獅子なる守護者 其ノ伍
冬木ハイアットホテルの最上階スイート
その窓から眼下の冬木市を侮蔑するような視線で見つめる金髪の男性―ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの心中は穏やかではなかった
自身のサーヴァント、ランサーが成した戦果は十分だろう
最優と誉れ高いセイバーの片腕を奪ったのだ。上々と言える
しかし、それだけだ。彼にしてみれば今回の戦いは勝って当然と言える戦だ
それに彼の頭には異世界の英雄、ガーディアンが残した言葉が引っかかっていた
『僕は聖杯にかけるべき願いを持ち合わせていない』…つまり願いを持たない英霊も聖杯戦争の召喚に応じるのだ
ランサーは召喚時に言った―『私は聖杯など求めません。ただ今生の主たる召喚者に忠誠を尽くし、騎士としての名誉を全うすること。それだけが我が望み。願望器はマスター一人にお譲りいたす』と
これはつまり、自分のサーヴァントも願いを持たないと言うことではないか?
そう考え、ケイネスは自身のサーヴァントを呼び寄せる
「出てこい、ランサー」
「―お傍に」
霊体化して傍に控えていたのだろうか、呼びかけてから1秒もあけずにランサーはケイネスの隣に、膝を付いて恭しく実体化した
彼の表情の些細な機微も見逃すまいと、ケイネスは横目で彼の顔を睨み付ける
「まずはご苦労だった。誉れも高きディルムッド・オディナの双槍、存分に見せてもらった」
「恐縮であります、我が主よ」
賞賛されたにもかかわらず、ランサーはなおも恭しく頭を垂れていた
それが鼻持ちならないのだろうか、ケイネスは鼻を鳴らして詰問する
「ああ、存分見せてもらった上で問うがな。………いや、詮無きことだな。貴様がセイバーと遊んでいたことは良い。それよりも問うべき事がある」
「………と、申されますと?」
ケイネスの軽い嫌味を聞き流し、ランサーは慎みを保ったまま続きを促す
「貴様は言ったな。『聖杯を求めない』と。『望みは騎士として名誉を全うすること』と」
「…はい、確かに申し上げました」
「どういうことだ?サーヴァントは聖杯に願う『望み』が有るからこそ召喚に応じる。貴様に願いは無いとでも?あのガーディアンのように?」
「―いえ申し上げた通り、我が望みは騎士として忠誠を尽くすことであります。しかし、それは聖杯無くしては叶わぬ夢でした」
「何だと?」
ピクッとケイネスの片眉が釣りあがる
本革張りのソファにゆったりと優雅に座り、続きを待つ
「私は既に『終わった存在』です。既にこの肉体は死に、魂は英霊の座に召し上げられました。その私がまた騎士として槍を振るうことは出来ません―奇跡にでも頼らない限りは」
「つまり、貴様にとって聖杯は目的ではなく、道具だと?」
「はい、その通りでございます」
ふむ…とケイネスは顎に手を置き思案する
―成程、騎士と言うのは何とも面倒な人種だ。だが、貴族として騎士を傍に置くのは誉れと言えよう。それも霊として最高位の存在である英霊ともなれば魔術師としても名誉な事だろう。ランサーを文字通り召使いとして扱き使ってやれば、彼女も―
「分かった。貴様は騎士として私に使えること、それが唯一無二の望みだと」
「―はい」
ランサーはケイネスの目をしっかり見つめ、逡巡せず首肯した
「成程、少なくとも虚言は吐いていないらしいな」
「騎士が主に嘘を吐くことなどありましょうか」
「―ならば」
と、ケイネスはランサーの宝具『
「貴様を我が騎士に任命する。この私の騎士である事を誇り、品位を損なうな。そして私の敵はその双槍で悉く打ち倒せ。良いな?」
「………ッ!!承りました、我が主よ!!」
ランサーは自身に向けられた紅槍に口付ける
ここに、真の意味でランサー陣営が誕生したのだった
「二人だけで完結しないでくれるかしら?ケイネス、ランサー」
「っ!ソラウ殿…」
「あ、ああソラウ。勿論君もさ。この三人で聖杯を勝ち取ろうじゃないか」
部屋の奥からケイネスとランサー以外の第三者が姿を現した
燃えるような赤毛と、それとは裏腹の怜悧な瞳が印象の若い女性―ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ
ケイネスの婚約者であり、ランサーの魔力の供給元である魔術師だ
「そうね。それでケイネス、安全な場所から亀のようにサーヴァントたちを観察していた貴方から見て、敵の実力はどれくらいの物だと感じたのかしら?」
「っ…まず、一番危険なのはアーチャーだ。あの雨霰のように宝具を射出する攻撃、ランサーではあの攻撃への対抗手段がまるで無い」
ソラウの言外に『貴方は何も行動しなかった臆病者』と言う罵りに対する反論を飲み込み、自身が危険だと思う筆頭のサーヴァントを告げる
「確かにアーチャーのあの攻撃は脅威ね。ランサー自慢の敏捷でもあの宝具の雨を切り抜けられるか…。それで、次は?」
「二番目は…ガーディアンだ。あのアーチャーの宝具を防いだ魔術、詠唱も無し、さしたる代償も無し。それに他陣営と同盟を組まれたら非常に危険だ」
「そうね、私もソフィアリに連なる魔術師の端くれ。あの魔術がいかに出鱈目なのかは分かるわ。それじゃ、貴方はセイバーとライダーはさしたる脅威とは認識していないのね?」
「その通りだ。ライダーは強力なサーヴァントだが、マスターが貧弱だ。セイバーは既に『
その時、フロア中に鳴り響いた、けたたましい防災ベルの音がケイネスたちの思考を中断させた
「…なに?何事?」
ソラウが眉根を寄せて、突然鳴り出した防災ベルに対して当惑の呟きを漏らす
さらに続いて、部屋に備え付られた電話が鳴り出す
ケイネスが受話器を取り、係員からの連絡に耳を傾ける
通話が終わる頃にはケイネスの目は、魔術師特有の冷徹な光を宿していた
「下の階で火事だそうだ。直ぐに避難しろと言ってきた。小火程度の物だそうだが、どうやら火元は何箇所かに分散しているらしい。まぁ間違いなく放火だな」
「放火ですって?よりによって今夜?」
怪訝そうな顔でソラウが尋ねる
ケイネスは不敵に嗤って答えた
「ふん、偶然なわけがあるまいさ。人払いの計らいだよ。敵とて魔術師、有象無象がひしめく建物で勝負を仕掛ける気にもならんだろうからな」
「じゃあ―襲撃?」
「恐らくは。先の倉庫街で暴れたりないと言う輩が押しかけてきたのだろう。面白い、不本意だったのはこちらも同じだ。そうだろう?ランサー」
「はい、確かに」
ランサーは主の問いに是非も無し、と言うように頷く
「ランサー、下の階に降りて襲撃者を迎え撃て。ただし無碍に追い払ったりはするなよ?」
「承知しました。退路を断ち、この階に追い込めばよろしいのですね?」
「そうだ。お客人にはケイネス・エルメロイの魔術工房をとっくりと堪能してもらおうではないか」
ケイネスがこうも自信満々なのには相応の理由がある
金に物を言わせて借り切った最上階のスイートフロア
彼はこのフロアを丸ごと自身の工房とし、魔術的に改造しているのだ
魔術師にとって工房とは、自身の魔術の集大成
だからこそ魔術師は工房の中で100%の実力を発揮できると言っても過言ではない
ランサーは風の如き速さで姿を消す
襲撃者をこの最上階に追い込むために
―十分の時間が経った
ランサーの速さと槍の技量ならば、既に襲撃者をこの最上階に追い込んでいてもおかしくはない
だが、いつまでも襲撃者どころか戦闘音すら響いてこないと言うのはケイネスを苛立たせた
「一体どういうことだ?先の放火は間違いなく人払い…一般人を避難させるため。考えるのだケイネス、お前が敵ならばこの局面でどう出る?」
「ねえケイネス。やっぱり火事騒ぎは偶然だったのではなくて?ならさっさとランサーを呼び戻すべきよ」
「少し待ってくれソラウ、考えを纏めたい」
―ここはホテルの最上階、襲撃するのは容易ではない
恐らく敵も私がこのホテルのワンフロアを借り切ったと言うのは調べているだろう
ならばここに篭っている私を殺すために効果的な策は―屋上から潜入するか、建物そのものを破壊する?
…前者はともかく、後者は可能性が低すぎるが…もし仮に実行した場合、私を殺せる確立は遥かに高いだろう
聖杯戦争、実戦において考え過ぎと言うことはあるまい…ならば
「ランサー!戻ってこい、ホテルを引き払い別の拠点に移る!」
「ちょっと、何を言ってるの?ここ以外に拠点の当てなんかあるのかしら?」
「金さえあれば宿は借りれるさ、早々に引き払おう。ランサー!」
「は、ここに!」
ランサーは先ほどを同じく、恭しく頭を垂れながら実体化した
しかしその額には汗が滲んでいる
「ソラウを頼んだ、私は自分で行く!」
「承知しました、我が主。ソラウ様、失礼いたします」
「え、ええ。お願いするわ」
ソラウの顔が紅く染まっていることは頭の隅に追いやる
今はともかく、このホテルから一刻も早く引き払わなくては
―結果としてケイネス達は無事にホテルを脱出
彼等がホテルから引き払ったことで、本来の歴史では爆破される筈だった冬木ハイアットホテルは多少の小火騒ぎがあった、と言うだけで済んだ
ケイネスたちのこの判断に『魔術師殺し』は目を見開いて驚いたと言う
★
「…こんな小さな体で、蟲達の陵辱に耐えてきたのか…」
倉庫街の戦闘の翌日、早朝にウルは桜の部屋に来ていた
昨日の蟲の影響が残っていないかを診るためである
幸いにしてすぐに体に影響する後遺症は無かったものの、蟲達に嬲られ続けた結果体がボロボロになってしまっている
雁夜程ではないが、桜も治療して行かなければならないだろう
「…体は僕が治すから良いとして、問題は心だよな…。同年代の子でもいれば良いと思うけど…あっ!」
ポン、とウルは手を叩く
どうやら妙案を思いついたらしく、背後には古典的に電球が浮かんでいる
「そうだ、いるじゃないか。適任の子が」
ウルは桜の頭を一撫でした後、上機嫌で部屋を出て行こうとする、が
「………ウ、ル…」
桜が彼の服の袖をしっかと握っていた
苦笑しながらも彼は桜が離してくれるまで、彼女の頭を撫で続けた
「ウル…この料理、お前が作ったのか?」
「僕以外に誰が作るんですか」
朝起きて雁夜の目に入ったのは、食卓に並んだ数多くの料理だった
ホカホカの湯気を上げる白飯、ちょうど良い焼き目が付いた塩鮭、新鮮な青菜が使われたおひたし、豆腐と油揚げの入った味噌汁、そして納豆
固形物を食べられない自分が恨めしく思えるほど、完璧な日本の朝食だった
桜は既に起きていて、食器を並べるのを手伝っていたようだ
「いや、兄貴が料理をするはずもないし、お前なんだろうけど。料理をする英霊って、多分お前だけだぞ」
「そんなこと無いと思いますけど…あ、そうそう、マスターのお兄さん、鶴野さんでしたっけ?あの人、家を出て行こうとしてましたよ」
「はぁ!?」
「朝見かけたので、とりあえず気絶させて部屋に放り込んでおきました。彼にも息子がいるんでしょう?」
「あ、ああ。慎二っていう子がいる。今は海外に留学してるはずだけど」
「帰ってきたら父親がいないって言うのも可哀想ですからね、その慎二君が帰ってくるまではこの家にいてもらいますよ」
「そ、そうだな。それが良い…。あ、ウル朝飯を作ってもらっておいてなんだけど、俺まだ固形の物は食べられないんだが…」
「そう思って、マスターの朝御飯は別に作っておきました。これです」
と、ウルはなべつかみを着けた両手で、小さな土鍋を食卓に置く
蓋を開けると、ふんわりとした湯気と優しげな匂いが食欲を刺激した
「卵粥です。これくらいの流動食なら食べられるでしょう?」
「ありがとう、ウル。丁度良さそうだよ」
「ウルお兄ちゃん、はやくー!」
「ウル…早く」
「ああ、ゴメン咲良に桜ちゃん。それじゃ、手と手を合わせてね。ほらマスターも」
「お、そうだな。早く食べよう」
食卓に着いた
「「「「いたただきます(いっただっきまーす!)」」」」
全員が料理に箸をつける
雁夜はスプーンだったが、久しぶりの米の味、卵の味を存分に噛み締めていた
よほどお腹が減っていたのか、全員がすぐに食事を平らげてしまった
「「「「ご馳走様でした(ごちそうさまでしたー!)」」」」
「美味しかった…」
「うん!とってもおいしかったよ、ウルお兄ちゃん!」
「あはは、ありがとうね。二人とも」
「凄く美味かったよ。久しぶりに食べ物を食べた気がした。ありがとうウル。…そろそろ聞いても良いか?」
「?何ですか?」
「…その子は誰だ?」
「ふゆ?」
雁夜が指差した先には、赤い髪の毛をポニーテールに結んだ少女が、口の端に食べカスを付けたまま首を可愛らしくコテン、と傾げていた
「あ、ほら咲良食べカス拭くよ」
「いや答えてくれよ!」
「アリガトお兄ちゃん!」
「君も聞いて!?」
言い忘れてましたが、これはユーザーネーム『竜神丸』さんが書いている小説『九番目の熾天使・外伝 ~改~』の登場人物、ディアーリーズことウルティムスが主人公です。今話の最後に出てきた少女は、竜神丸さんの小説を読んでいただければ分かりますが、次話を待つと言う方は気長にお待ちください
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第五話 槍騎士陣営結束