私は一人だった。
血の繋がった両親は事故で亡くなり、私は義理の両親からずっと虐待されてきた。まともな食事を与えられず、風呂にも入れさせて貰えず、ストレスが溜まっては私に対して暴力を振るってきた。
私は一人だった。
学校でも同じだった。クラスの皆からも散々苛められた。上靴を隠され、机に落書きされ、トイレでは上から水をかけられ、校舎裏では同級生の女子達に制服をズタボロにされた。先生からは見て見ぬフリをされた。
私は独りだった。
何処に行っても皆、私の事を見ようとしない。当然だろう。私は顔に痣があって、服はズタボロの状態。自分から関わりを持とうとする人なんて誰もいやしなかった。
私は独りだった。
何度も家に帰りたくないと思った。でも帰らなくちゃいけなかった。私一人じゃ、どうやったって生きる事は出来ないから。毎日そんな気持ちでいた。味方なんて誰もいないと思っていた。だから工事中の建物の近くを通った時、私は気付けなかった。
「危ない!!」
私の真上から、鉄骨が落ちてきた事に。
そして、私は死んだ。
このまま私は天国か地獄、どちらかに行くのだろうと思っていた。
「君、転生してみないかい?」
あの神様に、転生されられるまでは。
「能力はそうだねぇ、う~ん……まぁ適当なものでいっか」
神様は私の話を碌に聞かないまま、勝手に私を違う世界へと転生させた。
そこからは、私も幸せだった。
父親は仕事しつつも、私の為に休みをとって遊園地などに連れて行ってくれた。母親は家事をしつつも、私の為に身の回りの世話をしてくれた。
「僕はアキヤ・タカナシです。よろしくね、大川さん」
学校では、アキヤ君を始めたくさんの友達が出来た。私が困っていればいつも皆が助けてくれて、テストで百点満点を取った時は先生や両親から褒められて、時には友達から勉強を教えて欲しいと頼まれる事もあった。
私は幸せだった。
転生前の人生とは違って、私は恵まれていた。転生前の事はもう思い出したくもなかった。それだけ私は今を幸せに生きたいと思っていたから。
だから驚いた。
「どうせテメェも不正転生者だ。だったら俺がこの手で殺そうが喰らおうが、俺の自由って訳だ」
私の転生は、やってはいけない事だった事を知らされたから。
凄く驚かされた。
アキヤ君まで、私の事を殺そうとする者の一人だと知ったから。
「…なるほどねぇ」
そして今、恵里から転生の経緯を一通り聞かされたルカ逹は若干だが困り顔になっていた。今までは自分勝手な考え方しかしていない不正転生者ばかり相手取ってきたのだが、何も悪事を企んでいない不正転生者と遭遇したのは今回が初めてだったのだから。
「確かに、嘘はついていないようね。嘘発見機も反応してないし」
「でもどうします? いくら彼女が悪人でなくとも、不正転生者を見逃すなんてマネは出来ませんぜ」
「そうなのよねぇ。う~ん、困ったわ」
「ご、ごめんなさい。私の所為で、朱音さん達にもご迷惑を…」
ちなみに恵里も、朱音からOTAKU旅団について一通りの説明を受けた後だった。話の壮大さに恵里も最初はただただ驚くばかりだったが、話を聞いている内に事の重大さも少しずつ分かってきたからか、彼女は最後まで朱音の話をしっかりと聞き入れていた。
「むしろ謝らないといけないのは私達の方ね。いくら任務といっても、恵里ちゃんのような子もちゃんと討伐しないといけないなんて…」
「どうします? 一回
「…恵里さん」
朱音とFalSigが対応に困っている中、今まで黙っていたルカがようやく口を開く。
「アキヤ、君…?」
「本音を言うと、出来れば僕はあなたを殺したくない。でも任務である以上、僕は嫌でもあなたを殺さないといけない。本当ならこんな事、聞く側は到底受け入れられるような話じゃないのに…」
「う、ううん! 良いんです! 知らなかったとはいえ、不正に転生した私がいけなかったんですし。それに……私は、アキヤ君にまた会えただけでも、凄く嬉しかったから……だから」
「? だから…?」
「…一日だけで良い……アキヤ君、私とデートしてくれませんか?」
「!?」
恵里の発言にルカが驚く。
「私……今までずっと、あなたの事が好きでした。あなたが海鳴市から旅立った後も、ずっと忘れられないくらいに……一日だけで良いんです。その間だけでもあなたと一緒に過ごせれば、私はそれで…」
「恵里さん…」
恵里は笑顔を見せながら、ルカにそう告げてみせる。しかし彼女の笑顔に若干の曇りがある事は、ルカ逹にもハッキリ分かっていた。
「…一日だけ、猶予を与えましょう」
「! 朱音さん…」
「任務自体に期限は無いわ。せめて死ぬ前に一つだけでも、願いを叶えてあげましょ?」
「…はい」
朱音の意見にルカも頷き、恵里と向き合う。FalSigも反対意見は無いらしく、離れた位置からルカと恵里を見守る。
「…分かりました。明日、二人でデートに行きましょう。僕とあなたで、一緒に」
「! …うん。ありがとう、アキヤ君」
「いえ。お礼を言わないといけないのはこっちの方です。むしろ、本当なら謝っても到底許されない事だというのに…」
「良いんです。じゃあアキヤ君、また明日」
「…えぇ、また明日」
恵里は嬉しそうに微笑みながら手を振り、ルカ逹の下から走り去って行く。ルカもそんな彼女が見えなくなるまで手を振り続けてから、静かに振っていた手を下ろす。
「…何だか話しかけ辛いわね」
「えぇ…(俺等、どうしましょう?)」
「(私達はロストロギアの回収に集中するべきね)…ルカちゃん。私達はひとまずロストロギアの捜索に回るから、また後で合流しましょう」
「あ、はい。分かりました」
朱音とFalSigがその場からいなくなった後、ルカはその場に一人立ち尽くしていた。
「恵里さん……僕は…」
しかし、それも長くは続かなかった。
-ドガァァァァァァァァァァァァァンッ!!-
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
「うわ、怪物だぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
近くから聞こえてきた爆音と、民間人の悲鳴。ルカは思わず最悪の展開を想像する。
「あっちは、確か恵里さんの向かった……ッ!!」
ルカは急いで、爆音の聞こえてきた方向へと走り出す。
数十秒前、大川家の住む民家より少し離れた場所にて…
「大川恵里さんですね?」
恵里の前に、竜神丸がスーツケースを持って姿を現していた。
「あ、あなたは…」
「全く、ルカさんも面倒な事をするものですね。ターゲットである不正転生者如きに、わざわざ猶予なんて与えようとするなんて」
「!? ま、まさか、あなたも…!!」
「とにかく、不正転生者に存在されては困ります」
竜神丸はスーツケースを開き、その中から『S』と描かれたUSBメモリ―――ガイアメモリが取り出される。
「なので……大人しく、死んで貰いましょうか」
≪スコーピオン!≫
「!? う、ぁ…!!」
竜神丸はガイアメモリを投擲し、恵里は思わず両手で顔を覆う。しかしそれがいけなかった。投擲されたガイアメモリは恵里の右腕に挿し込まれていき、彼女の身体を怪物へと変異させていく。
「さぁ暴れなさい。スコーピオン・ドーパント」
「が、ぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
恵里は“蠍”の記憶を司る怪物―――スコーピオン・ドーパントへと変異。毒々しい体色。蠍を象徴する長い尻尾の毒針。全身の頑丈な鎧。人ならざる物となった恵里は獣のような咆哮を上げ、街中へと進行する。本能のままに、ありとあらゆる物を破壊する為に。
「さて、これで彼女は化け物となった。後はあなたの手で彼女を始末するだけです……そうでしょう? ルカさん」
竜神丸は醜悪な笑みを浮かべながら、スコーピオン・ドーパントが向かった街中へと転移する。
『グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「か、怪物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
噴水広場に出現したスコーピオン・ドーパント。それに驚いた民間人が次々とその場から逃げ出し、スコーピオン・ドーパントは高らかに咆哮を上げながら広場のあちこちを破壊し始める。
「!? まさかあれは…クソッ!!」
駆け付けたルカは最悪の展開が訪れた事に舌打ちしつつ、暴れながら移動するスコーピオン・ドーパントを追いかけるべく走り出す。その様子を、離れた位置からZEROが退屈そうに眺めていた。
「ふん……思ってた通りだ。あの竜神丸の野郎が、不正転生者を放っておく訳が無い」
「よく分かってるじゃないですかZEROさん」
「あ?」
ZEROの横に、竜神丸がヌッと姿を現す。
「テメェ、いつの間に…」
「いつ現れようとも良いでしょうに。まぁそれはともかく……どうです? あのスコーピオン・ドーパントの様子は。なかなかに凶暴そうでしょう」
「ふん、興味ないな。毒を生成する程度の能力なんざ、喰らうに値しない」
「おやま、あまりお気に召しませんでしたか。まぁ別に良いですけど……せっかくルカさんの為に“殺しやすい状況”を作ってあげたんですから、管理局の連中に横槍を入れられても困ります。彼が戦いやすい環境を作ってあげても良いんじゃないですか?」
「馬鹿かお前。何故俺がアイツの為に作ってやらなきゃならん」
「ご安心を。ちゃんと報酬も考えてありますから」
「何?」
「少し、お耳を」
竜神丸はZEROの耳元である事を伝え、それを聞いたZEROは小さく笑みを浮かべる。
「ほう……一つ聞くが、それはいつ出来上がる?」
「完成には一カ月もかかりませんね。どうでしょう? 人払いの結界を張って、約一カ月の間だけでも辛抱すれば“その力”があなたの物となります。悪い話ではないと思いますよ」
「…お前のその上から目線が気に入らんが、まぁ良い。約束を破れば……分かっているな」
「えぇ、もちろんですとも」
その言葉を聞いてから、ZEROは先程と同じようにルカとスコーピオン・ドーパントが移動した方向にも人払いの結界を張ってみせる。これで誰も両者の戦いに横槍を入れる者はいなくなった。
「さてさて。仕事が順調に進んで、私も嬉しく思いますよ~♪」
「ふん、マッドが何をほざくのやら…」
「待て!!」
『!! グルァァァァァァ…!!』
噴水広場から移動し、海岸までやって来たルカとスコーピオン・ドーパント。二人のいる海岸はZEROの発動した結界によって誰も侵入出来ない領域となっているのだが、ルカはそんな事など知る由も無い。
『シャァァァァ…!!』
(!? やっぱり、アイツの中から恵里さんの気配を感じる…!!)
スコーピオン・ドーパントの正体が恵里だと分かり、ルカは苦い表情になる。彼女とデートの約束をした筈なのに、どうしてこんな状況になってしまっているのか。何度もそう考えてしまうルカだったが、生憎そんな事を考えている余裕は無かった。
『…グルアッ!!』
「!? が、く…!!」
人としての理性が消え去っているスコーピオン・ドーパントは大きく飛び上がり、その鋭い爪を振るってルカに襲い掛かる。ルカは素早く聖剣を取り出し、振るわれてきた爪を防御する。
「ッ…聖剣カーテナ……慈悲の剣と呼ばれる剣なら…!!」
『!? グゥッ!!』
スコーピオン・ドーパントの爪を振り払い、ルカはゆっくりと聖剣を構える。
「彼女を……苦しみから救ってみせろ!!」
『ガァァァァァァァァァァッ!!!』
ルカは言い放つと同時に駆け出し、スコーピオン・ドーパントも同じように突撃して行く。
一方、山の麓では…
「さてと。朱音さん、ロストロギアの回収は完了しましたぜ」
「お疲れ様、FalSigさん。後は…」
スライム型のロストロギアを無事に封印した朱音とFalSig。そんな二人の足元には…
「が、げほ…!!」
ボロボロのバリアジャケットを纏ったまま、地に伏せているフェイトの姿があった。その近くにはエリオとキャロの二人が気絶しており、フリードリヒも目を回してノビてしまっている。
「くっ……朱音、さん…どう、して…!!」
「あら、まだ意識があったのフェイトちゃん? 大丈夫よ、そこの子逹は気絶してるだけで、命までは奪ってないから」
朱音とFalSigがロストロギアを発見すると同時に、実はフェイト率いるライトニングもちょうどその現場に鉢合わせしていた。フェイトは朱音の存在に驚きつつもロストロギアを奪い返そうとエリオやキャロと共に挑んだのだが、その結果大敗。フェイト逹は戦闘不能の状態に追い込まれ、ロストロギアの奪取も失敗に終わってしまったのである。
「ッ…何故、ですか……何故あなた、が、こんな―――」
「ごめんなさい。少し眠っていて貰うわ」
「が、ぁ…」
立ち上がろうとしたフェイトの首の後ろを朱音が手刀で叩き、フェイトはその場に倒れ伏して気絶。バリアジャケットも解除され、制服姿に戻る。
「さ、早くルカちゃんと合流しましょ。なのはちゃん達にまで来られると面倒だわ」
「うい、了解しまし…」
朱音の言葉を聞いて立ち去ろうとしたFalSigだったが、彼は何かの気配に気付き、ある方向に向かって銃を発砲する。銃弾が命中した木がズズンと倒れるが、そこには誰もいなかった。
「FalSigさん…?」
「…いえ、何でもありません(妙だな。今、誰かがこっちを見ていた気がしたんだが)」
とにかく、機動六課の面々にいちいち襲撃をされていてはキリが無い。そう思った二人はさっさとその場から転移して姿を消し……その数秒後にクリウスがフッと姿を現す。
「ふぅ、焦った焦った。アイツ、俺の存在に気付くとはな…」
FalSigが察知した気配の正体は彼だった。クリウスは僅かに流れていた額の汗を拭ってから、倒れているフェイト逹の下まで歩み寄る。
「それにしても、負けた挙句ロストロギアまで回収出来ないとは……だがまぁ、機動六課を潰すのはまだ時期が惜しい」
地に伏せているフェイトを足で蹴り、仰向けの状態にする。
「安心しな。まだしばらくの間は、お前等も六課として存在させてやるよ。ヒハハハハハハハ…!!」
場所は戻り、海鳴海岸…
『グガァッ!!』
「ちぃ…がはっ!?」
スコーピオン・ドーパントが伸ばした尻尾の毒針がルカに向かって突きつけられ、ルカはそれを回避して尻尾を斬り裂こうとカーテナを振るう。しかし尻尾その物が頑丈だったのか尻尾は斬れず、スコーピオン・ドーパントはルカを地面に押し倒し、彼の首元に噛み付こうと牙を剥ける。
「ぐ、ぅ…がぁっ!!」
『ガゥ!?』
ルカは右足でスコーピオン・ドーパントの脇腹を蹴りつけ、怯んだところを強引に押し退ける。しかし頑丈なボディを蹴りつけた代償か、ルカの右足は想像を遥かに上回る痛みに包まれる。
「くそ……右足、逝ったかな…?」
『グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…シャッ!!』
押し退けられたスコーピオン・ドーパントは尻尾の毒針から噴出した毒液を、禍々しい形状をした紫色の剣へと変化させ、右手に持って構える。剣の先端からは毒液の滴が垂れており、それが地面に落ちるたびに地面がジュウジュウと音を立てて煙を吹く。
「毒の剣か……触れるとマズいな」
『ギシャアッ!!』
「くっ!?」
スコーピオン・ドーパントの振るった剣がルカ目掛けて振り回され、ルカはそれをしゃがんで回避。それによりルカの後ろに立っていた銅像が切断され、あっという間に毒に溶けて消滅していく。
『ガルルルル!!』
「銅像が簡単に……なるほど、怖いな…」
その時、ルカの両目が少しずつ金色に染まり始める。
「怖い、本当に怖いよ…」
『グゥゥゥゥ…!!』
「…ははは……何を怖がってんだろうな、俺…」
『…グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
「やらなかったら…」
スコーピオン・ドーパントが突撃し、ルカに向かって剣を振り下ろそうとする。
「…皆、死ぬだけだろうがっ!!!!!」
-ズバァァァァァァァァァンッ!!-
『!? グガァァァァァァァァァァァァァァッ!?』
ルカの振るったカーテナがスコーピオン・ドーパントの身体を毒の剣ごと斬り裂き、スコーピオン・ドーパントを大きく吹き飛ばした。砂浜を転がるスコーピオン・ドーパントに向かってルカが駆け出し、スコーピオン・ドーパントもすかさず尻尾を伸ばして毒針で彼を貫こうとする。
「考えが浅はかだなぁ!!」
『ギシャァァァァァァァァァッ!?』
しかし、今のルカは異常だった。先程は斬れなかった尻尾がいとも簡単に切断され、スコーピオン・ドーパントが苦しみながら砂の上をのた打ち回り、そんなスコーピオン・ドーパントの顔面にルカは痛めた筈の右足で容赦なく蹴りつける。
「はは、はははははははは!! どうした、弱いなぁオイ!? もっと殺す気でかかって来いよ!!」
『ガァッ!?』
カーテナによる斬撃が何度も襲い、スコーピオン・ドーパントがその場に膝を突く。すると…
『ガァァァァ…ア、ァ……ぁ、あ…う…』
「!?」
突如スコーピオン・ドーパントの身体に変化が生じ、少しずつ変身が解けていく。最終的にその姿は恵里へと戻ったが…
「恵里、さん…」
「はぁ、はぁ、はぁ……ぐぅぅぅぅぅぅぅ…!!」
まだ、スコーピオンメモリは排出されていなかった。現に恵里の右腕はドーパント態のままであり、彼女の両目の瞳も紫色に染まっている。恵里は獣のように唸り声を上げながら、四つん這いの状態でルカに襲い掛かろうと迫って来る。
「戻ったのか…」
「ぐるるるるるるる…!!」
ルカはカーテナを放り捨ててから、恵里の下まで歩みを進める。恵里は警戒しながら右腕を振り上げ、その爪でルカを斬り裂こうとし―――
「もう良いんだ。戻れ」
「!? が、ぁ…」
ルカの両手が、恵里の右腕に触れる。その瞬間に恵里の右腕がドーパントの物から人間の物へと戻り、彼女の両目の瞳も紫色から青色の瞳へと戻った。
「あ、ぅ…ぁ…」
「おっと」
倒れ掛かった恵里の身体をルカが抱き止め、優しく砂の上に寝かせる。恵里の目には、もうドーパントとしての凶暴さは無かった。
「ア、キヤ…君…」
「…すみません。一日の猶予も、取れませんでした」
「…良いん、です……本当、は…あなたに、会えただけでも……私は嬉しかった…」
恵里の右腕からスコーピオンメモリが排出され、砂浜にポトリと落ちる。それと共に恵里の全身が少しずつ光の粒子となり始める。
「ッ…僕は……本当は、分かってたんだ……でも、分からないフリをしてた…ごめん…!!」
「…アキヤ君……私ね…」
恵里の右手がルカの頬に触れる。
「転生する前は……親に虐待されて…クラスの皆に苛められて…先生にも見捨てられて…私、ずっと…独りのままだったんだ…」
「…知ってるよ……さっき、聞いたからね…」
「でも、転生したら違ったんだ……お父さんも…お母さんも…友達も…学校の先生も…皆が、私に優しく接してくれた……アキヤ君、あなたも…」
「僕、が…?」
「だから…」
ルカの頬に触れている右手が震え、恵里の目からは涙が流れ落ちる。
「だから……本当は、凄く怖かったんです…もう、皆と一緒に過ごせなくなって……皆と一緒に、幸せになれなくなって……アキヤ君とも、一緒に笑い合えなくなるんだって…!!」
「ッ…!!」
ルカは両手で恵里を抱き締める。攻撃を加えた者の心情とリンク出来る能力を持つカーテナによって、恵里の心情はルカにもハッキリと伝わっていた。
「分かった……もう、分かってるから…!!」
「…でも、我儘だよね……私は…死なないと、いけないんだから…」
「我儘なんかじゃない!! こんな…こんな、理不尽な世界があるからいけないんだ…!!」
「…本当に、優しいんですね、アキヤ君は……初めて会った時、から…ずっと、変わってない…」
ルカに抱き締められていた恵里の身体は粒子化が進行し、彼女の身体が少しずつ透明になっていく。ルカは自身の両目から流れる涙を拭い、恵里の髪に触れて優しく撫でる。
「いつか、また会おう……君の魂が消滅したとしても、君の意思が形になった時に……その時はアキヤ・タカナシと大川恵理じゃなくて……ただの、人間同士として」
「…はい。その時が、来るのを……私は、ずっと…待って、いま、す―――」
その言葉を最期に、恵里の身体は光の粒子へと変化。そのまま光の粒子はルカの胸の中から、天へと昇って行く形で静かに消えていった。
「恵里、さん…」
雷が鳴り、それと共に海鳴市に雨がポツポツと降り始める。
「…何が世界の為だ」
少しずつ雨も勢いが強くなっていくが、ルカはその場から動く気にはなれなかった。
「僕は……僕は……何にも救えてなんかいないじゃないか…!!」
拳を握り締める力が強まり、爪が食い込んで掌から僅かに血が流れる。そんな事も全く気にならない程、ルカの心の傷は大き過ぎた。
「…クソォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!」
雨の中、ルカは空を仰ぎ叫んだ。後悔の念が感じられる悲鳴を上げた。無情にもそんな彼の叫びを雨の音が、雷の音が掻き消してしまうのだった。
『…間に合わなかったのか』
海岸の近くに存在する森の中から、黒騎士は雨粒に打たれながらもルカの嘆く姿を見据えていた。そこにいる鎧の騎士には、げんぶと二百式を打倒した時のような覇気は存在していない。
『世界とは、こんなにも冷たいものだというのか……クライシス』
黒騎士はそれ以上何も言う事なく、海鳴市から姿を消すのだった。
海鳴市の真下に存在する、とある異界…
『…イヨイよだ』
ある存在が、動き出そうとしていた。
『待ち焦ガレていた……地上への復讐ヲ、始めよウデハないか…!!』
そして物語は、幽霊騒動へと続く…
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理不尽な世界