第Ⅷ話『金色の波』
執務室に向かう渡り廊下。
雷薄と曹操がすれ違った。
すれ違いざまに曹操が足を止め、顔も見ずに語りかける。
曹操「貴方、私の部下じゃなくて良かったわね。」
何を言い出したのかと、雷薄も止まって曹操を見た。
相変わらずこちらを見ようともせずに、鋭い目で先を見つめている。
曹操「…5万、ねぇ。」
雷薄「っ!」
曹操「私ならそんな巫山戯たことを言われたら即座に首を刎ねるわ。
ここは袁家の総本山、緊急時にすぐ動ける兵数がそんな少ないわけないでしょう。
強襲とはいえ出陣ではなくあくまでも迎撃なのだから、10万近くは動かせるはずよね?
それとも貴方たちは本当に何の準備が出来ないほど愚かなのか、それとも理由あって動かしたくないのか…。」
雷薄は何も答えられなかった。
震えを誤魔化すように、手に持った書簡を握り直す。
曹操「…貴方の思惑がどうであれ、これだけは言っておくわ。」
そこでやっと雷薄に目を向ける。
鋭い視線が突き刺さり、心臓を射抜く。
曹操「あの主は貴方を信じて、きっとこのまま戦を進めるでしょう。
一人の家老として…いえ、一人の筆で戦う者として、それだけの信頼を得て他に何を望むのかしら?
地位?名声?財産?ここで満足できない貴方が、他所で満足できるとは思えないわ。」
言葉の一つ一つが、染み渡っていく。
曹操「本当に手にしたいものは何か、よく考えなさい。
この戦がどんな結末になろうとも、最後に貴方がそれを手にしている事を願うわ。」
話は終わりだと言うように、曹操は去っていった。
雷薄「儂は…儂が手にしたいものは…」
---Another View 雷薄---
~30年前~
町外れの小屋。
そこが家だった。乾いた藁の匂いと、母の横顔。
隙間風が冷たい酷く古びたその場所も、その時の自分にとっては一番暖かい場所だった。
雷薄「父さんが目指したこの国の安寧を僕が叶えるんだ!」
いつもそんな事を思い、母の仕事を手伝いながら合間に勉学に励んでいた。
まだ幼い頃に志半ばで倒れた父に代わり、国の中枢に立てる文官を目指そうと。
そして月日が経ち---
雷薄「母さん!母さん!」
母「いったい何?そんな大きな声あげて。」
雷薄「聞いてください!僕、文官試験に受かったよ!」
母「まぁ…!良かったじゃない!
こうしちゃいられないわ、お着物を仕立てないと!」
雷薄「えっ!で、でもそんなお金…。」
母「…こういう時のために貯めておいたのよ。さ、呉服屋に行きましょう?」
雷薄「…!!
は、はい!!」
~現在、汝南北の城門~
七乃「…く…!…さん!…雷薄さん!
しっかりしてください!雷薄さん!」
自分を呼ぶ声に、意識が覚醒する。
目の前には心配そうに見つめる張勲が居た。
七乃「大丈夫ですか、雷薄さん?」
周りを見渡すと、城門の前は黒い煙がたちこめ、続々と負傷者が担ぎ込まれてくる。
馬小屋や宿舎は、打ち込まれた無数の火矢により、所々で火災が発生していた。
雷薄「儂は…」
(こんな景色を求めていたのか?
こうなってほしいと本当に願っていたのか?)
七乃「今、外で何とか一刀様が奮戦しています!
戦況は少しばかり押し返しましたが、こちらの被害も甚大です!
雷薄さんは小隊を組んで火災の鎮火をお願いします!」
雷薄「…う、うむ。
誰かある!」
(儂は何を…。)
兵長「はっ!ここに!」
すぐに現れたのは、兵長の男だった。
この男は入隊した頃からよく知っている。腕っ節はイマイチだが、大変真面目で人望のある人物だ。
兵長「消火活動の指揮ですか…?雷薄様の命であれば喜んで!
すぐに人を招集しますので、しばしお待ちください!」
胸にこみ上げる熱いものは何なのか。
こんな時にも昔を思い出すのは…どうしてであろうか。
~8年前~
偶然立ち寄った飲み屋で、男と出会った。
そこでは、活発そうな一人の青年が杯を片手にクダを巻いていた。
若き日の兵長「はぁ…出世したいなぁ…。
せっかく名門袁家に仕えられたんだからさ、俺だって…」
雷薄「まぁまぁお若いの、そう言うな。」
隣の席から聞こえてきた急な言葉に、ビクッと反応する男。
若き日の兵長「こ、これは雷薄様!失礼いたし」
雷薄「ほっほっ…よいよい。せっかくなのだから気楽に飲もうぞ。」
若き日の兵長「あ、ありがとうございます!」
雷薄「袁逢様なら…きっとあのお方なら、私らの国はきっと今より豊かになる。
そんなお方に仕えられる幸運に、今はただ感謝しようじゃないか。」
若き日の兵長「確かに素晴らしいお方ですが…。
時折病に臥せりがちなのが私は心配です。」
雷薄「それは…儂もだ。
だが、養子に入られたご子息の袁基様…この方も大変素晴らしい器と皆申しておる。
袁家はこの先も安泰だ。安心せよ。」
若き日の兵長「…そう、ですよね。」
雷薄「全く…若い者が暗い顔をするな!
まずはしっかり我らの仕事をこなそうではないか!
きっとその先に、輝かしい未来が待っておる!」
若き日の兵長「輝かしい未来、ですか…。ふふっ、私も負けじと頑張らねば。」
雷薄「よう言った!まぁまずは飲め飲め!はっはっはっ!」
若き日の兵長「…ありがとうございます!」
~現在、汝南北の城門~
儂は本当に何を望んで、何を成したいのか…。
兵長の男が手早く兵を集め、砂や水を手に消火活動に入る。
熱さで火傷するのも厭わずに、火に向かって何度も何度も砂や水をかける。
兵長「皆!今は辛抱だ!
きっと袁基様が敵を蹴散らしてくださる!我らは帰ってくる場所を守るのだ!」
煤で掠れた声を張り上げ、兵達を鼓舞する男。
(儂は…。)
無意識に桶に手が伸びていた。
兵長「…雷薄様?」
桶を両手に持ち、火元に水を投げ入れる。
何度も何度も、熱さなど気にせずただひたすらに。
雷薄「…『私も負けじと頑張らねば。』」
兵長「…っ!
ありがとうございます!」
(何をやっておるのだろうか儂は…。)
美羽「雷薄!妾も手伝うのじゃ!」
雷薄「袁術様…?!」
小柄な身体を一杯に使い、水桶を担ぐ少女。
火を恐れずに、ただ懸命に。
~3年前~
陳蘭「…という訳じゃ。」
雷薄「お主、正気か!?他国のそのような甘言に惑わされてはいかん!」
陳蘭「儂は正気じゃよ。
…この国はもう終わりじゃ。ならばそれを利用し、のし上がろうではないか。」
雷薄「じゃが…儂は袁家の」
陳蘭「袁家の?袁家の何じゃ?
お主はもう40年近くこの城に仕えておるが、現状で満足しておるのか?」
雷薄「…。」
陳蘭「よく考えよ。
袁逢様はもうおらん。ご子息の袁基様も先の戦で行方しれず…きっともうこの世にはおらんだろう。
そして跡を継いだあの小娘に何ができる?袁家の支柱になれると思うか?」
雷薄「た、たしかに姫君はまだ幼く、拙いことも多い。だがそれを我々が…」
陳蘭「くっ、くっはっはっは…!袁基様とお目通りも叶わんかった程度の文官風情がなにをできるというのだ!
そのような夢を見て我が身滅ぶのを待つか?ならば、儂と手を組め雷薄殿。儂等は長い付き合いではないか。」
雷薄「儂は…」
~現在、汝南北の城門~
…涙が出る。
この少女を、儂は無能と断罪し蔑んできたのだ。
袁逢様や兄君様と無意味な比較をし、ただの小娘と揶揄してきた。
兵長「袁術様!ここは危のうございます!」
袁術「大丈夫なのじゃ!
兄様が頑張っておられるのに、妾だけ安全な所にはおれんのじゃ!」
そう言うと、少女は水をひと被りし、また桶を手に火元へ向かう。
いつも綺麗にされているお召し物が、泥や煤にまみれている。
(小さいな…儂は。)
こんなにも懸命な、勇敢な少女であったではないか!
父君や兄君には敵わぬかもしれんが、間違いなく儂などモノにならぬほどの大きな器を持っておる。
誰だって幼き頃は何事も拙いもの。
むしろ儂は、そんな彼女を導いていかねばならぬ立場であったのだ。
(儂は全く見えて…いや、見ておらんかった!見ようともせんかった!)
涙が止まらない。
雷薄「(袁逢様…!袁基様…!)」
(儂は…!)
---Another View end---
~汝南北の城門~
城門がゆっくりと開いていく。
一度戦況を押し返した一刀の軍を援護するため、匈奴・山越の軍が出陣したのである。
城門にある見張り台から、袁紹や曹操達は戦況を見つめていた。
袁紹「凄い…!」
曹操「…。」
横では夏侯惇、夏侯淵らの両腕も言葉を発せなかった。
武の道を歩む二人にとっても、信じられない光景に写っていたからだ。
目にしたものは正に武の頂。
黒い戦場に、二つの白が大穴を開けていく。
我が身の震えを押さえつけるように曹操は自らの身体を抱く。
不思議な感覚だった。
美しさと恐ろしさ、そしてここまで圧倒的な力を見せつけられたのは。
曹操「(あの男はきっと私の最大の障壁になる。
私はいずれ、あの男を越さなければならない!)」
戦場に背を向け、見張り台を駆け下りる曹操。
跡を追う従者にも目もくれず、消火活動に勤しむ雷薄の元へ駆け寄った。
曹操「聞きなさい!」
急に呼びつけられた男は、何事かと振り向いた。
後ろには、ギラギラとした眼の少女が居た。
曹操「兵を。
あと二万くらいはすぐ動かせるでしょう?」
雷薄「…どうするというのです?」
そう答えた雷薄の目を見た曹操は悟る。
…この男は、自身の壁を乗り越えかけていると。
曹操「(ふふっ、そう…それで良いのよ。誇りを失えばただの賊に成り下がるだけ。)
ここでもうひと叩きすれば戦線を少しくらいは押し戻せるわ。
勝ちたかったらすぐに動きなさい。」
それを聞き、難しい顔をする雷薄。
雷薄「将はどうするのですかな?
張勲将軍や儂は今ここを離れられませぬ。袁術様、孫権様は戦の経験がないのですぞ?」
曹操「…私が出るわ。」
「「華琳様!?」」
雷薄は鋭く目を細め、曹操を見やった。
その目は、今や宿老筆頭たる自覚を携え、力強く光る。
雷薄「…どうしますかな、袁術様?」
すぐそばで聞いていた少女に声をかける。
少女もまた、澄んだ目で曹操を見ていた。
曹操「…。」
袁術「…曹操殿にお頼みするのじゃ。」
曹操「…本当にいいのね?」
袁術「妾は恥ずかしながらまだまだ力不足なのじゃ。
でも、曹操殿ならきっと兄様を助けてくれるじゃろ?」
曹操「…ふふっ。(この国は…もっと強くなるわね。)
任されたわ。…春蘭、秋蘭、準備をなさい!
我らは一時的に客将として動く。私と生きて許昌へ帰りたければ奮戦なさい。」
「「御意!!」」
---花蘭 SIDE---
~洛陽~
朱儁(鏡)「花蘭様、たった今細作から報告が入りました。
…あまり良くない知らせが二つほど。」
花蘭「…お願いします。」
鏡「まず一つ目ですが、劉焉、劉璋に動きがあったようです。
どうやら劉表の領地に兵を集結させている模様。
目的はわかりませんが、こちらも警戒を強めたほうが良いかと思います。」
花蘭「そうですね。西城の劉備さんたちにも同じく連絡を入れてください。」
鏡「承知いたしました。
もうひとつですが、こちらは南方の袁家に陶謙軍が攻めこんでいるようです。」
花蘭「最近当主が交代したところですね?
…確か、袁基様という方でしたね。」
胡蝶「(袁基…袁基…。ん~、何か忘れているような…?)」
鏡「はっ。
ただ、戦況は思わしくなく、反王朝連合の陶謙軍がほぼ一方的に攻めこんでいるようです。
落とされるのも時間の問題かと。」
花蘭「そうですか…。
陶謙軍はそんなにお強いのですか?」
鏡「申し訳ございませんが、そこまではわかりかねます。
話では、黒い軍隊が昼夜休みなく攻め入り、袁基軍はかなり疲弊しているとか。」
花蘭「昼夜休みなく…?」
鏡「はっ、そのように報告が入っております。」
花蘭「そうですか…。
心配ですが、こちらは反王朝の者達で手一杯ですからね。
(こんな時、一刀さんならどうしていたのかな…?)」
胡蝶「(ん~、どうかしら。あの人のことは全く予想が出来ないわ…あはは…。
ていうか、今どこにいるのやら。確か孫堅のところに堕ちたけど…こっちに顔くらい出してあげなさいよ、もう!)」
花蘭「私も、逢いたいなぁ…。」
鏡「どなたにですか?」
花蘭「な、なんでもないです!
ぅ~~っ…///」
鏡「??」
---一刀 SIDE---
一刀「へっくし!!」
雪蓮「あらら、ずいぶん豪快なくしゃみね。
でもこんな時に風邪とかやめてよね、ホントに。」
一刀「いや、風邪じゃないと思うんだけど…。
にしても、こりゃいよいよヤバイね。」
そう言うと、一刀は辺りを見渡した。
火災は治まったものの、変わらず城外には黒い兵士達が襲いかかってきている。
現在は呉の援軍と寿春からの紀霊率いる援軍舞台が、その対処に追われていた。
兵「ほ、報告します!!」
一刀「どうかした?」
兵「て、敵方に援軍が!!その数二万!!」
「「「 ?! 」」」
一同に衝撃が走る。
この状況での援軍、それは敗北の色を濃くする一手だった。
一刀「あ、あはは…凄いことになってきたな。」
夏侯惇「わ、笑っている場合か貴様!
華琳様、どうか早くお逃げを!!」
曹操「…それはダメよ。」
夏侯淵「華琳様!」
曹操「…さて、袁基殿?」
一刀「ん?」
曹操「この絶体絶命な状況にして、ずいぶんと落ち着いているけれど…。
まだ勝機はあるとみて良いのかしら?」
すると、一刀はニヤリと笑うのだった。
---時は少し遡り、下邳城---
私はその時、ありえない光景を目の当たりにした。
平原を埋め尽くす、金色に誂えた軍勢。
数えることすら諦めるほどの圧倒的な物量。
???「くっ…!一体何なのあれは!」
北方から突如として現れたそれは、いとも容易く我々の城を包囲した。
???「皆聞いてください!無駄に抵抗することはありません!これより城を捨て北海へ退きます!」
兵「だ、ダメです!そちらは完全に遮断されています!」
???「…では、全軍で比較的手薄に見える南側を突き破ります。」
兵「南…ですか?」
???「こうなれば仕方ありません。
せめて汝南を落とし、我々の役目を全うしましょう。」
しばらくして、南の城門が開き、二万ほどの軍勢が城から出てきた。
その様子をほくそ笑みながら見つめる、美しい顔立ちの執事服の男。肩には一羽の真っ白な鳩。
袁紹軍筆頭軍師の田豊である。
田豊「あらあら、そんなにこちらの希望通りに動いて頂かなくても宜しいのに…。」
真っ白な手袋をクイっとはめ直すと、南側の包囲を開けるように指示を出す。
同時に北側から下邳城へ進行を開始し、抵抗も無く城を落とした。
???「南側の包囲が開いた?!
敵の目的は一体何なのでしょう…。
っ…考えても無駄かしらね。皆さん、急いで駆け抜けます!私に続いてください!」
軍勢は南側をすり抜け、汝南方面へと抜けていった。
それを見送った田豊はくすりとほほ笑み、兵士へ向き直った。
田豊「下邳防衛の可能性もふまえ、こちらの城には3万の兵で逗留しましょう。
さて、残りの20万は汝南へ。皆さん、お嬢様をお迎えに上がりますよ?」
---時は戻り、汝南の城---
敵援軍の知らせを受け、ざわめく陣の中で一刀は月の位置を確認し呟いた。
一刀「勝った。」
その一言を耳にした者は皆、気でも触れたのかと一刀を見やる。
瞬間、伝令の兵士が駆け込んで来た。
伝令「ほ、報告です!!
敵増援の更に向こうへ大軍団が現れました!!旗印は袁!!20万は下らない数です!!」
曹操「なっ…!
こんなに早く?!それもなんて数を用意していたのよ貴女!」
麗羽「お~っほっほっほ!そんなの簡単な事ですわ!
ワタクシの…愛の力、ですわ!!」
曹操「それじゃ説明になっていないわよ…。」
斗詩「あ、あの…代わりに私から説明します。
麗羽様は袁基様の帰還を知ったときに、国を上げた凱旋式典をここ汝南で開こうと兵を集めていました。
今回、私達はその案内状と贈り物を届けに来たのですが…このような状況になったため行軍に切り替えたのです。」
それを聞いた曹操は唖然としていた。
一体どこの国に20万もの兵で式典なんて開く馬鹿者が居るのかと、痛む頭を押さえるようにこめかみに手を当てる。
その頃、戦線はというと…。
紀霊「…え、いやいやいやいやいや。
ちょっ何じゃこりゃ。」
つい先ほどまで押し寄せていた黒い軍団が、金色の波に攫われていった。
物量で苦しまされてきたのだが、それ以上の圧倒的な物量で何かが通り過ぎていったのである。
程なくして、黒い軍団は壊滅した。
何事もなかったかのように優雅に汝南へ入場する金色の軍。
その指揮を執っていた田豊は捕らえた敵将を縛り上げ、袁紹の元へ馳せ参じた。
田豊「お嬢様、大変お待たせいたしました。
お怪我はございませんか?」
袁紹「私は大丈夫ですわ。
…それが敵将ですの?」
田豊「はい、どうやらそのようです。ただ…先程から一切口を開きませんが。」
身体を縛られ、膝をついた女は暴れることも無くただ目を瞑る。
一刀「君が敵さんの指揮官かい?」
相手の様子など意にも介さず、一刀は女に歩み寄った。
それでも女は反応しない。
一刀「困ったな…。
君は」
???「っ!!!」
一刀が女の前で腰を落とそうとした瞬間のこと。
女は片腕の関節を外し縄を緩めると、靴に隠していた短刀で一刀に斬りかかった。
止める間もない突然の攻撃に周囲は息を呑むだけだった。
女は殺ったと思った。が、あろうことか次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
胸を刺そうと差し出した腕を簡単に捕られ、投げられたのである。
袁紹「お兄様!!」
羊祜「今のは肝を冷やしましたぞ…。用心なされよ。」
一刀「あはは…流石にビックリしたけど、大丈夫大丈夫。
さて、暴れる元気があるなら口はきけるよね?まずは君の名前を聞かせてほしいな。」
???「…あなた方に何も答える気はありません。」
田豊「拷問にでもかけましょうか?」
一刀「ん~、それで口を割りそうもないかな。
だからこっちから一方的に話そうと思う。いいかい?」
???「…。」
一刀「これから俺達は北海へ進軍する。
もちろんそこには君にも着いて来てもらうよ。」
???「…?」
何故だろうと訝しむように一刀を見る女。
一刀「結末は自分の目で見届けるべきだと思う。
それに…どうしても聞き出さなきゃいけないこともあるしね。」
七乃「一刀さん、聞き出さなきゃいけないことって、なんですか~?」
一刀「それはね」
兵士「し、失礼します!」
言いかけた時、一人の兵士が駆け込んできた。
どうにも慌てた様子で、膝を着くなり叫んだ。
兵士「や、やはり袁基様の仰る通りにございました!
牢番も皆ひっくり返っております!」
一刀「…やっぱりね。」
七乃「何がやっぱりなんですか~?」
麗羽「お兄様、ワタクシにも教えて下さいまし。」
一刀「見たほうが早いと思うから城門の上に行こうか。」
曹操「??」
~城門~
皆一様に戦乱の跡を見渡して絶句していた。
ここは確かに戦の後であり、先ほどまで10万を超える敵兵が押し寄せていたのである。
雪蓮「あ、有り得ないわ!」
有り得ない。この状況を的確に表現するのならば適切な言葉だった。
攻め寄せていたうす気味の悪い軍団。その死体が一体も無いのだ。
別働隊として後に押し寄せてきた者達の亡骸は確認できるが、その他は一切合切消えていた。
???「…なに、これ…!」
一刀「…君も知らなかったみたいだね。
俺も最初は目を疑ったけどさ…倒したはずの敵が目を離した瞬間無くなってたんだ。
どこかに移動したかと思ったけど、確かに数は減っている…だからこうして確かめてみたんだけど。
どうやらすぐ消えるのと少し留まるのと色々みたいだね。」
麗羽「ど、どういう事ですの…?!」
一刀「それを確かめに行くんだよ。
悪いけど麗羽、兵を借りれるかい?」
麗羽「どうぞお使いくださいまし、お兄様。
元より袁家当主のお兄様ですもの、これよりは私も好きにお使いください。」
曹操「ん…?ちょっとそれってどういう事?」
麗羽「こうして大陸が混乱している今、袁家が二分しているのはいけないと思いますの。
だから、私がお兄様の下に付けば…。
私だって馬鹿なりに考えたんですの。でも、袁家にとってはそれが一番だって思うのです。」
一刀「良いのかい?俺が当主で。」
麗羽「も、勿論ですわ!
ここに書面も用意しましたので署名をお願いしますわ。」
一刀「麗羽…。」
七乃「ん?
ちょっと待って下さ~い、これ婚姻届ですけど~?」
麗羽「チッ
…お、オ~ッホッホッホ!間違えましたわ!」
七乃「油断も隙も無いんですから。」
~北海~
一面、不気味なほどに白い花に覆われた玉座の間。
そこにぽつりと浮かぶように黒い椅子が置かれている。
椅子には足を組み遠くを見つめてほくそ笑む男がいた。
陶謙その人である。
手には白い花が一輪。
陶謙「ふふっ、これくらいは凌ぎましたか…。
流石は“天の御使い”、といったところですか。」
くしゃりと握りつぶされる花。
陶謙「きっと貴方はここへ来るのでしょうねぇ。
絶望を見に…」
そういうと、男は可笑しそうにけたけたと笑い出したのだった。
拠点part 『必殺仕事人Ⅱ』
時は後漢、ここは汝南。
とある野望を胸に秘め、今日も奴らは悪を討つ!
下着屋の朱音!(通称女中A)
風呂屋の涼夏!(通称女中B)
速逝きの彩夢!(通称女中C)
主の平和を守るため、むしろ色々乱すため、『変態仕事人』ここに見参!
刺客「…侵入成功。」
一刀たちの住む別邸。
ここに、また新たな侵入者がいた。
刺客「奴がしくじるなんて、一体どんな堅牢な館なのかと思ったけど…何よ楽なものじゃない。
どうせ女中どもの色仕掛けにでも引っ掛かったのね。ま、私は女だからそんな手には乗らないわ。」
そっと笑みを浮かべると、刺客は庭の生け垣からあたりを見渡す。
~♪ ~~♪
刺客「ん?どこからか鼻歌が…。」
耳を澄ませ、鼻歌の聞こえる庭先へと近づいていく。
そこには洗濯に勤しむ女中の姿があった。
刺客「ふっ、鼻歌歌いながら仕事してるわね…隙だらけもいいところだわ。
まずはあれの息の根を」
朱音「あ~、良い匂い過ぎて洗うのもったいない~♪」
刺客「(うん、やっぱやめる。関わりたくない。)」
取り出そうとした小刀をそっと仕舞いなおす。
その時、女中は何かに気が付いたようにバッと顔を上げた。
刺客「(しまった!まさかバレた…?!)」
朱音「…。」
息をのむ二人。
女中は手に持った洗い終わった下着と、洗濯桶の水を交互に見る。
朱音「ひらめいた!」
刺客「(何をだーーーーーーーー???!!!)」
桶を持つと、そのまま顔のほうへ持っていく。
朱音「どきどき…!」
刺客「(…ちょっと、嘘でしょ?流石に引くわよそれは…)」
そして、女中はザバッと頭から水をかぶった。
朱音「…妥協した!」
刺客「(してないわよ!軽々飛び越えたわよ!)」
朱音「やっぱり被るか飲むかよね。」
刺客「(選択肢仕事して!洗濯だけに!
も、もうダメ、見ていられないわ…。)」
逃げるようにその場を後にすると、塀をよじ登り二階の屋根裏へと侵入した。
刺客「(情報によるとこのあたりが標的の部屋ね。
ん…?)」
屋根裏の隙間からそっと覗きこむと、さきほどとは違う女中が掃除に励んでいた。
ハタキを手に持ち、手際よく棚や窓の周りを綺麗にしていく。
刺客「(…あれなら大丈夫そうね。
じゃあ眠ってもらいま)」
腰の小刀に手を伸ばした瞬間、女中は何かを見つけたように顔を上げた。
涼夏「あ、あれは…!!!」
刺客「くっ、バレたか…!なら正面から」
腹をくくって飛び出そうとしたが、女中の行動は意図しないものだった。
ベッドの横へ駆け出すと、そのまま床へヘッドスライディングをかましたのである。
刺客「…へ?」
女中の手には、そこへ落ちていたものと思われる手拭いが握られていた。
涼夏「こ、この丸まった手拭い…!ね、閨の横へ落ちているところを見るに…ま、間違いなく自慰の…!!はぁはぁ!」
刺客「(いやいやいやいや!そうとも限らないでしょ!?)」
手拭いをそっとポケットに仕舞うと、
刺客「(仕舞うな。)」
ゆったりと艶やかな動きで服をすべて脱ぎ去った。
刺客「(なぜ脱いだ…?)」
女中は顔を赤らめると、するりとベッドへと潜り込んだ。
涼夏「そういうことなら仰って頂ければ宜しかったのに…今日はこのまま待ち構えておきます。」
刺客「(どういうことか判明してねぇだろ。標的逃げて超逃げて。
ちっ、ここも駄目ね。)」
早々に寝室は見切りをつけ、別室へと移動する。
炊事場へとたどり着いたとき、中からは食欲をそそる香りとともに包丁の小気味良い音が聞こえてきた。
刺客「(こ、今度はまともなんでしょうね…。
ん?ちょっと待って。こうして影で様子をうかがっても時間の無駄よね。
もういっその事やってしまいましょ。うん、それが良いわ。)」
小刀を取出し、そっと背後から女中に忍び寄る。
すぐ傍まで来ると、のど元に刃を突き付けた。
刺客「大人しくしなさい。
あの男の情報さえ渡せば楽に逝かせてあげるから。」
彩夢「…ふふっ、安心なさい。急にご主人様の話をされて今イキましたから。」
刺客「そちらこそ安心なさい。
今までの流れでその返しは予想できてたから。」
彩夢「私のご主人様に何か御用ですか?」ビクン ビクン
刺客「ふ、愚問ね。私はただ仕事として命をもらいに来ただけよ。あといつまで逝ってるの鬱陶しいわね。」
彩夢「そう。ならすぐにでも私を殺せばいいわ。情報なんて拷問されても吐きませんから。
喉奥も自分で調教済みです。」
刺客「それは残念だわ。ならせめて何か有用なものを持っていないか持ち物を調べるわね。
鍵くらいは持っているでしょ?あとそんなこと聞いてねぇよ。」
ポケットをまさぐると、チャリンと鈴が付いた鍵が出てきた。
悔しそうに唇をかむ女中。
彩夢「くっ…殺しなさい。」
刺客「ふふふっ、言われなくても、これであなたはお役御免よ。
最後に一応聞いておくけど…この鍵はどこのもの?」
彩夢「私の貞操帯の鍵よ。」
刺客「お前どんだけだよ。ま、まぁいいわ。
じゃあ、お休…ん?」
その時、女中のポケットからひらりと紙のようなものが落ちた。
刺客はそれを拾い上げる。
刺客「何かしら?」
彩夢「そ、それは…!お願い!それだけは手を出さないで!他のものならなんでも良いからそれだけは!!」
刺客「ふふふっ、あっはっはっはっは!!
愉快ねぇ~、さっきまであんなに余裕ぶってたのにこんな紙切れ一枚で取り乱しちゃって。」
彩夢「お願い…します!お願いします!」
涙を流しながら懇願する姿を見て、心底楽しそうに笑う刺客。
こんな紙切れの何が大事なのかと、裏をめくるとそれはこの屋敷の主、一刀の良くできた絵姿だった。
刺客「…え、超かっこいい。誰これ?」
彩夢「私のご主人様です。」
刺客「うそ…。」
彩夢「本当です。見目麗しいだけでなく、文武ともに優れ人望厚く、本当に素敵なお方です。」
刺客「…。」
彩夢「どうかしましたか?」
刺客「すいません、中途採用ってしてますか?」
彩夢「じゃあ面接始めますのでどうぞおかけください。」
刺客「失礼します!」
彩夢「はい、では履歴書はお持ちですか?」
刺客「はい!持っていません!」
彩夢「あのねぇ、あなたねぇ…今時、面接に履歴書なんて当たり前でしょう?
まったく最近の若い子は…はい、なら質問だけしていくから答えてください。」
刺客「はい!すいません!」
彩夢「じゃああなたの性癖は?」
刺客「はい!人よりお尻が弱いです!」
彩夢「合格!」
こうして、刺客は撃退…ないし吸収された。
右手には性欲を、左手には性欲を持つ彼女らの活躍?は、まだまだ続くのであった。
今回もお読みいただき、誠にありがとうございます。
約半年も空いてしまいました…。すいません。
さて、次回はかなり物語が動いていきます。またお待たせしてしまうかもしれませんが、どうかお付き合いください。
それではまた次回に!
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長らくお待たせしてしまいすいません…!
半年ぶりの更新となりますが、今回もどうかお付き合いください。
なぜか好評の奴らが今回も…?!