〔主は知らんでいいことじゃ。気にするでない。なに、代わりと言ってはなんじゃが、本意ではないが少し『魔法』というものを教えてやろう〕
「えっ、ほんと?」
純粋に嬉しかった。少しでもまともな魔法使いに近づける道を、魔道の祖とまで呼ばれる魔女に指南してもらえるなら願ったり叶ったりだった。
〔主を謀(たばか)っても仕方がないじゃろ。そうじゃの、主は『魔法』というものの根本をわかっておらん〕
「ま、魔法ぐらいわかってるわよ。幽星気(エーテル)に形を与え、質量を与え、意味を与えるのが魔術。現世の法を曲げ、そして、現世に新たな法を作る魔道事象を人が自らの魔力を使って発現されることを魔法と呼ぶ。そんなの魔法使いなら誰でも知ってるよ」
まるで教科書を暗唱するようにエディは言う。実際、エディの持つ魔法学園の教本にはそう書いてあるのだろう。
〔それは上辺だけのお行儀のいい結果論にすぎん。もっと根元的な、魔法の定義概念から言えば、魔法とは『願い』を叶えるものじゃ〕
「願いを叶える?」
〔つまり、何か今無いモノを願い、そしてそれを未来に得る為の手段。それが『魔法』じゃ〕
エディは何やら腑に落ちない様子で、幾度となく首を傾げてみせた。
〔一番わかりやすい例が、主が使おうとやっきになっておった『炎』じゃ。あれは基礎というだけあって非常にわかりやすい。まず、今は無い火があればと願い。そして己が魔力を糧に火を発現させる。単純でわかりやすい魔法じゃ。他にも例はいくらでもある。誰かに不幸があって欲しいと願う『呪い』、知れぬはずのものを知りたいと願う『占い』。更に言えば、未来にこう自身はありたいと願う『願掛け』も魔法の一種じゃ。そう考えれば根元的な魔法というものがより良くわかるじゃろ〕
「……、でも、ユーシーズの言う魔法と呪言(スペル)魔術は全然が違う」
そう、魔女が語る魔法はエディ達が実際に行使しているものとは違う。そもそも魔法というモノが生まれたときの根元、古典的魔法の概念を語っているのだ。
〔ほう、いいところに気付いたな。満更ただの馬鹿
とは違うようじゃ〕
「馬鹿馬鹿言わないでよ。私、座学は割といいんだから」
その割とは、あまり誉められた学力ではないのだが、それでも学園内では中の下は越えている。しかし、この呪言(スペル)魔術全盛の時代に、座学だけが出来ても意味はない。
〔くくく、割とのぅ。まぁよい。話を戻すと、主らの使う呪言(スペル)魔術は、火を出したり、宙に浮いたり、一時的で即物的な魔術じゃ。『願掛け』のような体現を望む魔術とは見た目も全く異なる。それはな、魔術としての難度の差じゃ」
「難度?」
〔例えば『炎』で火を発現させた場合。そこに関わる現象の要素は炎の出る方向。炎の大きさ、温度程度しかないじゃろ。それなら初歩中の初歩、定めることが少なくて簡単じゃ。しかし『願掛け』は難しいぞ。遠き未来の複雑な、関係ない者には些事と思えることまで操らねばならん〕
「『願掛け』ってそんなに複雑なの? あれってなんとなくぼんやりした目標を立てるだけじゃないの?」
〔前言撤回じゃ、主は馬鹿じゃの〕
「だ、だから馬鹿って言うな! そりゃ、私はちょっと頭弱いかもしれないけど……。で、でも、暗記はわりかし出来るんだから!」
そんなことがエディの自信の支えなのか、言い淀むように顔を伏せがちだったエディは、虚勢ではあるが胸を張ってみせる。人付き合いがあまり得意な方ではなく、いつも弱気なエディだが、彼女にしか見えないユーシーズに対しては、なぜかしら強く出ることが出来る。それは顔が瓜二つであるという親近感のお陰なのだろうか。
〔それで、馬鹿な主が『願掛け』をするとしたら何を願う?〕
「えっ、私? そりゃ立派な魔法使いになれますように、かな」
〔では、その立派な魔法使い様とやらにはどうすればなれるのじゃ?〕
「どうすればって……」
それ以上言葉が続かなかった。エディもユーシーズがどうしてそんな質問をしたのかを理解する。
〔幾つ魔法が使えればよい? どれほど大がかりな魔法が使えればよい? 何年後になればよい? どの手順を追って何を成し遂げればよのじゃ? 立派な魔法使いとは、そもそも何じゃて?〕
エディはぐうの音も出ない。一体何をもって立派な魔法使いと言っていいのか、その定義の難しさに改めて気付く。
〔そんな本人にもわからぬことをさせようとする魔法が、単に炎を出せばいい魔法とどちらが難しい?〕
「『願掛け』の方が難しい……」
それは認めざる終えなかった。それでも何か納得がいかないのかエディの言葉には躊躇いがあった。そして不機嫌に灰髪の頭を掻きむしる。そんなエディの仕草が子供っぽく視えたのか、ユーシーズの口元はにやついていた。
〔だから『願掛け』は叶うかどうかわからん。難しいから成功するとも限らん。じゃからな、成功率を上げる為に『願掛け』は一瞬では終わらせんのじゃ。呪言(スペル)魔術なら呪言(スペル)を唱えて魔力を込めるだけじゃが、『願掛け』ならずっと護符を持ち続けたり、自らの行動を縛り験(げん)を担いだりし続ける。いわゆる儀式魔術じゃ。儀式を準備し、それを執り行うことで魔術精度を高めておる。それなのに、叶う保証はない。『願掛け』とは極めて難度が高い魔法なのじゃ〕
「う、うん。それはわかったけど。なんというか、それがどうしたの、って感じなんだけど……」
魔法施行の助言をもらえると思っていたエディにしれみれば、ユーシーズの話は要点を得ないものだった。もっと手っ取り早く呪言(スペル)魔術のコツを教えて欲しいと思う。そうすれば、自然とユーシーズにも伝わったはずだ。
〔くくく。何やら主らしいのぅ。まぁそう急くな。話を戻すぞ。魔法とは『願い』を叶えるものじゃ。その『願い』が複雑になれば無論難度は上がるし、逆に曖昧になっても何をどうすれば叶うのか具体性を持たず『願い』は叶いづらい。その叶いづらいものを叶える為には、魔法をより強固なものにせねばならん。よって魔法は単に『願い』が叶うものとは言えぬ。何かを代償に『願い』を叶えるもの。魔法はそんなに都合のいいものではないのじゃ〕
「ユーシーズの言っていることはわかるよ。だから呪言(スペル)魔法も自分の幽星気(エーテル)を代償にして発現させるんだもん。無制限に魔法を使えないのは当たり前じゃない」
〔そうじゃ、その当たり前の『願い』と『代償』。そしてそれを制御する『魔術式』の関係を、主は根本的にわかっておらん〕
「う~ん。根本って言われてもなぁ……。話を聞いても、私が何がわかってないのかわからないし。結局、私が魔法を上手くなるのにはどうすればいいの?」
魔女がする話自体は理解出来るつもりのエディだが、そこから問題の解決策が見えてこなかった。
エディに聞かれたユーシーズだが、押し黙って答えに窮していた。
「な、何、その哀れんだような目なんかして。もしかして見込みなしとか言うつもりないよね……」
〔見込みがないわけではないがのぅ〕
そう言われてエディはほっと胸をなで下ろす。
「だったら、こうばっちり修練の方法とか教えてくれると嬉しいんだけど」
そう急かされてもユーシーズは苦々しい顔をしていた。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の05