孫呉の王と龍の御子:三~味噌汁と天の御遣い~
この物語は、主夫な武将とちょっと我儘な君主、最強の動物系武将にそのうちおっとり未亡人とかも入れたいなぁと思っているほのぼのアットホームストーリーである。
……訳がない。
トントントントン
洛陽。その一角にある大きくもなければ小さくも無い、まあどちらかと言えば大きいかなというそんな屋敷。
コトコトコトコト
時は早朝。朝餉の時刻よりやや前。
グツグツグツグツ
厨房から聞こえる料理の音と。
「ホワイト学割は学生も家族も¥490♪でも味噌汁つかない~♪」
さ○まさしの『私は犬になりたい¥490』
歌っているのは孫策軍の新米武将にして最強の主夫・龍泰。
その後ろで卓につき、今か今かと料理のできるのを待つのはご存じ最強の癒し系武将・呂布。
前話の戦いの後、龍泰の鬼気迫る説得により一命を助けられた呂布は、董卓及びその配下、そして彼女の友達達の身柄の保護を条件に孫策軍の軍門に降り、洛陽場内における活動拠点の一つとして自分の邸宅を提供していた。
龍泰達が入城した時、洛陽は荒れ果てていた。しかし史実における反董卓連合結成後の荒廃に比べればかなりましであったと言わざるを得ない。
なんせ、史実では洛陽は完全に焼き払われ曹操が漢帝を保護してから荊州で関羽との激戦が繰り広げられる頃まで復興は果たされていないのだ。
そのため諸侯による洛陽の復興作業は思いのほか進んでいる。復興できるレベルの損害が、逆に復興させることによって得られる名声という餌を諸侯に与えたのだろう。
そんな中、孫策軍も復興作業の傍ら宮城から姿を消していた董卓や漢帝の身柄を捜索している。
(恋から聞いた董卓の容貌や性格といい、この洛陽といい、孫堅がすでに死んでいる事といい、漢帝の不在といい……やはり本来の三国志からは根本のところで何かがずれているようですね)
「……ご飯」
「あ、はいはい。すぐにできますよ~」
お玉に掬った味噌汁の味をみる。
(ああ、やはりお味噌は合わせが一番ですねぇ)
余談だが、この味噌は海向こうの島国から漂着した一人の男が知っていた味噌の製法に龍泰が未来の知識で改良を加えたものだ。
さらに余談だが、味噌の歴史は縄文時代まで遡り実際に漢王朝や三国時代に何らかの形で伝わっていたとしてもありえないことではない。
「おう。恋も起きておったか」
「おはようございます祭さん」
「おはよう。どれ早速寝起きの一杯を…」
部屋に入ってくるなり酒棚に手を伸ばした祭に、龍泰は背を向けたまま。
「先に顔を洗って来てください」
「……ちっ」
小さく舌打ちをして食堂を出て行く祭と入れ違いに冥琳が入ってきた。
一瞥して見るに、顔も洗い身だしなみもきちんとしている。
ただ幾分か疲れが見えるのは激務故だろうか。
(周喩が死ぬのは赤壁の後30半ばだったはず……これから時代がどれくらいの速度で進んでいくのかしっかりと見極めなければいけませんね)
「おはようございます冥琳さん」
「おはよう。何か手伝う事はあるか?」
「そうですね。でしたら料理をお皿によそっておいていただけますか?私は雪蓮様を起こして来ますので」
「解った…しかし、雪蓮は昨夜相当飲んでいたようだし簡単には起きないぞ」
「まあそこは工夫ですよ」
くっくっと笑う冥琳にそうですね~といった風に笑みを向けて龍泰は部屋を後にした。
大きな虎の描かれたエプロンを翻して。
「雪蓮様~雪蓮様~!朝ですよ~」
心地よいまどろみをぶち壊す穏やかな声に、雪蓮は一瞬殺意を抱きながらももごもごと布団を動かし声に背を向けた。
「眠い~寝かせて~~」
「……そうですか」
妖怪・布団かぶりと化した主君の姿に彼女を起こしにきた龍泰はやれやれと溜息をつき。
「では、江東から持ってきた米を炊いたふっくらごはんに私特製の合わせ味噌の味噌汁、ようやく復興し始めた朝市に顔をだして入手してきた魚の焼き物。その他私の漬けたお漬け物にほうれん草の胡麻和え……そういった諸々の朝ごはんは全ていらないという事ですね」
「………おはよう」
「おはようございます」
江東の虎の娘・孫伯符。
彼女も一流の主夫の朝食の魅力には抗いがたかった。
「では、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
ハグハグハグハグ……
「うむ。相変わらず良い焼き加減じゃ。酒もすすむ」
「祭殿。朝方からあまり飲まれないように…」
「そうですよ祭殿。飲み過ぎは体に毒です」
「むむ…最近どうも小五月蝿いのが増えて厄介じゃわい」
「ほほう。では祭殿は今晩の夕食と晩酌はいらないのですね」
「それは良い。丁度夜間訓練の計画案が出来ていることだし、三日程洛陽郊外を廻ってもらおう」
「待て待て待て待てぇ~い」
慌てる祭。それを見て苦笑する冥琳に穏やかに笑う龍泰。黙々と飯を食べる恋に私もお酒飲みたいという目で祭の酒甕を見る雪蓮。
ちょっとずれている気がしないでもないが、何気ない平穏がそこにある。
洛陽入城後。何の気無しに雪蓮達が食べた龍泰の味噌汁が好評で、気付けば龍泰が皆の食事係になってしまったのが一月前。以来。それぞれが激務に追われる中でもこの朝の団欒は欠かしたことがない(祭だけが酒を飲んでいる理由はそのうち書こう)。
本来は浮葉もこの場にいるのだが、今日は仕事の都合上外出中である。
「おや、恋。口元が汚れていますよ」
「ん…」
「そちらではなくて…ほら動かないで」
恋の口元の汚れを龍泰は付近で丁寧に拭う。
それを恋はくすぐったそうに眼を細めて受け入れる。
「…はい。取れましたよ」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
にっこりと笑う龍泰に自然と笑みのこぼれる恋。
その隣では……。
「う~恋ばっかりずるい」
「雪蓮…行儀が悪いぞ」
「え~ん。冥琳慰めてぇ~」
雪蓮が拗ねていた。
「時に…洛陽には後どれほど滞在されるおつもりですか?」
ふと龍泰が口にした質問に冥琳が箸を置いて答える。
「あと一週間といったところだな。あまり本拠地を空けるのは不味い」
「では、それからいよいよ…」
「うむ…」
龍泰と冥琳の間に流れる緊迫した空気。
そう、江東に帰るということは独立を賭けた袁術との戦いが始まるという事なのだ。
それは龍泰の知る三国志の歴史を根底から塗り変える出来事。
史実では孫策は袁術から独立をしたものの袁術を滅ぼすことはしていない。というよりも一時的には大陸でも一二を争う大勢力であった袁術と戦火を交えることは出来なかったと考えて良い。
しかし今雪蓮達はそれをやろうとしており、実際にそれだけの力もある。
もしこのクーデターが成ったならば歴史を変える意味で大きな意味が幾つかある。
その最たるものの一つは純粋な国力が今まで以上に跳ね上がるという事。もう一つは中原に対する最大の前線基地が手に入るということである。
長江の流れもあり雪蓮達の本拠の護りは固い。しかし中原に出るには長江を越えて揚州の北・盧江郡や袁術の本拠である寿春、もしくは徐州を抑える必要がある。
孫権が幾度となく合肥で魏と戦端を開いたのは有名だが、あれは単なる国土をめぐる争いではない。合肥を抜ければ盧江、寿春があり。そこを抑えられれば魏は許昌を始めとする要所が危機に曝される。言わば国家の行く末を握る地を巡る戦いだったのだ。
加えて寿春は東西南北全てに通じる交通の要所であり、軍事的政治的にも抑えるべき兵家必争の地なのである。
(袁術を討ちその領土を押さえれば、雪蓮様は間違いなく天下に近付く……)
仕えるからには雪蓮を天下人にしたい。そんな思いが龍泰に目覚めつつあった。
「ああもう。二人とも朝っぱらからそんな話しないの。今は朝食の時間なんだから、ね?」
酷く真剣な顔で(しかも龍泰にいたっては箸を持ったまま)黙り込んだ龍泰と冥琳に雪蓮があきれたような顔でそう言う。
その言葉に、二人はハッとしてバツが悪そうに笑うとおもむろにそれぞれおかずを頬張った。
それから半刻程後。
「行ってきま~す」
「行ってらっしゃいませ」
馬に跨り元気よく屋敷を後にした雪蓮を見送り、龍泰は大きく伸びをした。
今日は彼の担当になっている董卓捜索に関しての報告をまとめねばならない。とはいえ、逆に言えばその他に仕事は無い。
いやむしろ彼の仕事は他にある。
「では…はりきっていきますか」
颯爽と屋敷の中に戻るや、龍泰はまず朝食の食器を洗い洗濯を済ませ(無論、屋敷にいる者全員ぶんである…そこ、羨ましそうな顔をしない)幾つかの部屋の掃除を手早くすませる。
それらの動作にはまったく無駄がない。熟練の侍女すらかくやと言う手並みである。
「お掃除はこれくらいにして…お昼の準備でもしますか」
テクテクと厨房に向かい庭に面した廊下を歩く龍泰。
昼の準備とは言ったが、朝の残り物に火を通すだけの簡単なものだ。
「おや?あれは…」
ふと庭の木立の陰に転がる紅い髪の毛を見つけ、龍泰はやれやれと笑うとひょいと手すりを乗り越えてそこへと歩いて行く。
「恋…赤兎君達と遊んでいるのですか?」
「あ…」
ひょっこりと顔を出した龍泰に、恋は少しだけ驚いた顔で彼を見る。
見れば彼女の周りには彼女の友達…様々な動物たちが緑の絨毯の上に気持ちよさげに寝そべっていた。
「うん…お日さま…ぽかぽか……良い気持ち」
「そうですねぇ。今日は良い天気です」
言われて見上げる青空は雲一つなく、かといって決して強すぎない日差しが降り注ぎ、横になったならばそのまま寝てしまいそうな陽気だ。
(洗濯物がよく乾きそう…なんて思ってしまうのは悲しい性ですねぇ)
主夫ですから。
そんな事を思っていると、ふと恋が龍泰の服の裾を引いた。
一瞬、キョトンとした龍泰だったが、すぐさま恋の意図を察するとおもむろに彼女の隣に腰を降ろす。
そしてその膝の上にコテンと恋が頭を落とした。
俗にいう膝枕。その体勢で龍泰は恋の頭を優しく撫でる。
彼女を捕えた当初は当然ながら打ち解けるまでかなりの時間がかかると思っていた。ところが雪蓮に董卓と動物達の保護を約束させるや、恋はすんなりと皆を受け入れた。
(純粋なんでしょうねぇ…良くも悪くも)
それどころか真名まで許し、何故かそれに対抗意識を燃やした雪蓮が龍泰に真名を教え、主君が教えるならばということで冥琳と祭も教え……当然、龍泰も真名を教えた。
真名を教え合う。それは特別な絆で互いが結ばれるという事。
そう言う意味で龍泰は恋に感謝しなくてはいけないのかもしれない。
「……味噌」
「え?」
「体から、味噌の匂いがする」
「……あまり嬉しくありませんねぇ」
思いがけない恋の言葉に苦笑する龍泰。
「……あったかい匂い」
「…そうですか」
ぽふぽふと恋の頭を叩くと、くすぐったそうに身をよじる恋。
流れる穏やかな時間。ほんの一月前までは大陸の戦乱の中心地であった都市であることを忘れるような時間。
「皆があなたのようだったら…争いなんて起こらないのかもしれませんねぇ」
そんなことを龍泰が漏らしたその時だった。
「おーい。北郷。こっちであっているのか?」
「ああ、こっちから確かに俺の故郷にあった食材の匂いがするんだ」
塀の向こうからそんな声が聞こえてきた。
「へぇ…その食材は何て言うんだ?」
「うん。味噌って言うんだけど」
思わず龍泰はびくりと身を震わせていた。
驚いた恋が目を開いて龍泰を見上げるが、龍泰はそれにすら気づきていない。
味噌を知っている。故郷の匂い。堀の向こうの人物は間違いなくそう言った。
つまり、声の人物は味噌のある世界から来た人物。
(もしや私と同じように未来から来た人物……!?)
「う~ん…この家の中からみたいだなぁ」
ひょいと堀に入った大きな亀裂から顔を出した人物と目が合う。
それは精悍な顔立ちの中にもどこか少年の面影を残した青年だった。
「あ……」
龍泰と目が合い(しかも彼は恋を膝枕したままだ)固まる青年。後ろからは「どうしたんだよ北郷」と声がする。
「…………」
しばらく青年の顔を見つめた後、おもむろに龍泰は口を開く。
「味噌汁でもいかがです?」
~続く~
後書き
気分転換に思うがままに書きました。
うん。わけわかりません。まじですみません。
とりあえず、龍泰に雪蓮達が真名を許す場面はカットしました。なんというか…今更な展開しか思いつかなかったもので。
というか雪蓮が目立ってない…これじゃタイトル詐欺だ……。
……切腹!!
ちなみに龍泰の真名ですが…うーむ、良い案がうかばないんですよねぇ。もしもこんなのどうだろう言う方がいらっしゃったら是非御意見をいただきたいです。結構なやんで、亜毘主(アビス)とか考えてしまうくらいでして……。
そして登場した一刀君。またして彼はどこの勢力にいるのでしょうか?果たしてこれから龍泰との関係はどうなるのか?
……見捨てられないようにあとがきで好奇心をくすぐっておきます
何はともあれ、帝記北郷と同様にこちらもよろしくお願いします。
追記
さだまさしをこよなく愛する方。あの歌を使った意味が味噌汁以外に解ったら一緒に焼き鳥を肴に焼酎のお湯割りを飲みましょう
次回予告
天の御遣い・北郷一刀との出会い。
それが龍泰に外史の持つ可能性を教える。
そして彼は雪蓮を天下人にすべくある行動をとる。
一方、冥琳は黄昏の公園で一人の人物に出会う。
その人物とは……
次回「孫呉の王と龍の御子・四~旅立ちと黄昏の賢者(サヴァン)~」
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忘れられたころに書いてみる
帝記北郷の展開が最近重いので、作者的にも息抜きです。
オリキャラ注意
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