No.936915

2つの小さなお話 その2

「半日戦争」カノサガ、「夜の森」LOSロスサガの2本立てです。

2018-01-10 11:02:20 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1202   閲覧ユーザー数:1198

半日戦争

 

 

ソファにどっかりと深く座り、腕組みをしたままカノンはじっと正面を見つめている。口元に笑みを浮かべているが、どちらかといえばタチの悪い企みの笑顔だ。彼の視線の先にはサガがいた。彼の方は項垂れて椅子に座り、カノンとは目を合わせずにずっと下を向いている。憔悴しきった兄の姿にカノンは満足した様子で口を開いた。

 

「オレの苦しみがどれほどのものか、お前にも知ってもらいたい。」

 

「わかってる。お前には本当にすまないと思っている。」

 

サガは項垂れたまま何度か前髪をかきあげた。

 

「あの水攻めの凄さといったら……しかもあんな身動きとれない場所で…」

 

「もし同じ状況が私の身にも起こるなら、その時は私も抗うことなく受けてみせよう。とにかく今は…」

 

「まだ話が済んでいないぜ兄さん。」

 

カノンの言葉にサガは顔を上げた。弟の不敵な笑みに思わず視線を逸らす。挑発にのってはいけない…そう自分に言い聞かせながらサガは極力優しい声を出した。

 

「お前の要求はいつでも最優先に受け入れているつもりだ。でも足りないと言うなら…仕方ない。これ以上私はどうしたらいい?」

 

やった、というカノンの歓声が聞こえてきそうだ。ついに折れたサガに、カノンは嬉しそうに身を乗り出した。

 

「これから毎日一緒に風呂に入りたい。」

 

弟の申し出にサガは思わず首を横に振りそうになったが、それでは話が進まない。何とか考え直してもらえないか、サガは返事につまりながら答えた。

 

「風呂は私の一番の楽しみなんだ……それぐらいは一人でゆっくり入らせてもらえないか?」

 

「ダメだ。とにかくお前は入浴が長過ぎる。段取りが悪い証拠だ。どうせ髪の毛も一本一本丁寧に洗ってるんだろう。お前が出てくるのを楽しみに待っているこっちの身にもなってみろ。」

 

「うぅ………」

 

「いいか、これからはオレが短く入る手順を教えてやる。素直に学習しろ。」

 

「お前みたいに20分で出なきゃいけないのか……はぁ〜…慣れるしかないな……他には?」

 

「旅行も全然行ってない。共稼ぎで金は貯まる一方なのに、それぐらいしてもいいだろ?オレはお前と二人で行きたいんだ。地中海はもう見飽きた。」

 

「私たちは交代出勤だから仕方ないが……まあそこは今度女神に進言してみよう。他は?」

 

「食事の後のデザートをもっと増やせ。ただしお前の手作りでないと嫌だ。オレが頼んだやつを作ってほしい。」

 

「自分の年齢を忘れたのか?」

 

「可愛い弟の特権だ。文句があるなら」

 

「いいよ、いい、わかったよカノン。お前の好きな物を作るよ。それぐらいでいいだろう?そろそろ許して……」

 

「まだだ。本当の要求はこれからだ。」

 

カノンは再び背もたれに深くもたれかかり、自信たっぷりの表情を浮かべている。

 

「オレが欲しいと思ったときにはすぐにキスをしてもらう。」

 

「いつもそうしてる。」

 

サガはため息まじりに即答した。端から聞いたらとんでもない会話である。しかし二人にとってはごく当たり前の事だった。15歳で決別し、一度は互いに命まで無くしたが女神の御慈悲で無事に復活、28歳で再会してその後一緒に暮らすうちに何とカップルになってしまった。どちらかが強引に仕掛けたわけではない。ある日、キッチンで並んで後片付けをしているうちに思わず見つめ合い、唇が重なり、その夜のうちに恋人同士になってしまった。弟が兄を愛するという構図もまったく自然のうちに成し遂げられた。事の重大さに最初は呆然としていた二人だったが、女神はおろかギリシアの神々の罰もないために今は何の罪悪感もない。何人も立ち入らせない二人の深き愛は、彼らに気がある者たち全員を号泣させた。

 

「キスだけじゃない。それ以外の欲しいものも必ずもらう。」

 

「だから、すでにそうしてるだろう?」

 

「これは念押しだ。いろいろとこっちも心配なんでね。」

 

「カノン、それはどういう意味だ?」

 

弟の言葉が妙に引っかかる。サガは少し強めの声色で尋ねた。

 

「……あいつと会うな。会ったらオレが許さん。」

 

「アイオロスの事か?」

 

カノンは頷いた。あまりにも無謀な要求にさすがのサガも黙っていられない。

 

「仕事で必ず会うだろう? 黄金聖闘士を辞めない限り叶わない望みだ。もっともそんな事が許されるわけがない。」

 

「引退すればいいじゃないか。その代わり弟が正式な双子座に着く。悪い話じゃない。お前には家庭を守ってほしいんだ。」

 

家庭を守るという言葉に反応して、サガは少し恥ずかしそうな素振りを見せた。いつもは凛としているくせに、こういう時は妙にいじらしい。

 

「それとも、あいつとお前が両方出勤の日はオレが入れ替わってやろうか? 一日中、礼儀正しく天使みたいな笑顔で振る舞ってやる。双子なんだから誰も気づかんだろ。」

 

「バレるって…」

 

サガが頭を抱えて本気で悩みだしたので、カノンは声を上げて笑った。

 

「嘘だよ兄さん。あいつ、オレたちの事知って撃沈したくせに、すぐケロっとして未だに兄さんに近づくからさ。天然というか無神経というか相当図太いヤツだ。」

 

「カノン、冗談がキツいぞ。」

 

ムッとしたサガにカノンは微笑んだ。愛するサガにしか見せない穏やかな笑顔だ。

 

「ごめん。兄さんが誰にでも優しいからつい束縛したくてね。まあこれ以上兄さんを困らせたくないし…いいよ、デザート増やすくらいで他は許してやるよ。」

 

「本当か??! じゃあ、この兄の所業を許してくれるのだな?」

 

「ああ、いいよ。」

 

「よかった……」

 

長かった交渉がようやく終わり、サガは感極まった様子で滲んだ涙を拭った。

 

「さてと。」

 

サガは笑顔で立ち上がるとテーブルに置いてあったトートバッグから財布を取り出し、お札やカードを確認している。

 

「…………なあ…おい。」

 

「帰りに買い物もしたいし……ん、何だ?」

 

カノンはさっきまでとはうって代わった真剣な顔でサガを見つめている。

 

「…………本当に行かなきゃダメか?」

 

「カノン、お前は長時間に渡って私を苦しめた。お前はこの兄に恥をかかせるつもりか?!」

 

投げ返された厳しい口調に、カノンは険しい顔のまま目をつぶった。サガは、そのまま立ち往生を決め込むカノンの手を強く掴むと、引きずるようにして彼をアテネ市街の歯医者に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

夜の森

 

 

視線の端で黒真珠のような光がチラチラと瞬く。私の顔に自分の長い髪が降りかかるのも気にせず、先程からサガは私の身体を跨いで乗り上げ、ずっと口付けている。両手でしっかりと私の頬を包み込み深く唇を合わせているが、その動きはどこかぎこちない。瞼を閉じ、私に侮られないよう一生懸命キスする姿はなんとも健気で初々しい。サガの拳は星を砕くほどの驚異を秘めているのだから、それを思えば今の彼の姿は奇跡にも等しい愛らしさだ。すぐにも愛したい欲求が沸き起こり胸が疼く。しかし油断はできない。調子に乗って彼の腰を撫でていた手をずらし、少しでも上着の裾の中に入れようものなら、彼は途端に怒りを見せて私の手を強く叩くだろう。癇に障るとすぐにシャーッと声を上げ、爪を剥き出して飛びかかってくる猛獣そのものだ。

 

今日は仕事が早くあがったので、一緒に任務に着いていたサガに人馬宮に寄るように誘った。16年ぶりに再会してから当たり前になった習慣だ。サガはいつも無言でうなずき、私のプライベートルームまでついてくる。部屋へ入るとすぐに身体から聖衣を振り払って外し、普段着の姿で私よりも先にベッドに寝転がる。疲れたように目を閉じたまま何も言わない。いつもは私からすぐに触れたりするが、今日は彼の横に寝そべるとそのままじっと彼の顔を眺めた。彼は私が触れてくるのを待っている。それはわかっていたが、私はわざとそうしなかった。お互いの静かな呼吸音だけが部屋に響いている。あまりに何も起こらないので不審に思ったのか、ついにサガの瞼がぽかっと開いた。表情を変えないままキョロリと瞳だけがこちらを向く。その凄絶な美しさに私は改めて「ああ、復活して本当によかった」と思うのだ。濃く長い睫毛に縁取られた2つの淡い宝石。右目はファイヤーオパール、左目はブルージルコン。珍しいオッドアイというだけでなく、これほど澄んだ虹彩を持つ瞳はたとえ神々でもそうはいないだろう。一見切れ長の鋭い眼光のように見えるが、彼の瞳は意外と大きい。この圧倒的な輝きがいつも私の心を射抜くのだ。

 

”いかなる神の手や目が、汝のすさまじい均整を創造したのか”

 

彼の瞳を見るたびに私はブレイクの詩の一節を思い出してしまう。もとはトラの精悍な肉体に人間の激しい精神面を重ねて賛美した詩なのだが、彼の容姿にも性格にもぴったりの言葉に感じる。聖域随一の美と名高いのは魚座のアフロディーテだが、夢のように美しい彼とサガの美しさには決定的に違う所がある。

サガの美貌は、相手に畏怖の念を抱かせるのだ。まさにトラのように。

 

「綺麗だな…君の瞳は。仲間たちにも言われるだろう?」

 

「私に関心を向ける者などいない。お前以外には。」

 

「そうかい?こんな美人なのに?」

 

「皆、私には近寄らない。」

 

「それは好都合。」

 

サガの返答に内心ほっとする。彼は気づいてない。聖域の者たちはサガが通れば必ず彼を振り返る。思わず顔を赤らめる者もいるし、彼の全身を無遠慮に隅々まで眺める者もいる。その中で、これほどの至近距離でサガを眺める事ができるのはやはり私だけだ……

満足気な私の顔をサガは相変わらず無表情のまま見つめ返してくる。先ほどから彼が何を言いたいのかわかっていたが、私からは言わない。サガから言ってほしいのだ。さすがに業を煮やしたのか、サガは眉間を一瞬だけ寄せて言った。

 

「なぜ何もしない?」

 

「君だって。」

 

私は余裕の笑みを浮かべて言い返したので、彼は目に見えて不機嫌なオーラを漂わせた。彼のイライラが次第に大きくなっている。私はとどめの一言をわざと明るいトーンで言ってみせた。

 

「自分から仕掛けるのって、恥ずかしい?」

 

途端にムッとした顔のままサガは起き上がり、私の身体を跨いで固い腹筋の上に勢いよく乗り上げた。力の加減など一切ない。どしんと思いきり腹に座られ、呻き声が洩れた。

 

「うぉっ…お、お前なぁ!……恋人にはもっと優しくするものだぞ。」

 

サガは何も言わず、そのまま勢いよくキスを始めた。まるで戦っているみたいなキスだ。思い通りのサガの行動に私は笑みがこぼれそうになるのを必死で堪えた。

 

 

サガへの気持ちに気づいてしまった頃、彼のようなイメージの女性がいないか随分探したことがあった。長く艶やかな黒髪、クールビューティーで口数の少ない大人の女性……何人かそれっぽい人と出会えたが、付き合っても長く続かなかった。聖域でサガ本人と会う度に私の交際は徒労に終わってしまう。考えてみたら、どんなに似ていてもその人はサガではないのだから仕方ない。こうして想いを遂げられないまま、私は一度この世界から消えた。

 

サガの方はどうだろう? 私がいなかった16年間、誰かが彼の側にいたのだろうか?……そう思って悶々としたが、それも余計な心配だった。機嫌を損ねた時の戦闘的なキスや、自ら私に触れる時の戸惑うような仕草を見る限り、おおよそろくな経験がない。しかしそれも仕方ない事だ。今になって私は「サガの本心」をようやく理解した。サガにとって相手が男だろうが女だろうが、そんな事はもう意味がない。無邪気で明るく華やかな子だろうが、優しく包容力に満ちた大人だろうが、どれほど完璧な者でも彼の目には映らない。

 

だってこの子は、最初からこの私にしか関心がなかったのだから。

 

最後の戦いで天馬座の少年と一体化した時、サガの姿を確認した。私への嫉妬が高じてあんな化け物になってしまうなんてあまりにも滑稽でちょっと引いたけど、それほど私への執着が強かったのだと知って、不謹慎ながら私は嬉しくなった。

そして心から願った……

どうあっても彼を救い出し、私は絶対に復活しなければならない。

もう一度、絶対に彼に会わなければならない……

すべてが終わった後、若き女神は私の願いを聞き入れてくれた。

 

仲間たちは、私がサガに何らかの罰を与えるだろうと思っていたらしい。16年間聖域をメチャクチャにした彼の所業をそう簡単に許せるわけもなく、その犠牲者の筆頭が私だったからだ。でも、そういう野蛮な事は私は大嫌いだ。私がしたかったのは、彼を愛すること……力での制裁なんかより、プライドの塊であるサガには、こうやって愛し合う事や慈しみや優しさを与える方がよっぽど彼の身に応える。それに私はこの子が愛しくてたまらなかったから、最高に都合がいい。愛が制裁になるなんて可笑しいけど、私は確信している。不本意な顔をしつつも、サガは心の奥底で私にこうされる事を望んでいると。

 

 

乗り上げるサガの身体が熱い。くっきりと彫りの深い二重瞼が微かに震える様子に、こちらも堪え難くなってくる。

 

「ありがとうサガ、そろそろ逆になってもいいかい?」

 

彼の素晴らしい双眸がじっと私を見つめる。表情はそれほど変わらないが高揚する彼の小宇宙ははっきりと読み取れる。すかさず、私は身体を反転させてあっという間に体制を入れ換えた。主導権をたやすく握られ、サガはあからさまに不快な表情を浮かべた。そんな彼の左手をとり、優しく口付ける。特に薬指に何度も何度も。いつかこの指にリングをはめてやろうと思っている。それも彼が眠っているうちにだ。勝手にやったらものすごく怒るだろうな……でも、それで私たちの仲が決裂する事は絶対にない。今もこんなにわざとらしく薬指にキスしているのに、彼は黙っている。だから絶対大丈夫だ。いつか必ず彼にプレゼントしよう。

 

「何か可笑しいのか?」

 

「何って?」

 

「……顔がニヤニヤしている。」

 

「一番大切な人が目の前にいるんだから当然だよ。」

 

そう言いつつサガの頬をプニプニと指でつつく。

 

「肌なんかこんなにツルツルしちゃって。お互いいい歳なのに。4つ年下だとこうも違うものかな。」

 

サガはぷいっと顔を逸らした。私は構わず指や手のひらで彼の頬の感触を楽しむ。

 

「産毛もよく見えない。私なんかヒゲ生えてるのに。まるで赤ちゃん肌みたいだ。」

 

子供扱いされた事に反応して、サガはまた鋭い視線を私に向けた。

 

「いいよ、ずっと私を睨んでて。」

 

「………………」

 

「君にそうされると嬉しいんだ。」

 

「…………変態。」

 

怒るというより呆れた様子で囁き、そのまま彼はゆっくりと瞼を閉じた。高潔な彼がすべてを私に預ける合図だ。私はその長い睫毛に唇でそっと触れていたが、一呼吸したあと彼の両肩を強く掴み荒っぽく唇を重ねた。私の動きに着いて来れず、冷静だった彼の呼吸が徐々に乱れ切な気にすがりついてくる。

 

「サガ……苦しい?」

 

「………ロス……」

 

「それとも、嬉しい?」

 

心を見透かされてサガの顔が紅くなる。悔しさと恥ずかしさに潤む瞳を見る度に、ついあの言葉が私の口を突いて出そうになる。

 

……君はいつ気づくのかな。私は、とっくに君に完敗している事を。

 

しかし、今は黙ってこの状況を楽しもう。負けず嫌いなサガは、これからも懲りずに私の仕掛ける挑発に乗るだろう。それでいい。この先もずっと気づかずに私の罠にかかっていてほしい。

 

「サガ……君は本当に危険な恋人だ。だから今日も全力で愛してあげる……私の腕の中で、好きなだけ闘いを挑むといい。」

 

 

 

 

 

 


 
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