[登場人物]
澤田孝彦(48)……バス運転手
澤田保美(43)……澤田の妻
澤田崇(21)……澤田の息子
服部龍玄(54)……刑務官。階級:看守部長。役職:矯正処遇官
安元愁蔵(62)……法務大臣
川辺勝(41)……番組司会者
1 プロローグ(カットバックで)
新聞の見出しが見えるように各紙が次々と画面に現れる。
『犯人逮捕!』
『呆れた動機』
澤田(M)「2032年、夏、渋谷。バイク便の荷物が交差点で爆発した。祝日の昼過ぎということもあり、死傷者200人を超す惨事となった」
渋谷の交差点でバイクが通行人を巻き込み爆発する瞬間。
澤田(M)「ここ10年で凶悪犯罪が激増し、犯罪者への世間の目が厳しくなっていた中捕まった犯人は、『人が多くて邪魔だったから掃除してやった。感謝して欲しいぐらいだ』と供述。犯罪者に対する世論は最悪なものとなった」
テレビ画面。国会、演説する法務大臣。
T「人格否定法案、可決」
澤田(M)「支持率の為なら何でもする政治家のおかげで」
手錠をかけられる手、ズーム。虚ろな目で手を見下ろす澤田の顔、オーバーラップ。
澤田(M)「この日本から」
テレビ、リポーターが事故現場を取材している画面へ。
T「夜行バスの悲劇 死者8人」
澤田(M)「犯罪者の人権は消え失せた」
澤田の写真、名前が映る。
T「澤田孝彦(54)被告 死刑確定」
2 テレビ局 控室 廊下
ジャージ姿で手錠をした澤田、服部の少し前に立ち廊下を歩く。
服部、独り言のように呟く。
服部「この番組に進んで出ようなんて死刑確定者、お前が初めてだってな」
澤田「……死んで少しでも償えるなら、いくらでも死にます」
服部「頑張れよ……なんて、これから死にに行こうとしてる奴に掛ける言葉じゃないけどな……」
服部、回り込んで澤田の右肩を握る。澤田と刑務官、立ち止まる。
服部「お前はいい奴だった。無事に死ねることを祈る」
澤田「ありがとうございます。今までお世話になりました」
澤田、深く頭を下げる。廊下の曲がり角でその様子を耳にする川辺。
3 テレビ局 スタジオ
スタッフの合図、川辺にこやかに、
川辺「皆様ご機嫌よう! 公開処刑を生中継! 〈最期の選択〉のお時間です!」
スタジオ中央にテーブル、川辺そちらに向かって歩く。
川辺「本日の挑戦者は皆様もご存知! 睡魔に襲われたせいで高速道路の悲劇を引き起こした今話題の運転手、澤田死刑囚です!」
観客、ブーイング。澤田、スタジオの階段セットを降りてテーブルへ。
川辺、澤田に向かって、
川辺「それでは簡単にルールをご説明しましょう。これから出て来る料理のどちらかには毒が入っています。もし毒入り料理を食べて死んだら賞金三億円は被害者遺族に支払われます!」
スタジオのモニター、積まれた三億の現金が映る。
川辺「もし毒入りじゃない方を食べるか、又は毒入りを選んだとしても死ななかった場合は、挑戦料五千万円を死刑囚の遺族から被害者遺族にお支払い頂きます!」
料理が運ばれて来る。
川辺「本日の料理はレモンパイと肉じゃがです。どちらも奥さんの得意レシピだそうですね」
レモンパイと肉じゃが、モニターに交互に映る。
川辺「さあて、それでは」
川辺、カメラに向かってポーズ。
川辺「三分間のシンキング・タ~イム!」
モニター、カウントダウン開始。
澤田、テーブルを見下ろす。レモンパイ、ズーム。
澤田(M)「初めてのデートの時に保美が作って持って来てくれたな」
澤田、苦笑。
澤田(M)「不味いって言ったらそれ以降、毎回デートの時に食わされたっけ。美味いって言っても毎回、毎回、あいつも意地になって」
澤田、レモンパイの皿を持ち上げて匂いを嗅ぐ。
澤田(M)「駄目だ、いつもと変わりない。これじゃあ毒が入ってるかどうかなんて分からないじゃないか……!」
モニター、残り時間2分31秒。
モニター、川辺に切り替わる。
川辺「ところで今回の料理、レモンパイは奥さん手作りですが、肉じゃがは違うんですよ。別の人が作ったんです」
澤田、川辺を見る。
川辺「その肉じゃが、息子さんが作ったんですよ」
澤田「え……!」
川辺「ミュージシャン志望だそうですね、息子さん。そのことで昔大喧嘩したそうじゃないですか。しかもそれ以来ずーっと仲違いしてるんですってねぇ」
澤田、肉じゃがを見る。肉じゃが、ズーム。
川辺「『才能なんてないから音楽屋なんてやめちまえ!』とまで言った親父の為に、最後の親孝行だって、親父の好物作るだなんて」
川辺、腕を組んで首を振る。
川辺「いやぁ、実に出来た息子さんですねぇ!」
澤田、肉じゃがの皿を持ち上げる。
澤田(M)「あいつが……崇が、俺の為にこれを……!? もう何年も口を利いてない俺の為に……!」
モニター、残り時間1分10秒。
澤田(M)「くそっ……どっちだ! どっちに毒が入ってるんだ!」
澤田、レモンパイの皿を持ち上げ、両手に持つ皿を見比べる。
澤田(M)「保美と崇が俺の為にここまでしてくれたんだ、絶対に死なないと!」
モニター、残り時間52秒。
澤田、両手に持つ皿をテーブルに置き、拳をテーブルに叩き付ける。
澤田(M)「駄目だ、見た目も匂いも全然ヒントにならない! 一体どうしたら……!」
川辺「ほらほら、落ち着いて。焦ったって分かるものじゃないですよ?」
料理の皿の上、川辺が差し出す掌に文字。
T「どちらも毒入り」
澤田、顔を上げ川辺を見る。川辺、にっこりと笑い、澤田の肩を叩く。
澤田「あ……」
川辺、モニターに目を遣り、
川辺「ああ……残り時間も僅かですか。そろそろ決めて下さいねぇ?」
残り時間10秒。川辺、カウントダウンを始める。澤田、目を閉じる。
澤田(M)「どっちを食べても死ぬんなら、だったら俺は……!」
司会「時間となりました! さあ選んで下さい!」
澤田、目を開けレモンパイの皿を掴む。
司会「……最期の選択でいいですね?」
澤田、頷く。澤田、カメラを見て、
澤田「保美、本当にありがとう。お前の手料理で逝けて俺は幸せだよ」
澤田、涙を浮かべる。
澤田「崇、こんな俺の為に肉じゃが作ってくれてありがとうな……! 父さん、罪償って、死んだ後は地獄でもどこでも行って罪償って、そうしたら生まれ変わって」
澤田、涙を流す。
澤田「生まれ変わった母さんと絶対に結婚する。外見が変わってても絶対に結婚する。レモンパイ作って貰えりゃ絶対に分かる! だから崇!」
澤田、涙を拭いながらカメラに話し掛ける。
澤田「また……俺の息子に生まれてきてくれ……! こんな俺だけど、今度こそ……俺、やり直すから……!」
澤田、涙と鼻水を拭い、観客席に座る被害者遺族の前に行って土下座する。
澤田「誠に……誠に申し訳ございませんでした!」
野次が飛ぶ中、澤田、頭を上げる。
澤田「死んで、お詫び申し上げます」
澤田、レモンパイを勢い良く食べ始める。
終わり
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現代物のシナリオ習作。
2012/11/14 第1稿
2012/11/23 第2稿
2012/12/15 最終稿