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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ十

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-08-25 10:16:19 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:2000   閲覧ユーザー数:1755

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ十

 

 

 長久手を出発したゴットヴェイドー隊と森一家、そして葵を筆頭とする三河本隊。

 その行列から 祉狼と詩乃、エーリカ、美衣、貂蝉、卑弥呼が鞠を連れて先駆けとして岐阜城へと先行する。

 井之口へ祉狼達が到着すると、半羽、壬月、麦穂の三人が街の入り口で三十人程の足軽へ忙しそうに指示を出していた。

 

「半羽!壬月!麦穂!ただいま♪」

 

 祉狼の声に三人が振り返り笑顔で駆け寄って来る。

 

「「お帰りなさいませ、祉狼さま♪」」

「おっ♪夫殿、戻ったか♪」

「これは三河衆の出迎えの準備か?」

 

 祉狼が問い掛けると壬月が溜息と共に答えた

 

「そうだ。私は性に合わんがそうも言ってられん。三河の松平元康殿は殿の幼馴染みだし、上洛の最中は尾張の背後を守って貰わねばならんからな。こちらも誠意を見せねばならんのさ。」

 

 そして一変して明るい笑顔で祉狼の頭を両手で鷲掴みすると、グシャグシャと手荒に撫で回した。

 

「雹子から聞いたぞっ♪あの赤子は祉狼が鬼から人に戻したそうではないかっ♪」

「あ、ああ、でも、あれは、聖刀、兄さんが、助太刀、して、くれた、から、出来た、んだ。」

 

 頭を振り回されながら答える祉狼は、珍しく顔を赤くして照れていた。

 

「はっはっはっはっ♪謙遜するな♪私は妻としてとても誇りに思っているんだ♪」

「壬月、貴様ひとりの夫ではないぞ。」

「そうですよ、壬月さま。私だって祉狼どのの妻であることをとても誇らしく思っているのですから。」

 

 半羽と麦穂が先を越された事に腹を立てるが、その顔はやはり祉狼の偉業を心から嬉しく思っているのが溢れ出ていた。

 

「しかし、儂も祉狼さまの活躍をこの目で見たかったのぉ。」

「私もです♪それにあの赤子…力丸ちゃんですけど、桐琴さんがその場に居たから先を越されてしまいましたが、私も居れば私が引き取りましたのに………本当に可愛らしくて♪」

 

 麦穂が慈愛に満ちた微笑みで語った言葉に、壬月も優しい笑顔で同意する。

 

「確かにな♪これまでも赤ん坊は可愛いと思っていたが、どうした事か最近は特に可愛く見えてしょうがない♪」

「何を言うておる、壬月。それはおぬしに女としての自覚が出て来た証拠じゃ。女の悦びを知った次は母の歓びを求める物よ♪」

 

 様子を見ていた詩乃は半羽の言葉に内心頷いた。

 詩乃自身も祉狼の妻となる以前と今とでは赤ん坊を見る目が変わっていると感じていたのだ。

 

(私も赤ん坊が可愛いと思う気持ちは以前からありましたけど………今は保護欲が何倍にもなった気がします……祉狼さまのお子であればきっと………)

 

 横目で祉狼の顔を盗み見て、祉狼の赤ん坊を抱く自分を想像してしまう詩乃だった。

 

「ああ、そうだ。三人には先に紹介しておこう。長久手で昴のお嫁さんになった鞠だ♪」

 

 祉狼の真っ直ぐ過ぎる紹介に、詩乃の妄想が一瞬で消し飛んだ。

 

「し、祉狼さまっ!そのお話は私がすると先程言ったではないですかっ!」

「あ、そうだったな♪それじゃあ、後を頼む♪」

 

 祉狼の悪気が全く無い笑顔に詩乃はがっくりと肩を落として溜息を吐いた。

 

「はっはっはっ♪雹子から聞いておるぞ♪その娘が三河の本多忠勝であろう♪」

 

 半羽は完全に勘違いをしていた。

 それは壬月と麦穂もである。

 雹子が力丸を連れて岐阜城に戻ったのは昴が鞠を助ける前であり、その後も葵と悠季、そして駿府屋形を警戒して、鞠の報告をしなかったのだから仕方の無い事なのだが。

 

「いいえ。こちらは今川彦五郎氏真さま。今川義元公のご息女です。」

 

「「「………は?」」」

 

 半羽、壬月、麦穂は耳を疑った。

 何故、今川の姫がここに居るのか。しかも、祉狼は昴の嫁になったと言った。

 固まった三人の前に、鞠が馬から飛び降りて元気よく挨拶をする。

 

「鞠は今川治部大輔彦五郎氏真。通称は鞠なの♪昴のお嫁さんになったので、これからよろしくお願いしますなのー♪」

 

 三家老は頷くよりも先に詩乃に顔を向けて説明を求めた。

 

「はぁ…………それでは簡単に説明を致します…………」

 

 詩乃は昴が鞠を助けた経緯と、鞠から聞いた駿府屋形の現状、昴に見せてもらった朝比奈泰能からの手紙の内容を伝えた。

 

「………不死身の泰能か………ヤツならばあり得る話じゃな………」

 

 半羽がポツリと呟くと壬月と麦穂が渋い顔で頷いた。

 

「それで俺は久遠に伝える為に先行して戻って来たんだが、久遠は天守か?」

「はい、殿も祉狼さまの帰りを首を長くしてお待ちです。」

「判った♪じゃあまた、後の評定で会おう♪」

 

 祉狼達は岐阜城に向かって馬を走らせた。

 三家老は祉狼の姿が見えなくなるまで見送っていたが、直ぐに顔を付き合わせて話を始める。

 

「今川氏真殿とは………またとんでもない物を拾って来たものじゃ………」

「しかし、駿府屋形が武田信虎の手に落ちたとあらば、尾張の東が気になりますな……」

「半羽さま、我らが上洛をしている最中はかなり大変になると思いますが、何卒よろしくお願いいたします。」

「うむ、三河と連携を取って警戒を厳にしよう。しかし、信虎がこちらに攻めてくる可能性は低いじゃろうな。」

 

 壬月と麦穂は半羽の言葉に現在の勢力図を頭の中で整理してみた。

 

「成程、信虎が三河に動けば甲斐の娘が黙ってはいないでしょうな。」

「甲斐武田には『歩き巫女』と呼ばれる草が大勢居るそうですから、駿府屋形の事も既に知っているでしょうね。」

 

 背後の状況を把握した後は、次に来るのは当然家中の問題だ。

 

「さて、そうなると鞠殿の事が大変じゃな。また三若が暴れそうじゃの。」

「祉狼が昴の嫁と認めた以上、久遠さまも保護を認めるでしょうな。」

「鞠様は和奏ちゃん達より強いですね。あの身のこなしだと三人がかりでも勝てないんじゃないかしら♪」

「あのバカ共も浮かれておったから良い薬になるじゃろう♪小夜叉に本多忠勝と、武力では完全に負けておるからの。はっはっはっはっ♪」

「半羽さま、我々もうかうかしてられませんよ。榊原小平太殿という若い子がまた増えるのですから………」

「それに不干(ふえ)の事もありますぞ。」

 

 不干とは半羽の長女、佐久間信栄(のぶひで)の通称である。

 壬月も不干が幼い頃から知っているので、現状が不憫でしょうがなかった。

 

「ずるずると先延ばしになっておりましたが、上洛前には祉狼の嫁にしてやるべきでしょう。」

「それは判っておる。しかし、松平殿の面目を潰す訳にはいかんし、本多正信の思惑も阻んでおきたい。まあ、儂に任せておけ♪」

「何れにせよ、また順番が伸びるのですね………」

 

 麦穂のぼやきに半羽と壬月が笑い出しそうになるが、ここは堪えて三河衆の出迎えの準備に専念する事にした。

 

 

 

 

 岐阜城天守に帰って来た祉狼達は、早速久遠の仕事部屋へと向かった。

 

「久遠。入ってもいいか?」

 

 祉狼は襖の前で正座をしてから、部屋の中へ声を掛けた。

 

「祉狼!?帰ったかっ♪」

「どうぞ♪早く入って頂戴♪」

 

 襖の向こうから久遠と結菜の声が聞こえて来た。

 どうやら二人で仕事をしていたらしい。

 

「ただいま♪久遠♪結菜♪」

「おかえり♪祉狼♪」

「おかえりなさい♪」

 

 祉狼が襖を開けると久遠と結菜がいきなり抱きついて押し倒されてしまった。

 

「雹子から聞いておるぞ♪遂にやったではないか♪」

「すごいわよ♪もう、本当に惚れ直しちゃう♪」

「あ、ああ………ありがとう…………その、詩乃達も居るんだが…………」

 

「「え?」」

 

 言われて久遠と結菜が顔を上げると、詩乃とエーリカは横を向いて見て見ぬ振りをして、貂蝉と卑弥呼は天井を見上げて涙を堪えており、美以とその頭の上で宝譿が興味津々に見つめていた。

 更に久遠と結菜の見知らぬ幼女が口と目を大きく開けて驚いている。

 

 二人は慌てて祉狼を離して居住まいを正した。

 

「祉狼!襖を開けるみゃえに言わんきゃっ!」

「おほほほ♪ごめんなさいね♪つい浮かれてしまって♪」

 

 焦ってカミカミになる久遠を詩乃とエーリカは可愛いと思ったが、ここは黙って頭を下げる。

 

「久遠さま。結菜さま。祉狼さま以下ゴットヴェイドー隊。只今長久手より帰還致しました。長久手の鬼は心配有りませんので、先に緊急のご報告を致したいと思います。」

 

 詩乃が告げると久遠と結菜の顔が引き締まった。

 

「緊急だと?申してみよ。」

「はい。では、先ずこちらの方をご紹介致します。こちらは今川治部大輔彦五郎様でございます。」

 

「…………今川?」

「治部大輔って………」

 

「雹子どのがこちらにお戻りになられたその日に、昴さんが長久手の山中で行き倒れておられた彦五郎様を発見、介抱されました。そして、宿にて素性と経緯をお聞きしました所、駿府屋形が武田信虎殿に乗っ取られ、彦五郎様は腹心朝比奈泰能殿と脱出されたそうでございます。」

 

 久遠と結菜は目を見開いて鞠を見た。

 身奇麗にしてはいるが、服の所々が破れていて逃避行をして来た事を物語っている。

 

「朝比奈殿は彦五郎様を逃がす為に囮となったそうでございます。そして、久遠さまと昴さんに宛てた手紙を残されました。」

 

 鞠は懐から手紙を出して詩乃に手渡す。

 そして、詩乃から久遠の手に渡された。

 

「ふむ…………」

 

 久遠は手紙を開いて、先ず眉を(しか)めた。

 書かれている内容は昴に宛てた手紙とほぼ同じだ。

 久遠は結菜に手紙を渡して読み終わるのを待つ。

 読み終わる直前に結菜が背後を振り返ったのは昴と同じ理由だった。

 

「この手紙には昴の嫁にしてくれと書いてあるが…………先程『昴が見つけた』と言ったな…………」

 

「お察しの通りです…………我々が彦五郎様にお会いした時は既に………事に及んだ後でした………」

 

 詩乃は溜息を吐いて眉間を押さえた。

 

「デアルカ………」

 

 久遠と結菜も一緒になって溜息を吐く。

 

「久遠、結菜。俺は鞠に保護すると約束をした。頼む!」

 

 祉狼が頭を下げるのを見て二人は微笑んだ。

 

「心配するな、祉狼♪別に追い出せなどと言いはせん♪」

「そうよ♪それにもう昴のお嫁さんになのでしょう?ならもう私達の妹みたいなものよ♪」

 

 久遠と結菜の言葉に鞠は顔を輝かせた。

 

「ありがとうなのっ♪あっ!今川彦五郎氏真、通称は鞠なの♪」

「うむ♪我が織田上総介三郎信長だ。通称は久遠。」

「私は久遠と祉狼の奥さんで斎藤帰蝶。通称は結菜よ、鞠ちゃん♪」

「久遠お姉ちゃん♪結菜お姉ちゃん♪よろしくなの♪えへへ♪お兄ちゃんだけじゃなく、お姉ちゃんもできたの♪」

「「お兄ちゃん?」」

「ああ、俺と聖刀兄さんの事だ♪」

「あら、それならそこに居る詩乃とエーリカもお姉ちゃんね♪」

「二人も祉狼の妻だからな。まあ、まだ他にも大勢居るが、それは葵が来た時の評定で顔合わせをさせてやろう。…………所で鞠、お主は何が出来る?」

 

 鞠は久遠の問い掛けに首を捻った。

 

「鞠にできること?」

「ああ、鞠はもう駿府のお屋形様では無いのだ。働いて食い扶持を稼がねばならん。昴に押し付けても良いが、妻だからと言って家事しかしない者はこの織田家中にはひとりもおらん。結菜だって我と共に政をしておるし、城内の纏め役も(こな)しておる。」

「う~んとね…………鞠はゴットヴェイドー隊の護衛になるの♪」

 

「「ゴットヴェイドー隊の?」」

 

「うんなの♪ゴットヴェイドー隊は救護隊でしょ?鞠ね、鹿島新当流の皆伝なの♪昴と一緒に救護隊を守るの♪」

 

 祉狼が頷いて鞠のフォローをする。

 

「鞠は小夜叉と互角以上に戦えていたぞ♪」

「デアルカ………」

 

 久遠と結菜は顔を見合わせ頷きあった。

 

「祉狼、実はな、此度の上洛に際してゴットヴェイドー隊に少々テコ入れしようと考えていたのだ。」

「テコ入れ?」

「救護隊であるゴットヴェイドー隊は薬などの貴重品を大量に運ばねばならん。しかもそれは兵が生き残れる事を目で見て実感出来る物だ。これを敵に奪われでもしたらこちらの戦意が一気に落ちる。貂蝉と卑弥呼が如何に強くとも隙を突いて火をかけられる恐れもあろう。そこでゴットヴェイドー隊を増強して護衛部隊も編成しようと結菜と話しておった。鞠の提案は先読みされたみたいになったので驚いていたのだ♪」

 

 これは詩乃も聞いていない話なので久遠ににじり寄った。

 

「久遠さま。増強とはどれ程の戦力をお考えなのでしょう?」

「うむ、先ずは鉄砲五十丁と家中で鉄砲錬磨の者を掻き集める。」

 

「五十っ!?それに家中からと言うと柴田衆や丹羽衆からですかっ!?」

「鉄砲自体は先の堺で買い付けた物が届いたのでそれを回す。弾と玉薬もある程度は我が準備してやる。聖刀が知行地で行っている事業が軌道に乗れば五十どころか二百でも余裕で賄えるだろう♪」

「それは………確かに…………これはサトウキビ栽培に力を入れねばなりませんね………」

「そして壬月や麦穂の所からだけでは無く、半羽の所や母衣衆からも回すぞ。これは皆が直接祉狼と昴を助けたいのを我慢して、代わりに出向させるのだ。その気持ちを汲んでやれ。」

「判りました…………三若の方々は下手をすると昴さんから離れなさそうですからね………」

「母衣衆からの中に桃子と小百合が入っておる。詩乃ならば使いこなせるであろう。」

「御意に…………後方に回されたと不満が出ない様にするのは骨が折れそうですが………」

「六角攻めは練度を上げるよい機会だ。前線にも出すからそのつもりでおれよ♪」

「そうですね………練度の低いまま若狭で鬼と対峙するのはぞっとしません。」

「因みに詩乃はどのように編成する?」

「はい…………本来の救護隊はそのまま荷駄隊と工兵隊も兼ねますので荷駄隊七十、工兵隊三十、鉄砲が五十ですから……騎馬十、長柄が四十といったところですか。」

「ふむ、鉄砲は数が増やせんから仕方ないが、他は全てその倍にせよ。銭は我が出す。聖刀も聞けば新たな金儲けを始めるでろう♪」

「数が増えるとそれだけ練度を上げるのに時間が掛かるのですが………そもそも集める兵がもう残っていないのではないですか?」

「そこは明智庄(あけちのしょう)の者がおるぞ♪どうやらエーリカから声が掛かるのを待っておるらしい♪」

 

 エーリカは突然話を振られて驚いた。

 しかも母の生地の者が自分を待って居てくれると聞いて、胸に熱い物が込み上げる。

 

「畏まりました、久遠さま♪必ずや明智衆を束ねてご覧に入れます♪」

 

 エーリカが床に手を着き深々と頭を下げた。

 

「護衛部隊の隊長は昴にやらせよ。これならば鞠も思う存分働けるであろう♪」

「ありがとうなのー♪」

「それともうひとつ、ゴットヴェイドー隊にはやって貰いたい仕事が有る。」

 

 祉狼は無言で頷く。

 久遠が頼ってくれるなら全力で応えようと祉狼は身構えた。

 

「江南の調略だ。ひよところには美濃攻略の時の実績が有るし、江南には天主教の大きな教会が在る。観音寺城の家老に天主教に改宗した者が居るので、エーリカがおれば説得の糸口になるであろう。」

「はい!少しでも流す血が少なくなる様に全身全霊を以て説得致します!」

 

 エーリカは久遠に再び頭を下げ、祉狼にも微笑んで見せた。

 

「さて、ゴットヴェイドー隊に関してはこんな所か。次は長久手の鬼だが、どうであった?」

 

 これにも鬼の専門家であるエーリカが答える。

 

「はい、周辺の村落と桐琴どのの話を合わせまして、あの鬼の巣は若狭から越前、飛騨、美濃の国境を偶々(たまたま)通り抜けたはぐれ者が徐々に集まった物だと判断しました。桐琴どのと小夜叉どのが鬼の巣を発見できなかったのですからかなり確証が高いと見ております。」

「デアルカ。ならば美濃領内の警備を強化すれば背後を脅かされる心配はないであろう………鬼子の強さはどうであった?」

「桐琴どの、小夜叉どの、昴さん、貂蝉さま、卑弥呼さまが五人掛りでやっと動きを止める事ができる程の強さです。祉狼さまの鍼が無ければ倒すのにどれだけ時間が掛かった事か…………」

「そこまでの強さか…………畿内にはまだ鬼子を孕んだ者がおるやも知れん………祉狼、胎内に居る鬼子も人に戻せそうか?」

「今回ので糸口は見えた。しかし、母体の命も守り、胎児の病魔を祓うとなるとまだまだ修行をしなければ駄目だ。久遠!俺はもっともっと強くなるっ!」

「ふふ♪愚問であったな♪そこは祉狼に任せよう♪」

 

 全員が祉狼を熱い視線で見つめていた。

 

「では次に葵の事だが………詩乃、あの綿毛にしてやられたそうだな♪」

「わ、綿毛?」

「葵の傍にくっついておる本多正信だ。綿毛頭の上に本人も飄々として捕らえづらかろう♪」

「なるほど、確かに。正信どののお話を雹子どのから聞いておいでならば、榊原康政どのと本多忠勝どののお話も?」

「うむ、葵が差し出すと言うなら受け取っておくとしよう。詩乃から見て二人はどの様な者だ?」

「お二人共良い意味で三河武士でございます。忠勝どのはその………鞠さまと一緒に昴さんが………」

「あやつ…………本当に手が早く成りおったな………」

「ねえ、詩乃………」

 

 久遠と詩乃の会話に鞠が割り込んだ。

 

「鞠の事は『さま』を付けないでほしいの………鞠はもう詩乃の妹なの………」

 

 鞠が他人行儀にされて悲しんでいるのは詩乃にも判った。

 詩乃はエーリカと目を合わせてから鞠に微笑む。

 

「はい♪これからは鞠さんと呼びます♪」

「私もそう呼びます♪それに悪いことをすれば叱りますからね♪」

「うんなの♪」

 

 鞠は嬉しそうに頷いた。

 

「それじゃあ美以もマリのおねえちゃんになるのにゃ♪」

「えー?美以ちゃんは鞠より小さいから鞠の妹なの!」

「そうなのにゃ?」

「抱っこしてあげるからこっちに来るの♪」

 

 美以は言われるままに鞠の膝の上に座り、鞠に頭を撫でられて目を細めた。

 そんな二人の様子に全員が心を癒される。

 

「話を戻すか♪祉狼は榊原をどう思う?」

「ん?長久手で修行をしている間、色々と世話をしてくれた。何か結菜と一緒に居る様な感じだったな。」

「なに?」

「あら♪それじゃあ結構良い女の子なのね♪」

「結菜、それは自画自賛では…」

「久遠…………何か言った♪」

 

 振り返る結菜の顔は笑っていたが、溢れ出る凰羅に久遠は口を閉じた。

 

「いや…………なんでもない…………」

 

「詩乃とエーリカから見てどう?」

「そうですね、歌夜どの本人は良識も有り、問題は無いかと。」

「少し妬けてしまいますが、祉狼さまを想う気持ちが見ていて良く伝わってきました。仲良くもなりましたので、今は応援する気持ちも有ります♪ひよところも同じでしょう♪」

「あなた達と仲良くやれるなら大丈夫そうね。後は実際に会って判断するわ。」

 

 久遠をおいてけぼりにして結菜はそう結論を出した。

 最終的に奥を取り仕切っているのは結菜なのだ。

 久遠自身も実際に会ってみないと判断が出来ないと判っているのだが、祉狼に言い寄る相手の情報を知りたいと思うのは女心だから仕方がない。

 

 

 

 

 松平衆が到着し、岐阜城天守の評定の間に織田家中の主だった者も集まり評定が始まった。

 

「葵♪よく来てくれた♪礼を言う♪」

「いえ、久遠お姉さまからのお声掛けとあらばこの葵、駆けつけぬ訳には参りません。此度の上洛の露払いは我ら三河衆にお任せ下さいませ。」

「うむ、期待しているぞ、葵♪上洛の準備で必要な物があれば遠慮なく申せ。」

「ありがとうございます。それでは物資に関しましては後ほど書面にて。今は我が家臣、榊原小平太と本多平八郎について、志乃殿を通してお伝えした件の決定を頂きとうございます。」

 

 葵は飽くまでも人質として差し出すという形式を捨てず、貫き通す構えだ。

 

「そうか。我と葵の間柄なのだからそこまでせずとも良いのだがな。お前の性格ならばその辺をしっかりしておかねば気がすまんのだろう。その二人と挨拶をしよう♪」

「はい。歌夜、綾那、織田久遠さまに挨拶を。」

 

 葵に言われて歌夜と綾那が進み出た。

 歌夜の身のこなしに問題は無い。しかし、隣の綾那が心配でチラチラと横目で確認している。

 当の綾那は歌夜の心配も他所に、元気もよくニコニコしていた。

 実はこの段階になっても三若に綾那の事は伝えられていない。

 しかし、綾那の姿を見て和奏、犬子、雛の三人はピンと来た。

 

「松平家家中、榊原小平太歌夜康政にございます。此度は我が主君、松平次郎三郎の許しを得まして織田上総介様の夫君、伯元さまの下へ参りました。」

 

 平伏する歌夜を見て、久遠と結菜は成程と納得する

 現在の祉狼の嫁の中に居ない、自分より年下で如何にも武家の娘然とした少女だ。

 武家の娘と言えば近いのは詩乃なのだが、詩乃は頭脳派なのでやはり何処となく雰囲気が違う。

 久遠も昔の結菜に近いと感じ、祉狼の感想が正しいと内心頷いた。

 

「本多平八郎綾那忠勝なのです♪昴さまのお嫁さんになりに来たのです♪」

 

「「「っ!!」」」

 

 三若が立ち上がり掛けたが何とか堪えた。

 これに半羽、壬月、麦穂がほうと感心する。

 少し前ならばこの場で騒ぎを起こしていただろうが、ここで堪えるだけの成長はしているのと見直していた。

 

「うむ♪では歌夜、綾那。歓迎しよう♪我の事を通称で呼ぶ事を許す。祉狼と昴を助けてやってくれ♪」

「か、畏まりました、久遠さまっ!」

「はいなのですっ♪」

 

 一応は波乱も無く無事に歌夜と綾那は織田家に迎えられたが、三若は逆さまにしたカマボコみたいな目をして昴を睨み、昴は脂汗を流していた。

 しかし、三若の試練はまだ続く。

 

「では次にもうひとり紹介しておこう。鞠、入って参れ。」

 

 久遠の声に襖が音も無く開き、鞠が礼法に則った所作で評定の間へと入室する。

 三若は綾那の時以上に反応した。

 例えるなら雷に打たれた様な。

 自分達には無い気品にも完全に圧倒されていた。

 

「既に知っている者も居るだろうが………鞠、自己紹介いたせ。」

「はいなの♪」

 

 鞠は背筋を伸ばして何の気負いも無く口を開く。

 

「鞠は今川彦五郎鞠氏真なの♪この度は昴のお嫁さんになって、久遠お姉ちゃんに保護して貰う事になったの♪お仕事はゴットヴェイドー隊の護衛なの♪」

 

 次々と飛び出す衝撃の情報に、三若は畳に爪を立てる事で何とか耐えた。

 畳はボロボロになって行くが、三人の家老もそれくらいは大目に見る事にする。

 

「聞いての通り今川義元の娘だ。駿府屋形が武田信虎に乗っ取られ、逃げ出して長久手で行き倒れた所を昴が救った。鞠自身が昴を好いたと言うので嫁の話も了承した。しかし、保護はしたが鞠は一介の武士として扱う。本人もその覚悟ができており、今川の姫とは見ないで欲しいと言っている。」

 

 久遠は一度言葉を切って三若を見た。

 

「和奏、犬子、雛。お前達は昴の妻の先輩だ。後で鞠と綾那を相手に思う存分納得するまでやり合うといい♪」

 

 結局、エーリカの時と同じ様に織田家式の歓迎会が久遠公認で行われる事となった。

 

「さて、長久手の鬼だが、ゴットヴェイドー隊と桐琴達の調べで上洛には影響の無い事が判明した。我らは心置きなく京を目指し、先ずは六角承禎と江南に蔓延る鬼どもを根切りに致す!出発の日は近いぞ!各々準備を怠るな!」

 

『御意っ!!』

 

 評定の間に声が響き全員が平伏した。

 そして顔が上がった時に葵が静かに挙手をする。

 

「申せ、葵。」

 

「はい。先日祉狼さまが鬼子を人の子に戻したと伺っておりますが、『鬼』とは如何なる存在なのか。久遠お姉さまからの書状でご説明を頂きましたが、祉狼さまが鬼を人に戻せる理由などもお教え下さいませ。」

 

 久遠は葵が鞠の事を言い出すのかと思っていたが、思わぬ事を訊かれて内心驚いた。

 

「うむ………祉狼、説明してくれ。」

「判った。」

 

 上段で久遠の横に座る祉狼が頷く。

 

「簡単に言うと鬼とは病魔の塊だ。病魔に侵され肉体の全てが変質してあの姿になる。だから俺は病魔を全て倒す事が出来れば人に戻せると思っていた。しかし、それでは人の身体が治療に耐え切れなかった………だから病魔を倒すだけでは無く、肉体の修復も同時に行わなければならないんだ。今回、成功したのは赤ん坊の身体が小さく生命力が溢れているので、肉体の修復が迅速に出来たからなんだ。」

 

「では、大人が鬼にされた場合よりも、赤ん坊の方が人に戻しやすいのですね。」

 

「それは肉体の修復に関してだけだ。鬼子の強さは普通の鬼の数倍ある。身に纏う病魔の量も多い。俺ひとりでは鍼を打ち込む事すら出来ない。逆に普通の鬼には鍼を打ち込み病魔を祓う事が出来ても肉体の修復に氣を大量に使う。生きたまま人に戻す難しさは結果として同じくらいだ。」

 

 全員が息を飲んで祉狼の言葉を噛み締める中、聖刀が静かに手を挙げた。

 

「何か補足が有るのか、聖刀?」

「うん、気付いている人も居ると思うけど、今までの鬼は全て雄、つまり男の人が鬼にされた姿なんだ。」

「何!?そうなのか?」

 

 久遠はエーリカに視線を向ける。

 

「言われてみれば確かに…………ポルトゥス・カレでは女性も悪魔にされていましたが………」

「そうなんだ………だけど日の本では、女の人は食われるか犯されて鬼子を孕まされる。僕は鬼子を増やす為なんだと推測していたんだけど………もしかしたら鬼になってしまうと妊娠出来ないのかな…………」

「聖刀兄さん、それは充分考えられる。病魔によって変質した子宮では受胎が出来ないんだろう。」

「そうか…………祉狼の助けた力丸ちゃんは女の子だった。雌型の鬼を見るのはあの時が初めてだったから、てっきり女性を鬼にするには鬼子じゃなきゃ駄目なのかと思ってたけど、エーリカちゃんは大人の女性も鬼にされるって言うし…………」

 

 聖刀が考え始めた所で久遠が一度手を叩いた。

 

「よい。その事は聖刀に任せよう。今はザビエルが我ら女を鬼にしないという事が判っただけでも良しとしよう。最も鬼に犯されるのもご免だがな。各々鬼に捕らえられた時の覚悟と準備はしておけ。これにて評定を終了する!今夜は松平衆の歓迎の宴を行うから、それまでに今日の仕事は終わらせておけ!」

 

 覚悟と準備とは『自決する覚悟』と『喉を突く為の懐剣』の事だ。

 鬼に身を穢されるくらいなら死を選ぶ。

 久遠に言われるまでもなく、彼女達の心には既にその覚悟が出来ていた。

 

「おいっ!本多忠勝!それから今川氏真………さま……」

 

 それはさておき、評定が終わって早速和奏が立ち上がった。

 

「和奏ぁ〜、しっかりしてよぉ。」

「和奏ちんはやっぱりヘタレだな〜」

 

 犬子と雛にダメ出しをされて赤面するが、和奏は無視して綾那と鞠を睨んだ。

 当の綾那と鞠はキョトンとして和奏に振り返っている。

 

「ボクは佐々内蔵助成政!通称は和奏!昴の妻筆頭だっ!」

「え〜?そんなのいつ決まったの〜?」

「和奏どさくさに紛れてズル〜い!」

 

「少し黙ってろよっ!話が進まないだろっ!!」

 

 鞠は和奏が『昴の妻』と言ったので笑顔で駆け寄り、ペコリとお辞儀をする。

 

「あなたが和奏なの♪昴から話は聞いてるの♪鞠のことは鞠って呼んでほしいの♪」

「おお!おまえたちが昴さまの言っていた三バカなのですね!綾那のことも綾那でいいのですっ♪」

 

「誰が三バカだっ!」

「昴ちゃ〜ん………」

「昴さまぁ〜………」

 

 雛と犬子は昴を睨んだ。

 

「言ってないからっ!ちゃんと三若って教えたからっ!」

 

 昴は腕を振り回して否定する。

 事実はどうあれ、昴のお仕置き理由がまたひとつ追加された。

 

「ああもうっ!グダグダ説明すんのはなしだっ!綾那!鞠!庭に出ろっ!勝負だっ!」

 

 勝負と聞いて綾那は勿論、鞠までも目を輝かせた。

 

「尾張者は腰抜けと聞いていたですが、こういうバカもいるのですね♪」

「バカって言うなっ!」

「?どうしてですか?綾那も戦バカなのです♪」

「鞠も勝負は大好きなの♪鞠、負けないよっ♪」

「戦バカか……まあ否定しないけど………それに鞠!お姫様剣法がボクに通じると思うなよ♪」

 

 こんな遣り取りを周りは面白がって眺めている。

 久遠も笑って和奏にひと言助言をした。

 

「和奏、鞠は公方と同じ塚原卜伝の直弟子で皆伝の腕前だそうだぞ♪」

「ええっ!?」

「小夜叉と互角だそうだから油断するな♪」

 

 小夜叉と同格と聞いて和奏は腰が引ける………かと思いきや、ニヤリと笑って胸を張る。

 

「ボクだって修行してんだ♪小夜叉相手でもビビったりしないぜ♪」

「おおっ!なんか和奏がカッコイイぞ〜♪あ、雛の名前は滝川彦右衛門雛一益だよ〜♪」

「それじゃあ、小夜叉の相手は今度から和奏に任せるね♪わたしの名前は前田又左衛門利家!通称は犬子!槍の又左とは犬子のことだーー!!」

「槍だったら綾那も負けないのですよーー♪」

「鞠の宗三左文字(そうざさもんじ)が火を吹くのーー♪」

 

 ちびっ子達がワイワイガヤガヤと騒ぎながら庭へと走って出て行った。

 昴もその後を追って評定の間を後にする。

 その姿は磁石に引き寄せられるブリキの人形の様ではあったが。

 

「歌夜どの、私とひとつ手合わせ願えますか♪」

 

 歌夜が声に振り返ると自分より少し年下の少女が直ぐ傍に座っていた。

 

「は、はい………私は構いませんけど………」

「あ、申し遅れました。わたくしは佐久間甚九郎信栄。通称を不干と申します。以後お見知りおきを♪」

「はい♪よろしくお願いします♪」

「実はわたくしも歌夜どのと同じく、祉狼さまの妻にしていただくのを待つ身です♪」

 

 歌夜は目を見開いた。

 織田の家中にまだ祉狼の嫁候補が居るとは思っていなかった事と、目の前の不干の乳房の大きさに。

 歌夜も大きい方ではあるが、不干に比べれば標準と言われても言い返せないくらいだった。

 

「順番を賭けて…………と、いうのは如何でしょう♪」

 

 祉狼に対する想いを賭ける。そして、歌夜の祉狼に対する思いが本物かを試されているのだ。

 歌夜は元々引く気は無かったが、これで俄然やる気が出て来た。

 

「判りました。お手合せ願います。」

 

 乳では負けても恋焦がれた時間は自分の方が長いという自負を以て歌夜は立ち上がる。

 

「では庭へ参りましょう♪」

 

 不干も立ち上がり、歌夜を先導する形で評定の間から出た。

 その後を半羽、壬月、麦穂が笑いながら付いて行く。

 見届け役というのもあるが、歌夜の品定めといった意味合いの方が強い。

 これで評定の間に残っているのは久遠、祉狼、結菜。昴以外のゴットヴェイドー隊、そして葵と悠季だ。

 

「相変わらず久遠お姉さまの周りには熱い方が多いですね♪まるで三河武士の様です♪」

「葵、お前もそのひとりだぞ♪今ではその様に澄ましておるが、竹千代だった頃は負けず嫌いで我と一緒になって暴れまわったではないか♪」

「ふふ♪懐かしいですね♪」

 

 祉狼は久遠と葵の笑顔に、自分と聖刀と昴の間に在る絆と同じ物を見た気がした。

 

「それでは久遠お姉さま、葵は隊に戻り上洛の準備に入ります。」

「うむ。先程も言ったが、三河衆には期待しておるぞ♪」

「はい♪」

 

 葵は下がる前に一度聖刀へ向き直る。

 

「聖刀さま。またお話を伺いたいのですが、いずれお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ♪それじゃあ、上洛準備を頑張ってね♪」

「はい♪お心遣い、感謝致します♪」

 

 葵と悠季は頭を下げて評定の間を後にした。

 二人を見送った後、最初に口を開いたのは結菜だった。

 

「聖刀、あまり葵に情を移さないでよ。私にもあなたの奥様方、お義姉さま方への通す義理が有るんですからね。」

「結菜ちゃんにまで釘を刺されちゃったな………そうだね、葵ちゃんが僕と松平の家を天秤に掛けた時にどっちを取るかによるよ♪」

 

 現状、葵が聖刀に言い寄るのはお家の為で、そうである間は大丈夫だと聖刀は言っているのだ。

 結菜もそうだが久遠も葵が松平の家を捨てるなど考えられないので納得する。

 

「さて、我らも試合を観戦しに行くか♪三若がどこまで善戦するか見物だぞ♪」

「不干と歌夜もよ♪奥を取り仕切る立場としてはしっかりと見届けないとね♪」

 

 久遠と結菜に合わせて祉狼も立ち上がると、下段に居たゴットヴェイドー隊も全員立ち上がる。

 

「ひよ、ころ、やる事は山積みですよ。聖刀さまもご協力お願い致します。」

「詩乃、俺は…」

「祉狼さまは久遠さま、結菜さまと一緒に新しいお嫁さんの活躍をご覧になっていてください。」

 

 つい棘の在る言い方になってしまう。

 意地が悪かったかと詩乃は少し後悔した。

 

「そうだな、二人の健康診断もついでにしておくか♪」

 

 しかし、当の祉狼がまるで棘に気付いていない。

 それはそれで、面白くない詩乃だった。

 

 

 

 

 岐阜城が一時の平穏を過ごしている時、東の地の駿府屋形で武田信虎がある男と邂逅していた。

 

「貴様があの砥石城に現れた鬼を操っていたと申すのか?」

 

 評定の間の上段で肘掛けに寄りかかる四十路の女武将が武田信虎だ。

 本来そこに座る鞠を追い出した張本人である。

 それに相対し、下段で笑う男。

 

「はい。あれは信虎様に鬼の力を知って頂く為の試しに過ぎません。ほんの十数匹放っただけですが、面白い結果となったでしょう。」

 

 天主教の司祭服を着た眼鏡の男。

 

 ザビエルである。

 

 越前に居る筈のザビエルが何故駿河に居るのか。

 それはザビエルが于吉の分身だからというのが答えだろう。

 

「我を追放した恩知らずの娘共が右往左往する姿が見られなかったのは残念だが、胸がスカッとしたわ♪」

「しかし恨みはご自分でお晴らししたいでしょう。その為に私はこうして信虎様の下へと参ったのです。」

「はっはっはっ♪気が利いておるわ♪だが…」

 

 信虎の目がギラリと光る。

 

「娘共を我が殺した後、世継ぎの居なくなった武田を潰して甲斐、信濃を乗っ取るか?」

 

 ザビエルは信虎の殺気を受けても平然と薄ら笑いを浮かべていた。

 

「何を仰いますやら。信虎様ならばまだまだお子様をもうけられましょう。例えば今話題の天人衆など如何です。」

 

「それは尾張、美濃に攻め込めと言うておるのだな♪」

 

 信虎の口の端がニイッと吊り上がる。

 

「面白い!甲信、東海を平らげ畿内へも攻め込むか!関東、越後、陸奥、西国、四国、九州と、全てを鬼の力で支配してやろう!天人の血で新たな我が子を日の本の王にするというのも面白いな!」

 

「素晴らしいお考えです。先ずは躑躅ヶ崎(つつじがさき)屋形を攻められるとして、鬼を生み出すには生贄が必要となりますが………」

「そんな物はこの駿府屋形に幾らでもおろうが!ちょっと(そそのか)しただけで小娘とは言え主君を裏切る様な奴らなど信用出来るかっ!」

 

「畏まりました。それでは早速、鬼を降ろす為の丸薬を食事に仕込みます。」

 

 ザビエルは下げた頭の下で信虎以上に邪悪な笑みを浮かべていた。

 それに気付かない信虎は妄想に浸り、悦に入っている。

 

「くっくっくっ、天人には年若い少年も居ると聞く………きっとその精は甘露であろう♪」

 

 その呟きにザビエルの眉がピクリと跳ねた。

 勿論、信虎はそれにも気付いていない。

 

(あの少年を貴様の様なBBAに指一本でも触れさせるわけないでしょう。)

 

 

 こうして駿府屋形も越前の一乗谷と同じ運命の坂を転がり始めたのだった。

 

 

 

 

 歌夜と不干の対戦の結果は、年上の歌夜が勝ちを握った。

 その日は宴会が行われる為、初夜は翌日と結菜が歌夜に伝えた。

 

 一夜明け、太陽が間もなく中天に差し掛かろうかという頃になって歌夜は冷静さを取り戻していた。

 

「歌夜、どうしたですか?」

 

 歌夜が寝泊まりをするのに割り当てられたゴットヴェイドー隊の屋敷の一室で、綾那が歌夜の顔を覗き込んできた。

 何しろ歌夜は部屋の真ん中に座り込んでダラダラと冷や汗を流しているのだから、綾那では無くとも心配になると言う物だ。

 

「あ、綾那………何だか急に怖くなってきたの………ど、どうしよう………」

「怖いって、祉狼兄さまがですか?」

「祉狼さまは怖くないわ!な、何て言うのかしら………このまま祉狼さまの嫁となって良いのかなって………急に………」

 

 歌夜はいわゆる『マリッジブルー』になっていた。

 かなり浮かれた状態で岡崎城を出発して、祉狼に会ってからは怒濤の様に色々な事が有って、ここに来てひとりで寝た所為か自分を振り返る時間が出来たのが原因だ。

 

「綾那はその…………恐くなかった?」

「何がです?綾那が恐いのは殿さんのお役に立てず犬死にする事なのです♪それに比べたら何だって恐くないのですよ♪」

 

 笑って言う綾那が深く考えて答えていない事は幼馴染みの歌夜が一番良く知っている。

 しかし、だからこそ心の底からの言葉であり説得力が有った。

 歌夜にはこの縁談が持つ色々な意味が判っている。

 葵が戦乱の後に来る政戦の時代を既に見据えている事も。

 戦しか能の無い自分や綾那はその時が来れば走狗として煮られるしか無い

 それでも代々松平家から受けた恩は返さねばご先祖様に申し訳がないし、未来が見えていても仇で返そうなどと微塵も思いはしない。

 それが歌夜にとっての三河武士としての誇りだ。

 

(葵さまは情の深い方………自分と綾那の気持ちも考慮してこの縁談を勧めてくれたんだわ!)

 

 歌夜は自分に言い聞かせる。

 不意に葵が今の様に変わったのが田楽狭間以降だと思い出した。

 

(葵さまは私以上に、本気で『田楽狭間の天人衆』がこの戦乱の時代を終わらせ、日の本を救って下さると考えていらっしゃるっ!?だから葵さまはお家の為に薄情と後ろ指を刺される覚悟で今の様に振る舞われていらっしゃるんだわ!)

 

 果たしてその考えは正しいのか。

 歌夜の贔屓目なのかも知れないが、長く葵に仕えている歌夜だからこそ解る事も有るだろう。

 歌夜は自分の考えに納得すると、俄然勇気が湧いてきた。

 

「ありがとう!綾那っ♪おかげで恐く無くなったわ♪」

「?なんだか判んないけどよかったのです♪

 

 二人が笑い合っている所に襖の向こうからひよ子が声を掛けてきた。

 

「あの、今からお昼ご飯を食べに行くんですけど、歌夜さんも行きませんか?」

 

「は、はい!ご一緒させていただきますっ!」

「綾那も行くのですよーー♪」

 

「あれっ!?綾那ちゃん来てたんですか?履き物が無かったからてっきり…」

 

「綾那は縁側から上がったですよ♪」

「綾那っ!自分の家じゃないんだから、ちゃんと玄関から入らないと駄目でしょうっ!」

 

 襖の向こうからひよ子がクスクス笑う声が聞こえてくる。

 

「わ、笑ってすいません♪なんだか綾那ちゃんと歌夜さんの会話が私と妹の会話みたいで♪」

 

 ひよ子の言葉が歌夜の心へ素直に届いた。

 

(考えてみたら私はゴットヴェイドー隊の皆さんの事もまだよく知らないじゃない!うん♪先ずは皆さんと仲良くなろうっ♪)

 

 歌夜は綾那の手を引いて襖を開けた。

 

 

 

 ゴットヴェイドー隊に加えて三若に桃子と小百合のコンビ、森母子と雹子も加わり一発屋井之口支店で昼食を食べた後、歌夜は先輩達に連れ出されて元竹中屋敷で今夜の心得について色々と教え込まれた。

 連れ出したのは祉狼に聞かせられない話も有るからなのだが、雹子の話は女同士でもとても他人には聞かせられなかったので、この場所に移動して良かったと全員が胸を撫で下ろした場面も有った。

 その後は全員で屋敷の掃除、夕食の支度、床の準備を行い、歌夜はその心遣いに感謝した。

 雹子の用意した荒縄だけは謹んでお断りしたが。

 

 準備が終わり、歌夜を残して全員が屋敷を後にすると、暫くして祉狼が屋敷を訪れた。

 

「祉狼さま。夕食の支度が整っております。」

「ああ♪早速いただくよ♪」

 

 朝に感じていた不安など完全に無くなり、落ち着いた気持ちで祉狼を迎える。

 用意した食事は歌夜の味付けで三河風だが、決して塩辛いだけの干物という事は無い。

 確かに濃い目の味付けだったけれど、辛党の祉狼は喜んで完食した。

 食事の後は風呂で身を清める。

 

「祉狼さま、お背中を流しますね♪」

 

 詩乃達からは祉狼が湯を使い、その後で自分も身を清め床に向かうと教えられていたが、綾那が風呂場で初体験をしていて、石鹸で体を洗うのが気持ち良かったと話すので羨ましかったのだ。

 

「ええと…………歌夜がそうしたいなら………」

 

 久遠と結菜の初めての時も風呂場だったので否は無い。

 尤も祉狼は女性主導という基本スタンスなので、相手が望む事を嫌だとは決して言わないが。

 

 歌夜は祉狼を先導する形で風呂場へと向かう。

 自分が憧れて夫となる相手だが、なんだか弟が出来たみたいな感覚にもなっていた。

 脱衣場に入ると歌夜は祉狼と向かい合う。

 

「それでは服をお脱がせしますね♪」

「いや、それくらいは自分で…」

「お願いですからやらせて下さい♪」

 

 笑顔でお願いされて、素直に頷く祉狼だった。

 

「この南蛮服というのは不思議な造りをしてますね………」

「南蛮服ではなく、西洋服という呼び方をしてくれないか………南蛮服と言われると美衣の着ている毛皮を連想してしまうんだ。」

「西洋服ですね、わかりました♪」

 

 北郷学園の制服の上着を脱がせ、ベルトを外し、ズボンを下ろす。

 祉狼のTシャツとトランクス姿は歌夜が初めて見る肌着だが、貫頭衣と袴の様な物と察しは着く。

 袴の下に袴を履くとは不思議ではあったがそういう物なのだろうと納得する。

 ただひとつ間違えていた事が有った。

 歌夜はトランクスの下に褌をしている物と思い込んでしまっていたのだ。

 だから躊躇なく跪いてトランクスを下ろした。

 

「あ…………………………」

 

 歌夜の目の前に、生まれて初めて目にするモノが現れた。

 

 

……………

……………………………

…………………………………………………………

 

 

 翌日、目が覚めた時に歌夜は理性を取り戻し、自分の乱れぶりを思い出して恥ずかしさに身悶えた。

 

(わ、私……あんなに淫らな事を…………こ、これは祉狼さまだからよ!愛が深いから自分でも知らなかった本性が出たんだわ!………………気持ち良かったんだからしょうがないわよね♪)

 

 祉狼はまだ寝ているので起こさない様に寝室を出て、風呂で身を清めてから朝食の準備を始める。

 その間も股間に残る挿入感が歌夜を幸せな気分にさせていた。

 

 

 

 

 歌夜は朝食の後片付けを終わらせた後、一度葵の所に戻って行った。

 祉狼もゴットヴェイドー隊の屋敷へ仕事をしようと戻ってみると、半羽と不干が既に訪れていた。

 

「祉狼さま。今日は我ら母娘と一日過ごして頂きますぞ♪」

 

「えっ?俺は長久手から戻って、まだまともに仕事をしていないんだが…」

 

「母上、やはり祉狼さまにご迷惑をお掛けする訳には参りません。夕方までお待ちいたしましょう。」

 

 半羽の袖を引いて、黒い袴姿の不干が申し訳なさそうにしている。

 そんな娘を豪快に笑い飛ばして、半羽は居並ぶ詩乃達に振り返った。

 

「仕事であればそこに堺や京で見聞を広めた立派な妻達が代わりを努めてくれましょう♪なあ、詩乃、ひよ、ころ、エーリカ♪」

 

「「「「は、はぁ…………」」」」

 

「そうそう、最後に祉狼さまと儂がゆるりと語り合ったのは堺に旅立たれる前でしたなあ。お戻りになられてからは祉狼さまもお忙しい身でありましたし♪」

 

 半羽は祉狼が旅から戻って今日まで、まだ閨を共にしていないと詩乃達を脅迫しているのだ。

 詩乃は三河に行っている間に祉狼が半羽とも夫婦の営みをしたと思い込んでいたのでひよ子達に振り返ると、ひよ子と転子が泣き笑いで頷いた。

 詩乃は溜息をひとつ吐いてから祉狼に声を掛ける。

 

「祉狼さま。上洛の準備は私共が進めておきます。どうぞ、今日も…いえ、今日はごゆっくり( ・ ・・ ・ ・ )なさって下さい。」

 

 言ってから詩乃は、昨日の今日でまた棘のある言い方をしてしまったと後悔する。

 ゴットヴェイドー隊の面々も小谷以降は祉狼と閨を共にしていないのだが、旅の間の事を持ち出されては返す言葉がない。

 これくらいは言わないと気が済まないと詩乃は自分を納得させた。

 

「おお、そうじゃ♪不干を明日からゴットヴェイドー隊に預けるので、よろしく頼むぞ♪」

「不慣れな不調法者ではございますが、皆様お引き回しの程、よろしくお願い致します。」

 

 深く頭を下げる不干に詩乃達は恐縮する。

 そしてそれ以上に重力に引かれた乳房がゆさりと揺れる姿に詩乃、ひよ子、転子が打ちのめされた。

 大きさはエーリカと同じくらいなのだが、不干の方が身体の小さい分余計に大きく見える。

 

「いいのか、半羽?佐久間衆だって忙しいだろう。」

「ゴットヴェイドー隊が長久手の調査をしてくれたお陰で、鬼の警戒をする手間が省けましたからな♪それと佐久間隊から二百名、ゴットヴェイドー隊に回しますので護衛に使って下され♪」

 

「二百人ですかっ!?」

 

 流石に詩乃が驚いて口を挟んだ。

 一昨日、久遠との話で予定を四百人に引き上げたばかりだと言うのに、いきなり1.5倍に増やされるのだ。

 編成はどうあれ、賄う金を直ぐに用意出来ない。

 

「ああ、銭の事は心配しなくてよい。不干の嫁入りの支度金で賄える人数にしてある♪」

 

 一体どれだけの金額を蓄えていたのか。

 それだけ半羽が不干の事を愛しているという事なのだろう。

 もしかしたらこれがこの外史で『名古屋の嫁入り』のルーツになるのかも知れない。

 

「では、井之口で買い物でもしますか♪堺とは行かずとも、最近は戦の匂いを嗅ぎつけて商人が多く集まってますからな♪」

 

 半羽は不干と祉狼の背中を押して屋敷を出て行ってしまう。

 半羽に旅の事をまた持ち出され、詩乃はすっかり反撃の手を封じられた。

 こうなったら佐久間衆の二百人は受け容れなければならない。

 昨日の内に手配した隊士集めを取り消そうと考え始めた所に、新たな来訪者の声が聞こえた。

 

「失礼いたします!明智十兵衛様はこちらにおいでですか!?」

 

 女の子の声にエーリカと詩乃が一緒に玄関へ向かう。

 そこに居たのは詩乃と同い年くらいの若武者姿だ。

 

「はい、私が明智十兵衛光秀。ルイス・エーリカ・フロイスですが?」

 

 女の子は最初驚いた顔をしたが、直ぐに明るい笑顔になる。

 

「は、初めまして!春は…いえ、私は三宅左馬之助弥平次。通称を春と申します!明智庄からやって参りました♪」

「明智庄の!?ではゴットヴェイドー隊に加わる為に………」

「はいっ♪明智宗家の血を引かれる十兵衛様に仕えるべく、昨日お声が掛かりましたので急いでっ♪」

「そうですか♪異国の地から来た私などの為に……ありがとうございます♪」

 

 エーリカの微笑みに春はうっとりと見蕩れた。

 

「十兵衛様がこの様に美しい方だと知れば、集まった三百人も諸手を挙げて明智家復活を喜びますっ♪」

 

「お待ち下さい!三宅殿!…………三百人?」

 

 詩乃は慌てて聞き返す。

 

「はいっ♪………あ………申し訳ありません………これでも絞り込んだのですが、みんな十兵衛様のお力になりたいと引かなくて…………」

 

 これでは無碍に追い返す事が出来なくなってしまい、詩乃は頭を抱えた。

 

「あのう、すいません。こちらに母上と姉上が来ましたでしょうか?……あ!お取り込み中でしたかっ!?」

 

 更に現れたのは半羽と不干によく似た………………幼女だった。

 

 

 

 

 半羽、不干、祉狼の三人は井之口の街の様子を見て回っていた。

 

「不干も俺の奥さんになりたいなんて言い出すとは思って無かったよ。」

「祉狼さまは母の命の恩人です♪あの時から密かにお慕いしていたのですよ♪」

「自分で言うのもなんだが俺は朴念仁だからな………気付いてやれなくて済まない。」

「あの頃は恥ずかしかったですし、久遠さまと結菜さまに遠慮もしていましたので……でも結菜さまからお許しを頂いた時は本当に嬉しかったです♪…………あの、母と同じ男性に懸想する娘と軽蔑なさいますか?………」

「いや、それは無い!そんなにおかしい事なのか?俺の伯母にも母娘で一刀伯父さんに嫁いだ人達が居て、特に璃々伯母さんは母さんの親友だ。俺にとっては普通の事なんだが…」

 

 半羽は不干が祉狼と楽しく会話をしている姿が嬉しくてしょうがなかった。

 祉狼は現在自分が認める最高の男だ。

 祉狼が不干の事も愛してくれるなら安心して後を任せられる。

 天寿を全うしろと言われているし出来れば祉狼の子を二人は産んで育てたいので、そう簡単に死ぬ気は無いが、いつ何が有るか解らないのが戦国の世だ。

 下の娘の信実(のぶざね)、通称(ゆめ)も祉狼の嫁にしたいと思っていて、今夜不干と一緒に夢もと頭を過ったが、祉狼の逸物は夢では受け入れられないに違いないのでそれは諦めた。

 取り敢えずこの後、祉狼と夢を会わせるつもりである。

 昴に遭わせずに祉狼と会わせる機会は多分これが最後。

 今まで隠し通して来たが、昴が夢の事を文字通り嗅ぎつけるのは時間の問題だ。

 夢が祉狼の事を好きになっていれば、いくら昴でも諦めるだろう。

 

「祉狼さま、儂にはもうひとり娘がおりましてな♪」

「そうなのか?今まで一度も聞いた事が無かったが…」

 

 不干が半羽に代わって祉狼に教え始める。

 

「和奏ちゃん達より少し年下なんです♪新十郎信実、通称は夢と言うんです♪近々久遠さまの小姓にと話も上がっているんですよ♪」

「そうなのか♪それは是非挨拶をしなくちゃいけないな♪」

「ではこれから我が屋敷に参りましょう♪」

 

 半羽は計画通りに事が進んで内心ホクホクしていた。

 

「母上ぇー♪姉上ぇー♪やっと見つけましたぁー♪」

 

 街の雑踏の中から聴き慣れた娘の声が聞こえ、半羽は驚いてその姿を探す。

 

 目に入ったのは()に肩車をしてもらっている夢の姿。

 

 半羽は立ったまま自失した。

 

「あ♪そちらが祉狼さまですね♪初めまして、佐久間新十郎夢信実です♪」

「夢!肩車をされたままなんて無礼ですよ!」

「ははは♪不干、気にしなくていいって♪初めまして、夢♪今から丁度会いにいく所だったんだ♪」

「そうだったのですか!?母上も姉上も祉狼さまに全然会わせてくれないから、夢から会いに来ちゃいました。新しい父上であり兄上となる祉狼さまに会わせてくれないなんて変ですよね!」

「半羽と不干には何か考えが有ったんだろう。お母さんとお姉さんの言う事はちゃんと聞かないとダメだぞ♪」

「はーい♪」

 

 素直に手を上げて返事をする夢。

 その股の間には昴の笑顔が有る。

 

「しかし、昴が連れて来るなんて。何が有ったんだ?」

「祉狼が出掛けて直ぐに、夢ちゃんが半羽さんと不干ちゃんを追いかけてゴットヴェイドー隊の屋敷に来たのよ♪祉狼に会いたいって言うから私が手伝ってあげたの♪」

「そうか♪うん、確かに昴が一緒なら迷子の心配は無いな♪」

「でしょう♪あ、そうそう、祉狼にお願いが有るの。」

「なんだ?急に改まって?」

 

「娘さんを私に下さい!」

 

「何を言ってるんだ、お前は?」

「父上、夢は昴ちゃんが好きになりました。どうか結婚を認めてください!」

「夢は昴の事を好きになったのか………だったら認めない訳にはいかないか………」

 

 半羽が我に返り、会話に割って入った。

 

「お、お待ち下さい、祉狼さま!それに夢!何故、儂ではなく祉狼さまに許しを請うのじゃっ!」

「母上が昨日『我が佐久間の当主は明日から祉狼さまじゃ』とおっしゃったからです。」

「確かにそうは言うたが、会ったばかりの娘が嫁ぎますから許可をくれと頼むのはおかしいじゃろ!」

「うむ………確かに生まれて初めて出来た娘を一分もしないで嫁に出すのは寂しいな。ええと、こういう時は確か『お前の様などこの馬の骨とも判らん男に娘をやれるか!』というんだったな。」

「私と祉狼は幼馴染じゃない。私より長く一緒に居た男性は聖刀さましか居ないでしょ。」

「それもそうだな。じゃあ『娘は絶対に嫁に出さんっ!』でどうだ?」

「それって私達が小さい頃に皇帝陛下が言ってた言葉じゃない。よく覚えてたわね。」

「あの時の一刀伯父さんたちの凰羅が印象的だったからな♪」

 

「夢は昴ちゃんのお嫁さんになれないのですか?」

 

 泣きそうな顔で言うので祉狼は腕を組んで考えた。

 

「う~~ん。なあ、夢。昴と会ったのは今日が初めてだよな?」

「はい♪これが運命の出会いなのだと夢は思いました♪」

「運命の出会いか…………良い言葉だ!」

「「祉狼さまっ!!」」

「まあ待て、半羽、不干。俺は二人との出会いも運命だと思っている。(えにし)と言っても良い。それはとても大事な事じゃないか?」

「祉狼さまにそう言って頂けるのは嬉しいのじゃが………」

「夢はまだ小さいですし………」

「ひと月だ。ひと月経って夢の気持ちが変わらないのなら許しても良いだろう?」

 

 昴に夢が見つかった段階でもう取り返しがつかないのなら、そのひと月に賭けてみるしか手は無いと半羽も諦めた。

 

「判りました………では、ひと月だけしか有りませんが様子を見ましょう。」

 

 半羽は昴の耳に口を寄せて囁く。

 

「(もしその間に手を出したら、例え和奏達に恨まれようと股間の逸物を刎ねてやるから覚悟しておけ!)」

 

「だ、だだだ、だいじょうぶですよ、半羽さま♪」

 

 こうでも言っておかなければ不干の初夜よりも先に夢が破瓜を迎える事になっていただろうと、半羽は確信していた。

 

 

 

 日が傾き始めた頃。

 夢を結菜に預けて、半羽と不干は祉狼を佐久間屋敷に案内した。

 案内と言っても岐阜城本丸に在るのでゴットヴェイドー隊の屋敷からそう遠くは無い。

 屋敷に入ると直ぐに祉狼を風呂に入れて、半羽と不干は夕飯の準備を始めた。

 メニューはとろろと麦飯と鰻。

 半羽が祉狼との初夜を迎えた時と同じだ。

 今回は更に蛸も特別に取り寄せた。

 風呂から上がった祉狼は膳の上の料理を見て、やはり直ぐに意図を読んで笑った。

 

「半羽、これにはあの薬は入れて無いよな♪」

「聖刀さまからは何も預かっておりませんからご安心を♪」

 

 料理をしている最中に、不干は半羽から教えて貰っていたのでその意味は判っている。

 その様子をつい想像してしまい、顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「どうせなら夢とも一緒に食事をしても良かったな。」

 

 祉狼が空いている空間を眺めて少し寂しそうに呟いた。

 この後、不干の初夜が待っているのに、今の夢をこの屋敷に入れる訳にはいかない。

 せめて夢が昴と出会ってなければいくらでも遣り様はあったのだが、それを今言ってもただの愚痴にしかならないので、半羽は不干の初夜に頭を集中させた。

 食事を終えて、半羽と不干が湯を使い身を清めた頃には陽も落ちて、行灯の明かりが程良い雰囲気を作り出しいていた。

 

「祉狼さま。この佐久間甚九郎不干信栄。生涯お仕え致しますので、今宵はどうか可愛がって下さいませ。」

 

 三つ指を着いて頭を下げる不干は肌襦袢姿だ。

 祉狼と半羽も肌襦袢姿で正座をして頷いていた。

 

「では不干、祉狼さまに全てをお任せするのじゃ。儂もおるから気を楽にの♪」

 

 そう言って半羽は先に肌襦袢を脱ぎだした。

 不干も母に倣って肌襦袢を脱ぎ、母娘は揃って祉狼に全裸を晒す。

 大きな四つの乳房が柔らかさを主張してたゆんと揺れていた。

 

「祉狼さま。先ずは不干に男根という物を教えますので見せてやって下さらぬか♪」

「ああ、判った。」

 

 祉狼は立ち上がって肌襦袢を脱いだ。

 

 

……………

………………………………

……………………………………………………………………

 

 

 祉狼は不干だけでは無く、半羽にも夜明けまで夫の務めを果たした。

 流石に二日連続となると祉狼もへばり気味になり、結局はまた聖刀から薬を分けてもらったのだった。

 

 

 

 

 三河衆が美濃に到着して五日が経過した。

 明日からゴットヴェイドー隊は江南の調略に出発する手筈になっていたのだが、ここに来て問題が出てきてしまった為、詩乃は久遠へ相談にやって来ている。

 

「単刀直入に申し上げますと、隊の規模が大きくなりすぎです!これではもう普通に出陣するのと変わりません!」

 

 詩乃の声は悲鳴に近い。

 

「どういう事だ?詳しく話してみよ。」

「はい!先ずこれまでのゴットヴェイドー隊は百人でした。これに明智衆と各隊からの鉄砲与力を加えて総勢四百人とするのが先日のお決めになった人数です。」

「デアルナ。」

「しかし、明智衆だけで三百人が集まってしまいました。エーリカさんを慕い、明智家の復活に逸る彼等彼女等を見てしまいますと無碍に追い返す事も出来ません。」

「銭が無いと言えば良かろう。」

「それが、この日を夢見て蓄えていたそうで………支度金持参でした。」

「銭が掛からんのなら良いではないか♪」

「まだ続きがございます!久遠さまは不干さんだけではなく、夢さんをゴットヴェイドー隊に入るの事をご了承なさいましたでしょう。」

「うん?不干も祉狼の嫁となったし、夢も三若の初陣と同じ歳になったから問題は在るまい。」

「半羽さまがお二人の為にと鉄砲与力を含めて二百人の増援を支度金と一緒に寄越されました。」

「デアルカ………あやつも過保護だな…………」

「更に…」

「まだ有るのか!?」

「はい。柴田衆と丹羽衆からも鉄砲与力と合わせて五十名ずつ。」

「祉狼を心配してと言った所か………これも支度金持参であろうな。ゴットヴェイドー隊の懐事情は知っていようからな………」

「そして三河衆からも五十名が……歌夜さんと綾那さんの家の者ですのでこれも加えない訳には参りませんでした。」

「確かに大所帯になったな………」

「これに加えまして…」

「次は何だっ!今川の落ち武者でも鞠を慕って集まったかっ!」

「それはございませんが………森衆がゴットヴェイドー隊と一緒に江南へ赴く気満々です。尾張、美濃にはもう鬼が居なくて、長久手での欲求不満を江南で解消すると桐琴どのが気炎を吐いていました………」

「雹子と小夜叉にはよい隠れ蓑だな………で、総勢何名になる?」

「森衆を抜いても七百五十。その編成ですが、鉄砲は数が決まっていますから変わりませんが、荷駄が二百、工兵が八十、長柄が二百十、そして騎馬も二百十です………」

「騎馬が二百十だとっ!?」

「はい。これは完全に騎馬隊の編成です。このままでは荷駄隊は医薬品よりも飼い葉を主に運ぶ事になりますよ。」

「確かにこれは本来の救護隊の意味を失うな…………そうだ、騎馬をすべて荷駄にしてしまえ♪ついでに長柄は工兵だ♪」

「それはいくら何でも乱暴すぎます……」

「いや、考えように拠っては、これは面白いぞ♪鉄砲の運用研究だけではなく、森衆が居れば鬼との戦い方を経験させる事が出来よう♪勿論ゴットヴェイドー隊の本職である応急処置も学ばせる。」

「ゴットヴェイドー隊は救護隊の他に戦術研究部隊と教導隊も兼ねるのですか……」

「それこそ実験だ♪森衆も合わせれば千百人と言った所か。江南の鬼退治部隊としてはまずまずの数だろう♪差し詰め『桃太郎部隊』……いや、頭が鍼で戦うから『一寸法師部隊』と言った所か♪」

「鬼を退治しても『打ち出の小槌』は手に入りませんよ……」

 

 こうしてゴットヴェイドー隊は森衆を擁して、織田勢の中で最大の攻撃力を持つ救護隊という世にも不思議な部隊へと進化したのだった。

 

 

 

 

 明けて翌日。

 先ずは荷駄を中心とした百人を連れて、主要なメンバーが調略と偵察の為に出発する。

 残りの千人は調練をして待機となった。

 出発するメンバーは祉狼、聖刀、昴、貂蝉、卑弥呼、詩乃、ひよ子、転子、エーリカ、美衣、宝譿、狸狐、歌夜、綾那、鞠、不干、夢、桃子、小百合。

 森一家から雹子が加わっているのだが、小夜叉と桐琴もしっかり付いて来ようとしていた。

 この二人が居ては調略どころか行く先々で血の雨が降るのが目に見えている。

 なので鬼を見付けたら手を出さずに連絡すると約束して、雹子が国境で待機させる事になっていた。

 そして見送りに久遠、結菜、半羽、壬月、麦穂、和奏、犬子、雛、葵、悠季が大手門に揃っている。

 

「祉狼、朗報を待っているぞ♪」

「祉狼、修行も大事だけど、無理をしてはダメよ。」

 

 久遠と結菜が励ましの声を掛けた。

 

「久遠、期待に添える様に全力を尽くす!結菜、心配を掛けて済まない。無理はしないと誓うよ♪」

 

 祉狼の笑顔に結菜は優しく微笑んで頷くと、祉狼の後ろに控える妻達を第二夫人として毅然と見据える。

 

「いい事、事前に伝えた事を必ず守りなさい!禁を犯した者には容赦しないわよ!」

 

 『鬼蝶』の声に雹子でさえも背筋に冷たい物が走る程の気迫が込められていた。

 事前に伝えられた事とは『久遠の本隊と合流するまで祉狼との夜の営みは禁止』という物だった。

 これは祉狼が鬼を人に戻す時に氣を激しく消耗するので、祉狼の命を守る為の予防措置だ。

 決して結菜の意地悪という訳ではない。

 

「久遠さま。結菜さま。祉狼さまをお守りし、且つ此度の調査、調略に役立つ者が居ります。同道させても宜しいでしょうか?」

 

 久遠の前に出て葵が改まって願い出る。

 

「ほう、どの様な者だ?」

「伊賀同心筆頭の者です。小波、これへ。」

 

 葵が呼んだ瞬間、葵の後方やや左に跪く人影が現れた。

 

「は、お呼びにより参上仕りました。」

 

 その現れ方に祉狼、聖刀、昴は思春や烈夏達を思い出した。

 

「かなり腕が立つ様だな。」

「はい。先程、結菜さまの仰られた事もこの者ならば中立な立場で穏便に解決出来るでしょう♪小波、名乗りなさい。」

 

「………松平衆、伊賀同心筆頭、服部半蔵正成。通称は小波にございます。」

 

「我は良いと思うが、結菜はどうだ?」

「そうね………でも、葵はいいの?上洛に支障は出ない?」

「ご心配をして頂けるなんて♪葵は幸せ者です♪小波の代わりを務める者は居りますのでご安心下さいませ♪」

「そう?それならお願いするわ♪祉狼、聞いた通りだから小波をゴットヴェイドー隊に入れてあげて♪」

 

 祉狼は頷いて小波に手を差し伸べる。

 

「俺がゴットヴェイドー隊の頭、華旉伯元だ。」

 

「はっ!命に代えましても伯元様をお守り致します。」

 

 小波が更に頭を下げても祉狼は手を差し伸べたままだった。

 小波は顔を伏せたまま上目遣いで祉狼の手を見るが、その意味を計りかねている。

 

「その姿と身のこなしは俺の尊敬する伯母や従姉に似ていてね。立場は理解するけど落ち着かないから立ってくれないか♪」

「わ、私の様な者がこの場で立ち上がるなど!………お、恐れ多ございますっ!」

 

 小波は更に身を縮ませてしまった。

 それでも祉狼は手を引っ込めようとしない。

 そこへ悠季がつつっと現れて、小波に耳打ちする。

 

「(小波、祉狼さまのお国にはこんな倣わしが…………………)」

「(さ、さようでございますか!?悠季様!………か、畏まりました………)」

 

 小波は頷くと、意を決して祉狼の差し出された手を両手で恐る恐る押し戴く。

 

 そしてその手の甲に口付けをした。

 

『!!?』

 

 その行動に悠季とエーリカ以外の女性陣が動揺する。

 

「いや、気持ちは嬉しいが、先ずは立ってくれないか?」

「あ、あの…作法を間違えましたでしょうか………」

 

 祉狼はこのままでは埒が開かないと小波の手を握って力尽くで引っ張った。

 小波は周りが動揺した事に動揺していたので、足がもつれてバランスを崩す。

 倒れそうになる小波の体を祉狼が抱き留めた事で互いが初めて正面から顔を見た。

 

「あわわわわわわもももももうしわけごごごごごござござ」

「うん♪綺麗な目をしている♪俺の通称は祉狼だ♪よろしく頼む、小波♪」

 

 間近で通称を告げられ、初めて名前を呼ばれ、何人もの年上の女性を魅了してきた笑顔を向けられて、小波は顔を真っ赤にしている。

 そんな小波を見て、結菜は大きく溜息を吐いた。

 

「中立ねぇ…………まあいいでしょ。小波、祉狼の事を守って頂戴。困った事が有ったら詩乃に相談しなさい。」

 

 葵と悠季がこのタイミングで小波を勧めて来た時から、結菜は祉狼に色仕掛けをする刺客の本命だと思っていた。

 しかし、この段階で小波からその気配はまるで感じられない。

 むしろ祉狼並みの素直さが感じられ、技量は有るが性格的に忍びとして向いていない気がした。

 そう見せる演技という可能性も有るだろうが、『蝮の娘』をここまで完璧に騙せるとしたら、その者は間違いなく日の本一の詐欺師だろう。

 だが、そうなると葵と悠季の意図を考えた場合『小波がより良い男の所に嫁げる様に画策した』と見るのが一番自然で、葵と悠季に最も似合わない陳腐な役回りに思えた。

 それでも二人が家臣の幸せを願うのならば、協力するのは吝かでは無いと結菜はこの短時間に結論付けたのだった。

 

 

 

 

 そんな一幕を加えながらも、ゴットヴェイドー隊は江南に向けて岐阜城を出発し、国境の宿で森の親子は待機………の、筈だったが、さっさと二人だけで山に入って鬼狩りに行ってしまった。

 さすがにそろそろ桐琴と小夜叉の扱いに慣れてきた面々は、遣りたい様にさせるのが一番とそのまま放置された。

 

 国境を越えて最初に目指したのは、久遠との話にも出た畿内では珍しい天主教の立派な教会だ。

 この教会の存在は有名で、エーリカも日の本に来る前に法王庁から教えられている。

 

「江南の教会は六角承禎の家老、蒲生賢秀(がもうかたひで)の支援を得て建てられました。蒲生賢秀は改宗して天主教の奉教人となっておりますのでエーリカさんの話を聞いてくれるでしょう。」

 

 詩乃の説明にゴットヴェイドー隊の面々は成程と頷く。

 観音寺城を望む川沿いの街に件の教会の姿を見付ける事が出来た。

 

「堺のとは違って立派な建物ですねぇ、お頭。」

 

 ひよ子の言う通り、民家と変わらなかった堺の教会と比べると一見して寺院と判る。

 しかし、和洋折衷と言うか、和風建築に無理矢理天主教のパーツを填め込んだ様な、少し不思議な建物になっていた。

 

「堺では仏教徒が教会を破壊しに来るから目立たない様にしていたんだよな、エーリカ。」

「はい。ですがそれは日の本に限らず、他国の布教地でもよく有る事です。その程度でへこたれていては宣教師は務まりません♪その甲斐あってこんなに立派な寺院を建てて頂けるまでになりました♪」

 

 エーリカが十字を切って神に感謝の言葉を捧げる。

 その横で詩乃が更に現状の説明を付け足す。

 

「ですが、蒲生家は天主教の奉教人となった事で六角承禎から疎まれているそうです。承禎という名も一度隠居した時に仏門に出家して付けた名ですからね。」

「そんなんだから他の家臣の人達の心が離れちゃうんですよ。」

 

 転子が詩乃の言葉に追随する。

 現在の観音寺城は既に内部崩壊が始まっている事が、ここまで来る間の情報収集で判っていた。

 蒲生賢秀は六角承禎に疎まれながらも他の家臣達を説得し、何とか纏めている要の人物である。

 つまり蒲生賢秀を調略出来れば、後は芋蔓式に六角の家臣の殆どを味方に出来るのだ。

 

「ですけど、祉狼さまは違う事をお考えですよね♪」

 

 ひよ子が笑って祉狼の顔を覗き込む。

 祉狼も笑顔で頷き返した。

 転子、エーリカ、雹子、不干、そして狸狐も笑顔で頷く。

 

「あの………祉狼さまはどうなさるおつもりなのですか?」

 

 歌夜が不安そうに問うと、祉狼は右の拳を掲げて瞳に炎を燃やした。

 

 

「六角承禎本人を調略するっ!!」

 

 

『ええっ!!?』

 

 その言葉に歌夜だけでなく、昴の幼妻達も驚きの声を上げた。

 

「祉狼さま!それはいくら何でも無茶ですっ!」

「桃子の言う通りですよ!久遠さまもそんな指示は出されていませんっ!」

「祉狼お兄ちゃん、スゴイこと考えるの…………」

「祉狼兄さまは戦しないですか?」

「はやぁ~、母上と姉上の言った通りの人ですねぇ。こんな人だから母上の命を救ってくれたのですね♪」

 

 小波も驚きを隠さず祉狼に問い掛ける。

 

「祉狼さまは何故そうしようと思われたのですか?」

「戦はしないで済むならしない方が良いに決まってるだろう♪」

「それは………孫子ですか?」

「それも在るが、俺には両親から教えられた言葉が在るっ!」

「ご両親から………」

 

「罪を憎んで人を憎まずっ!!」

 

 小波にはその意味が理解出来なかった。

 しかし、歌夜には祉狼が何を言いたいのか朧気に判った気がした。

 

「小波♪あなたも祉狼さまと共に過ごしていけば、そのお心がきっと判るわ♪今はこの言葉だけでも心に刻んでおいて。」

「は、はい、歌夜さま………祉狼さまのお心を理解出来るよう、努力致します!」

 

 歌夜は小波に自分の言いたい事も伝わっていないは判っていた。けれど、きっと小波ならふとした切欠で理解してくれると思えたのだった。

 

 

 教会には先ず祉狼とエーリカだけが挨拶をしに中に入る。

 ここに蒲生賢秀が居るとは、流石に祉狼も思っていない。

 この場は堺で久遠が南蛮商人と渡りを付ける為にエーリカを頼ったのを手本に、蒲生賢秀に話を通してくれる人間を探す。

 教会の扉を開くと礼拝堂となっており、先ずはエーリカが声を掛けた。

 

「失礼いたします。私はルイス・エーリカ・フロイスと申します!こちらの神父様かシスターの方はいらっしゃいますか?」

 

 先ず返事よりも先に奥の部屋からガタンと何かが倒れる音がして、続いてバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 

「ル、ルイス・エーリカ・フロイス様ですのっ!?堺で『人形使いの司祭様』と有名なっ!?」

 

 エーリカは蹲って床にのの字を書き始めた。

 

「エーリカ、気を落とすんじゃねえよ。」

「あなたに言われたく有りませんっ!宝譿っ!!」

 

「まあっ♪そのお姿♪そのやり取り!正に噂通り♪」

 

 奥の部屋から現れたのは、金髪縦ロールに赤いゴスロリ風の洋装をした巨乳の少女だ。

 

「お初にお目にかかります♪わたくし蒲生賢秀が三女、江南の麒麟児と呼ばれし、蒲生忠三郎賦秀(がもうちゅうざぶろうますひで)!通称は梅と申しますわっ♪」

 

 祉狼は思った。

 渾名は雪蓮に似ているが、見た目と性格は麗羽と揚羽に似ていると。

 

「そちらにいらっしゃいます………少年が…………」

 

「ああ、俺の名は華旉伯元。通称は祉狼だ。」

 

 祉狼の名を聞いて梅は瞳の中に♥を浮かべて抱きついた。

 

「きゃぁああああーーーーーーーーーーーーっ♪貴方様が田楽狭間の天上人にして織田久遠さまの夫君♪日の本にご降臨されたでうす様の御子っ!祉狼さまなのですねっ!!」

 

 大きなおっぱいに祉狼の顔を埋めてグリグリと身体を揺すっている。

 

「あの…………祉狼さまは我がメィストリァであり………私の旦那さまでもあるのですけど…………」

 

 エーリカは嫉妬を抑えて何とか声を絞り出した。

 

「あ、あら♪わたくしとしたことが………なんてはしたない♪おーーーーーーっほっほっほっほっほっ♪」

 

 赤い顔をしながら笑って誤魔化す梅。

 

 その笑い声は教会の外まで響き、待機していた聖刀と昴を驚かせた。

 

「今の笑い声…………麗羽母さんと揚羽姉さんにそっくりだったけど………」

「………いくら袁家の幸運力でも外史を越える事は出来ない…………と思いますけど………あのお二人だと言い切る自信が有りません………」

 

 三国志の時代から千三百年。

 袁家の血が巡り巡って蒲生の血に混じったのか?

 否!混じっていないと誰が断言出来るだろうか!

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

またしても予想外に長くなっちゃいましたorz

これはいよいよ二十話で終わりそうにないですよ…………。

 

 

ザビエル于吉が再度登場!

原作に有りました『砥石崩れ』と、駿府屋形が鬼の巣窟に成り果てる経緯を絡めました。

今回はザビエルのゲス度が低かったでしょうか?

 

 

武田信虎:ショタコンのおばちゃんw 正史の信虎ですが、最近の研究では甲陽軍艦で悪く書かれているのは信玄側のプロパガンダで、本当は領民想いの良い人だったという見方も有るそうです。

 

不干(ふえ)[佐久間甚九郎信栄]:二度目の登場です。通称の『不干』は晩年の号の不干斎から持ってきました。

 

夢(ゆめ)[佐久間新十郎信実]:こちらの通称は信盛の号『夢斎定盛』から一字もらいました。年齢は雀と同じに設定しています。

 

春(はる)[三宅左馬之助弥平次]:後の明智秀満です。通称は『光春』と名乗る時期も有るのでそこから持ってきました。再登場するか微妙な所ですねぇ………。

 

小波[服部半蔵正成]:原作で登場した時は思春ポジションのクールキャラかと思ったのですが………なにこの可愛い生き物!思わず頭を撫でたくなっちゃいましたよ!

今後は原作同様に大活躍すると思います♪

 

梅[蒲生忠三郎賦秀]:ついに出ました牡丹姫w祉狼と一緒にどこまでも突っ走って行きそうですw

かなり有能な上に、この外史では袁家の幸運力も付加しそうですwww

 

 

Hシーンを追加したR-18版がPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5719654

 

 

次回は『風雲!観音寺城!』

北郷家御家流は六角承禎も落とす事が出来るのか!?

 

 


 
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