劉永はかつてないほどに緊張していた。
心の蔵は激しく鐘を打ちならし、握った手には汗がにじむ。頬は紅潮しているのがわかるほど熱を持ち、何も考えることができない。
それはすべて隣に座る女性のせいだ。
魏の楽進隊隊長・楽進こと凪の姪で楽進隊の兵である少女―――楽仁。
白帝城下で劉永が出合い、一目で恋に落ちた少女が隣に座っているのだ。
一方の楽仁―――朱莉も目が覚めたら想い人の姿が―――というシチュエーションに脳内は大混乱状態だった。
(こ、これはいったいどういうことなんだ!?)
目がすっきりとさえた後、彼に中庭の片隅にあるベンチに誘われて2人並んで座っている次第なのだが、頭がいっぱいいっぱいで何を喋っていいやらわからない。
「あの・・・」
「は、はいっ!」
劉永の声に思わず声が裏返る朱莉。彼のほうに顔を向けると、彼は顔を真っ赤に染めて頭を下げてきた。
「楽仁さん、あの時は・・・本当にごめんなさい」
「え?」
何のことかわからない朱莉は緊張していたことを忘れてきょとんとする。
「あの白帝の町であなたに・・・その」
「あっ・・・!」
何のことか見当がついた朱莉は真っ赤に頬を染める。劉永は心の底から申し訳なさそうにしており、もし彼に犬の尻尾があったなら元気なく垂れているのだろうなと何となく思った。
「い、いや気にしないでください。あれは事故のようなものですし・・・ですから劉永様、頭をあげてください」
「・・・許してくれてありがとうございます。でも俺、ちょっと嬉しかったです」
「え?」
「初めてのキスの相手が楽仁さんみたいな綺麗な人で」
「!?!?」
劉永の微笑みに、ボッと湯気が出そうになるぐらい顔が真っ赤になる朱莉。
「お、お戯れを・・・こんな傷だらけの女をき、綺麗なんて・・・」
伯母同様、訓練や異民族との戦いで傷だらけの肌を恥じる朱莉。生まれてこの方自分を綺麗なんて言ってくれた異性は、それこそ彼女の父親ぐらいしかいない。そんな自分を綺麗なんて・・・
「そんな事言わないでください、楽仁さん。あなたは本当に綺麗ですし、その傷だって民を守るために負ったものです。誇りこそすれ恥じることなんかないです」
「劉永様・・・!」
「あなたは綺麗です、楽仁さん。もっと自分に自信を持って、卑下なんかしないでください」
劉永は確信を持って彼女の瞳を見つめ、両の手をギュッと握る。
「・・・朱莉です」
「え?」
「わたしの真名は朱莉と言います。これからは朱莉とお呼びください、劉永様」
夕日を背に、そう言ってほほ笑んだ彼女はとても綺麗で―――
劉永はこの微笑みを忘れることは一生ない、そう確信した。
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朱莉と劉永という二つの糸がついに重なり合いました。
第12弾です。