No.80434

夕陽の向こうにみえるモノ4 『記憶と予兆』

バグさん

これを描いてる当時は、すぐに終わると思って描いてました。
そろそろ動かして行かなきゃなあとか思って描いてた記憶があります。

現在進行形でうpしてるのもそんな感じに思ってたんですけどね。
楽しいからいいですけど。

2009-06-22 20:17:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:489   閲覧ユーザー数:439

「ねーねー、聞いた?」

「え~? なになに?」

 近くで、クラスメートが噂話をしていた。一応声を潜めてはいるが、ある程度の範囲に居る人間には丸聞こえだ。

羽矢音は嘆息した。

大学受験を控えたこの季節、放課後、教室に残って勉強をする人間も少なからず存在する。羽矢音も当然その一人であり、噂話を始めた二人もそうであるはずなのだが。…………これではなんのための居残りなのか分からないではないか。

もちろん、羽矢音は噂話に加わらない。それほど親交のある人間では無いし、そもそも噂話の類が好きでは無いのだ。

「一年生の女の子なんだけど、自殺未遂したんですって」

 自殺、という穏やかでは無い言葉に、羽矢音の心臓が僅かにはねる。

「え~、またぁ? 何か最近多くない? 何か、一年前もそんな事なかったっけ?」

「ああ、あったわねそんな事。自殺とか行方不明とか多発してさ。何時の間にか話題にもならなくなって…………」

 二人の噂話をそれ以上聞きたくなくなり、羽矢音は手早く帰り支度を始めると、足早に教室を出た。

廊下へ出ると、冷たい空気が肺へと送り込まれた。教室内との温度差を実感する。

 自殺。

一年前の事件。

羽矢音にはその時期に、あまり良い思い出が無い。だから、あの事件の事を耳に入れたくないのだ。

そう、事件だ。

誰もが、一年前に連続して起きた行方不明や自殺を、個人の精神状態や環境に結びつけて考えていたが、羽矢音はそう思わなかった。

アレは、誰かが意図的に起こした事件だったのかもしれないのだ。

誰も気付いていないだけで、本当はそうなのかもしれない。何故なら、自分はその犯人らしき人間にであったのだから。

あまり思い出したくは無いが…………その当時の事を少し思い出してしまい、僅かに頭を振る。

視線が下を向いた事と、頭が一杯になっていた事。この二つが重なったため、廊下で一瞬すれ違った男に気が付かなかった。黒いロングコートを着た、不審な人物。明らかに生徒では無く、教師でも無い。

A棟校舎の正面玄関を出て、校門へと歩く途中、A棟校舎裏に二人の生徒が居て、その内の一人に思わず眼を奪われてしまった。

彼女の美しい容姿には誰もが眼を引かれる所だろうが、羽矢音が眼を奪われたのは別の理由だった。

同じ学年という事や、去年同じクラスになった事もあり、良く知っているその人物。

如月葉月。

彼女もまた、一年前の事件の、犯人らしき人物と出会っているのだ。彼女はそうと認識していないだろうが。

それは、とても普通ではなく出会い、普通の出来事ではなくて、そして忘れたい記憶。 おそらくは全てが終わった後の、後始末みたいなものだったのかもしれない。

「はぁ…………」

一年前、羽矢音は悩んでいた。

進学か就職か。

親は羽矢音に進学を勧めていた。しかし、それは別にどちらでも良いという意味であると思われた。進学をするなら別にすればいいし、就職したいならそうすればいい。そんな感じ。

親は自由を与える意味でその様な言い方をしたのだろうが、羽矢音にしてみればそれは無駄な選択肢を増やす結果にしかならなかった。いっそ強引に決めて貰えれば簡単に事は運ぶのに。どちらでもいいと言われれば、悩んでしまう。

羽矢音にしても、本当はどちらでも良いのだ。このまま就職してもいいし、しかし、進学してもいいかな、と思っている。

 それだけの悩みだが、羽矢音にしてみればかなりの悩み所だ。

「大学へ行くとしたら、国立かな」

 普通、狙うとすれば国立なのだろう。何か、明確な目標があれば別なのかもしれないが。

駅前の学習塾に通っており、比較的真面目に勉強に勤しんでいる。そのため、成績も悪くない。進学は楽な方だろう。

では、就職するとしたらどんな所が良いだろうか。それほど良い所に就職出来るとも思えないが。…………というより、『就職』というものに対して明確なビジョンが浮かばないのだった。

ならば、大学だろうか。大学を出ていた方が、学歴的にも何かと便利だ。

だが、ここで問題が一つあった。

将来、特にやりたい事も無い。

だから、どんな大学へ行けばいいのか分からない。どんな勉強がやりたいのか分からないのだ。

それならば進学しないで就職した方がいいような気がする。

しかし、就職するならば進学して、自分のやりたい事に対してのビジョンを明確にしておいた方が…………。

と、いう風に堂々巡りなのだった。

学習塾から帰宅する今日みたいな日には、特に考えてしまう。

最近、近隣の学校で自殺者や行方不明者が多いと聞くが、そうしてしまう気持ちが分からないでもない。あくまでも何となく、だが。自分がそうするつもりは毛頭無い。。

すでに日は落ちている。周囲の雰囲気もそれに合わせた静けさを保っている…………などという事は無い。ベッドタウンに駅があるわけでも無いため、様々な店やビルのネオンや電気、あるいは路上に設置してある電灯で、駅前付近は騒々しい。

大学生やサラリーマンが飲み屋へ入る光景を眼にすれば、マフラーを弄ったバイクに乗った、ガラの悪い高校生も居る。

コンビニには、立ち読みに耽る人々。

足早に帰宅を急ぐ人間。その中には羽矢音と同じ学習塾の人間も居る。

まだそんな時間でも無いだろうに、飲みすぎて電柱にもたれかかっている男性。

色々な人が居て、色々な人生を生きている。

たくさんの人間達を見ていると、自分が抱えている悩みなど、実に馬鹿馬鹿しいものだと思わざるを得ない。何故なら、悩んでいるのは自分だけでは無く、詰まる所、何も特別な事など無い、所詮それだけのものなのだから。

だが、そう思うことと、実際に悩む事はまた別問題だ。

駄目だ。このままでは悩みに悩み殺されてしまう。

などという良く分からない事を思い、羽矢音が頭を振っていると。

「…………え?」

 何処かから、かすれた声が聞こえてきた。

その声は、ビルとビルの間にある細い路地から聞こえてくるようだった。

路地はとても薄暗く、ほとんど暗闇で、足を踏み入れる事に躊躇いを覚えた。しかし、入らないわけにはいかない。

何故なら、かすれた声が助けを求めている様に聞こえたからだ。

薄暗いその路地に一歩、また一歩と足を踏み入れていき…………。

『そいつ』は、そこに居た。

血まみれで壁にもたれかかっており、今にも息絶えそうな感じ。

それは女性だった。綺麗な金髪の女性。外国の人間に見えたが、実際にそうだったのだろう。血の赤が映えるほど、暗闇の中にあっても女性の肌が白い事が確認できた。失血のせいもあったかもしれないが。

悲鳴を上げそうになり、しかしそれは口元で漏れたに過ぎなかった。驚き過ぎて引きつってしまったのだ。

冗談では無く、心臓が跳ね上がる感覚。嫌な汗が浮かび上がる。呼吸が浅くなり、肩が竦みあがった。

そして、臭い。

妙な生臭さは、路地裏特有のものでは無く…………大量の血液に因るものだろう。

…………ゆっくりと近づく。

話しかけるため、腰を落とした。

「だ、だっ、大丈夫ですか?」

 どうみても大丈夫に見えないが、決まり文句に等しいその言葉をかける。

その女性は羽矢音の声が聞こえたのか、とても重そうに、顔だけを僅かにこちらへと向けた。

そして。

「………………!」

 羽矢音は恐怖で身動きが取れなくなった。

女性が凄絶な笑みを顔に作ったのだ。

「聞い……て…………」

「な、何を……ですか?」

 迫力におされ、羽矢音は女性のために救急車等の助けを呼ぶ事すら忘れていた。

生命の蝋燭が燃え尽きる前の様に、苛烈な圧力。これが死を間近に控えた人間の圧力なのだろうか、と冷静な部分が分析する。

その圧力は、恐怖という言葉で飾るには優しすぎる。言葉にするに足りない感覚。この感覚を表現できる言葉を、生きている人間にする事は出来ない。

「私は……種……巻いた。さが…………ため、に。自殺者が増えたのは……その…………せいでも…………ある」

 そこで、女性は大きく吐血した。

「ひっ…………!」

 羽矢音は思わず下がろうとしたが、何処にそんな力が残っていたのか、女性が両肩を掴んでそれを止めた。そのせいもあり、尻餅をついてしまう。

「いいか…………? 私、が……やった…………のだ。……私…………が…………」

 女性の声は、次第に聞き取りづらくなっていく。

「だ……や…………まだ……あ…………」

 すでに、何を喋っているのか分からない。だが、そこで、

「だから!」

 女性が叫ぶようにして、羽矢音に迫った。

恐怖で身動きできない羽矢音の耳元まで口を持っていき、さらに何かを喋る。

その言葉に、羽矢音の体温が一気に下がった様な気がした。興奮で体温が上昇していたのだという事を実感できる程、急激に寒気を覚えた。

その後、耳元で話される言葉はしかし、全く何を言っているのか聞き取れなかった。

何分くらいたっただろうか。ほとんど一瞬だったのかもしれないが、羽矢音には異常に長く感じた。

ぼそぼそと、話していた声が、急に聞こえなくなった。

両肩に置かれた手からも、何時の間にか力が消えている。

そこで、羽矢音は目の前の女性が死んだ事を悟った。

羽矢音が動くと、女性の体は人形の様に崩れ落ちていき、地面に倒れた。

ピクリとも動かない女性だったものから少しでも離れたくて、抜けた腰で懸命に後ずさり始めた。

そして、僅かも下がらないうちに、背中に何かが当たった。

反射的に振り向くと、そこに居たのは意外な人物で、しかしとても安心した。

知り合いというのは、緊急の事態の中ではそこにいるだけで有り難いものである。

その人物は同じクラスの女子生徒、如月葉月だった。

「き、如月さん…………そ、そこ、死、死んでる…………!」

 上ずった声で必死に訴える。

しかし、訴える先の葉月の眼には死者を悼む眼差しは有れど、さして驚きは無かった。

そして、嘆息して、眼を閉じて、何時もの落ち着いた声で、

「そうね。…………警察を呼びましょうか」

羽矢音は一瞬の回想から立ち戻っていた。

葉月の元に、何時も一緒にいる早嶋クルミが合流し、校門の方へと歩き出したからだ。

校門の方。つまり、羽矢音の方へと。

逃げるようにして校門を出る羽矢音。何故そうしたのかは分からない。だが、何故か今は彼女とあまり関わりたく無かった。

あの時、あの場所で、顔が血で汚れた羽矢音にハンカチを渡しながら、彼女は場違いな事を言った。

もしかしたら、羽矢音を落ち着かせるためだったのかもしれないが。

『貴女は何時も悩んでいるのね。答えなんて有るはずの無い悩みに答えを出すために、どうして時間をかけるの? 悩む時間が成長を産むなんて嘘よ』

羽矢音の全てを見透かしたかのような言葉。

後々考えてみれば反感を覚える言葉だったが、あの言葉のおかげで取り合えず進学をしてみようかな、と決心出来たような気もする。

 同時に、またあの女性の事を思い出して身震いした。

瀕死の女性に良く分からない何かを訴えかけられ、人の死を目の当たりにした事は十分に恐ろしい経験だ。そして、思い出したくない事でもある。

だが。

羽矢音を身震いさせたのは別の事だった。

あの時、路地で死に掛けていた女性が羽矢音の耳元まで口を寄せた時、こんな事を言ったのだ。

『まだ、やりのこした事がある』

本当かどうかは知らないが、一年前、自殺者が増えた要因を作り出した『自称』犯人の言葉。

彼女のやりのこした事とは一体なんだったのだろうか。

自殺者を増やした犯人がやりのこした事とは、一体何だったのだろうか。

それを考えると、羽矢音は恐ろしくてたまらなくなるのだ。

「どうしたの、葉月さん」

 学校指定のコートの裾を、僅かな風が揺らしていた。それに合わせて、葉月の髪もその流れに沿う。

葉月は、空を見上げて眼を細めた。クルミは不思議そうに首を傾げる。

空は曇天…………というわけでは無いが、日の低いこの季節、既に薄暗くなっている。何かが飛んでいるのかと思ったが、そうでも無い。

「嫌な空気ね…………」

 呟いて、葉月はクルミの手を掴んできた。

「ど、どうしたの?」

 まるで、そこにクルミが居る事を確かめるように、しっかりと握ってきた。

クルミに視線を移した葉月は、空を見上げていた間は厳しかった表情を崩した。細めた目も、柔らかいものになっている。

「なんでも無いわ。ただ…………」

「ただ?」

「誓うわ」

「な、何を…………?」

 クルミの問いに答えずに、葉月は歩き出した。手を繋いだままだったので、クルミは足がもつれそうになって、しかし何とか体勢を立て直した。

「絶対に、クルミちゃんを巻き込ませはしない」

 葉月の声は口の中だけで発され、その言葉がクルミに届く事は無かった。

手だけが2人を繋いでいたが、それ以上の繋がりがあると、葉月は信じていた。


 
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