犯罪組織マジェコンヌの壊滅から三年後…ゲイムギョウ界は混沌に満ちていた。
市民団体の活発化、プラネテューヌの女神の不在、何者かによる重役達の汚職や不正の暴露。
不正を暴かれた彼らと深いつながりを持っていた教祖達まで国民に疑われ、国に対する不満は過去最大と言って良いのかもしれない。
シャット家の一家殺害の主犯が叔父であるイヴォワールさんだと知った時のチカさんの顔は、今も深く印象に残っている。
……国のもみ消しや圧力を容易にすり抜け、闇に葬られていた真実を人々に広められるのは、同じように闇に葬られた人でしか出来ない。
犯罪組織の残党狩りの依頼をこなし、それが済んだら依頼した事をもみ消され、組織の残党として国に追われていた彼でなければ出来ない事だった。
彼の名はリンク・ワーカー……ただ生き延びたいが為にゲイムギョウ界を殺しかけた男。
雇われ、使われ、裏切られ、追われ、懸賞金をかけられ、逃げ回る日々を送っていた彼に選択の余地など無かった。
追っ手を殺して物を奪い、奪った物で別の追ってを殺し、その合間に市民団体に紛れ込み、知り得た情報を広め伝え、少しずつ、されど着実に布石を打ってきた。
そんな彼も、一斉捕縛された市民団体に偶然紛れ込む形で漸く捕まった。
何も描かれてない真っ白な仮面を外し、彼の素顔を見る。
その顔に生気は無く目は虚ろ、全てを諦めたかのような顔だった……否、本当に諦めていたのだろう。
ただただ生きたかった。奪わなければ奪われていた。そして今、全てを奪われて空っぽになったかのような表情で私を見る彼を見て、私は彼を利用する事にした。
国が滅びかけたきっかけを作ったとはいえそれは結果論に過ぎず、使い方次第で彼はゲイムギョウ界にとっての切り札になり得るだろう。
私の補佐に付かせて数日、未だに帰ってこない女神二人の代わりに討伐任務をこなしたり、休憩中の私のマッサージとメンテナンスをこなしたりと中々に有能だ。
物覚えが良いのか仕事もスムーズに片付けられる。三日教祖とかポンコツ教祖とかいう不名誉なあだ名はこれにて返上されるだろう。
部下の功績は上司の手柄とは良い言葉もあったものです……何故私はこうまで人間に近いのでしょうか。
この時は仮面をしていなかった彼をあのリンク・ワーカーと解る者は誰もいまい。
知っているのは私一人なものだろう。ふとそう思うと、不思議と優越感を感じた。
ある日私は床に伏せていた。病とは縁遠い人工生命体である私でも、過労によるオーバーヒートは起きるものだ。
市民団体の騒動がとうに過ぎたとはいえ、その後の後始末の多さは計り知れない。
修理修繕治療に哀悼、加えてコピー女神とキセイジョウ・レイによって生じた女神への不信感の払拭。
……何せ事件の首謀者を討ったのは女神ではなく、神出鬼没で正体不明の怪物だったのだから始末が悪い。
「犯罪神と四天王が救ってくれた」と正気を疑うデマが流れてしまい、ゲイムギョウ界のシェアは下がる一方だ。
対策を執るにも効果は薄く、他になにかないかと容量無視の思考をしていたらこの始末。なんとも情けない。
彼を雇ってから、優越感と共に湧き上がっていたものがあった。今も彼は私の仕事をこなしているのだろう……【私以上に】
「私は殺す事しか能の無い奴でね」……心から発している彼の口癖だ。
しかし私以上に仕事をこなし、私の役割を全うしている事実がある以上、取って代わる気ではないだろうかと疑いたくなる。
私の存在理由が、価値が、居場所が根こそぎ奪われてしまうのではないかと……
逸る気持ちで事故修復が滞り、自己嫌悪の影響か症状が悪化して機能が落ちる。
仕事が一段落着いてお見舞いに来た彼の顔を見れなかった。
そんな私に彼は「見たくないなら見ないで良い」と言い、立方体の装置を置いて立ち去って行った。
解析をして見た所、私のアップグレードの為のツールのようだった。
次元の歪みから出現した私とよく似た個体のバックアップに私の同系機の残骸を組み合わせて彼が作ったと職員から聞いた。
理論上は大幅なアップグレードを期待できるが、私自身にどのような影響が出るかは全くの未知数だ。
しかしこれ以上教会に迷惑をかけるには行かず、自己の存在意義がなくなる不安も重なった私は、恐る恐るアップグレードを試みた。
これまで味わったことの無かった感覚と刺激、そして身体の底から生じる熱に悶えながら、私は生まれ変わった。
アップグレードによって性能が格段に向上し、なんと頭身が成人女性と同等になれる機能を獲得した。
色々と大きくなって嬉しいのだが、これ以上騒ぎを増やしたくないので身体変化機能の事は秘匿とする。
アップグレード当時に異変を察して駆けつけたワーカーに裸体をみられ、我を忘れて教会を半壊してしまったからだ。
目撃者が意外にも多く、魔法を乱射して教会を半壊させながらワーカーを追いかけ回した全裸女が
口の堅い彼にも釘を刺しておいたから大丈夫だろう……何だか自分の首を絞めた気がしなくもない
ワーカーを補佐につかせて解った事ですが、根が優しくて気配りも良く出来……そしてとても殺し屋をするとは思えない位に穏やかな性格でした。
何故殺し屋となったのかを尋ねると、彼はきょとんとした顔で「別に面白くないよ?」と言った後、自分の出生と過去を語りました。
彼はなんと、イヴォワールさんによって殺されたシャット家の生き残りだったそうです。
共に逃げていた執事も追っ手と刺し違える形で殺され、たった一人で貧民街にたどり着いた彼は、奪うか奪われるかの環境で生き残っている内に殺し屋になっていたそうです。
普通なら奪われつくされ終わる筈な所を、生への執着と死への恐れだけで必死にこの世にしがみ付いて今に至れたのには驚きましたが、同時に哀れみました。
漸くネプテューヌさんとネプギアさんが帰って来て、私の肩の荷も下りました。
けれどゲイムギョウ界中の女神不信は止まりません。
暴動が巻き起こり、女神達がその鎮圧に当たりました。
度重なる暴動の鎮圧に女神達の心労が募り、特にネプテューヌさんは目に見えて疲れていました。
そしてついに彼女は……望まぬ殺人を犯してしまいました。
それ以来、彼女は病みました。対照的に「扱いが酷い」と俯いていたネプギアさんが段々明るくなって来ました。
私達に出来る事は、何もありませんでした。
四大国の雇われとして暴動の扇動者を暗殺する裏仕事をこなしていたワーカーさん。
お互いに時間が出来たので、彼の勧めで一緒に遊園地に行きました。
私は断ったのですが、柄にも無く彼が手を引いて、仕方なくお忍びで頭身を変えて変装してこっそりと。
「君は誰よりも働いているんだ、これぐらいは問題ないだろう?」と簡単に言わないで欲しいです。
そもそも私がこんな…人みたいな…本当に人のような姿になって、人のような体験をするなんて思わなくて……
不本意ですが楽しんでいた自分がいて、その事に何よりも自分が驚きで……仕事のしすぎでしょうか、顔が熱くて頭がぼうっとします。
初めはそれこそあまり感情を出さなかったワーカーさんが、今では教会の誰よりも人間臭く感じます。
彼に信仰は無く、崇拝も無く、忠誠もありません。ですが拾った私への恩義がありました。
「何故そこまで楽しそうなのか」と彼に問いかけると「君のお陰だ」と即答されました。
きっかけは彼が自分の過去を打ち明けた後、私が哀れんだ顔をしたあの時からだと彼は言いました。
これまで同情も哀れみも得られなかった彼は、それだけで救われたそうです。
「ありがとう」と言って微笑んだ彼の顔を見て、遊園地で調子が可笑しかった理由が解りました。
どうやら私は、彼の事が好きみたいです……それも人間の異性のような恋をしているみたいです…………自覚をし出すと恥ずかしいものですね。
とある親子を見ました。父と母と子が仲睦まじく手を繋いで歩いていました。
私はとても愛しくも、羨ましく思いました……「あの夫婦が私と彼であれば」と。
けれどそれは叶わぬ夢。私は人工生命体……例え彼と交わっても産める身体をしておりません。
けれど彼は人、私より先に逝ってしまいます……だから遺したいのです。
募り募った思いが掛かり、押し潰されてしまいます。
子を産めないのならば作り出せば良い。作り出せなければ作り変えれば良い。
材料はある。躊躇う事も無い。彼の子を成せるならば。彼との愛を成せるならば。
彼の遺伝子と私のデータ、そして被検体に丁度良い幼い子供……大丈夫、心が壊れても後から創り換えれば良いのです。
名前は付いているそうですから、苗字を付けてあげましょう。私と彼の子として担う者……
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これは、ある人工生命体の記録から、人に近くなる前後の部分を切り取った、ものである