No.732030

真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第五幕(前編)

どうもお久しぶりでございます。

今回は投票で決まった話を投稿する予定だったんですが、ちょっと話の辻褄が合わなくなると判断しまして、今回からの話は冥琳主体の話をお見せ致します。

読者の皆様、大変申し訳ございません。これが終わりましたら音々音メインの話になりますので、もうしばらくのご辛抱を!

2014-10-23 12:30:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1737   閲覧ユーザー数:1605

真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第五幕

 

 いってらっしゃい?

 

 それとも、気をつけてね?

 

 思い出そうとするたびに、分からなくなる。

 

 私は兄に、最後に何を伝えたのか。

 学園の寮へ向かい、玄関を出る後ろ姿に、どんな声をかけたのか。

 

 

 思えば私は、兄の背中をずっとを見ていたような気がする。

 私の手を引いてくれて、先に歩いてくれていた。

 時々みんなを笑わせようと、ふざけたりもしていて。

 そして、いつも明るく笑ってくれていた。

 

 そんな優しい兄が、大好きだった。

 

 ただ単に、甘えたがりだったのかもしれない。

 あの頃は私も、まだ小学校に通っていたとき。

 幼さが勝り。何かに頼りたいとか、すがりたいとか。そんな年頃だったから。

 だからこそ、信じられなかった。

 兄が突然、姿を消したなんて。

 手を引いてくれる人が、私の手を離して先に行ってしまった。

 追いかける人が、後に付いていく人がいなくなった。

 自分の道を断たれたような、突き放される感覚が私を襲った。

 目の前が真っ白になった。悲しさよりも先に、その現実を拒絶するために心を閉ざそうとした。

 

 でも。

 そんなことしたって、兄が戻ってこないことはわかっていた。

 もし戻ってきた時に、私がそんなことをしていたら、何より兄が傷ついてしまうかもしれない。

 優しい兄のことだ。自責の念に駆られるかもしれない。

 

 だから、私は決めた。

 兄を捜すんだ。すがる物を取り戻したい。

 ずっと、追いかけていた物を、追い続けるんだ。

 甘えたがりの私が決めた、あまりにも稚拙な願いだった。

 

 あの優しい兄が、何も言わずにいなくなるなんてあり得ない。

 絶対に何か残しているはず。何か手がかりとなる物を残しているはず。

 家族も私の想いを察した。というよりも、みんな私と同じ想いだった。

 全員で、また笑い合いたかったから。

 奪われたパズルのピースを取り戻して、またいつもの風景を作りたかったから。

 

 でも、実際はそんなに甘くはなかった。

 

 蓋を開けてみれば、行方を示す物なんて、何一つ残されていなかった。

 貼り紙を出しても、捜索願を出しても。

 警察も探偵事務所の人も、どれも結果は同じだった。

 兄の行方やその痕跡は、塵一つとして見つからなかった。

 私はもう、泣くことにも疲れてしまっていた。

 

 それでも、諦めようとは思わなかった。

 

 私は今、聖フランチェスカ学園に通っている。

 逃げ出したかった。けど、立ち向かうしか無かった。

 

 それなりに楽しい学園生活と、優しく接してくれる友人たちとの日々は。

 いまだ満たされないものを残したまま、流れるようにどんどん過ぎていき。

 気がつけば、私は失踪した兄の年齢を追い越してしまった。

 時がすべて癒すという言葉を、恨んだ。

 学園で礼拝しているのに、神様を憎んだ。

 

 そして。

  

 三年生の夏休みを迎えるあの日。

 両親への報告を兼ねて、学園の寮から自宅へと戻っていったあの日。

 家の外から様子をうかがっていた、あの二人に出逢った日。

 

「一度だけでも、会わせてやれないモンすかね……?」

「どう足掻いても駄目なものは駄目だ。余計に心残りができてしまうだろう。さあ、早く戻るぞ……」

 

「でもじれったいでしょ? 別の場所で生きている、失踪した“彼”に会えないなんて……」

 

 その言葉で、私たちの運命が導かれた。

 私の心に、まばゆい光が差し込んできたようだった。

 

 しかし、運命は実に残酷だった。

 

 

 

 目が覚めた。

 さっきまで見ていたのは夢だったんだ。

 今となっては懐かしく、そして息苦しくなる光景だった。

 

 体を起こして、深呼吸で頭をはっきりさせる。

 微かに惚けた視界に映る、私の部屋。

 日本では見慣れない、今では見慣れてしまった装飾。

 

 私はこの世界に来た。来てしまった。

 今となっては無謀だったかもしれないけど、後悔はしていない。

 

 心残りは、出てくるかもしれない。

 でも、覚悟している。

 自分がきっかけなのだから。

 

 寝台から降りて、普段着へ着替えようとする。

 ちょっと頼りない足取りのまま、衣類をしまってある戸棚に近づく。

 

 伸ばした手が、直前で止まる。

 普段着のある引き出しから、正面に見える折れ戸に移る。

 扉は小さく軋みながら、ゆっくりと開く。

 

 

 私の決意が、そこにあった。

 

  

 

 

 

 

「あの、ちょっとお願いがあるんです……」

 

 褐色の肌に艶やかな黒髪が美しい、そしてそれが一層引き立てている端正な顔立ちをもつ眼鏡美女。

 彼女が教授している、義理の妹にそう言われたのはつい先ほどのこと。

 いつものように勉強会が終わり、そのままいつも通りに別れようとした矢先に呼び止められた。

 相談事なら今ここできいてやるが、と持ちかけたのだが。

「いえ……。あの、とりあえず城門の近くで待っていてください」

 そう言い残して、自分に一礼して足早に去っていった。

 勉学に関係ない相談事なのか。そうだとしてもわざわざ改まって呼び出すことはないだろうに。

 考え込みながら城門へと向かっている女性。

 真名を冥琳という彼女は、筆記具などを仕舞った後、少し足早に歩いていた。

「佳乃はいったい、何を話そうとしているのだろうか……?」

 

 冥琳が呟いた名前。

 それは彼女の恋人である北郷一刀の実妹であり、立場上数多の義理の姉がいることとなった、北郷佳乃のものである。

 佳乃はその言動や振る舞いが、すぐに義姉たちの気に入るところとなった。

 律儀に全員の真名に『お姉ちゃん』をつける純粋さと素直さ。

 自分の在り方を考えようと奮闘する健気さとひたむきさ。

 そして、本当に自分の姉として、全員を心から慕う。

 そんな純情さが、多くの人間の胸を打ったのだ。

 だからこそ、皆は彼女に力を貸そうとする。

 相談事があると言われれば、こうして自らの足で出向こうとしているのだ。

 

 そうして歩き続けた冥琳だったが、途中で足を止めて眉根を寄せた。

 視線が向かう城門あたりには、自分の見知った顔があったのだ。

「雪蓮……?」

 顔の持ち主の真名を呟き、再び歩み出していく。

 自分へと近づく気配を感じた相手は、そちらを見やると顔をほころばせた。

「あっ、冥琳ー。やっほー」

 能天気に……もとい嬉しそうに大きく手を振る姿は、やはり雪蓮であった。冥琳は固い表情を崩さぬまま、彼女へと近寄っていく。

「冥琳も佳乃に呼ばれたの?」

 どうしたと切り出そうとした冥琳を、雪蓮の声が遮った。

「雪蓮も、なのか?」

「夕べ相談したいことがあるって言われてね。真面目に悩んでいる可愛い妹の頼みは断れないでしょ?」

 話を聞くというよりは、これから起こりうるイベントに期待している。彼女の性格が感じられて、小さく溜め息を吐く冥琳。

 だが、相談相手が自分一人ではなく、それも雪蓮を頼っているということ。

 内容は勉学がらみではないのだろうと、いささか失礼なことを考えてもいた。

「佳乃から何か詳しいことは聞いているか?」

「ぜーんぜん。ここで待っていてくださいって言われたから来てみたんだけど、まさか冥琳も一緒だとは思わなかったわ。てっきり勉強会が終わって、佳乃だけがそのまま来るんだと。そういえば、あの子の成長ぶりはどんな感じ?」

「正直なところ、それには目を見張るものがある。いずれは亞莎や穏……、もしかすれば私を追い抜くやもしれん。少しは見習ってほしいものだな」

「ホントよねー。うかうかしてたらシャオはお姉さんぶれなくなっちゃうわよねー」

 知ってか知らでか、棚に上げる発言に冥琳の眉間は溝がさらに深くなる。そんな親友の変化など気にも留めずに、雪蓮は周りをきょろきょろと見回している。

「にしても遅いわねー。あの子の部屋からそんなに遠くないはずだけど……あら?」

 唐突に語尾が上がる雪蓮。件の少女がやってきたのかと同じ方向を見てみる。

 しかしそこには少女の姿はなかった。厳密に言えば少女ではなく女性と呼ぶべき姿である、と言うのが正しく、視線を移した二人は僅かに目を丸くする。

 

「おや、策殿。それに冥琳も」

 挨拶をした彼女の方も同じく驚いて、しかし楽しそうに笑っていた。

 緩くまとめたポニーテールと豊満な胸を、祭という真名の女性は小さく揺らしている。

 さらにはその後ろに、もう二人の女性がおり。

「あら。こんなにお呼ばれしていたのね」

「おお。お主らも妹様の御相談か」

 おっとりした口振りの女性と、豪快さの一端を見せた女性。どちらも先の女性と馴染みのある、紫苑と桔梗だ。

 余談であるが、この三名に「少女」というのは、反応の差はあれ失礼にあたる。

 

「おっ、なんや。えらい顔ぶれが揃っとるやん」

 またも加わる声に冥琳がそちらを見ると、今度はさらに二人の見知った顔が現れた。

 笑顔で声を上げた、何故だか用いる関西弁が特徴的な少女。

「ほう。主の妹君はこれほどまでに相談役を御所望であったか」

 そしてもう一人は細身の身体に、白を基調としたミニ振袖のような服をまとっている少女。

 各々の真名は霞と星。武の矜持に対して、並々ならぬこだわりを持つ二人である。

 

 こうして全員が相談役として呼ばれたのを理解した冥琳は、一抹の不安を覚えた。

 相談事や議論というのは、人数が多いほど良いと思われている。

 しかし、あまりに意見が多いとまとまりが悪く、結論が先延ばしになる場合も少なくない。これだけ性格や思考が多様になれば尚更である。

 強いて言えば、成熟した大人の魅力を持っているというのが共通しているだろうか。

 さらに言えば不安はそれだけではない。

 佳乃の意図が余計に分からなくなったのである。

 彼女が伸ばしているものは、軍略や政などの学術的な分野であり、それが彼女自身に相応しいと冥琳は考えていた。

 だが自分と同様に、あの日佳乃を後押しした袁家の二枚看板が、体力作りに励んでいるらしいとも聞いている。

 だからといって、それを今この面子に依頼しようとしているのだとしたら、それはもう恐ろしいことだ。

 とりわけ自分の親友である戦狂いに任せたとしたら、もう目も当てられない。

 これから花開こうとしている人材を、そして自分の大事な家族が一人失われるのは看過できない。

 

「すいませーん! お待たせしました!」

 屋敷の方から、可愛らしい声が聞こえてきた。

 待ち人の到着に全員が振り向くが、途端に疑問符を浮かべていた。

 注目すべきは、向かってくる少女の服装だった。記憶にある少女の印象は、華美な装飾をすすんでしようとしない、その性格にあった優しく大人しめで、あまり自己主張しようと前に出ないものであった。

 しかし今の彼女が身にまとうのは。

 金糸の刺繍を各所に施したきらびやかな上着。

 少し油断すれば下着が見えてしまいそうな丈の短いスカート。

 そしてベレー帽のような帽子をかぶっており。

 普段の彼女らしからぬ、しかしながら持ち前の可愛らしさを一層引き立てる意匠であった。

 それはまるで、彼女の実兄が着る服のような華々しさが感じられた。

「佳乃。その姿は……?」

 冥琳が皆の疑問を代弁する。問いかけられた少女の方も訊かれるのを予想していたのだろうか。少し息を整えた後、服が見えるように両手を広げてみせる。

「あっ、これ。あの、天の国で通っていたフランチェスカの制服なんです」

「それって、確か一刀が行っていた“がくえん”ってトコ?」

 聞き覚えのある単語に反応した雪蓮に、佳乃がはいと頷いた。

「兄が着ている服は天の国の証だって聞いて、私も自覚しなきゃいけないと思いまして……。へ、変ですか?」

「あら、誰もそんなこと思ってないわよ。ねぇ?」

「せやせや。最初見た時はビックリしてもうたけど、なかなか可愛らしゅうてええやんか!」

「そうよ。佳乃ちゃん、普段がひかえめなんだから、そういう服も着ていったら良いと思うわよ」

「ふむ、これはまた雰囲気が変わるのう。どうじゃ、冥琳。これを機に相手の心象を利用する策も講じてみてはどうじゃ?」

「そうですね。……佳乃、それはいずれ改めて教える。だが私からも言わせてくれ。似合っているぞ」

 次々と優しい笑みを向けられて、佳乃は恐縮しながらも、嬉しそうに深々と頭を下げた。

 

「……で、佳乃。我々に相談したい事とは?」

 和んだ雰囲気の中、冥琳が当初の話題を振った。全員が思い出したように佳乃を注視し、それを発端に佳乃は、肩から下げていたポシェットに手を伸ばした。

「はい。あの、これなんですけど……」

 そう言って両の手の平で掬い上げるように取り出したもの。

 中身が詰まりすぎて歪に膨らんでいる、リンゴほどの大きさの麻袋だった。

「それはもしや、お前の?」

「はい。お給金、です」

 こわごわと頷き返す佳乃の言う通り。

 彼女がこの世界に来てから数日間、自主的に行った警邏に対しての給金であった。

 

 ちょうど昨日のことであった。

 三国の君主が呼び出して、佳乃に少々強引な形で渡していったものである。

 

「私が思うに、あまりにも貰い過ぎているかと……」

 唐突に渡されて困惑していた中、受け取った額がどれくらいのものかが気になった佳乃が、知人の“おちゃらけ糸目さん”に訪ねてみたところ。

 

 もうちょい頑張れば、安い家一軒ぐらい買えるっすよ。

 

 と返されて、たまらず卒倒しそうになったほどである。

 私立の学園に通っていることや、家計が比較的裕福ということもあり。

 彼女は、働いて多額の金銭をもらうことに慣れていなかったのであった。

 そのような心中を察してか、冥琳は口元に薄く笑みを浮かべた。

「いや、それには今のお前に対する評価も含まれているのだろう。蓮華様も、お前の今後の成長に期待なさっている。まあ、励みにしろということさ」

「そんな……。私、お金で評価だなんて」

「ならばお前が一層頑張れば良い。能力を評価してほしいと、我々に示す。それだけのことだ」

 待遇を不服に感じるのなら、それに見合うだけの術を身につければ良い。そのためにも自分の能力を伸ばすよう努めろ。

 冥琳の瞳がそう語っているようで、残る面々もしっかりと頷いている。

 注がれる期待から目を逸らさずに、佳乃は強い眼差しで頷き返した。

「……ん? つまり佳乃は、その事を悩んでいたと?」

「えっと……。実は、使い道が思い当たらなくて……」

 その言葉に全員が目を見開く。

 静かに衝撃を受けていたものの、だがふと冷静に見れば、まあ仕方ないことかと何度も頷いていた。

 先述の通り、佳乃はとりわけ目立つ行動をとろうとはしない。

 少々内向的な性格や自身の無さが、それを引き起こしているのだろうが、それでも最初の頃よりは積極的になってきているというのは身内の弁。

 しかしその控えめさは普段の素振りからも明らかで、何か着飾ろうだとか、率先して盛り上げようだとかと動き出すことがまず無かった。

 だからこそ、今の彼女の風貌に一同が驚きを見せたのである。

 

 まあ、彼女の兄について言えば、いろいろド派手なことをやらかしているのは周知の事実ではあるのだが。

 

 ともかく。金の使い道が分からないというのは、ある種贅沢な、そして少々悲しむべき事でもある。

 趣味や娯楽など、自分の生活を彩る要素に費やせないのだから。

 大切な妹の為になるのならばと、姉たちは次々と意見を出してきた。

 

「ねぇ、せっかくだから今から佳乃の服を買いに行かない? この際だからとびっきり可愛いの選んであげるからさ!」

「あ……。あの、服は沙和お姉ちゃんが、たまに着させてくれるので……」

 曹魏のオシャレ番長は、新たな素材を見つけて尽力しているらしかった。親友の真面目な銀髪少女と同様に、困った顔をしながらつきあっている佳乃の姿が容易に想像できた。

「では妹様。お食事に出かけられてはいかがですかな?」

「甘味処とか好き? “お姉ちゃん達”が一押しのところに連れて行ってあげるわよ」

「……元々そんなに食べるほうではありませんし、甘いものは好きですけど今はそんなに……」

「ならば読書に励んではどうじゃ。あらゆる書に触れることも大事じゃぞ」

「今はこのお城の書庫にある本全てを読めるように頑張っているので、個人で読むまでは……」

「そらちっと頑張り過ぎちゃうか? たまには力抜かんとバテてまうで。どや、馬に乗ってパーッとどっか行ってみいひんか。案内したるわ!」

「そ、それでしたら乗馬の練習から始めないと。いろいろご迷惑をかけてしまうから……」

「では演劇などはいかがですかな。民の平和を守る、見目麗しい仮面少女の活躍を描いたものなどお勧めかと」

「あ、あの……。確か今日は公演がお休みだったと思い、ます……」

 

 と、このような感じで次々と意見は流されてしまった。

 佳乃自身に悪気は無いのは皆も理解しており、むしろいつもよりも身体を小さくしてしまっているので、申し訳ないような気分になっていた。

 しかしこうも否定されてしまっては、一体どうしたものだろうかと、一同は頭を悩ませていた。

 そんな中、一人だけ意見を出さなかったのは冥琳。

 彼女はただじっと、佳乃を観察していた。

 冥琳の頭の中には、ある一つの仮説が浮かんでいた。

 

 もしかすると佳乃は、既に使い道を決めているのではないか?

 そう考えると、辻褄が合うような気がしていたのだ。

 

 使い道が思い当たらなかった。

 それは“自分のため”の使い道に限り、“誰かのため”ならば思いついた。

 実に佳乃らしい考えだ。

 意見を否定していたのは、その中に自分の考えが当てはまらなかった故で、返答が尻すぼまりになっていたのもその為。

 そしておそらく彼女一人だけでは実行が困難であり、こうして協力してくれそうな人間を集めた。

 選りすぐった陣営だったということだろう。

 そしてこの面子を結ぶ共通点は、一つしかない。

 

「……酒か?」

 呟くようなその声に、佳乃はすがるように冥琳の顔を見る。

 冥琳はどこか満足そうに息を吐き、他の面々は合点がいかないのか冥琳を見やる。

「どういうことよ、冥琳。佳乃がお酒呑みたいってこと? まだこの子は呑めないって聞いてるわよ」

「いや、呑むのは佳乃ではない。おそらくは両親か祖父だろう。日頃の礼にでも贈ろうと考えていたが、どの酒が良いのか分からない。呑んだことが無いのなら尚更だ」

 だからこうして、酒に詳しい人間を集めて相談したかった。そんなところだろうと、再び佳乃に目を向ける。

 言い切られた佳乃は、しかし遠慮がちに首を横に振っていた。

 

「あの……。私は、皆さんに飲んでほしくて……」

 

 一斉にキョトンとなる。

 どういうことだ?

 自分たちに飲ませることが相談だというのか?

 何か怪しい酒を造っている店があるのか?

 

 いや、そもそも佳乃は何をしようとしていたのか。

 様々な情報が飛び交う中、まともに彼女の意見を聞いてはいなかった。

 冥琳はそのことを詫び、佳乃が本来何をしたかったのか。

 彼女の口から全てを説明してくれるよう頼んだ。

 

 やはり申し訳なさそうに、消え入りそうな口振りが紡ぎ出した言葉は。

 

「このお金は、私が警邏をして貰ったものですけど……。でも本当に警邏をしたのは、皆さんですから……。差し出がましいかと思ったんですけど、そのお礼にお酒をご馳走したかったん、です……」

 

 つまり、これから皆に酒を奢りに行きたかった、ということであった。

 相談ではなく提案。

 そして悩みではなく、むしろ喜ばしいことであった。

 

 主に自分たちが。

 

 ポカンとしてしまった女性陣を見た佳乃は、慌てて頭を下げる。

「う、嘘をついてしまって、申し訳ございませんでした!」

 反応しないのを、皆が怒っていると思ったらしい。

 それでも喋り出そうとしないのを怪しみ、おそるおそる顔を上げると。

 

 ……ほとんどが身体を小刻みに震わせていた。

 やはり怒らせたかと思った佳乃。だが即座に、皆の顔が徐々に緩んでいくのを確認した。 

 

 その時、彼女の頭に既視感がよぎる。

 

 あれ、前にも同じようなことがあったような?

 確かこの世界に最初に来た時に、紫苑お姉ちゃんが……。

 

 そこで彼女の思考は一旦途切れてしまう。

 幾つかの人影が、甲高い声とともに素早く飛びついてきた。

 小さく叫ぶ佳乃の声も掻き消されてしまい……。

 

「キャー! もう、この子ったらどうしてこうも可愛いのかしら!? 私たちにお礼してくれるなんて、本当によく出来た妹じゃないの!」

「本当じゃ! 儂らには勿体無う娘子じゃのぅ!」

「ちょ、ちょっと待っ、てくだ……さい……! くるしいですぅ……!」

「そう仰いますな! これは我々の感謝の印として愛ででいますゆえ……」

「せやでー! 佳乃がメッチャええ子やから可愛がっとるだけや。“ヨシヨシ佳乃”やでー! おー、ヨシヨシ!」

「な、なんですかそれ……ひゃああ! どこ触ってるんですかあ!? やめてくださ……やぁん!」

 

「いい加減にしないか!」

 

 怒号で一喝、皆の動きが静止する。

 唯一動きを止めなかったのは、揉みくちゃにされていた本人。

 

 息も荒く、紅潮した顔。

 瞳も微かに潤んで、……なんというか恍惚としている。

 

 と、冷静に観察していた冥琳は咳払いを一つする。

 その後ろでは騒動に加勢しなかった約二名。星と紫苑が声を潜めて笑っていた。

 

「……とりあえず、鎮まれ」

 何に対してなのかは、あえて口述しない。

 誰彼の名誉を尊重して。

 愛玩していた約四名が口々に謝罪し、少女のほうも落ち着いたようで、それでも多少はぎこちない表情であった。

 一段落したのを見計らい、冥琳が少女の前に一歩出る。

「佳乃、お前の配慮は私も嬉しく思う。……だがな、ここに顔を揃えた人間は並大抵の酒豪ではないことはお前も承知だろう」

「……はい」

「となれば、お前の手持ちが容易く浪費されるのも、想像に難くない」

「いざと言う時の蓄えは別に除けています。ですから全額使うわけではありませんので……」

「……では、はっきり言おう。あまり雪蓮たちを甘やかすのは、こちらとしては得策ではない。そもそも……」

 

 と反論しようとした冥琳の前に、名前の挙がった雪蓮が躍り出る。

「あーっ、冥琳ったらヒドーい。せっかくの可愛い妹のお誘いを断る気なのー?」

「お前達はタダ酒にありつけるのが嬉しいだけに見えるが……?」

「そんなことないわよー。優しい佳乃の心遣いに、すごーく感動してるんだから。ねーぇ?」

 佳乃の肩に手を置いて、晴れやかな笑顔で柔和に語りかける。

 それを起因として、残る愛玩軍団も便乗してきた。

「そうじゃ、冥琳。お主の教え子がこうまでして誘ってくれておるんじゃ。乗らないほうが可哀想とは思わんか……?」

「妹様は誠意をもって我らにお声を掛けてくださった。それを無下にするとは、なんとも嘆かわしい……」

「ええやんかー。たまには羽根伸ばしたかて、罰は当たらへんで?」

 こういう時には驚くほどの団体行動を発揮する酒仙ども。矢継ぎ早に繰り出される口撃に、いつものように反論しようと口を開く。

 

 が、しかし。ここで冥琳に楯突きだしたのは佳乃のほうであった。

 といっても理論で責め立てたりなどはしなかった。

 それ以上に効果的なもので……。

 

「ダメ、ですか……?」

 上目遣いと、泣きそうな瞳。

 裏表も無く、腹黒さも無いその輝きは、冥琳を怯ませるには十分すぎた。

 ……これは、卑怯だ。何も言えなくなるじゃないか。

 

 これには勝てませんな、と。星が呟く声が聞こえてきた。

 まったく、やっかいなものだ。兄妹揃って人を誑かすのに長けているとは……。

 

「ハア……。雪蓮、そして祭殿。あまり深酔いしないよう……」

 了承を意味するその言葉に、どっと歓声が上がる。

 佳乃も顔をほころばせていた。

 しかし喜びも束の間、すぐさま艶女の愛玩となり、またもや嬌声じみた叫び声を上げる。

 とは言え、先ほどよりも多少加減されているのがせめてもの救いか。

 

 そんな騒々しさを端から眺めていた冥琳。

 彼女はこれから起こりうる、酔っぱらいの処理をどうしようかと思案していた。

 そもそもこの面子は警邏の時に、何かにかこつけて酒に有り付こうとしていたらしいじゃないか。

 しかも、邑の民が佳乃へ貢ぎ物をしようとするのを見越してだ。

 

「……佳乃ちゃん、本当にいい子よね」

 ふと隣を見れば、同じく騒ぎを眺めている紫苑の微笑む横顔が。

 目の前の光景であるはずなのに、なぜが遠くを見ているように。

 穏やかさの中に、どこかやりきれない思いが感じられて、冥琳はつい黙り込んでしまう。

 

 自国の現君主が、想い人を見舞いに訪れたあの日。

 冥琳の胸中で、その日溢れ出していた人々の想いが渦を作る。

 飲み込み、巻き込み、次第に大きくなる渦を。

 

 こればかりは、致し方ありませんな……。

 

 またも呟く星の声。冥琳が反応する前に、星のほうがゆっくりとその場を離れ、城下へと足を運ぶ。

 

 

 

 ……ああ。まったく、やっかいなものだ。

 

 心の中でそう呟いて、冥琳は眼前の騒ぎを抑えるべく踏み出した。

 

 

 そうしてこの日。

 また一つ、渦が作られてしまうのを、誰が予想できただろうか。

 

 

 

 

 −続く−

 

 


 
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