No.87453

夕陽の向こうにみえるモノ11 『交錯2』

バグさん

改稿してたら文章量が増えた。
実は、光恵って凄い強いんですよね。設定としては。

2009-07-31 22:42:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:452   閲覧ユーザー数:416

 

0からのスタート。

 そして、加速。

加速。加速。加速。

短距離を走る陸上選手が行う動作は、つまるところそれだけだ。初速は極めて遅い。1歩、2歩、3歩と歩数を増やしていくごとに、足が接地する毎に、爆発的に推進力も増していく。

遠距離から視るよりも、テレビの中継から観戦するよりも、世界記録保持者の走る姿を間近で視たならば、きっと想像以上に早く感じるだろう。一瞬で側を駆け抜ける事だろう。瞬きの間に、後方へと走りさっている事だろう。

だが。

もし、仮に、0から100までの加速を一瞬で行えるとしたら。そして、それを行った人間の身体能力が、常識を遥かに超えて高いとしたら。

その人間が動き出した瞬間に、視界から消えて、そして、何もかも終わっているに違いない。

「ほら。捕まえましたよ」

 電光石火。葉月にとっては瞬きより短く、刹那も思考出来ないだろう時間。雷の如き速さで、しかし、とても優しくその肩に手を置いた。

だが、光恵が葉月の肩に触れた瞬間。

葉月の体が、突如として消滅した。

「なっ…………?」

 空間転移? あるいは高速移動? 馬鹿な。

自問自答は混乱の渦を招いた。葉月の能力とはなんであったか。実の所、光恵は詳しい事を知らない。聞いたところで理解できない能力なのかもしれないが、少なくとも知らされていない。

もし、仮に0から100までの加速を一瞬で行える人間が居たとしたら。そして、その人間の身体能力が、光恵の想像を遥かに超えて高かったとしたら。

今の様に、視界の端にすら映らずに消失してしまう事も可能だろう。

だが、如月葉月という人間に、その様な事が可能だろうか。彼女に対する情報が圧倒的に少ない。実は超絶的な戦闘能力の持ち主で有る事も否定できない。

…………いや、それは無い。それほどの実力を持っているのだとしたら、そもそも敵から隠れる必要など無い。如月葉月という人間の貴重性は、その戦闘能力では無く、能力そのものにある、というのが光恵の考えであり、おそらくほとんど間違ってはいないはずだ。

「…………!」

 光恵は気がついた。葉月が居た空間には、手の平サイズの薄い紙が舞っているのに。

その紙には複雑な紋様が描かれている。

「これは、これが符術…………? 噂でしか聞いたこと無い」

 符術は魔術の一種であり、そうした技能はかなり昔に廃れてしまっていた。京都にその技能を伝える一族が細々と暮らしているという話だが、彼らは厳重に保護されていた。

魔術が廃れた根本的な原因は不明だが、魔術組織同士の戦争が最大の原因であるとされている。だが、魔術師という人種が消滅したわけでは無い。組織では『監視』の意味で、残り少ない彼らを所属させているし、その技術的な方法に関しては書物として残っていない事も無い。そこから学ぶ事も理論的には可能なのだが…………そもそも、その書物を、0から正確に解読出来る人間が居ない。文字は常に不定形で、精神的な理解を必要とするためである。詰まる所、魔術書があったとしても、正統な魔術師に指示し、魔術の本質に触れていなければ、魔術書を読むことすら出来ないのだった。

魔術師の起原は紀元前の預言者に視る事が出来る。そして、それは12人の使途に秘跡の権能を与えたキリストが、より明確にした。

 光恵は葉月に改めて敬意を表し、同時に寒気を覚えた。自立的に会話をこなす身代わりの人形など、聞いた事が無い。とうの昔に廃れており、使用者が極端に少ない魔術。真の魔術は物質的な媒体無しにそれを行使すると言われているが、使用できるだけでも恐ろしい天才性だった。1000年前に生まれていれば、歴史に名を残す魔術師となっていたかもしれない。

「一体、何時入れ替わったの? それとも最初から…………?」

 言いながら、光恵は教室を飛び出した。

すると、教室を出て右側。長い廊下を走る葉月の姿が見えた。今にも角を曲がる所だ。ここは一階。人の眼に付く外へ出られては厄介だ。

アッシュとの合流を計っているのだろうが、それをさせるわけにはいかない。まず、勝ち目は無い。

だが、問題無い。身体能力に差がありすぎる。すぐに追いつくだろう。魔術の行使は確かに脅威的だ。しかし、逃走という選択肢を選んだ時点で、身体能力の差を自ら露呈してしまっている様なものだ。もちろん、それが誘いであるという可能性は有る。しかし、奇襲を仕掛けてこなかった事が腑に落ちない。可能性は五分五分。いや、誘いの可能性の方が低い。

だが、どちらにせよやる事は変わらない。所詮心構えの問題だ。そして、そんなものは当の昔に出来ている。戦場で首を掻き切られる経験が有れば、誰でもそうなる。

そう考えて駆け出そうとした所で、気付く。

何故、わざわざ見つかりやすい方へと逃げたのだろうか、と。

この教室は廊下のほとんど端に構えられている。教室を出て右へ行けば、中央玄関が存在するが、逃げる姿の見える長い廊下。左側へと向かえば、すぐに十字路式の別れ道。そのすぐ近くには階段がある。それに、外へ出るだけなら、実は左へ曲がった方が近いのだ。何故なら、校舎棟を繋ぐための渡り廊下が存在するからだ。

そう考えて、光恵は懐からシャープペンシルを取り出した。そして、蓋を素早く取る。背中を見せて逃げる葉月に命中させるべく、親指と人差し指で蓋を弾いた。

狙うは右肩。

弾丸の様な速度で打ち出されたそれは、仮に命中すれば体を貫くだろう。だが、右肩ならば致命傷にはなるまい。

果たして蓋は、見事に命中した。だが。

「やっぱり」

背中を見せて走っていた葉月は偽者だった。またしても小さな紙が宙を舞う。

「と、なると…………」

 逃げたのは左側だ。

光恵が廊下の十字路へ移動すると、やはり葉月の姿が見えた。

それも二人。

十字路の右側と左側の廊下。別々の方向へ移動する二人の葉月。どちらが本物なのだろうか?

光恵に迷いは無かった。

先ほどのシャープペンシルを両断、それを両方へと同時に投擲する。

それはやはり正確に、葉月の右肩へと吸い込まれるように命中した。

そして、二人の葉月はそのまま消失した。

勢いを失う事無く壁に激突してめり込んだシャープペンシルの鈍い音が、静かな校舎に響く。

この二人も違う。

「…………上、か」

 残る可能性は、廊下の十字路に残された最後の道。その方向には階段と一つの教室しか無く、放課後の現在、各教室は施錠されている。だから、階段で上へ昇ったとしか思えない。

決定的な事に、足音が聞こえた。

光恵は駆け出した。

すぐに捕まえる事が出来るだろう。

「まあ、全部ハズレなんだけどね。ごめんね光恵ちゃん」

 光恵が退出して、意識のある者が居なくなった教室で、葉月は呟いた。

初めから、葉月はほとんど動いていなかった。

ただ、消えていただけ。

葉月の護衛についていた、光恵に粉砕された組織の人間は、この世界と位相をややずらせる事で、世界から消失していた。その方法と同じ理屈だ。

葉月は、人の五感から限りなく感知されにくくなっていたのだ。スクールブレザーのポケットに入れられた、小型の機械によって。

 現在気絶中の護衛の男は、その任務の性質上、迷彩機能を搭載した戦闘服を着用しているだけの事だ。

葉月の使う符術はそれほどレベルが高くない。それでも、扱えるだけでも凄い事なのだが。

自立的に本人らしく会話を行うなど、本物の魔術師で無いと不可能だ。葉月にはせいぜい、単純な行動を命令させる事しかできない。知り合いの魔術師に教えてもらえれば良いのかもしれないが、特に必要は感じなかった。

だから、光恵が護衛を叩きのめし、葉月から視線が外れた瞬間に入れ替わったのだ。光恵は目に見える偽者に眼がいって、本当の葉月に気がつかなかったのだった。

会話は少し横に立っていた葉月本人が行っていた。

後は、光恵が教室から居なくなった数十秒の間に、アッシュに渡しておいた符を、彼にばら撒かせた。もし、アッシュが自分から離れる様な事があれば、そうしておいてくれと言っておいたのだった。あの時の光恵には違和感があったから。

アッシュは何の意味があってそんな事をするのか理解していなかっただろうが。

葉月は己が狙われていることをちゃんと理解していたし、日頃からそれなりに対策はしていたのだ。

「さて、これからどうしようかしら」

 光恵はすぐに戻ってくるだろう。階上に向かった葉月が偽者である事に気づき、迷彩効果の機械を使用した可能性に思い至る事で。葉月は光恵の思考能力を過大評価してはいなかった。ただ、正しく評価していた。

ここに戻ってきた光恵はきっと自分を見つけてしまうだろう。その前にここを離れなければいけない。

「…………………」

 少し間を置いて、

「ただ逃げるだけというのも、面白くないわね」

 そう、面白そうに呟いた。

光恵が戻ってきたのは、それから数分後の事だった。

葉月の思うとおり、光恵は可能性に思い至ったのだ。階上で発見した葉月も偽者だった事に気付いた時は愕然としたが。

すでに教室を撤退した後だろうが、一応の確認も込めて、光恵が教室へと入った瞬間。

光恵は再度、愕然とした。

「あ、戻ってきたのね。さすが光恵ちゃんだわ」

 葉月は未だ教室に居た。

隠れもせずに、悠々と机に座っている。座っている場所は学校の机なのに、恐ろしいまでの貫禄で空間を圧倒していた。

「…………どういうつもりですか?」

「どういうつもりだと思うかしら?」

 問い返され、光恵は言葉に詰まった。

そして、気付く。

床が液体で満遍無く濡らされている。

何かの揮発性神経毒か?

いや、それでは葉月もただでは済まないだろう。むしろ、生物としての基本能力的に差がありすぎるため、葉月の方がよほど危険なはずだ。

床を見ると、薄い紙切れが落ちていた。

(符術で水を発生させた? そんな事も出来るのか…………)

 水に何の意味があるか分からないが、不用意に近づくわけにはいかない。

葉月がわざわざここに残っているという事が、光恵の警戒心を最大限に引き上げていた。

つまり、彼女にはこちらを倒す算段が有る、という事なのだから。頭の良い葉月がここに残っているという時点で、それは確定的だった。

そうでなければ、戦闘能力において格段に劣る葉月がここに残る意味は無い。

そう、戦闘能力では葉月に勝ち目はまるで無いのだ。一匹の蟻と人間が戦えば、その勝敗が明らかであるのと同じだ。

だからこそ不気味だった。

普通に考えればまるで勝ち目は無いのに、勝てるだけの何かを用意している。

(…………この短時間で?)

「どうしたの? 私を捕まえるのだとおもっていたのだけど」

 挑発だ。耳を貸すな。

迷彩機能を使っていたと思われる事から、葉月の符術はそれほど強力ではない。だから、あそこに居るのは間違いなく本物だ。先程と同じく、偽者の近くで本物が話している可能性も有るが、同じ手は使うまい。

だが逆に、簡単に捕獲できるのでは無いかとも思ってしまう。

ここから葉月に近づいて、葉月が死なない程度の打撃を加えて気絶させるまで、0.1秒もかかるまい。普通の人間が、物体を認識して反応できるまでに0.2秒は必要だ。葉月は異能者であるが、身体能力は普通の人間と変わりない。

だからこの距離ならば、仮に光恵が動けば、葉月が何が起こったのかも分からない間に気絶させる事が可能なのだ。

いや、待て。違う。

だからこそ警戒すべきなのだ。そんな事は葉月も分かっているに決まっている。それなのにこうしている、という事は、そうした絶対的不利を跳ね除ける策があるからだ。

光恵が動きあぐねていると、葉月は懐から何かを取り出した。

「スタンガン…………?」

 手の平サイズの、護身用として売られている市販品。組織が開発した、普通の人間には絶対に使用不可のものでは無い。

「どういうつもりですか? そんなものじゃ、私の動きは何一つ止められませんよ」

「どうかしら?」

 葉月はおどけた様に笑う。なんという余裕だろうか。光恵は己が冷たい汗をかいている事に気付いた。絶対的有利なはずなのに、追い詰められているのは逆に自分であるかの様な錯覚を覚えている。

スタンガンを取り出したという事は、床の水を利用しようという事だろうか? いや、それにしても普通のスタンガンでは使用する意味が無いし、そもそも何故手の内を見せるような事を…………。

そこで、光恵は考えるのを止めた。

葉月のペースに、完全に乗せられている自分に気付いたからだ。頭の勝負で勝てるとは最初から思っていない。

だから、特攻あるのみ…………というのはやや強引だが、実際にそれしか手が思いつか無い。

「ねえ、気付いてる? 光恵ちゃん。貴女、縛られてるわよ」

 耳を貸すな。

光恵は水で濡れた床を蹴り、一瞬で葉月へと迫った。地面を蹴ると同時に、水飛沫が窓ガラスを破砕する。天上の照明を割る。

生み出した初速は圧倒的。

葉月に反応など出来ない。

それは事実だった。葉月の手前、数十センチで一度止まる。そうで無いと、勢いで殺しかねない。その動作を取り入れた一連の流れですら、葉月は反応できていない。

そして、死なない程度にかなり手加減された手刀が、高速で、しかし緩やかに葉月の首筋に吸い込まれていく。

瞬間、閃光が走った。

「ガッ…………!」

 

 そして、短い悲鳴が上がった。

その悲鳴は葉月のもの…………では無い。

光恵はそこで、呆気なく気絶してしまったのだった。

「なんで物を投げなかったの? 動揺したからって思考を縛られちゃ、まだまだよ、光恵ちゃん」

 余裕の顔で、葉月は昏倒した光恵を優しく抱きとめた。

その横で、役目を果たした符術の人形が消える。

人形の手に装着されていた、スタンガンが床に落ちて、乾いた音を立てる。ただのスタンガンでは無い。通常のスタンガンはハンディータイプや警棒タイプであり、その電圧は精々が5万ボルト。強力なものでも70万程度が限界だろう。しかし、今回使用したスタンガンは形状からして違った。まず、手甲タイプのもので有る事。手甲上部から五指に至るまでに、精巧に精巧を重ねて形成された特殊放電回路は、雷の如き過渡的な異常高電圧を作り出す。それに、葉月が少し手を加えた改良版の特殊スタンガンだった。異常高電圧は雷サージとも呼ばれ、その名の通り雷が引き起こす現象だ。もちろん、いくら組織でも、これほどの小さな機械で雷を人為的に引き起こす事など不可能だ。だが、葉月が手を加えたそれは、実際の雷サージに近いそれであったかもしれない。組織の技術開発部が視たら、腰を抜かすだろう。

そう。スタンガンを着用し、それを光恵に当てたのは作り出した人形だった。葉月は消えていなかったが、作り出した人形を迷彩機器で消していたのだ。魔術的に処理された物体が科学現象に左右される事は実証ずみだった。あるいは、単に葉月が未熟な魔術を使用しているだけの事かもしれないが。

葉月の前で腰をかがめ、恐ろしく強力な特殊スタンガンを構えた人形を。

つまり、光恵は自分からそれに飛び込んだのだった。そして、葉月の思い通り、こちらを殺さないように、一端動きを止める事までしてしまった。

賭けの様な策だったが、何とか上手くいったようだ。正直、成功する確率の方が少ないと見ていた。そもそも消していた人形に、光恵が気付く可能性もあったのだから。

光恵は頭が良い。だから、床に張った水など、色々と余計な事まで考えてくれて、動揺を誘えた。結果的にそれが思考の視野を狭める結果となったわけだ。

ハッキリ言って無謀以外のなにものでも無いが、仮に逃げていたとしてもジリ貧だっただろう。吊り橋を片足で渡るくらいのスリルだった。結果的に何とかいったので、まあ、良しとしよう。

「さて、アッシュはどうしてるかしら」

 

 

 その頃アッシュは、ある人間と対峙してい

た。


 
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