【 混乱 の件 】
〖 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
華琳「色々と有り過ぎて……まだ頭が混乱してるけど、早急に準備して欲しいの! 一刀を、いえ……貴女達の提督を! 今から目覚めさせるわ!!」
加賀「………わかったわ」
ーー
華琳が叫ぶと、加賀が力強く頷く。
ーー
加賀「………それじゃ、頑張って」クルッ
華琳「───えっ!?」
───カッカッカッ………トスッ
加賀「………………………」ジィー
ーー
加賀は一刀より少し距離を開けると、体育座りで床に腰を下ろす。
その場に居た全員が加賀の行動に唖然とし、華琳の顔が明らかに不機嫌な表情に変わると、加賀を睨み付けた。
ーー
華琳「…………………貴女、話を聞いていたの!?」
加賀「何故? 提督に口付けをする資格もない私は、適当に距離を開けて見物するのが筋。 それに……心配は要らない。 先人が行う尊い技術、私や赤城さん達が仔細に確認して、後学の為に必ず役立てるわ……」
華琳「…………はぁ~」
桂花「───ちょ、ちょっと!?!?」
ーー
華琳は片手で自分の頭を抑え迫り来る頭痛に耐えながら、どう説明しようかと頭を悩まし、桂花は桂花で顔を赤らめ手をバタバタさせて、加賀に抗議しようと近付く。
加賀は二人の行動を見て、何か問題があるのかと首を傾けて悩むのだが、『任務が無いから、不得意な分野を学び実践しようと努力する自分』に間違いは無いと自己完結してしまっている。
ーー
赤城「────加賀さんっ!!」
加賀「あ、赤城さん?」
赤城「駄目じゃないですか! この好機を逃すような事をしていては──」
加賀「………?」
ーー
そんな加賀に怒鳴りつけたのが──赤城である。
桂花が目を丸くして赤城を注視し、華琳も赤城自身と接する機会が無い為、その様子を食い入るように見詰めていた。
ただ、気のせいか赤城を見詰めている最中に、華琳の目が獲物を狙う目となり、口から桃色の舌が出て唇を二度程舐める。 桂花が華琳の動作に気付き、少し距離を置いた事は──秘密だ。
ーー
赤城「もう、いいですか──加賀さん! そんな事をしている場合じゃないんです! 私達も準備をしなくてはいけないんですよっ!?」
加賀「……………準備? だけど、当事者以外に任務など………」
赤城「甘い、甘いです! 私の大好きな間宮アイスのバケツ盛りより、遥かに甘いと言って過言ではありません!」
加賀「既に私は『良薬は口に苦し 』の状態なのだけど──」
赤城「変な揚げ足を取らなくてもいいんです! まずは、胸に手を当てて、よぉく考えて見て下さい!」
ーー
赤城に言われた加賀は、目を閉じ、素直に胸に手を添えて考え事をする。 赤城は加賀の答えを少し興奮気味にして待つ事、僅か数秒。
一文字に結ばれた加賀の口から、一声が出された。
ーー
加賀「……………固いわね、私の胸。 これでは提督に捧げる事も──」
赤城「それはそうですよ、私達は胸当てしてますからぁ──って言うか、そんなボケは加賀さんらしくないです! いい加減に真面目に考えて下さい!!」
ーー
赤城が加賀にツッコミを入れた。 どうやら………桂花が選ばれた事により、少なからず落ち込んでいる様子。
加賀の態度に問題ありと華琳達も指摘したいのだが、桂花が指摘すれば更に悪化する可能性があり、華琳は桂花を試した負い目があるため強く申し出もできない。 仲間である赤城からの指摘は、渡りに船であったのだが。
ーー
赤城「気持ちはわかりますよ、桂花さんに先手を委ねた事。 私だって……それはもう辛かったです。 朝食を普通盛り一杯だけで断念するぐらい辛かった………」
加賀「頑張ましたね。 よしよし………」ナデナデ
赤城「ありがとございま──ちょっ、そんな事は……後で結構です!」
加賀「………じゃあ、後で」
赤城「そ、そう素直に言われると……まあ、いいです! ここからが本題なんですから! ごほん──いいですか? もし、桂花さんが……惜しくも、残念ながら、万が一、失敗してしまった場合の事を考えていますかっ!?」
加賀「───成る程、荀文若殿が失敗すれば……私達も参加しなければいけないと………?」
「「「 ──────!!? 」」」
赤城「その通りです! 桂花さんが駄目なら、他の人にも人選を考慮しなければなりません。 そうなれば、私達艦娘側にも選択が拡がります。 だから、桂花さんの後に私達も参戦し、提督の貞操を守り抜くんですよっ!!」
加賀「当然、卑弥呼や華陀は……」
赤城「あの二人には、提督の容態をみて貰わなければなりません。 勿論、提督自身も同性と関係するなど望む筈はありませんし、私達も変な競争相手を増やすつもりも無いです。 だから、強制的に二人は排除ですよ!」
ーー
赤城の言葉に恋姫、艦娘達が騒然とする。
《 桂花が失敗したら──誰かが入れ替り行う。 一刀を目覚めさせるまで。 すると、次の相手、順番は───まだ定まっていない?》
そんな思惑が各々の頭に浮かぶ頃、桂花が身体をブルブルと小刻みに揺らしたと思えば、赤城達を怒鳴りつけた!
ーー
桂花「───待ちなさいよ! アンタ達ねぇ! 一体全体、何の話をしているのよ! 一刀の記憶を取り戻す行為の話でしょう!? それが、なんで私の失敗を前提とした話を大声で語り、納得した皆を煽動しようとするのよ!!」
赤城「幾ら何でも考え過ぎです! 私達は提督を第一として───」
桂花「どう聞いてても、邪魔な私に過度の重圧与えて失敗させる話じゃない! アンタ達、手伝う振りして実は私を貶めようと画策しているんじゃないでしょうねぇ!? いえ、絶対にそう! そうじゃなきゃこんな事───」
加賀「…………一つだけ、いいかしら?」
桂花「何よっ! つまらない事なんて言ったら許さないから!!」
加賀「…………そんなに喋ると、口の中が───」
桂花「───は、早く、言い………痛ぁぁぁぁっ!!!」
ーー
桂花が大声で喋り過ぎたため舌の怪我が悪化、華陀が再度の治療にあたり、
赤城と加賀の桂花を心配して、そこで止めたという。
◆◇◆
【 内緒話 の件 】
〖 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
この後、華琳を前にして三人が謝罪を行った。
『桂花が言うほどの謀を、あの赤城が考えるとは思えない』という艦娘側の陳情と『桂花だから』と生暖かい反応の恋姫達により、この騒動の中心人物であり、纏め役に相応しい華琳が代表して謝罪を受け入れた。
ーー
華琳「───さて、三人とも落ち着いたかしら?」
赤城「……………はい、深海よりも深く反省しております。 ううぅぅぅ………頭が……まだズキズキと痛いですぅ………」
加賀「……………よく分からないけど、ごめんなさい。 だけど……あの拳骨は何なの? 物凄く痛いのだけど………」
桂花「……………わ、私もなんですか? どうして私まで………い、いえ、申し訳ありません!!」
華琳「…………私が試したとはいえ、貴女の舌は大怪我しているのを自覚しているの? それなのに……あんな口論を巻き起こして傷を更に悪化させ、折角の立場を失うつもり?」
桂花「……………お手数………掛けま──痛ぅぅぅ」
華琳「──全く。 一刀の事になると、自分の身を弁えずに前へ出ようとするんだから………」
桂花「…………………ご、御迷惑お掛けします……」
ーー
華琳の前で三人が平伏叩頭して謝罪する。 謝罪する理由は、口論を始めた事もそうだが、長引くと感じた華琳が強制的に介入して騒ぎを鎮めた為。
だが……ここで興味を覚える方が居ると思う。 人の身である華琳が、艦娘である赤城と加賀も巻き込んだ口論を止めれたのか? また、あの加賀達が素直に謝罪に応じたのか……を。
勿論、華琳が幾ら完璧超人でも限度があり、赤城達も──艦娘ゆえの矜恃、自らの弱味を部外者に握られたくない等の思惑……(特に提督争奪戦において)……がある為、軽がしく頭を下げないからだ。
だから──この場に居合わせた『この人』が、赤城と加賀に強烈な拳骨を落とし、痛みで涙目となった二人を謝罪させた。
ーー
鳳翔「………本当にですよ? 御二人は提督代理として認められている方達なのに、これ以上……皆さんに御迷惑を掛けては私達艦隊全員、それどころか一刀提督にも泥を塗り付ける事になります。 キチンと反省して下さいね?」
「「 …………………… 」」
鳳翔「それから………今回は初回ですので、これくらいにしておきます。 しかし、二度目はありません。 その事は必ず念頭に入れて置いて下さい。 ───いいですね?」
「「 ────は、はいっ! 」」ビシッ!
ーー
華琳の側でニコニコと微笑んでいる鳳翔が、赤城と加賀に顔を向けて話をしている。 だが、その背後に……禍禍しい何かが渦巻いているのを赤城と加賀は感じとり、素直に頭を下げたのだ。
そんな鳳翔と加賀達のやり取りを眺めていた華琳は………わざとらしく溜め息を吐いて、鳳翔自身に尋ねる。
ーー
華琳「………なかなかやるわね。 もしかして──本当の纏め役、実は貴女ではないの?」
鳳翔「私は私……と言うしかありませんが……」
華琳「…………そう」
ーー
華琳は鳳翔の答えに一笑すると、桂花に顔を向けて命じた。
ーー
華琳「───桂花!」
桂花「────はい!」
華琳「そろそろ心の準備をしておきなさい。 貴女が要となり事態が動き出すわ。 雑用は他の者に任せて、一刀に帰って来るように強く願うのよ。 貴女の一刀への想いが強ければ強いほど成功するでしょう」
桂花「は、はい!」
ーー
鳳翔「赤城さん、皆さんに命じて提督の周囲を布か何かで覆い、他の方に見られないように配慮して頂けませんか? 荀文若殿も疲労困憊の上で臨むのです。 此方も礼を欠いた行いを振る舞うなど、あってはいけません!」
赤城「……………そうですね。 些か残念ですが………アッ、ハイッ!! 早急に対処します!!!」
加賀「………気分が沈滞しますね………」
赤城「───ほらぁ! 加賀さんも暇だったら手伝って下さい!」グイッ
加賀「あ、赤城さん? 何をそんなに慌てぇ───あぁぁっ!」
華琳「………………」ボソ
鳳翔「………………」コクリ
ーー
慌ただしく去る赤城達を見送った後、華琳は隣に鳳翔が残っているのを確認し、小声で呟き出した。 その言葉に反応した鳳翔は、華琳の顔をわざと見ないで別方向に目を向けながら耳を傾ける。
どうやら……鳳翔と話がしたいらしい。
鳳翔は周辺を注意深く見渡した後、華琳と会話をする事を決め、語る内容へ興味を抱きつつ近付くのだった。
◆◇◆
【 内緒話2 の件 】
〖 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
一刀の周辺に集まる人垣を横に見て、華琳達は距離を置いて小声でな話し出した。 円卓には手付かずの料理が幾つか並ぶ。 だが、中心となる喧騒で部屋の端にあたる場所には、人気が全く無く他の者が近付く事も無い。
そんな場所で、華琳と鳳翔──異色の組合わせが語り合ったのだが、気付く者は殆ど居なかったのだ。
ーー
華琳「…………これは私の独り言。 私はね………加賀は自尊心が高そうだから、私達に対して謝罪を許否すると予想していたの」
鳳翔「一航戦としての誇り、艦隊を担う責務、双肩に掛かる重責を知る者としては当然の事です。 勿論、私も独り言ですが………」
ーー
端から見れば、前方を鋭い視線で注視する華琳、穏やかな表情を浮かべて円卓に掛けられていた白い布を取外し、加賀や他の艦娘達と集める赤城を見詰める鳳翔。 とても二人が会話しているようには……思えない。
しかし、二人は会話を続ける。
些か焦臭い話題を華琳が話出しても………にこやかに鳳翔は応じた。
ーー
華琳「──そうなれば、謝罪を一刀に請求して此方の陣営に引き込み、ついでに桂花の情を利用して既成事実を作り上げる。 ───そうすれば、少なくとも私達から離れる事は無くなるわ」
鳳翔「………提督は融通が利かない頑固な一面がありますから、既成事実を作れば間違いなく責任を取ろうとしますね。 頭が固いとか言われますけど………私は好ましく思っております」
ーー
鳳翔の言葉を聞いてから華琳が横目で一瞬だけ睨み、元の方向へ戻す。 そして嫌味も込めて再度呟いた。
ーー
華琳「此方に取り込もうと考えていたんだけど………邪魔が入って失敗してしまったみたい。 全く………誰かさんが此処に居なければ、気付く者など居なかった筈なのに………とても残念だわ………」
鳳翔「赤城さんも加賀さんも、根は素直の娘(こ)達なんですけど……少し正直過ぎるのが困りますね。 貴女のように、清濁併呑の気概を少しでも持って貰えば、こんな詰まらない策に引っ掛からないのですが………」
華琳「…………ねえ、それは誉めてるの? 貶しているの? どちらにしても独り言になってないじゃない……」
鳳翔「ふふふ………今の話は独り言ではなく──ただ感謝を述べたまでですよ」
ーー
華琳の柳眉が片方上がり、その答えに反応して鳳翔に顔を向けた。
しかし、鳳翔の表情は変わらず。 ニコニコと笑いながら華琳と視線を合わせて、華琳の返事を待っている。
ーー
華琳「………さっきの話、聞いていなかった?」
鳳翔「もちろん聞いていました。 私には……貴女が加賀さん達を案じて、わざわざ諭してくれる優しい女性──そう感じていましたが、違います?」
華琳「あのねぇ………あの恫喝紛いの言葉が、どうして心配するように聞こえるのよ? それに、私はまだ貴女達を信用なんてしてないんだけど……」
鳳翔「あら、簡単じゃないですか。 私達に見え透いた恫喝をし、もし提督に気付かれば愛想を尽かされますよ? そんな事も分からない曹孟徳殿……いえ、辛い別れを経た貴女が──そんな哀しい結果を望むなんてありえません」
華琳「どうして───」
ーー
華琳は『どうして一刀との事を!?』と言い掛けて、ふと視線を外す。
その視線の先では、恋姫と艦娘達が語り合う様子があった。 しかし、注目したのは、そこではない。 桂花が何かを言われて慌てて腕を振り上げて怒る姿。 声を掛けているのは──卑弥呼である。
華琳が問うまでもなく腑に落ちたので、その事をあえて指摘した。
ーー
華琳「…………貴女達には貂蝉、卑弥呼達が居たわね。 私の話を……全部?」
鳳翔「───はい。 知っている事を全部教えて頂きました。 個人情報ですので、本来は御本人の許可を得てから、教えて貰う筈だったのですが………」
華琳「情報は取引に対する有効な手札。 それなのに情報を先に握られたのは痛いわね──ん? ち、ちょっと待って! 知っている事を全部?」
鳳翔「………はい、その通りです」
ーー
慇懃丁重に受け答える鳳翔を前に、華琳の背筋に氷が滑り落ちるような感覚が走る。 あの神出鬼没、金城鉄壁──文字通り『傾国』の漢女達を前にしては、どんな防備も警備も無意味と察したからだ。
ただでさえ暗殺者等を警戒しているのに、気付かれる事も無く周辺に潜り込み、極秘情報を数々を暴いた腕前は、驚く前に呆れてしまっている。
しかも、個人情報。 本人に許可していない、暴露されたら困る者、この場で効果的で最大の成果が上がる者──つまり、華琳本人の情報!
ーー
華琳「───ど、どこまで聞いてるの!?」
鳳翔「………………とても、人前で話せる事では…………」ポッ
華琳「────っ!?」
ーー
鳳翔が頬笑みながら顔を染める。 その鳳翔の態度とは反対に、華琳の顔が急速に青ざめた。 狙いが理解できたのだ。
完璧超人と言われる彼女の日常は滅私奉公。 どこかの甘々君主とは性格や覚悟が違う。 だから、人から暴露されて困る秘め事など存在しない。
もし、秘密にしておきたいのなら、一刀と過ごした二人だけの日常だろう。
一刀の傍に居るのは『覇王 曹孟徳』でなく『華琳』なる寂しがり屋の女の子だから。 一刀だから、一刀ゆえに自分の素を見せるのを安心して、さらけ出してのだから。 彼女の貴重なる──逢瀬の日々だったのだから。
だからこそ、その情報を握っていると知った華琳は、険しい表情で睨みつけた。 誰にも、一刀と自分以外に侵されたくない聖域に、踏み込んだ者を悔しそうに、唇を噛みしめながら注視する。
ーー
華琳「───この曹孟徳を脅す意味。 そして、その条件は一体何なの?」
鳳翔「…………えっ?」
華琳「この私に、何を望むの? 権力、資金、人材………それとも、この命?」
ーー
それでも、覇王──ではなく、寂しがり屋の少女は殺気を孕んだ視線を向けて、鳳翔と交渉しようとした。 自分の持てる範囲の力で解決しようと。
────あの聖域を守る為に
しかし、鳳翔はユックリと首を横に振り提案を許否して、華琳の目を覗き込みハッキリと述べる。
ーー
鳳翔「先程、返事を致しましたが、まだ信用して頂けませんか? ───感謝しています、と」
華琳「だ、だって──人前で話せないと!」
鳳翔「人の心に秘めたる思い出を……易々話そうなどと思いません。 知り得た話を他人に面白おかしく伝えて、それが何になりましょう。 貴女を傷付け、提督を怒らせ、私が惨めになるだけですよ?」
華琳「………………」
鳳翔「──それでも信じて頂けないのでしたら………」
ーー
鳳翔は近くに置いてあった鍋より、小豆色をした汁物を数回かき混ぜた後、同じく用意していた椀を取り装うと、そのまま箸と共に華琳へと差し出した。
怪訝に思う華琳だが、その意思とは別に甘い香りが鼻腔を擽り、目が離せなくなる。 中身は変わった色をした汁、粒々の豆類、そして白く丸い団子。
思わず喉が鳴りそうになる未知な料理。
ーー
華琳「これは───」
鳳翔「私と提督が調理しました物で『お汁粉』と言う名の甘味です。 既に冷めていますが、お疲れになっています曹孟徳殿なら、特に味わいは格別かと思いますよ? 何なら、毒味も致しますが……」
華琳「───このまま、遠慮なく頂くわ。 これを食べれば、貴女の真意が理解できるのね………?」
鳳翔「はい……料理にも精通している曹孟徳殿なら、理解できると……」
華琳「そう…………」
ーー
華琳は汁を一口飲むと、余りの甘さに一瞬行動が止まる。 白い団子を食べれば、歯に柔らかい感触が当たり、中身を吟味しようと噛みしめると、スルリと追求の手を逃れ、喉元に逃げて行く。
珍しい食べ物ゆえに、何回も何回も口に運んでいたら、いつの間にか椀の底に箸が当たる。 鳳翔がにこやかに手を前に出すと、少し逡巡してから、華琳は恐る恐る空の椀を差し出す事になった。
◆◇◆
【 幕話 の件 】
〖 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
華琳達が話し合いをしている頃、周辺では一刀を目覚めさせる準備、華琳達の行動で各々の想いを固める者達で慌ただしかった。
★
恋「モグモグ………」
天津風「……………はあぁぁぁ~」
恋「モグモグモグ………モギュ?」
天津風「……………アンタって、ほんと面白いわねぇ? 幸せそうに食事している様子を眺めていると、何だかあたしまで幸せになっちゃう。 まるで、雪風を相手にしているみたいだわ……」
恋「……………?」
天津風「誰も………見てないわね? ほ、ほら、言ってみなさいよ。 『しれぇ』って……」
恋「…………ご主人さま?」
天津風「違うわよ、司令官だから『しれぇ』! …………ご、ご主人さまって………司令官の趣味かしら? 何気に様付けが多いのは……やっぱり、あたしや曙とかのせい……ち、違うわよね! し、司令官が軟弱なだけで───」
恋「恋のご主人さまは………ご主人さま。 恋に……ご主人さまは『北郷一刀』……ただ一人だけ。 他の名前で、ご主人さまを……呼びたくない」
天津風「………………」
ーー
翠「──よしっ、と! さあ、何時でも覚悟完了だ! あたしも決めたから、スパッとやっちゃてくれよ、桂花!」
詠「何を物騒な物言いしてるのよ! そもそもこれは──」
翠「分かってる。 だけど……頭で理解しても、心が納得しないんだよ。 だからって、いつまでもウジウジしてたら……『倒れる時も前のめり』のあたしらしくないじゃないか! キッパリやる事やって貰ってから、更に前へ突き進もうと思うんだ! だから、その……あたしなりの誓いって事だよ!」
詠「そ、そう………」
翠「それにさ、ご主人様なら……多分こうした方が喜ぶかな……って。 そう言えば、詠はどうなんだ? 桂花に先越されて不服なのか?」ニヤニヤ
詠「───へっ? ボ、ボクっ!? ボクは、あんな奴どうだって、どうだって……………」
瑞穂「飛花落葉……人の世は移ろい易く短きが常。 しかし、あの方達は後悔無き生き様を貫く為に日々悩み、悔い、そして……立ち向かう。 時を越えても提督を慕う心に一片の揺がない心、お見事としか申し上げれません」
瑞穂「ですが………瑞穂も提督を慕う艦娘。 提督という渦に魅了され翻弄する一弁の花弁。 提督に振り向いて貰えるよう、皆様に負けず劣らず精進に励みたいと存じます………」
ーー
陸奥「あらあら………本当に蒲公英ちゃんのお姉さんって、長門にそっくり! 外観は武人気質だけど、内面はしっかり女の子らしく可愛いさを備えて、そして大食漢。 ふふふ、長門とに会ったら直ぐ教えてあげないと♪」
蒲公英「──でしょでしょう? 陸奥さんが長門さんの話をしている時、てっきりお姉様の話をしてるかと思って、声を掛けたんだけど………まさか、陸奥さんのお姉様の事だなんて、世の中意外と狭いんだねぇ!」
★★
春蘭「べ、別に羨ましい……とか、そういう問題などではない! そもそも、北郷が直ぐに起きないのが悪いのだ! ならば、そんな軟弱者に活を入れてやる相手、それは魏武の大剣と言われし、この夏侯元譲! 即ち、この私の出番ではないのかっ!?」
菊月「………成程、貴殿の話は理解できた。 だが、この菊月も数多の戦場に身を投じた古強者。 決して貴殿に勝るとも劣らない激戦を潜り抜けたと自負がある。 だからこそ、だ。 この菊月にも──その資格が充分あると、知るがいい!!」
ーー
如月「──あら? ねぇ、彼処で集まって話をしているけど……何の話?」
秋蘭「………桂花が失敗した時の二番手を誰にするのか決めているのさ。 姉者と菊月、どちらも自分だと言って譲らず張り合ったままだ」
如月「もう………菊月ちゃんたら。 こんな無駄な時間を過ごすより、直ぐに三番手を名乗り上げればいいのに……」
秋蘭「ほう……如月が三番手にか? しかも、最初から自主的に向かうとは、何か考えがありそうだな?」
如月「簡単な話よ。 普通に二番手を目指しても競争率は結構高いし、如月よ
強そうな人達だって、結構居るものね?」
秋蘭「二番手には──姉者、菊月。 おや、翠………恋も集まって来たのか?」
如月「そうね。 隼鷹さんは呑みすぎて徳利抱えて眠りこけてるし、飛鷹さんは艦載機の整備を始めてるみたいね。 他には天津風、陸奥さんも……あれ、瑞穂さんも参戦の構え?」
秋蘭「相変わらず、北郷は人気があるな………」
如月「だってぇ、如月の認めた司令官だもの。 あのくらい予想していたわ」
秋蘭「──ん?」
如月「二番手……実に魅惑な響きだけど、実は甘美な落とし穴があると知ったら、きっと悔しがるわよ? 次の次のお相手は、如月に決まっているのにね」
秋蘭「………ほう?」
如月「だって……今だって決めれない状態なのに、失敗した直後に選出するなんて無理な話よ。 どの娘も提督を愚直に慕う筋金入り、そんな簡単に選べるなんてありえないもの。 それくらい如月には、全部お見通しなんだからぁ」
秋蘭「………………」
如月「だけどぉ……時間だって限られているわ。 決まらなければ繰り上げで、如月が司令官のお傍に近付くのは確実よね!」
秋蘭「───流石だと褒めてやりたいが、残念なお知らせだ。 三番手は既に私だと決まっている。 先に手を回して、華琳様より許可を得ているぞ?」
如月「─────えっ!?」
秋蘭「ふふふ……同じ事を考えている者が既に居ると、思わなかったか? 戦場には伏兵など付き物さ。 己の立場を理解して臨機応変に動き、なおかつ冷静に事を運ぶ者が、勝者になり得るのだよ」
如月「…………ふ~ん、そう。 じゃあ、私達も秋蘭と相談した方がいいかもねぇ? 辞退して貰うのが、一番早くて双方が傷付かない方法なんだけど」
秋蘭「幾ら話し合いだろうと、武力、権力で脅迫しようと……私の決意は翻ないがな。 将として、女として──容易く屈するなどと見誤らない事だ!」
★★★
加賀「円卓で利用した布を私達が掲げて、提督達を四方から固めればいいと……そういう考えなんて。 だけど、視線を遮る事など、もっと容易く簡単な方法があるような気が……」
赤城「私に策あり──です!」
加賀「…………赤城さん?」
赤城「皆さんが順番を争っている時に、こうした壁役で潜り込めばいいんですよ。 艦娘達で固めれば中の情報は勿論、私達が割り込む事も可能! 気が付かない人達が順番取りで騒いでいる間に、私と加賀さんが桂花さんの後に───」
??「───そこまでです!」
赤城「な、何奴……!?」
加賀「赤城さん………ノリノリね」
明命「そんな不埒な真似は──私達が許しません!」
思春「…………何やら良からぬ企み、というか邪な考えで動かれたようだが、そこまでだ。 冥琳様の御命令により、私達も監視として控えさせて貰うぞ?」
加賀「明命? それと………誰?」
赤城「そ、そんな事より………隼鷹さん、飛鷹さんは今どこに!? あの二人に酒や整備の手伝いで懐柔して、此方に役割りを振り参加して貰う筈だったのに!」
明命「お二人には、警備を私達が引き継ぐので好きに休んで下さいと、お伝えした結果なんです。 初めは信用して貰えなかったんですが、私を信頼できる仲間と、鳳翔さんから口添えを頂いたお陰で、今こちらへ参上した次第!」
赤城「───か、加賀さん、どうしましょう? これは最悪な結果になりますよっ!?」
加賀「………然り気無く(さりげなく)私を加担させた赤城さんさえ、こうして窮地に陥れる相手。 そんな相手に打開策など……編み出せる訳がありません」
赤城「い、今頃になって一線を引いて来たっ!? でも駄目ですよ、一蓮托生なんですから!!」
思春「既に冥琳様から鳳翔殿へと、貴女方の行動は伝えてある。 追って沙汰があるゆえ、不様に抗うより真面目に務めた方が、最善だと思うがな」
加賀「完全に……やられたわ」
赤城「───お、おのれぇ! 孔明めぇぇぇ!!」
明命「へっ? しゅ、朱里様……ですか!?」
思春「………どう意味だ? その邪な策を見破ったのは冥琳様だと言うのに、どうして、この場に居ない朱里の名前が出てくる?」
赤城「天の国では、策を見破られた時の決め台詞なんですっ!!」
加賀「…………油断、慢心、侮り。 これでは、五航戦の子達に笑われてしまうわね………」
★☆★
華陀「天の国の医療技術、そんな未知の物を間近に確認できるのは、正直嬉しく思う。 だが、俺はそんな事よりも、お前が目覚めてくれる方が、遥かに嬉しいんだ。 ───だから、一刀! 頑張れ!!」
ーー
卑弥呼「良いか! おのこを目覚めさせるには、それなりの覚悟がいると心得よ! 漢女に後退など無し! 四の五の言わせずに一気に前進制圧───」
桂花「か弱い私に何の覚悟をさせる気よ! そもそも私は漢女でも無いのに、比較対象を間違えた変な教え方をするんじゃないわよ!! 大体ね、アンタの衣装、す……少しは、恥じらいというのを──」
卑弥呼「──むう!? ま、まさか………この儂を更に可愛くするために猫耳と猫尻尾、そして語尾に『ニャー』を付けろとぉ!? ぬうおぉおおおっ! あざとい、あざと過ぎるにゃー!!」
桂花「誰も、そんな話なんてぇしてないわよぉっ!!」
ーー
こうして、一刀を目覚めさせる儀式は、更なる騒動を引き起こしつつ、着実に進行して行くのであった。
ーーーー
ーーーー
あとがき
最期まで読んでいただき、ありがとうございます。
私事で作業が中断したり、八割方作り直したりしてましたら、一ヶ月の間を開ける事に。 申し訳ないです。
今度は、早めに来週辺り投稿したいと思いますので、よろしくお願いします。
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遅くなりました。 その分、何時もより長めの文字数です。