~トールズ士官学院 1年Ⅶ組・教室~
「うーん、そろそろ本格的に暑くなってきそうな雰囲気ね。そして夏と言えばビールの季節!明日は自由行動日だし、帝都にあるビアガーデンでもハシゴしに行っちゃおうかしら♪」
「………(またか)」
「何というか、ブレませんね……。」
何というか、ありのままに正直な欲望を言い放つサラ教官の話を聞いたリィン達全員は、冷や汗をかいて呆れていた。ここまでくるとツッコミする方が負けのような気がしてくるのは、気のせいではないと願いたい。
「まあ、別に構いませんが……」
「そもそも、教官のような人間に付き合ってくれそうな“酔狂な人間”と一緒に行けるアテでもあるのか?」
その話を聞いて、皆の気持ちを代弁するかのようにリィンがジト目で呟き、ユーシスが容赦ない一言を浴びせた。まぁ、黙っていれば“美人”の部類に入るのだが、生活態度が悪いこの人に付き合う人間の気持ちが知れない……その気持ちは理解できなくもない。だが、現実はもっと残酷なのをユーシスは知らないのであるのだが。
「むぐっ、(人の本当の事情を知らないのをいいことに)言ってくれるわね。ま、それはともかく次の水曜日は実技テストよ。もう慣れてきたと思うけど一応、備えておきなさい。」
「はい、わかりました。」
「ということは来週末に“特別実習”があるわけね。」
「ふう……前回からそんなに経っていない気がするんだが。」
そう零したマキアスの気持ちは、まぁ解る。何だかんだで危うく戦闘状態を回避できたA班。その一方、B班はというと………
「「………」」
黙り込んでいるラウラとフィー……まぁ、この二人の関係だ。厳密に言えば、フィーが元猟兵であるということを知ったラウラが避けているような状態だ。それに気づいたフィーもラウラと距離を置くようになってしまった。要は、互いの意地の張り合いに近いかもしれない。先月の実習に関してはA評価なのだが、それはルドガーとセリカのフォローあってこその結果であったのは言うまでもない。
「でも、そっか……そうなると今年は帝都の夏至祭に行けないなぁ。」
「“夏至祭”というと……」
「6月に帝国各地で開かれる季節のお祭りみたいなものかな。」
「七耀教会というより、精霊信仰の伝統がベースになっているらしいわね。」
エリオットの呟きを聞いて疑問に思ったルドガーに、リィンとアリサが説明した。夏至祭―――帝国に昔から残っている精霊信仰の行事がいつしか帝国各地で祝う祭りとなったらしい。各都市や街では各々その祭の目玉が異なり、今となっては年に一回行われる“恒例行事”のようなもの。リベールで言えば“女王生誕祭”、クロスベルで言う“創立記念祭”に近いものと言えるだろう。そのベースに違いはあるのだが、行事というか祭りという点では同じだと思う。
「故郷のノルドでも似たような祭はあったな。だが、どうして帝都の夏至祭は6月ではなく7月なんだ?」
「そうそう、あたしも前から不思議に思ってたのよね。それで、どうしてなの?」
「おい、サラ教官……」
「ふう……貴方は一応、教官でしょう?」
ガイウスの疑問を聞き、それを生徒に尋ねるサラ教官を見てラグナ教官は呆れ、マキアスがそれを知っているのが教官なのではないか、と指摘した。それを聞きつつ、エマがその答えを述べた。
「たしか“獅子戦役”が由来だと聞いているが……」
「ええ、ドライケルス大帝が内戦を終結させたのがちょうど7月だったらしく……そのお祝いと合わせて一月遅れで夏至祭が開かれたのがきっかけだと言われていますね。」
「へ~、なるほどねぇ。そういえばトマス教官がそんなことを言ってたっけ……話が長くなりそうだから途中で失礼しちゃったけど。」
「まあ、気持ちはわからなくはないですけど……」
「あの先生、歴史談義になるとすっごく話が長くなるもんねぇ。」
「けっこうウザい。」
トマス教官……本名トマス・ライサンダー教官。この学院では文学・帝国史担当の教官。以前はジェニス王立学園で同分野の教員をしていた経験を買われ、この学院に転任してきた経歴を持つ。その特徴は重度なまでの歴史オタクであり、語りだすと軽く2~3時間は喋り続ける。なので、この人に対してはその話はタブーであった。とりわけ、その光景を一番見たことがあるのは……アスベルであった。
『いいですか?七耀教会の成り立ちは……』
『………もう、かれこれ7時間ぐらい経ってないかい?』
『そもそも、何で“彼”の学識の教育係に指名したのだろうね……いや、それを楽しんでやっているとか思えないな。“あの人”は。』
『……で、どこにいくつもりだ?』
『離して!ちょっと姉上とOHANASHIしてくるんだから!!』
『おいばかやめろ』
その被害を一番被っていたのは、同僚の中でも新参者であった人物だった。まぁ、彼に関しては勉学の方がからっきしだったこともあり、それを重く見た上司が彼を教育係に抜擢したことだ。その光景を見て、ちゃんと勉強しておいてよかったと心の底から思ったことは、今でも忘れない。
「夏至祭で思い出したが……確か、今年の夏至祭はリベール王国のVIP達が招待されているらしいな。」
「ま、大方関係修復の為だろうな。“二ヶ月続けて”緊張を与えたわけだし、それぐらいの配慮はするだろ。」
4月のエレボニア皇族関係者の拉致未遂、5月の領邦軍国境線接近……加えて先月のノルド高原での一件。それに対して神経質になっているリベール王国との関係を改善するのは急務と見ても何ら不思議ではない。その辺りの交渉事をしたのは、彼等との繋がりを持つであろう“あの皇子”の存在が大きいと思われる。
「VIPというと……シュトレオン王子が参加なされるのでしょうか?」
「彼も参加するが……正直、“豪華メンバー”と言ってもおかしくない面々だからな。」
「豪華メンバー、ですか?」
エマの疑問に答えるようにスコール教官が述べ、その言葉にリーゼロッテが首を傾げた。
「次期女王でもあるクローディア王太女、この学院の常任理事でもあるシュトレオン王子、親衛隊大隊長でもあるユリア・シュバルツ准佐……そして、レグラム自治州の代表を務めるヴィクター・S・アルゼイド侯爵にアリシア・A・アルゼイド侯爵夫人も参加されるそうだ。」
「え……」
「“アルゼイド”って……」
「ラウラさんの御両親、ということですか。」
スコール教官の口から放たれた言葉に面々は驚きを隠せない。その中でも一番驚いたのは、他でもないラウラ自身であった。何せ、そんな話など聞いた覚えがないことだ。
「そ、その話は初耳です!兄上!!」
「はは、俺も昨日送られてきた手紙で知ったのさ。こればかりは俺を責められても困るんだが?」
「う……承知しました。」
何せ、人を驚かせるのが好きなあの人たちの事をよく知るスコールにしてみれば慣れたものだが、ラウラにはそういった行動の論理がよく解らないのは無理もない話だ。何せ、ラウラ自身もある意味『同類』のようなものだからだ。
「“百日事変”では最前線で戦った経験のある王族二人と親衛隊大隊長、元帝国では最強クラスの“光の剣匠”……軽くイジメだろうな。その陣容。」
「いや、それをアスベルが言うのはどうかしてると思うぞ?」
その三人と一緒に戦った経験があるリィンに言わせれば、他人事のように言ったアスベルも同類どころかそれ以上の存在だとツッコミを入れるように言った。相手の武器を破壊できるというのは、かなりの技量を持っていなければ出来ない所業なだけに、それが出来ること自体“人間を辞めた”ようなものだ。
「はいはい、私語はそれぐらいにして。とにかく、暑くなりそうだし、夏バテには注意しておきなさい。ま、寮の『優秀な管理人さん』が美味しい料理を作ってくれるから、心配いらないかもしれないけど~。」
(……やっぱりシャロンさんと何かあるみたいだな……?)
(うーん、そうみたいね。シャロンに聞いても『何でもありませんわ』とかはぐらかされるけど……)
(まぁ……気持ちは解るけれどなぁ。)
(だな。)
サラ教官の含みのある言葉を聞いたリィンに視線を向けられたアリサは頷いた。その実を知る側としては、サラ教官とシャロンの因縁というか、直接対峙したことはないかもしれないが……その辺りはサラ教官とスコール教官、シャロンしか知らないことでもあるのだが。
「それじゃあ、HR終了。マキアス、挨拶して。」
「わかりました。起立―――礼。」
マキアスの言葉でHRが終わった後、真っ先に教室を黙って出ていったのはフィーであった。その様子を見たエマはフィーの様子が心配になり……それに同行を申し出たのは、何とルドガーであった。
「あ、フィーちゃん……えっと、私ちょっと追いかけてみますね。」
「……それなら、俺も付き合うわ。」
「ルドガーさん?……ええ、お願いします。」
何かとフィーと波長の合うルドガーならば……その言葉を聞き、エマはルドガーの申し出を受けることとなった。教室を出ていく二人を見届けた後、ラウラの方を見るアリサ、ステラ、リーゼロッテ、そしてセリカの四人。
「……ふう、ラウラもちょっとは折れなさいよ。貴女の方が年上なんだし。」
「それに、人それぞれに様々な事情がある事はわかっているでしょう?」
「うん……それはその、わかってはいるのだが……」
「相変わらず、ですね………ラウラはあの子自身を見ようとしないのですか?“フィー・クラウゼル”という人間を。」
「このままだとフィーちゃんが可哀想だと思う。それは、ラウラだって思ってることでしょう?」
「………」
四人の言うことは至極正論だろう。だが、ラウラにはどうしても割り切れない部分があるようだ。今まで真っ当に生きてきた性分というべきか……程度の違いがあるとはいえ、表も裏も知っている側の四人の女子は、フィーのその気持ちもある程度理解していた。それを知らないが故に、ラウラ自身はどう向き合ったらいいのか解らないのだろう。
「……さて、俺は先に失礼するよ。部長に呼ばれてるからな。」
「ああ、解った。」
そう断って教室を後にしたアスベル。フィーの方はルドガーの方がフォローに入ったので、問題は無い。ラウラの方は先月の時点でフォローはしている……あとは本人たちの問題だろう。下手に介入しても余計にこじれさすだけなので、アスベルはそのまま調理部の部室に向かった。そして、部長のニコラスは入ってきたアスベルを見て、近寄ってきた。
「あ、アスベル君。丁度良かった。君に頼みたい仕事があってね。」
「仕事、ですか?調理器具を取りに行けとか、そういう類のですか?」
「違うよ。恐らくは、君に頼めば捗りそうな仕事だよ。」
そう言ってニコラスが手渡したのは、一枚の書類。アスベルがそれに目を通すと……そこに書かれていたのは、コンクールのお知らせであった。概要はこうだ。今年の夏至祭からの目玉の一つとして、一般公募されたスイーツを審査し……最優秀賞には皇帝から勲章を賜るという類のもの。しかも、帝都の高級な喫茶店でそのメニューを取り扱うというおまけつきだ。これに対するアスベルの回答はというと、
「断ったらだめですか?」
「できたら苦労はしないんだけれど……どうやら、皇族の方からの依頼のようでね。」
「はい?………」
その言葉を聞いたニコラスは苦笑し、書類にもう一度目を通すと……そこには、見慣れている一人の皇族の名があった。この国では皇族の命は絶対……それを見越した上でアスベルに依頼を出した“あの人物”……しかも、留学の依頼を出した張本人だ。
「……はぁ、解りました。レシピ提出と完成図の写真だけでいいんですよね?」
「助かるよ。流石、手際がいいね。」
別に好きでそうなったわけではない。周りに気苦労が増えると、こちらだって頭が痛い話なのだ……ともあれ、必要な書類をニコラスに渡すと、アスベルは久々に料理に取り掛かる。特別実習のおかげか、いろいろレパートリーも増えたので……先日手に入った果物類で、フルーツパイを作った。いたって普通のだ。それを試食したニコラスと、後で来たマルガリータの感想はというと、
『ん~……これは、闘争心に火がつくわね~。』
『そうだね。君は女の子を泣かせたいのかな?』
納得いかないです。ちなみに、その後でとある女子にもそれを食してもらったのだが……その感想は
『―――泣いてもいいですか?』
『泣かれても困るんだけれど!?』
世の中の普通の定義というのは……在って無いようなものであった。
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第66話 埋まらない溝