2月某日
境界防衛機関ボーダーではB級ランク戦が白熱、特にデビュー以来3戦を快勝し、上位入りを果たした玉狛第二の三雲隊は注目の的であった。
そう、良くも悪くも、注目を集めるチームなのだ。
その頃、その玉狛第二についての怪文書がボーダー本部内に出回るようになる。
時にはトイレの壁に、また時には食堂のトレーの間に。
それぞれ文章に若干の違いはあるが、内容は概ねこのようなものだった。
・玉狛第二の不正を糾弾する!
・三雲隊の空閑隊員は近界民である!入隊直後にも関わらず異常な強さを持っているのがその証拠である!
・近界民を許すな!近界民をボーダーから追い出せ!
・奴らはボーダーのシステムをハッキングしている!有り得ないトリオン出力はそのためだ!
・奴らのトリガーは非正規のものだ!玉狛第一がランク戦に出場を許されていないのが何よりの証拠だ!
・三雲隊員と雨取隊員の入隊、昇格には不可解な点がある!上層部との特別な取引があったと思われる!
などなど……
「はぁー?なによこれ!?言ってることメチャメチャじゃない!」
玉狛支部ラウンジにて、木虎藍の持ち込んだ怪文書の1枚を読んだ面々は驚きを隠せない。
「どおりで最近、こっち見てヒソヒソしてる奴らが多いと思った。」
一方で当事者である空閑遊真はどこ吹く風だ。
「所々、本当のことが混じっているのが性質が悪いな。」
木崎レイジも眉をひそめる。
「……にの……を……する!さん……の……は……みんである?」
「陽太郎、もう漢字読めるのか偉いな。
木虎、教えてくれてありがとう、俺達は本部の方のゴシップには詳しくないからな。しかし、これはどうしたもんか。」
憧れの人に感謝され、しかし内容が内容だけに大っぴらに嬉しがる事も憚られ、木虎は複雑な表情だ。
「だ、大丈夫ですよ。ボーダーはこういう場合の対処は得意ですから。」
ボーダーのメディア対策室長、根付栄蔵はつい先日、三雲修をスケープゴートに仕立て上げようとした張本人である。
広報部隊として働いている嵐山隊であれば、彼の手腕もやりかたも良く知っていることだろう。
「そうそう。ここはそういうのが得意な奴らに任せときな。」
「根付さんは、こんなのがボーダーの外部に漏れたら大変だ、ってヒヤヒヤしてましたけどね。」
いつから聞いていたのか、玉狛支部のボスである林藤匠と、実力派エリートの迅悠一が部屋に入ってきた。
「あ、林藤支部長、お帰りなさい。本部に呼ばれていたそうですが……」
「おう、ちょうどその件でな。真史……忍田本部長がご立腹で、『犯人の性根を私が叩ッ斬る!』とか言い出して大変だったんだよ。
そんで、城戸さんや響子ちゃんだけじゃ落ち着かせられないってんでちょっと行ってきた。」
「鬼怒田さんは鬼怒田さんで、ハッキングなんてされるわけないって怒ってたし、唐沢さんもこういうのは早めに何とかしたほうが良いって。
とにかくこういつに関しては、ボーダーの意見は一致してるから安心しろよ、3人とも。」
迅は例の紙をひらひらさせ、3人を気遣った。その表情は、いつもの何かを企んでいそうな笑顔である。
一方その頃、ボーダー本部において、最も近界民を憎む人物の一人であろう三輪秀次に接近する人影があった。
「三輪さん、お席ご一緒してもよろしいですかぁ?」
戦闘員用ではない隊服で、高校生くらいのチャラチャラした感じの男だった。
本部基地の食堂兼大ホール、込み合う時間でもあり、相席している者も少なくない。また、三輪は数少ないA級部隊の隊長であり、寄ってくる者もいる。しかし、そういった雰囲気ではないことを感じ取った三輪は、一瞥して無視することにした。
それを、構わないと受け取ったのか、その男は勝手にテーブルに着くと早速とばかりに話し始めた。
「結構人が増えましたねー居なくなった人も居ますけど――」
「僕はおじさんがこの三門の市議員で――」
「B級に上がれるのはやっぱり――」
ぺらぺらと垂れ流される雑談を、三輪は全て聞き流していた。
「――そういえば玉狛支部に近界民がいるって噂がありますよね。」
ピクリ、その話題に三輪が僅かに反応したのを、その男は見逃さなかった。
「いやー、ありえないですよね。昔の戦争の時だって国内に居た敵国の人は……」
「最近くだらないことを吹聴しているのはお前か。」
男の喋りを遮った三輪の鋭い一言が刺さる。が、しかし相手は気にも留めない。
「いやー、どうでしょう。でも許せないですよね?敵が身内に居るなんて。」
否定すらせず、もとよりこれが本題だとでも言うかのように、男は三輪に同意を求める。
「近界民は……敵だ。」
三輪は相手のほうを見ず、ゆっくりと立ち上がる。
「ええ、ええ。」
「近界民の味方をする玉狛も敵だ。」
テーブルを回り込んで男の側に立つ。
「そうでしょうそうでしょう。」
「俺の敵が、それだけだと思ったか。」
突如繰り出された三輪の蹴りが、男を盛大に吹っ飛ばした!
防衛活動を通して、そして大規模進行を経て、隊員達がなんとなく理解したことがある。
それは、全てを守ることはできない時があるということ、つまり誰かが優先され、誰かが見捨てられるということ。
そして、自分の事しか考えず、他人を陥れてでも助かろうとする人間が必ず居るということだ。
第一次侵攻で、そのようなことがあったかは分からない。
あの時、もし助けがもう少し早ければ、と考えても無駄なことは分かっている。
三輪は、それらを全て、近界民への憎しみで覆い尽くしてきたのだ。
「ひっ!ひいい!!」
顔を蹴られ、ひっくり返った男は、なんとか這いずって逃げようとする。
そこに殴りかかろうと振り上げた腕を、しかし誰かに掴まれて振り下ろすことができない。
「一発だけにしておけ三輪、相手は生身だ。」
「奈良坂……!」
同じ部隊の狙撃手、奈良坂透だ。
三輪はその手を振り払い、もはやこの場所に用はないと立ち去ろうとする。
「わざわざお前が来たってことは、どうせ迅の手回しだろう、玉狛が関係してる事だ。」
「……確かに俺が来たのは迅さんに話を聞いたからだが、陽介に任せなかったのは俺の判断だ。あいつなら気が済むまで殴らせるだろうからな、乱闘事件でB級降格なんて俺は願い下げだぞ。」
「ふん……好きにしろ。」
乱暴な足取りでその場を去った三輪を見送り、四つんばいでコソコソ逃げ出そうとしている男に視線を移す。
「あ、いえ僕は別に何もしてないですよ本当に……!」
「俺はお前を上層部に引き渡すだけだ、弁明があるならそこでしろ。」
本部基地、会議室。 何度か三雲修の処遇が話し合われたこの場所に、上層部、玉狛支部、そして例の男が集合した。
「彼は橋本奈月、4ヶ月ほど前に入隊試験で不合格となり、親戚の市議員からの推薦で事務方から入隊、一度戦闘員に転属しましたが、成績不振により事務方に再転属しています。」
本部長補佐の沢村響子が、例の男の情報を読み上げる。
「何よ、自分が能無しだって分かって遊真たちを逆恨みしたってわけ!?」
遊真の師匠である小南桐絵は、橋本に食って掛かる勢いだ。
「ぼ、僕のことは関係ないでしょう!?僕は聞いたんだ、そいつが自分のことを近界民だって言うのを!その時に忍田本部長が特別にB級に昇格させてやるって!」
(……あ、あの時か!)
確かに入隊式の少し後、忍田本部長から昇格の打診があり、その時に遊真が自分は近界民であると口にしていた。
周囲に人は居なかったように思えるが、誰でも入れる場所であり遮蔽物もある。誰かが聞いていてもおかしくは無かった。
最も、実際には近界民である故に昇格を断っていたのであるが。
「遊真君、これは私の失態だったようだ。」
深々と頭を下げる忍田本部長。
「君の出自は機密扱いにするべきだった。本当に申し訳ない!」
「いやいや、そんなことしたら余計に怪しまれるって。ていうかさあ……」
遊真は橋本に向き直る。
「お前、つまんない嘘つくね。」
「俺は『本当に』近界民だよ。近界から門[ゲート]を通って、この世界に来た。」
「えっ……!?な……!?」
橋本は混乱して言葉が出せない。
「どうやら本気で近界民だと思ってはいなかったようだな。」
城戸指令の言葉を受け、忍田本部長がまとめる。
「とにかく、この者は隊務規定に従い、隊内の風紀を乱したことにより処罰する!」
「三雲君達には申し訳ないが、隊員の中に流れている噂は風化するのを待つしかないだろう。それまで君達には不便をさせるが……」
「あの、それなんですが」
修がおずおずと手を挙げ、何かを話し始めた。
そして次の日、全隊員に支給されている端末に以下のメッセージが配信された。
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Subject:緊急訓練!人型近界民の繰り出すトリオン兵を撃破せよ!
―実戦形式の訓練を開始します。
大量のトリオン兵を率いる人型近界民の侵攻を想定し、敵の部隊を配置します。
参加する隊員は仮想ステージにおいて、基地および市街地の防衛を行ってください。
実施場所:多人数訓練ルームF
実施時間:只今より3時間
対象:B級、C級隊員
獲得ポイント
バムスター@20Pt
モールモッド@60pt
バンダー@30pt
非行型トリオン兵@70p
爆撃型トリオン兵@300pt(完全撃破時)
人型近界民撃破:1000pt
アシスト:ターゲットのポイントの20%
ダウン1回:-50pt
街の破壊:-150pt
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「わーはっはっはー、おれは近界民だぞー」
いつもの隊服ではなく、黒いマントに刺々しい衣装を纏った遊真、そして玉狛支部の面々がモニターに映し出されている。
その周囲には、大量のトリオン兵、トリオン兵、トリオン兵!
「さあ、ゲリラ的に始まりました実戦訓練!私もついさっき知りました!海老名隊オペレーター武富桜子が実況致します!
さあ、突然の開催にも関わらず、大量のポイント目当てに参加者が続々と集まっています!
なお、今回は玉狛支部のメンバーに近界民役をお願いしたそうです!みんなノリノリだあ!」
次々とボーダー隊員が転送され、周囲のトリオン兵に襲い掛かる!
たまにトリオン兵の包囲を突破する隊員を、魔女風衣装の小南が真っ二つにしたり、鎧姿のレイジが吹っ飛ばしたりしている。
開始後しばらくして、訓練会場に駆け込んでくる訓練生が2名。
「くそっ!出遅れた!」
「まさか俺達が遠出してる時を狙ってこんなことを!」
「よう、ちょうど良い時間だな。」
その2人を優雅に出迎える、やはり訓練生の男。
合わせて新3バカなどと遊真には呼ばれている。
「リーダー!」
「これ、知ってたのかよ!?」
「いや、不自然な噂が出回っていたからな、何かあると思っていたが……こいつの予告だったわけか。」
「噂……あっ、例の!」
「玉狛支部……そういうことだったのか、やられたぜ!」
「ちょうど良い時間だと言っただろ?トリオン兵をいくら倒しても大したポイントにはならない。この訓練のフォーカスは、トリオン兵の数も減り、近界民役も疲弊している終盤だ。さあ、往くとしよう
なお彼らはバムスターを3体ほど倒した後でモールモッドにやられた模様。
そして訓練は終了した。
新3バカが思ったように、怪文書はゲリラ訓練の予告だったとして受け入れられ、また突発的な実戦訓練も有効だとして、今後の開催も検討されるようだ。
橋本は、結局自ら除隊を申し入れてボーダーを去り、その後どうなったのか誰も知らない。
そして、彼らの戦いはまだまだ続く。
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