今日は警邏の日。
最近は手が冷たいのを気にしなくていいから警邏が苦にならなくなってきた。
「お腹すいたなぁ……」
「警邏中にお腹が空いただなんて、一刀様みたいな事を言うんですのね」
「……そういえば、一刀は警邏中にちょいちょい何か食べたりしてたなぁ。
というか最近気になってたんだけど静里、何時から一刀の呼び方変わったっけ?
ちょっと前まで一刀さんって呼んでたような……」
「そういえばそうですの。特に意識したわけじゃ無かったのですけど」
涼音の言葉に首をかしげる。
……、公然とそう呼ぶようになったのは、どう考えてもあの時からだと思う。
そう呼びたいとは思っていたし、最近まで胸の内ではそう呼んでいたのだけれど……。
あの時思わず一刀様を前にそう呼んでしまったのがきっかけだと思う。
「それだけ気に入ったってだけの事だろうし、どうこう言うつもりは無いけどね」
「そうですの。深い理由というのはありませんのよ?」
細かく詮索しないでくれるのはありがたいと思う。
あんな醜態を晒したなんて極力隠しておきたいし。
……一刀様から見れば、可愛い所もあるなぁ、の一言で終わりだったけれど。
感情に流されて、それで失敗して動揺して、あげく冷静さを完全になくして泣いてしまったなんて……。
「静里が女の子の顔してる……」
「どういう事ですの?」
あの夜の事を思い出して表情に出てしまっただろうか……。
「私も一刀に手を出そうかなぁ……。静里のその顔見てると羨ましいよ」
「競争率は高いですのよ? それに正妻様は決まっているようですし」
「だろうなぁ。お、ウワサをすれば……」
涼音が歩調を早めて行く先を見ればそこには一刀様の姿があった。
本屋さんで立ち読みをしてらっしゃるようだけど……。
「一刀、何やってるの?」
「ん、いや……。立ち読み。ちょっと参考に」
手に持っている本は……、花言葉の本?
「そうだ、ちょうど良かった、ちょっと2人に聞きたい事があるんだけど」
「分かる事なら答えるよ」
「同じくですの」
「真名って、つけるときに何か形式とか禁忌ってあったりするの?」
「と、とうとう誰かを孕ませたの!?」
涼音の言葉に思わず自分のお腹に手を当てる。残念ながらその兆候は無い。
まだあるはずもないのだけど。
「いや、そういうんじゃないよ。名前をつけてくれって頼まれただけ」
「んー、真名を書いた紙はすぐ燃やす、というぐらいでしょうか?
真名の文字まで知られてしまうと、たやすく呪いをかけられる、なんていう話しも昔はあったそうですから。
今は、そう厳格な物でもありませんですの。それにしても誰のお名前ですの?」
「あ、それ私も気になるなぁ」
「華雄だよ。ありがとう、助かったよ」
思わず涼音と顔を見合わせる。確かに華雄さんの真名は聞いたことが無かったが、
伴侶にしか許さないとかだと思っていた。まさか真名が無いとは。
確かに、稀ではあるけど事情があって真名を持たない人が居るのは知っていたけど
こんなに身近に居たなんて。
「それじゃ、俺は先に城に戻るよ」
一刀様が城に戻るのを見送り、涼音が口を開く。
「ちょっと羨ましい……」
「奇遇ですのね、私もですの」
自分が認めた本当に敬愛する人に真名をつけてもらう。
こんな幸福はあまり無いんじゃないだろうか。
「その真名って、ある意味私達の真名以上に重いんじゃ?」
「敬愛する主というのは、親より大事であったりする事も多いですの。
その人がつけてくれた真名を汚されたならば、それは同時にその人物を汚したも同じですの。
……、何かあれば訂正する間もなく即座に首が飛んでもおかしくないと思いますの」
「だよね」
「もっとも、華雄さんの今の性格なら大丈夫だとは思いますの。
昔は猪突猛進を絵に書いたような人だったそうですけど」
「あの華雄がそんな猪武者だったの?」
「挑発に乗って酷い負け方をして以来、挑発に乗らぬようつとめて、
戦術等についても相当勉強したと聞きましたの」
「人に歴史ありだねぇ……」
───────────────────────
「ん? 主も今日は非番だったか?」
「まぁね、やっぱりここに居たのか」
中庭に来ると、華雄が座ってのんびりしていた。
華雄は休みの日はこの辺で座っていたり、誰かと模擬戦をしていたりすることが多いきがする。
「私に用事か?」
「うん、長らく預かってた案件が終わったからね」
「……私の真名の事か?」
「そうだよ」
懐から折りたたんだ紙を取り出すと、華雄の表情が真剣になる。
華雄に手渡すと恐る恐るといった風にそれを広げる。
「これでどうかなと思うんだけど」
「鈴花……。私にはちょっと可愛らし過ぎるな……」
少し顔を赤くして、頬を指先でポリポリとやる姿は妙に可愛い。
「そんなこと無いと思うけどね、気に入らない?」
「いや、そんなことは無いが……。この名にはどんな意味が込められているか、教えてくれるか?」
「察しはついてるかもしれないけど、鈴蘭から取ってるよ。
鈴蘭には幸福が訪れる、という花言葉があるから。幸福を願ってってところかな」
「幸福……か」
桂花とか、蓮華とか、花から真名を付けてる人も多いし、花の名前で行こうと考えて、
花言葉の本を必死に読み漁ったりしてみたのは秘密。
もっとも、静里や涼音の口から広まるのはすぐかもしれないけど。
「この名前で、大丈夫?」
「主が苦労して考えてくれたのだ、私に否はない。
この名を賜る事を誇りに思う」
そういって、自然な動作で膝をつき、俺に向かって礼をする。
こんな時は何て返せばいいんだろうなぁ。
「改めて、これからもよろしくね、鈴花」
今付けたばかりの真名を呼ぶと、パッと顔を上げて、普段から想像できないような嬉しそうな顔をして。
何だかこっちが照れくさくなる。
「やはり、嬉しい物だな」
「俺も前は真名が無くて仲間はずれみたいだったから、気持ちが分かる気がする」
「そうだな……主、一刀もそうだったな。
しかし『幸福が訪れる』か。一刀から真名をもらっただけでも、私は十分幸福なのだが、
これ以上幸福が訪れると言うなら、少し怖くもあるな。
さて……、月達に報告してくるとしよう。真名を教えておかなければならんからな」
翌日、朝議の時、鈴花が真名を主要なみんなに教えてたんだけど、
なんというか……、羨望の視線がすごかった気がする。
鈴花は気にしたような様子も無かったけど。
口に出して羨ましいって言ってる子も居たし……。誰とは言わないけど。
でも、華雄の真名を考えるっていう大きい仕事が無事に終わって良かった。
あとがき
どうも黒天です。
今回は長らく無かった華雄さんの真名の件のお話になりました。
短めですが雰囲気出てればいいなと思います。
次もこれぐらいで更新できればいいんですけどねー……。
短めのを短期間で投下していくのもいいかもしれませんね。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
Tweet |
|
|
19
|
3
|
追加するフォルダを選択
今回はちょっと短めです。