才人は、その光景をただ呆然と眺めていた。
必死に叫ぶ二人を見て、これから始まるであろう壮絶な暴力を感じながら平賀才人は・・・
―― 泣いているルイズの姿を思い浮かべた。――
なぜルイズは泣いているんだろうか?
何か悲しいことがあったんだろうか?
誰かがルイズを泣かせてしまったのだろうか?
平賀才人は頭に浮かぶルイズの涙を想いながら、目の前の光景に飛び込んだ。
私刑(リンチ)が始まるであろう、その場所へ・・
「ぐっ・・・うああああああああああああああ~~~~!!!!」
「えっ!?ぐあっ!!」
ラ・ヴァリエール公爵とエレオノールを押さえ込んでいた男たちに、血まみれの何かがぶつかってきた。
「・・・あっ・・・はぁ・・・はぁ・・ううっ」
「っ・・・何だ!お前は」
「が・・がああああああああああああああああ~~~~!!!!」
血だらけの少年が・・・血まみれ平賀才人が押さえ込んでいた男たちに体当たりをしながら、彼らを蹴散らす。
あまりの気迫、狂気の雄たけびを目の当たりにした男たちは二人の拘束を解いて才人から離れる。
― 狂人なのか?
むちゃくちゃに暴れた血まみれの少年を、遠巻きに眺める人たちはそう思った。
巨大な竜巻を近くから受けたのだろう、いたる所に深い切り傷がある。
痛みと恐怖のあまり気がふれてしまったのだろう、皆が目の前の少年に同情し哀れんだ。
そして、この哀れな少年を生んだ元凶に怒りが沸いてくる。
殺してやる・・・怒りに沸き立つ住民たちが再び二人に迫る、そして才人が・・・
「殺すなぁぁ~~~~~~~~~~!!!!」
・・・そう叫んだ。
ラ・ヴァリエール公爵とエレオノールの二人を取り囲む住人たちは、皆驚いてその歩みを止める。
ラ・ヴァリエール公爵とエレオノールも、才人の叫びに驚く。
「殺すな・・この二人を殺すな・・・殺しちゃだめだ」
「おい・・何いってんだよ、意味がわからねぇ!!狂人はすっこんでろ!!」
「そうだ!!こいつらが俺たちの街をめちゃくちゃにしたんだぞ、分かってんのか!?」
「みんなこいつらに痛めつけられたんだよ!!あんただって血だらけじゃねぇかよ!?」
みんなが口々に叫ぶ、こいつらは殺されて当然だと。
「・・・それでもダメだ!!・・・殺しちゃダメなんだ!!」
それでも才人は、殺すなと叫ぶ。
「本当にイかれちまってるよこの坊主・・・かわいそうにな・・・」
「この女がなんて言ったか覚えてないのか、自分たちは悪くねぇ!坊主・・・おめえが全部悪いって言ったんだよ!!」
「いいからそこをどきな、俺たちは絶対に許せねぇんだよ!!このクソ貴族どもをよ!!」
「なんでこいつらを庇うんだよ、そんなにボロボロにされて庇う理由なんてこれっぽっちもねぇだろう」
殺されかけただろう、罪を擦り付けられただろう、お前がこいつらを庇う理由なんて無いだろう、その問いに才人は。
「ルイズが泣いているから、殺しちゃダメだ・・・・・・」
「ルイズってなんだよ!?泣いてるって!?本当に意味が分からねぇよ!!」
「こいつらが死んだら、こいつらの家族だって悲しむ・・・だから殺すな・・・頼むよ・・・」
才人は懇願する、殺さないでくれと。
ルイズが・・・二人の家族が悲しむから殺さないでくれと、しかし・・・
「俺たちだって家族がいるんだ、もしかしたら死んじまったやつだっているかもしれねぇ・・・それなのにそいつらは殺すなって!?」
「わかってるよ・・・それでも殺さないでくれよ・・・頼むよ・・・」
「俺たちは殺されても良くって、そいつらは殺しちゃダメって言うのかよ!!ええっ!?坊主!!」
そんな理不尽なことは許されない、俺たちの街をこんなにしておいて許されるなんてありえないと皆叫ぶ。
「当たり前でしょ!!私たちは貴族なのよ、比べること自体許されない!!平民にはそんな事も分からないのかしら!!」
エレオノールが答える、あなた達とは価値が違うと。
貴族と平民の命を比べるなと、そしてその言葉が。
「・・・ふ・・ふざけんな!!!」
「この女!!ぶっ殺してやるぅ!!!!」
「死ねえぇぇ!!このクソ女(あま)ぁぁ!!!!」
取り囲む住民たちの逆鱗に触れ・・・
「ひぃ・・・!?」
・・・怒り狂う住民たちが二人に向かって押し寄せる。
もはやこれまでだ、暴徒と化した数百人の住民たちが押し寄せる。
才人だけでは、どうにもならない数の暴力が押し寄せる。
エレオノールの答えが激しい怒りを呼び、傷ついた住民たちを暴徒に生まれ変わらせた。
エレオノールは、恐怖のあまり失禁してその場に座り込む。
これから、自らに降りかかる暴力を想像してカチカチと歯を打ち鳴らす。
「いやあぁぁ~~~~!!来ないで~~~~~~!!!」
東の町で・・・女王陛下が治める王都トリステインで暴動が始まる。
「お願い!!誰か助けて!!!殺さないでぇぇ~~~~~~!!!!」
二人が・・・エレオノールが暴徒たちの壮絶な暴力を・・・私刑(リンチ)をその身に受ける。
「止めろぉぉ~~~~~~~~~~!!!!」
いや・・・・・・その身に受ける前に誰かが止めた。
両腕を広げて、二人を守るように暴徒と化した住民たちの前に立ちはだかる。
才人が・・彼の右手が・・・使い魔のルーンがまぶしい位に激しく輝きを放つ!
「光った・・・なんだあれ!?魔法なのか!?」
「あいつ、杖を持っていないだろ・・・なんで魔法が使えるんだ!?」
「なんか・・気持ちわるい・・・あの光を見てると・・・・うっぷ!!」
「おい!大丈夫か!!・・やっぱり・・・魔法だ、杖を使わないメイジだ!!!」
ルーンから放たれる輝きが暴徒たちを止めた、いや・・才人たちから一斉に離れていく。
「使い魔のルーン」
使い魔契約(コントラクト・サーヴァント)を果たした使い魔の体に現われる契約の証。
才人の場合は右手の甲に現われた、ルーンが刻まれた使い魔が後天的に特殊能力を得るケースもあるらしい。
この輝きが特殊能力なのか、それはわからない。
それでも状況は一変した。
才人の手の甲の輝きを見て嘔吐するもの、震えるもの、泣き出すものが出ている。
才人自身は、この輝きを自分の意思で放った覚えは無い。
だが完全にみんながひるんでいる、いまがチャンスだ。
「はあ・・はあ・・えっと・・エレオノールだっけ・・・立てるか?」
後ろを振り返らずに、先ほどの会話で出ていた名前を口にする。
「うぅ・・うっ・・・ぐすっ・・・・ひっぐぅ・・・・なっ・・・・にっ・・・・うっぐ」
エレオノールは顔を泣きはらして座り込んでいた、うまく声が出ないが何とか返事を返す。
「立つんだ・・逃げるなら今しかねぇ・・今のうちに・・・・ぐうぅ!・・・・走れ・・」
「ぐすっ・・わかったわ、そうする・・・・あなたはどうするのよ?」
「・・・」
「ちょっと!?しっかりなさい!!」
「あぁ・・わりぃ・・・・いいから走って・・・・止まらないで走れ・・エレオノール・・」
「ちょっと、さっきから人の名前を勝手に呼ん・・・」
「走れ!!絶対に守ってやる!!絶対にここは通さねぇ!!!絶対にだ!!!!」
絶対に守る、そんな才人の叫びと想いに呼応するように右手のルーンが輝きを増す!
ルーンから放たれる光が、唸っているようにも熱を発しているようにも感じられる。
もはや誰も才人たちに近づかない、あまりの迫力に逃げ出す者もいる。
その様子を見たラ・ヴァリエール公爵は、エレオノールの手を強引に引っ張って駆け出す。
「えっ!?お父様?」
「行くぞ!今しかない、走れエレオノール!!」
みんな才人に目を奪われている、二人を気にするものはいない。
これは逃げられる、二人は殺されずに助かる、才人もラ・ヴァリエール公爵もそう思った。
「サイト、あんたは本当に使い魔だったんだね」
そんな声が聞こえたと同時にラ・ヴァリエール公爵たちの進路を阻むように壁が・・・いや、大きな腕が地面から飛び出した。
「そんな目くらまし、私には通じないよ」
「・・・姉さん」
杖をその手に構えたミス・ロングヒルが目の前の現われた。
「その右手の光、使い魔のルーンから出ているようだね」
「・・・よくわかんねぇよ」
「サイトの言ってたルイズって娘は恋人じゃなくて、あんたを召喚したメイジだろ」
「・・・ああ」
「そう、でもそんな事は今はどうでもいいんだけどね・・・」
そう言ってミス・ロングヒルは杖を振った。
反対側に走っていったラ・ヴァリエール公爵たちが、才人のほうに地面から現れた大きな腕に押し戻される。
「その二人を仕留めるから、あんたは大人しくしてなさい」
「姉さん!・・ダメだ・・・・この二人を殺しちゃダメだ・・・・」
「ルイズの家族だから・・・そういう事でしょ、サイト?」
「・・ああ・・だから殺さないでくれよ・・・・頼むよ姉さん」
「教えてあげようかサイト、こんなに酷いことをされたあんたが何故その二人をかばうのか?」
「・・だから・・・・ルイズが悲しむから・・・・げほっ・・・・」
「そうルイズだ、あんたがルイズの使い魔だからだよ」
「・・・」
「使い魔っていうのはね、召喚主を強制的に好きになる様に洗脳されている」
「おかしいと思わないかい、殺されかけて罪を擦り付けられて・・それでもそんな外道をかばっている・・そんな死にそうな体で」
「サイト、あんたはルイズのことを好きだって言っているけど」
「そのルーンにルイズのことを好きだと思わされているだけなんじゃないの?」
「勝手な都合でこっちに呼び出され、勝手に自分の想いをいじられて・・・本当にかわいそうな子」
「・・・」
「もう話す気力も無いか・・・お話はおしまいよ」
ミス・ロングヒルは杖を振り上げる。
杖を振り下ろしたときに二人は殺される、後ろに構える大きな土の手に握りつぶされるのか・・殴り殺されるかして。
そして杖が・・・振り下ろされなかった。
「サイト、いったい何のつもり」
才人はミス・ロングヒルの目の前まで近づいた、体がぶつかるほどの距離まで近づいて彼女を睨みつける。
「守るって言ったんだ・・だから・・・・守る・・・・俺が・・」
(サイト・・あんたって子は・・・・本当に死にそうじゃないか・・・・もう楽になりな・・)
ミス・ロングヒルは杖を振り下ろさなかった、そして・・・
(愛しているよ、おやすみなさい)
サイトのお腹に一撃を喰らわせた。
才人は膝から崩れ落ちる、もう立ち上がれないだろう。
もう立ち上がれないほどに彼の体はひどく傷ついていた。
そんな才人を一瞥して、容赦なく杖を振り下ろす。
土で出来た大きな手「アース・ハンド」がラ・ヴァリエール公爵とエレオノールを捕らえた。
「放しなさい!放しなさいよ!!」
「ふぅ~・・なんでこんなに往生際が悪いのかね・・」
アース・ハンドに握られたエレオノールが暴れるが魔法で出来た土の手はビクともしない。
「一応、最期の慈悲ってやつか・・・なにか言いたい事があれば言いなよ」
「ふざけないで!こんな事をしてただで済むと思っているの、絶対に殺してやるから!!」
「は~~・・今から死んじまうあんたがどうやって私を殺すんだい、まったく・・最期の言葉がつまらない冗談になっちまったね」
ため息をつきながらエレオノールの言葉を聞き流すミス・ロングヒル。
「で・・そっちの方は言う事はあるのかい、こいつよりは気の利いたことを言っておくれよ」
そう言って、ラ・ヴァリエール公爵のほうを向いて話しかける。
「頼む、助けてくれ」
「ちょっと!?お父様、何をおっしゃってるんですか!!」
「へぇ~・・・続けな」
「ワシが悪かった、何でもしよう・・だから助けてくれ」
「いけません!!こんな奴に命乞いをするなんて・・・」
「エレオノール!!お前はだまってろ!!・・・たのむ助けてくれ!」
「こいつは助かるのはいやだって言ってるよ、あんただけ助ければいいのかい・・・お父様?」
「娘も助けてくれ・・何でもする・・頼む・・・」
「ふ~ん・・美しい親子愛ってやつかい、あんた案外愛されてるんだね」
悪態をつくエレオノールに対して、ラ・ヴァリエール公爵は助けてくれと懇願する。
そして、ミス・ロングヒルはそんなラ・ヴァリエール公爵に。
「だめだね、それは出来ない相談だ・・あきらめな」
「・・・」
「何言ってんの!お父様がこんなにお願いしているのに!!あなたはそれを聞かないの!!ふざけないで!!!」
「はぁ~・・あんたってとんでもない馬鹿だったんだね」
「なんですって~~~~!!この無礼者!!!」
「もう喋るな!!あんたたちさ、私がサイトを殺さないように頼んだときに助けてくれたかい?」
「くっ・・・」
「そういう事だよ、私の愛するサイトを助けてくれなかった様にお父様が愛するあんたを私は助けない」
「・・・」
「貴族っていうのはどいつもこいつもみんな同じだ、自分勝手に奪って!奪って!奪って!奪っていってさ!!」
「それでいて自分たちは奪われるなんて微塵も思ってない、そうだよ!貴族はみんなクズだ!全員死んじまえばいい!!!」
ミス・ロングヒルの過去に何があったのかは誰も知らない、貴族に対する恨みが・・憎しみがこの場にこだまする。
その叫びを聞いて、ラ・ヴァリエール公爵もエレオノールも周りにいる住民たちも皆言葉を失う。
「・・・そろそろ終わろうか、あんたの娘よりは面白かったよ」
そう言って杖を振り上げる、二人を握り潰すようにアース・ハンドに命令するために。
「・・姉さん・・・・殺さない・・・・・・で・・」
才人がそうつぶやきながらミス・ロングヒルの足をつかむ、今にも事切れそうな小さな声で。
まだ意識があったのか?と一瞬思うも、もはや彼女を拒めるものでは無い。
(握りつぶせ!!)
そう心のなかでつぶやいて、杖を振り下ろした。
.... Ahead of schedule 02 終
.... 第28話 YOUR WORLD
執筆.小岩井トマト
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悲しい結末を迎えようとする才人たち。
地獄の結末を迎えようとする世界と人々たち。
運命を変えるのものはいったい何なのでしょうか?
「Ahead of schedule」はいったい何を運んでくるのでしょうか?