131、女郎蜘蛛は何処から
気候が段々と梅雨に近づき暖かくなってきた所為かアバルー収容所にいた
魑魅魍魎達が活動を始めた。
大蛇をはじめとする自在変化の出来る変温動物の変化たちであった。
収容所の叛乱が寒い時期に起きたため其の殆どが動きがとれず焼死あるいは凍死
したものと思われていたが、大蛇の亜人襲撃でそれが甘い推測であったことが証明された。
島田課長はアバルーに集められた魑魅魍魎達の正体が他の収容所のより性質が悪く、
亜人だけではなく人間にも大きな被害が出ることが予想され、デミバンパイアや
テロリストに特化した滅殺機関では十分対応できないことを認識した。
「やっさんの知ってる限りの人脈で早くエクスタミネーターを再編成して対抗手段を
取ることを考えないと手遅れになる、滅殺機関は全く当てにできない。」
「課長、とりあえず大蛇の時のメンバがベストですがまだ不安はぬぐいきれません。」
「過去の未公認のエクスタミネーターで生き残っているものを招集しないと対応でき
無いでしょう。」
大和警部補は不安があったが師の慧快より聞いていたメンバをあたってみようと思った。
源さん、雅と彼らの現在の様子を見て判断しようと思った。
あらかじめ塗仏の鉄に探らせてみた。
「比良坂黄泉音がまだ生存している様ですぜ。」
「あの占い師の800歳とも言われている女郎蜘蛛の変化の。」
正直大和警部補は驚いていた、大谷行基から命を狙われているという噂があって、
姿を隠しているとか、すでに暗殺されたとか近頃の状況がわからなかった。
また変幻自在でどんな姿をしているか全く見当がつかなかった。
一番最後に会ったことがあるという銀ですら今どんな姿に変化しているか見当がつかなかった。
比良坂黄泉音自身は強い魔力を持つが決して生命力が強いわけではなかった。
大谷行基の横死を予言したため、その命を狙われ完全に姿を隠していた。
源さんは生存を信じて疑わないようだったが現在の姿も本性も全く見当がつかなかった。
美猫は黒髪の前髪ぱっつんのおかっぱ頭の12歳ぐらいの不思議な少女と仲良くなっていた。
「美猫姉様、ありがとうございます、全く最近のことに疎くて色々とご面倒を
おかけしました。」
「四方音ちゃんもアバルーの叛乱の難民だったんだね、よく9か月もホームレス生活を
していたね、しかし地下鉄のトンネルの中になんてかなり無茶だよ、あたしと出会わ
なければずっと日の目を見ない生活を続けなければいけなかったんだよ。」
美猫は雅の部屋に四方音と名乗る少女を連れて帰りお風呂に入れ着替えを用意して雅の
帰りを待っていた。
キジコはちょっと不安そうにしていたが四方音と名乗る少女に頭を垂れてから膝の上に
乗って甘えていた、四方音もキジコを優しく撫でた。
雅が帰宅すると見知らぬ少女がソファーに座っていて雅と視線が合うと一礼した。
「みやちゃん、この子は地下鉄のトンネルの中で9か月もホームレス生活をしていた
アバルーの叛乱の難民で四方音ちゃんっていう子なんだ、いつもの様に収容所に行か
なくてもいいようにしてあげてくれないかな。」
美猫が雅に丁寧に頼み込んだ。
「ネコ、どうやって知り合ったの。」
「島田課長の所に定時報告に行ったら、島田課長が地下鉄の回数券の残りを呉れたから
せっかくなんで地下鉄に乗ったらこの子がトンネルの中で生活しているのを見つけて、
駅からそこまで歩いて連れて帰って来たんだ。」
雅は四方音を連れて役所に向かった。
役所に向かう途中フルネームを聞いていなかったので本人に確認した。
「わらわは平坂四方音というんじゃ。」
「えっ、比良坂黄泉音様。」
「しっ、声が大きいお主はわらわのことを知っておるのか、ならば話が早いお願いだから
わらわの正体を秘密にして平坂四方音で戸籍を取って欲しい、頼む。」
雅は四方音に拝まれてしまった。
雅は無理を承知で四方音もデミヒューマン21歳で戸籍を取って自由の身にした。
「ありがたや、この恩一生忘れぬぞ。」
「四方音様と御呼びした方がいいと思いますのでそう御呼びしますが一体どうして、
こんなことをされたのですか。」
「実は比良坂黄泉音を永久に封印して新たな人生を送ることにしたのじゃ。」
「どうも、わらわは大谷行基が気に入らぬのででたらめな占いをしてやったら酷く
恨まれてのう、姿を変えて名前を変えてアバルーの収容所に隠れておったのじゃ。」
「ところがあの叛乱で仕方なく地下鉄のトンネルの中でホームレス生活をしていた
のじゃ、そんなわらわを哀れに思って美猫姉様は救い出してくれたのじゃ。」
「だからお主もこれからは四方音ちゃんと呼ぶように、これからはわらわは謎の
霊感少女として生きていくことにする、雅兄様。」
雅はこの正体不明800歳の謎の女郎蜘蛛少女を年下のように扱わなければならなかった。
雅は妖子に全てを打ち分け四方音の面倒を見てもらうことにした。
多分他の人では務まるまいと思い妖子に委ねた。
妖子は自在変化の師として尊敬し四方音に仕えた。
聡い妖子は普段は可愛い妹分の霊感少女として扱い四方音の希望を叶えていた。
四方音も美猫同様に妖子姉様と甘え普段の生活を過ごしていた。
さすがに銀は四方音の正体に気付きぎょっとしたが気付かぬ振りをしてやり過ごしていた。
132、平坂四方音の人脈を訪ねて
「銀姉様いったいどこへわらわを連れて行くのじゃ。」
「黄泉音様、源三狸様の所でございます。」
「銀姉様もわらわのことは四方音ちゃんでいいぞ。」
「謎の霊感少女と言う設定だから敬語を使った方が雰囲気が出ると思いまして。」
「なるほど銀姉様は昔から面白いこと言うのう。」
「あまり昔とか言わない方がいいと思いますよ。」
銀は引き攣った笑顔をしていた、本音を言えば昔の強力な魔力を持った妖艶な姉貴分が
おかっぱ少女の格好をしているのが違和感バリバリでとても不思議な感じだった。
源さんは絶句した、全く想像の付かない格好で比良坂黄泉音が平坂四方音として現れた
のだからなおさらで、逆に大和警部補や雅は昔の姿を知らないので、あまり違和感を
感じなかった。
「それで昔の未公認エクスタミネーターを集める必要が出来たわけか。」
「それは、今の時代に大蛇や百足などの変化それも自在変化するのを相手にするのは
難しかろうなあ。」
「呪詛の解呪も殆ど伝えられておらん、古宮慧快が収集したものなどどこにあるのやら
行基の馬鹿がみんな葬ってしまったからのう。」
「あの馬鹿者は日輪の十字架以外の書物も全て慧快の墓に埋めてしまったから、慧快に
代わるものも居らんうちに早計なことじゃ。」
「わらわ以外の蜘蛛の変化も要注意じゃ、仏法に従うものは良いが以外の者は大分社会
に不満を持っているからのう。」
「とくに邪教に被れた蜘蛛の変化は性質が悪い、呪詛の解呪もままならぬ、要注意じゃ。」
暫く放心状態だった源さんだったが全身から酒気を抜き素面に戻って四方音に尋ねた。
「いま、ライカンスロープで未公認エクスタミネーターの生き残りは殆ど全滅しています、
デミパンパイアに直接戦いを挑んで敗れて配下になったか殺されたかのどっちかで、
黄泉音様の知っている範囲で存命しているものは、ここにいるもの以外で。」
「残念だが妖子姉様の亡き御両親、御祖母様の名前を聞いて亡くなったことを知ったが、
逆髪の一族はかなりの使い手であった。」
「高位のライカンスロープは大谷行基の手で暗殺されたか、わざとデミバンパイアに
惨殺されるように仕向けられて、今の社会の仕組みに疑いの目を向けている、今生き
残っているものが協力を申し出るかどうかはお主らの誠意に掛かっている。」
「源三爺様が素面で口説き落とせば可能性が無いでもない。」
「素面の源三爺様など滅多にお目にかかれないからのう。」
「今回の事態を引き起こしたバンパイアハーフも行基にかなり恨まれていることで
あろうから注意が必要じゃろうのう。」
雅は驚いて四方音に問い返した。
「収容所の中にいるマルクスの命が危ないのですか。」
「いや、奴は知恵者ゆえ脱獄して処刑の機会を与えてやるほど馬鹿ではない、収容所に
残って高みの見物としゃれ込んでいる、当然大谷行基は手を出せず臍をかんで
悔しがっているだろうよ。」
「ただ、監視の目は厳しくなっているから無暗な接触は避けないといけないだろうよ。」
「今回のアバルーの叛乱で脱走した者で性質の悪いのはデミバンパイアだけではない
ことに行基が気付いたとき、自分に従わぬ社会を混乱に陥れるものが街の中に放たれた
事がどんなに行基自身にダメージを与えるか思い知るだろうがそれでは無辜の市民に
被害が出てしまう、マルクスはただ社会を混乱させ面白がるだけの子供と同じで後のこと
を考えていない、自分がたとえ殺されても行基が政治的ダメージを受けることを喜ぶ
だろう、しかし社会に不満を持ってても社会の混乱を招く事態は避けなければならない、
この際行基に対する個人的な好悪は無視しても、人間、亜人を襲い殺害する恐れを持つ
者を自分の持つ過去の知恵で退治しなければならないと説得しないとならんのじゃ。」
四方音は一息ついてから雅の注いだお茶を啜り、ある人物の名前を挙げた。
「高位のライカンスロープで仏門に帰依して山に籠って居る元エクスタミネーター
で滝口道雪を口説き落とせれば戦力としてかなり充実するだろうがどうだろうかのう。」
源さんと銀は名前は知っていたが面識が無かった。
源さんと雅が四方音の紹介状を持って滝口道雪が籠って居る長命山に登って説得に
行くことになった。
源さんが変化して一気に空を飛んで行っても会ってくれない可能性があったので麓から
お堂のある山頂まで登っていくことになった。
山の勾配はかなりきつく岩場や道が崩落した場所も有って、雅も薄らと汗を掻いていた。
しかし、変化していない源さんにはかなりきつく汗をダクダク掻き、雅の手助けを必要と
しながらも何とか登って行った。
雅は源さんに休憩を勧めたが源さんは意地を張って頑張り続けた。
途中で薪拾いの老人が山道を下って来たので雅と源さんは道を開けた。
「こんな山に登るなんて物好きな御仁がおるものじゃのう。」
「ええ、どうしてもお会いしたい偉いお坊様がこのお山のお堂にいらっしゃると聞き
まして、麓から登ってきました。」
「では、わしが道案内をいたしましょう、この先は道がかなり崩落していて回り道が
必要じゃからのう。」
「それは助かります、よろしくお願いします。」
雅は丁寧にお礼を言った。
源さんはかなりグロッキーだったが気力で雅たちについて行った。
山道はますますきつくなり、ほとんど獣道のようなところを迂回して山道の崩落箇所を
避けて、登って行った。
6時間ほど登り続けて、やっと頂上のお堂に着いた。
既に源さんは虫の息でひたすら雅が介抱していた。
雅がお堂に向かって呼びかけた。
「滝口道雪様、比良坂黄泉音様の紹介でここに来ました、お会い頂けませんでしょうか。」
「道雪さん人が悪いよ、人がこんなに苦労しているのを眺めているなんて。」
源さんが薪拾いの老人に声を掛けた。
「えっ、この方が道雪様なのですか。」
雅は驚いて源さんに尋ねた。
「ここに着くまで全く余裕が無くて必死だったから気が付かなかったが
少し息が出来るようになって、今やっと気配で気がついたんじゃ。」
「はっはっは、呑んべの源三さんが素面で変化もしないでこの山を登ってくるなんて、
びっくりしたよ。」
雅は道雪が源さんのこと知っていたのに驚いて聞いてみた。
「道雪様は源さんと面識がないと聞きましたが源さんを御存じなのですか。」
「提灯屋の源三さんと言えば反骨の酔漢で有名だったからね。」
「大谷行基が大嫌いだというだけでも同志のようなものだしね。」
源さんは素面のまま道雪に話しかけた。
「こうまでしておまえさんに会いに来たのは黄泉音様の紹介状を読んでもらうためじゃ。」
「道雪さん、慧快さんが亡くなってからずっとこのお山で修行していると聞いたが
今、お前さんの力が必要なんじゃ、是非お山を下りて力を貸してくれ。」
「今、一体私の力が必要なことが下で起きているのかい、デミバンパイア相手なら
私では全く役立たずだと思うが、行基がデミバンパイアに特化した組織を作ったような
ことを聞いている。」
雅が道雪に行基の想定外の事態が街で起きようとしていることを説明した。
「道雪様、実は9か月前アバルー収容所で叛乱が起きて、デミバンパイアだけではなく
大蛇のような退治の方法が伝わっていない変化が脱走して吸血殺人事件を起こして、
なんとか銀さんに手伝ってもらって2体を退治したのですが、他にも百足、
蜘蛛などの変化が脱走している可能性があって対応できず被害者を出しそうなのです。」
「なるほど、デミバンパイア以前に暴れていた連中が街に放たれたという訳か。」
源さんは道雪に土下座をして頼み込んだ。
「頼む、人間だけではなく亜人のためにも力を貸して欲しい。」
雅も源さん一人を土下座させるわけにいかないと一緒に土下座して頼み込んだ。
「2人共頭を上げて下さい、亜人のためと言うなら仕方ありません、山を下りて老骨に
鞭打って協力しましょう。」
道雪は山を下り協力することを2人に約束した。
源さんの体力が回復するまでお堂で雅は道雪から百足や蜘蛛の変化など危険な変化に
ついて話を聞き、対応策について質疑応答していた。
2日程して源さんが完全に回復すると大鷲に変化して一気に山を下り源さんの工房に
戻った。
雅は道雪が高位のライカンスロープであると聞いていたがその正体が全く分からなかった。
こっそり四方音に正体を聞いてみた。
「道雪様はちょっと変わった動物の変化なんじゃよ、白鼻芯の変化でさしずめ
変幻自在の化け白鼻芯と言ったところなんじゃ。」
さて、3日間禁酒し続けた源さんは工房に帰ってくるなり1斗樽を3樽開けて一心地
ついていた。
源さんのそのひたむきな所に道雪も心惹かれるところがあり、お酒は飲まなかったが
そのまま源さんの工房にしばらく厄介になることになった。
道雪は大蛇、百足、蜘蛛の変化の呪詛の解呪に長けているため、
四方音同様に活躍が期待出来た。
道雪は節足動物の変化が暴れ出すのは気候がもう少し暖かくなってからが本格的になる
と予想し大和警部補、雅、銀、美猫、鉄、吹雪、さつきにいろいろとアドバイスをした。
さつきはいつの間にか貴重なパートタイムの戦力の一人としてカウントされていた。
四方音は妖子の潜在的な能力に心惹かれて何かと変化の修業に付き合いアドバイスした。
尻尾を三本から六本に変化させたことがあるという事実を知って
ますます妖子に興味を持った。
四方音は思い切って逆髪家が高位の化け狐の家で妖子の両親が
未公認エクスタミネーターでかなりの腕利きだったことを打ち分けた。
実は妖子の祖母は両親のことを全く教えていなかったので妖子は
初めて聞く話ばかりであった。
更に妖子の祖父母も未公認エクスタミネーターであったことを教え
妖子にその才能がある事を告げた。
ただ、妖子の祖父と両親が大谷行基の罠にかかって命を落としたことは伏せていた。
妖子の祖母が妖子に祖父と両親の話をしなかったことから大谷行基との因縁が出来る
ことを避けたかったのだろうと四方音は推測したからだった。
もし四方音が大谷行基を討ち取れる機会があれば妖子に祖父、両親の仇を討たせたい
と思っていた。
まさか、大谷行基が魔力を隠蔽して中央公園にお忍びで来ているとは知らなかった。
銀と源さんは気付いていたがまだ行動を起こす時ではないと思い、銀は手ひどい悪戯を
仕掛け、源さんはこっそり見張っていた。
133、美猫は四方音の正体に気付かない
四方音は美猫の素直な優しい所がとても気に入っていた。
敢えて自分の正体を明かさず美猫姉様と甘えていた。
四方音は着物の着こなしがとても上手で綺麗だった。
美猫は四方音の着物選びを誉め自分の着物選びの参考にしていた。
妖子も普段は四方音を可愛がり甘えさせていた。
変化の師と仰ぐときは打って変わって師弟の関係になり
決して長幼の序を違えることは無かった。
そんな律儀な妖子もとても気に入っていた。
四方音は中央公園を散歩がてら偵察をしていた。
かつて、大蛇が潜んでいた南西の小高い丘の洞穴の中を調べてみた。
巣穴の奥までは調査していなかったと見えて、巣穴の奥に小さな隠し部屋があり
大蛇の卵が産み付けられていた。
四方音は卵を全て回収してから焼却して災いの根を断った。
もう一体の大蛇は蛟であったようで卵を回収するためには中央公園の池を全て
掻い掘りしなければ災いの根は断てないことを確認した。
他にも怪しげな大蛇の気配を感じていた。
卵からかえった大蛇は自在変化こそ身に着けていないものの大きさ自体は
直ぐに大きくなり人を襲うには十分な大きさに成長する。
また、呪詛も自らの死と引き換えに掛ける事が出来るのでかなり性質が悪かった。
大蛇だけでも駆除しきれていない上に百足や蜘蛛の変化が暴れ出したら今の体制では
お手上げであった。
自在変化できるものを収容する箱牢と言うか水槽は4つ一組であったが、それがアバルー
にはいくつあったのか分らなくなってしまっていた。
特に大きな図体の大蛇は特大の水槽に1体ずつだったが自在変化できるものは小型の蛟
に変化して複数体収容されていた可能性があった。
特に小型のものに変化した者は下水などに潜み気温が上がるのを待って行動する可能性
があった。
四方音はあらゆる可能性を想定して生物学的に災いの根を断つことに粉骨砕身していた。
四方音が一番恐れていたのは変温動物の変化が年を経て霊格が上がり自在変化できる上に
体温まで自由にできるものが存在することであった。
四方音自身も体温調節が可能になって一年中活動出来るようになっていた。
当然のことながら同様の事が出来る変化で人(人間、亜人に関わらず)に危害を加える
存在がどこに潜んでいるかわからない状況を憂いていた。
退治したデミバンパイアと同じぐらいかそれ以上の数が脱走している可能性があった。
かなり昔の資料も全て叛乱で焼失したのは本当に痛かった。
古株の無期懲役の霊格の高い犯罪者が存在していたのかいないのかすらわからなかった。
かつてアバルー収容所の歴史の古さ、資料の整理の悪さに乗じて四方音自身紛れ込んで
いたのでなおさらであった。
ただ、自在変化にも限界があり無暗矢鱈に巨大化することはできなかった。
ある一定の大きさ人間ぐらいの大きさが最低限保てなければ、巨大化できなかった。
魔力を放出し指先程の大きさに縮んてからは魔力を回復するまで何十年の時間をかけ
なければ人間ぐらいの大きさには戻れなかった。
四方音は人間、亜人に化けて街に潜んでいる犯罪者、多分亜人街の人目につかぬ上
デミバンパイアのいない所に潜んでいると読んでいた。
「四方音ちゃん、何難しい顔をしているの、悩みならあたしが相談に乗るよ。」
美猫が中央公園の偵察から戻った四方音に声を掛けた。
「美猫姉様、大丈夫です哲学的な悩みですから自分で解決しないといけないのです。」
「四方音ちゃんは時々あたしなんかよりずっと年上に見えるくらい難しい顔をして
いるから、何か人に話せない深い悩みを抱えているのかと心配になるんだよ。」
四方音は美猫の鋭さに少し驚き、優しさに癒されていた。
四方音は自分の正体を美猫に明かしてしまうのが怖かった。
美猫が今の様に接してくれるかどうかわからなかったからだ。
半分やけっぱちになって地下鉄のトンネルの中でホームレス生活をしていた自分を
わざわざ、日の当たる場所に連れ出してくれた美猫に対して四方音は特別な感情を
抱き、今の様に年下の世間知らずの不思議少女として可愛がってくれるのがとても
嬉しかった。
「美猫姉様、カオスな古着屋さんで古い手作りの手毬を見つけたのです。」
「四方音ちゃんは手毬が好きだね、じゃ好きなだけ買って帰ろうか。」
カオスな古着屋の最長老猫が美猫と四方音に挨拶にきた。
ひゃー、
「四方音ちゃん、この猫さんがここの猫店長でこの辺の地域猫の最長老として猫達に
尊敬されているんだ。」
四方音がいくつか古い手毬を選んでいると最長老猫が綺麗な信玄袋を引きずって
四方音の前に持ってきた。
信玄袋の中には100年以上前の古い手作りの手毬がたくさん入っていた。
しかも新品のように綺麗で全く古びていなかった。
「ありがとう、猫店長さん、折角ですから信玄袋ごと買っていきましょう。」
美猫は四方音のために信玄袋ごと手毬を買っていった。
「ありがとうございます、美猫姉様、家に帰ったら早速毬を撞いてみましょう。」
134、百足男は市井に潜む
向井日出信はアバルー収容所から脱獄した無期懲役の百足の変化であった。
亜人街のややスラム化した外れの方に潜み、脱獄してから目立たぬように
これまで2人の吸血殺人を行っていた。
本名は向陰金田虫だが、既に忘れ去られてしまったのを機会に第一の犠牲者の
名前から全てを奪って自分の物にしていた。
普段は第一の犠牲者の仕事をそのまま熟し完全に亜人に擬態していた。
第二の犠牲者を襲ってから3か月が経ちそろそろ人の生血を吸いたくなり、
亜人街の中心部まで贄を探してうろついていた。
魔力を持つ亜人を徹底的に避け無力な物を贄に選んで、デミバンパイアの
犯行に見せかけ疑いが自分に及ぶのを防いでいた。
大和警部補と滝口道雪は警視庁で未解決の吸血殺人事件及びデミバンバイアの
亜人男性を襲った吸血殺人事件を洗い直していた。
「大和さんデミバンパイアが男性を襲った事件と言うのは5件だけでしかも
純粋な吸血行為だけを行ったものに至っては2件だけですな、この辺がとても
臭いますね。」
「道雪和尚、この2件の事件の現場検証の画像をお見せしましょう。」
大和警部補はパソコンのファイルフォルダーから道雪に指摘を受けた2件に
ついて徹底的に調査した鑑識の集めた画像を全て一度プリントアウトして
道雪と洗い直しを始めた。
「この2件の被害者の体に残された傷は巧妙に加工していますがデミバンパイアの
ものではないかもしれませんな。」
「わざわざ男の生血を啜るバンパイアは考えにくいですし。」
「他の3件は生血を啜るためではなく結果的に殺人を起こしている傷害殺人ですし、
この2件に関してさらに不自然なのはすぐそばで女性の吸血殺人が行われていて
更に手口をわざわざ似せているようなのですよ、これはクロですな。」
「では、道雪和尚この犯人は何の変化なのですか。」
「これこそ、百足の変化それもかなり年を経た性質の悪い奴ですよ。」
「多分被害者に成りすまして市井に潜んでいますな。」
「被害者の戸籍が分れば少しは追いつめられるかもしれませんよ。」
被害者は現住所が分らないものの向井日出信と吉村鶴雄の二人だった。
「このどちらかに変化して贄を狙って亜人街に潜んでいますよ。」
大和警部補は少し考えてから、
「下手に聞き込みなどやるとホシに感づかれる危険がありますから。」
「この2人の顔写真を塗仏の鉄に渡して探らせましょう。」
塗仏の鉄は顔写真の男たちの調査をしていく内に奇妙なことがわかって来た。
向井日出信が生存していて勤め先に顔を出しているという事実であった。
「やっさん、向井っていう奴はまだ生きていて働いているようですぜ。」
「死人の筈がまだ生きて普通に暮らしているなんてどう考えてもおかしいぜ。」
道雪は百足の変化が向井日出信に化けていることを確信し退治する作戦を考えた。
「向井に化けた百足の変化はゲイバーに頻繁に通っているようだが奴はゲイを
襲って生血を啜るつもりらしい。」
「最近向井が贔屓にしているゲイが危ない、多分それが次のターゲットになるだろう。」
百足の変化の退治にあたってやはり急所は眉間で聖別された銀の刃を突き刺して
光明真言を唱えれば滅ぼせるのである。
そのためには人型の時に首を刎ね、半人半百足に変化させないことが大事であった。
大蛇同様その牙には毒があり、咬まれたら助からないのである。
美猫に代えて雅が聖別された銀のナイフで百足の変化に止めを刺すことにして
百足の変化が大蛇の変化より早く変化して皮膚を固くした場合に備え、
大和警部補と銀が霊刀で百足の頸を刎ね手足をバラバラにして再生結合できない様に
する作戦であった。
今回さつきの魔眼は百足に対して有効かどうか分らないので使わないことにした。
大蛇と違って魅了の魔力を持っていない百足の変化の視力がどれだけのものか
分らなかったからだった。
今回は道雪と銀以外百足の変化と戦ったことが無かったので万全の準備をして
待ち伏せして向井に化けた百足の変化の来るのを待った。
鉄はゲイバーで向井が泥酔に近い状態まで酔うよう工作をしておいた。
千鳥足の向井日出信が街灯の消えかけた寂しい道を塒に向かって歩いてきた。
突然疾風のごとく銀と大和警部補が抜刀して駆け込んできた。
銀は一太刀で向井の頸を刎ね、続いて大和警部補が胴体を薙ぎ払い、さらに
2人は手足をバラバラに切り刻んだ。
道雪は独鈷杵をバラバラにした手足に打ち込み光明真言を唱えた。
雅は脇道からすかさず駆け出してきて、向井の刎ねられた首を押さえつけ眉間
に聖別された銀のナイフを思い切り根元まで突き刺し光明真言を唱えた。
向井は百足の本性を出すことなく、ミイラの様に萎びてやがてぱらぱらと崩れて
塵のようになった。
「こやつは向陰金田虫と言う性質の悪い百足の変化で男の癖に男の生血を啜る
気持ちの悪い陰間虫なのだ、こうして無事退治出来て本当に良かった。」
道雪はホッとして皆の働きを労った。
135、蜘蛛女の嘘
平坂四方音は同じ蜘蛛の変化を収容所送りにしたことがあった。
邪神信仰を行い新興宗教の教祖として邪神に贄を捧げ、その実
生贄の信者の生血を啜っていたのだった。
生血を吸われた信者は体に毒を入れられ血が固まらなくなり傷口から
出血し続け失血死してしまうのであった。
原因はその蜘蛛の変化の持つ毒であったが殺人として立証できないため、
死刑にならず無期懲役因としてアバルーの収容所に長い間収容されていた。
叛乱のドサクサに紛れ脱走して亜人街に潜んでいた。
その名を後楽菜桑と言った。
自在変化が出来ることから全く違った容姿に変化してデミバンパイアに
殺された少女の姿を借り亜人としてこっそり生きていた。
アバルー収容所の叛乱で難民になったデミヒューマンに特例として新たな戸籍
を作って貰えるという噂を聞き付け何とか戸籍を手に入れ自由に生きられるように
なりたいと思い、つてを探していた。
ただし、21歳以上で成人してないと収容所に送られてしまうのであった。
年齢、亜人種別を自由にできるのは国際S級エクスタミネーターの承認が必要で、
当然、雅に何とか取り入る手を考えていた。
まず雅の情報を集めようとして反対に塗仏の鉄に疑惑の目を向けさせてしまった。
「雅さんの情報を集めて何かしようと企んでいる少女がいるんですよ、どうやら
アバルー絡みで戸籍を取得したいようなんですがどうも怪しいんで
ご相談に上がったんです。」
鉄は四方音に詳しく少女の容姿から今までの行動の全てを報告した。
「鉄兄様、デミバンパイアに殺された被害者の中に全く同じ容姿の者がいないか
調べてみて下され、多分その少女はアバルーの無期懲役囚が化けている可能性が高い、
わらわに思い当たる変化がおるんじゃ。」
鉄は大和警部補に繋ぎを取り、問題の少女と同じ容姿のデミバンパイアの被害者が
いないかどうか調べてみた。
「この娘さん、アバルー難民で名無しの権兵衛で7か月前に殺されているよ。」
大和警部補は四方音の慧眼に驚いていた。
四方音は大和警部補の報告を聞くととても悲しそうな複雑な顔をして考え込んでいた。
道雪を呼び相談することにした。
「道雪様、わらわはいったいどうしたらよいかわからぬ、このまま放っておけば、
昔のようなことが繰り返される。」
「黄泉音様、この件は私が処断しましょう、生かして置いたら為にならぬ存在です。」
「雅殿にも迷惑が掛かります。」
「まことにすまぬことじゃが後始末を頼む、道雪和尚様。」
道雪は一人で片付けるには荷が重かった、失敗が許されないので大和警部補と塗仏の鉄の
協力を求め、アバルーの無期懲役囚を始末することにした。
鉄は少女を騙る蜘蛛の変化後楽菜桑を誘き出すため巧妙な罠を仕掛けた。
事件の調査のため雅と大和警部補が新興宗教の教会の跡地に現れるとの情報を流した。
この情報を聞きつけた後楽菜桑は新興宗教の教会の跡地で待ち伏せし、どうやって籠絡
しようかと待ち構えていた。
この教会の地下室でホームレス生活をしていて、偶然発見されると言うシナリオを頭の
中で描いていた。
不自然な感じにならない様にいろいろと工作をして、着古した服を汚してみたり、
賞味期限の切れた食料を備蓄したりと傍目に見ると滑稽に見える見え透いたものだったが
その場限りの嘘で取り繕おうと必死だった、相手の雅はバンパイアハーフで魔力は一切
通じないから魅了など全く役には立たなかった。
口先だけが唯一の武器だった。
もし、うまく騙し遂せて戸籍を取得出来たらまた新興宗教の教祖になって、存分に生贄の
生血を啜ってやろうと思うと涎が出そうになっていた。
やがて、雅と大和警部補が現れた。
「あなたたちは何者なんですか、ここは私の隠れ家なんです。」
「9か月前のアバルー収容所の叛乱に巻き込まれて
仕方なくここでホームレス生活をしているのです。」
「しかしここはアバルーから来るには結構遠いんじゃないか。」
大和警部補がわざわざホームレス生活をするのに不自然な場所であることを指摘した。
「デミバンパイアに追いかけられて、必死になって逃げていたらここに辿り着いたのです。」
「私、収容所に送られてしまうのですか、あんなところに戻るくらいなら
ここでホームレス生活を続けます。」
「いや、収容所に戻らない方法があるんだよ。」
「本当ですか。」
雅はいきなり独鈷杵を少女の眉間の急所に突き刺し光明真言を唱えた。
同時に大和警部補が少女の頸を刎ねた。
後楽菜桑は何が起こったのかもわからない内にパラパラと塵になって崩れていった。
道雪は雅の姿から元の姿に戻り、合掌していた。
「おまえに情けを掛けている黄泉音様のお気持ちを思って楽に引導を渡したのだ。」
道雪は厳しい口調で吐き捨てるように呟いた。
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