No.73722

真・恋姫†無双IF 一刀が強くてニューゲーム? 第三話

しぐれさん

前回も沢山の方に閲覧頂けたようで、ありがとうございます。
支援もコメントもありがたく…励みにしています。

今回、少し遅くなってしまいました、申し訳ありません。

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2009-05-15 09:27:23 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6840   閲覧ユーザー数:5267

 桃園で結盟した俺達は、今後の方針について話し合った。

 いくら天の御遣いの名を使うとは言え、いきなりポンと名声を手に入れられる訳がない。勢力として立ち上がった所で、人も土地も、力の源となる先立つ物は何も無いのだ。

 現実案として、まずは力を持つ者――県令や太守といった者の元でそういった力を蓄えようということに至った。が

「うーむ、この辺りで流れ者の俺達でも将として参加させてくれる軍とか、無いかなぁ?」

 第一の問題として、それがあった。いくら力があるとは言えまだまだ無名。一兵卒からならいくらでも仕官として先はあろうが、それでは名を売るのに時間がかかる。

 逆に将としての協力が出来れば名を売るのは容易いだろうが、仕官ではなくあくまで協力の形を取っている上にいきなり将扱いなど、すんなり受け入れてくれる先は無いだろう。

「協力という形でも快く引き受けてくれる勢力か…知り合いにそんな人は――」

「あー! 居るよー」

「――居ないよな……え?」

「だから、居るよ? 私の私塾のときの親友でね、白蓮ちゃん……公孫賛って人。そっかぁ、白蓮ちゃんの力を借りれば良かったのかー」

「……」

 あっさりと驚愕の事実を明かす桃香。そんな伝手があるなら先に頼っておけばよかったのにと思わなくも無い。

「うーん、そんな手があったなんてねー」

「気付いてなかったのですか…桃香様?」

「おねーちゃんの事だからきっと、忘れていたのだ」

「うぅ…そうだけどひどいよー…」

 俺の心を読み取ったわけではないだろうが、愛紗も鈴々も俺と似たような表情で桃香を見つめている。なるほど。何となく桃香の性格というか、人となりの一片が判った気がする。

「…でもまぁ、現状そうホイホイと行く訳にもいかないだろうしなぁ」

「え?」

「どうしてです?」

 桃香のフォローという訳ではないが、簡単に行けない理由がある以上頷けない。

「立場に差がありすぎるからさ。たとえ友人とは言っても相手は太守、こちらは流浪の身。足元を見られて利用されるだけになるのは避けたい」

「あっ、なるほどー。でも白蓮ちゃんはそんな事しないと思うよ?」

「桃香が言うなら、しないかもしれない。けれどここは切所だ、注意しすぎて悪い事は無いよ」

 言い方は悪いが、相手に利用されるのではない。相手の求めるところを効果的に提供して結果を残し、自らの評判を高めるために相手を利用するのだ。

「そうなんだー」

「ふむ…なるほど」

「うへぇ…面倒なのだ…」

「面倒だろうけど、これは仕方ないよ。俺達はマイナー…っと、まだまだ弱小で無名だから、堅実に名を上げないとね」

「うー、分かったのだ」

 渋る鈴々も頷いてくれたし、これで基本方針は決まっただろう。桃香のには悪いが、友達だろうとしっかりと利用させてもらおう。

「じゃあ、まずは公孫賛の本拠地を見に行こう。情報も集めないといけないからね?」

 こうして俺達は、第一歩を踏み出すべく桃園を後にした――。

「――という訳で、一通り情報を集めたところ、公孫賛はこの辺りの盗賊を撃退中らしい。根絶したいのだろうけど、盗賊の規模に対して公孫賛軍が少ないため上手くいかないようだ」

 本拠地に入るなり情報収集に努めた俺達は、昼食を済ませてのち、具体的な行動方針を相談した。

 が、のんびりお茶をすする桃香。食後のデザート(?)を食べる鈴々。真面目に耳を傾ける愛紗。反応は様々だ。

 ……大丈夫なのか、これ? まぁ、愛紗が聞いてくれているようだし大丈夫だと信じよう。うん。

「公孫賛殿の軍は約三千、対する盗賊の規模は五千にも上るほど。いくら軍隊と野盗とはいえ、この差は大きいかと思います」

「愛紗の言う通りだ。そこで、この差をひっくり返すのに最も重要な事は何か? 俺は部隊を率いる将の質だと思う」

「確かに、公孫賛殿の軍といっても、兵は農民の次男や三男が大半ですからね。兵の質としては五分五分。となると兵を率いる者の質こそが最重要でしょう」

「そういう事。そこでだ…桃香達は兵を率いた事はある?」

「無いのだ!」

 話を振ってみると、鈴々からの元気のいい声。そこは胸を張るところじゃありません!

「でもねでもね、愛紗ちゃんに鈴々ちゃんなら、兵隊さん達を上手く率いることが出来ると思うよ?」

「うん、それは俺も思っているよ。確信してる」

 なんと言っても“あの”関羽に張飛だ、心配するだけ無駄だろう。

 ……何で女の子になっているのか良く分からんけど。

「でも、現状では将ではなく、兵隊を持たないただの腕自慢にしかならないんだよな」

「う……それもそうだよねぇ~…。でも、それじゃあどうすればいいんだろ?」

「簡単なのだ! 公孫賛のおねーちゃんのところへ行くときに、兵を連れて行けばいいのだ」 

「鈴々正解。少数でも良いから、とにかく兵を率いて合流する事が重要なんだ。だから、俺達で義勇兵を募るべきだと思うけど…みんなはどう思う?」

「それは異論ありませんが…一体どうやって集めるのですか?」

「二つ案があるけど…とれるのは一つかな」

 ここが公孫賛の本拠地である事、この国が既に盗賊と戦闘状態にある事を考えれば、答えは一つに絞れそうだ。

「さっすがご主人様! でも、いくつもあるのに一つなの?」

「うん。お金で雇うか、この町の腕自慢を勝負して負かし、手下にするとかかな。でも勝負をするのは無理だ」

「どうしてなのだ? 勝負なら鈴々に任せればいいのだ!」

「そこなんだ。鈴々なら勝てるだろうけど…ちょっと無理かな」

「どうしてでしょう? お金の無い我々にはそれが一番手っ取り早い手段だと思うのですが」

「簡単なことさ。勝負で負かすのはいい。けど負けた相手が鈴々みたいな女の子じゃ男としての面目が丸つぶれだ。そんな人が仲間になってくれるかな? 俺が勝負しても良いけど、無手じゃ厳しいし、負けた時のリスクが高いし、ここが公孫賛の本拠地であり義勇兵を募集しているという以上、腕自慢の人はそっちに流れてもいるだろうからね」

「りすくって何なのだ?」

「えぇと…危険性、かな? もし逆に負けて俺に部下になれなんて言われたら、勢力を立ち上げるどころじゃなくなるからさ」

「にゃー、お兄ちゃん色々考えてるんだなー」

「むぅ…仕方ありませんね…」

「そっかぁ……でも、お金で雇うとしても、私達お金ないよ?」

 不承不承ながら三人とも納得してくれたようだ。しかし、まだお金で雇うという行為に納得できていないと見える、無い袖は触れぬという事だろう。

「まぁ、兵隊として雇える程お金は無いだろうね。だけどお金はそんなに要らないよ」

「どういう事です?」

「兵の力を買うんじゃなく、兵の数を買うんだよ」

「んーと……?」

「つまり、公孫賛さんの城に行くまで兵の格好をして付いてきて貰うんだ。そうすれば、門番から公孫賛さんには俺達が兵を率いて尋ねてきたって伝わるだろ?」

「ほぉ…なるほど」

「これが俺の意図『お金で兵を雇う』だよ。分かってくれた?」

「はい。……ご主人様も人が悪いですね?」

「仕方ないさ、兵隊さん達を雇う程お金が無いのは事実だし。知恵を使って自分達を大きく見せる……いわゆる、武略ってやつさ」

「ふふっ、それもそうですね。見事な機略、感服しました」

 愛紗と二人で笑う。……と、桃香がいきなり不満げに声を上げた。

「むぅーっ、二人して何笑ってるのー! 私にもご主人様の意図っていうのを教えてよー!」

「そうだそうだー! 鈴々にも分かるように教えるのだ!」

「ちょ、分かってなかったのか二人とも?」

「ぜーんぜん!」

「同じくなのだ!」

 胸を張って答えられても困る。てっきり分かってくれていたのかと思った…。

「…つまりですね。町で半日だけ人を雇って城に付いて来てもらえば、兵を率いていると誤解されてそのまま将――あるいは部隊長として取りたててくれるかも、というお話なのです」

「…えぇと………んー……あ! なるほどー!」

「お兄ちゃん、なかなかやるのだ!」

「分かってくれたか。という訳で、今使える資金を確認したいのだけど…」

 桃香と鈴々も納得してくれた所で確認すると、愛紗が頷いて巾着を取り出す。あれ、意外にある…?

「ここの食事代を払いますと…あとはこれだけですね」

 振られた巾着からはチャリンと硬質な音が一度だけ。目の前には鈍色の硬貨が一つ転がっている。

「これは……資金というか、硬貨というか…無いとは思っていたけど、ここまでとは…」

「…約一名、大喰らいがいますからね」

 愛紗のジト目が鈴々を捉える。確かに、さっきすごい勢いで点心食べてたしなぁ。

「うぐぅ…鈴々のせいなのか…。でも、それは仕方ないのだ!」

「育ち盛りだもんねー、仕方ないよ」

「お姉ちゃんの言う通りなのだ!」

 ここまで開き直られると、逆にすがすがしいってものだ。つい許してしまおうという気になってくる。

「甘やかしてしまって…いやはや、面目次第もありません…」

「仕方ないよ、分かる気もするし。とすると……さて、どうやって資金を調達するか…」

 何か売るとして、俺の持ち物ぐらいか?

「うーん…」

 何か無いかとポケットを探る。胸ポケットを探ると硬い感触があった。

「おっ、これならいい値段で売れるかも」

「何、その細っこいの?」

「これはボールペンっていう筆記さ。桃香、普段字を書くときはどうしてる?」

「え? …それは、墨を摺って筆で書くけど……それがどうかしたの?」

「普通はそうだろうね。だけど俺達の世界だと、こうやって――」

 一緒に入ってたくしゃくしゃの紙に――うわ、英語のテスト解答用紙だ――サラサラと適当にペン先を走らせる。

「――な?」

「すごーい! 文字が書けてるー!」

「これは……さすが天の世界、摩訶不思議な物がありますね!」

「スゴイのだ…! お兄ちゃん、鈴々にそれちょーだい!」

「だめだぞー、これ一本しかないんだからな。 これを実演して売れば、結構な値段で売れそうなんだけど、どうかな?」

 目をきらきらさせて飛びついてくる鈴々から逃げつつ、残りの二人に意見を聞いてみる。

「はい。これほどの物ならば、いい値段をつける好事家がいることでしょう」

「早速、私が売って来るね!」

「いいえ。桃香様が行けば足元を見られるかもしれません。私が行きます」

「えー!? ぶーぶー」

 膨れる桃香も何処吹く風、愛紗は毅然としている。確かに、桃香には駆け引きとか腹の探りあいは出来そうに見えない。

 …ただ、“あの”劉備だとしたら、案外強かだったという説もあるけど。

「なに? ご主人様、私の顔に何か付いてるー?」

「いや、強かというのも、あながち間違いじゃないのかもなー、って」

「???」

「いや、何でもない。あぁ愛紗、俺も行くよ」

「そうですか? では参りましょう」

 右ポケットにもあった硬い感触を握ると、愛紗の後を追って店を出た。

「予想以上、と言うべきかな?」

 あれから数時間、俺達の前にずらりと並ぶ人を眺める。

「ご主人様から預かったぼうるぺんとやらが、破格の値で売れたましたから。百人ほど集める事が出来ました」

「これだけ居れば十分だな!」

「でも、せっかくのお金を全部使っちゃうなんて、やりすぎだと思うのだ。ちょっとぐらい残しておいても良かったんじゃないかなー?」

「うぅん、愛紗ちゃんが全部使ったのは間違いじゃないと思う」

「そうだな。後の事を考えてお金を残すより、全部使ってでも見た目を整える事のほうが今は大事かな?」

 百聞は一見に如かず、ともいうし。これだけの人数を連れていれば相手に訴える迫力も違ってくるだろう。

「お金も使い切ったし、準備は万端だな」

「そういえばご主人様、愛紗ちゃんと売りに行ってたけど、他にも何かあったの?」

「ああ。こいつが無いと、決め手に欠けるかな、ってね」

 桃香の言葉に持っていた細い包みを開ける。出てきたのは陽光を反射して煌く細身の鞘。

「五百円玉…俺の世界の硬貨は貨幣としては使えないけど、造りが凝ってるからな。どうせならと換金してこいつを買ったんだ」

 こちらも思った以上の値をつけたため、見栄えのいい金色の鞘の剣を買ったのだ。どうせアピールするのなら、少しでも目を惹くほうがいい。それに、兵を率いている者が非武装では説得力が無い。

 とはいえ、細身の物を選んだのだが刀と比べると刀身は幅広く、若干短いのに重さがある。反りも無く、居合いには使えなさそうだ。これでは使い勝手が少し違うだろう、無いよりはずっとマシだと思うが。

「そういえば、野盗どもを蹴散らした際、折れてはいましたが得物をお持ちでしたね?」

「あぁ、愛紗は見たんだっけな。同じ物とは行かないけど、代用にな?」

「遠目ながら。あんな細身の秋水でよく…見事な立ち回りでした」

「実は刃が潰れていたんだけどな? まぁ、運が良かったのさ」

「なんと…刃も無く立ち向かわれたとは。勇気も申し分ないですね!」

 武の事で名高い関羽にここまで言われるとは…正直照れくさい。

「ねぇねぇ愛紗ちゃん、ご主人様そんなに強かったの?」

「はい。野盗とはいえ三人もの人間を相手にし、しかも無傷で二人倒していました」

「ほぇー…」

「いや、相手が油断していただけだろうし、最後は愛紗に助けられたよ」

「ご謙遜を。私が出ずとも勝てたのでは? 無手の心得もあるようですし。一度手合わせ願いたいものです」

「にゃ、なら鈴々もー!」

「はは…機会があったらね」

 関羽や張飛を相手に手合わせなんて考えられない事だけど、してみたいと思う自分が居た。実際に見たわけではないが、名前の通り二人ともかなりの使い手であることは身のこなしで分かる。

「私も、愛紗ちゃん達とご主人様の手合わせなら見てみたいな」

「桃香まで…まったく、機会があれば、だからな? はら、まずは公孫賛さんのところに行かないと。頼むぞ、桃香!」

「まっかせて! じゃ、張り切って行こーう!」

 胸を張って歩き出す桃香が心強くもあり、若干不安でもあり…。まぁ、何とかなるだろう。

 プラス思考で考えるままに、皆と共に公孫賛の城へと向かった――。

 兵士姿百人を連れて城を尋ねた俺たちは、門前で少し待たされたものの、下にも置かぬ扱いでそのまま玉座へと通された。今のところは予想以上に上手くいっていると言えるだろう。

 だが、問題はここからだ。全ては桃香の仕上げにかかっている。

「桃香! 久っしぶりだな~!」

「白蓮ちゃん! 久しぶりだねー!」

「慮植先生の所を卒業して以来だから、もう三年ぶりかぁ。元気そうで何よりだ」

「白蓮ちゃんも元気そうで何よりだよ。いつの間にか太守にもなっちゃって、すごいねー!」

「いや、まだまださ。もっともっと先があるからな」

「さっすが秀才の白蓮ちゃん! 言う事がおっきいねー」

「武人として大望は抱かないとな。それより桃香のほうは何してたんだ? 全然連絡が無いから心配してたんだぞ」

「うん、旅をしながらいろんな人を助けてたんだー」

 旧交を温めあう二人に、ひとまずの安堵する。ツカミはオーケーと言った所か。

「人助けか、桃香らしいな。それで?」

「それでって、それだけだよ?」

「……はぁーー!?」

「きゃん!?」

「ちょっと待て桃香! あんた、慮植先生に将来を嘱望されていたのに、そんな事してたのか?」

「う、うん…。でもね? おかげで今のこの世界で何が起きているのか、民の皆さんはどう考えているのか分かったし。それにすっごい仲間も出来たんだから!」

「仲間?」

 そこで漸く俺達の存在に気付いた公孫賛が、少し探るような目を向けてくる。

「桃香が言っているのは、この三人の事?」

「そうだよ。んとね、関雲長ちゃん、張翼徳ちゃん、それにほら、噂の天の御遣いである北郷一刀さん!」

「噂って…管輅とかいう占い師の言ってた、あの天の御遣いの事か?」

「うん、その者、流星とともに五台山の麓にやってきたっていう点の御遣い様! それがこの人なんだー」

「そんな内容だったな。しかし、眉唾ものだと思っていたが…」

 目つきがさらに探るようなものになってくる。あまりいい気はしないが分からないでもない、俺でさえそんな話を聞いたら疑いたくもなる。

 自分の事だから微妙な気分だけれど。

「そんな事はないよ! 一刀さんは本物だよー」

「ふぅーん…」

「な、何かな?」

 頭のてっぺんから足の先まで、じーっと見つめてくる公孫賛に思わずたじろいでしまう。

「あぁっ、白蓮ちゃん私のこと疑ってるのー?」

「いや、疑ってるわけじゃないって。桃香と私の仲だし。何と言うか…それっぽくないなぁって思ってさ」

「そんな事はないよ。私には見えてるもん、ご主人様から後光が差してるのが!」

 後光って…そんな大げさな。

「…まぁ、後光が差してるかは置いといて、一応、桃香たちと行動を共にしてるんだ。宜しく、公孫賛さん」

「そうか。桃香が真名を許しているのなら、一角の人物なのだろう。…ならば、私の事も白蓮でいい。桃香の友なら、私にとっても友だからな」

 視線を和らげて屈託無く笑うと、爽やかにそう言ってくれる。うーん、すごくいい人だ。

「えぇと、じゃあ……俺は北郷一刀。宜しくな」

「あぁ、宜しく頼む」

 差し出した手をぎゅっと握り返した公孫賛――白蓮が、愛紗と鈴々とも挨拶をして桃香と向き直る。一時はどうなるかと思ったが、どうやら上手く行きそうだ。

「…それで、桃香が私を訪ねてきた本当の理由は何だ? まさかただ友誼を温めにきただけじゃないと思うけど…」

「あ、うん。白蓮ちゃんの所で盗賊退治をしてて、義勇兵を募ってるって聞いたから、私達もお手伝いしようかなーと思って」

「おおー、そうか! それは助かるよ! 兵の数はそれなりに揃ってるんだけど、指揮できる人間がいなくて困ってたんだ」

 おしっ、渡りに船!

「聞けば、結構な数の兵を引き連れてきてくれたらしいけど…」

「あ、う、うん、勿論! たくさんいるよー」

「そうかそうか! ……で?」

「で? って何かな?」

「本当に使える兵士は、何人ぐらい連れてきてくれたんだ?」

「あぅ……う…」

「ははっ、桃香の考えている事ぐらい分かる。だけど私に対して小細工はして欲しくないな」

「うぅー…バレてたんだ…」

「これでも太守をやってるんだ、これぐらいは見抜けないと生き残っていけないさ」

 何も言えずしゅんとなる桃香、結果的にだましてしまった白蓮、二人に対し申し訳ない気持ちになる。二人の仲を知らなかったとは言え、やりすぎただろうか。

「ごめん、それは俺が考えた事なんだ。桃香は悪くない」

「そうか、まぁ気にしてないからいいさ。私だって桃香と同じ立場なら考えていただろうし、理解できるよ。だけど、友として信義をないがしろにする者に人が付いてくる事はない。気をつけろよ?」

「下手な小細工を使うより、誠心誠意人に接した方がいいって事?」

「ちょっと違う。胸襟を開ける相手を見抜く目を養えって事さ。分かるか北郷?」

「……真心の伝わる相手を考えろってことか」

 俺の言葉に白蓮が頷く。なるほどその通りだ。何でもかんでも真心を見せれば良い訳でもない、こちらの利益と相手の利益がある事を見抜かないといけない。そしてその上で、胸襟を開ける相手ならば全てに偽り無く見せる。白蓮が言わんとする事はそういう事なのだろう。

「……ありがとう勉強になった。白蓮がいい人で本当に助かった」

「ばっ…そんなのじゃないって。ただの老婆心ってヤツさ」

 頬を染めて何でもない事のように言う白蓮に、何だかとても親近感が持てる。もしかして照れているのだろうか?

 妙に可愛いぞ。

「そ、そんな事より桃香! 兵の数はいったい何人なんだ?」

「へっ? あ…え、えーと……その、あのね。一人もいないんだ」

「……はい?」

「桃香と行動を供にしてたのは、俺と関羽、張飛の三人だけなんだ」

「そうなの…。でも二人もご主人様も、すっごく強いんだよ!」

「憚りながら。腕には自信があります」

「鈴々もすっごく強いのだ!」

「まぁ、俺もそれなりに…」

 俺以外の自身ありげな言葉に、しかし白蓮は眉を下げる。分からなくもない、初見でいきなり判断するのは厳しいだろう。

「う、うーん。…宜しく頼む、と言いたい所だが、正直三人の力量が分からん。そんなに自信があるのか、桃香?」

「勿論! 胸を張って保障が出来るよ」

「そうか…桃香の胸ほど大きな保障があるなら、それはそれで良いけど…うーん」

 未だに踏ん切りがつかないのか、唸りなが俺達を見つめている白蓮。

 と、

 

「人を見抜けと諭した伯珪殿が、その三人の力量を見抜ないのでは話になりませんな」

 

 妙に皮肉とからかいの混じった台詞とともに、一人の美少女が白蓮の背後から現れた。

「むぅ…そう言われると返す言葉も無いが、趙雲はこの三人の力量が見抜けるというのか?」

「当然。武を志す者として、姿を見れば只者でない事ぐらいは分かるというもの」

「へぇ……まぁ星がそこまで言うなら、確かに腕が立つんだろうな」

「ええ。そうだろう…関羽殿?」

「そういう貴女も腕が立つ…そう見えるが?」

「うんうん、鈴々もそう見たのだ!」

「ふふ…さて? それはどうだろうな」

 二人に言われても悠然と笑みを浮かべている少女。性格はともかく、武に関しては俺の世界と変わらずなようだ。

「……まぁあの趙子龍なら、そうだろうなぁ」

 つい、思っていた事が口をついて出た。

「っ!? ほぉう…そういう貴方こそ、なかなか油断のならぬ人だ」

「え? 俺!?」

 俺の言葉に反応した趙雲の瞳が俺を捉えている。眼光は鋭く、腕が立つ事を裏付けているようだ。

「名乗った覚えも無い我が字を、一体いつお知りになった?」

「うんうん。私も趙雲の字は呼ばなかったのに、北郷は何故知ってたんだ?」

「あー、それは…えーと…」

 趙雲、白蓮の双方からそれぞれ、鋭い視線と興味深げな視線が浴びせられる。はたして、どう答えればいいのやら…。

「当然だよ! だってご主人様は天の御遣いだもん」

 答えは予想外の所から出た。いや桃香、間違ってはいないが苦しくないか?

「いや、その答えははおかしい」

「えぇー!? そうかな?」

「趙雲に同意だな。それじゃ理屈の説明になってない」

 案の定、二人とも懐疑的だ。助け舟を出すしかないか、自分の事でもあるし。

「あながち間違いでもないよ。ほら、天の知識ってヤツさ」

 天というのが俺の世界であるとするならば、間違いではない。そこでの知識があるからこそ、口を滑らせてしまった訳だし。

「ほぉ…噂を聞いたときは眉に唾をつけて聞いていたものだが、まさか本物の天の御遣いに出会おうとは」

「本物かどうかは分からないな。ただ、俺の事を本物と信じてくれている人のために、本物でありたいとは思っているよ」

「ふむ……ふふふ。なるほど、なかなかの器量の人のようだ」

 あれ、笑われた?

 と思ったが、笑いながらも俺を見つめる目からは険が取れている。どうやら試されたらしい。

「おいおい、まさか私の元を出て北郷のところへ行くんじゃないだろうな、星?」

「さてさて、それはまだ分かりませんな。天下を憂う者として、徳のある主君に仕える事こそ喜び。…北郷殿がどのような主君となるのか」

 うーん、ご主人様と呼ばれる事といい、主君なんて扱いといい、未だに慣れないのは柄でもないからだろうな。

「主君とか、そんな気は無いんだけどな…」

「でもでも、ご主人様は私達のご主人様だよ?」

「まぁ、その…そういうのは俺には似合わないから、あまり御主人様とか呼ばないで欲しいかなーなんて…」

「えぇー、駄目だよそんなのー」

「桃香様の仰る通りです。我らの主となった以上、呼び方なども受け入れて頂きます」

「そうだそうだ、お兄ちゃんは鈴々達のごしゅじんさまなのだ!」

 そう呼んでくれてないよな鈴々? それはそれで嬉しいから別に良いけど。ってそうじゃないな、話がずれてる。

「まぁそれはそれとして。どうだろう、俺達の参加を認めてくれるかな?」

「…ああ。桃香の力は良く知っているし、他の三人も星が認める程の者のようだしな。一抹の不安はあるが、現在当家には人が居ないんだ。力を貸してくれるというならありがたく受け入れるさ」

「うん、勿論だよ! 私、たくさん頑張るからね!」

「任せとけ! 俺も全力で力になって見せるさ」

「関羽殿も張飛殿も、宜しく頼むぞ」

「あぁ! 我が力、とくとご覧に入れよう」

「鈴々に任せるのだ!」

 こうして、公孫賛と趙雲とともに戦う事になった俺達は、陣に配されるまで休息を取る事になった―。

 侍女に呼ばれて城門へとやってきた俺達の前には、武装した兵がずらりと整列していた。お金で兵を雇った時以上の壮観な長めに、思わず感嘆のため息が出る。

「ふわー、すごーい! この人たち全員、白蓮ちゃんの兵隊さんなの?」

「ああ! ……と言っても正規兵は半分で、半分は義勇兵を組み込んだ混成部隊だけどな」

「そんなに義勇兵が集まったのか…? 異常事態、なんだな…」

「……それだけ、大陸の情勢が混沌とし、民の心にも危機感が芽生えているのでしょう」

 俺の呟きに、隣に来ていた趙雲が応える。それに、愛紗と鈴々が追従して頷いた。

「ふむ…確かに最近、大陸各地で盗賊だの何だのと、匪賊どもが跋扈しているからな」

「いったいこの国はどうなってしまうのだ…」

 この大陸を取り巻く危機が現実となって感じられ、知らず握っていた拳に力が入る。

 俺だけでなく趙雲も、愛紗も、鈴々も同様に感じているらしい。

「民のため、庶人のため……間違った方向には進ませやしないさ、この私がな」

 中でも趙雲は一際感じ入ったのか、眼光には真剣な光が宿っていた。凛とした横顔は自信に満ち溢れ、それだけでなく誇り高い輝きに眩しいくらいだった。

 その煌めきに魅入られたように見つめていると、愛紗が趙雲の正面に立った。後ろには鈴々も続いている。

「……趙雲殿」

 愛車も俺と同じように感じていたのだろうか、趙雲へと話しかける口調には真剣味があった。

「うん? どうされた、関羽殿?」

「貴女の志に深く感銘を受けた。同じ想いを抱くものとして、私の盟友になって頂けないだろうか?」

「鈴々も、おねーさんとはめいゆーになりたいのだ!」

 やはり二人とも俺と同じで、趙雲の台詞に感じ入ることがあったのだろう。その思いは俺にもあった。

「…俺も、二人と同意見だ。その志、共に抱けないかな?」

「北郷殿まで……ふふっ、志を同じくする人間、考える事は同じという事か」

「? どういう事だ?」

「関羽殿に張飛殿、北郷殿も、お三方の心の中に私と同じ炎を見たのだ。そして…志を同じくしたいと、そう思った」

 力強い笑みを浮かべてそう言うと、俺達の顔を順番に眺めて手を差し出した。

「友として、共にこの乱世を治めよう」

「ああ!」

「治めるのだ!」

「勿論だ!」

 その手に愛紗、鈴々、俺の手が重なる。掌を通して伝わる思いは、心臓が高鳴るほどに熱かった。

「…あーっ! 私も! 私もだよっ!」

 しかと手を重ねている俺達の姿を見て、急いで駆け寄ってきた桃香が、その手で俺達の手を包む。

「みんなで頑張って、平和な世界を作ろう! 大丈夫、力を合わせれば、どどーんとすぐに平和な世界が出来ちゃうんだから!」

「ふっ……そうですな、そういうお気楽さも時には必要と言うものです」

「ああ、そうだな。……我が名は関羽、字は雲長。真名は愛紗だ」

「鈴々は張飛! 字は翼徳で、真名は鈴々なのだ!」

「俺は北郷一刀。真名は無いけど気安く呼んでくれな!」

「私は劉備玄徳、真名は桃香だよっ!」

「我が名は趙雲。字は子龍。真名は星という。…今後、宜しく頼む」

 再び、がっちりと手を重ねる四人。そこに、言い難そうな顔をしながら白蓮がやってきた。

「おいおい、私だって救国も志はあるんだから、忘れないでくれよな…」

「あっ、ごめん白蓮ちゃん!」

「ふふ…そう拗ねなくても良いではありませんか」

「な!? す、拗ねてなんているか! ふん…」

 赤く頬を染めてそっぽを向く白蓮。そんな姿にみんなの笑いがこぼれた。

 

 

「――さて、それで俺達は左翼を任された訳だが」

「我らにいきなり左翼全てを任せるとは、なかなか剛毅な方ですな、白蓮殿は」

「これは、期待されてると取ってもいいのかなー?」

「だろうな。期待には応えたいもんだ、鈴々、頼むぞ?」

「応、なのだ!」

 自信満々に胸を張っている鈴々の頭を撫でていると、軍の先頭に立つ白蓮の演説が聞こえてきた。

「諸君、いよいよ出陣のときが来た! 今まで散々追い散らしても戻ってきていた盗賊どもを、ついに殲滅するときが来た! 今まで働かれた悪事に、今日こそ止めを刺してやろう!」

 白蓮の鼓舞する言葉にテンションが上がってくる。ここで気概を折る訳には行かない。

「公孫の勇士達よ! 今こそ名を上げる絶好の機会だ! 各々存分に手柄を立てろ!」

『うおおおぉぉぉーーーっ!』

 大地を揺るがす鬨の声に、白蓮が剣を掲げて応える。

「いざ、出陣だ!」

 振り下ろされた剣と共に、城門が今、ゆっくりと開くのが見えた――。

「くぅ……緊張してきたな…」

 手が震えてくるのを自覚しながら、心情を素直に口にする。独り言のつもりだったが、隣に居た愛紗が反応した。

「どうかしましたか?」

「あぁ、いや…こういうの、初めてでさ…」

 震える手を見せながら、緊張の元である不安を隠さず吐露する。

「俺の世界じゃ戦いなんて遠い出来事だったのに、それが今目の前にある。それがどうにも…怖くてね」

 手足は震え、緊張で胃が痛い。もしみんなが居なければ腰を抜かしていたかもしれない。

「今まで他人事で、せいぜい聞いたりする程度だったのに、今からそれに身を投じると思うと…」

 戦うという事は、人と殺し合いをするという事。この時代では必然の事とはいえ、それをいきなり自分がすると思うと、恐れないほうが無理と言うものだった。

 野盗の時も恐怖はあったが、身を守るだけでよかった。それが、今は自分が命を奪う事になる。比べ物にならない重圧に、左腰の鞘がやけに重く感じた。

「愛紗や桃香、鈴々だって平気そうなのに、男の俺がこの様だ……情けないよな」

「そんな事はありません! 戦いを…まして初陣と言うのなら、恐れるのも当然の事です」

「そうだよ、戦うっていうのは人を傷つけるって事だもん…。本当はしちゃいけない事だよ」

「でも、弱いものへの暴力を見つけたら、それに立ち向かって行かなきゃいけないのだ!」

「うん。私達だって怖いけど、それで怖がって何もしないでいたら、力の無い人たちを助けられないから」

「ですから、勇気を振り絞り、暴虐に対峙するのです」

「……強いね、三人とも」

「えへへ、私のは空元気だけどね? 愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに武芸の嗜みがあるわけじゃないし」

「そうか…じゃあ嗜みのある俺がいつまでもクヨクヨなんてしていられないな!」

 三人に少し元気をもらえた気がする。中でも桃香の姿勢には背中を押された気がした。

 未だに怖いものは怖い。だが、震えているだけで何も出来ないなんてのはまっぴらごめんだ!

「その意気だよ御主人様!」

「あの時は分からなかったご主人様の腕、しかと見せて頂きますよ?」

「足を引っ張るのはごめんなのだ、お兄ちゃん!」

 出来る何かを――この場合は戦う事を。

 人を殺すかも知れないという事に抵抗はある、それを受け入れた上で、やらなければならないんだ。

「言い出した責任は…取らないといけないな」

 この世界で生き残るため。

 現状を認めて、自分で選んだ道を進むため。

 何より、出会ったばかりの俺を励まし、付いてきてくれる三人の優しさの応えるため――。

 頬を叩いて気合を入れると、真っ直ぐに前を見つめる。

「頼りにしてるよ、みんな!」

「うん! 御主人様の為にも、頑張るよ~!」

「存分にお頼り下さい! それこそ、臣下としての喜びです!」

「鈴々に負けないよう、お兄ちゃんも頑張るのだ!」

 天に向かって高らかと吼え上げていると

『全軍停止! これより我が軍は鶴翼の陣を布く! 各員迅速に行動せよ!』

 本陣からの伝令が、命令を伝えながら前線へと駆け抜けていった。

「いよいよだね…」

「ああ。右前方は愛紗、左前方は鈴々に任せる」

「はい! 桃香様と御主人様は…」

「ああ、俺と桃香で中央を形成する。半包囲で迎え撃つんだ」

「うん、分かった! ……二人とも気をつけて」

「御意。では! …聞けぃ、劉備隊の兵どもよ! 敵は組織化されてもいない雑兵共だ。気負うな、さりとて慢心するな! 公孫賛殿の元、共に戦い、勝利を味わおうではないか!」

『応!』

 愛紗の気勢に兵たちの気勢もつられて上がっていく。

「今より戦訓を授ける! 心して聞けぃ!」

『応!!』

「兵隊のみんなは三人一組で敵に当たるのだ! 一人が攻撃、一人が防御、一人が周囲を警戒するのだ! 一人の敵に三人で当たれば必勝するのだ!」

「敵は飢えた獣と心得よ! 情けは不要! 情けは仇となって返ってくると思え!」

「みんなで一生懸命戦って、勝って、平和な暮らしを取り戻すのだーっ!」

『応!!!』

「全軍、戦闘体制を取れ!」

 いよいよ見えてきた敵集団を前に、一斉に抜刀する音が聞こえる。俺も左腰から剣を鞘走らせる。

『盗賊たちが突出ーーー!』

 前線より本陣へ、伝令が声を張り上げて駆け抜けていく。

「いよいよ戦闘開始なのだ! みんな、鈴々に続くのだーっ!」

「関羽隊、我らも行くぞ!」

『おぉっ!』

「全軍、突撃ーーーーーっ!」

『おおおおおおぉぉぉぉーーーーー!!!』

「はあっ!」

『ぎゃっ!』

 不用意に飛び込んできた盗賊を右に避け、すれ違いざまに足を切る。この戦場で知った肉を切る感触が剣を通して伝わる。これでもう三人目だ。

 半包囲の形を布いている以上、必然的に中央は敵の攻勢に絶える必要がある。兵力として一兵も無駄には出来ない以上、俺も前線出でていた。

『死ねっ!』

「くっ…せぇい!」

 切りかかってきた剣を受け止め、左に流して返す剣で左肩を切り裂く。飛び散った血が頬に生暖かい感触を残していく。

『ぐわっ!』

 倒れる盗賊を後目に周りに目をやる。そこかしこで剣戟の音が聞こえてくるが、後ろに敵は流れていない。未だにここが前線の最終ラインとして成り立っている。

 これでいい。桃香が戦えない以上これ以上後ろに敵はやりたくない。何とかここまでで前線を維持して、

『くそがぁ!!』

「っ!?」

 先程左肩を切った奴が、右手だけで切りかかってくる。無謀にも咄嗟に片手で剣を突き出して受け止めたが、盗賊はそれだけで崩れ落ちそうな程度しか力が入ってなかった。

 しかし、鬼気迫る勢いに猛烈な危機感を感じる。切らねば、やられる――?

「…はっ!」

『ぐはっ』

「はぁ、はぁ…誰か、こいつを頼む」

 戦場の狂気が生み出す焦りを何とか押さえ込み、鳩尾に肘を打って意識だけを刈り取ると近くに居た兵に捕虜として渡す。

 この独特の空気には慣れてきたが、すると今度は呑み込まれそうになる。今はまだ正気を保てているものの、いい加減疲れてきた。肉体的にはまだまだ戦えるが為に、却って力を込めてしまいそうで尚更だ。

 人を殺す事を厭わないとは決めつつも、なるべくなら避けるべきだと注意して戦ってきたが、狂気への対抗もあり、そろそろ気を使うのが辛い。

 先程のように、甘い手ごたえでは再び反撃される事もあるのだ。

「そろそろ、精神的にキツいぞ…」

 見れば、前方では漸く我が軍が優勢になり始めたといったところだろう。まだこの戦いは終わらないのに、このままでは先に俺が力尽きるか、戦場の狂気に呑まれて殺戮に走ってしまいかねない。

「…いい加減、腹を決めないと」

 この期に及んで未だに迷いを捨てきれない自分に笑いがこみ上げてくる。このままでいいのか、と自問自答すれど答えは出ない。

「いや、駄目に決まってる。桃香達と約束した…」

 桃園でみんなと誓った、力無き人を助けるために。

 そのためにも、進まねばならない。犠牲は出るだろうけど、それを背負ってでも――こんな所で止まってはいられない。

 

「御主人様ー!」

 

 剣を握りなおして気を奮い立たせていたところ、後ろから聞こえる筈のない声が聞こえた。

「ごしゅ――きゃあ!? だ、大丈夫? 真っ赤だよ…」

「な…桃香!? こんな前線まで何しに来た!」

「銅鑼が聞こえなかったの!? 敵は撤退し始めてる! 追撃しようって伝令さんが来たよ!」

「そ、そうか…」

 そこで漸く気付く。断続的に銅鑼が鳴り響き、周りの兵はみんな追撃姿勢をとっていた。

「俺も行く。桃香は下がって本陣を―」

「駄目っ! 御主人様も一緒に下がるの! 怪我はしてない様だけど…痛がっているように見えるから…」

「し、しかし…」

「いいの、無理しないで。帰ろう? 御主人様…」

 桃香の優しい言葉と共に、血で染まった体を暖かい何かが包み込む。

「あ……桃、香…」

 暖かいものの正体が桃香に抱きしめられている事だと気がづいた時、俺の意識は緩やかに暗転していった――。


 
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