136、道雪の思い出
滝口道雪は古宮慧快を崇拝にも近い尊敬心を持って思慕していた。
当然その最後の弟子で唯一の生き残りの大和龍之介に師の慧快の面影を見出し特に親しく
なっていた。
大和龍之介の慎重で用心深い所など特に晩年の慧快に似ていたので道雪は感慨深かった。
滝口道雪が滝口時次郎と名乗って凄腕のベテラン未公認エクスタミネーターとして活躍
していた時、古宮慧快と言う青年密教僧が現れデミバンパイアを倒す事が出来るという
のを噂に聞き、とても本当だとは信じられなかった。
やがて、竜造寺銀と組んでデミバンパイアを実際に狩って実績を上げているのを耳にして、
自分も一緒に仕事がしてみたいとうずうずしていたのだった。
時次郎は比良坂黄泉音の元を訪れ何とか慧快との繋ぎを頼んでみようとした。
「黄泉音様、最近売出し中のデミバンパイアを倒すという密教僧の古宮慧快殿と一緒に
仕事がしたいのですが何とかつてはありませんか、私はデミバンパイアに大事な相棒
だった藤枝半兵衛を殺されて以来、歯噛みをするほど悔しくてたまらないのです。」
「時次郎さん、気持ちはよく分かるけど半兵衛さんの敵討ちをするつもりで古宮慧快と
組むのは止めといたほうがいいと思うよ。」
「今、慧快さんと組んでいる竜造寺銀ちゃんなんかは狒々を退治することに専念して
デミバンパイアは慧快さんに全部任せて邪魔にならない様に一時退避している位なの
だから、時次郎さんは律儀だからそこまで割り切って慧快さんと仕事を分業できない
でしょう、絶対デミバンパイアに立ち向って行って大怪我、下手すると命を落としかね
ないからねぇ。」
「黄泉音様、私はこの目で実際にデミバンパイアが屠られるところが見られれば充分
満足して慧快殿の邪魔にはならね様に致します。」
「わかったわ、時次郎さん。」
「そこまで言うなら銀ちゃんに頼んで今度の仕事の依頼が来たら時次郎さんに代って
貰うようにしてもらうことにしましょう。」
「でも、約束して絶対に時次郎さんはデミバンパイアに手を出さないこと、銀ちゃん
よりもベテランだからってデミバンパイアに敵わないことは同じだからむしろ狒々を
手早く始末して慧快さんの手助けに専念してちょうだい。」
時次郎は慧快を初見でただ者でないことを悟り自然に遥かに年下の青年密教僧に丁寧
な挨拶をして仕事の段取りを決めるため話し合った。
慧快の方もこのベテラン未公認エクスタミネーターに敬意を払い丁寧な言葉で
いつもの銀の時の様に甘えるような調子は影を潜めかなり緊張していた。
「時次郎さん、今度の仕事は苧臼山に巣食うデミバンパイアとその配下の狒々を全て
抹殺する仕事なのですが、銀姉さんが姉貴分の黄泉音様と言う方から、この仕事は以前
時次郎さんが手がけられていて地理に明るいと伺いましてお手伝いをお願い致します。」
時次郎は耳を疑った、以前相棒の藤枝半兵衛をデミバンパイアに嬲り殺しにされ、自分も
命からがら逃げかえって来た、手強い相手だったのであった。
「慧快さん、デミバンパイアを本当に全て任せて、私は狒々を皆殺しにするだけで
退避して邪魔しない様にすれば良いのですね。」
「あそこのデミバンパイアは4体程います、慧快さん一人で充分だと。」
「昼間に不意打ちを掛ければ相手のデミバンパイアも比較的動きが鈍いですから何とか
時次郎さんに迷惑を掛けずに退治できますよ。」
慧快の人懐っこい明るい笑顔に時次郎はかえって底知れぬ不気味な印象を受けた。
苧臼山に夜明け前に着くと慧快は大きな岩の上で胡坐をかき日が昇るのを待っていた。
時次郎は大刀を抜き襲撃に備えていた、慧快が日輪の力を其の身に纏い立ち上がると
同時に自分も慧快の前に立ちふさがる狒々どもを討ち漏らすことなく皆殺しにするの
であった。
やがて夜が明け太陽が昇り始め、慧快の周りに日輪の力のオーラが集まって燃える様に
赤く染まると慧快は立ち上がり雄たけびを上げ日輪の十字架を高く掲げて走り出した。
時次郎は慧快に寄り添うように先方を走り、デミパンパイアどもの塒を襲撃した。
わらわらと洞窟の中から飛び出してきた狒々どもを時次郎は薙ぎ払い首を刎ね、撃ち
漏らすことなく殲滅した。
先払いが終わると慧快は洞窟の中に獲物を求めて飛び込んでいった。
時次郎は慧快の身を案じて、こっそり後について行った。
慧快は寝ぼけ眼で起き上がって来たデミバンパイアを日輪の十字架で串刺しにした。
デミバンパイアは悲鳴を上げる間もなく痙攣していた、日輪の十字架の大日如来の
梵字が眩しく閃き、やがてデミバンパイアは爪の先から塵になって崩れていった。
慧快は直ぐに臨戦態勢に戻り、2体纏めてデミバンパイアを日輪の十字架で串刺し
にした。
日輪の十字架の大日如来の梵字がさっきよりさらに眩しく閃き、デミバンパイアを爪
の先から塵に変えていった。
最後に残ったデミバンパイアは他のデミバンパイアより高位と見えて慧快が天敵であると
見做して慧快に対して臨戦態勢を取り一撃で仕留められぬよう、場合に由っては
上手く逃げ遂せようとしていた。
慧快は刺し違える覚悟で多少の怪我では済まないにしろ、
ここで仕留めるつもりで対峙していた。
時次郎はそのデミバンパイアに見覚えがあった、他ならぬ藤枝半兵衛を嬲り殺しにした
憎きデミバンパイアで半兵衛が命と引き換えに付けた刀傷が左目にあった。
慧快、黄泉音との約束を破っても一矢報いてやりたい相手であった。
自分が犠牲になっても慧快が無傷で生還できればいいとさえ思い覚悟を決め
不意打ちを仕掛けた。
時次郎はデミバンパイアの右目に大刀を全身全霊を込めて突き入れた。
突然の不意打ちにデミバンパイアは右目を大刀で突かれ、
混乱しながらも大刀を爪でたたき折った。
その隙を見逃す慧快ではなかった、日輪の十字架でデミバンパイアの心臓を串刺しにして
止めを刺した。
大日如来の梵字が眩しく閃き、刀傷のデミバンパイアは爪の先から塵に変わっていった。
「時次郎さん、助太刀ありがとうございます。」
「おかげで初めて無傷でデミバンパイアを殲滅できましたよ。」
人懐っこい笑顔を浮かべて慧快は時次郎に礼をいった。
「慧快さん、ではいつもは無傷ってわけにはいかないのですか。」
「いつも、銀姉さんにまたこんなに大きな怪我をしてって叱られていますよ。」
「狒々を15体狩るより、私の怪我の手当の方が大変な手間だそうで。」
時次郎は慧快がいつも命懸けで大怪我を負いながら戦っていることを初めて知り、
一歩間違えば自分が足手まといになりかねなかったことを思うと私怨で行動したことを
慧快に詫びた。
「慧快さん約束を破って本当に申し訳ない、あのデミバンパイアは自分の命と引き換えに
しても慧快さんに倒して貰いたかったのです。」
「実は以前この仕事を仕損なって相棒の藤枝半兵衛を失っていて、
その仇がどうしても取りたかったのです。」
「時次郎さん、あなたが命を失うようなことがあってはいけない、
亡くなった半兵衛さんも悲しまれると思いますよ。」
「デミバンパイアは今この国で最も厄介な相手で生贄になった犠牲者のことを考えると
少しでも多くのデミバンパイアを葬ってやらないといけないのです。」
慧快はデミバンパイアの生贄になった娘たちの骸を荼毘に付して弔った。
時次郎は慧快の僧侶としての一面を見てその敬虔さに打たれ、遥かに年下の青年密教僧
に対してさらに深く尊敬した。
「慧快さん、また一緒に仕事をして頂けませんか、
竜造寺銀さんほど怪我の手当ては上手ではないですが。」
「こちらこそ喜んでよろしくお願いします、時次郎さん。」
慧快は人懐っこい笑顔を浮かべて時次郎の手を握った。
137、キジコのないしょ
キジコは猫又がとても羨ましかった。
美猫の様に雅に甘えて見たかったのだった。
だからといってキジコは雅に甘えていないわけではなかった。
ただ、子猫としてのいや猫としての限界があった。
猫又ならば人間の言葉を話し、体格も同じぐらいなので愛情表現が無限大の様にキジコ
は思い、美猫に相談してみた。
みゃー、みゃー
「キジコちゃん、いい方法があるよ夢の中なら自由自在に自分の思い通りになるから、
猫又に変化することも可能だよ。」
「あたしの額にキジコちゃんの額をくっ付けて猫又のイメージを送ってみるからそれを
参考に夢の中で猫又に変化してご覧、多分それでなんとなく猫又体験が出来ると思うよ。」
早速キジコは美猫から猫又のイメージを受け取って自分が猫又になった姿を想像してみた。
みゃー、みゃー
キジコは美猫に礼を言って早速実践してみることにした。
就寝時間になって雅は電気を消しソファーベッドに横になり毛布を被った。
枕元にキジコがやって来て雅の額に額をくっ付けるようにして眠ってみた。
雅の目の前に中学生位の少女の猫又がいた。
「君は誰。」
「いやですよ、私が分らないなんてキジコです。」
「えぇっ~。」
「そんなに驚きました。」
「そりゃ驚くよ、キジコちゃんが猫又になって目の前にいたら。」
「いっそのこと人間の方が良かったですか。」
「いや、猫又の方が好きだから全然問題ないけど。」
「雅さんやっぱり美猫さんや銀さんが大好きなんですね。」
「わぁっ、キジコちゃん誤解しないで、猫も大好きなんだから。」
「ほぉ、美猫さんがやっぱり本命ですか。」
「ネコじゃなくて猫、種族としての猫のことが大好きだから。」
「美猫さんは好きじゃないのですか。」
「ネコ、美猫ちゃんのことも大好きだから誤解の無いように。」
「もちろん、キジコちゃんのことも大好きだから。」
「へへっ、嬉しいです。」
猫又のキジコは思い切り雅に抱き着いた。
「キジコちゃん愛情表現が他の猫又同様過激だよ。」
「他の猫又って美猫さんと銀さんぐらいじゃないですか。」
「大体、雅さんは鈍すぎますよ、初めて私にあった時、中々私の愛情表現に気付かない上
マンションの前で何か難しいことを言っていたじゃないですか。」
「いや、あれはうちにいる先住猫との相性が良くないとまずかったから、それを説明
していたんだよ、でもキジコちゃん先住猫のネコ、美猫ちゃんと直ぐに仲良しになって
全く問題にならなかった上、このあたりのボス猫の銀さんにも気に入られて
結果的にはもっと早くキジコちゃんを愛でてあげれば良かったって後悔した位だよ。」
「わぁ~、そうだったんですか、やっぱり私の目に狂いは無かったんだ。」
「雅さんと初めて目が合った時からこの人なら私を幸せにしてくれるって思ったんですよ。」
「そういえば、キジコちゃん、瓦おじさんに随分懐いていたけどそんなに僕のお父さんの
こと気に入ったの。」
「瓦おじさんは初見でかなりの猫好きじゃないかと思ったら大当たりで
物凄く可愛がってくれるから大好きです。」
「撫子さんと一葉さんも凄い猫好きで撫でられるととても気持ちいいから大好きです。」
「雅さんも凄い猫好きですよね、本棚に猫の写真集や内田百閒先生の「ノラや」が有る位ですから。」
「わぁ~キジコちゃん何でも知っているんだなぁ。」
「キジコちゃんに隠し事はできないなぁ。」
「でも、安心して下さい、雅さんが内緒だよって言ったことは絶対誰にも話しませんから。」
「嬉しいなぁ、こうやって直接雅さんと会話できるって、雅さん私の言葉が分らなくても
美猫さんに通訳してもらったり、そこまでしなくても大体私の気持ちをわかってくれるから、
直接会話しなくても意思の疎通はある程度図れるけど。」
「キジコちゃん、でもどうやって猫又になる事が出来たの。」
「ないしょです。」
「そうだ、私の今の姿、猫又の姿を人形にして下さいよ、雅さんの記憶力なら忘れずに
再現できるはずですから。」
「約束ですよ、可愛く作って下さいね。」
いつものようにキジコの猫族の朝の挨拶で目を覚ました雅は
目の前のキジコがウインクしたように見えた。
みゃー、みゃー
雅は記憶を頼りに猫又になったキジコ人形の制作に取り掛かった。
雅の膝の上で満足そうにしているキジコが微笑んでいるようであった。
138、逆髪天子の最期
平坂四方音は逆神妖子の祖父百川、父師輔、母天子のことを思い出すと悔しくて涙が出る
ほどであった、特に逆髪天子の最期は壮絶であった。
妖子の祖母逆髪霊裳が妖子に何も両親祖父のことを伝えなかったことからも、伝えた処で
妖子に災いを呼ぶだけで大谷行基を恐れていたのであろう。
比良坂黄泉音はとても嫌な予感がしていた、占ってみると
未公認エクスタミネーターに何か大きな災いが降りかかる掛が出ていた。
大谷行基がデミバンパイアを狩るのに特化した機関を準備してかなり実績を上げ、もはや
未公認エクスタミネーターが無用になりこれをまとめて処分しようと機会を窺がって居た。
既に古宮慧快は鬼籍に入り、竜造寺銀は連続殺人を起した上行方不明、滝口時次郎は
仏門に入り名を道雪と改め長命山の頂のお堂に籠って居た。
逆髪一族の百川と師輔親子が大谷行基よりデミバンパイアを狩るよう命令を受け、
任務に失敗して壮絶な最期を遂げ、行基より与えられた対デミバンパイア用の
武器が全くの役立たずでデミバンパイアに嬲り殺しにされたのであった。
要するに行基の仕組んだ罠であったのだ。
逆髪天子は父と夫の死は行基の仕業で逆髪の一族を根絶やしにするつもりであることを
見抜き、母の霊裳に娘の妖子を預けて災いが及ぶのを防ぐため山里に籠らせた。
「黄泉音様、私の寿命は後どの位残っていますか占っていただけますか。」
「出来ることなら髑髏検校に一矢報いたいと存じまして。」
「天子さん無茶を言ったらいけないよ、あなたは生き残って行基の奴の目の上の瘤に
なって貰わないと。」
「黄泉音様、私の父と夫はただの樫の棒きれを日輪の十字架だと渡されて
デミバンパイアに立ち向って行って引き裂かれ切り刻まれたのです、
行基に騙されたのです。」
「私のこの命のあるうちにこの怨みを晴らしておかないとあの世で父と夫に合わせる顔が
ありません。」
「未公認エクスタミネーターが行基にとって邪魔者以外ではなくなったのです。」
「多分私の力では万に一つも行基にかすり傷さえ負わせることが出来ません。」
「でも、それでも仇を討ちたいのです、せめて大衆の面前で行基を辱めることが出来れば
それで満足です。」
「真祖バンパイアが魔力を隠蔽して普通の人間のふりをしている時なら
高位ライカンスロープ、デミバンパイア、場合に由ったらメゾバンパイアにも
倒す事が出来るが、用心深い行基が魔力を隠蔽する様なことはありえない。」
「恥をかかせるにしてもあのプライドの高い行基がただで済ませるはずがない。」
「上手に奴の目を晦ます必要がある。」
「どうしたら良いものかのう。」
その時、黄泉音の占いの館に行基の使いと言うものがやって来た。
「上意である、比良坂黄泉音はおるか、大検校様が貴様の占いとやらに御興味を持たれた
直ぐに屋敷に参れとの命令だ、我らと同道せよ。」
「黄泉音様、私が黄泉音様に変化して黄泉音様が私に変化して下さい。」
「私に策があります。」
逆髪天子の壮絶な訴えに黄泉音もその願いを聞かざる負えなかった。
「比良坂黄泉音さんとやら、あんたは高位の変化で齢800歳と言う噂も聞いている。」
「また占いに長けておることで及ぶものはいないと聞いた、そこでこの儂を占ってみて
くれないか、儂も不死族である故この先何があるのか気になっているのだよ。」
「大検校様、大変な凶相が出ています。」
「不死族にありえない横死で生涯を終えるでしょう。」
「うっ、馬鹿なことを。」
「あくまで占いでございます、当るも八卦、当たらずも八卦。」
「占いなどに取り乱されるようなど見苦しいですよ。」
「もういい、さっさと立ち去れ、顔を見るのも不快だ。」
黄泉音たちは行基の屋敷から逃げるように立ち去った。
「黄泉音様、ここでお別れです。」
「もうすぐ恥をかかされた行基は黄泉音様に刺客を差し向けてくるでしょう。」
「私は自在変化して正体のわからないままここで戦い果てましょう。」
「黄泉音様は変化して逃げ延びて下さい。」
「天子、それではお前はここで死ぬ気なのか。」
「お前も私同様自在変化できるのだから一緒に逃げ延びようぞ。」
「それでは、黄泉音様にずっと刺客が付いて回ることになります。」
「私はもう父や夫の元に行く覚悟が出来ています。」
「黄泉音様は生き延びてください、きっと黄泉音様を頼りにするものがいるはずです。」
黄泉音は忘れる事が出来なかった。
自分の身替わりで壮絶に行基の刺客と戦った逆髪天子の最期を。
全身に魔性殺しの矢を受け立ったまま死んでいった天子の姿を。
黄泉音は何れ天子の仇を討とうと姿を変え自らアバルーの収容所に紛れ込んだ。
そして、ひたすら牙を研ぎ復讐の機会を待ち続けた。
アバルーの叛乱の起きる日まで。
139、走れ乙女たち
撫子の学校でマラソン大会が開かれることになった。
よりによって梅雨入り前の不安定な天候の元であった。
運が良ければ雨天順延、もっと運が良ければ雨天中止になる様に
生徒会が生徒側に配慮したものだった。
10月の体育祭、11月の文化祭、ちょうど間に中間テストという二学期以降の
ハードなスケジュールに比べると比較的余裕がある一学期になんかやっておこうという
学校側の魂胆であった。
まあ、お嬢様学校だけあってそれほどハードな距離を走るわけではないがクラス対抗で
順位が付くので少しでも足の速い子の助っ人を他所の学校から連れてきてもよいという
変則的なルールで友達自慢大会だったりもするのだった。
当然、撫子は美猫、妖子と吹雪に助っ人を頼んできたのだった。
(さつきは仕事を理由に断った。)
走る距離は10㎞と3人にとってはそれほどキツイ物では無かったが
撫子の学校の生徒たちにとっては途轍もない長距離であった。
しかも制限タイム無しで完走必須でドクターストップが無いとリタイヤは許されない
厳しいものでさぼったりすると単位が貰えず留年してしまうので撫子たちは必死であった。
更に最下位のクラスは5㎞を罰ゲームとして後日余計に走らなければならなかった。
美猫達は私立四方野井女子高校(定時制)所属ということにして参加することになった。
ちなみに3人のタイムは30分を切るという男子高校生それもタイムホルダー並の速さで
撫子の期待は大きく膨らんでいた。
美猫達は走るのが商売みたいな半人半獣なので途轍もない記録が出て当然なのだ。
(さつきは普通の子よりは当然速く走れるが3人と比べられるのが嫌だったのだ。)
しかし、聡い妖子は余りにも速いと怪しまれるのではないかと33分前後でも充分
他の子を引き離せると美猫と吹雪に忠告して少し手加減して走ることにした。
とにかく123フィニッシュを決めれば優勝間違いなしという作戦を立てていた。
チームオーダーは吹雪、美猫、妖子の順であった。
撫子のクラスの優勝は鉄板になり、後はマラソン大会の開催を待つのみであった。
問題は天気であった。
雨天順延を何回も繰り返されると生徒たちはもちろん助っ人たちのモチベーションも
下がっていくのであった。
いっそのこと中止にしてくれれば生徒たちにとってこれ幸いとなる所だがそんなに世の中
甘くはなく、予定日の予備日の最後の日はよりによって、朝から気温は高くかなり蒸し
暑い天気であった。
生徒たち、助っ人たちのモチベーションだだ下がりでマラソン大会のラストランナーは
どのぐらい時間が掛かるかわからない雰囲気だった。
「み、美猫さん、よ、妖子さん、ふ、吹雪さんよろしくおねがいしますぅ~。」
スタート前から撫子はかなり疲れているようだった。
普段のきりっとした撫子を見慣れている美猫達はこのマラソン大会がいかにこの
お嬢様学校では苦行なのかひしひしと感じた。
スタートの合図の空砲の音が響き、みんな一斉に走り出した。
いきなり、吹雪がみんなを引っ張る様に先頭を独走し続いて美猫、妖子と続き
撫子のクラスは優勝への階段を上り始めた。
他の学校から来た助っ人たちは混乱しペースを乱してどんどん脱落し、
最早助っ人の役に立ってなかった。
とにかくゴールすればいいだけの撫子のクラスの生徒たちはゆっくりと無理をせずに
走っているか歩いているかわからないペースで順調に距離を消化していった。
助っ人たちが全く役に立たなくなったクラスはとても悲壮感が漂い必死になって走って
かえってペースを乱して脱落寸前の状態だった。
競技開始から32分が立ち吹雪が断トツの速さでゴールインすると続いて美猫、妖子の
順で予定通りの123フィニッシュを決め、撫子のクラスの優勝が決まり罰ゲームを回避
する事が出来た。
20分遅れで撫子たちのクラス全員がゴールインした。
しかしながら彼女たちにとって体力の限界であったため、妖子がみんなの介抱を
して回っていた。
更に60分遅れでラストランナーがゴールインして無事競技を終えた。
妖子は他のクラスの子も含めてみんなを介抱していた。
吹雪は全力ではないとはいえそんなに手を抜かずに走ったのでとても空腹だった。
美猫も当然空腹だったが周りの子たちが食事を受け付ける状態でないことに気を使って
妖子の他の生徒たちへの介抱が終わるのを待っていた。
そして小声で吹雪に話しかけた。
「吹雪ちゃん、今食べ物話をしたらだめだよ、胃液を吐いて苦しんでいる子も
いるんだから、そんな子が食べ物の話を聞いたらさらに気持ち悪くなって
妖子ちゃんの手を余計にわずらわせるだけだから。」
吹雪は改めて周りを見渡してみた、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「あたしまで食欲なくなりそうだ、でもなんでこんな苦しい思いまでして、
マラソン大会なんかやるんだろうなあ、人間って不思議だよね。」
吹雪は小声で美猫だけに聞こえる様に言った。
「でもあとで妖子ちゃんが食欲を回復させるほど美味しいものを作ってくれるから
心配ないよ。」
美猫は今日の殊勲者の吹雪を労い、安心させた。
140、リトルワールド座談会
雅はキジコの猫又verがことのほか可愛くできたので非常に満足していた。
「キジコちゃん、猫又verが完成したけど何か駄目だしするところは無いかな。」
雅はキジコに優しく語りかけた。
「そうか、一緒に夢を見ないと直接お話できないね。」
「じゃもう寝ようか。」
みゃー、みゃー
ソファーベッドに向かう雅の後を尻尾をピンと立てたキジコがくっ付いていた。
雅が電気を消して寝床に横になるとキジコが雅の額に額をくっ付けてきた。
「雅さん、起きて、起きて。」
猫又姿のキジコが雅を優しく起こした。
「おはよう、キジコちゃん。」
「その姿、気に入った。
「ありがとう雅さん。」
「駄目だしするところは無いかい。」
「こうやって雅さんとお話出来るだけで満足ですよ」
「キジコちゃんは欲が無いなぁ」
「皆体形改造とか作成依頼だとか注文が多いのになぁ。」
「いた、いた、みやちゃんだ。」
美猫、妖子、さつき、撫子、銀(17歳ver)&(25歳ver)が集まって来た
更に大和警部補(黒猫ver)、猫駅長、最長老、キジコ(4か月ver)など
今まで、雅が創作した人形たちが集まって来た。
ふと紀美とエリカがいないのでホッとしていた。
いたら一悶着ありそうだったからだ。
銀(25歳ver)が雅の心の中を読んだように
「あの2人なら酔い潰しておきましたから心配いりませんよ。」
そこへ、
「雅兄様私の人形は作ってくれないのですか。」
人形デフォルメの掛かっていない割に日本人形のような平坂四方音が乱入してきた。
多分本人の意識体と言うか霊体そのものだった。
「あたしの人形が無いのはおかしいよ、ここは半人半獣なら基本的に作って貰えるって
聞いたぞ、なぁ、Mr.オクロ。」
ニャー、ニャー
吹雪が口を尖らしてMr.オクロと共にやって来た。
こちらも当然意識体か霊体だった。
雅はとにかくまだ作っていない新規加入メンバの人形を作ることを約束して、
意識体または霊体には帰って貰った。
銀(25歳ver)がまた雅の心の中を読んだように、
「頑張って今出てきた3体を作ってあげれば多分満足して、
もう生霊が夢枕に立つことはないでしょう。」
「ところでどうして僕の作った人形さんたちが全員集合しているの。」
「キジコちゃん猫又人形という新境地を開いた雅さんを称賛するためです。」
「夢の中でしか存在していないものまで可愛いという理由で高いクオリティで再現して
いることは、みんなの希望になりますよ。」
「だって、夢の中ならある程度自在変化できますからね。」
「今度は、ここにいる他の子のver違いも作ってあげてくださいね、私とキジコちゃん
だけが特別扱いというのが少し心苦しいのです。」
「わかりました、銀さん皆の要望に応えてver違いに挑戦してみましょう。」
「みなさ~ん、雅さんが承諾して下さいましたので各自自分の希望の姿を考えておいて
下さいね。」
「でも、男性の方はご遠慮して下さいね、
雅さんのモチベーションがだだ下がりになりますから。」
皆は一斉に大和警部補(黒猫ver)を見つめていた。
「いやぁ~俺はそんな大それたことは言わないから安心してよ、みやちゃん。」
「銀さん質問です。」
「何かしら、撫子ちゃん。」
「私の猫又verっていうのもありですか。」
「あら、いい所に気が付いたわねぇ、可愛くて雅さんの琴線に触れれば何でもありよ。」
「あぁ、そういえば獣化した道雪さんがそのうちここに来そうだから雅さん可愛く
デフォルメしてあげてくださいね。」
「ど、道雪さん、確かに獣化すれば可愛くデフォルメできそうですが、逆に獣化した姿
がすぐには思い浮かばないですよ。」
「そういえば、源さんの意識体か霊体が人形の作成依頼に現れないですね。」
「獣化してれば…やっぱり無理かな。」
「雅さん大丈夫です。」
「源さんがここに来る前に備前焼の壺で思いっきり意識が無くなるまで殴っておきました
から、絶対ここには来ないでしょう。」
「わぁ、銀さん容赦ないなぁ。」
「雅さんのモチベーションを下げるものを作らせたくないですから。」
雅は夢の中で人形たちの我儘に付き合い、次回作の新展開を構想するのだった。
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137、キジコのないしょ
138、逆髪天子の最期
139、走れ乙女たち
140、リトルワールド座談会
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