむ。矢が残り少ないな。

 

 そろそろ当たってくれはしないかな、黄漢升よ」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。夏侯妙才」

 

「だろう、なっ!」

 

言葉の終わりと共に二本の速射。継ぎ矢の軌道で飛ばすそれは、一本目を弾かれることを想定して二本目で仕留めるための攻撃。

 

「疾っ!」

 

対する黄忠も応じて速射する。黄忠の放った矢が秋蘭の一本目を弾き、弾け飛んだその後ろから二本目が飛来して秋蘭の本命の矢も弾く。さらにその背後からもう一本、今度は黄忠の本命の矢が秋蘭目掛けて飛来してきた。

 

「はあっ!」

 

秋蘭は餓狼爪に宛がった金属部でその矢を弾く。

 

速射で弾き合い、偏差射撃を躱し合い、どちらも攻めきれず、決め手に欠ける状態となっていた。

 

このままではいずれどちらも矢が切れ、勝負が付かなくなってしまう。

 

それが予想出来てもどうしようも無い状態だった。

 

(むぅ……やはりこのままでは無理、か)

 

どうにか射撃の腕のみで黄忠を倒し切れないものか。そう考えて戦闘をしていたが、ここに来て秋蘭はそれを諦めざるを得ないと理解した。

 

(そうと決めたならば――)

 

「黄漢升よ。そろそろこの闘いも飽きてきたのでは無いかな?

 

 そこでだ。次の一射で、私が勝利を収めることでこの闘いを終わらせてやろう」

 

「あらあら。随分と大口を叩くわね。

 

 やれるものならやってみると良いわ」

 

黄忠は秋蘭のそれをはったりだと読んでいる。

 

実は黄忠も早く劉備の者へ馳せ参じたい気持ちが胸を焦がしているが、それを押さえこんで冷静に秋蘭に対処しているのだ。

 

冷静にならねばきっちりと対処は出来ず、冷静に分析した結果が決め手に欠ける、というもの。そして、それは秋蘭にも言えるはずなのだ。

 

黄忠は構える。如何なる攻撃も弾き返し、或いは躱し、反撃に転じるのだ、と。

 

「疾っ!!」

 

秋蘭が気合と共に再び速射。しかし、今度は腕の動きからして三射だ。

 

(ここに来て、面倒なっ!)

 

「疾っ!」

 

内心で悪態を吐きつつ、黄忠も速射三本で迎え撃つ。

 

再び一本目、二本目が弾き合う。ここまでは先ほどまでの再現。そして、今度は三本目も――――弾かれず、黄忠の放った矢は真っ直ぐに秋蘭へと向けて飛んでいく。

 

(三本目が無い?!)

 

その光景に黄忠は驚く。

 

見間違え、ということは無い。矢を射る振りをするだけ、という行為にメリットは無い。

 

ということはつまり、黄忠は秋蘭の三本目の矢を見失ったということになる。

 

(どこ?!上?!いえ、無――――)

 

非効率だが上へ矢を放って時間差攻撃を仕掛けてきたのか、と黄忠は確認するも、そこには何も無い。

 

ならば一体どこに、と考えようとしたその時、黄忠は左肩に衝撃を感じた。遅れて、激痛。

 

何が起こったのか。事象事態は理解出来る。要するに、黄忠は撃たれたのだ。秋蘭の矢によって、左肩を。

 

だが、何故そうなったのか。そこが理解出来ない。

 

左肩を撃たれた。横合いからの矢。ならば側面から一般兵に撃たれたのか。

 

普通の考えならば、そうなる。だが、今、それは無い。二人の周囲にはほとんど誰もいないのだ。流れ弾もまずもって飛んで来ない。

 

正面から射られたはずの矢が、どうしてか横から飛んできたのだ。

 

(意味が、分からないわよ……)

 

これでは弓を支えられない。紛うこと無き、黄忠の敗北であった。

 

「どうやら、一発で上手く決まってくれたようだな。運が良かった」

 

勝敗は決した。秋蘭も既に矢を下げ、黄忠に近寄って来た。

 

その頬には一筋の傷。黄忠の三射目を避けきれずに喰らった、という証拠だが、傷の深さ、戦闘継続能力への影響が段違いだった。

 

「何を、したの?」

 

「『曲射』。一刀から聞き、私なりに開発した、天の国の技術に連なる技だ」

 

「曲射……あぁ、なるほど。矢羽と矢尻をわざと……」

 

黄忠は左肩に刺さった矢の形状、そしてその技の名を聞いて理解した。

 

その矢尻は曲げて作られ、矢羽も均等に取り付けられていない。

 

このような作りの矢など、いくら射ってもまともに飛ぶはずが無い。

 

しかし。しかし、だ。秋蘭はそれを利用したのだった。

 

結果、秋蘭は世にも奇妙な、軌道が曲がる矢を作り出した。

 

ただし、この矢は弱点があまりにも多い。

 

その中でも最大のものは、射出後の軌道が安定していないことだ。

 

矢尻の曲げ方、矢羽の状態次第で毎回軌道が変化する。そんな矢なのだ。

 

秋蘭の第一声通り、手の内がバレる前に一撃で決まったのは誠に運の力であった。

 

「完敗よ……殺しなさい」

 

黄忠は目を閉じる。最早、これまで。己が運命を受け入れ、覚悟を決めていた。

 

「いや、すでに無力化したお主を殺しはせんよ。

 

 誰か!こやつを捕縛しておいてくれ!」

 

「はっ!お疲れ様です、夏侯淵様!」

 

近くで手の空いていた兵が一人、即座に反応して現れた。

 

手際よく黄忠を縛り上げていく様を横目に、秋蘭は周囲の戦況に改めて目をやる。

 

やはり菖蒲も梅もすぐには終わらない。かと言って秋蘭が加勢に行こうにも既に残りの矢は数本しかない。ならば――――

 

「秋蘭様はお兄さんのところへ行くといいのですよ~」

 

いきなり背後から風が現れ、秋蘭にそう告げる。

 

秋蘭も今まさにそうしようと考えていただけあってそこに異論は無かった。

 

「うむ、そうさせてもらおう。

 

 菖蒲と梅の援護、頼んだぞ、風」

 

「お任せを~」

 

秋蘭は風に後を託し、中央へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!いい加減どきなさいよっ!!」

 

「させんっ!!逆にこちらが抜かせてもらうっ!!」

 

連合左翼の最前線、更にその前方。

 

こちらでもまだ一騎討ちが続いていた。演者は春蘭と孫策だ。

 

驚嘆すべきは孫策だろう。まだ傷が癒えていないにも関わらず、こうして春蘭と互角に渡り合っているのだから。

 

どうやら戦の雰囲気と飛び散る血が孫策から傷の影響を忘れさせているらしい。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

果たしてこれが幾十合目か。斜め下から切り上げるという変則的な軌道の春蘭の大剣と、これまた逆方向の斜め下から切り上げて来る孫策の剣がぶつかり合う。

 

互いの得物のベクトルがかち合わず、組むことなく弾かれる。

 

その勢いをテイクバックとして、両者とも示し合わせたかのように横薙ぎ。

 

今度は組み合う形になる――――が、孫策がその形を嫌って不意に力を抜き、春蘭の背後に抜ける。

 

突如バランスを崩され、春蘭はたたらを踏みそうになるが、その二歩目で大地を力の限り蹴りつけた。

 

離れて行くはずの孫策の背に、背中合わせに付いていく形となる。

 

空中で少し身体を捻ってやれば、後は大剣の重みで身体が回る。それをそのまま攻撃とした。

 

但し、それは勢いが全くといって言い程無い攻撃。故に、孫策が掲げただけの剣によって阻まれる。

 

両者、着地。背中を見せる形になっている孫策が不利――かと思いきや、春蘭は追撃では無くバックステップで距離を取る。

 

直後、孫策が背後を見ぬままに斬りつけて来た剣が空を斬る。

 

この闘いは開幕からこっち、ずっとこの調子だ。

 

春蘭は本能に任せた型で孫策は勘に任せた型。違いはあれど、似たような型。

 

それだけに、両者の闘いにはほとんど理というものが介在せず、攻めるべきと思うところで退いたり、退くべきと思うところで攻めたりするのだ。

 

「だああぁぁっ!!」

 

これにしてもそうだった。春蘭は大振りの単発攻撃を仕掛けていた。

 

孫策はこれを受けずに避ける態勢に入っている。

 

春蘭の本能は孫策の回避、そして反撃を予測していた。孫策の勘も避けた後の反撃の道筋を閃いていた。

 

それ故に、二人の行動が狂う、そんな場面が訪れる。

 

孫策の意識から消えていても、傷の影響が身体から消え去ったわけでは無い。今に至るまでのその蓄積が、遂に火を噴いた。

 

どうなったか。孫策の足が思ったよりも動かなかったのだ。

 

慌てて孫策は剣を構える。大剣がぶつかる衝撃は、元々予定していたその後の動きの一切を不可とする。

 

一方で春蘭も、来ないはずの衝撃によって動けなくなる。

 

態勢は春蘭が大剣を振り切った形、そして孫策は剣を身体正面に持って来た状態。あからさまな孫策有利の状態。

 

その状況が齎したのか、勘を発揮する孫策の脳も疲れていたのか、孫策は素直に春蘭に対して振り向きざまの袈裟斬りで追撃を掛けていた。

 

態勢の悪い相手に追撃。それは理に適った行動。だが、それ故に春蘭の本能が麻痺から解けることになってしまったのは孫策の不幸か。

 

最終決戦に向けて準備した春蘭の努力が、遂に花開く。

 

斜め後方に低く跳ぶ。急激な方向転換に春蘭の足の筋肉が悲鳴を上げるが、それにはお構いなし。

 

大剣は持ち上げない。ただ、少しだけ横にせり出させるだけ。

 

結果――――孫策の剣は紙一重で春蘭を掠めて空振り。一方、春蘭が差し出した大剣が孫策の足を切り裂いた。

 

「ぁぐぅっ?!」

 

がっくりと孫策が膝を付く。見ずとも理解出来た。孫策は、負けた。

 

「よし!

 

 凪!今助太刀に――――」

 

「春蘭様は一刀殿の下へ!

 

 どう考えてもそちらの方が優先です!!」

 

長く、激しかった一騎討ちの余韻など無いかのように、春蘭は即座の切り替えで太史慈を倒しに掛かろうとする。

 

しかし、凪の方から助太刀無用との答えが返った。

 

凪が言い切るならば大丈夫だろう。春蘭は悩まない。

 

すぐに中央へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら!ほらほら!そらそらそらぁっ!!

 

 どうしたどうした?!手数が落ちて来てやしないかいっ?!」

 

「……まだ、まだっ!」

 

凶悪な音を奏でる剣風が止む事無く響き続けている。馬騰と恋は動き続けていた。

 

互いの身体には無数の細かい傷。しかし、そのどれもが戦闘力を損なうほどのものでは無い。

 

互いに戟を持ちながら、突き技はほとんど無い。

 

得物の重さ、自身の膂力に明かせて、鋭く薙ぐ。

 

まともに当たれば即決着。そんな攻防が続けられていた。

 

右斜めに斬り落とし、刃を返すや左斜めに斬り上げる。

 

まるで戟の重さを感じさせない馬騰の連続攻撃に、さすがの恋も息切れをし始めていた。

 

しかも、馬騰にはまだ余裕が残っているような様子がある。

 

対して、恋はかなりいっぱいいっぱいな状態だ。

 

確かに、恋は強くなった。馬騰との間に開いていた差を詰めて来た。

 

しかし、まだ差がある。僅かかも知れないが、確実に馬騰の方が地力が上であることは間違い無かった。

 

このままではジリ貧になる。言われるまでも無かった。

 

打開策は無いのか――――いや、たった一つだけだが、ある。

 

ならば使うしかない――――だが、仕合ですら対人戦で使用したことが無い。

 

であればこのまま負けるのか――――それだけは嫌だ!

 

賭けになる。失敗すれば負ける。成功しても、防がれたならば負け。

 

だが、それがどうしたというのか。元より単純な鍛錬のみでは決め手に欠けるから、と始めて手に入れたものなのだ。

 

実際に地力では敵っていない。駆け引きも得意では無い。経験値に至っては遥かに負けている。

 

恋の決め手。このために作り上げた技。今こそ、それを解禁する時だった。

 

 

 

 

 

「ふぅむ……ここまで受け流されちまうと、些か落ち込んじまうねぇ」

 

孫堅が独り言とも問い掛けとも取れる言葉を発する。

 

(よく言う……自信を失くすのはこっちの方だっての……)

 

一刀のそれは内心に留められ、口からは出て来ない。

 

恋の方と同様、こちらでもやはり孫堅優位に闘いが進んでいた。

 

一点異なるとすれば、こちらは両者ともほぼ無傷であることか。

 

一刀は孫堅に当てさせず、孫堅は一刀の攻撃に当たらない。

 

ただ、一刀の防御、受け流しには多大な集中力を要する。しかも相手が孫堅だからか、一刀の方が圧倒的に消耗が早かった。

 

こちらもジリ貧。状況は恋と同じか、それ以下。

 

ならば、やはりこちらでも新たな技を躊躇うことに意味は無かった。

 

だが、どうしてだろうか。一刀は奥の手を孫堅相手に使用することに躊躇いを覚えていた。

 

最初の交錯の後の会話の所為だろうか。奥の手を警戒されている状態では、孫堅相手では防がれてしまうかも。そんな不安が一刀の中で渦巻いているのかも知れない。

 

「にしても……いつになったら見せてくれるんだい?あんたの奥の手」

 

挑発だろうか。孫堅がそんなことを宣う。

 

「…………お望みとあらば、見せてやろうか!!」

 

奥の手への警戒は消せない。ならばもう、今使うしか無かった。

 

一刀は最大の力で奥の手を放つべく、丹田に溜めた氣を解放して全身に巡らせ、瞬時に膂力を強化した。

 

 

 

 

 

恋が動き出したのは一刀とほぼ同時だが、僅かに速い段階だった。

 

得物を大きくテイクバックし、横薙ぎ。しかし、狙うは相手の得物そのもの。

 

それは相手の武器を奪うことに特化した軌道を選択した技。

 

(……爪割り)

 

意外な一撃に馬騰は戟を横に弾かれる。

 

恋はその速度を緩める事無く、横に倒した8の字を描くような軌道で斜め下からの斬り上げに移行する。

 

狙うは再び馬騰の戟。初撃で振られ、体重移動が十分に出来ない馬騰に技自体を避ける時間は与えられない。

 

(……翼落し)

 

馬騰の戟が跳ね上げられる。その衝撃の強さに馬騰は顔を歪める。しかし、戟だけは決して放さない。

 

だが、まだ恋の攻撃は止まらない。お次はそのまま上から折り返して真下への振り下ろし。

 

丁度、4の字を右から一筆書きしたような軌道だ。

 

(……(こうら)砕き)

 

これまた狙うは戟。三度、馬騰の戟と腕が振り回される。

 

遂に馬騰の片手が戟から剥がれた。

 

馬騰の目が驚愕に見開かれる。彼女の目には、まだ動きを止めない恋の姿が映っていた。

 

恋の戟が縦振り軌道を描き終えるや、今度はまるで逆再生のように跳ね上がり始める。

 

その途中から軌道が変わり、螺旋を描くような軌道で一度軽く奥へ突いてから戟を引き寄せる。その軌道上に馬騰の残る手を巻き込んで。

 

(……鱗削ぎ)

 

得物を支えていた最後の手を斬り付けられ、馬騰は戟を保持出来なくなってしまう。

 

あらゆる束縛から解放された馬騰の戟は、重力に引かれて落下を開始する。

 

それをしかと確認しつつ、恋は腕で引き絞った戟を一瞬の溜めの後、突き出す!

 

(……龍穿ち!)

 

得物を飛ばされ、態勢も崩された馬騰に、これを完璧に避けられる余地は無かった。

 

「ぐっ……!」

 

脇腹を方天画戟で深々と突き刺され、馬騰が苦悶の声を上げる。

 

恋がゆっくりと方天画戟を引き抜くと、馬騰はその場で崩れ落ち、膝を着いた。

 

「がふっ……や、やるじゃないか、呂布……

 

 最後に一つだけ聞かせとくれ。さっきのは何だい?」

 

「……一刀の奥義」

 

「北郷の……?はっ……つまり、天の国の最高の技、ってのかい。

 

 それでやられたってんなら、武人としちゃあ本望だね」

 

馬騰は満足そうな笑みを浮かべ、そして目を瞑る。

 

「あたいの負けだ。煮るなり焼くなり好きにしな」

 

「……?別に、何もしない」

 

恋の返答を聞いて、馬騰は目を開く。そこに、特に驚きは感じられなかった。

 

どちらかと言えば、納得したような表情だ。

 

「あんたら、やっぱり――――」

 

何かを問いかけようとした馬騰。しかし、その言葉は耳を劈くような金属の擦過音によって遮られた。

 

 

 

 

 

「…………やるね、北郷。正直、想定以上だったよ」

 

孫堅が一刀に対して語り掛ける。

 

声を張り上げる必要もない。

 

何故ならば、彼我の距離はほとんど接するが如く近いのだから。

 

恋より少し遅れて、一刀もまた奥義を繰り出していた。

 

この世界に来てよりの数多の実戦経験、氣の習得、そして恋との鍛錬。それらが遂に実を結び、かつて会得出来なかった北郷流の連撃奥義をこの世界にて習得するに至ったのだ。

 

それらは簡単に言ってしまえば、単発四つの技と決め技一つ、計五つの技を繋ぎ、敵の守りを打ち砕いてから止めを刺すという理で固めた技。

 

そう易々とは抗い得ない、そんな技――――のはずだった。

 

「理に適った技だったよ。だが、だからこそ、私には読めた」

 

「…………くそっ」

 

孫堅に奥義を読まれた。反撃こそ受けなかった――孫堅でもそこまでの余裕は無かったようだ――ものの、三、四撃目と決め技を見事にいなされてしまった。

 

何がいけなかったのか。この先どうするべきか。混乱気味に頭をフル回転させる一刀に対し、孫堅の言葉が突き刺さる。

 

「それにあんた、既に随分血を流してんだ。

 

 いくら氣で強化してこようが、鈍った動きじゃあこの私は仕留めらんないよ?」

 

「な……っ?!」

 

孫堅に言われるまで気付かなった。気付けなかった。一刀は右脇腹をいつの間にか切り裂かれていたのだった。

 

重傷では無い。だが軽傷では決して無い。そこそこの深手。

 

今でもじわじわ続く出血が徐々に一刀から精細さと速さを奪ってしまったのだった。

 

「さて。それじゃあ、これで終わり、かねぇっ!!」

 

「ぐっ……!」

 

孫堅の斬撃。これをどうにか刀で受けるも、受け切れずに吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされた先で着地後、一刀は膝を着いてしまった。いつの間にか膝が砕けるまでに消耗させられてしまっていたのだ。

 

(くっ……!ここまで、か……)

 

ここまでなってしまってようやく悟る。一刀にはどうやら、既に勝ち目は無かったらしい。

 

(春蘭、秋蘭……すまない)

 

心中で謝罪する。それは心までもが敗北を受け入れたことを示す。

 

「ふむ……満足はしたが、ちと残念だね。

 

 取り敢え――――はっ!!」

 

勝者たる孫堅がゆっくりと歩み寄って来ようとしたその時、横合いから矢が飛来する。

 

続けてもう一本。これもまた弾こうとする。が。

 

「ぬぅっ?!」

 

矢を受けた剣が、矢とは思えぬほどの衝撃に襲われ、歩みを止めるどころか後退してしまった。

 

「はああぁぁぁっっっ!!!」

 

「ちぃっ!!」

 

続けて逆側の横合いから大剣を携えて斬り込んでくる人影。

 

こちらに対しては初撃から孫堅の勘が騒いだ。受けてはならないと騒ぐ勘に従い、孫堅は更に大きく後退する。そして態勢を立て直した。

 

その間に二人の人物は一刀の前に立ちふさがる。

 

「一刀!大丈夫なのか?!」

 

「手酷くやられたわけでは無いようだが……一刀が苦戦するとはな」

 

「春蘭……秋蘭……どうしてここに?」

 

二人は先程心中で謝った相手だった。

 

思わず一刀の口から問い掛けが出たが、その答えは分かり切っている。二人は勝ったのだ。

 

「あんた達もやるねぇ。

 

 今の攻撃について聞きたいところだが、今はどいてな」

 

「どくわけが無かろうっ!!」

 

春蘭が吼える。

 

「今までは救ってもらってばかりだったのだ。今回くらいは我が身を盾にしてでも一刀を守らせてもらう!」

 

秋蘭が気合を見せる。

 

そんな二人の姿に、その心に、一刀は今の自身の姿と心を恥じた。

 

(何を……何を諦めていたんだ、俺はっ!!

 

 この二人の願いを叶えて恩を返すのだと、誓ったじゃないか……っ!)

 

一刀はゆっくり立ち上がる。

 

見れば、春蘭が更に孫堅に対して吼えようとしていた。

 

「待ってくれ、春蘭。それに、秋蘭も。

 

 孫堅との決着だけは、俺に付けさせてくれ」

 

春蘭も秋蘭も、振り返り、何を言いかける。が、一刀の覚悟と意志を込めた眼を見て、その口を噤んだ。

 

二人とも黙って頷き、道を開けてくれる。

 

言葉を交わさずとも理解してくれた事に感謝と喜びを感じつつ、一刀は孫堅を睨みつけた。

 

両足を踏ん張ってみる。大丈夫だ。ぐらつかない。

 

あと一撃。どうあってもそれが限界だろう。

 

「待たせたかな、孫堅さん。

 

 それと、悪いが次の一撃で決着だ」

 

「ほう?そりゃ、勝っても負けてもってことだね?」

 

「ああ、もちろん」

 

保険として丹田で溜め残しておいた氣もあと僅か。

 

これを起爆剤にし、最後の一撃とする。そう決めた。

 

一刀は蜻蛉の構えを取る。最後の一撃ならば、これしか無いだろう、と。

 

孫堅は構えを変えない。それが彼女の構えとして既に完成されているのだと示すように。

 

僅かな沈黙。そして――――

 

「はあああぁぁぁっっ!!」

 

「きぃえええぇぇぇっっ!!」

 

裂帛の気合が篭められた孫堅の声と、奇声のような声量で気合を底上げした一刀の声がぶつかる。

 

一瞬の後、一刀の斬り降ろしと孫堅の斬り上げがかち合った。

 

爆発したかのような衝撃音。鍔迫り合いには至らなかった。

 

パキィンと呆気ない音を残し、一刀の刀が――――折れた。

 

そのまま柄と僅かに残った刀身が振り下ろされる。

 

孫堅の剣は、一刀の刀を砕いた後、そのままの軌道で一刀の肩口を切り裂いて抜ける。

 

(まだ……まだ動けるっ!!)

 

斬られたのが肩ならば即死はしない。

 

全身の氣を搔き集めるが如き集中。腕に、ただ腕だけに、ひたすらに。

 

(せめて一傷を、孫堅に……っ!!)

 

下まで降りた剣をVの字を描いて跳ね上げる。

 

かつて。本当にかつてのこと。夏侯家に拾われ、初めて春蘭と仕合をした時にも使用した、一刀の祖父が得意とする技、比翼斬り。

 

蜻蛉の型、雲耀の剣から派生する追撃の技。これに正真正銘、一刀の全てを賭けた。

 

刀身の無い一刀の刀が孫堅を斬り上げる形で振り抜かれる。

 

同時、孫堅が斬り返した剣が一刀の脇腹を喰った。

 

互いに得物を振り抜いた状態ですれ違う。

 

そして。

 

「…………ちく、しょう……」

 

一刀が、倒れた。

 

一刀ははっきりと目にしていた。自身の踏み込みが足りなかったことを。

 

短くなった刀身を、孫堅の身体まで届かせることが出来なかったのだ。

 

「はっ……やるじゃないかい……」

 

孫堅はダラリと剣を降ろす。

 

周囲の者は皆、自身の戦闘も忘れてこの交錯を凝視していた。

 

その誰もが思った。もう数瞬の後、孫堅が勝ち名乗りを上げるのだ、と。

 

ところが――――

 

「こんな攻撃が、あったとはね…………」

 

突然、孫堅は胸元から肩口にかけての範囲から血を噴き出し、前のめりに倒れ伏したのだった。

 

 

 

異次元のような戦闘を繰り広げていた四者が皆、動かなくなった。

 

否、恋だけはまだ立っている。

 

その恋が、華琳をじっと見つめている。

 

華琳は我に返ると、一度恋にはっきりと首肯して見せ、声を張り上げた。

 

「劉玄徳!降伏なさい!もう勝負は決したわ!!」

 

劉備は未だに呆然と馬騰を、孫堅を見ていた。

 

ただ、頭は理解が追いつかずとも、心は全てを理解していた。

 

「曹操、さん…………私達連合は、魏に……降伏、します」

 

その言葉をどうにか絞り出す。

 

華琳は満足気に頷き、朗々と宣言した。

 

「今この瞬間、戦は終わった!!

 

 皆の者、武器を下げよ!!

 

 負傷者を集め、この場へ運べ!!

 

 それと、我が陣後方より彼の者を連れて来なさい!!」

 

この華琳の言葉が、長きに渡って大陸の覇権を争って降り注いだ戦火の終結を告げる鐘となった。

 

 

 

開戦から僅かに一刻弱。最終決戦にしてはあまりに短く、しかし妥当以上に濃密な戦闘となったのだった。

 


 
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