No.71953

ネアトリア王国記二話「竜との契約」

倉佳宗さん

サイトにて展開している「読者参加型シェアードワールド小説」の二話目です。
作中内に自分の考えたキャラクタを出してみたい人はぜひ一度サイトへお越しください。
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2009-05-05 11:40:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:624   閲覧ユーザー数:592

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 飛竜と契約するための旅が始まる日の朝も、フェトゥン卿はいつもの時間に起きた。今日が出立する日だからだろうか、東から昇ってくる朝日が目にしみる中いつもは感じない一種のすがすがしさを感じる。

 フェトゥン卿は齢四〇を超えており、体の衰えも少しずつではあるが自覚し始めていた。そのために昨年ネアトリアハイム騎士団を脱退し、それまでの功績ということで伯爵の位を授けられたのだ。誰もが認める大貴族となった時、フェトゥン卿は静かな老後を送るであろうと思っていた。だがしかし、何が騎士団にそうさせるのかはわからないが飛竜騎士団を再結成させるという。

 その役目に抜擢されたのがネアトリアハイム建国時、飛竜を買っていたルシード・フェトゥンの血を引くフェトゥン卿だったというわけである。最も、この旅路はそう長いものではないし護衛として二人の傭兵を雇っていた。

 今頃、階下の部屋で彼らもフェトゥン卿と同じように目を覚まして、竜の谷までの旅路に思いをはせているのかもしれない。これから旅をするために寝巻きからいつもの絹で縫った普段着ではなく、革で作られた旅装に身を整えて一階にある食堂へと足を運ぶ。

 長方形のテーブルには既にシグマとムスタファ、二人の傭兵が向かい合うようにして座っており、何も乗っていない皿だけが二人の前に置かれていた。そしてフェトゥン卿は食堂の一番奥、暖炉の前にある上座の席に座る。それを見てから女中がフェトゥン卿の前に空の皿とナイフとフォーク、そしてスプーンを置いた。

 フェトゥン卿のを顔をしげしげと眺めている二人の傭兵に対してニッコリと微笑を浮かべて見せながらフェトゥン卿は両腕を広げ「よく私の依頼を受けてくださった、心から感謝する。その謝礼としては何だが、旅を始める前にたっぷりと腹ごしらえをしてくれたまえ」

 そう言うと食堂にいる三人の前に置かれている空の皿にソースが満遍なく掛かった焼いた牛肉が置かれ、パンと野菜のたっぷりと入ったスープが置かれる。

「三品しか用意できなくて申し訳ないが、それぞれに贅と共に栄養が付く様なものを用意させてもらったつもりだ。お代わりは幾らでも用意してあるから、好きなだけ食べていってくれ」

 最後の言葉は二人の傭兵のうち、まだ若そうなシグマへと顔を向けて言った。彼は顔立ちにもまだ幼いところを残しており、肉体を見てもまだ発展するだろうと思わせるところがある。詳細な年齢を聞いてはいないが、フェトゥン卿の見立てが正しければまだ一〇代ではなかろうか。

 その反対側に座っているムスタファはシグマとは対照的に、短く刈り込まれた髪の毛は白くなっており同様に髭も白い。そして顔には深い皺が刻まれており、彼の歩んできた道を髣髴とさせる。フェトゥン卿はちょうど今年で四〇になったところであるが、彼はそれよりも年を取っているに違いなかった。

 食前に行うマール・クリス教の祈りを終えてから食事を始める。フェトゥン卿は傭兵のことだから礼儀作法などは出来ていないだろうと考えていた。だからこそ作法をあまり気にせずとも食べれるようなものを出したのだが、ところがどうだろう。二人とも音を立てずに静かに食べるではないか。

 これは嬉しい驚きであった。フェトゥン卿はこれから彼らに護って貰わなければならない、騎士を務めていたため荒事には慣れているが伯爵の身分を持つ者としては品性のある人間に守ってもらう方が良いに決まっている。

 静かに食事が進む中、唐突にムスタファが口を開いた。

「フェトゥン卿、此度の我々の任は陛下の護衛だけでありますが……その、賊の討伐などはしないのでしょうか?」

 肉を切っていたナイフとフォークを止めてムスタファの顔を見る。その表情は精悍であり、揺るがぬ意志を持っているように思えた。フェトゥン卿も竜の谷へと至る道に現れる山賊の事は知っている、騎士団にいる時は彼らに散々手を焼かされたものだ。

 確かに彼ら山賊を討伐することが出来ればネアトリアハイムにとって益になろう。しかし益になるとはいってもたかがしれている、せいぜいこのヴェスティン=フスを中心とした一帯が少し静かになるだけである。

 それに今回の旅路はたったの三名、数十人をまたぞろ引き連れていくのならばついでに賊の討伐を考えても良いがあまりにも人数が少なすぎた。

「ムスタファ殿、貴公の意は理解した。しかし、今回はたったの三人だ。それで賊を討伐は出来ない」

「シグマ、君はどう思う?」

 ムスタファは話の矛先をシグマへと向けた。良い返事をしてくれると期待してのことだろう、だがシグマは静かに「反対だ」と答えただけである。

「金にならないし……そんなことより、俺は竜を見てみたい。だからこの依頼を受けた」

 シグマが続けたこの言葉にムスタファは目を丸くし、フェトゥン卿は笑いを堪えるのに必死だった。なるほど、彼の言うことは傭兵としての理にも叶っているし、何よりも未来を思わせる。

「シグマ……そりゃ本当か?」

「本当だ。俺は竜を見たことが無い、だから……見てみたい」

「はは、なるほど。シグマ君の意見は実に単純明快でわかりやすい、というわけだムスタファ殿。私も昨年までは騎士として警邏の役に就いていた者だ、貴公の気持ちは痛いほどに良くわかる。だが今の我々がすべきは竜と再び契約を行い、飛竜騎士団を再結成することだ。いずれ山賊討伐はなさねばならぬことだが、今ではない」

 言い切ってフェトゥン卿は食事に戻り。瞳だけを動かしムスタファの様子を確かめる、山賊討伐の意見を引っ込めはしたが煮え切らない部分はあるらしい。それは仕方が無い。山賊の討伐が出来るのならばフェトゥン卿が騎士であった時代に既に行っている。だがそれは出来ないのだ。

 ヴェスティン=フスは山の中腹に位置している都市なのだが、ヴェスティン=フスより上は険しいものであり重装備の騎士が進軍できるような場所ではない。加えて山賊は軽装で地の利まで心得ていると来た。ヴェスティン=フス周辺にまで下りてきたのならば迎撃できるが、せいぜいそれが精一杯。彼らの本拠地を見つけ出したとしても、それを叩けるだけの戦力を送り込めないというのが現状なのであった。

 しかしそれも、飛竜騎士団が復活すれば状況が変わるかもしれない。そんなことを思いながらフェトゥン卿は野菜のスープを啜った。

 

 

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「いやぁ、実に険しい道のりですなぁ陛下」

 ムスタファがパイプの煙をくゆらせながら言った。今は両腕、両足を使わなければ上れないような断崖を登っている途中なのだが言葉とは裏腹に彼には辛そうな様子は無い。フェトゥン卿も去年まで騎士団に所属し、その日の勤務が終われば稽古を絶やさず行っていたのだが、それを一年怠っただけでも体というのは衰えるもののようだ。

 それともこれは年齢による、いわゆる老衰と呼ばれる類のものだろうか。しかしそれは信じたくなかった。フェトゥン卿の隣を登攀しているムスタファは聞くところによれば齢五〇を超えているという、フェトゥン卿よりも一〇も年上なのだ。だからこれは日々の鍛錬が足りないせいなのだろう、しかし上を見れば流石に若さには勝てないと思わされるところもあった。

 先頭になって登攀しているシグマはまさに突き進んでいる。時々、二人の老人を置いていってしまわないか確認するために見下ろしているぐらいだ。既にかなりの高さまで上ってきているのだが、確認のためとはいえ下を見下ろすことの出来るシグマの胆力には恐れ入る。さらに言えば二人の老人を置いていけるだけの力を持っていることがフェトゥン卿としては羨ましい。

 パイプをくゆらせ、余裕を見せながら登攀しているムスタファではあるが流石にシグマには叶わないと見え苦笑している。フェトゥン卿の視線に気付いたムスタファはフェトゥン卿と目を合わせ「若さには勝てませんな」と言った。

「まったくです……私も昔はあのぐらいのことが出来たはずなんですがねぇ」

 と、フェトゥン卿も返した。シグマはまだ少年といっても良い年齢であり、既に老齢と呼ばれてもおかしくないムスタファ、それに老齢を迎えつつあるフェトゥン卿からしてみればまばゆいばかりに輝いている。登攀するために伸ばす手足は一つ一つ確実に出っ張りを掴み順調に上っていく。

 その後は登攀による疲労もあるのか会話はなくなり、ムスタファもどうやったのか、いつの間にかパイプをしまって上ることだけに専念していた。終わりが近づくとシグマは速度を上げて、二人の年長者を置いて崖を上りきる。そしてすぐに顔を出して「助けは、いるか?」とまで聞いてくる始末だ。

「まだ坊主の手を借りるほど年くっちゃいねぇよ!」

 と、ムスタファは返しフェトゥン卿も「私も年寄りでは無いので助けは無用だよ」と返す。だが二人とも上り終えると、ぜいぜい肩で呼吸せねばならずこの時に助けを求めておけば良かったのではないかとフェトゥン卿に思わせた。そんな二人とは対照的にシグマはいつでも歩き出せるように準備をしている。そればかりか二人の助けにするためにどこから見つけてきたのか、丈夫そうな蔦まで用意していた。

 中々に気の利く者だなと感心しながらシグマを見るが、彼はこれから歩むための道を眺めている。彼は言っていた、竜が見てみたい、と。シグマはきっと急いで進みたいのだろう、フェトゥン卿にも覚えはある。幼い頃、ヴェスティン=フスの路地裏を探検するときなど、この先には何があるのだろう、その一心だけで走り回っていた時期もあった。それを失くしてしまったのはいつ頃なのか。

「この先を行くのか?」

 シグマが指を差す。その方向は彼がさっきまで向いていた方向であり、獣道が続いていた。フェトゥン卿はまだ呼吸を整えている途中だったため言葉で答えることが出来ず、頷くことでその道を進むことを示す。するとシグマはさっさと歩き出そうとする、それを止めたのはムスタファだった。

「待てよ坊主」ムスタファはパイプの煙をくゆらせる。

「あれを見てみな」

 言うと共にムスタファは今まで来た断崖のほうへと視線を向けた。シグマはそれに倣い、フェトゥン卿も断崖の方角へと視線を向ける。そこに広がっているのはまさに自然の驚異というしかなかった、山の稜線はどこまでも繋がっており濃い緑に覆われていた。そんな中、時折見つかる何も無いように見えるところは村や集落なのだろう。

 ヴェスティン=フスを眺めることが出来た。円形の都市を囲む城砦を見渡すことが出来、中心に立つ尖塔が一際目立っている。ヴェスティン=フスにいればわからないが、こうやって外に出て高台に出てみればヴェスティン=フスがネアトリアハイム有数の大都市であるといっても自然には到底叶わないのだと思い知らされた。

 ネアトリアハイムの建国にも関わった賢人ワグニムスはかつてこう言ったことがあるという「人の科学技術がどこまで発展したとしても、自然には絶対に及ばない」、と。今、その言葉の意味をフェトゥン卿は体感した。シグマがその賢人ワグニムスの言葉を知っているかどうかはわからないが、彼もフェトゥン卿と同じものを感じているに違いない。ムスタファは涼しげな顔をしてパイプの煙をくゆらせながらフェトゥム卿に顔を向ける。

「ところで陛下、竜の谷まで後どれぐらいの道のりなのでしょうか?」

「うむ、あぁ……後、半日と言ったところか」

 空を見上げる、太陽は徐々に傾き始めていた。

「今から行けば夜になってしまうな、流石に夜にお邪魔するわけには出来ないが……かといって地図によればここより先で休めそうな場所も無かった。仕方の無いことではあるが、ここで野営をすることになるか」

「今日はもう進まないのか?」

 シグマの問いにフェトゥン卿は頷くしかなかった。ここより先は獣道が続いているばかりであろうし、そのようなところで野営をするわけにはいかない。夜の山の中では人間などほんのちっぽけな存在でしかないのだ。

「そうか、残念だ」

 そう言って再び獣道に体を向けたシグマが背負っていたバルディッシュを構える。ムスタファはパイプを即座に離し腰に刷いているサーベルの塚に手を掛けた。ムスタファ卿も体を反転させると同時にサーベルの塚を握っている。いつのまにやってきたのか、山刀を手にしよく日に焼けた肌をした上裸の男が三人、獣道の前に立っていた。

 三人のうちの一人が一歩前に進み出て口を開こうとしたとき、シグマはもう動いている。バルディッシュで一歩前に出てきた男を逆袈裟に切り上げたのだ。並大抵の筋力で出来ることではなく、シグマが怪力の持ち主であることに今気付く。そのままシグマは振り上げたバルディッシュでもう一人の男を頭から叩き斬った。

 残った一人は震えながらも山刀をこちらに向けている。戦意を喪失しているというわけではなさそうだ。その時、すぐ側の茂みから何かが飛び出してきた。それが山賊だということに気付いたときには、強い力によってフェトゥン卿は後ろに引きずられておりそのまま背中から地面に叩きつけられる。

 視界に入っているのは左腕に山刀を差されたムスタファの姿だった。加勢に入らねばと即座に立ち上がるが、その必要は無いようである。既にムスタファの剣が山賊の左胸から刺さり背中まで伸びていた。フェトゥン卿の視線に気付いた彼は笑って見せたが、その左腕には山賊の山刀が突き刺さっており鮮血を垂れ流している。

 彼の元に歩み寄ろうとしたが背後から近づく気配を感じ取り、狙いを定めぬままサーベルを振り回しながら反転する。フェトゥン卿の視界に映ったのは首から鮮血を迸らせながら倒れようとしている山賊の姿であった。どうやら伏兵がまだいたということだったらしい。

 最初に現れた三人の内の最後の一人はシグマが既に上半身と下半身とに分けており、息の根は既にとまっていた。早くもこの場所に血と臓物の臭いが溢れかえる。この場で一晩過ごすのは無理となった時、フェトゥン卿が最初にとった行動はシグマに近づき殴ることだった。

 彼の瞳が皿のように丸くなり、そこには険しい目つきをしたフェトゥン卿が映る。

「何故、彼らの言葉を聞かなかった?」

「話に聞いていた賊だと判断したからだ、賊ならば陛下に危険が及ぶ。だから早急な対処をした」

「賊だと判断した根拠は?」

「服装だ」

 再びフェトゥン卿はシグマの頬に拳を殴りつけた。彼が殴られた理由を解かってくれればいいのだが、シグマは感情のない瞳をフェトゥン卿に向ける。そこからは何も読み取れない。

 これ以上、シグマに対してすべきことはないと判断して抜き身のままだったサーベルを鞘へと収める。ムスタファは既に左腕の手当てをしており、フェトゥン卿の視線に気付くと笑みを浮かべて見せた。その仕草に心強いものを感じながらも、休む場所を失ってしまい今夜の寝る場所をどうするか思考を巡らす。

「進むしかないでしょうな」

 ムスタファの言葉にフェトゥン卿は考え込む。地図や聞く話によればここから先は獣道しかなく、休めるような場所はない。飛竜の生息地に近いということで人を襲うほどの力を持った魔物の類がいないことが唯一の幸いといえた。

「シグマ、得物をしまえ。もしかすると今日中につけるかもしれんからな、それと私に殴られた理由を考えておけ」

 言ってから獣道の中へとフェトゥン卿は足を踏み入れる。

 

 

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 道を遮るようにして生い茂る草木をサーベルでなぎ払いながら進む。始めはそうも思わなかったのだが、この獣道は意外と暗い。うっそうと生い茂った木々は日の光すら遮っている。だというのに足元にも多少は踏み鳴らされているとはいえ、雑草が青々と茂っていた。

 断崖を登り、戦闘を行ったにも関わらず休息を取ってはいないのだ。疲労は蓄積しており、何度か戦を経験しているフェトゥン卿ではあったが足取りは自然と重くなる。

「どこか休めるような場所はないのでしょうか?」

 フェトゥン卿の後ろを歩くムスタファが言った。彼の呼吸は荒い。先ほど受けた傷のこともあるのだろう、それとなく彼の左腕を盗み見た。出血は既に止まっているようだが巻かれている包帯は変色した血で汚れている。

 ムスタファのためにも休める場所が欲しかった。しかし、行けども行けども獣道。辺りの草木を薙ぎ払い無理やり場所を作ろうかとも考えたのだが、時折見かける毒虫のことを考えるとそんな気は失せてしまう。

 人を襲うほどの大型の動物がいないことだけがせめてもの幸いといえることだが、本当にいないという保証は無く、さらに言えば先ほどの賊の仲間が復讐のために後ろから追いかけてきているかもしれないのだ。

 そのことがフェトゥン卿の心を焦らせる。

「休める場所を見つけ出すためにも、今は先を急ごう」

 そう告げると後ろからは溜息しか返ってこなかった。フェトゥン卿がムスタファと同じ状況に置かれていたのならばきっと同じ事をしていたであろう。

 日は暮れ始めたのか周囲は暗闇に閉ざされつつある、持参してきているランプに灯りを灯したいがそのための場所も無い。焦りで足は速くなる、いつの間にやら道は険しいものに変わりつつあり三人は木の根や石につまずきながらも前に進んでいく。

 どれだけ進んだのだろうか、疲労で朦朧とし始めたフェトゥン卿の頭だったがそれを唐突に冷ますような光景が目の前に広がった。恐らくそれは太古の昔より変わらぬ光景だろう、太陽が沈み始め星が姿を現しつつある空には翼を一杯に広げた飛竜が飛び交い、その下ではいくつもある洞窟から飛竜たちが招かれざる来訪者を睨み付けている。

「これが竜の谷……」

 シグマが感慨深そうに言って、ムスタファも驚嘆の溜息を漏らした。フェトゥン卿も話には聞いていたが、想像を絶する光景に言葉が出ない。見渡す限り飛竜たちの姿しか見えず、あまりもの幻想的かつ雄大なる風景に己の任務を忘れてしまいそうになるほどだった。

 だがフェトゥン卿は自身に与えられた任務を思い出し、一歩前に進み出ると上空を飛んでいた飛竜の一頭が風を凌ぐほどの速度でフェトゥン卿の前に立ちはだかり、威圧的な視線を向ける。

「何をしに来た?」

 飛竜の声に敵意こそ無いが、警戒されているのがありありとわかる。

「私はルシード・フェトゥンの血を引くライール・フェトゥン伯爵である、飛竜達を滑るヒスヴェット殿に話があって参った」

「我らが女王ヒスヴェット殿に話だと? フェトゥンの血を引くものがまた何用だ?」

「ネアトリアハイムは再び飛竜達の力を必要としている、ぜひまた力を貸して欲しいのだ。そのためにここまで参った」

「ネアトリアハイムが我らの力を? 笑わせる。皆、聞いたか? ネアトリアハイムは我々の力を必要としているそうだ!」

 フェトゥン卿の前に立ちはだかった飛竜が大きな声で言うと、そこら中から笑い声のような飛竜達の鳴き声が聞こえた。

「フェトゥン伯爵と言ったな。ルシード・フェトゥンの血を引く貴方を無下に扱いたくは無い、だが申し訳ないが我ら飛竜は二〇〇年前の戦争以来ネアトリアハイム……いや、人間に力を貸さんと決めたのだ。これは我らが女王ヒスヴェット様の決めたこと、二〇〇年前の戦争がどのようなものであったか私は知らぬがヒスヴェット様が人間に力を貸すなと言われた以上は私には何も出来ない」

「せめてヒスヴェット殿と話だけでもさせてもらえるのだろうか?」

 頭を下げて懇願するが飛竜は首を横に振るだけだった。

「我らが盟友であるルシード・フェトゥンの血を引く貴方に対しては無礼かもしれぬが、ヒスヴェット様の決めたこと。せめて貴方がたを街の側までお送りしよう、見たところ怪我をしている者もいるではありませんか」

「しかし――」

 食い下がろうとするフェトゥン卿の眼前に飛竜はその顔を寄せた。

「ヒスヴェット様は言っておりました。私は人間と話をする気は無い、だが彼の英雄が蘇ったとなれば話は別だ、と」

「彼の英雄?」

「私に言えるのはここまでです。さぁ、私の背にお乗りくださいライール・フェトゥン卿とそのお連れの方よ。街までお送りいたします」

 飛竜は背を向けて、乗りやすいように体勢を低くしてくれた。だがフェトゥン卿はこの竜の背に乗る気は起きなかったが、これ以上話しても埒が明きそうにないというのも事実だった。

 シグマとムスタファを眺め見るが、シグマはともかくムスタファには限界が近いだろう。幾ら処置を施しているとはいえその場しのぎのものだ、ちゃんとした医術を心得ている人間に診せたほうが良い。

 止むを得ずフェトゥン卿は飛竜の背に乗り、シグマとムスタファにも乗るように促した。

「では飛びますよ」

 そう言って飛竜は翼を広げる。

「待ってくれ、ヒスヴェット殿に伝言だけ残しておきたい」

「何でしょうか?」

「私はあきらめてはいない、と」

「承知しました」

 飛竜が翼をはためかせる。瞬時に地上は遥か彼方のものとなり、竜に乗って三人は帰ることとなった。


 
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