No.80379

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」04

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の04

2009-06-22 02:15:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:387   閲覧ユーザー数:357

   *

 深夜になると、エディは魔法学園敷設の闘技場に、日課の特訓へと出掛ける。

 その魔法への向上心はユーシーズが身辺を漂っていようと変わるはずもなく、夜な夜な寮の結界をすり抜けては夜天の下、学園へと出掛けて行く。

 相変わらず風が騒がしかった。このところずっとそうだ。森がいつもとは違う。少なくともエディにはそう感じられる。『霊視』ですら変わったところは視られないのに、何が彼女の感覚に訴えかけているのだろうか。

 エディは集中する為に目を閉じ、視界を闇に落としていた。そうすると、魔法学園の外に広がる森の気配までも、なんとなく感じることが出来るような気するのだ。

 実際、学園の闘技場から森までは少し距離がある。エディ程度の魔法使いでは、視もしないで遠距離の知覚が出来るはずもない。それなのに試合場の上に広がる空が語りかけてくるような気がするのだ。空に吹く風が何かを運んできて、その何かがエディの肌に触れているような、そんな感覚。

〈我が炎よ〉

 なぜかしら、今なら魔法が成功しそうな気がした。その予感のままに、いつもより心静かに呪言(スペル)を唱えた。

 魔法炎を出現させるはずの手の平を突き出して、自身の幽星体(アストラル)の高まりを感じることに、全神経を研ぎ澄ます。手の平へと幽星気(エーテル)を集めつつ、それでも、急ぎ過ぎないように、その流れを抑え込む。ゆっくりでいい。確実に魔力を魔法にくべる。

(ダメ、これじゃダメ。これじゃ燃えない。私の炎が燃えてくれない。魔法ってのはこうじゃないっ!)

 落ちこぼれのエディにも、それは漠然と知ることが出来た。魔法施行が上手く出来なくても、その身に感じるものはある。

 エディの予感通り、『炎』の魔法は暴走ではなく、起動の失敗という結果に終わる。

 それでも魔法自体は起動しなかったが、魔力による変化は直ぐに表れた。首を絞められるような感覚。魔法に変換されるはずの魔力が余り、幽星体(アストラル)に逆流してエディを冒す。胃の底から嘔気(おうき)が込み上げる。

「かっ……。はぁ、はぁ、はぁ」

 吐き出す息の一つ一つが、エディの疲労と困惑を示していた。

〔ようやるのぅ。死ぬぞ、そんな無理ばかりしておると〕

 エディの特訓に、魔女は幽体の眼差しをやる気なさげに向けていた。薄い幽星気(エーテル)の幽体が闇夜に融けて、その輪郭がわずかに煌めきを帯びている。

「放っておいてよ。私は出来ないんだもん。無理でもしないと、どうにもならないんだから」

 必死の声。エディにとっては切実なる思い。

 夜中の闘技場には誰もいない。周りにはユーシーズが幽体を浮かべるだけだ。他に誰もいないのでエディも安心して返事が出来た。

〔放っておけと? 魔法を教えて欲しいと何回も頼んで来たのは誰じゃったかの?〕

「……そのお願いを全部断ったのは誰だっけ?」

 エディは毎日のように夜の特訓に出掛ける。そしてユーシーズも特訓に毎回付いて来るのだが、いざエディが魔法の修練を始めるとなると、いつの間にか幽体の魔女はエディから離れていくのだ。修練中に今のように話しかけてくるのは珍しい。

 エディも始めは彼女が邪魔をしないようにと気遣ってくれているのかと思ったが、この数日の魔女の様子を見ていると、そうではないということがわかってきた。

 ユーシーズ・ファルキンは魔法に関わるのが嫌なのだ。魔道の知識に関する質問をすると、嫌々ながらも教えてくれるユーシーズなのだが、こと魔法施行となると、途端に何も教えてくれなくなる。

 魔女の名を冠して、エディより遙かに魔道に精通しているはずのユーシーズに魔法制御について助言してもらえれば、魔法が上手くなるだろうという発想は誰でも思い付く。それなのに、幽体の魔女は本当に何一つ教えてくれない。ちょっとぐらい指導してくれてもいいのにと内心思うエディの心根は、例の如くユーシーズに伝わっていたはずなのにである。

〔くくく、そう睨むでない。『魔女』の弟子など、主にとっても不名誉ぞ〕

「それはそうかもしれないけど……、私はもっと魔法が上手くなりたいの」

〔上手くのぅ。ほんに、主は変わっておるからの〕

「何よ! 上手くなりたいって思うのがそんなに変だって言うのっ!」

 エディが癇癪(かんしゃく)を起こしたのを見て、憮然たる顔をした幽体の魔女。彼女は音もなくエディの目の前に降り立つ。そしてじっとエディの目を見詰めていた。

 何だか、目を先に逸らした方が負けのような気がしてエディも視線を返す。数秒、互いに見つめ合う二人。やはりというか、エディの方が先に気まずくなってくる。

(どうして私がユーシーズとこんな睨み合わないといけないのよ。……でも、やっぱり、似てる。私と同じ顔だ……。なのに私とは違う。彼女は『魔女』で、私は……何?)

 やっとにして、エディから視線を外したユーシーズは、風を感じるように少し浮き上がり、空を見た。月夜に少女の顔が浮かぶ。

(ユーシーズって、よくああして空を見るよね。何か意味があるのかな……)

 なぜ彼女がそこで間を置いたのか、エディにはわからなかった。ユーシーズが何を考えているのか、思考が読めない。エディの心中は彼女に筒抜けなのに、エディは魔女の心中を知る術がないのが口惜しい。

〔すまぬな。言葉の選び方がまずかったかの〕

 素直に魔女が謝るものだから、エディの方が戸惑った。

〔本当に魔法を教える気なんぞない。魔法だけではない。魔道全てに口出しするつもりはなかったのじゃ。じゃが、主はあまりに無知じゃった〕

 いつもならユーシーズに無知と言われれば、頭に来つつも、エディはその事実を認めているところだろう。しかし、今回は少し違った。何となくユーシーズが大事なことを言っているんだろうと感じられて、エディは息を呑んだ。

〔主は良くも悪くも真っ新(さら)じゃ。何色にも染まる白き紙の如く、主は何も知らぬ〕

「私が白い……。何も知らないのは、ほんとにその通りだとは思うけど……」

〔主をそうしたのは意図的ではあるんじゃろ。その意図と主の望みがずれたのが、主が悩ましい原因じゃろうな〕

「意図? 何の話?」

 エディは眉をひそめた。エディは決して頭が回る方ではない。人の話もよく意味がわからないことがある。そういう鈍さは自覚しつつも、今の会話は魔女が何をほのめかしているのかさえ、見当が付かなかった。


 
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