……曰く、学校とは社会の縮図らしい。
そんな実感は俺にはないし、「ゲッツ」と同等以下程度で語り継がれている言葉だ。
かつて大人が自分達の都合の良いようにこの言葉を使っていたが、今は使う奴なんてそうはいない。
……ま、事実なんだけども。学校も職場もこう雰囲気が良く似てるとまあ嫌でも実感してしまう。
俺らみたいな校内カウンセラーが出るよーになった所を考えるに、今や学校の環境は現代社会のそれと大差なくなったのだろう。
「みんな我慢してるんだ」「世の中にはお前よりも不幸な奴が居る」「努力もしてないのに出来ないと決め付けるな」ってな感じな頭の悪い言葉で生徒を追い込む奴らが増えてるしなぁ
他所の事情など自分達だって気にしないクセにさ…仮にそう言い返されたら逆上して「今はそんな事関係ないでしょ」とたとえ話を自己破綻させて開き直る…救えねぇ。
何も分かってない、何も知らない子供達は、大人たちの自尊心ばかりが詰まった言葉を刷り込まれて大きくなっていく。
そして生まれた自分の子供に自分達がされた事をやるだろう……仕返しとか以前に、それが正しいことと誤解したまま。
人間っていうのはとても頑固なもので、考えを即座に変えられない癖して自分と違う考えを無理にでも変えようとする。
それが自分にも他人にもストレスになって、人間関係も険悪なものになっていく。
そんな世の中だからか、心が病んだり壊れたりする奴が多くなっていく。原因は学校だけに留まらず、近所や家庭といったどうにもならないものも多い。
「自分をコントロール出来ない」とかいった具合で原因が自分にあると思い込んでる奴には要注意だ……常日頃から鬱憤が溜まっているのに周りに抑え付けられてて何時爆発しても可笑しくないタイプが多い。
論理的に頭ごなしに説教して来る親や教師がやたらいるが、俺からして見れば逆効果だ。それを理解出来る奴なら違和感を覚えるし、理解できない奴にはちんぷんかんぷんだ。
「わかった!?」で大声上げて有無を言わさず返事をさせれば、説教した側は気分が良いだろう、怒鳴り散らしてストレス発散になったしな。だがされた側はイライラが募るばかりかトラウマになって内向的になっていく。
反射的に「返事は!?」「分かった!?」「『はい』は!?」と大声を上げだす障害者がいたりするのが良い証拠だ。
まあ説教する側もそれしか教育方法を知らないわけだから、最早世直しでもしなきゃ根本的な解決はしなさそうだなぁ。
そもそも自分をコントロール出来る奴なんて、数える程しかいないんじゃないかな?
……稀に、自分をコントロール出来てる奴がいたりする。だがそんな奴こそ一番ヤバい。
周りに求められる為に必死に「努力」して、周りに期待されていて、けれどそれに慢心せず「努力」し続けて来た。
「努力」ねぇ……これ以上無いほど薄っぺらくて軽い言葉はねぇよ。そいつこれまでやって来た事をその言葉で片付けられてしまう世の中は全くもって狂ってやがる。
そいつはこの学校の女子生徒でな、性格は心優しく直向きで、礼儀正しく尚且つ美形。男子だけでなく女子にも大人気だった……いわゆる白馬の王子様系統だな。
成績も優秀で問題行動も無し、これいじょう無いほど模範的な生徒だった……そう、これ以上無いほどにな。
辛そうな顔も苦しそうな顔も見せず、近所でもよく手助けしてくれる良い子だったと評判だった……ある時までは。
ある日、男子生徒がプリントを渡しに珍しく欠席した女子生徒の家に上がりこんだ。その翌日、二人は付き合うようになっていた。
……いや正しくは、女子生徒が男子生徒に一方的にべったりくっついてたんだが。
そこから様々な考察が飛び交う中、「弱みを握られてる」だの「脅されている」だのといった噂が流れ込み、男子生徒は周囲から酷い目に遭うようになった。
女子生徒を慕っていた奴らからのイジメ、教師達からの言いがかりと頭ごなしの説教、女子生徒の家の近所からも陰湿な嫌がらせもあった。家族にも信じてもらえず、妄想だけで叱ってばかりだったそうだ。
その男子生徒が俺ん所に来たのも教師側から「何をやったのか、何故そうしたのか」というのを尋問する為に連れられたようなもんだから本当に酷いもんだ。
ただその男子生徒のやつれ具合から、何か悩みがあるのは確かっぽいのでそこが気になって聞き出す事にした……そこで例の女子生徒の異常性が判明したんだ。
話によると、プリントを渡しに言った日、そいつはなんと自分の胸を切り落とそうとしていた……てか今まさに片乳下部分にハサミを入れていた時だったと言う。
男子生徒は必死になって止め、女子生徒は「皆に応えなくちゃ」と言って続行しようとした。
……何でもある女子達の話を聞いて大きくなった胸を削ごうとしていたらしい……滅茶苦茶だ。
これまで家族に近所、更には学校……色んな奴らの期待に応えようと「努力」してきたらしく、いっつも相当無理がかかっていたらしい。
けれども自分をコントロール出来てしまうが故に「まだ出来る」「まだやれる」と自覚できず、家族もその異常性に気付いたのは、騒ぎに気付いて駆けつけたその時からだったと言う。
本当の気持ちを隠し通してこれまで辛い思いも抑え込み、身も心も削ってまで周りに応えようとしてきたが、それを必死になって止めに入り、自分に以前とは別の生き方をくれた男子生徒に依存と好意を持ったらしい。
ただ当の本人は周りにから辛く当てられるようになった上に、「貴方は私にどうなって欲しい?」と強くせがまれ、「女の子らしい可愛い子」とあの時思いつきで言って良かったのかと悩んでいたようだ。
その翌日、俺は男子生徒と女子生徒、そしてそれぞれの保護者との変則五者面談を行った。その時の状況報告を、こと細かく記した書類とこっそり仕込んだボイスレコーダー(提出前に許可確認済み)を用いて説明した。
近所の方には女子生徒の家族の方から説明をするようで、男子生徒の家族も誤解してた事を本人に謝罪した。
……とはいえ未だに信じてない奴らがいるようで、あの二人の前にはこれからも多少の障害が阻むことだろう……まあそうでなくてもしばらくは俺のカウンセリングを受けてもらうんだが。
……結論を言うと、人間社会は根本的に歪んでいる。第一印象よりも根も葉もない噂が信じられ、凝り固まったイメージから外れるものを信じようとしない。
例え真実を突きつけても、当たり前のように嘘の方を信じ続ける。
身も心も削る所業を「努力」の一言で片付けられ、自分に都合が良いからとその奥底の苦悩に興味を持たない。
何時でも何処でも我慢を強いられるあまり、心が壊れた奴も増えてきている。
社会在る限り、人の悩みが尽きる事はないだろう。犯罪が無くなる事はないだろう。争いがなくなることは無いだろう。
たとえあの世が在ったとしても、天国や地獄は存在しないだろう。何せそんなものがあの世にある必要なんてない……この世が地獄そのものだ。
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