No.86905

5人の夏 前幕Ⅰ

カエルが鳴く隅田川

そこで起きた「5人の夏」の出来事・・・

前幕です

2009-07-28 23:09:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:618   閲覧ユーザー数:567

 

前幕Ⅰ

 

「あ~もう嫌。」

市内の地図の上に、ひかるは倒れこむ。

 

「あ~あ~、地図にしわがつくって。」

ゆみはコーラの入ったコップをひかるの前に置く。

 

 

カーテンのたなびく7月。

入道雲を背中に、2人は夏キャンプのプランを立てていた。

…と言っても、8月半ばにはすぐに別のキャンプがあるので、2人が頭を

悩ませて立てているのはいわば旅行プランで、「夏キャンプ」と言うには少し無理がある。

 

「でもさあ、ゆみちゃんわがままだよ~。温泉に、パークゴルフに、カラオケに、映画に、花火大会に、お祭りに、……いけるわけないし。」

ひかるはやれやれとため息をつく。

 

「だって、5日間だよ?」

ゆみの考えた旅行プランには、一言も「休憩」の文字がない。

 

「せっかくの夏キャンプだしさあ、ゆっくり楽しもうよ!」

ゆみはそれを受け取ると、

 

「えー!?」

と、不満げな顔。

 

なるほど、ひかるの旅行プランのテーマは「食」いや、「美食」。

つまり、市内の高級レストランを食べ歩くと言う、ひかるらしいプランだ。

「お金足りないって!何の為に市内旅行にしたと思ってるの?」

…2人はまだ高校生で、おこずかいもたかが知れている。

 

市外旅行なんてしようものなら、ビジネスホテルに食事は「ほかほか亭」。

入館料のかかる所にはどこにも行けない。これじゃあ、旅行の意味がない。

…ということで、市内プランを考えているのだ。

 

「でもさあ。」

ひかるはため息をつく。

 

「2人とも、ここに何年住んでると思う?17年以上だよ?」

「うん。」

「行ったことのない所って、ある?」

「…ない。」

つまりは、知っている所の旅行なんてつまらないということである。

ゆみもこれには同意。

 

「でもさ。市外旅行となると、旅費も交通費もばかにならないし…。」

ゆみはそう言って、ひかるの残したコーラを一気に飲み干す。

 

「なんだよね~。」

ひかるはまた、市内マップに目を落とす。

 

見れども見れども、地図はむなしい現実をつきつけるだけ。

「誰か、行きだけでも送ってくれないかな。」

ひかるはそう呟いてケ-タイを開く。

ピッ  ピッ   ピッ

 

いつのまにかカーテンは静かになって、空気もほんのりなまぬるい。

蛙の鳴き声に混じって、セミの鳴き声が夏らしかった。

 

 
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