第67話 黄昏が終わる時…
No Side
――午後11時30分
世界が燃えている。
妖精同士が戦い、巨人が、狼が、蛇が、死者が、あらゆる物を破壊していき、
ブリュンヒルデが解放した悲炎に加えてスルトとムスペル達が撒き散らした炎が世界を焼き尽くしてゆく。
爆発や炎が世界を彩り、炎の夕日色が黄昏時を示しているようであり、まさに『神々の黄昏』と呼べる光景だろう。
オーディン軍もロキ軍も共に死力を尽くして戦っており、
午前0時まで残り30分という短い時間のこともあって総力を挙げての攻撃となっている。
そこでキリトがアスナ達に敗北したという情報が広がり、ロキ軍にやや動揺が奔ったがそれでも止まることはなかった。
最早止まる意味など無い、時間が無い今みながそれを理解しているからだ。
そして、彼もそのまま負けて終わる存在ではない。
「ふぅ、蘇生アイテムをありがとう。お陰で助かったぞ、アルゴ」
「なんだかんだ世話が焼けるよナ、キー坊ハ」
地面に落とされ、HPが0になったことで
彼の戦闘の様子を見守っていたアルゴが蘇生アイテムを使い復活させてくれたのである。
「アスナやユイが居てもまだまだ子供だと言うことだよ、俺も。まぁ、この礼はクーハとのデートのセッティングということで」
「んなっ…べ、別に、そういうのは、いらないヨ…」
「そうか、それなら気が向いたら言ってくれ」
悪戯が成功したような表情を浮かべたキリトにアルゴは乗せられたのだと悟り、溜め息を吐く。
彼女にとっては魅力的な提案だったが、この世界から旅立ったインプの少女の姿が頭を過ぎり、遠慮した。
それを感じたキリトは苦笑し、けれどこれ以上時間を掛ける訳にはいかないと思い、行動に出る。
「時間も少ないから俺はもう行く。アルゴは「オレっちも行くヨ」本気か?」
「当然、乱戦の中だからこそ得られる情報もあるのサ。
他の情報収集はさせてもらったし、最後くらいは手伝わせてくれてもいいんじゃないカ?」
「結構ヤバいから、死ぬ気で付いて来いよ?」
「上等だヨ」
路地裏に潜んでいた2人は翅を展開し、低空飛行を始めた。
空中でロキ軍のプレイヤーと交戦し、倒していたアスナとハクヤ達。
そこへ再び彼の存在を感じ取り、警戒をさらに強めたところでキリトが世界樹に向かっていることに気付く。
アスナ達は一斉に世界樹へと向かい、キリトとアルゴの姿を視界に捉えた。
当然ながらキリトもアルゴもそれに気付く。
「アスナ、ユイ、付いて来い! アルゴ、ここからは頼むぞ!」
「合点ダ!」
キリトは笑みを浮かべたまま世界樹へ向かって行き、アスナと彼女の胸ポケットに隠れているユイは彼の後を追った。
アルゴはアスナの後に続いていたアウトロードの男性陣へ目掛け、
煙幕を発生させる『煙玉』を投げつけ、彼らの行く手を阻んだ。
この煙玉には視界カット効果とジャミング効果があり、下手に動くこともスキルによる索敵も効果が弱まる効果がある。
煙が晴れた時には既にキリトとアスナの姿は見えず、ハクヤ達の前にアルゴが立ち塞がっていた。
「驚いた、煙が晴れたら一気に抜けていくと思ったんだけどナ~」
「いやいや、空気くらいは読むぜ。あの3人じゃないと出来ないことみたいだからな」
確かに、こういう時の彼らはとんでもなく空気を読むことはSAOの時からアルゴは知っている。
それにしても壮観だと、彼女は思う。ALOだけでなくSAOでも最強と言われた5人と、ALOから参戦したクーハ。
この6人が揃うとキリトが居なければ勝てないということを思い知らされる。
だがアルゴとて退くわけにはいかない、武器の爪を装備していつでも戦えるようにする、が…。
「(本当にどうするかナ~、正直なんにも考えてないんだよネ…諦めないけどサ)」
相手が相手、しかも数と質だけにどんな手を考えても無駄にしか思えないからだ。
けれど、キリトに任された以上は期待に応えたいと思ってしまうのは彼の資質の影響だろう。
そのアルゴの意気込みに応じるかのように彼女の横に2人のプレイヤーが歩み寄った。
「恐ろしいまでの面子だな。俺も手ぇ貸すぞ」
「僕も後衛くらいはさせてもらうよ」
アルゴの隣に来たのはスプリガン領主のグランディ、それにウンディーネのクリスハイトだった。
幻影魔法を織り交ぜたトリッキーな戦法ならキリトよりも上であるグランディ、
現実で軍人でもあるクリスハイトは相手との間合いを上手く計りつつ魔法による援護を得意とする。
グランディは言わずもがな、クリスハイトも現実の経験がありかなりの実力だ。
加えて、3人の後ろにも次々とプレイヤーが集まっていく。
「ここで足止めってことだけど、俺役に立つのか…」
「私も心配ですけど、全力を出さないといけませんから」
「実力差は大きく負けていても、戦い方で勝ってみせるでゴザル」
「前衛は任せてくれ、後衛を頼むよ」
自身無さげだがそれでも片手剣を持ち前に立つクルト、『風刃アーネス』を持つセインも心配そうだが意志を露わにし、
逆に歴然とした差を理解しているコウシは『忍者刀・龍刃』をしっかり構え、トーフも『如意棒』を構えて戦友達を守ろうとする。
「サラマンダーの者として、1人のプレイヤーとして、最後の務めを果たす」
「いいねいいね、こういうのはやっぱり熱くなってくるってハナシ!」
『四神刀・青白朱玄』を携えて臨戦態勢を取るシラタキ、『ガリュウ』と『ホウスウ』を両手に持つゼウス。
シラタキが前を向き、ゼウスが背中合わせになりながら戦うべき相手に視線を向ける。
「は、離してくれ、レオ!? 俺は、し、死にたくない~!?」
「はいはい、逃げるなよフカヒレ……逃げたら俺と乙女さんの鉄拳が待っているからな(笑)」
「Nooooo!!」
麻痺ナイフを持ちながらも必死に逃げようとするシャークだが、ダガーを片手で持っているレオに掴まり逃げられない。
トラウマが起きているようだがそれは自業自得である。
「回復や援護魔法はミケやクリスハイト殿に任せるのです!」
「んじゃ、俺は遠慮無く暴れさせてもらうぜ」
『アスクレピオス』を掲げながら胸を張って言うミケ。トキヤは『無明』を手にしたままやる気満々な様子をみせている。
「ガイ、私は大丈夫ですから……貴方も全力を出して」
「キュクル~!」
「解った……ハアアアァァァァァァァァァァッ!」
『逆鱗』を持ちながら愛する男を安心させるように告げたレイナと彼女を守る〈フレイムリドラ〉のファム。
ガイはレイナに応えるかのように己の本質にして、キリトと同等たる“覇王”の覇気を解放し、『天羽々斬剣』を構える。
「お前達とも戦ってみたかったんだ、本気で行かせてもらうからな」
ベリルはギガッシュを振り回した後、肩に担ぐようにしてから笑みを浮かべてそう言った。
「キリトさんの仲間である貴方達の道にも大変興味があります。是非、示してください!」
その場に幾つもの片手剣を出現させ、片手に聖書を持ち戦闘態勢を整えるサイト。
「例えキリトさんの仲間であっても、全力で行かせてもらいます!」
「キリトさんとアスナさんの邪魔はさせませんから!」
「我らキリアス親衛隊、何処までのお二人の為に!」
「「「「「「「「「「キリトさんとアスナさんの為に!」」」」」」」」」」
リョウトウ、コマンダー、サージ、そしてキリアス親衛隊の面々がいつでも動けるように
陣形を整えていた。ロキ軍の精鋭達が再び集った、キリトの願いを守る為に。
だが、それはロキ軍だけの話ではなく、オーディン軍にもおける話だ。
「最後の最後ってことだからな、俺も加減はしないぜ」
「……例えどれほどの数が待ち受けようとも、斬り裂いてみせる」
「いい加減、本気で暴れたいなと思っていたところでした」
「上等っす、全員ぶっ潰すっすよ」
「あぁ、お前ら。加減はしろよ?暴れるのはいいけど」
「多分無理だよ、キリトさんのせいだし」
神霆流の面々は今回の苦労はキリトのせいだということにし、
取り敢えずここまでの敗北による鬱憤を暴れることで解消しようとする。
そんな彼らを補佐するべく、女性陣が傍らに立つ。
「はいはい。いきり立つのはいいけど、少しは落ち着きなさいよ」
「乗せられたらキリトの思惑通りだと思うわ」
「ヴァルくんも落ち着こうよ、ね?」
「ま、ルナくんのサポートは適度がいいかな」
「ふふ、口で言っているだけでみんな限度は弁えていますよ」
「口にしないとやっていられないんだよね、クー君達は」
リズベットとシノン、シリカとリーファが彼らの言葉を真に受けているが、
ティアは彼らの言葉が軽口のようなものであることを悟り、リンクも長年の付き合いで理解している。
「キリの字が厄介事に巻き込まれるのはいつものことじゃねぇか。それに黙って付き合うのが俺達の役目だろ」
「クラインさんの言う通りね。キリト君を支えるのはアスナちゃんとユイちゃんで、あたし達はさらにそれを支える」
「ふっ、年上の役割ってやつだからな」
クラインとカノン、エギルはキリトの大変さを知っているからこそ、ここで戦おうということを忘れないでいる。
「いつも誰かの為に戦っているからな、キリトは。ここで追いかけるのは違うよな?」
「そうだね。私達はキリトとアスナとユイちゃんが動き易いようにしないとね」
「「「ああ」」」
ケイタとサチの言葉にテツとロックとヤマトが頷いて応える。
「キリトさんにはアスナさんと同じく、ユウキのことでお世話になりましたからね」
「俺達もプローブのお世話になったけど」
「うん、だからここでお礼かな」
「ここで戦うことがお礼になるかもしれませんね」
「じゃあ、頑張るとしますか」
スリーピング・ナイツの5人もこの場で戦うことを選び、武器を構える。
他にも8人の種族領主や種族幹部達、レコンやルクス達など豪華な顔ぶれも揃って良く。
「ホントに凄い面子ね、コレは…」
「わ、わわ、わたし場違いな気がしてきました…」
「ウォンッ?」
ライは『ギルティー・レイ』を構えつつ豪華メンバーに呆然とし、
リオはさすがの状況に慌てふためくが相棒のハクは首を傾げるのみである。
「領主様と将軍と共に戦えることが出来るなんて、喜びの限りです」
「これだけ豪勢なら戦い甲斐があるな」
『霊刀ラングレン』を構えるメラフィは元よりサラマンダー領のプレイヤーであるから、トップ2人が居ることに喜んでいる。
また、ロストは『魔斧コンカラー』を持ちながら、先程よりもさらに激しくなるだろう戦いに思いを馳せている。
「クックックッ、フカヒレ見ぃ~つけた」
「今度こそレオと決着をつけたいが、他の奴らとももっと戦いたいな」
トキトはハンマー片手にシャークに狙いを定めながら邪悪な笑みを浮かべ、
タクミはレオに視線を向けつつも周りの強者にも目移りしている。
「これは後衛としての仕事が重要になりそうだな」
「遊撃も重要そうだ」
「カァッ!」
『光剣クラウ・ソラス』を持つガルムは魔法の詠唱を行い、何時でも発動できるように準備する。
ファルケンも『逆鱗・光牙』を用意して味方の近距離援護を行おうとし、
テイムモンスターである〈ヤタガラス〉のヤタも応じる。
「これほどの戦いはもう無いだろうから、全力で楽しませてもらうぜ」
ディーンは『壊剣アロンダイト』と『血剣フルンディング』を携えて笑みを浮かべている。
そして、央都アルンにてALO最精鋭であるプレイヤー同士達が、再びぶつかり合った。
世界樹へと向かい飛行しているキリトは後ろからアスナが追いかけて来ていることを確認しつつ、
彼女が遅れないようにするためにペースを速め過ぎず、しかし時間が無い為に遅くせずに飛び続ける。
『(下に降りるぞ)』
『(うん)』
《同調》を使いキリトがアスナに向けて下に降りるように指示を出し、疑問も持たずに彼女は応じる。
「ママ、下方から攻撃が!」
「え…」
アスナへ向けて下から飛来する無数の矢と魔法、かなりの攻撃にさすがのアスナも判断が遅れる。
「(防御は駄目、防ぎきれない。回避も駄目、避け切れない…! ユイちゃんだけでも…!)」
防御か回避かを考えるがどちらも不可能と判断し、その選択の衝突でさらに判断が遅れる。
眼を瞑ってユイの居る胸ポケットを守るようにそこを手で包み、攻撃に備える。
けれど、アスナの前に一陣の風が吹き荒れ、眼を開けば漆黒が舞い踊っていた。
「キリトくん」
「戦場で目を瞑るなんてらしくないじゃないか。ともあれ、いまの弾幕であれば仕方が無いかな」
自分を助けてくれたのが愛しい人であったこと、彼が浮かべている笑みがいつもの優しいものであること、
彼を彩る雰囲気が本来のものであることを悟り、アスナは《同調》としてではなく、
心から彼がいつもの存在に戻ったことを実感した。
そして、そのキリトがいま再び怒りを放っていることにも気付く。
戦いという場だからこそキリトはいまのアスナへの奇襲そのものに対してはなにも思ってはいない。
だが、彼女に攻撃を仕掛けた者達には凄まじい怒りを覚えていた。
怒りを携えたままキリトは地上に降り、アスナへ攻撃を仕掛けた者達に立ち塞がる。
「その顔ぶれと特徴、見たことがあるぞ。お前ら、性質の悪いPK専門ギルドだろ?
初心者や少人数を狙ってアイテムの強奪を繰り返しているな」
「な、なんで、【漆黒の覇王】がこんなところに居るんだよっ!?」
「し、知るかよ、くそ…!」
そう、15人ほどの彼らはロキ軍に所属する性質の悪いプレイヤーであり、飛行中のロキ軍のプレイヤーがキリトであると知らず、
それを追い駆けていたオーディン軍のプレイヤーがこれまたアスナだと知らずに攻撃を行い、
倒してアイテムを奪おうと考えていたのだがとんだ大誤算となったわけである。
「時間は無いがお前らを放っておくつもりもない、すぐに決めてやる」
『聖剣エクスキャリバー』と『魔剣カラドボルグ』を構え、悪質なプレイヤー達に向ける。
「泣き叫べ劣等、
キリトが怖気の奔るような笑みを浮かべ、彼らは体を震わせる。
キリトのロキ軍での目的の1つ、悪質なプレイヤーへの粛清が行われる。
直後、彼らの悲鳴が響き渡ったが、アルンで起こる爆発や大声が響くことで掻き消された。
なお、グランド・クエスト終了後に震えている彼らが保護されたとかなんとか…。
「すまない、アスナ。待たせたな」
「う、ううん。ある意味でいつものキリトくんに戻って良かったよ…」
「パパのO・HA・NA・SHIのキレが上がっていましたね」
グランド・クエストの開始からこれまでのキリトはなんだったのかというほどに彼はいつも通りである。
むしろ黄昏が始まる前よりも絶好調と言えるかもしれず、アスナは毒気を抜かれ、ユイもいつも通りにずれた発言をしている。
「アスナ達と戦えてスッキリしたんだよ。それよりも急ごう、本当に時間が無い」
キリトはアスナの手を握り、共に駆け出していく。
辿り着いた先は旧ALOのグランド・クエストが行われていた場所の扉、アスナにとっては嫌な記憶の場所でもある。
かつて、キリトがALOに囚われていた際、自分が暴走してしまった場所なのだから。
そんな彼女の心を知ってか、キリトは握っているアスナの頭を優しく撫で、彼女は嬉しそうに笑顔になる。
「仲が良いのは私としても嬉しいけど、いまは後回しにしてもらってもいいかしら?」
そこで物陰から1人のウンディーネの女性が現れてキリトとアスナに告げた。
驚くアスナに対し、キリトは少し申し訳なさそうにしている。
「すいません、色々とあったもので。それよりも無事でしたか?」
「ええ。隠れていただけだし、準備も整っているわ」
「なら良かったです。アスナ、彼女には俺達の最後の一手を手伝ってもらう。勿論、ユイにもな」
「はいです」
「それは良いんだけど、なにをすれば……それにこの人は…」
キリトが急いでいたのは知っているがこの状況に中々付いていけないアスナ。
ウンディーネの女性は笑みを浮かべ、彼女に声を掛ける。
「あら、アスナさんはキリト君が信じられないの?」
「そんなわけないですよ、り……あれ? 貴女はもしかして…!?」
アスナは何かを言いかけ、いまの問答に親しみを感じた。
ウンディーネの女性もキリトも悪戯が成功したような笑みを浮かべたことで、彼女が何者であるかを悟った。
「さぁ、いまは先を急ごう。為すべきことを為しに」
キリトが先駆けて飛翔し、アスナとウンディーネの女性がそれに続く。
キリトが向かう先は世界樹の幹だがその一部が炎によって焼けており、なんと穴になっている。
その穴を見てからキリトは思案した様子をみせ、
けれどそれも束の間に背中にあるエクスキャリバーとカラドボルグを抜き放ってそれを重ね合わせる。
「ユイはしっかり隠れていろ! 2人は俺の後に続け!」
「「「はい!」」」
キリトが2本の
アスナと女性がそれに続いて炎を抜けて世界樹の幹を突破した。
キリトの傍に着地したことでアスナは床があることに気が付き、それが木製ではなく未来的なものだと分かった。
同時に、見覚えのある通路だと思い、自分の居る場所がどのような場所かを悟り、青褪める。
「キ、キリト、くん……ここ、まさか…」
「アスナ、大丈夫だ。俺はここに居るから」
「キリト君。この場所はもしかして…」
「ええ。俺がかつて捕まっていた場所、その一角ですよ」
過去のことを鮮明に思い出したのか動揺するアスナをキリトは落ち着かせようと優しく抱き締めた。
ウンディーネの女性はキリトの事情を知っているが、改めてその場所なのだと理解すると気が重くなった。
そう、この場所はかつてキリトが須郷伸之によって囚われた場所の一部であり、奴が実験エリアとしていた場所でもある。
アスナにとってはトラウマに近いものであり、ウンディーネの女性にとっても無関係に非ず、
キリトとしても2人をこのような場所には連れて来たくはなかったが、この場所こそが目的地でもあるので複雑である。
キリトは2人を守るようにしながら共に先へと進んでいく。そして、遂に目的地へと辿り着いた。
その場所に気が付いた時からアスナは
《同調》していることで安定している。
「『実験体格納室』、もう二度と来ることはないと思っていたがもう一度来ることになるとはな…」
苦笑したキリトはシステムコンソールに近づき、それを起動させる。
なぜ新ALOにこの旧ALOの黒歴史である場所が未だに存在しているのか。
それはこの場所が『カーディナル・システム』の中心地でもあり、ALOそのものを司っている場所だからでもある。
茅場晶彦や須郷伸之などといったVR技術に深く関わっている者達ならばまだしも、
ある程度の技術ではこの場所を取り除くことは出来なかった。精々が封鎖することが限界だったのだ。
「キリトくん、どうしてこの場所が…」
「新ALOに伴い、確かにこの場所は封鎖された…だが、あくまでも封鎖されただけだ。
そして、どうしていまになってこの場所に辿りつけたのか、
それは『神々の黄昏』というグランド・クエストがカーディナル・システムが引き起こしいる最終破壊任務だからだ」
アスナの問いにキリトが応え、彼女はやはりと思い至る。
エクスキャリバー入手の際にキリトがオリジナルのカーディナル・システムのことを話し、
その最終任務がアインクラッドの破壊であることを伝えたことで彼女も考えが及んだ。
「だからキリトくんはロキ軍についたんだね。
カーディナル側であるオーディン軍のNPCを壊滅させて、対抗するロキ軍のNPCで相討ちし、戦場を掌握して攪乱させ、
ここに向かえるようにするために」
「その通りだよ、アスナ。これこそ俺がロキ軍についた真の目的、ALO崩壊の阻止だ。
枷の嵌め直しと悪質プレイヤーの撃退はついでに過ぎない」
《同調》によってキリトの考えが伝わるも、敢えて言葉にする2人。
言葉にする大切さも良く理解しているからだろう。
『ALO崩壊の阻止』、『枷の嵌め直し』、『悪質プレイヤーの取り締まり』、
キリトの全ての目的が解りアスナはようやく心から納得した。
「ここからは貴女の出番です、ユイは彼女のサポートを。
これが
「解ったわ」「了解です」
キリトから手渡されたメモを受け取り、女性とユイはコンソールを操作してプログラミングを行っていく。
「キリトくん、わたしはどうすればいいの?」
「アスナには俺と一緒にアレを倒してもらう」
「アレって……な、なんなの…!?」
アスナが驚きを露わにしたのはその視線の先には突如として空間が歪み、
そこから黒い甲冑を身に纏った騎士のようなモンスターが出現した。
名を〈
しかし格段に大きく鎧も重厚で剣と盾を持つ。
キリトもアスナもそのモンスターの姿を見てある存在を思い出した。
「キリトくん、このモンスターもしかして…」
「ああ、ヒースクリフを模倣しているな。それにHPゲージもなく、本当に街のガーディアンのようにやられない。
だが、所詮はシステム的に無敵になっているだけ、あの
「つまり、わたし達で彼女とユイちゃんの作業が終わるまでの時間稼ぎをすればいいのね」
「そういうことだ」
エクスキャリバーとカラドボルグを構えるキリト、クロッシングライトを構えるアスナ。
「さて、行こうぜお姫様!」
「ええ、わたしの勇者様!」
最強たる2人のプレイヤーが騎士に向けて駆け抜けた。
キリトが振るうエクスキャリバーとカラドボルグがボスの剣と盾を抑え、アスナのクロッシングライトがボス本体を穿つ。
キリトが防御を担当し、アスナが攻撃を行うことで敵の体勢を崩す。
敵も剣と盾で攻撃などを行うが《同調》していることで完全に息の合っている2人へ攻撃を当てることが、
ましてや自身が攻撃を回避することが出来ないでいる。
例え無敵であろうとも、システム的な動きしか出来ないボスには思考で意志疎通する者、
そして人の心や作戦を理解することも出来ない。
また、キリトとアスナの動きは単一の連携ではなく、流れに身を任せた自由自在な動き、
キリトが防御だと思えばアスナが防御を行い、キリトは攻撃へと転じて無数の連撃を行う。
さらに再びキリトが防御へ転じ、アスナが連続突きを放って体勢を崩していく。
加えて、キリトとアスナが背中合わせとなり、交互に体を回転させて凄まじい回転連撃を行っていく。
言葉を交わさず、心が繋がっているからこそできる連携にボスは翻弄され尽くしている。
けれど、当然ダメージは与えられないのでボスの動きを妨害することが主となってしまう。
ボスも攻撃を行ってくるので剣で防ぎ、捌き、いなしていくが、
時折行われる激しい攻撃に、2人は共に回避行動を取って遮蔽物を利用していく。
「はっ、倒すことのできる相手じゃないのに負ける気がしない!」
「わたしもだよ、キリトくん! キミと一緒だとなんでもできる気がする!」
気負いすることなく、2人は笑みすら浮かべて楽しそうに戦い続ける。
止めず、止まらず、退かず、行かせず、敵であるボスと戦い抜く。
後ろに守りたい存在と為すべき仲間が居るから。
その時、ウンディーネの女性から声が上がった。
「キリト君、アスナさん! ロックを解除したわ、いまならソイツを倒せる!」
「やってください! パパ、ママ!」
「「ハァァァァァッ!」」
キリトとアスナは同時に接敵し、一気に剣を振るう。
エクスキャリバー、カラドボルグ、クロッシングライト、3本の剣がボスの鎧を切り裂き、次々に亀裂を与えていく。
防ぐ間も無くボスは徐々に砕けていき、止めとばかりに2人がOSSを放つ。
「《スーパー・ノヴァ》」
「《マザーズ・ロザリオ》」
二刀流のOSSで32連撃の《スーパー・ノヴァ》と細剣のOSSで11連撃の《マザーズ・ロザリオ》が放たれた。
斬撃の嵐がボスの体を隅々まで刻み、最後にキリトが頭を斬り、アスナが心臓部に突きを放つ。
瞬間、ボスにして破壊不可能のはずであった騎士が完全に砕け散った。
「所詮はシステム的なガーディアン、破壊不能を破壊すればどうということはない」
「ま、さすがはあの人だよね。わたし達じゃ無理だったかも」
「それは同感だ」
キリトは剣を背中の鞘に、アスナは腰の鞘に収めた。そして、再び女性から声が上がる。
「これで、終わりよ!」
コンソールにあるエンターキーを押し、一斉に画面が動き出して流れていく。
次の瞬間、世界中に光が溢れ出した。
――午後11時59分
ALO中をブリュンヒルデの悲炎とスルトの劫火、ムスペル達の炎が焼き尽くし、タイムリミットの午前0時を迎えようとしている。
全ての建物が崩壊し、世界は燃え上がり、地獄絵図としか言えない光景に全てのプレイヤーが呆然とし、戦いの手を止める。
そして、時刻が午前0時を迎えた瞬間、炎がいままでとは比にならないほどに燃え上がる。
しかし、ほんの僅かに遅れる形で光が溢れ出し、世界を包み込んだ。
光が触れれば炎が消え、建物が修復していき、草木が生え代わり、荒れていた海と風は穏やかになり、
消滅した月が現れ、時間帯で出ていない太陽も復活した。
それだけではなく、修復された建物やエリアにはボス達の姿が現れていく。
アルヴヘイム、アースガルズ、ヨツンヘイム、ニブルヘイム、ムスペルヘイム、ヘルヘイム、アインクラッド、海原、
各地が再生しつつ在るべき場所に彼らは戻った。だが、その顔にAIであった時の表情は無い。
『グランド・クエストが終了いたしました。みなさま、大変お疲れさまでした。お楽しみいただけたでしょうか?
侵攻側、防衛側、共にグランド・クエストがクリアされましたので、後日配布される報酬を順を追ってお受け取りください』
あまりの光景と突然の出来事、メッセージにより狐に包まれたような表情を浮かべたプレイヤー達だったが、
グランド・クエストが無事に終了してみなが歓喜に包まれた。
『アルヴヘイム・オンライン』の全てが、元の姿に戻ったのだ。
No Side Out
To be continued……
あとがき
今回も大分遅れての投稿になってしまい申し訳ないです、すみません。
内容的にも急ぎ足で少しばかり変になっているかもしれませんが、出来ればスルーでお願いします。いやマジで。
元々時間制限制で深夜の12時までということでしたのでグランド・クエスト終了そのものにはなんの間違いもありません。
ですが、みなさん当然ながらどうしてこうなったの?と思っていると愚考します。
まぁキリトが言っている通り、この黄昏はカーディナルがリセットする為に起こした演出です。
それに関しての詳しいことは次回の最終回で明らかにします。
ウンディーネの女性の正体に関しても気になっていると思いますがそれも次回でします、
概ねの予想は出来ていると思いますがコメ欄には書き込まないでくださいねw
次回の最終回は三話構成?っぽい内容になっています。
『キリトとアイツの説明回』『キリトのお礼回』『キリアスイチャイチャ回』の3本でお送りいたします。
それでは最終回も見てくださいね、じゃ~んけん、ぽん………キリアス最高!
エイプリルフールだけど嘘じゃないですよ、本当に次回で終わりですからね?
だってエイプリルフールで嘘を吐いていいのは4月1日の深夜0時から正午12時までですからw
改めまして最終回で~・・・
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第67話です。
今回でグランド・クエストが終了いたします。
どうぞ・・・。