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呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第007話

こんにち"は"。
ちょっと四連休取れることになりましたので、とりあえず投稿してみました。
今日から隴、夜桜、留梨の過去回ですが、構成的に何処まで書くか全く予定は経っていません。
もしかしたら5話ぐらいになるかも。
それでも皆さんのっぺり見ていってください。

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2017-10-26 23:03:41 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2090   閲覧ユーザー数:1939

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第007話「かしまし三人組」

 「そいじゃ、今宵の女子のみの盃事に対し――」

酒屋にて景気よく訛り口調の女性が宣言を開始すると、その周りにいる数人の女子も揃って盃片手に「乾杯」と唱和する。

「く~~。この一杯の盃の為に御勤め勤しんだ甲斐があるわい」

盃を一気に飲み干し、何処か間違った言葉訛り口調で話すのは隴であり、共に盃をカチ鳴らしたのは郷里、留梨、夜桜である。

「ややっ、郷里の姐さん。盃が減っておらんですよ。ささっ」

隴は未だ半分の量も減っていない郷里の杯に、無理に酒を注いでいき、あふれ出しそうになる液体を体が反射的に動いて、自然と杯に口を移す。

「いいヨ。郷里さんいい飲みっぷりヨ」

既に5杯目の杯に突入している夜桜は、すっかり出来上がっているのか両手を叩いて煽り、留梨に関しては、女子会開始直後に、既に夜桜に潰されていた。

隴にとって郷里は偉大な先輩なのである。一つ年下であって、自らが敬愛する主の軍師に13という若さで上り詰め、軍略が苦手と謙遜しつつも、自分達を手足の様に使う指揮力。さらにいえば、呂北に仕え始めたころ、彼女は自らと同じ兵士だったという。

片田舎の農村で生まれ育った隴は、軍師という者は文官から選抜されるという偏った知識を持っており、兵士から選抜された郷里のことは、選良され抜いた人間であると勝手に思い込んでいる。さらに郷理は軍師の職に就いてからも、自分の身は守れるようにと日頃の鍛錬は怠っていない為に、時には隴達の軍事演習に混じることもある。それらの自らの腕を錆びさせない行動の数々は、隴だけに非ず、夜桜や留梨も年下の上司・先輩として認めている辺りである。

それに対し、郷里は呂北軍の『恋』親衛武闘派三人組に、ある種に謙遜を抱いていた。一つ違いとはいえ、彼女たちは皆年上であり、自らには持ちえない『武』を持っている。自らの采配、時には差配で彼女達の運命が決まる。もしかすると死ぬかもしれないのだ。それでも彼女たちは後輩として先輩を立て、部下として上司の自分に指示を仰ぐ。ある意味では委縮してしまい、こうして隴が注いでくる盃も、拒否することなく受け続ける。

「あらま、盛大におっぱじまっていることだね」

やがて皆に酒が回り始めた辺りに、愛華が恋と音々音を引き連れ、女子会に途中参加した。

参加するや否や、恋は盛大に盛られた机の食事に手をつけ、音々音は喜々としながら恋用の飲み物と取り皿を取りに走る。

愛華が席につくと、酒気を帯びて、ほんのり頬を染め始めた隴が愛華の持つ盃に酒を注ぎ始める。駆け付け一杯目の酒を飲み干すなり、愛華はとあることに気付く。

「……これは、米酒ね」

「そのとおりじゃき姐さん。親分が考案した、米を発酵させた酒じゃき」

当時の酒は、事酒といって半濁のドブロクの様な物であり、アルコールの濃度が極端に低い。また保存もあまり利かない為に、暫く経つとアルコール分が逃げてしまう為にあまり酔わなくなる。そこで一刀が知識を絞り出して考案したのが米を発酵して作る酒である。何度も失敗を繰り返して作り出した酒が、この米酒である。扶風には二つの名産品がある。一つが紙で、もう一つは酒である。以前にも話したであろうが、紙はこの時代では貴重な物であり、未だこの時代での文字のやり取りは竹である。その紙を安くやり取りすることで東側である中央との流通を増やし、太陽の沈む西側は、中央に比べ気温が極端に下がりやすいため、西の者達にとって、酒は一種の楽しみの一つでもある。それ故一刀の酒は西側の者達に受けが良く、商人たちがこれ目当てでやってくる。ただ現在、大量生産の体制が確保できていない為に、未だにその価値と価格は高い。以上の二つが扶風金銭資源の要である。

やがて夜も更け、街の店に点在する全ての店はそれぞれ閉店していく中、呂北軍の女子会が行われている店だけは、朝まで貸し切りの為に、未だに光が灯っている。だが、夕方の様なお祭り騒ぎは既に収まっており、恋は座敷スペースにて音々音を抱き枕にして眠っており、同じく音々音も抱きつく様に眠っている。郷里・留梨・夜桜も酒に潰れてうつ伏せとなり眠っている。そんな眠っている少女達に、店の主人はそれぞれ布を被せてやる。

「ご主人、すまんじゃき」

「いえいえ。将軍からはたんまりと代金は頂いておりますので。これぐらいは幾らでもさせていただきます」

申し訳なさげに話す隴に対し、店の主人は微笑みながら答え、布をかけるとカウンターの中へ引っ込む。

愛華と隴は酒を持ってカウンターの席に座り、互いに酒を酌み交わすと、そのまま盃をカチ鳴らし、二次会を始める。

「……ようやくこの扶風も安定してきたわね。貴方達の様な若手は育ち、軍の主要である将が全員、明日一日ぐらいは休める日が来るなんてね」

そう。ここにこうして扶風を支える主要将が、明日も気にせずにこうして飲み明かしているのには、彼女たち抜きでも扶風を支えるだけの人材がそれだけ育ってきたという証でもある。

「ほんとじゃき。たかが一村の小娘に過ぎんかったワシを、親分がこうして引き抜いて下さったことにゃ、ほんに感謝してもしきれんです。こないしてデカい侠気の仕事を出来ることも、今もこないで若衆に縄張り見張りを任せ、姐さんとこないして盃を交わせることも......」

隴も感無量とばかりにまた盃を飲み干し、自ら注ごうとした瞬間に、店の主人に酌され、それを満足そうに黙って受ける。

「……将軍。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「呂北様と将軍たちは、如何にして出会ったのですか」

そんな会話をしながら、主人は催促されたわけでもなく、酒の肴をそっと二人の前に差し出す。それを聞いた途端、愛華の瞼が細くなる。

「一体それを聞いてどうするつもりかしら」

「……気分を害したのであれば申し訳ございません。しかし、我らが敬愛する呂北様と、武勇誉れ高い皆さまとの出会いの一旦。武勇伝の語り部として語れれば、私もこれほど誉れ高いことはありません」

愛華は瞼を閉じて考えに老け込みだす。するとそんな彼女を代弁するかのように隴が話し出す。

「ご主人。ご主人は口が堅い方か?」

隴は店の主人に視線を合わせると、主人は内心彼女の強い視線に潰されそうになるが、覚悟を持って頷き返す。そして言葉を続ける。

「私も職業柄、お客様の愚痴や話を聞かせてもらうことも多くあります。話すなと言われたことに関しては決して口外はしません」

職業柄、客の気持ちを盛り上げるために、あるものの武勇伝、笑い話、与太話を客に提供するのも、主人としての役割と彼は心得ている。事実、こういった人柄が評され、現在もこの店は客足が遠のくことなく存在する。隴は一つため息を吐くと語り始める。

「そいじゃ、ワシと夜桜、留梨との話だけじゃったら、一端だけ話しちゃるわい。じゃが、口外は禁句じゃ」

主人は「是非」と言うと、そのまま隴の語り部が始まる。

 

 隴と留梨、夜桜が一刀と出会ったのは三年前。天水群上邽(じょうけい)の村。王朝は腐敗し、宮廷には陰謀と賄賂が渦巻き、金銭で官位が買える時代。小物である役人は、それ以上の位に就くために金をかき集め、上になんとか媚びを売っている。無論そうすることにより、民への税は自然と増え、圧政に苦しむ民への不満は募る。また物事に順序があるように、小役人にも自らの勝手な倫理観により、下層の者は不要とされた。上邽の村も同じく不要の物と見做され、官軍からの警邏巡回は無くなり、蔓延る賊への恰好の獲物となり果てていく中、村は三人の少女達に率いられて立ち上がることになる。

それが隴・留梨・夜桜達である。上邽の村にて三人は義勇軍を立ち上げることとなる。三人は常々考えていた。荒み果てていく村を立ちなおせる方法は無い物かと。幸いにも、三人は普通の人並み以上に武の才と心得に恵まれていた。官軍には任せられず、自分達のみは、自分で守るという決意を露わにして、三人は立ち上がる。特に村の孫娘であった隴の一言の力が大きかった。隴の先祖はその昔、中山靖王劉勝と褥を共にした侍女、侯氏の末裔であるとされている。侯氏は彼の子を身籠ると、何処からともなく姿を消して、そして子を産み、やがてその子は普通の家庭を築き、普通の家庭を築いていくはずなのだが、やがて漢は王莽により簒奪され、呂母の乱を皮切りに、全国で戦乱の口火が開かれた際、侯氏の末裔も戦いに参加することになる。戦乱の中で、侯氏の末裔はそれに乗じて義賊を結成することになる。

義賊は戦乱を駆け抜け、やがて火種が消え始めた時に、上邽の端に自分たちの村を設ける。その村を創り、長として振舞った者の子孫が隴である。っとされているらしい。当時、好色な劉勝は、次々に女を抱き、彼の子は、五十人はおり、孫まで数えれば120以上もいるとされている。つまり今ではずる賢い知恵さえあれば、どこぞの誰が劉勝の末裔と名乗っても不思議は無いのだ。

だが、隴の祖先が村を発足したのは確かである。強きを挫き、弱気を助ける侯氏の心意気に皆立ち上がり、その先端を開いたのが隴と彼女の友人である夜桜と留梨である。

 夜桜は元々河南省嵩山にある禅宗の寺院にて拳法修行に明け暮れた孤児であった。当時山に捨てられた彼女を、寺院の僧呂であった普浄に拾われたのだ。寺院は女子禁制であったが、山に捨てられ狼の餌となりゆく一人の赤子を、僧として彼は見過ごすことは出来なかった。やがて子は成長し、10を過ぎ女として体が成長し始めた頃に普浄は苦肉の決断を下す。

夜桜に武道修行の旅に出すのだ。寺院にいた頃より、少女は学問には疎かったが、武術、特に憲法に関しては並々ならぬ積極性と才能を発揮していた。そんな彼女を見込んで、卒業という形で旅に出し、夜桜も喜々としてそれを承諾したが、実はこれは言い方を変えれば寺院からの追放であった。普浄は俗世にいた頃よりあらゆる人間を見てきたために、成長してゆく夜桜を見て徐々に核心に至っていった。

「この娘は美しく成長する」っと。

自らの子同然である。それは喜ばしいことであるが、しかしこの場所は俗世から離れ、煩悩を捨て去り、自ら悟りの道を切り開く寺院である。本来であれば女子禁制であるにも関わらず、普浄の我がままによりその時まで滞在させられていたのだ。彼は夜桜を出すに伴い、俗世時代、自らが名乗っていた名を彼女に与えた。姓を(かく)、名は(ほう)、字を元奘(げんじょう)。この名を与えると共に、普浄と夜桜は旅立ち前に一つ熱い抱擁を交わして、彼女は喜々として旅立った。普浄はこの時一つ涙を流した。自らの捨てた名を与えられ、そして喜び勇しみながら口上し旅立つ娘の背中に。俗世を捨て、何も出来ない自らの無力さと、捨てた俗世の地に自らの子を落とす自らの傲慢さに。もはや会うことも無いと思うも、何時かまた巡り会えると信じて、普浄は再び寺院の階段を登った。

やがて夜桜は旅をする最中、山で狩りを行ない、時には道場破りをする生活をしていく中で、上邽にある村へと辿り着き、そこで気の合った仲間である隴と留梨と出会うことで、村の一員としてそこに滞在することとなった。

 留梨は以前にも語ったが、彼女は始皇帝の秦時代に作られ、影で存在していたという、傀儡使いの末裔である。時が流れに連れ彼女の一族は分断されバラバラとなり現在はほぼ残っておらず、彼女はその限られた一族の末裔である。人形使いということもあり、村の子供より爪弾きにあい、苦痛だらけの幼少時代を送った留梨であったが、そんな彼女を救ったのは隴と夜桜であった。隴は留梨のそんな姿を見ても臆することなく、返って人にはない特別な能力を持った彼女を羨ましがり、むしろ称賛浴びせた。だがいくら村の長老の孫娘と友人とはいえ、それでも肩身狭い思いもしていた。実際この時、幼い留梨は隴の後ろを付いて回るだけの存在であった。そんな中に夜桜が現れる。その時夜桜は山籠もりをしており、隴はそんな彼女に差し入れと手合わせをかねて時々山に入っていたのだ。隴はこの時、拳闘士としての才能を見出しており、同じく拳法という体術で戦う夜桜とは気概なく互いに高め合う関係であった。留梨はただ山に登る隴に付いていっただけであったが、この時に事件は起こった。

約束の時間、約束の場所にいつまで経っても現れない夜桜を見かね、隴は留梨を引き連れて探索に向かい、その先で崖から落ちて気を失っている夜桜を発見したのだ。

すぐに発見したものの、出血が酷く、今すぐ止血しなければ出血多量で命すら危うい状況であった。だが、村に戻らなければ止血も出来ず、山にそんな材料があるわけでもない。ましてや一番重要な縫合に必要な糸がなかった。絶体絶命かと思った時に、留梨が動いた。彼女は人形を動かすときに使う念力で、隴の協力の下で夜桜の傷を抑え、そして糸を作り出し彼女の傷を縫合した。

即席で作り上げたものであったが、村に戻るまででなら充分であった。隴に背負われ一命を取り止め、夜桜の意識が戻った後、自らを救ったのが留梨と聞いた時、彼女は友人になってくれと懇願した。元々外から来た夜桜にとって、留梨はどういう人物かわからずにいたのだ。他の者が留梨を警戒する懸念とは別で、夜桜は彼女の人柄がわからないでいたので警戒していたに過ぎなかった。そして隴のとりなしもあり、最初こそ警戒していた留梨も、徐々に夜桜に対する態度を砕いていき、最終的にはいつも三人一緒いる、村一番のかしまし娘になった。

 


 
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