広い館の中を、霊夢と銀月は慌しく飛んでいく。
その二人に向かって、大勢のメイド妖精達が群がって弾幕を浴びせていく。
「急に色々と出てきたわね!
「う~ん、と言うことは先に侵入していた誰かが捕まったか何かしたかな?」
霊夢は突然増え始めた敵をうっとおしそうに見やる。
その横で、銀月は暢気にそう言いながら併走する。
二人は目の前に現れた妖精達を確実に撃墜していく。
「ああもう、どうせならそのまま逃げ切ってくれれば楽だったのに!」
「楽してばっかりもいられないってことだな。まあ、元凶にたどり着くまでの準備運動としてみれば悪くはないんじゃないかな?」
とっ捕まってであろう先行者に苛立ちを隠さない霊夢を、銀月はそう言って宥める。
そんな二人に、メイド妖精達は容赦なく弾幕を浴びせ続けた。
「おっと!」
突如として、銀月は横にものすごい勢いで逸れていく。
そしてとある位置に立つと、飛んでくる弾丸を手にした札で打ち払った。
銀月の後ろには、見るからに高そうな壺があった。
「ちょっ、何やってんのよ銀月!?」
銀月の突然の奇行に、霊夢が思わずそう叫ぶ。
それに対して、銀月は能天気な笑みを浮かべた。
「いやぁ、高そうな壺だったから割りたくなかったんだ。結構綺麗だし」
「そんなもの守る余裕があるんなら私を守りなさいよ!?」
「え~、だって霊夢はそういうことするとすぐサボるじゃないか。それに力量を鑑みても全く心配はないと思うよ?」
霊夢の主張に、銀月はそう言って口を尖らせた。
そんな態度が気に障ったのか、霊夢は銀月を激しく睨んだ。
「ええい、私はあんたにとって骨董品以下か! 喰らえ!」
突如として、霊夢の霊弾が銀月に向けて発射される。
銀月は慌ててその場から飛びのいた。
「おっと!? ちょっと霊夢、いきなり何するのさ!?」
「うるさい、黙って落ちろ!」
「幾らなんでも理不尽すぎるだろう!? わ~っ!?!?」
理不尽な霊夢の暴力から、銀月は必死の形相で逃げ回る。
その銀月が相手のメイド妖精達の中を駆け回るため、霊夢の弾丸は須らく妖精達を直撃した。
そんな中、撃ち落された妖精がふらふらと壁に掛かった絵画へと突っ込んでいく。
「あっ、いけない!」
それを見て、銀月は素早くその妖精をキャッチした。
妖精は銀月の腕の中で眼を回している。
それを見て、霊夢は頬を膨らませた。
「あ~っ! またそんなもの守って……」
「そうは言っても、こいつら壊したら誰が弁償すると思ってるのさ!?」
「知ったこっちゃないわよ。壊れるような場所に物を飾っておくのが悪い!」
霊夢はそう言うと、再び銀月に向けて攻撃を仕掛ける。
銀月は妖精を素早く床に寝かせると、急いでその場から離脱する。
銀月が立っていた場所は、霊夢の攻撃によって穴が開いていた。
「くぅ~っ……あ~あ、これじゃ後片付けが大変なことになりそうだ……」
「そう思うんなら、大人しくしててくださる?」
銀月が壁の穴を見てそう呟くと、横から霊夢のものとは違う少女の声が聞こえてきた。
「っと、誰かな?」
銀月はその方向に眼を向けた。
「この館のメイド、十六夜 咲夜よ。貴方達、お嬢様に呼ばれてきたのかしら?」
そう話すのは、メイド服に身を包んだ銀色の髪の少女であった。
そのメイド、咲夜の言葉を聞いて、霊夢は頷いた。
「ええ、そうよ。だからさっさと通してちょうだい」
「(うわぁ……いきなり嘘八百ならべて……)」
平然と言い放つ霊夢の言葉に、銀月が呆れ顔を浮かべる。
一方の咲夜も、返ってきた霊夢の言葉に頭を抱えてため息をついた。
「……はぁ……そんな訳ないじゃない。それなら私が知らないはずはないわ。つまり、用があるのは貴方達の方。何の用かしら?」
「この紅い霧、貴方達が出してるんでしょ? さっさと止めてくれるかしら? はっきり言って迷惑なんだけど?」
咲夜の問いかけに、霊夢が用件を簡潔に話す。
すると、咲夜は首を横に振った。
「それはお嬢様に言って欲しいわね。私が出しているわけじゃないし」
「それじゃさっさと会わせなさいよ。直談判するから」
「ここに殴りこんできて暴れるような人を、お嬢様に会わせるわけないでしょ?」
霊夢の物言いを、咲夜ははっきりと拒絶した。
その横で、少し考え事をしていた銀月が口を開く。
「……一つ訊くけど、何でこの紅い霧を辺りに広げているのかな?」
「お嬢様は吸血鬼。日光が届かなくなればどこに行くにも不自由はしないわ」
咲夜の言葉を聞くと、銀月は再び俯いて考え込む。
そして、ため息と共に首を横に振った。
「……成程ね。これじゃ、とてもじゃないけど代案は出せそうにないね……」
銀月はそう言うと、霊夢に向き直った。
その手にはいつの間にか札が握られていて、臨戦態勢に入っているようであった。
「霊夢、俺が彼女を足止めするから、先に言ってここのご主人様を探してくれる? そのほうが早いと思うんだけど」
「……そうね。それじゃあ、先に行くわ」
銀月の提案を聞いて、霊夢は先に行こうとする。
「させないわ」
すると、突然目の前に咲夜が現れた。
全くの予備動作もなく現れた咲夜に、霊夢は息を呑んだ。
「っ!? いつの間に!?」
「私は時間を止めてでも貴方達を足止めすることが出来る。そう簡単にお嬢様に会えると思わないことね」
「へえ……それは手強そうだ」
咲夜が霊夢に警告した瞬間、頭上から涼やかな少年の声が降ってくる。
「っ!?」
咲夜は危険を感じて咄嗟にしゃがみこむ。
すると、その首があった場所を銀月の手刀が通り過ぎていった。
もし銀月が声をかけなければ、その手は咲夜の首筋に刺さり、意識を刈り取っていたことであろう。
「ありがと、銀月。それじゃ、任せたわよ」
霊夢はそんな銀月のフォローに笑顔で礼を言うと、再び先へと進んでいく。
「くっ、行かせないっ!?」
「……あんまり俺を甘く見ないでくれるかな? 霊夢と二対一なら、君が霊夢に気を取られている間に気絶させるぐらい簡単だ。さっきだって、やろうと思えば君を倒せた」
後を追おうとする咲夜の首に札を突きつけ、銀月は動きをけん制する。
その視線にいつもの暖かさは無く、冷たく鋭い光を放っていた。
咲夜は霊夢を追うことを諦め、目の前の障害に眼を向けることにした。
「……なら、何で貴方は彼女を先に行かせたのかしら?」
「ああ、それは俺が君に用があるからさ」
「そう。で、何の用かしら?」
「単刀直入に訊くよ……槍ヶ岳 将志はどこだ? ここに居るのは分かっているんだ。教えてもらおうか?」
銀月の声色が少し低くなる。
声に威圧感を加え、相手に発言を促そうとする。
そんな銀月に、咲夜は涼しい表情で言葉を返す。
「あら、貴方彼の関係者かしら?」
「……彼は俺の父親でね。昨日から行方不明なんだ。そしてその力はこの館の中から漏れていた。さあ、どこにいる?」
「知っているけど、教えられないわ。お嬢様の命令で話しちゃいけないことになっているのよ。特に、銀の霊峰の関係者にはね」
咲夜は銀月にそう答えを返す。
すると、銀月はしばらく咲夜を睨んでから、首に当てていた札を引っ込めた。
「……そうか。なら、勝手に探させてもらうよ」
「待ちなさい。お嬢様に会わせる訳にも行かないけど、貴方のお父さんを渡すわけにも行かないわ」
立ち去ろうとする銀月に、咲夜はそう声をかける。
それを聞いて、銀月はゆっくりと咲夜のほうを向いた。
「……それ……本気で言ってる?」
俯いた銀月の表情は窺えないが、その声には先程とは違う、寒気が走るような強烈な殺気が含まれていた。
あまりの雰囲気の変化に、咲夜は一瞬飲まれそうになる。
「……ええ、本気よ」
「そうかい……」
銀月はそう言うと、顔を上げた。
その表情は無表情であり、眼には冷たい殺気が湛えられていた。
それを見て、咲夜は思わず身構える。
「……っ」
「……父さんがこんな戯事に自分から関与しているなんてありえない。つまり、君達は父さんを何らかの形で利用しているという訳だ……許されると思うな、貴様ら」
銀月はそう言うと、苛烈な弾幕を展開した。
周囲にばら撒かれる大量の銀の弾丸に、相手をめがけて精確に飛んでいく緑色の弾が混ざって飛んでいく。
咲夜は手馴れた様子でその弾幕を潜り抜けていく。
「相手を殺しそうな眼をしていたと言うのに、仕掛けるのは弾幕ごっこなのね?」
「そりゃ、殺してしまったらそれまでだからね。殺意の無い相手に殺意を向けるほど不公平な話はない。俺が殺意を明確に向けるのは、相手が殺意を持っていたときだけさ……もっとも、家族を手に掛けた奴はその限りじゃないけどね」
怒りを抑えるような声色で銀月は呟く。
そんな銀月の言葉を聞いて、咲夜はホッと一息ついた。
「それは助かるわ。お嬢様から弾幕ごっこで迎撃するように言われてたから」
咲夜はそう言いながら投げナイフで反撃を始める。
そのナイフを避けながら、銀月は鋭い眼つきで相手を睨みつける。
「……けど、ただで済むと思うな」
銀月はそう言うと、懐からスペルカードを取り出した。
白符「名も無き舞台俳優」
銀月の足元に銀色の舞台が出来上がる。
やがてその舞台は崩れていき、大量の弾丸がばら撒かれる。
「流石に銀の霊峰の一員、やるわね。けど、それじゃ私は倒せないわ」
咲夜はその激しい弾丸の雨を丁寧に潜り抜けながら反撃を加えていく。
その表情からは余裕が窺え、被弾しそうな様子は無い。
「……言ってろ!」
銀月はそれを忌々しそうに見つめながら叫ぶ。
どうやら父親を利用されたという事実は相当頭にきているらしく、かなり熱くなっている様子である。
そのせいか、周りが見えていないようでいくつかギリギリのところを通過していったナイフが見受けられる。
「それにしても、なかなか当たらないわね。なら、これはどうかしら?」
咲夜はなかなか落ちない銀月の様子を見て、スペルカードを発動させた。
幻幽「ジャック・ザ・ルドビレ」
咲夜は銀月に向かって霊弾をばら撒いた。
銀月はそれに反応して避けようとする。
すると、突如として目の前に大量のナイフが現れた。
「ナイフが増えた!?」
何の予兆もなしに現れた大量のナイフに、銀月は驚きの声を上げる。
そんな銀月に対して、ナイフの群れは一斉に襲い掛かっていった。
「くっ……」
銀月は反撃の手を止め、そのナイフの中を潜り抜けていく。
その動きは危なっかしく、途中で何本か白い袴を掠めていった。
「あらあら、手も足も出ないのかしら?」
「っ……舐めるなぁ!」
銀月は咲夜の挑発を受けて、二枚目のスペルカードを取り出した。
好役「派手好きな陰陽師」
銀月はスペルを発動させると、咲夜の周りに札をばら撒いた。
札は咲夜を取り囲むように宙に浮かぶ。
「これは……」
咲夜はその札を見て、嫌な予感を覚える。
次の瞬間、札は激しい銀色の光と爆音を発して爆発した。
「……なかなかに危ないスペルね。けど、私の能力の前には通用しないわ」
しかし咲夜は能力を発動させ、爆風が自分に届く前に離脱していた。
そこに、銀月が再び札を投げつける。
「そこだ!」
それは、咲夜が連続で時を止められないということを見越して投げられたものであった。
しかし、咲夜はそれが爆発する前に相手の攻撃が届かないところまで移動していた。
「甘いわ。どういうものか分かってしまえば避けるのは簡単よ。さあ、次は私の番ね」
メイド秘技「殺人ドール」
咲夜がスペルカードを発動させた瞬間、夥しい数のナイフが目の前を埋め尽くした。
「くそっ!」
銀月はそれを見て、苛立たしげにそう呟いて後ろに下がる。
再び攻撃の手を止め、避ける事にひたすら集中する。
その様子は、先程の寒気が走るような物言いからすれば滑稽なものだった。
それを見て、咲夜は嘲笑を浮かべた。
「もう諦めたら? 貴方の腕じゃ私には勝てなさそうよ?」
「そんなこと……やってみないと分からないだろ!」
咲夜の嘲りを聞いて、銀月はそう吠える。
しかし銀月には反撃する余裕は見られず、口先だけの反論となった。
咲夜はその惨めな様子をジッと眺める。
「……それにしても、見た目の割りに粘るわね……」
咲夜は銀月の様子を見てそう呟いた。
銀月の避け方は大変不恰好である。
現に、その白い袴と胴衣にはナイフが何本も掠めていてボロボロになっている。
しかし、それでも決定打になるような一撃を受けていないのだ。
その状況を見て、咲夜は思案する。
「それなら……」
咲夜はそう言うと、スペルカードを取り出した。
傷符「インスクライブレッドソウル」
咲夜は一気に接近し、投げナイフを避けて体勢が崩れた銀月に引導を渡しに行く。
そして、神速の斬撃が大量に銀月に浴びせられた。
「……ふっ」
それを見て、銀月は小さく笑った。
銀月はまるで幻影であったかのように、素早くその斬撃をすり抜けていく。
「なっ!?」
突如として自分が想定していた速度を遥かに上回る動きをした銀月に、咲夜は不意を打たれる。
そして、その後ろでスペルカードの使用が宣言された。
名役「円卓の騎士」
その瞬間、咲夜の周りを取り囲むように十二個の白銀の玉が現れた。
円卓の騎士の名の通り、その玉は気高い輝きを放っている。
円卓の外側には激しい弾幕が繰り広げられており、回避する余地はない。
「言ったはずだ、俺を舐めるなと」
先程までとは打って変わって、銀月は酷く冷静な声で咲夜にそう言い放つ。
その瞬間、咲夜に周囲から十二本の槍が突き立てられた。
「しまっ……」
攻撃を放って動けない咲夜は、その槍を身体に受けて下に落ちていった。
「っと」
銀月はそれを空中で素早く抱きとめ、ゆっくりと地面に降ろして壁にもたれさせた。
するとまだ意識はあったのか、咲夜が銀月を見返した。
「……貴方、あんなに速く動けたのね? 今までのは演技だったのかしら?」
「ああ、そうだ。君に感づかれないようにするのが大変だったけどね。時を止めるなんて反則技、使い手を騙す以外にどう返せって言うのさ? もっとも、こんな非常時でもなければ、正々堂々君に勝負を挑めたんだけどね。今回ばかりはどうしても君に勝たなきゃいけなかったから」
疲れた表情の咲夜の視線に、銀月はばつが悪そうに答える。
本来、銀月は父親同様に真っ向勝負を好むのだ。
しかし、今回は自分の感情よりも将志を助けることのほうが重要と考えたので、どんな方法を使ってでも勝つと言う方針に変えたのだ。
よく見てみると、銀月は服こそ破れてはいるがその下の肌には傷一つなく、その態度も随分と落ち着いたものだ。
そんな銀月を見て、咲夜は大きくため息をついた。
「はあ……すっかり騙された上に、相手はかすり傷どころか息が上がってすらない……完敗ね」
「仮にも銀の霊峰で修行を積んだり、霊夢の相手をしたりしてたからね。君よりも無茶苦茶な弾幕を受けてきたつもりさ」
落ち込む咲夜に、銀月はそう言ってフォローを入れる。
咲夜はそれに対して再び小さくため息をつくと、銀月を見やった。
「それで、これからどうするのかしら?」
「まずは父さんを捜すかな。君のご主人様に話をするのはそれからでも良いや」
咲夜が問いかけると、銀月は少し考える仕草をしてそう答える。
それを聞いて、てっきり霊夢の後を追いかけるものだと思っていた咲夜は意外そうな表情を浮かべた。
「あら、あの巫女を追いかけるんじゃないのね……でも、お嬢様は強いわよ? あの巫女一人で勝てるとでも思ってるのかしら?」
咲夜がそう問いかけると、銀月は笑って肩をすくめた。
「さあ? 勝負は時の運とも言うし、そんなのは知らないよ。でもまあ、賭けるとするなら俺は霊夢に賭けるかな」
「その根拠は?」
「別に。何となく、霊夢が負けるイメージが浮かばないから。それだけさ」
銀月は微笑を浮かべてそう答える。
その表情からは、霊夢が勝つことを本気で信じきっている様子が窺えた。
「それじゃあ、私はお嬢様に賭けさせてもらうわ。貴方がそう言う様に、私もお嬢様が負けるなんて考えられないもの」
そんな銀月に対抗するように、咲夜も負けじと自らのご主人様に賭ける。
それを聞いて、銀月は楽しそうに笑った。
「……そう。それじゃ、俺は失礼するよ。君には悪いけど、父さんを捜さないとね。……今度戦うときは、正々堂々真正面から挑ませてもらうよ」
銀月はそう言うと、咲夜を残してその場から立ち去っていった。
咲夜はその後姿を見送ると、天井を見上げて大きく息を吐いた。
「はあ……ごめんなさい、お嬢様。少し休ませてもらいます……」
咲夜はそう言うと、壁に寄りかかったまま眼を閉じた。
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あっさりと館の中へと潜入した巫女と月。しばらくして、彼らはメイドたちの熱い歓迎を受けることになる。