No.71836

ネアトリア王国記第一話「失われた剣を求めて」

倉佳宗さん

サイトにて展開している「読者参加型シェアードワールド小説」の一話目です。
作中内に自分の考えたキャラクタを出してみたい人はぜひ一度サイトへお越しください。

2009-05-04 14:53:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:670   閲覧ユーザー数:632

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 ネアトリアハイムを建国したヨアキム一世が剣王と呼ばれるのには理由がある。彼は王者の剣とも呼ばれる聖剣アログリスを手にし、多くの仲間を得てエトルハイムを打ち倒したからだ。

 だがヨアキム一世が国王となってからアログリスの姿を見たものはいない。ある時、臣下の者がヨアキム一世に「剣はどこか?」と、尋ねた。返ってきた答えは「私が保管している」というものだったのだが、ヨアキム一世が崩御され身辺整理が行われたのだがアログリスの行方は分からない。

 アログリスはネアトリアハイムが建国されてから行方不明となっている。建国三〇〇年が経過した今でもアログリスの行方は不明であり、ネアトリアハイム騎士団はアログリスの探索を傭兵ギルドに依頼した。

 だが、誰が知ろうか。

 ヨアキム一世を支え、ネアトリアハイム建国に貢献した英雄がいることを。彼の英雄もまた魔力ある剣を持っていたことを。そしてネアトリアハイムに危難が訪れるとき、彼の英雄が再び現れるということを。

 今はもう既に人々の記憶から忘れ去られた英雄の剣は、とある森の中でひっそりとネアトリアハイムを英雄の魂と共に見守っている。

 

 

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 ネアトリアハイム東部に位置するソウルム=ヴァドは何の変哲も無い農村である。街道から近いわけでもないため旅人が訪れることも少ない、それでも宿屋はあるらしく名前は<緑の剣亭>という。そこがリディルの目指す目的地だった。

 穂先を布で包んだハルバードを肩に担ぎながら羊皮紙を取り出して、そこに書かれている傭兵ギルドからの依頼文を読み直す。

 ソウルム=ヴァドのすぐ隣にある剣の森と呼ばれる森の中にアログリスがあるらしいことと、それの回収。そして仲間となる人物と<緑の剣亭>で合流して欲しい、ということが書かれている。

「仲間、ねぇ……」

 溜息を吐きながらリディルは放牧された牛達が草を食むのを眺めた。組織立った行動は好きではない、他人のことを考えながら行動するのは疲れることであるし、何よりも……そこでリディルは思考を止めて<緑の剣亭>がどこかソウルム=ヴァドの村内を歩き回った。

 巨大なハルバードを肩に担いでいるせいか人々の視線は自然とリディルに中心し、好奇の的となったようだ。井戸端では水汲みに集まった女達が寄り集まって何かひそひそと囁いている。

 このような街道から外れた村では娯楽も少ないのだろう、そんな中によそ者が入ってくれば自然と話のネタになる。きっとリディルの容姿だけで全てを知ったつもりになって、会話に華を咲かせているのだろう。

 そんなことはリディルにとってどうでも良いことだった。剣の森へ行き、そこに聖剣があるかどうかだけ確認すれば良いのだ。それさえしてしまえばこの田舎臭いソウルム=ヴァドともお別れ、そして二度と来ることも無いだろう。

 だが、と思ってリディルは足を止めて周囲を見渡した。ソウルム=ヴァドは決して規模が大きいわけではない、むしろ小さい部類に入るはず。だがリディルの探している<緑の剣亭>が見つからないのだ。

 もう一度だけ村内を歩いてみるかと思ったとき、リディルのすぐ隣にあった建物からとんでもない大きさの怒声が響いてくる。思わずリディルは両手で耳をふさぎ、体をすくめてしまっていた。それは村人達も同様で、怒声が響いてきた建物に視線を向けている。

 リディルもその建物に目を向けると<緑の剣亭>と書かれた看板が目に入った。怒声の中心地点が目指していた場所というのは何とも気の萎える話だが、この宿で同じ依頼を受けた傭兵と合流しなければ今回の仕事は始まらないのだ。

 やれやれ、と思いながら扉を開いて中に入る。扉には鈴が付けられていたのか、涼しげな音が鳴り僅かな間を置いて「いらっしゃい!」という威勢の良い宿の主人の声が掛けられた。<緑の剣亭>は入ってすぐ食堂という作りになっており、まだ昼間だというのに顔を赤くして骨付き肉に齧り付いている大男がいた。

 大男は禿頭で顎に髭を生やし、彼の背後の壁には全て金属で作られた巨大なハンマーが立てかけられている。大男も簡素ながら鎧を身に纏っていることを考えると彼が今回リディルと同じ依頼を受けた傭兵なのだろうか。

 それを確かめるためにも彼の真向かいの席に断りも無く陣取った。禿頭の大男は齧り付いていた肉を皿に置いてリディルを根目回すと、リディルのハルバードに目をやる。お互いに考えていることは同じのようだ。

 リディルが懐から丁寧にたたんで置いた傭兵ギルドからの依頼状を机の上に出すと、大男もまた同じように依頼状を机の上に出した。但しこちらはぐしゃぐしゃに丸められていたのか皺だらけではあったが。

 二人の依頼状は一言一句同じものであり、傭兵ギルドの印も押された本物の依頼状だった。つまりはこの昼間から酒を飲んで肉に食らいつくような大男が今回の相棒、というわけらしい。

「あんた、名前は?」

「リディル・ロムフェロー、得物はハルバードだ。そちらは?」

「俺の名前はディ・モルク。得物はこの全部金属で作った特製のウォーハンマーよ!」

 そう言ってモルクは壁に立てかけていたハンマーを軽々と手に持って見せた。普通のウォーハンマーは先端部分のみが金属で作られているものだが、彼が手にしているものは明らかに全てが金属で出来ている。

 自然と重量もとんでもないことになっているはずなのだが、それを軽々と扱ってみせるところから考えるに彼の筋肉は並みの人間よりも遥かに優れている。おそらく武器など使わなくともその膂力だけでモンスターを倒してしまうことだって出来るだろう。

「会っていきなりなんだけどよ、お前酒呑むか? 呑むよな?」

「いや、俺は……そんなことよりも仕事の――」

 リディルの言葉はモルクの大声によってかき消されてしまう。何もそんな大声で葡萄酒を注文しなくても、それほど大きく無い宿だ聞こえているだろうに。

 モルクが葡萄酒を注文してから十数秒で恰幅の良い女性が木製の大ジョッキに注がれて出してきた。しかもそれだけでなく、骨付き肉までセットで付いて来ている。リディルがこれは何事かと目を丸くしているとモルクが喋りだした。

「何だよ目を丸くしちまって? お前も傭兵だろ? だったらやっぱり肉だぜ肉! 肉を食わなきゃ強い体は作れねぇからな」

「それは分かるが……俺はあんたとは――」

 違うと言い掛けようとするとモルクは顔を触れんばかりの距離まで近づけてくる。彼の鼻息は荒く、そして酒臭い。

「いいかぁリディル。肉体ってのはなぁ、肉を食って作るもんなんだ! そして作った肉体に活力を与えるのはこの酒だぁ!」

 そう言ってモルクは片足をテーブルに載せてジョッキを掲げた。その時の勢いで葡萄酒がジョッキから盛大にこぼれたがモルクは気にする様子も無い。良くも悪くも豪胆な性格なのだろう。繊細すぎる性格よりかはよっぽどマシだとリディルは思う。

 この仕事の間だけとはいえこの豪気な男と行動を共にするのだ。彼に合わせたとしても悪くは無いだろう。

 リディルも片足をテーブルに載せてジョッキを掲げる。そして互いに視線を交わしてニヤリと笑いジョッキの中身を一気に飲み干す。まったく同じタイミングで飲み終えると、たまたま通りがかった宿の主人に向けてジョッキを突き出し二人して同時に言った。

「同じもん持って来い!」

 

 

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「あ~、頭が痛い」

 剣の森に入ってからリディルが最初に放った一言目がそれだった。同じだけの量を呑んでいた筈なのに隣を歩いているモルクはケロッとした顔でウォーハンマーを担いでいる。

「何だ二日酔いか?」

「みたいだ……」

 言いながらリディルは額を押さえる。頭の奥底から鈍痛が響いてくるようだ。幸いなことに真っ直ぐ歩くことは出来るし、ハルバードを担ぐことも出来る。仕事だというのに昨日は昼間から飲みすぎた、安易に人の誘いに乗るものではないとリディルはまた一つの教訓を得た。

「なさけねぇなぁ、男ならあのぐらい普通に飲めないとダメだぜぇ」

 口笛を吹きながらモルクは歩く。ジョッキ一〇杯を超える葡萄酒を飲んでいたというのに、何故この男は平気なのだろうかとリディルは思う。体から突き出しているような肩、丸太のように太い手足、そもそもの作りからして自分とは違うのではないだろうか。

「あぁ、そういやぁよお前は聖剣について何か知ってるか?」

 モルクの問いにリディルは首を横に振った。どうにも二日酔いが酷すぎて喋ることすら辛い。

「俺も色々あっていわゆる諸国漫遊ってやつをだな、してた時期があんだよ。そん時に聖剣アログリスの話を聞いたんだが、何でもあれにゃ形が無いそうだな」

「形が無い?」

 問い直すとモルクは真面目な顔で頷いた。

「何でも持ち主がどんな人物かによって形を変えるらしいぜ。だから見つからねぇとも聞いた気がするわ。そこでよリディル。今のアログリスには持ち主がいないみたいだからどんな形をしてると思う?」

「どんな形になるといっても聖剣といわれるぐらいだから、少なくとも剣の形をしているのは間違いないんじゃないのか」

 リディルが意見を述べるとモルクは首を横に振り「いいや違うね」と断言した。リディルはもちろん「それでは剣と呼べない」と返したのだが、モルクは「違う」の一点張りでありリディルの意見を聞こうともしなかった。

「じゃあどんな形になるんだよ」

 そう尋ねた時、モルクは待ってましたと言わんばかりに得意げな表情を形作る。

「俺はこう、ぐにゃぐにゃしたもんじゃねぇのかなぁ、って思ってんだよ。多分、溶けた鉄みてぇになってんじゃねぇのかなぁ? で、人が触ったら剣になんだよ」

「根拠は?」

「そんなもんはねぇ」とモルクは即答かつ断言した。流石にこれには呆れるしかなく、手にしていたハルバードを思わず落としそうになるほどだ。しかし、根拠も何も無いのにモルクはアログリスが溶けた鉄のような状態になっていると信じて疑わないらしい。

 流石に剣と呼ばれているのだから、そんな状態で存在しているのは疑わしいとリディルは思うのだがモルクは自説を信じきっている。一体、根も葉も無いそんな話をどうすれば信じることが出来るのだろうか。

 モルクに気づかれぬよう小さく溜息を吐き、その後は会話も無いまま剣の森を二人並んで進んでいた。

 異変に気づいたのはどちらが先だったのだろうか。リディルなのか、それともモルクなのか。剣の森に入ってから既に一時間以上は経過しており、もうすぐ聖剣があることになっている中心部まで後少しというところでこの森の怪異に気づいたのだ。

 二人は立ち止まり、耳を澄ましてみる。風が吹き、木々を騒がせる音以外には何も聞こえない。リディルが近くにあった草むらに飛び込んでみるが何も反応は無かった。これには流石のモルクもおかしいと思ったらしく、肩に担いでいたウォーハンマーを構える。

 リディルもモルク同様にハルバードを構えてお互いの背中を守りあう。

「おい、いつからこうなってたんだ!?」

 モルクが怒鳴るがリディルは「知らない」と答えるしかなかった。何故、今まで気づきもしなかったのだろうか。この森は明らかに生気を欠いている。その理由は明白だ、虫一匹としてこの森に生息してはいないのだ。

 聖剣の影響なのだろうか、植物の生育に関しては他の森と変わるところはないのだが動物が全くいないというのは妙なことである。もしや聖剣ではなく、魔剣の潜む森に来てしまったのではないだろうかとリディルは思ったほどだ。

「どうする?」

 モルクが周囲を警戒しながら聞いてくる。

「どうすると言われても森の真ん中まであと少しだ、ここまで来たのなら行くしか無いだろう。それにネアトリアハイム騎士団からの依頼だ、下手に断れば干されてしまう」

「確かにな」

 その後、二人は言葉を交わすことなく太陽を見て方角を間違えないようにして森の中心部へと向かう。その道中にもやはり虫一匹の姿を見ることは無かった。

 突如、開けた場所に出る。そこは木々が生い茂ることなく太陽の光が燦々と輝き、沼がその光を反射していた。そしてその沼のほとりに一本の剣が刺さっている。あれがアログリスだろうかとリディルは一瞬だけ思ったが、どうにも違う気がしてならない。

 良く見てみればそこに刺さっているのは剣と呼ばれるものではなかったからだ。刀身は緑色に輝き刃は刀身の片方にしか付いておらず、先端が反っている。唾の部分も円形であり、ネアトリアハイムやその周辺諸国で見られるものとは全く違う。

 そこに刺さっているのはこことは異なる文化圏で作られたものに違いない。

「あれがアログリスか?」

「いや、違うと思う……だが、あれは――」

 リディルが続けようとした時に風が吹いた。風は剣の森の木々の間を通り抜けて詩を謳う。それは言葉ではなかったがリディルの内側に強く響いてくるものがあった。抽象的なものでしかないがそれは強さを称えていた、そして死を嘆き、復活の時が来たことを悲しんでいる。

 今までに経験したことの無い得たいの知れない感覚にリディルの体は震えた。モルトも体を震わせている。そんな二人を嘲笑うかのように風は森の中を踊り、謳っていた。徐々に風は二人のいる森の中心部へと集まり始める。

 正確に言えば沼のほとりに突き刺さっている一振りの刀のもとに。徐々に風は強烈なものになっていき、歌は聞こえなくなり叫び声に変わっていた。だがその中に歓喜を感じるのは何故だろうか。

 リディルもモルトも沼のほとりに刺さる刀に視線を集中させていた。風が集まり人型を作り始める。何が起こるのだろうかと目を見開いていると、衝撃が体を襲い吹き飛ばされてしまう。慌てて起き上がりハルバードを構えると、沼のほとりに今まではいなかった男が一人立っていた。

 男は俯いたままほとりに刺さっている刀の柄を片手で握り締めている。身長はリディルよる僅かに低そうだ、服装は上下共に黒で髪の色も黒いために真っ黒になってしまいそうだが、羽織っている黄色のマントが全ての黒をぶち壊しにしている。

 男が顔を上げると彼の金色の瞳がリディルを射抜いた。

「なぁ……ネアトリアハイムが建国してから何年経った?」

 唐突な質問にリディルは咄嗟には意味が分からなかったが、すぐに「三〇〇年ほどだ」と答える。男は空を仰ぎ見て「そうか、三〇〇年か。長いのか、短いのか……」感慨深そうに男は呟いた。

「貴様は誰だ?」

 問いながら一歩前に出る。そのリディルの動きを見て男は刀を抜いた、だが構えはしなかった。

「俺のことを知らないのか? 俺はオラウス・ウォルミス、ネアトリアハイム建国に携わった英雄だ。まぁ、実際にネアトリアハイムが建国した瞬間には立ち会えなかったんだけどな」

 そう言ってオラウスは苦笑する。彼の挙動、表情、どこも危険なものを感じさせないのだが、ただ一つ、彼の金色の瞳だけが奇妙だった。普通ならば金色の瞳を持った者など生まれては来ない。

「てめぇ! よくもやりやがったな!」

 今頃になってようやく起き上がったモルトがウォーハンマーを構えてオラウスに突進する。オラウスの口元がニヤリ、と動くのをリディルは見逃さなかった。モルトがウォーハンマーを振りかざして、そして振り下ろす。

 モルトのウォーハンマーはオラウスを捉えることなく地面に叩きつけられていた。その振動はリディルにも感じられるほどだ。そしてオラウスはいつの間にかモルトの後ろに回り、刀で切りつけた、ように見えた。

 実際には斬っていないらしくモルトは気を失ったのか、その巨体を地面に沈ませる。仲間がやられたとあっては黙ってはいられない、リディルは構えを低くして呼吸を整え、全身に魔力を溜める。充分に溜まったところで呼吸を一瞬止め

「風よ!」

 周辺の風がリディルの周りに集まり体を浮かせ、人の脚力では決して出せない速度でオラウスに迫りハルバードを突き出す。それをオラウスは体の軸を回転させることによって避けた。だがそれではハルバードを完全に避けたことにはならない。

 ハルバードとは斧と槍を組み合わせた武器である、最初は槍として使って避けられた。だが斧となっている部分はオラウスの方に向いている。

 腰を回すようにして可能な限りの力を込めてハルバードを薙ぐ。だが手ごたえは無い、オラウスの姿を探すがどこにも無い。周囲が一瞬だけ暗くなり、まさかと思い空を仰ぐ。

 見えたのはオラウスの下半身だけだった。次の瞬間、こめかみに衝撃が走り一瞬だけ視界が暗転し意識が無くなる。気づけば地面に倒れ、得物であるハルバードも手放してしまっていた。見上げればこちらを見下ろすオラウスの姿が見える。

「筋は悪くない、研鑽すれば二人とももっと良くなる。英雄の俺が言うんだ、間違いない」

 そう言ってオラウスはにこやかな笑みを残してマントを翻した。不思議なことに、彼の姿は消えている。当たりを見回しても倒れているモルト以外には人の気配すらも感じられなかった。


 
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