「げほっ!がふっ!」
一人荒野を歩く少年が居た、顔色を見ても、あまり良い状態とはいえないだろう。
(うぅ、何が起きたんだ、俺は病院から帰って玄関の扉を開いただけだったんだが・・・。)
(気がついたら一人広い荒野の真っ只中、悪夢なら、早く覚めてくれ・・・!)
踏みしめる一歩一歩がとてもつらい、しかし倒れたら二度と起き上がれない錯覚がした。
「せめて、日陰があればいいんだけど・・・。」
軟弱な自分の体を恨む、生まれつき身体が弱く、今日薬を貰い帰ったところだった。
だが、少年の前を黄色い布を基準とした3人組が阻む。
「よう、兄ちゃん、随分と顔色が悪そうだな、俺達が荷物を持ってやろうか?」
「・・・っ!?」
(彼奴等が持ってるのは、刃物!?どうみたって作り物じゃ、ない。)
(なにが起きてるんだ、此処は一体、どこなんだ!?)
困惑する少年、思わず後ずさるがあざ笑うように体が跳ねる。
(う、がぁ、こんな時にぃ・・・!)
身体が締め付けられるような痛み、生まれつきの発作だった、医者が言うには死ぬ危険はないが慢性的な痛みが出るらしい。
「はは、こりゃ俺達が殺さなくてもくたばっちまいそうだが、恨むなよぉ?」
下卑た笑みを浮かべてこちらに歩いてくる賊、片手に持った剣を振りかざして。
(い、いやだ、死にたく、ない・・・。)
目に涙を浮かべて目をつぶる、絶望に身を侵されながら。
だが、その衝撃が来る前に、一人の声が聞こえた。
「その人から、離れるのだぁぁぁ!!」
どう考えても賊のような男が発する声ではない、明らかに怒りが篭った、こちらが震えるような殺意が詰まった声だった。
「ひぃ!?ぎぁ・・・!?」
少しの悲鳴とともに、後は何も聞こえなくなった、恐る恐る目を開けると、驚きの光景が広がっていた。
「・・・えぇ!?」
先ほどまで立っていた男たちが三人とも倒れ伏していた、その中央に、馬に跨がったとても小柄な少女が一人。
「この人に手を出すのは、この燕人張飛が許さないのだ!」
その身以上はある武器を掲げて吠える一人の少女。
(燕人、ちょう、ひ?三国志の、猛将とそっくりの名前だけど・・・。)
少年はあまり運動する機会がなかったので本を好んでよく読んでいた、その中にはたまたま三国志の本もあった。
一刀が思考にふけっていると張飛と名乗った少女がこちらを向いた。
「えっと・・・大丈夫?」
「あ、は、はい!危ない所を・・・ぅぐっ!」
「!?・・・どうしたのだ、具合が悪いのか!?」
「だ、だいじょう、ぶ・・・。」
薬を取り出して、飲み込む、水がないのが不安だが四の五の言ってられない。
「ちょ、ちょっと待ってるのだ!」
少女は近くの森に走って行くと少し後に器に水を持ってきた。
「湧水だから、多分大丈夫たと思うのだ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
張飛から渡された器の水を少しずつ飲む、透き通るような冷たい温度が体中に染みこんでいった。
いくらか落ち着いた少年は身なりを整えて張飛に向き直った。
「危ない所を本当に助かりました、俺は、北郷一刀・・・聖フランチェスカ学園の生徒です。」
一刀の名を聞くと、張飛は少し考えた後、一刀には聞こえない声で呟いた。
「北郷・・・やっぱり。」
「え、どうしました?」
「にゃ!?にゃはは、なんでもないのだ、我が名は張飛翼徳、後、堅苦しい話し方はいらないのだ、よろしく一刀。」
(名前も全く同じ、賊をあっさり片付けた手並から見て、偽物とは思えない、なんなんだここは?)
少し慌て、笑ってごまかしたが、意を決して張飛は一刀に問いかけた。
「お・・・一刀、一つ聞きたいんだけど、此処どこだかわかる?」
「(お?)えっと、あ、はは、日本じゃないってのは解るかな、故郷にはこんな荒野なかったし・・・。」
半ば諦めたように一刀は肩を落とした。
「落ち着いて聞いて欲しいのだ、ここは、多分一刀のいるところとは違うのだ、日本って地名は聞いたことがないし・・・。」
「そうか・・・俺に、何が起きてるんだろ・・・?」
「とりあえず、張飛が知ってる町に案内するのだ、辛いだろうから一刀はこれに乗るといいのだ。」
張飛が一頭の馬を引いてくる、どうやら森の近くを歩いていたらこちらの騒ぎに気が付き、助けに来たらしい。
「え、でも、それは悪い気が・・・。」
「気にしなくていいのだ、ほら早く乗るのだ!」
「わ、わわ!?」
小さい体に見合わない力で抱き上げられると馬に乗せられ張飛が手綱を引いてゆっくりと歩き出した。
「あ、ありがとう、張飛・・・。」
「気にしなくていいのだ。」
快活な笑顔で笑う張飛、だが、笑顔であるはずのその顔にはわずかに影がさしていた。
(愛紗、ごめんなさいなのだ・・・。)
???:
張飛翼徳、その名を知らぬものは居ない剛勇の士、しかし彼女は、『以前』絶望の中に居た。
泰山に進軍し、兵が倒れ、仲間が倒れ、それでも諦めずに白装束の集団を倒し、これから訪れる太平に思いを馳せていた時のこと。
『お兄ちゃん・・・?』
『ごめんな鈴々、俺のせいで、気を失ってるけど、愛紗が・・・皆が・・・悲しんじゃうな。』
突如、彼女が仕えていた、そして恋をした男がこの世から去ろうとしていた、死とは全く違う形で。
『い、嫌なのだ!お兄ちゃん・・・鈴々は・・・!』
『俺だって残りたかった、でも俺はもう、役目が終わったみたいだ。』
『そんなこと、ないのだ・・・お兄ちゃん、行かないで・・・!』
張飛はその瞳から涙を流し、手を伸ばすも、その手は男の体をすり抜けた。
『ごめんな、鈴々、俺は絶対に忘れないよ、此処で暮らした皆との大切な思い出を・・・大好きだ、鈴々。』
最後に瞳に涙を浮かべ、笑顔を残して消えた、最初から其処に居なかったかのように、彼は、『北郷一刀』は消えた。
『ーーーっ!!』
声にもならない、断末魔のような泣き声、それを誰も聞いていない、聞きたくとも、皆の意識がないのだから。
どれだけ泣いたか、顔を上げれば一枚の鏡、聞いたことがあった、彼が来たのは、あの白装束の一人が持っていた、あの鏡・・・。
『・・・。』
考えたわけではなかった、ただ縋りたかった、絶望の中の最後の光を信じて。
外史とは、思いが形になり紡がれる、鏡に触った時に、彼女の思いに鏡は応えた。
それが今迄の彼女、張飛の経緯、最初は何が起きたかわからなかった、それでもすぐに分かった、自分は過去にいると、だが・・・。
「劉備、玄徳・・・。」
思わず呟いた人物の名前、張飛が知らない劉備玄徳、温厚で理想を目指す一人の女性だった。
「愛紗、ほんとにあの人についていくのか?」
「ああ、桃香様なら我が武を捧げるにふさわしい方だ、鈴々はどうする?」
「鈴々は、ちょっと行きたい場所があるのだ、だから一緒には行けないのだ、ごめん愛紗。」
「いや、無理をしてくる必要はないからな、それに、これが今生の別れでもあるまい。」
以前は義姉妹として乱世を駆けた掛け替えの無い人と別れを告げて、一人旅に出た、始まりの地に。
そして件の占い師に告げられた、天の御遣いが降臨すると・・・しかしある一言で張飛はかけ出した。
「おお、なんということだ!御遣い様の光が弱まっている、誰かが救わねば、この地に絶望が振りかかる!」
その後はよく覚えていなかった、馬を走らせ、森を抜けようとした先に見えた、賊の一人が『彼』に斬りかかろうとしているのを。
目の前が真っ白になったが、どんどんと真っ赤に染まり、渾身の一撃で賊を襲った。
それが今を生きる張飛の経緯だった。
その後、張飛と一刀はある程度会話を交わした、この時代の事、真名の事、これからの事・・・。
「そっか、じゃあ一刀はあまり身体が強くないのか。」
「うん、死ぬほどではないけど、少し、あー・・・体の一部の調子が悪いみたいでね、医者から痛み止めに貰った薬を飲んでるんだ。」
「じゃあ、気をつけたほうがいいのだ、此処は結構賊が出るから、でも、もし一刀がその気なら、張飛についてくるか?」
「え・・・?」
「実は今一人で旅をしていて寂しいのだ、身体が弱いのはわかるけど、もしかしたら良い医者がいるかもしれないのだ。」
張飛の提案に一刀は考える、今はいいがいずれ薬も切れるだろう、切れたとしても死ぬことはないが一人心当たりがある。
(もし此処が後漢末期の時代なら、あの華佗もいるかもしれない、まあ、現代医療にかなわないだろうけど、元々治ると思ってないし、
それに少しこの時代に興味もある、俺も、希望を持ってみようかな・・・。)
「じゃあ、こんな俺だけどよろしく頼めるかな、張飛。」
「えへへ、こっちこそよろしくなのだ、一刀。」
「じゃあ一刀とはこれから一緒に旅をする仲間、これからは鈴々って呼んで欲しいのだ!」
「な、それって君の真名だろう、いいのかい?」
「一刀にならいい、これからよろしくなのだ!」
鈴々の笑顔にどきりとしたが赤くなった顔を隠して馬から降りると手を伸ばした。
「ああ、よろしくな鈴々。」
「えへへ♪一刀ー!」
「うわった、いきなり抱き着くなよ、びっくりした・・・。」
「もしかして、嫌だった・・・?」
「え、いやいや!そんなこと無いって!」
「あはははは!」
こうして、北郷一刀と鈴々は二人旅に出た、充てはなくとも二人の顔には笑顔が浮かんでいた。
桃の花咲く桃園の地、そこに二人の女性が向かい合っていた。
「えへへ、なんだか緊張するね、愛紗ちゃん。」
「そうですね、桃香様、ここから貴女の戦いが始まります、この私も全力を尽くします。」
「じゃあ始めようか!」
二人は天に武器を構え、義姉妹の誓いを天に誓った、後の人はこれを桃園の誓いと呼ぶ、だがそこには一人の猛将が欠けていた。
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TINAMIに初投稿、拙い文ですが批評があればぜひお願いします。
無印から真に一部武将が様々な動機で行き動いていくイメージです。
でも一刀さんが弱い・・・。