第4幕
「おはようございます!」
「おはよう。今日もよろしくね。」
「はい。」
いつもどうりに店につくと、やっぱり店長はいつものように玄関先で水をまいていた。
毎日欠かさずにしている、店長の日課の一つ。
そして、水をまいているこの店長の姿を見るたびに、今日もがんばろうって思えた。
…本当に店長は、店を閉めてしまうのだろうか。
朝の日の光を受けて、店の赤いとたん屋根も、白く塗られたかべも、玄関先のパンジーの花も、みんないきいきして見えた。
今日でバイトも終わり。
だからなんとなく心細いような、でもなんか「やりきったんだな。」みたいな達成感があって、複雑な気持ちがする。
「とにかく、始めるか。」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、店のえんじ色のエプロンを着る。
店のおくからダンボールを運び、商品を店の棚に並べていると、
まもなく開店時間になった。
「いらっしゃいませ。」
何もかもがいつもよりも新鮮だった。
毎週月曜日に必ず顔を出してくれている、近所の松村さん。
週に2度は店にやってきてはファンタを買っていく、無口の田口さん。
毎日のように駄菓子を買いに来る、健太君に沙苗ちゃん。
今日で最後だと思うと、急に目頭が熱くなった。
「ゆみさんちょっと。」
「はい。」
奥の棚でちょうど文房具用品を補充し終えたところに、
店長が私への来客だと言って、青年を連れてきた。
「なんでしょう?」
恐そうなお兄さん、っていうのが彼の第1印象。
「ゆみちゃん、だよねえ。」
「…はあ。」
よーく見れば優しそうな目をしていて、スポーツ万能そうな爽やかな青年。
銀の鎖のネックレスについている、飾り気のない十字架がキレイだった。
「雅也って知ってる?」
「はい。」
「それの兄貴。真悟って言うんだ。よろしくね。」
うっそ~!雅也のおにいさん!?でもわかる!
真悟さんって、どことなく雅也に似てる気がするもん。
店長が「ごゆっくり。」と言って店先に出て行くのを見届けると、真吾さんは
さっきよりも親しげに話し出した。
「雅也に色々聞いててさ。旅行だっけ?ありがとね、ホント。」
「いえ。」
それから真悟さんは一瞬顔を陰らせてから、さみしげに笑った。
「あいつ、ほんと俺から見ても、がんばりすぎてるから。」
「えっ?」
「北大の医学部だってさ。」
知ってる。いつだったか、雅也が言ってた。医者になりたいって、言ってたっけ。
「姉貴がさあ、行けなかったんだよ。」
雅也のお姉さんで、2つ年上の麻喜さんは、誰もが認めるくらいのがんばり屋で、医者という夢を持って中学生の頃からがんばっていた。部活は入らないで、順調に市内の難関高校へ進学し、高校でも成績優秀なまじめな学生だった。
しかし、センターでまさかの失敗をして、親も浪人を許さず、結局医者の夢をあきらめて本州の看護大学へ行ってしまったのだった。
「あいつは、休むって事をしらないんだ。野球じゃエースみたいだけど、それでよけいにくたくたになって帰ってきて、そのくせ遅くまで勉強。」
「そうだったんですか。」
「だから。」
真悟さんは少し照れくさそうに笑って、
「ゆみちゃんと旅行行くって聞いた時、まじで安心した。」
と言った。
一応笑ってごまかしてみたけど、本当はもう恥ずかしいったら、ありゃしない!
なんか2人で行く見たいじゃ…ない?もう貧血おこしそうなくらい動揺してしまった。
雅也ったら、家族に言うにしてもストレートすぎるってば、もう!
「…慎吾さん。」
「何?」
「…あの、それを言いに来たんですか?」
真悟さんは少し笑って頷き、付け足すように言う。
「ゆみちゃんを、一度見たかった、ってのもある。」
その言葉に少しドキッとして言葉に詰まった。
おまけにドキッとすることがもう一つ。
竜一さんの親友も、「真吾」っていうんだよね。
まさか、こんな偶然ってある?
「竜一さんって、知ってますか?」
「竜一って、佐久間 竜一?佐久間なら、俺の幼なじみ。」
うそ…、やっぱりそうなんだ?
「そう言えば、竜一も女の子と旅行に行くっていってたなあ。」
待って。これって、言った方がいいのかなあ?
それともしらばっくれる?
ああ、でもいずれわかることだもんね。よしっ!
「今回の旅行に、竜一さんも来るんです。彼女と。」
私の言葉に驚いきつつ、真悟さんは意外にも安堵のため息をついた。
「ああ、雅也と2人だけじゃないんだ!」
「はい?」
「てっきり…、」
真悟さんは笑いながら、
「まいったよ。あいつもまぎらわしい言葉を使うんだから。」
と頭をかいた。
「そうかあ。竜一もいくんだ。」
しばらくの雑談の後に、真吾さんは思い出したようにさりげなく言った。
「竜一さんの彼女が、私の親友で…。」
「そうなんだ。」
さりげない答えにも、「なんとなく気になる。」という真悟さんの気持ちを感じる。
兄弟そろって、感情が周りに出やすい性格。わかりやすい。
「真悟さんも一緒にいきませんか?」
「えっ?」
「真悟さんも、旅行に。」
真悟さんは、う~ん。とうなって、
「や、いいよ。誘ってくれてありがとう。」
と、あっさり私の申し出を断った。
「カップルの中に1人はわびしいから。」
そう言って笑うと、胸ポケットから封筒をとりだして、ゆみに差し出す。
「みんなで、なんか買って食べて。」
「そんな…。」
「いいから。」
ためらうゆみの手に無理やり封筒をつかませると、
「それじゃあ。俺、バイトがあるから。」
と言って、「ごめんね、仕事中に。」とゆっくり玄関に向かって歩き出した。
しばらく、真吾さんの後姿をぼう然と眺めてから、私は慌ててエプロンのひもをときながら追いかけ、真吾さんの横に並ぶ。
「送ります。」
「そんな、いいよ。バイトでしょ?」
真悟さんの笑顔は、やっぱり雅也に似ていると思った。
私の大好きな笑顔。
「店長、ちょっと出かけてきます。」
こんな事を店長に言うのは初めてだった。
でも、なんとなく、店長は許してくれる気がした。
「いってらっしゃい。」
店長の優しい言葉に見送られて、私達は店を出た。
「真悟さん。」
「ん?」
「彼女いるんですか?」
「いないよ。」
「本当ですか?なんか、モテそうなのに。」
真吾さんは『ありがとう。』と笑って、店からそんなに離れていない隅田川橋の前で、突然足を止めた。
「じゃあ、ホントにこの辺で。」
「えっ?。」
「バイトだって、仕事。大切だから。」
それから真悟さんは軽く頭を下げて、
「雅也のこと、よろしくね。」
と言った。
「…こちらこそ、よろしくお願いします。」
私もしっかり真吾さんに頭を下げる。
「バイバイ。」
真悟さんは、ポケットに片方の手を突っ込みながら、もう片方で手を振る。
「さよなら。」
私はもう一度軽くおじぎをして、そのまま背を向けてわかれた。
もう、真吾さんに会うことはそうないだろう。
まだまだ日の暮れない坂道を、私は足早に歩きだした。
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「5人の夏」 第四幕です。