No.870354

神話の丘

サガをひたすら甘やかしたくてやりました。※pixivに改訂版あります。

2016-09-21 17:10:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1790   閲覧ユーザー数:1782

数羽の鳥たちが、ゆっくりと白い雲を横切っていく。北の岩山の遥か向こう、大気に包まれ幻のような聖域の頂きが見える。岩肌に点在する十二宮、アテナ神像、そして、最も高い位置にあるスターヒル。

 

まるで夢を見ているようだ………

 

サガはそう思いながら、自分を見つめる恋人の方へ顔を向けた。

 

「どうした……?もう帰るか?」

 

「いや…いや……もう少しここにいたい。」

 

子供のように駄々をこねるサガに、アイオロスは優しく微笑み、彼を抱きしめた。

 

 

聖戦終結後、世界は平和だったが、聖闘士としての彼らの人生が終わったわけではない。年長者の二人は、次代の指導者として学ばなければならない事が多く、今も様々な任務にかり出されている。シオンは必ずアイオロスとサガをペアで呼び出した。

数日前、任務の報告がたまたま教皇のティータイムと重なり、二人は珍しく応接室へ通された。シオンが来るまで二人はソファで並んで手を握っていたが、急に部屋に入ってきた教皇に、間一髪見られないように手を放した……つもりだった。二人は特に変わった様子を見せず、用意された紅茶を飲んでいたが、そんな二人をシオンは代わる代わる見て、にこりと笑った。

 

「お前たちは本当に可愛いな。それに、お似合いだ。」

 

それ以上の言葉はなかったが、二人は「しまった」と思って赤面した。

でも……幸せだった。

 

今日は思ったより早く仕事が終わり、シオン教皇への報告も早々に済ませ、アイオロスとサガは手をつないだままいつもの場所へ来た。ヒイラギガシの大木が立ち並び、近くには美しい泉が湧き出ていて、ギリシャの太陽をキラキラと反射している。他に誰もいない、まるで神話の世界のような場所。木陰の柔らかな草の上に、二人は聖衣を身につけたまま笑いながら転がった。黄金色に輝く美しい恋人たち。過酷な運命の果てに、こんな幸せが待っていると思わなかった。お互いの背に腕をまわし、アイオロスはサガの耳元に顔を埋めて香しい髪の薫りを思い切り吸い込み、サガはアイオロスの逞しい身体を優しく抱きとめる。闘う時は必ず背負っている大きな羽根を外し、今は皆と同じようにマントを身につけている。サガは愛おしげに、その柔らかな白い布地を撫でた。しばらくしてアイオロスは顔をあげ、サガの深緑の瞳を見つめた。

 

「泣いているのか。」

 

サガのこめかみを伝う涙を、指でそっとぬぐう。

 

「幸せすぎて……」

 

「あははは」

 

アイオロスはサガの両頬を大きな手のひらで包んだ。

 

「そうだな…私も幸せだよ。こうしてまたお前と触れ合う事ができる。」

 

瞳を閉じ、額をそっとこすり合わせてお互いの温かさを確かめあった。

 

「……コロッセオで初めて会った時の事、覚えてるか?」

 

サガは笑顔で頷いた。

 

その頃二人はまだ5、6歳の子供だった。穏やかな午後の日差しの中、閑散としたコロッセオの真ん中で、偶然アイオロスはサガを見かけた。サガは小さな手のひらにパン屑をのせ、群がる鳩たちに与えていた。ニンフのように美しい少女だと思っていたその子が、自分と同じ少年だと知った時のアイオロスの驚きは大変なものだった。

 

「本当に美しかった。あの日から私はお前の虜だよ。」

 

二人はすぐに仲良くなり、どこへ行くにも何をするにも、いつも一緒だった。揃って黄金聖闘士に昇格し、思春期を迎える頃にはすでに恋人同士となり、誰にも気づかれないように愛し合った。その後、二人には過酷な宿命が待っていたが、どんなに離れていてもお互いを愛する心だけは忘れた事がない。

そして……二人は再びこの世界に甦った。

 

「夢ならもう覚めたくない。アイオロス、ずっとずっとここにいて。お願い……離れないで。一人はいやだ。あの暗く恐ろしい日々に戻りたくない……」

 

サガはアイオロスにしがみついて懇願した。自分が黄金聖闘士である事など、彼の前ではすぐに忘れてしまう。怯える姿を見せても、彼の前では少しも恥ずかしく思わない。子猫のように甘えるサガを、アイオロスは心から慈しみ、宝物を扱うように触れた。

 

「そんなに泣くな…不安だったらいつでも傍にいてやる。だからもう怖がらなくていい。お前の望みならなんでも叶えてやるよ。サガ、私の可愛いサガ……」

 

止めどなくこめかみを伝う涙をアイオロスは何度も指で拭い、視線を交わした後、ゆっくりと唇を重ねた。

 

 

 

心地よい気だるさの中、サガは瞼を開いた。柔らかい草の上に横たわり、恋人と夢のような時間を過ごした事を思い出す。ふと、自分の身体がマントに被われている事に気づいた。

 

アイオロスが掛けてくれたんだな……

 

そう思うだけで、この上ない幸せと喜びが沸き上がってくる。遠くに視線をこらすと、泉が見えた。キラキラと太陽を反射して、白銀の光を散らしている。そよ風が汗に濡れた髪を揺らし、その気持ち良さに自然と口元がほころんだ。

 

泉の中央に小さく頭が現れ、やがて人形のシルエットになった。身を清めたアイオロスが岸辺に上がり、マントで身体を被っている。

 

ああ、アイオロス…早くここへ来て。早く戻ってきて……私のアイオロス……

 

水面の激しい光の反射に、サガは再び瞳を閉じた。

 

 

ふわりふわりと髪を撫でる感触に、サガは意識を取り戻した。どれぐらい経ったのだろうか。顔を上げると、マントで身体を覆ったアイオロスがすぐ横に座っていた。

 

「よく休めたか。お前も泉に入るといい。連れてってやろう。」

 

アイオロスの言葉に、サガは微笑んで両手を伸ばした。ゆっくりとサガを抱き上げ、アイオロスは再びその腕の中に恋人を収めた。白い衣に包まれたサガは、”神の化身”と呼ばれるにふさわしい美しさだ。自分はいつでも”神”をこの腕の中に抱く事ができる。自分は”神”に愛されている。絶対、誰にも渡さない……

アイオロスは満ち足りた想いで強くサガを抱きしめた。

 

「お前に言い忘れていたことがあった。」

 

「………なに?」

 

「シオン教皇にお願いして、明日休みをとってあるんだ。このところずっと働き詰めだっただろう?」

 

サガは悲しそうな目をした。彼が休んでしまったら、明日は一日中会う事ができない、きっとそう思ったのだろう。その反応にアイオロスは微笑んだ。

 

「馬鹿だな、お前の分の休みも取ったに決まってるじゃないか。」

 

パッと一瞬にして明るい表情になった恋人に、アイオロスは今度は声を上げて楽しそうに笑った。こんな素直な彼を知っているのは自分だけだ。

 

「さあ、そうとなったら今夜は人馬宮に泊まってもらうぞ。」

 

アイオロスはサガを抱き上げて振り回すように一周すると、泉の方へと歩き出した。

 

「ずっとこのまま幸せでいたい。神々の許しを得て、永遠に……」

 

「できるさ。ここは神話の国だからな。」

 

アイオロスの力強い言葉に、サガはすべてを預けるようにその胸に頬を埋めた。

 

 

 

 

 


 
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