真恋姫無双 幻夢伝 第八章 6話 『軍師の影』
2日目の戦いを終えた魏軍と汝南軍の軍議、そこに集まった彼らの表情は暗い。決して負けてはいない。しかしながら、疲れ切った彼女たちは、敗者の顔になっていた。
華琳は、出来る限りの強がりを見せる。
「敵もなかなかね。ひさびさに歯ごたえある相手だわ」
その言葉に反応する者はいない。風は勿論のこと、誰もが疲れ果て、瞼が重くなっていた。
それでも明日も戦わなければならない。霞が、隣に座っていた春蘭に声をかけた。
「なあ、春蘭」
「………」
「春蘭?」
「………」
「おーい?」
「………………はっ。ね、ねてないぞ!寝ていないからな!」
「いや、なにも言うてへんけど」
彼女たちの掛け合いに、アキラと華琳が笑った。それにつられて皆も笑い声を上げ、やっと議場が明るくなった。
当事者の春蘭は、顔を真っ赤にして、隣でケラケラ笑う霞に憤然と聞き返した。
「それで、なんのようだ?!」
「あー、ごめんごめん。おもろかったから、つい。えーと、本題に戻るけど、江陵にいた5万の魏軍がおったやろ。あれと疲れた兵士を交代できるんちゃうかなって」
「それは…」
「それは駄目だ」
春蘭のもう1つ隣にいた秋蘭が代わりに答えた。彼女は理由を説明する。
「あの部隊は呉軍への備えだ。無傷で残しておきたい」
「そんなこと言うたって、まずは目の前の蜀軍を倒さないといけないやろ?もうここにいる兵士で、傷ついていないやつはおらんで」
「それでも、あれは動かせない」
「でもなあ?!」
立ち上がりかけた霞を、アキラが抑える。
「霞、その辺にしておけ。こちらが魏軍の陣容に口出すのは不粋だぞ」
「アキラ、そんなこと言っている場合ちゃう!うちらはもう限界や!」
「それでも!最悪の場合は考えておくべきだ。分かってくれ。相手も疲れている。終わりは近いさ」
霞は唇を噛んで腰を下ろす。確かにアキラの言う通りだったが、霞の訴えも共感できる。彼女たちは再び黙り込んだ。
しばらくした後、華琳がおもむろに立ち上がった。そして宣言する。
「明日、全ての決着をつけるわ。いざとなったら、私も親衛隊を率いて戦いに参加する。いいわね、季衣、流琉」
「は、はい!」
「分かりました!」
「華琳さま!?」
華琳は立ち上がりかけた桂花を手で制した。彼女の目は、鋭く、光っている。
「全員!私のために死になさい!首だけになろうと、蜀軍に噛みつきなさい!私も後に続くわ!」
彼女の悲愴なる覚悟に賛同して、アキラもガタリと立ち上がった。
「華琳たちに遅れるな!俺が先頭に立つ!俺についてこい!」
「「「オオッー!」」」
彼らの瞳に、ふたたび、炎が灯った。
蜀軍の軍議も暗く沈んでいた。いくら催促しても呉軍が来ない。彼らは明日を見通せずにいた。
「もう一度、山道から攻めてはどうかな?」
と、一刀が提案したが、翠が首を振る。
「ご主人様、実はな、あのあと調べたら、敵に道を塞がれていたんだ」
「なんだって?!」
「他に道は無かったです。迂回も出来ません」
蒲公英が目を伏せて言い加えた。これで、平野で戦うしかなくなった。翠や蒲公英、紫苑の部隊が加わっても、兵力は劣っている。正面切って戦うことは苦しい。
この状況に、鈴々がまた泣き出してしまった。
「ご、ごめんなのだ…鈴々のせいなのだ…」
「鈴々、泣くんじゃない。明日取り返せばいい」
と、星に言われても、鈴々は泣き止まない。愛紗の小言を懐かしく思い出してしまう。
このままでは負ける。皆がそう感じてしまう空気の中、桃香が必死に活路をさがした。
「蜀からの増援を呼べないの?朱里ちゃん?」
「それは無理だと思います。これ以上となると、治安部隊も動かさないといけなくなります。そうだよね、雛里ちゃん?」
「美以ちゃんたちも…傷の具合がおもわしくありません……明日も戦えません」
一刀は、桃香たちの会話を聞いていた。すると急に、勢いよく立ち上がった。
「そうだ!」
「ど、どうしたのですか?」
「荊州南部だよ、桃香!蜀から呼べないのなら、そこから兵士を呼べばいい!」
朱里と雛里の顔がパッと明るくなる。でも、すぐに眉間に皺を寄せて考え出した。
「荊州南部の住民は疑い深くて有名です。彼らを説得しないと…」
「俺に行かせてくれないか」
全員の視線が一刀に向く。一刀はみんなに言った。
「俺は戦場では役に立たない。俺もみんなを助けたいんだ!頼む!」
彼は頭を下げて頼んだ。それでも、桃香は反対だった。
「危険です!いつ裏切られるか、分からないのに!」
「お兄ちゃん!鈴々が一緒に行くのだ!」
「ダメだ!鈴々たちが一人でも欠けたら勝てなくなる。俺一人で説得に行かせてくれ」
「で、でも……」
「桃香」
一刀は桃香を抱きしめた。そして耳元でゆっくりとささやく。
「危険なのはわかっている。それでも、俺は愛紗を救いたいんだ」
「………」
「桃香はここで皆を見守ってくれ。俺が仲間を連れてくる」
一刀は背中にまわしていた手を彼女の肩に置いて、彼女の目をじっと見た。
「桃香、俺を待っていてくれないか」
「……分かりました」
一刀は周りを見渡した。そして彼女たちに伝える。
「桃香を頼む!すぐに戻ってくる!」
彼女たちは強く頷く。彼女たちの瞳にも炎が灯った。
両軍が明日への決意を固めた頃、呉軍はまだ江陵付近で沈黙を保っていた。つぶし合っている彼らを眺め、今日も何もしないまま日が暮れようとしている。
ところが蓮華は、この自分たちの姿勢を好んではいなかった。この晩の軍議では、彼女は叱責に近い質問を、穏にしていた。
「穏!一体いつまでここにいるつもり?!」
ここまで言われても、穏は顔色一つ変えない。平然と答えた。
「もうそろそろですかねぇ。両方ともあと少しで音を上げて、私たちに頼ってくると思います。そこで掲示された条件を比べてみて…」
「比べるですって?そんな卑怯なことを、私にしろって言うの?!冗談じゃない!」
「蓮華さま。漁夫の利を取ることは間違っていないと思います。穏さまの作戦は正しいかと」
「そんなことを言っても、姉様だったら、こんなことしていない!」
擁護した明命に、悲鳴のような蓮華の声が飛ぶ。彼女は彼女で、感情と理性の板挟みになっていた。
(アキラを助けたい!でも、彼は姉様を暗殺したと疑われ、赤壁では冥琳を討った。味方は許してくれない……ああ!私の立場がもどかしい!)
怒鳴り続ける蓮華に、思春が諫言した。思春は、蓮華の気持ちが痛いほど分かっている。
「蓮華様、落ち着いて下さい。呉のためです!」
「そんなことは言わなくても分かっている!それなら私は戦いたい!姉様のように先頭にたって戦いたい!」
「蓮華様と策殿は違う。分かられよ」
「違わない!私も誇り高き呉の君主!姉様の夢を引き継いで、天下に覇を唱えないといけないのよ!」
「うむ……」
「蓮華さま!」
荒れていた軍議の場に、明命が、血相を変えて駆け込んできた。
「小蓮様がいらっしゃいました!」
「なんですって?!」
会議場から蓮華たちが駆け出てくる。明命に案内された先に、夕日に体半分を照らされた小蓮がいた。片膝を地面につけて俯いている。
蓮華は姉として、彼女を叱ろうとした。
「シャオ!あなた、いったいどこに……?」
彼女は違和感を持った。あの活発な小蓮が静かなのだ。まだ、顔を上げずに、じっと蓮華に頭を下げている。
蓮華は腰をかがめて、小蓮の顔を覗こうとした。
「シャオ?どうしたの?」
「……蓮華姉様、みんな!」
小蓮が顔を上げる。その顔は凛々しく、大人びていた。
彼女は懐から手紙を取り出すと、蓮華に捧げた。そして告げる。
「冥琳の遺言を、持ってきました」
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夷陵の戦い第二戦後の軍議。この戦いに終わりが来るのか?