No.83930

気だるさと痛み

nanatoさん

シリアスな意味でのダメな一刀。
立ち直るのは難しい、リアルっぽい一刀。軽く鬱。ある意味ギャグ。

2009-07-12 19:41:46 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:6566   閲覧ユーザー数:5264

射し込む光を感じてゆっくりと目を覚ました。

どうも春眠暁を覚えずとはいうわけにはいかないらしく、頭は寝ていたくても体は起きたいがって仕方がないようだった。

あー、だるぅ。飲み会のせいか重くて仕方がないのを我慢して体を起こすと、既に11時をまわっていた。

こんな時間に起きた自分に少しだけ驚き、やっちゃったかと一瞬思った。

 

「あー…、今日は休みだっけ」

 

起き抜けであまり回っていない頭で考えてみると今日は珍しく何も予定が入っていないことを思い出した。

 

 

大学に入ってからは講義やバイトに時間をとられて暇な時間というのはあまりなかった。

とりあえず朝飯でも食べようと思い、冷蔵庫を開けた。

しかしとても小さいそれの中には缶ビールが数本と調味料が入っているだけで、開いた扉からただ冷気を垂れ流していた。

なにかしらあるよな?他の場所を探しても、一人暮らしの今、自分で買い足した覚えがないのなら見つかるはずもなく、思わずため息が漏れた。

 

窓に目を向けると春の日差しが差し込んでいた。休みに外に出るなんて億劫で仕方がなかったが、このままでいるわけにもいかなかった。

 

 

とりあえず出かけよう。

そう思ったとき何かしらの予定以外で外出するのはひどく久しぶりだったという事を思い出した。買い物なんかも外出のついでに済ましてばかりだった。

ついでに生活用品を買い足しておかないといけないことに気づき、なおさら億劫になったが仕方ない。

 

顔を洗って身支度をする。

着替えを済ませて薄いドアを開けると、暖かそうな日差しとは裏腹な冷えた風が吹き込んできた。三月は春のイメージが強いが、まだ太陽は遠くにあるらしい。

ジャケットでも着るか。そう思って居間に戻ってクローゼットを開けると、目当てのジャケットとは別に白い服が目の端をかすめた。

 

 

聖フランチェスカの制服だった。

 

 

夢から覚めてからも二年の間、袖を通した。

そしてそれを着なくなってからさらに三年。

 

 

あぁ、もうそんなになるんだっけ。

 

ぼんやりと思いながらもジャケットを手に取り、3月の肌寒い気温の中、外に出た。

 

 

 

通っている大学はそれなりに有名で、誰もが知っているようなところ。

だからといってそれは特に目標にしていたわけでなかった。ただ時間が余っていたから勉強していたらそうなった。

この世界では生きることはあまりにも簡単で、なにかに打ち込まなければならないって、急かされるような気持ちがあったから。

剣道は続けているけれど、これといってどうということもない。

結局は、経験がものを言う剣道では、夢をみて強くなりました、なんてことはあり得るはずもなく、四段の審査を控えているくらいだが、その程度だ。

 

忙しい。

 

そうは言ってもあくまで自主的なものだ。

力を抜こうと思えばどこまでも堕落できる。

怠惰を許してはくれない彼女は、もう隣にはいない。

自分の行いに人の命が左右されるなんてこともない。

 

ただの、学生なのだから。

 

 

息が白くはならなくなった、とはいってもそんなことは程度問題で寒いことには変わりない。

気休め程度にしか暖かさを与えてくれない日差しはやけに眩しく、自然と目を細めていた。

できるなら近くのコンビニで済ませたい。しかし生活に余裕がない身としては余計な出費を抑えなければならない。

食料を求める体の声を無視しながらデパートへと向かう。

 

今の住居から街の方へは川が続いている。

川沿いの道を進んでいると、柵越しに水面に反射した光が輝き、目に焼きついた。

 

あっちの世界の川はこんなものじゃなくて、どこまでも広大だったな。

 

そんな言葉が頭に浮かんだが、それだけだった。

揺さぶられるようなことはなかった。

 

無意識にポケットを探り、目当ての物を手に取ったが、乾いた音を立てたそれの中にタバコはもう一本も入ってなかった。

 

うあー。

 

なんとなくうまくいかないことにうなだれる。

 

「なんかグダグダだ」

 

思わずそんなことを口に出したが、それこそ今更過ぎて口にするのも馬鹿らしかった。

 

 

 

デパートに着くと、人の多さにうんざりした。バーゲンなのか分からないけど休日の昼からこんなに多くの人間が買い物を楽しもうとしている。

 

休みなんだから家で寝てればいいのに。

 

自然にそんな言葉が浮かぶ自分がなんとなくダメな人間に近づいているような気がして、その言葉を掻き消す。

とりあえず人の通行の邪魔にならないように端により、ひと息つく。

えーと、食べ物とトイレットペーパー、ほかになんかあったかな?

何を買うのか頭の中で整理しながら自動ドアをくぐった。

 

所持金はそう多いわけじゃない。カードがあるから下ろせばいいのだが、仕送りとバイトだけの生活からなるべく無駄遣いは避けたい。

昔からは考えられないような主婦的な思考に頭が痛くなったが、養われている身としては当然のことだ。

かさばりそうなものを後回しにするために食料品の売り場に足を向けた。

人にぶつからないようにゆっくりとカートを進ませながら、必要なものを一つ一つカゴに入れる。

とりあえず朝食になりそうな食パンやカップメンを中心に入れていく。大学に入ってからは家で食べるものと言えばこんな物ばっかだ。

 

 

もしかしたらあっちにいた時の方がいいものを食べていたかも知れない。

ここには本当に様々な食料があるのに。

どこか皮肉に感じられた。

 

あの時代では高価だった塩や砂糖なんて笑ってしまうくらいの安値で手に入る。

なんとなくボーっと眺めていると店員に変な目で見られたので、誤魔化す様に笑いその場を離れた。

 

いざ会計を済ませてみると、買いこんだつもりだったが、思った以上に荷物は少なかった。

自分の貧乏性にため息が出た。その割にはタバコや飲み会など、体に悪いものには財布の緩むのを自覚しているから更にだ。

いや、まあ大学生だし。バイトや講義の息抜きと思えば。

言い訳としてはどうかと思うが、人よりも努力しているのは確かだ。

努力というのは、少し違うのかもしれないけど。

そんな問答を一人しているのもどうかと思うのでとりあえず忘れよう。

出口へ向かっていると、目の前を誰かが横切り、

 

 

その姿に目を奪われた。

 

 

「あ…」

 

 

グシャリと、何かが落ちる音が遠く聞こえた。

 

その光る金色の髪から、目が離せなかった。

彼女の色だった、その色から。

 

 

痛みを覚えなくなったのは、いつからだっただろう?

こちらの世界で、あっちとの違いを意識するたびに胸をついた、耐え難いくらいの鋭い痛み。

嗚咽がこみ上げ、涙があふれた。叫びだしたい衝動にかられた。

自然となくなっていった。

あの子たちを知る者は誰もいない。あの子たちがいることを証明するものは何もない。

 

誰かに話しても、夢を見ていたんだ、と笑われてしまうだけなんだよ。

 

自分に言い聞かせていた言葉を思い出す。

 

 

自分の中心にはあの子たちとの記憶があった。

何があっても揺るがないような、大きな気持ちが。

それでも人は慣れて行く。俺もそれは変わらない。

痛みを忘れるために勉強に打ち込む。悲しみを感じる暇をなくすために稽古を続ける。

繰り返しているとまるで薄皮を一枚一枚剥いていくように、少しずつ、けれど確実にそれは削れていった。

記憶は薄れていく。痛みも鈍くなっていく。涙は流れない。

今ではあまりに小さく、歪になってしまっている思い。

みんなの顔や声も温もりも、だいぶ色褪せてしまった。

 

 

それでも、それが座る場所だけは昔からまるで動いてはくれない。

 

 

 

顔も背格好も、髪の色以外は何も似ていないその人は既に目の前を去っている。

俺の様子になんて気付くはずもない。

何をしているんだか。馬鹿みたいで笑えてきた。

忘れたつもりでも、たまにこういうことがあるから困るんだよな。

いつの間にか手から落としていた買い物袋を拾い、足早に店を出た。

 

川沿いに道を戻る。

落としてしまった食料は少しつぶれていたが、卵を買っていなかっただけましだと思えた。

家までの道を歩いていてもさっきのことばかりが頭にチラつく。

あー、俺ってほんとめんどくさいな。

本当に、何してるんだか。やけに感傷的になってしまっている自分は昔に戻ってしまったように思えた。

 

「…寒っ」

 

日は朝より高くなり、気温は高くなっているはずが、川の方から吹き込む風は妙に冷たく感じられた。

かじかんでしまった手をポケットに入れる。

このまま帰っても気が滅入りそうだ。そう思うと足は帰り道から外れていた。

どこへ向かっているのかなんてわからない。

俺が一番知りたかった。

行きたい場所はどこにあるんだろうか?

 

 

そうは言ってもこんな都会でどこに行けるわけでもない。

時計ウサギが現れることも、どこまでもツツジが続く道に迷いこむこともなかった。

不思議な体験なんてあれ以来縁がない。

結局、公園に着いた俺は他の所に行く気にもなれず、そのままベンチに腰を下ろした。

なんだか色々なことが面倒になって空を見上げて溜息をついた。

 

 

 

 

なんか呪われてるみたいだ。こんなにも縛られていると。

 

少し呆けた後、デパートで補充したタバコに火をつけながら、そんな風に思った。

 

いっそ忘れさせてくれればいいのに。

だいたい非現実的だよな。夢を見ただけだって方がよっぽど説得力あるよ。

 

何度も繰り返してきた言葉を懲りずに反芻する。

 

タイムスリップなんてあるはずないだろ。

ハーレムを夢見るってどんだけ飢えてんだよ。

 

自分を説得しようとしたそんな言葉は何度繰り返してもタバコの煙と一緒に消えていく。

結局、いつも通りなにひとつ捨てられない。

 

 

本当に忘れさせてくれないかな、華琳、みんな。

いつもそうなんだ。忘れたと思うとどこからか現われて思い出させて。

苦しい時には助けてなんかくれない。

酒とかタバコはやれても、君達のせいで誰かを好きになんてなれない。誰かと付き合おうなんて間違っても思えない。

華琳たちは俺を馬鹿にするけど、これでも結構モテるんだぞ。

可愛い子からの告白を断って及川にホモなのかと真顔で聞かれた事さえあるんだよ。

それでも、君達が中心から動いてくれないんだよ。

 

 

これは罰なのかな、君達を置いていったことに対する。

贖罪なのかな?君達を捨てた罪への

 

 

 

「怨んでやるから」

 

 

 

そんな彼女の言葉を思い出した。

 

 

 

 

「…ッ」

 

吸い込んだ煙がおかしなところに入って激しくせき込んだ。

呼吸が乱れたのを整えるのに時間が必要だったのに、それを待たずに口が開いていた。

 

「…ふざ、けんなよ」

 

腹が立っていた、どうしようもなく。

感情が高ぶっていくのが、なぜか懐かしく感じられた。

口にせずにはいられなかった。

 

 

「…誰がっ」

 

眼尻に浮かんだ涙はせきこんだからだ。

声が震えているは寒さのせいだ

うずくまって顔を隠しているのは、呼吸が整えるためだ。

 

 

「誰が好きで、置いていったっつうんだよ…」

 

 

 

 

 

涙なんて、悲しみなんて、尽きたはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

鬱系ssだけど、結局今まで書いた二作に繋がると思うと素敵。

 


 
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