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真恋姫無双幻夢伝 第六章10話『赤き長江 下』

赤壁の戦い、ラストです!
とんでもない展開をみせました。

2015-02-25 18:15:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1757   閲覧ユーザー数:1656

   真恋姫無双 幻夢伝 第六章 10話 『赤き長江 下』

 

 

 黒い空の下、遠くの対岸が薄く光っている。燃えているのであろうか。しかし次の軍を渡河させるために、放火はしない予定のはずである。呉の陣に侵攻した華琳やアキラたちに異変が起こったことは間違いない。

 だが、留守を預かる春蘭や詠たちは助けに行くことは出来なかった。彼らも危機に陥っていたのだ。

 

「落ち着け!冷静に対処しろ!」

「くそっ!奴らめ、一体どこから?!」

 

 春蘭の怒鳴り声が響き、華雄は悪態をつく。彼らは対岸に渡ってきた呉軍に陸から奇襲を受けていた。

 昼間の海戦の勝利で沸き立っていた自分たちの油断していた所をつかれた。兵士たちが右往左往している間に呉軍が雪崩こみ、物資の山に火がつけられていく。

 

「華雄!」

「詠か!」

「見たところ、敵は万を超える人数よ。この状態では対処しきれない。陣を捨てて後方に下がるのよ!」

「承知した!」

「ほら、あんたも!」

「わ、分かった!」

 

 詠に尻を叩かれた華雄と春蘭は、敗残兵をまとめるために散らばって行った。残った詠は対岸の明かりを眺めて、一言漏らした。

 

「アキラ、そっちは頼んだわよ」

 

 

 

 

 

 

 詠が見つめていた対岸では、呉軍による掃討が始まっていた。すでに船の多くを焼き尽くされた魏軍は抵抗する力が無く、多くの兵士が溺死や焼死した。それでも辛うじて抵抗を続ける者を、中型船で火の海の合間を抜けて行く呉軍が討ち果たしたり捕虜にしたりするのだった。

 一刀たちも呉軍に協力して、船の残骸を避けながら川面を進んでいる。彼の隣には星と朱里、そして雛里の姿があった。

 熱風が体にまとわりつき、額から滝のように汗が流れる。

 

「主よ、朱里たちと一緒に船内にいた方が良いと思いますが」

「いや、まだ見ていたいんだ。ここにいるよ」

 

 星の提案を断り、彼は甲板の上でじっと辺りを眺める。悲鳴と絶叫が時折聞こえてくるこの赤々とした光景は、自分たちの所業によるものだ。心に刻んでおかなければならない、と彼は固く決意していた。

 神妙な面持ちで周囲を見つめる彼は、あの晩に貂蝉が言ったことを反芻していた。貂蝉に伝えられたのは、先日の奇襲作戦のことと、それが見抜かれていたことだけではなかった。

 

『龐統ちゃんは味方よ。安心して♡』

 

 一刀は右隣にいる雛里を見る。あの奇襲失敗の後、雛里は新参者ゆえに情報を漏えいした容疑をかけられて、牢に閉じ込められようとしていた。その彼女を彼は保護して、そして必死に弁護した。

 

『まったく、主はお人好しですなあ』

 

と、星には呆れられもしたが、呉の武将からの追及を一緒にかわしてくれた。幸いにも冥琳と朱里と雛里が善後策としてこの作戦を立案・決行したことで、騒ぎはすぐに収まった。日が暮れて風向きが変わることも計算した作戦である。雛里がこの日に誘い込んだことで、黄蓋もすぐに行動することが出来た。一刀はまた感嘆することになった。

 そもそも冥琳は彼女が味方であることを気が付いているのだから、もっと早く擁護してくれてもいいのに、と少し腹も立ったが、この行動で雛里が信頼してくれるようになったのは意図せぬ報酬であった。

 このような結果となった今、一刀は深く考えずに質問してみる。

 

「なあ、雛里。曹操からはかなりの恩賞が約束されていたんだろ?なんで、こっちに付いたんだ?」

 

 突然こう聞かれたことに、雛里は「あわわ」と慌てるも、やがて小さな声で答え始めた。

 

「確かに、私は朱里ちゃんに勝ちたいという気持ちから魏軍に出仕したと、曹操さんには言いました。その気持ちは間違いないです」

「雛里ちゃん……」

「………」

「でも、それ以上に朱里ちゃんは私の親友です!敵になるのは嫌です!勝負は、もっと平和なやり方でやります」

 

 雛里が素直な気持ちを吐露すると、朱里は「雛里ちゃん!」と言って彼女に抱きついた。一刀も彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 

「そっか。少しでも疑ったことがあって、ごめんな」

「あわわわ!」

「主よ。甲板におられるなら、ちゃんと探してもらわないと」

 

 星に小言を言われて、彼は「そうだった」と改めて周囲に目を凝らす。

 雛里は彼の隣に立つと、パチパチと音を立てて燃える周囲の光景に視線を向けながらこう言った。

 

「曹操さんを見つけ出して、終わりにしましょう」

「ああ」

 

 彼らの最終目標である華琳の姿を求めて、船は進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 一方でこちらも華琳の姿を探し続けていた。空に満月が浮かび、周囲は炎に包まれている。炬火の必要性は皆無であった。

 

「周瑜様!ここまで深入りされますと危険です!他の船に任せてお下がりください!」

「馬鹿者!汝南軍と李靖を逃した今、曹操の首を取らねば完全に勝利したことにはならない!良いからだまって探すのだ!」

 

 彼女とその部下は目を皿にして、隈なく探し続ける。いくら汗が目に入っても、風に運ばれてきた灰が降りかかっても、彼女たちは川面から視線を逸らさない。

 

(どこだ!?どこにいる!?)

 

 暑さか、それとも焦りか、彼女はぐっしょりと手のひらを濡らしていた。

 ここまで必死に探し続ける彼女の目標のものは、意外なところから現れた。本当に意外なところから、突然に。

 

「敵襲!!」

「なに?!」

 

 甲板の後方から聞こえてきた声に、彼女たちは急いで移動する。そこで目にしたのは、彼女たちが追い求めていた華琳とその部下の姿だった。十数人の彼らと、すでに戦闘が始まっている。

 冥琳は全身から殺気を発する一方で、頭の片隅では冷静に考えていた。

 

(なぜやつらはこの船に乗り込んできた?)

 

 その答えに気が付いた時、彼女は部下に対して怒鳴るようにして命令した。

 

「すぐにこの船を燃やせ!」

「はっ?」

「早く!!」

 

 たじろぐ彼に任せられないと、冥琳は船内に向かおうとする。その彼女の行く手を、大きな影が遮った。

 

「よう、久しぶりだな」

「アキラ!」

 

 驚くと同時に、剣の柄に手をかける。だが、一呼吸して心を落ち着かせると、冥琳は挨拶を返す。

 

「アキラ、久方ぶりだ。敵の大将が何の用だ」

「気が付いているだろ。船を貰いに来たのさ。こっちの船は鎖が絡みついているし大きすぎて、全然身動きが取れない。どうだ、譲ってくれないか?」

「冗談はよせ。まるで飛んで火にいる夏の虫のようだ。曹操共々討ち取ってくれる」

「黙って逃がしてはくれない、か……そりゃそうだ」

 

 彼は華琳たちの方を振り返ると、灰で所々黒ずみ汗が光る顔に余裕の笑みを浮かべて、こう言った。彼女たちも周りの炎で顔が赤くなり、汗が零れている。

 

「華琳、船内を占領してくれ」

「ええ、甲板は任せたわよ」

「ああ。秋蘭、華琳を守ってくれ」

「了解した」

 

 そして華琳の後ろで小さくなっている桂花を見つけると、彼はニヤリと口角を上げて言った。

 

「桂花、華琳を頼んだぞ」

「い、言われなくでも、分かっているわよ!あんたもしっかりやりなさいよ!」

 

 彼女たちが船内に姿を消すと、彼は改めて冥琳の方を見た。

 

「さてと、こっちもやるか」

「ああ」

 

 冥琳が剣を抜き、中段に構える。アキラも愛刀にしている南海覇王を下段に構えた。

 睨み合う両者の間に、一本の矢がダンッと音を立てて突き刺さった。それを合図に、2人は攻撃を仕掛ける。

 

「ハアァ!」

「オラッ!」

 

 両者の一撃がかち合い、火花が散る。力比べになると負けると考えた冥琳がすぐに離れた。

 その隙を見逃さず、アキラは追撃を加える。一撃、また一撃と、彼の重い攻撃が続く。剣で受け流すことがやっとの彼女は一歩ずつ後退していく。

 

「どうした!冥琳!」

「………」

 

 船のヘリまで追い詰められた彼女は、突然彼の攻撃を下に伏せて躱した。そして服に忍ばせていた小刀を彼に投げた。

 

「ちっ!」

 

 素早く反応してそれを叩き落とす。しかし次の冥琳の攻撃を防ぎきることは出来なかった。横に薙いだ彼女の攻撃に、剣を持っていない左腕が深く斬られてしまう。

 飛び退いた彼は、破けてだらんと垂れ下がった袖をちぎり捨てた。骨までは達していないものの、その傷からは大量の血が流れ出している。もう両手で剣は持てない。

 

「私を、なめるなよ」

「………」

 

 再び対峙した彼らは、各所で矢が飛び交い、怒号と共に剣が交わる中で、自分の神経を研ぎ澄ます。

 そして同時に、彼らは相手に向かって駆け出した。アキラと冥琳の剣が合わさる。

 

「かっ!」

 

 片腕しか使っていないはずの彼の攻撃を受けた反動から、冥琳はうめき声を出して飛ばされ、帆柱に体を強く打ちつけた。アキラはすぐに詰め寄り、柱を背にした彼女に向けて高々と剣を振り上げる。

 

「冥琳!!」

 

 高すぎる彼の上段の構え。隙だらけだ。彼女がその片腕に持つ剣を動かせば、容易く腹を裂けるはず。

 しかし彼女は目を大きく見開いたまま、動くことが出来なかった。

 その構え、そして満月の中に浮かんで輝く南海覇王の姿、冥琳は自然と親友の姿を思い出していた。

 

「し、雪蓮……!」

 

 次の瞬間、南海覇王による一閃が肩口から彼女を切り裂いた。声も発さず、彼女はその傷口から大量の血を噴き出す。そしてゆっくりずるずると崩れ落ち、柱に背をあずけて座り込んだ。

 

「はぁはぁはぁ」

「………」

 

 荒く呼吸するアキラは剣に付いた血を自分の服で拭って、それを鞘に納めた。そして彼女の剣を蹴飛ばすと、しゃがみ込んで彼女の顔に近づいた。

 細い息遣い。流れ続ける血。もう助からないことは明白だった。

 

「何か言い残すことはあるか」

 

 彼の言葉に反応して、冥琳が薄く瞼を開ける。そして息絶え絶えに言葉を発した。

 

「何も…ない……もう…伝えて、ある」

「そうか」

 

 頷いた彼に対して、逆に冥琳の方から聞いてきた。

 

「…雪蓮に……伝える…ことは…」

「……すぐに行くから、冥界で待ってろ。そう伝えてくれ」

 

 それと、と彼は、目を閉じかけている彼女に言った。

 

「敵ながら見事だった。負けたよ」

 

 冥琳は瞼を閉じて微笑んだ、かと思った次の瞬間には、首をガクリと落として二度と動くことはなかった。立ち上がった彼は、最後に言い残す。

 

「あばよ、冥琳」

 

 

 

 

 

 

 捕えた呉の将兵を小舟に乗せて、冥琳の死骸を任せた。去っていく彼らの姿を見つめていたアキラの元に、秋蘭が近づく。

 

「アキラ、言われた通り船員を脅しつけて従わせた。問題なく対岸まで行けるだろう」

「………」

「アキラ?」

「ああ。引き続き監視を頼む」

 

 もう彼らの姿は見えない。アキラは同じように呉の陣があった方向を凝視する華琳の傍にやってきた。

 彼女はずっと見ていた。自分の艦隊が炎に包まれ、そしてその残骸が波に飲み込まれる姿を、彼女は静かに見ている。その目に感情の色は無い。

 アキラは、汝南を守りきれなかった昔の自分の姿と、その姿が重なった。

 

「華琳!」

 

 彼は強く彼女の肩を抱く。華琳は抵抗することも何か言うこともなく、彼に抱かれながらまだ炎の海を見つめている。

 彼は絞り出すように言葉を吐き出す。

 

「生きるしかない!生きろ!お前のために死んでいったやつらのために、俺たちはやらなきゃならない。もう二度と、失敗しないためにも。もう二度と、間違わないためにも!」

「………」

 

 船は進む。ちっぽけなその影は、月光に照らされた長江に浮かび、北を目指す。風は南風。全てを赤く染め上げていた炎も、今では下火になっていた。波の音と風の音だけが、なにも無かったように聞こえてくる。

 乱世はまだ続く。天下はいつ静けさを取り戻すのであろうか。

 

 

 

 

 

 


 
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