(弐)
白帝城に着いた雪連達は一度別れた。
公務で来ている太史慈と魯粛は一度、この城で蜀の武将と会わなければならなかった。
雪蓮と一刀は一足先に今日泊まる宿に向かった。
「ふぅ」
長い船の旅に疲れた一刀は寝台の上に身体を転がした。
「それにしても驚いたよ。あの二人が雪蓮の家臣だなんてね」
「家臣というよりも友達かしら。特に子義とは何度も手合わせをしたけれど、一度も勝負がつかなかったわ」
窓を開けて外の空気を入れる雪蓮の表情は懐かしさを感じさせた。
「私と互角の腕前なら山越相手でも十分戦えるからね。長いことあんなところに押し込めてしまったわけ」
それについては少し申し訳といった感じだった。
「魯粛ちゃんは冥琳が連れてきたのよ。何でも話をしたら凄い才能の持ち主だっていっていたからね。それでいくつか質問をしたら的確に答えていたわ」
「人は見かけによらずか」
子供のように小さくても自分よりも遥かに優秀な人物と思うと不思議な気分になる一刀。
「あの二人がいてくれるおかげで山越を今のところ押さえることが出来てる。蓮華も助かると思うわよ」
一刀のところにやってきた雪蓮は寝台の腰掛けた。
「それよりも今は新婚旅行を楽しみましょう♪」
それが一番の楽しみにしている雪蓮。
「そうだな。せっかく蜀に来たんだから楽しまないとね」
太史慈達と南蛮軍の視察に行くことになっているがそれを楽しみにしている自分がいることに一刀は笑みを浮かべる。
「そうそう、穏からこんな本を預かったわ」
「本?」
持ってきた荷物から取り出した一冊の本。
「何でもお勧めの本らしいわよ」
「お勧めねぇ……」
本の虫とも思われる穏が勧める本は何かと難しいものばかりで、一刀は読んでいるだけでいつの間にか眠ってしまうことが何度もあった。
本を開いて中を見る雪蓮。
そして途中で手を止め、じっと見つめた。
「雪蓮?」
どこか様子がおかしい彼女に一刀は身体を起こすと、勢いよく本を閉じてなぜか荷物の中に突っ込む雪蓮。
「ど、どうかしたのか?」
「ううん。なんでもないわよ」
そういう割にはどことなく顔が赤い。
(あの子ったら……とんでもないものを勧めたわね……)
遠く呉の国で今頃、冥琳にこき使われている穏を思った雪連だった。
その頃、呉では呉王である蓮華と冥琳、それに穏に亞莎が午後の一時を過ごしていた。
政務も一段落して亞莎が用意したごま団子を食べながら雪蓮達のことを話していた。
「今頃、白帝城についたかしら」
「そうですね。順調に行けば着いているはずですね」
自分達もいつかは一刀と二人で旅をしたいと思っていたが、現実はそう甘くは無かった。
「お姉様ったらこうなることが分かっていたから王の地位を私に譲られたのだろうか」
「あれ~。蓮華様が自分から王になるって言いませんでしたけ?」
「あ、あれは……」
姉を立ち直らせるために言っただけだったが、雪蓮はそれを本気で受け取ってしまったらしく、結婚を境にあっさりと譲ってしまった。
「自分でも後悔しているわ。もし言わなければ、もしかしたら私が一刀と……」
その先を想像するだけでも顔を紅くする蓮華に三人は笑みを浮かべる。
彼女だけではなく、自分達も雪蓮のように一刀と愛し愛されたい。
出会った時では考えられないほどの心境の変化だった。
特に冥琳は蓮華に負けないぐらい想いを寄せていた。
それは赤壁の戦いが始まる遥か前のことだった。
いつものように一刀に政務や軍務の方法を教えている時だった。
妙な身体の違和感に襲われた冥琳。
それにすぐ気づいたのが一刀だった。
すぐに医者に診てもらうと病にかかっている事が分かり、しばらく療養することになった。
冥琳は軽い症状だと思って政務に復帰しようとしたが一刀がそれを強く拒んだ。
「冥琳に無理をして欲しくない。休んでいる間ぐらい俺が代わりに頑張るから」
穏や亞莎の補佐がなければまだまだ不安なところがあった一刀だっただけに、冥琳は任せるわけにはいかなかった。
だが結局、何を言っても一刀には通じず押し切られた形でしばらくの間、療養をすることになった。
おかげで一刀は休みを返上しても足りないぐらいの仕事をしなければならなかったが、冥琳の病はきちんと治った。
(もしあの時、無理にでも身体を動かしていればどうなっていたことか)
こうして忙しくも穏やかな日々を送る事が出来ただろうか。
そして赤壁のとき、自分の苦しみを和らげてくれたのも一刀だった。
誰からも非難の目を向けられるのは覚悟していた。
それなのに一刀は自分も同じ苦しみを背負うといい、祭の刑罰を言葉ではなく態度で知らせてきた時、胸が張り裂けそうになった。
決戦直前、抱きしめられた時、彼の存在が自分にとってどれほど大きなものになっていたか思い知らされた。
断金の交わりという強い絆で結ばれた雪蓮とはまた違ったものが存在していた。
だからこそ一刀が長期休暇を言ってきたときに、自分でも浅ましいと思いながらも側室にしてほしいという条件を出した。
「まさか私と同じことを言ったなんてね」
蓮華も冥琳と同じく側室になることを条件にしていたことを彼女から聞いた時は思わず笑ってしまった。
同時に嬉しかった。
「穏も一刀さんの側室になりたいですよ~」
分からない事があればすぐに質問をしては丁寧に教えていた穏。
彼女もまた一刀のことが好きだった。
「一刀さんってどうしてか穏と勉強する時は顔を紅くしていたんですよね~」
「あ、あれは穏さまが悪いと思います」
偶然、一刀と穏が勉強をしているときに用事で部屋に入ったことがあった。
その時、亞莎がみたものといえば、なぜか椅子に座っている一刀の膝の上に座っている穏の姿であり、それも異様に興奮していた。
亞莎はすぐに謝り部屋を出て行ったが、翌朝の朝議のときに一刀がゲッソリとやつれている姿と肌の艶が驚くほどよかった穏を見かけたことがあった。
「まさか一刀さまと穏さまがあんな事をしているなんて……」
思い出したのか顔を紅くする亞莎。
「え~~~~~。それをいうなら亞莎ちゃんだって人のこと言えないですよ~」
「の、穏さま!」
慌てて穏に注意を促すが遅かった。
「亞莎ちゃんなんか、ごま団子を二人で作っているときに何度も一刀さんと抱き合っていたのを見ましたよ~」
「の、穏さま!?」
亞莎にとってそんなところを見られていたとは思いもしなかった。
確かに夜の遅い時間に二人で厨房に立ってごま団子を作っている最中にそういう流れになることはよくあった。
亞莎自身、一刀に初めから好意を抱いていただけに自分を抱きしめてくれたことが嬉しかった。
初めて寝台を共にした後、一刀のことを想うだけで心が落ち着かなくなり、何度も彼の部屋の前にいっては入るかどうか悩んで結局、自分の部屋に戻っていた。
それでも一緒に勉強をしたりごま団子を作っているとき、亞莎は幸せな気持ちになっていた。
「結論から言えば私達は全員、あの男に惚れてしまったということね」
だからといって誰もそのことに対しては後悔はしていない。
逆に想いが強くなっている。
「小蓮や祭、思春に明命も同じ気持ちね」
誰にも優しい一刀を今、独占している雪蓮が本当に羨ましかった。
「一刀の子供か……」
自分達に彼の子が宿れば、それはとても嬉しい事だった。
「順番からしてお姉様、祭、冥琳、そして私かしら?」
「え~~~~~。蓮華様ずるいです~」
「そ、そうです。こればかりは天運です」
なぜか自分達の主張を前面に出す穏と亜莎。
そんな二人を見て蓮華と冥琳は苦笑した。
夜。
白帝城城下の飯屋で太史慈と魯粛の二人と合流した雪蓮と一刀はそのまま、そこで夕食を取ることにした。
席について適当なものを注文し、待っている間、太史慈達と世間話をしていた。
「オイラも雪蓮ちゃんには一度も勝てなかったよ。負けもしなかったけどね」
先に出された酒を豪快に呑みながら話をする太史慈。
「いろんな所で厄介になってたけど、雪蓮ちゃんと出会ってからは何かこう、今までの自分から変わったなぁって思うよ」
まるで友達感覚で話を進める。
「私も子義が来てくれて凄く助かっているわ」
こちらも太史慈に負けない呑みっぷりを発揮する雪蓮。
「おかげで後ろを気にしなくて戦えたわ」
「それはオイラだけの力じゃあないよ。子敬さんがいてくれたからこそだよ」
太史慈の隣で静かに酒を飲んでいる魯粛は顔を横に振る。
「そ、そんなことないでしゅ。子義ちゃんの力があったからこそ、私は安心できましたでしゅ」
一刀は思った。
この二人はお互いを認め合っており、それが上手くいっているのだと。
そしてそんな二人を味方にした雪蓮の器量を改めて驚いた。
「なんだかお互いを助け合うっていいよな」
そういう国に来たことが嬉しい一刀。
「でもな~、一つだけ不満があるんよ」
「不満?」
「周瑜だよ」
「冥琳はどうかしたのか?」
「あのおばさん、オイラがちょっと酒を盗んだだけで目を引きつらして怒るんだよなあ」
今とんでもないことを口にした太史慈。
そしてそれに素早く反応した魯粛。
さっきまで両手で杯を持ち子供負けの愛らしい表情で酒を呑んでいたのが、急に表情を硬くしていく。
「あれさえなければいいんだけどね~」
空になった杯に酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばそうとしたその時、彼女よりも早く魯粛が酒瓶を取り上げた。
「な、なにすんだよ、子敬さん!?」
「子義ちゃん、周瑜ちゃんがおばさんなら、私もおばさんでしゅね?」
「あっ……」
どうやら太史慈は踏んではいけないものを踏んでしまった。
冥琳と魯粛が親友であることをすっかり失念していた。
見た目は子供でも中身は大人の魯粛は拗ねる。
そして両手で酒瓶を持ち一気に口の中に流し込んでいく。
「お、おい、子敬さん……!?」
あまりにも豪快に呑んでいく魯粛に太史慈は慌てて酒瓶を取り返したが、すでに中身はほとんどなくなっていた。
「あ~あ、子義、知らないわよ~」
この後どうなるか知っているかのように雪蓮と困った表情を浮かべている太史慈。
「魯粛さん?」
俯き黙り込んでしまった魯粛に一刀は心配になり声をかけた。
「……ひっく」
「一刀、下手に声をかけないほうがいいわよ」
雪蓮のそれもほとんど呆れた口調に顔をしかめる一刀。
「子義ちゃん!」
いきなり顔を上げて机の上を叩く魯粛の表情は完全に酔っ払いそのものだった。
「子義ちゃんにはお姉さんを敬う気持ちが足りないでしゅ!」
「始まったか……」
自分のせいだとはいえどうしたものかと救援を求める視線を雪蓮と一刀に向けるが、雪蓮はさっと横を向いた。
残った一刀に両手を合わせて懇願する。
「子義ちゃん、何処を向いているのでしゅか!」
さっきまでとは別人のように声を高々に上げる。
「子義ちゃんは私と周瑜ちゃんのことがきらいなのでしゅか!」
「そ、そんなことないって……。(旦那、助けてよ)」
「(た、助けるって……どうしたらいいだよ?)」
ヒソヒソ話をする二人の前で小さい身体を使って説教をする魯粛となぜか距離を少し置いて酒を呑む雪蓮。
「(とにかく、子敬さんは酔うと説教ばかりするんだよ。それも長い時間……)」
「(拷問だな……)」
酔っ払いの絡みほど厄介なことは雪蓮で散々体験しているため、太史慈を助けるべきかどうか正直迷っていた。
「子義ちゃん!聞いているでしゅか!」
「あ~聞いてる聞いてる。だからそんなに大声出さなくてもいいよ」
「そ、そうだよ。周りにもお客さんがいることだし」
その一言がまずかった。
太史慈に向けられていた視線が一刀の向けられた。
「かずさま!」
「は、はい……え?」
自分のことを「かずさま」と呼んでくる魯粛に驚く。
「かずさまも子義ちゃんと同じ考えでしゅか!」
「い、いや、そんなことはないよ」
適当に受け答える一刀だが、魯粛には通用しなかった。
「いいえ、かずさまもしぇれんさまをもっと大切にしてあげないとだめでしゅ!」
「う、うん、それはもちろんだよ」
顔を真っ赤にして一刀に語る魯粛から逃れる事が出来た太史慈は雪蓮の傍に座ってその光景を眺めた。
「しかし毎度のことだけど子敬さんの説教している姿って可愛いよね」
「普段も可愛いけれど酔った時も見るだけなら可愛いわよ」
説教をされる側に立てばそんなことも言えないが、傍観者としてみるならば子供が一生懸命になっている姿は堪らなかった。
「いいでしゅか、かずさま!」
「はぁ……」
何度か救難信号を送るが二人は笑顔で断る。
「かずさま!どちらをむいているのでしゅか!」
「はいはい……」
逃れることの出来ない一刀は諦めて説教を受ける事にした。
「まったく……かずさまがそんなのだからだめなのでしゅ」
何がダメなのか教えて欲しいと思ったが、余計なことを言えばさらに悪化しそうなので黙っている一刀に、魯粛は自分の席を立って彼のもとに行く。
そして可愛らしく「うんしょ」と掛け声を漏らして一刀の膝の上に乗る。
「ろ、魯粛さん……?」
「かずさまはだまっているでしゅ!」
一喝される一刀。
膝の上にきちんと座ると一刀を背もたれにして満足そうに吐息を漏らす。
それを見て手に持っていた杯を落とした雪蓮。
「魯粛ちゃん~」
「なんでしゅか?」
「子義はいいけれど、私の一刀はダメよ?」
「ち、ちょ、雪蓮ちゃん!?」
太史慈の反応などお構いなく、雪蓮は笑顔で魯粛を見ているが、一刀からすればとても本心から笑っているようにはとうてい見えなかった。
「かずさまはしぇれんさまのものでしゅか?」
「そうよ。だからそれ以上はダメよ?」
笑顔を近づけていくがそれが余計に魯粛を一刀と密着させていくことになった。
「だからそれ以上はダメっていっているでしょう!」
手を伸ばして離そうとする雪蓮に魯粛は一刀にしがみ付いて離れないようにする。
「ち、ちょっと雪蓮、落ち着いて!」
「落ち着いているわよ。ほら、いい子だから離れなさい」
「か、かずさま!」
三人の騒いでいる姿を見ていた太史慈は普通にこう思った。
(何処からどう見ても親子だな……)
他のお客もそう思っているのか笑顔でその様子を見守っている。
本人達はそれどころではなかったが、太史慈は自分に災難が降りかからないためのんびりと酒を呑みながらその光景を見守っていた。
完全に酔いつぶれた魯粛を背負って太史慈は官舎に戻っていった。
雪蓮と一刀も宿に戻り酒と魯粛の暴走で体力を使い果たして寝台に転がっていた。
「まったく、雪蓮は大人気ない」
「だって魯粛ちゃんがあまりにも一刀にくっつくんだもん。妻としてはあまりいい気分じゃあないわよ」
せっかくの新婚旅行なのだから嫌な気持ちにはなりたくない。
その思いは雪蓮だけではなく一刀も同じだった。
腕を伸ばして雪蓮を抱きしめた。
誰もいない、二人だけの空間に雪蓮は甘えるように一刀の腕の中に包まれ喜びを感じた。
「本当はね、蓮華達の側室の話、いやだなぁって思ってたの」
「何となくそんな気はしたよ」
一夫多妻なんていう男にとっては夢のようなことでも、一刀も出来れば側室は持ちたいとは思わなかった。
一人の女性を愛し愛されたい。
だが、蓮華達の想いを考えるとそれを押し通すべきかどうか悩んだ。
だからこそ一刀は雪連に聞いた。
側室をおいてもいいのかと。
「魯粛ちゃんが一刀の膝の上に乗ったとき、自分でもよく抑えれたって思ったわ」
「こっちは十分怖かったよ」
「一刀は魯粛ちゃんみたいな子は好き?」
「いい子だもんな……イテッ」
背中を叩かれる一刀。
「まったく……一刀の浮気者~」
「人聞き悪いなぁ……」
「本当の事でしょう?」
酒がまだ残っている雪蓮は魯粛に負けないほど拗ねていく。
「じゃあどうしたら許してもらえるのかな?」
彼女の髪を指で絡ませながら梳いていく。
こうすると雪蓮は子供のように甘えて大人しくなる。
「子義や魯粛ちゃんがいるときは仕方ないけれど、二人でいる時は私だけを見て欲しい」
「……うん」
一刀はほんの少し力を入れて彼女とさらに密着する。
「一刀はこんな私は嫌いかしら?」
「王様のときの雪蓮も好きだけどこうして俺だけに見せてくれる雪蓮も大好きだよ」
「……馬鹿」
口ではそう言いつつも一刀の温もりを感じて笑みをこぼす。
その後はもはや言葉など不要だった。
(座談)
水無月:我ながら思います。第二期は甘々なスタートだと。
蓮華 :新婚旅行編なのだからそうなるのは分かっていたはずでしょう?
水無月:まぁ平和な世の中ですからね。
冥琳 :とりあえずはきちんと終わらせないと私達も納得できないから頑張るのよ。
水無月:了解です。ところで穏は何を雪蓮に渡したのですか?
穏 :あ、あれですか~。せっかく一刀さんとの新婚旅行なのでほんの少しお役に立てればと思って朱里ちゃんからお借りした本ですよ~。
水無月:・・・・・・それってまさか・・・・・・。
亞莎 :穏様・・・・・・。
冥琳 :穏らしいわね・・・・・・。
水無月:まぁどんな本かはみなさんのご想像にお任せします!
蓮華 :とりあえず、あとでお姉様に見せてもらうことにしましょう。
蓮以外:それは・・・・・・やめといたほうがいいですよ
蓮華 :?
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新婚旅行編第二話。
今回はかなり甘々な内容になっています。(特に後半)