意識をとりもどした才人が、最初に目にしたはあたり一面にひろがる荒れ果てた街並みだった。
倒壊した建物の破片が散らばり、血を流した人が大量に転がっている街中の風景。
ここは戦場になのか?それとも、大災害が起こった後なのか?
生まれて初めて見た地獄の様な光景に、才人は絶句する。
才人は、親方の家でスポンサーの貴族と交渉していた。
そして、後ろから攻撃を受けた・・・そこまでは覚えている。
なぜ目の前にこんな光景が広がっているのか理解できない才人に、見覚えのある顔が彼の前に現れる。
「どうやら気が付いたようだな、ルイズの使い魔よ」
目の前に現われた男は才人が交渉していた貴族の男だった、その手に杖を持ちながら才人に話しかけてきた。
「それではお前を殺すとしようか、最後に話したいことがあれば聞いてやる」
「・・・街をこんな風にしたのは、あんたなのか?」
「それが最期の言葉でよいのか?」
「くっ・・・なんでこんな酷いことをしてるんだよ!?俺に・・・この街になんの恨みがあるってんだ!!!」
この凄惨な光景の原因は目の前の男で間違いないようだ、才人は彼に話を続ける。
「答えろよ!!あんたが貴族でもこんな事をする権利はねぇよ!!」
才人は激しく問い詰める、この街と住人をめちゃくちゃにした目の前の男に。
才人の問いに・・・目の前の男は、少し息を吸って・・・
「口の聞き方に気をつけろ~~~~~~!!!!平民どもが~~~~~~~~!!!!」
・・・辺り一面に響き渡る声で才人に返事を返した。
「貴様は、自分のしでかしたことの大きさに気づいてないようだな!!」
「・・・くっ!声がでけえよ、俺が何をしでかしたんだよ!?そんな覚えねぇよおっさん!!」
「ほお・・・・・・ならば改めて教えてやる、この・・・使い魔が~~~~~~!!!!」
男は杖を才人に杖を振りかざす、強力な風が発生して才人の体が三十メートル以上吹き飛ばされた。
吹っ飛ばされて、体を地面に叩きつけられ「ぐはぁ!」と声をもらす才人。
「はあはあ・・・貴様が・・・貴様が私の小さなルイズに手を出すからこうなってるんだろうが!!!!」
「・・・げほっ、私の小さなルイズ・・・?」
「人の娘に無理やり結婚を迫っておいて、あまつさえ私に金をよこせだと・・・殺す!!貴様はここで殺す!!!!」
(ルイズの父さんなのか・・・それにしたって意味がわからねぇよ・・・・・・)
才人には彼の怒っている理由が理解できない、結婚だの金をよこせだの言っているが見に覚えが無い。
東地区拡張計画のために投資してくれるようにお願いしたが、お金をよこせと強要した覚えは無い。
さらにルイズに対して結婚を迫った覚えも才人には無かった、そういう妄想はしたことはあるが口にしたことは一度も無い。
なにか誤解をしているのではないか、才人は反論をしようとしたが声が出ない。
三十メートルも吹き飛ばされて全身を強く打ち付けられ、才人は大きな声を出せない・・・いや、声を出すことすら困難な状況だ。
目の前の男は・・・ルイズの父親と名乗る男は才人に一歩一歩近づいてくる、才人の命は風前のともし火となっていた。
ミス・ロングヒルは、その光景を呆然と眺めていた。
強烈な竜巻をくらい空に投げ飛ばされて、気が付けば地面に横たわっていた。
意識を取り戻した彼女が最初に目にしたのは、風の魔法で大きく吹き飛ばされている才人とさらに激高しているラ・ヴァリエール公爵の姿だった。
(まさかスクウェアクラスの魔法を使うとはね・・・しかもこんな街中で・・・戦わなくてよかったかもね)
(どっちにしろこれで私もサイトもお終いってところかしら、ごめんねみんな・・・ティファ・・・みんなを頼んだよ)
先ほどの大きな竜巻に巻き込まれた彼女の体は至るところから血が噴き出している、体も思うように動かない。
ミス・ロングヒルは自分と才人の運命を悟ってあきらめた、遠く離れた家族たちにあやまりながら。
(こんな最期を迎えることになるなんてね・・・まったく・・・何やってんだろうね)
(こんな時は娘が父親を止めに来てハッピーエンドってのが相場だろ、ルイズって娘は何やってるんだい)
(・・・サイトも女を見る目がなかったね・・・もう少し時間があれば私が鍛えてやったのに・・・)
(こんな事ならもっと美味しいものを食っておけばよかったかもね、どうせならあの時にサイトを喰っちまったら面白かったかね・・・ふふっ)
覆せない絶望的な現実を前に、彼女はどうでもいいことを考えながら最期の瞬間を待っていた。
そして・・・男が・・・ラ・ヴァリエール公爵が才人の目の前に立つ、そして杖を振りかざし最期の言葉を告げる。
いま・・・才人は死ぬ!!
「やめてください!?お父様~~~~~~!!!」
才人は死ぬ・・・その運命をさえぎる声が街に響き渡った。
ラ・ヴァリエール公爵のもとに、ルイズから手紙が届く一日前の王都トリステイン。
王都トリステインにある王立魔法研究所に勤めている彼女の自宅に、一通の手紙が届いた。
手紙は彼女の妹からのものだった。
彼女の名はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール、親しい人は彼女をエレオノールと呼ぶ。
ラ・ヴァリエールの名を持つ彼女は、ラ・ヴァリエール公爵の娘でありルイズの姉である。
このエレオノール、実はルイズとあまり仲が宜しくない。
正確に言うとルイズのほうが彼女を苦手にしている、性格的なものなのか姉妹の宿命なのかは分からないが・・・
そんな妹からの手紙が届いたエレオノール、仕事を終えて帰ってきた家の中で手紙を見つめていた。
(あのルイズが私に手紙をよこすなんて、めずらしいこともあるものね)
(実家では無く、私あての手紙なんてどう考えてもおかしいわ)
(もしかしたら、なにか緊急の連絡かもしれない・・・急いで中を確認したほうがいいわね)
自分の妹の不可解な行動に疑問を抱き、すぐに封を開けて中身を確認するエレオノール。
中には三枚の紙が入っている、それを一枚づつ確認していくのだが。
(・・・・・・)
(・・・・くっ)
「あのちびルイズ~~~~~~~~~~!!!」
彼女は絶叫した、夜の王都に雄たけびに似たなにかが響き渡った・・・
妹からの手紙の内容はこうだ。
━━ お久しぶりです、エレオノール姉さま。━━
━━ 魔法学院に入学して一月が過ぎました、私は元気にがんばっています。━━
━━ 姉さまも王都でのお仕事がお忙しいと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。━━
━━ 実家を離れて寂しい気持ちもありますが、気落ちせずに学院で勉学に励む次第です。━━
━━ 近くの街に姉さまもいるので、寂しくなったら会いに行くかもしれません。━━
━━ その際は、王都トリステインを案内していただくことを楽しみにしています。━━
━━ 過ごしやすい日が続いていますが体調に気をつけてどうかご自愛ください、姉さま。━━
ここまではいい、よくある離れて住んでいる家族に対しての手紙だった。
むしろ、自分を苦手にしている妹のかしこまった内容や会いたいという文面にもの凄い違和感を感じるエレオノール。
そして、二枚目の内容に目を通すと内容が一変することに気づいた。
━━ お話は変わりますが、ルイズは使い魔を召喚できました。━━
━━ いろいろあって進級試験よりも一年も早く召喚に成功しました、試験も合格だと先生方がおっしゃていました。━━
━━ 進級が決まったよろこびを伝えたくて手紙を送ります、特に姉さまは私の進級を心配していたようなので。━━
━━ 使い魔の名前はサイトといいます、驚くかもしれませんが人間の使い魔です。━━
━━ 先生方もお父様も人間の使い魔を召喚したことに大変驚いていました、お父様にはもう紹介しています。━━
━━ 機会があれば姉さまにも紹介する予定です、今は事情があって姉さまと同じ王都の東の町で暮らしています。━━
エレオノールは、人間の使い魔というのは聞いたことが無い。
ルイズが嘘をついているでは?と思ったが、父の名前を出しているので嘘を書いているとも思えない。
そして・・・
魔法が使えないルイズが、使い魔を召喚したことや進級が決まったことに対して少しよろこぶエレオノール・・・姉妹愛はあった。
そして人間の使い魔という前例のない事態に興味をそそられる、同じ町にいるそうなので会ってみようかとも思いつつ三枚目の内容を確認する。
━━ 使い魔を召喚して、いろいろと分かったことが沢山あります。━━
━━ サイトは私のことが大好きと言っています、姉さまも使い魔に大好きって言われたりしますか?━━
━━ 私がサイトの家に行った時に食事や洗濯をしてくれてます、お風呂からあがったら体を拭いてくれます。━━
━━ 人間の使い魔だからこその行動なのでしょうか、姉さまの使い魔はどんな行動をしますか?━━
━━ それと、先日サイトとケンカをしたのですが私が怒ってないか心配で夜も眠れなかったそうです。━━
━━ サイトはこっそりと私に会いに来ました、本当は来ちゃいけないのに私にどうしても会いたかったみたいです。━━
━━ 私がいないと寂しくてしかたないみたいです、本当に甘えん坊で困っています。━━
━━ 姉さま、困ったことにサイトは私と結婚したいと言っています。━━
━━ どうしてもお父様に会わせて欲しいと言うのでお父様にも手紙を書いています、正直そんな気はないのですが必死に言うので仕方なくですよ。━━
━━ 求婚されるのには憧れていましたが、いざ求婚されると少しめんどくさい気もします。━━
━━ 姉さまとは結婚についてお話はしたことがありませんでしたね、次に会ったときにじっくりとお話をしたいです。━━
━━ 姉さまと会ってお話するのを楽しみにしています、それではお元気で。━━
三枚目の内容はいったい何?
甘えてくるだの求婚されて困っているだの、どう見てもノロケ話にしか見えない。
そして、いろいろと思うところがあった姉さまことエレオノールは・・・
「当て付けがましいにもほどがあるわよ~~~~~~!!!あんのちびルイズ~~~~~~!!!」
大激怒した・・・姉妹愛はどこかに行ってしまったようだ。
エレオノールは東の町に向かっていた、妹のルイズが言っていた人間の使い魔に会うために。
そして、その途中で少し離れた通りから激しい竜巻が見えた。
(なっ!?あの竜巻は何・・・カッター・トルネードみたいね、スクウェアクラスの魔法を街中でぶっ放すなんてどこの馬鹿の仕業!?)
(とにかく急いで止めに行かないと大変なことになるわ、女王陛下の町でこんな事をするなんて許されないことよ!)
エレオノールは竜巻が発生している通りに走った、住民たちも何が起こっているのか気になって同じ方に向かって走っている。
現場に到着したエレオノールが見たものは、竜巻に蹂躙された街と傷ついてうめき声をあげる人たち。
その中で一人だけ立っている貴族が血だらけで倒れている少年に杖を振りかざそうとしている、間違いなくあの少年は殺される。
エレオノールは、杖を振りかざそうとしている貴族に大声で叫んだ。
「やめてください!?お父様~~~~~~!!!」
「むぅ!?エレオノールか、なぜこんなところにいるのだ?」
「それはこちらの台詞です、お父様・・・この惨状はなんなのですか?」
「ルイズに近づく不届きな使い魔に制裁をしているだけだ、エレオノールは下がっていなさい」
「えっ!?使い魔・・・この少年がルイズの使い魔なのですか、お父様」
ルイズの使い魔に会いに東の町に訪れたエレオノールだったが、こんな形で会うことになるとは思ってもいなかった。
全身血だらけで体中に沢山の傷がある、お父様がやったものだろうとエレオノールは思った。
そして、なぜこんな事態になっているのかも何となく分かってしまった。
求婚されているというルイズの手紙にお父様にも手紙を出したと書いてあった、恐らくはそれが原因だろう。
お父様は末娘のルイズを別格に可愛がっていた、今までもルイズに手を出そうとした貴族を半殺しにした事もあった。
お父様宛のルイズの手紙が自分と同じような内容なら、間違いなく激怒するに違いない・・・どうみてもノロケ話だったがこの人には通用しないだろう。
「お父様、これ以上はいけません!杖を収めてください」
「エレオノール・・・この使い魔は平民でありながら私の小さなルイズに事もあろうか結婚をむりやり迫っているのだ、殺すしかないだろう!!」
「それは誤解・・・いえ、そういう問題ではありません、周りをごらんになってください!!」
「ふむ、少しやりすぎてしまったようだが原因はこの使い魔なのだ・・・いいから下がりなさい!エレオノール!!」
「ですからそういう問題ではありません!ここを何処だと思っているのですか、お父様!!」
「むぅ・・・!?」
「ここは王都トリステイン!女王陛下が直々に治める町です!いくらお父様でもこの町での狼藉は許されるものではありません!!」
「そうか・・・そうだったな、ワシとしたことが・・・」
ここで初めて、自分のした事に気がついた。
王都トリステイン・・・この国の首都で女王陛下が住まわる王宮があり、女王陛下が治める町と言われている場所だ。
この町での狼藉は王家への反逆とみなされる、ゆえにいかな貴族であっても大掛かりな騒ぎなど起こさない。
どんなに横暴な貴族でもこの町では平民への暴行や殺人は起こさない、女王陛下への・・・王家への忠誠の証として。
「分かってもらえましたか、お父様・・・ここは早く引きましょう」
「うむ・・・しかし、この事態をどうしたものか・・・」
ラ・ヴァリエール公爵は女王陛下の治める町でこれだけ大暴れしてしまったのだ、もはや取り返しが状況になっている。
いかに大貴族のラ・ヴァリエール家とはいっても、間違いなく責任を追及されるだろう。
ラ・ヴァリエール家に反目している貴族たちもこの失態を責めてくるのは間違いない、格好の攻撃材料になるはずだ。
投獄される事は無いにしても、莫大な資産や多くの領地を没収されるかもしれない。
ラ・ヴァリエール公爵は窮地に立たされていた、そして・・・本気で悩む父に彼女はささやいた。
「お父様ここは私に考えがあります、私にまかせてお父様は静かにしててもらえますか?」
「む・・・どうにかできるのか?・・・わかったお前にまかせる」
みんなボロボロになっている、才人もミス・ロングヒルも不幸にも巻き込まれた住民も街たちも全てが壊れかけていた。
「貴族」が持つ「魔法」の圧倒的な暴力を受けて、「魔法」を持たざる「平民」たちは一方的に蹂躙された。
この世界の理・ルール・社会的秩序・そして・・・「正義」の形が今の惨状なのだ、この階級社会の明確な姿なのだ。
誰もが不満に思っている・・・誰もが理不尽に思っている、それでも世界は変わらない・・・「魔法」があるから。
この街を破壊した貴族を止めたのは、誰かもわからない女性だった。
服装から見るにおそらくは同じ貴族なのだろう、二人が何かを話し合っている・・・助かったのかとみんなが思った。
(助かったのか・・・この人、お父様って言っていたよな・・・じゃあ、この人もルイズの家族なのか?)
目の前で話し合う二人を見て、才人はそう思った。
(どうやらギリギリ間にあったようだね、それにしても性格が悪そうな女だね・・・まてよ!?まさかあれがルイズなのかい?)
(サイト・・・あんたやっぱり女を見る目がなっちゃいないね・・・これは姉さんが本格的に教育してあげないとダメみたいね)
すこし離れた場所に吹き飛ばされたミス・ロングヒルが二人の会話を聞きながらそんな事を思っていた。
巻き込まれた住民たちも野次馬に集まった住人たちも意気消沈しているラ・ヴァリエール公爵を見て、助かったんだ!と思い始めた。
このまま殺されるんじゃないかという不安から開放されて、みんなが落ち着き初めた時にその声は聞こえてきた。
「あなた方!よくお聞きなさい!!」
よく通った声が瓦礫だらけの街に響き渡る。
「ここにいる少年は平民の分際で貴族である私の妹に求婚した!!」
ボロボロになった街の中に彼女の声がこだまする。
「これは決して赦されることではありません!!」
血だらけで倒れている人たちの耳にもその声が届く。
「責任は全てこの少年にあります!あなた方は不幸にもこの少年に巻き込まれてしまいました!!」
目の前の才人と少し離れたミス・ロングヒルの耳にもその声が届く。
「よって、あなた方はこの少年を責める権利があります!分かりましたか平民たち!!」
貴族の魔法によって蹂躙された全ての平民たちの耳に声が届いていた。
才人とミス・ロングヒルはその言葉に驚き、あまりにも自分勝手な言い分に絶句した。
(何を言ってるんだい!この女は・・・この状況が全てサイトのせいだって言うのかい!?)
(これが貴族だっていうのかい、ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけんな~~~~~~!!!)
ミス・ロングヒルは激怒した、絶句しているが心の中で目の前で叫ぶ女に激しくふざけるなと叫びかえす。
目の前で彼女の言葉を聞いた才人は・・・・・・彼女を悲しそうな瞳で見ながら泣いていた。
あまりにも理不尽なその言葉に、あまりにも理不尽なこの世界に彼は泣いた。
全ての責任を才人に押し付けて、住民からの非難を彼に集めようとしたエレオノールは少しだけ驚いた。
娘に全てをまかせて黙っていたラ・ヴァリエール公爵も才人の涙を見て少しだけ驚いた。
二人にはなぜ彼が泣いているのか分からないから、驚いている。
二人には貴族の言う事に対して、呆然としている目の前の少年の涙が理解できないから驚いている。
なぜ泣く必要があるのか?命だけは助けてあげたのだから喜んで私たちに感謝しないのはおかしいだろ・・・そう思っている。
そして事態は動き出す・・・才人のほうに血だらけの住民たちが大勢で歩いてくる。
才人は気づいていない、エレオノールを見つめて泣いている。
ミス・ロングヒルは気づいた、皆殺気立っていることに・・・このままでは才人が殺されることに。
エレオノールは気づいた、血だらけの住民たちが才人に向かって歩いている。
そして・・・
「ふざけんな~~~~~~!!ぶっ殺してやる~~~~~~!!!!」
「おまえらがこの街を・・・俺たちをこんな風にしたんだろうが~~~~~~!!!!」
「死ね~~~~~~!!このクソ貴族どもが~~~~~~!!お前ら全員死ね~~~~~~!!!!」
殺気立った住民たちは一斉に飛び掛る・・・・・・ラ・ヴァリエール公爵とエレオノールに。
驚いたのは、ラ・ヴァリエール公爵とエレオノールだった。
平民が貴族に襲い掛かってくるとは全く思っていなかった、その怒りは才人に向くものだと思っていた。
予想もしてなかった事態、二人は完全に対応できずに大勢の住人たちに組み伏せられる。
「うお~~~~~~!!杖を奪ったぞ~~~~~~!!!!」
誰かが二人の杖を空高くかざして大きく叫ぶ、これでもう怖くない!お前たちもこっちに来い!と。
貴族が魔法を使うにはいくつか条件がある、それがこの杖だ。
杖がなければ魔法を放つ事はできない・・・つまり、平民と同じ普通の人間なのだ、これで生命の安全が同等になったのだ。
「貴様ら平民の分際で何という事を~~~~~~!!え~い!!放せ!!放さんか~~~~!!!無礼者が~~~~~~!!!!」
「あなたたち!!こんな事をして許されると思ってるの!!放しなさい!!後でどうなるかわかっているの!!この平民が!!」
二人は必死に抵抗をするが動けない、完全に体の自由を奪われている。
もはや全ての住民たちは殺気立っている、周りの住民もその手に何かをもって近づいてきている。
二人はこのまま殺される・・・誰もがそう思っている、そう!組み伏せれられた身動きがとれない二人もそう思っている。
東の町で・・・女王陛下が治める王都トリステインで暴動が始まる。
才人は、その光景をただ呆然と眺めていた。
必死に叫ぶ二人を見て、これから始まる壮絶になるであろう暴力を感じながら平賀才人は・・・
―― 何も頭に思い浮かばなかった。――
そして、才人を横切るように群集が押し寄せてきた。
瓦礫・角材・鉈・斧・フライパン・包丁・・・みんながその手に何かを持って集まった。
平賀才人は何も頭に思い浮かばなったし、なにも考えずにその光景を見つめている。
そして・・・私刑(リンチ)は始まった。
いったいどれくらい時間がたったのだろう、お昼すぎだったのは覚えているが今がいつ頃なのか分からない。
(うるさいな・・・いったい、いつまで騒いでるんだ)
目の前には裸にされて血まみれの男が倒れている、生きているのか死んでいるのか分からない。
(何か叫んでいるな、いったい何を言っていんだ・・・眠くてよく聞き取れねぇ)
裸で血まみれの女が泣きながら何かを叫んでいる。
(何を言ってんだろう・・・とにかく眠い・・・それに寒いな)
女の横に誰かが立っている。
(斧なのかな・・・あれは・・・何だっけ?)
誰かが斧を構えている、女の横で高く振り上げている。
(昔、教科書で見たような気がするな・・・たしか、わがままな・・・王妃さま?・・・え~と)
そして、勢いをつけて斧が振り下ろされる。
(誰だったかな・・・マリー・・・えっと・・・思いだせねぇ、気持ちわりぃな・・・マリー・・・下の名前が・・・えっと)
そして・・・夕焼け空の下、一つの頭がその地に落ちた。
(教科書で・・・見たんだ・・・こんな・・・光景・・・ええっと・・・下の・・・な・・・ま・・・え・・・)
平賀才人は思い出せなかった、そして思い出せないまま眠りに付いた。
東の町で大暴動が起こった、鎮圧に乗り出した兵士たちによって事態は収束した。
この出来事は後に、こう記されるだろう・・・
「東の町で発生した暴動によってラ・ヴァリエール公爵とその長女が巻き込まれ死亡した」
「鎮圧に乗り出した兵士たちの活躍により混乱は収まった」
「その際に多数の住民に死傷者が出たもよう、この事態に女王陛下も大変心を痛めている」
・・・と。
平賀才人はこの国の歴史に残った、英雄や偉人としてではなく数多くある事件の記録に残る「多数の住民」として。
だが・・・平賀才人はその記録を確認することは出来ない。
彼は眠ったまま、どこかで見た光景を永遠に思い出せないのだから・・・
....第27話 どこかで見た光景 終
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執筆.小岩井トマト
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意識を取り戻した才人が見たのは変わり果てた街並みでした。
なぜこんな事になったのか?なぜこんな事をしたのか?いったい何のために・・・
難しいようで簡単なその答えに、才人が取った行動は?思った事はなんだったのでしょうか?
第2章 城下町の使い魔編の最終話です。