時刻は夕刻。今日の各部署の纏めを持って、とんとんと扉を叩く。
今日はいつもと違って開いている。という言葉は帰ってこない。
そっとドアノブをひねるとそれはいつもの様に軽く開く。
「一刀様? いらっしゃいませんの?」
そっと覗きこむと、一刀様は椅子に座ったまま寝ているようだった。
「そんな寝かたをしていたら風邪を引きますのよー?」
ドアをそっとしめながら、近寄ってみる。
ずいぶんお疲れなのか、近寄ってみても全く起きる気配が無い。
私は特に気配を消したりとかそういう事はしていないのに。
じっと寝顔を覗き込む。
「本当に良く寝てらっしゃいますのね」
桂花さん達は良くこの顔を見ているかと思うと少し嫉妬してしまう。
それにしても本当に無防備。もし私が敵の刺客だったらどうするつもりだろう。
「一刀様?」
間近から呼びかけてみても返事は無い。
熟睡しているその様子に、思わずイケナイ考えが頭の中に浮かんでくる。
こっそりくちづけぐらいは出来るのではないか……。
変人の私も乙女なんだなぁ、何て他人事のように思いながら。
付き合いが短いとはいえ、私も一刀様を慕っているのは自覚しているし。
一刀様は、こんな私でもちゃんと見て、評価してくれるし、あ、頭を撫で撫でしてくれたりするし……。
考えれば考えるほど、頭がぼーっとして霞がかかったようで、自制が効かなくなる。
無意識に顔を寄せてしまう、胸の鼓動がうるさい。これで一刀様を起こしてしまいそうな気がするほど。
もう少し、と言う所ではっと我に帰り、慌てて顔を引き離す。
一刀様は、聞く話ではもし女性の側から酒の勢いで誘いをかけても、絶対断るような人だ。
であれば、寝込みを襲うような真似は嫌うハズなのだ。もしこんな事をしようとしたとしれた……ら……?
一刀様と目が合った。何時から目を覚まして……?
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「何やってるの?」
何か不穏な気配を感じて目を覚ましたら静里の顔が目の前にあってすっごいびっくりした。
「ち、違いますの!? こ、これはその……!」
いつもの静里らしくない、非常に動揺した様子で、顔を真っ赤にしてあわあわと天泣のような慌て方。
漫画だったら目が渦巻きになっていそうな慌てぶり。
もしかして……
そう思って自分の唇に触れる。
「ま、まだしてません! ……あ」
しまった、というような顔。まだ、と言うことはつまり、キスしようとしてたって事を自白しちゃったわけで……。
慌て過ぎだなぁ、普段なら絶対そんな失言しないだろうに。
俺がそう考える内に、顔色は赤から血の気の引いた青へと変わっていく。
「あ、あああ……。し、失礼しましっ!?」
「ちょいまち!」
慌てて逃げようとするので、その手をつかんで阻止。その表情で俺の部屋から飛び出されると色々とマズい。
「……」
取り繕う言葉も出てこないらしく、金魚のように口を開けたり閉じたり。
数秒そうしていたかと思えば、目に涙が溜まり、ぽろぽろと泣き始めてしまった。
「申し訳ありません……。自制しきれませんでした……」
「い、いや、別にそんな怒ってないけどさ」
ちょっとビックリしただけで。
「一刀様は、そういう行為は許さない人ではありませんの……?
お酒の勢いで、とか、そういうのも嫌いだとお聞きしてましたの……」
涙目で、上目遣いで見上げられるとゾクっとする。
ただでさえ上目遣いには弱いというのに、普段とのギャップがまた……。たまりません。
まぁそんな内心は極力表情に出さないようにして……。
「あー。後から後悔してほしく無いからねぇ……。極力、酒の席で、とかいうのは断るようにしてるけど」
「じゃ、じゃあやっぱり私は嫌われてしまうのでは……」
「相手の気持ちを無視するのは褒められた事じゃないけどね。
でも結局未遂だったんだし、それぐらいのことじゃ嫌ったりしないし。
そこまで静里が俺の事を慕ってくれてたのは、意外だったけど」
何か最近予想外の行動を取る子が多い気がする。詠の件とかもそうだし。
「一刀様が、あまりに無防備でしたので、魔が刺してしまいましたの……。
で、でも……、私のような変人に好かれても、嬉しくないのではありませんの?」
「そんなこと無いけどなぁ、静里が好いてくれてるなら嬉しいけど」
「本当ですか? で、では私が今夜ここに泊まりたいと言ったら……」
「あー……、申し訳ないけど今夜は無理。桂花と飲む約束があるから。
まだ時間があるから、お茶飲んでくぐらいならいいけどね」
「あ、確かにそれは優先しないといけませんですの。正妻様ですもの」
「ぶふっ」
思わず吹いてしまった。不意打ちは良くないと思います。
というか婚約の話ってまだ殆ど他にしてないはずなんだけど。
「お姉様が言ってましたの。一刀様の正妻は桂花さんだろうって。
それに平時だと週に2回ほど、桂花さんと一刀様が夜一緒に居るのは有名なお話ですのよ?」
「まぁ、別に隠しても無いしね」
朱里の仕業か。確かに飲んだり、のんびり話してたりとか、時にはそのまま一緒に寝たり、なんてことが週に1~2回あるのは事実だし。
でもそんな有名な話しだったのか……。
「はぁ、一刀様と出会ったのが遅かったのが悔やまれますの。一番に出会っていれば……。
同じ事を思ってる人は多そうですの」
笑って誤魔化しつつ、お茶を入れて、お茶請けに今日はケーキが無いので干し柿を出し。
座るように促すと、静里は素直にそれに従う。
暖かくなってきたし今年はそろそろ火鉢もお役御免だなぁ。なんて思いながら。
静里が落ち着いてくれたので一安心した。
「言葉でもちゃんとお伝えしておきますの。私も、一刀様をお慕いしてますのよ?
お姉様にも負けないぐらい」
「ありがとう」
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草木も眠る丑三つ時、足音を殺し、息を殺し、気配を殺し、周囲の気配を探り、人気が無いのを確信するとゆっくりと目的のドアを開ける。
初めて入るが、他の部屋と間取りが変わらない部屋、目的地……寝台へと忍び寄る。
まだ夜は冷えるが火鉢に火が入っているようで部屋は温かい。
寝台を覗き込むと、無防備に眠っている姿。月明かりに照らされた柔肌は白く、妙に艶めかしい。
いつも二つの輪にしている髪は寝ている時は流石に下ろしているようで、普段見ない姿にドキリとする。
うん……静里の部屋に忍び込んだんだけどさ。
何でこんなことしてるかっていえば、この前キス未遂事件の後、
お茶を飲んでる時に静里がとんでもない事を言い出したから。
まず俺に、誰かの寝込みを襲ったことはあるか? という質問から。この時点でお茶吹いたんだけどさ。
襲ってみたいと思った事があるか? って言われて思わず、思っただけならあるって答えちゃったんだよね。
そしたら、襲って欲しい、って言い出すんだもん……。
流石に断ったけど、今しらふだから後悔しないし、本当ならそのまま抱いて欲しいぐらいだけど、
桂花の事もあるし、今日はおとなしく引き下がるからわがままを聞いてほしい。何より自分がそうして欲しいから
っていうような事を言われて断れなかったんだよね……。
その時の条件として、日時を知らせない。日時が分かってたら眠れない、とのこと。
後は起こそうとして起こしちゃだめだけど、代わりに縛ろうが裸にしようが俺の好きにしていいとも言われたけど……。
……静里の策に嵌った気がする。
桂花や天泣を起こしに行った時、いけない妄想をすることもあるけど、実際やるとなると、いや正直ヤバい。
こんなにドキドキしたことあったっけ? そんなレベルだ。
寝てる子を襲うっていう背徳感もあるんだろうけど、起こさないようにというのがまた……。
しかも静里とはキスもまだ。
まだ肉体関係が無いというのも興奮する一因だろうか。
正直遠慮があるが、引き下がるという選択肢はなかった。
恐る恐る唇を重ねる。それだけでも異常なほど胸が高鳴る。
それでも行動を起こしてしまうと、躊躇がなくなって来る。体に手を這わせ、まさぐる。
静里が時折寝言のように小さく声を出す度にドキリとする。怒られる事など無いのに。
そしてしばらく後、静里がパチリと目を開き、一瞬の間があった後、思い切り抱きつかれてベッドへ引きずり込まれてしまった。
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「一刀様、もう朝ですのよ……? さすがにもう……しない……ですのよね?」
はい、今しがたまで完全にケダモノになってました。
カーテン越しに差し込む朝日が眩しい。静里はといえば、ぐったりした様子で俺にしなだれかかっている。
「腰が立たないかもしれないですの……。うぅ……初めてですのに……」
「ごめん、自制が効かなかった……」
「ふふ……、でもそこまで、と、いうことは私の読みが当たったようですの」
「変な趣味に目覚めたらどうしよう……」
静里は口元に笑みを作り、耳元へ唇を寄せてくる。
「静里はそういった事でも、いつでも受け入れますのよ? 一刀様」
してやられたなぁ。それが率直な感想だった。
あとがき
どうも黒天です。
また随分更新が開いてしまいました。
どれだけ豆腐メンタルなんでしょうね、自分。
さて、今回はJack Tlamさんちの静里さんが食べられてしまいました。
実は事後シーンを書くのはJackさんと約束してました。
夜シーンはチキンレースで結構キワドい所までいってみたつもり。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
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お久しぶりです。
今回は丸々一話静里さんのお話。