間違いなく夜。新鮮な空気を入れるべく窓を開けていると、窓の外から誰かがやって来て、私の部屋に入る。どちらさまですか、と聞くと、レインコートを着たその人は、「膝が悪くて」という。膝など誰だって悪いものだ。私はそうですか、と言い、お帰りはあちらですよ、と言うと、「膝に効く薬草などがあったら分けてもらいたい」と言うのだ。私は冷蔵庫の中に確か薬草があったのを思い出したけれども、膝に効くかどうかは分からなかったから、「どうぞ、ただし保証はありませんよ」と言って、その冷たい薬草の束を出してやる。小分けのビニールの袋に入った、ひんやりとしたその薬草の封を開けると、まだ草の青々とした匂いと、ドクダミにも似た特殊な芳香が漂う。
三ヶ月前、薬草売りが持ってきて、私にどれか一つでもと、無理に押しつけていった薬草だけれども、気がついてみれば、お腹に貼ったり、頭に貼ったり、いろんな所に貼って役立ててはいるので、もうちょっと買っておいてもよかったかもしれない。
その人は薬草を手にとって、膝にぺたぺたと糊で貼った。薬草とでんぷん糊の匂い。学校の授業で、ボール紙を糊で貼り付けてさいころを作ったことを思い出す。三十秒も経たないうちに、その人は「ああ良くなった」と言って、膝を曲げたり伸ばしたりした。何が良くなったものか。そんなに短時間で効くものではないはずだけれども、まあ本人がそう思っているのだから、それで良いのだろう。
その人は、窓の桟に手をかけながら、「ありがとう、おかげで良くなりました。これはお礼です」と言って、瑪瑙にもよく似た石をくれる。「それは舐めると甘い味のする石です。砂糖ではありません。間違いなく鉱物ですが、どういうわけか砂糖の味がするのです。いつまでも味わっていられます。いくら味わっても、目減りはしませんが、しかし栄養はないようです。お腹が空いたときに、何もないときなど、私は懐にいつでもこの石を入れておいて、みんなにバレないようぺろっと舐めますと、すぐに満足します」
それは良いものをもらった。私がさようならと言うとその人はさようならと言ってまた夜の中に消えた。目線で追いかけていっても、この辺りは明かりが少なく、一番近くの街路灯まで百メートルかはあったから、暗い色の服のその人はすぐに見えなくなる。さようなら。コウモリみたいに居なくなってしまう。窓の外では、蛙がようやく鳴き出したのか、遠くで低い声がする。
さて私は、もらったその石を早速舐めてみるけれども、確かに甘い味がするような気はするけれども、気のせいのような気もして、よく分からない。とりあえず、懐にティッシュで包んで入れておいて、お腹が減ったときに、その実力を試してみることにしよう。
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オリジナル小説です